nakula Pāṇḍu とその妻 Mādrī の息子の一人。ただし実際には二人の Aśvinau の兄によってもうけられた(pāṇḍu の項を参照)。彼は同じ母による Dasra の子 Sahadeva の異父兄弟[ママ]であり、名目上は他の三人の Pāṇḍava の兄弟である。彼はつねに最も賢い人間の一人として言及される。
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nakula Pāṇḍu とその妻 Mādrī の息子の一人。ただし実際には二人の Aśvinau の兄によってもうけられた(pāṇḍu の項を参照)。彼は同じ母による Dasra の子 Sahadeva の異父兄弟[ママ]であり、名目上は他の三人の Pāṇḍava の兄弟である。彼はつねに最も賢い人間の一人として言及される。
nakta Pṛthu の子である王子で、第一すなわち Svāyambhuva manvantara において Bhāratavarṣa の区分の一つを統治した。
nakṣatra(星宿) 星。Hindu 神学の最も奇妙な観念の一つは、星はその名誉に高められた人間であるが、地上にあったときの功徳の量に比例した期間だけその所有を保つという信仰に含まれている。この功徳の蓄えが尽きると、彼らは再び地上に降る。流れ星の現象はこの信仰の確証とみなされている。そのとき彼らの地上への下降が見えると言われるからである。
nakṣatra-s nakṣatra は Hindu の占星術師によって、人類に対して、その誕生の時のみならず地上の生涯の全行程にわたって大きな影響力をもつ天体とみなされている。それらはまた黄道十二宮を成すと言われ、二と四分の一の nakṣatra が一つの宮を成す。さらにそれらは、その好意を得る必要があり、その不興が健康と生命に致命的である準神格としても語られる。nakṣatra があらゆる caste の Hindu にとって無限の恐怖の源であり、brāhmaṇa にとって莫大な収入の源であることは疑いない。それらは誕生と婚礼の際に、またあらゆる困難、病、不安の時に相談される。旅はその指示のもとに始められ、その決定に従って日と出来事が吉あるいは凶となる。nakṣatra への相談は Hindu の生活の一部であり、彼の眼には caste の制度あるいは神々の崇拝と同じほど重要である。
nakṣatra は二十七ある。以下の表において、いくつかの名に śānti の語が付されていることに気づかれるであろう。それは「安らぎ」あるいは「静穏」を意味し、それが関わる意地悪な神格が、その天における出現の時に子が生まれた場合には、宥めの儀式を行うことを要求することを示している。それは、その神格が子あるいはその両親、その他の親族、その友人、その caste に送ると脅かす災厄と危険とを避けるためである。śānti の語が付されているところでは、特定の危険とその対象も同様に述べられている。
二十七の Nakṣatra
1. Aśvinī-Śānti。子の両親に危険が脅かされる。
2. Bharaṇī。
3. Kṛttikā。
4. Rohiṇī。
5. Mṛgaśira。
6. Ārdrā。
7. Punarvasu。
8. Puṣya-Śānti。両親その他の親族に危険が脅かされる。
9. Aśleṣā あるいは Asya-lekha-Śānti。それが支配する六十時間のうち、最後の四時間だけが危険を孕む。子がこれらの最後に生まれれば、その父に禍が起こりうる。第三であれば母に、第二であれば子自身に、第一であれば両親、兄弟、caste、そして富があればその富に。
10. Maghā-Śānti。両親その他の親族に危険が脅かされる。
11. Pūrvaphalgunī。
12. Uttaraphālgunī。
13. Hasta。
14. Citrā-Śānti。両親、および同じ gotra すなわち家系の分枝の男たちに危険が脅かされる。
15. Svāti。
16. Viśākhā-Śānti。父の兄弟の年下の子に、娘であれば危険が脅かされる。息子であれば、危険はその妻の妹に移る。
17. Anurādhā。
18. Jyeṣṭhā-Śānti。その支配の六十時間は次のように危険である。最初の六時間は子の母方の祖母に、第二の六時間は母の父に、第三の六時間は母の兄弟に、第四の六時間は母に、第五の六時間は子自身に、第六の六時間は同じ gotra のすべての成員に、第七の六時間は自らの家族に、第八の六時間は兄弟に、第九の六時間は舅に、第十の六時間はすべての親族に。
19. Mūla-Śānti。その支配の最初の五十六時間の間に子が生まれれば、危険は家族全体の上に迫る。第五十七時間であれば父のみに、第五十八時間であれば母のみに、第五十九時間であれば子自身に危険が脅かされる。最後の、すなわち第六十時間は危険を欠くが、それでも śānti を要する。
20. Pūrvāṣāḍhā。
21. Uttarāṣāḍhā。
22. Śravaṇ。
23. Dhaniṣṭhā-Śānti。父と子自身の両方に危険が脅かされる。
24. Śatatāraka。
25. Pūrvabhādrapadā。
26. Uttarabhādrapadā。
27. Revatī-Śānti。両親と子自身の両方に危険が脅かされる。
nakṣatra-mālā nakṣatra すなわち月宿の数である二十七の真珠の花輪。この「星の花輪」は婚礼の儀式の時に王女の額に着けられる。花輪は Greeks の間で花嫁の装飾の一部を成し、また供犠の装飾の一部をも成した。
nakṣatra-yogini-s 月宿、すなわち月の道における星宿の主星。これらは、月の徳ある妻となった Dakṣa の二十七人の娘であったと伝えられている。
月の軌道には二十七の区分があり、それぞれが一太陰日における月の運動を示す。天文学的にはそれが単純な意味である。しかし Hindu の占星術師は、その想定される吉あるいは凶の影響から、それらを大きな実際的な重要性をもつものとする。彼らは古い天文学において白羊宮の第一度から数える。
1. Aśvinī、牡羊の頭 ── 吉。
2. Bharaṇī ── 凶。
3. Kṛttikā、Pleiades ── 大凶。
4. Rohiṇī、Hyades ── 吉。
5. Mṛgaśiras、三重星 ── 吉。
6. Ārdrā、一つの星 ── 凶。
7. Punarvasu、四つの星 ── 吉。
8. Puṣyā、蟹座の星雲 ── 吉。
9. Aśleṣā、五つの星 ── 凶。
10. Maghā、獅子の心臓 ── 吉。
11. Pūrvaphalgunī、二つの星 ── 中。
12. Uttaraphālgunī、二つの星 ── 中。
13. Hasta、五つの星 ── 吉。
14. Citrā、一つの星 ── 凶。
15. Svāti、一つの星 ── 吉。
16. Viśākhā、四つの星 ── 凶。
17. Anurādhā、四つの星 ── 吉。
18. Jyeṣṭhā、三つの星 ── 凶。
19. Mūla、十一の星、蠍の心臓 ── 大凶。
20. Pūrvāṣāḍhā、四つの星 ── 中。
21. Uttarāṣāḍhā、三つの星 ── 吉。
22. Śravaṇa、三つの星 ── 吉。
23. Dhaniṣṭhā、四つの星 ── 凶。
24. Śatabhiṣā、百の星 ── 凶。
25. Pūrvabhādrapadā、二つの星 ── 中。
26. Uttarabhādrapadā、二つの星 ── 中。
27. Revatī、三十二の星 ── 吉。
三つの影響は主として婚姻に関わる。nakṣatra は deva すなわち神的なもの、mānuṣya すなわち人間的なもの、rākṣasa すなわち野蛮なものに分類される。結婚する両者が同じ部類に生まれていれば良い。一方の星宿が神的で、他方が人間的であれば、通ってよい。しかし神的と野蛮との組み合わせは許されない。
nakṣatra の四分の一である閏の abhijit が、占星術の目的のために、あるいは月の運動の完全な周期を整えるために、時に21と22の間に挿入される。— TAYLOR.
nakhi-s 種々の苦行を行い、決して指の爪を切らず、Śaiva の印を着ける宗教的托鉢者。
nagna Jaina の托鉢者。裸の苦行者。
nagna-s 背教者。Ṛg、Yajur、Sāma の Veda は種々の caste の三重の覆いを成し、これを脱ぎ捨てる罪人は裸すなわち背教者であると言われる。三 Veda はすべての位階の人々の衣であり、それが捨てられるとき、彼らは裸のまま残される。(VP)Wilson はその注において付け加えている。仏教の、あるいは Jaina の Digambara の位階の苦行者は、文字どおり Nagna、すなわち「裸で歩く者」である。しかし同じ慣行が正統の信仰の苦行者にもなじみのものであったので、その限定的な適用が必要とされた。裸で歩くことは必ずしも異端者のしるしではなかった。それゆえ異端者の裸は聖典の衣を退けることと理解された。こうして Vāyu Purāṇa はこの語を、苦行を無益に、すなわち異端的にあるいは偽善的に行う、裸の brāhmaṇa を含むすべての苦行者に広げている。
nagnajitī Kṛṣṇa の妻の一人。Viṣṇu Purāṇa において徳ある Nagnajitī と称される。
naciketas Kaṭha Upaniṣad に言及される Gautama の子である哲学者。Roer 博士は彼について言う。「世の快楽に対する善なるものの無限の優越について Naciketas が示す熱情と内的確信、そして彼の前に置かれたあらゆる誘惑の只中で彼が保つ堅固さとは、Plato がその『国家』の第一巻と第二巻において、正義は比類なき価値をもち、いかなる状況においても保たれるべきであることを示すときの精神の力にいくらか似ている。」* Naciketas にいかなる恩恵をも約束した Yama との会見において、後者は霊魂の本性について教えられることを求めた。Yama は、神々でさえこの主題について疑い論争してきた、それを理解するのは容易でないからと言って異議を唱えた。しかし Naciketas は、他のいかなる恩恵も求めるに値すると考えるよう説き伏せられることはなかった。**
* Bibliotheca Indica, Vol. XV, p. 91.
** A&MI, Vol. I, p. 136.
naṭa 役者。通俗の意味では、奇術師、道化、手品を行い敏捷さの芸を見せる者を含む。— WILSON.
nanda
1. 牛飼いの長で、Rādhā の兄弟[ママ]。Kṛṣṇa の養父であった。Kaṃsa が子を滅ぼそうとしたとき、幼い Kṛṣṇa は彼の世話に委ねられたからである。2. Vasudeva の息子の一人。3. Mahānanda の子。貪欲であったので時に Mahāpadma と呼ばれる。彼は全地を一つの傘の下にもたらし、八人の息子、あるいは Wilson 教授によればむしろ子孫をもち、彼らは百年の間統治した。その時 brāhmaṇa Kauṭilya が王朝を覆し、Candragupta を王座に即けた。Mudrā-Rākṣasa はこの出来事を例証している。
nandaka Dhṛtarāṣṭra の百人の息子の一人。Duryodhana が長子であったが、彼らの誕生の伝説はその名の項に与えられていなかったので、ここに述べてよかろう。ある日聖仙 Vyāsa は王妃 Gāndhārī に手厚くもてなされ、その返礼として彼女に恩恵を授けた。彼女は百人の息子の母となることを選び、まもなく身ごもった。二年の懐胎の後、彼女は一つの肉塊を産み、それは Vyāsa によって百一の小片(親指の関節ほどの大きさ)に分けられ、壺に入れられた。しかるべき時に長子 Duryodhana が生まれたが、それは Pṛthā の子 Yudhiṣṭhira の誕生の後であった。さらに一か月のうちに、残りの壺から残りの九十九人の息子と、Duḥśalā と呼ばれる一人の娘(後に Jayadratha に嫁いだ)が生まれた。百の名はすべて Mahābhārata に挙げられている。ここでは主なものを挙げれば十分であろう。Duryodhana、Durviṣaha、Durmukha、Duṣpradarśana、Viviṃśati、Vikarṇa、Duḥśāsana、Virocana、Kuṇḍaka、Nandaka 等。— WILLIAMS, IEP.
nandana Meru 山の北に位置する Indra の森。
nandayania Bāṣkali の弟子で、Ṛgveda の教師。
nandi 雪のように白い雄牛で、Śiva の従者かつ寵愛する乗り物。Śaiva の祠の前に、頭を祠の小さな戸の方に向けて伏せる姿で台座の上に表される。ある時 Nandi は Śiva の姿をとることによって Pārvatī の頬を赤らめさせ、この罪のために Śiva は自らの乗り物を苦行させるために地上に送った。それゆえ Nandi-durga(Nandidroog)の山がある。地上へのもう一つの使命は、兄の Basava の姿においてであった。
nandi 人間と神々に喜びをもたらすもの。戯曲の始めに、観客のために何らかの神格の加護を祈願する一種の祝福の定式。この祝福は一つ、二つ、あるいは三つの詩節から成りうる。Nandi の誦唱はつねに欠かすことのできないものとみなされ、その後には通常、上演されようとしている作品の作者についての何らかの説明が続く。それは宗教儀式の始めに、あるいは戯曲の冒頭に祝福の詩句で誦される王の頌詞あるいは神格の讃美から成りうる。「すべてのサンスクリットの戯曲は一つ以上の Nandi すなわち祝福をもって始まり、そこでは何らかの神格の祝福が観客の上に祈願される。」Nāgānanda は「このように祈願される力が Buddha であるサンスクリット文学における唯一の例」を提供している。— BOYD.
nandi 「歓喜」。Dharma の妻で、Harṣa(喜び)の母。
nandivardhana
1. Mithilā の王 Udāvasu の子。2. Magadha の王 Janaka[ママ]の子。Magadha の王 Udayāśva の子。
napita nau 床屋の caste。hajām とも呼ばれる。インドにおける床屋の職業は、England よりもその働きがはるかに広い。彼は顔のみならず頭を剃り、手足の爪を切り、耳を掃除し、瀉血し吸角を施す。さらに彼は、ある公の機会には Hindu の家庭においてきわめて重要な人物である。婚礼の宴およびその他の祭りにおいて、Napita は招かれる人々を訪ねて参列を求めるよう委託される。皆が集まると、Napita は客が望むままに水、pawn(キンマ)、あるいは hookāh を手渡すためにそこにいる。彼はまた、奉仕の合間に、客とともに、あるいは彼らから少し離れたところに退いて、食事にもあずかる。そして宴が終わると、Napita は残った食物を片づけ、貧しい人々の間に分ける。Napita はまた時に、当事者間の婚姻の取り決めをする仲介者として、また若者のために花嫁となるふさわしい娘を探し出すことに雇われる。多くの社会的儀式において、彼の地位は brāhmaṇa に次ぐ。葬儀の際には、彼は生者と死者の頭を剃り、友人と親族を葬儀に招く。— SHERRING.
nabha 強大な dānava で、Vipracitti と Hiraṇyakaśipu の姉妹 Siṃhikā との子。
nabhas, nabhasya
1. Śrāvaṇa と Bhādra の月、すなわち7月と8月に相当する月の名。この名は Veda に現れ、今では廃れた体系に属する。2. Kuśa の子孫 Nala の子。
nabhasvatī Pṛthu の子孫 Antardhāna の妻。
namaśśivāya Śaiva の主要な mantra。pañcākṣara(五字)と呼ばれ、「おお Śiva よ、讃えられよ」あるいは「Śiva に礼拝を」を意味する。
namaskāra(合掌礼) 両手を合わせて額まで上げることによって行われる挨拶あるいは敬礼の様式。これは Hindu の間の普通の挨拶すなわち会釈である。
namuci 強大な dānava で、Vipracitti の息子の一人。この asura は Indra の友であった。そして友の信頼につけ込み、酒と soma の一飲みとともに Indra の力を飲み干した。Indra はそこで Aśvin と Sarasvatī に、Namuci が自分の力を飲み干したと告げた。Aśvin と Sarasvatī はそれゆえ Indra に泡の形をした雷電を与え、彼はそれで Namuci の首を打ち落とした。Aśvin はそれから Namuci の腹から血と酒の混じった soma を飲み、それを清らかにして Indra に移した。そしてそれを移すことによって彼らは Indra を救い出した。— OST, Vol. V, p. 94.[Appendix より→]旱魃を人格化する悪鬼の一人。Ṛgveda においては、悪意をもって水の宝を雲の中に閉じ込める大気の中の敵対的な力として表されている。
naya (「政略」)。Dharma と Kriyā の子。
nara Paramātmā。水は Nara の子孫であったと言われる。すなわち水は創造における神の最初の産物であった。
nara
1. Dharma と Mūrtti の子である敬虔な聖仙。2. Gaya の子である王子。3. Sudhṛti の子である王子。4. Bharata の王家の Bhavanmanyas の息子の一人。
nara 霊が祀られる「身体の形」。Viṣṇu がその上に憩う水はその型である。水は Nara の最初の産物である。Viṣṇu Purāṇa, p. 28.
nara 聖なる聖仙の名。誇張して神々の主権者と呼ばれる。前世における Arjuna と同一人物であったと考えられている。bādari の項を参照。
nara-s 「Centaur」、すなわち馬の四肢と人間の胴体をもつ存在。Kinnara、rākṣasa 等とともに Brahmā によって造られた。— VP, p. 42.
naraka(地獄) 地獄。その二十八の異なる区分が列挙されており、大地の下、pātāla の下に位置し、闇と深い陰鬱と恐れと大いなる恐怖の恐ろしい領域であると言われる。Viṣṇu Purāṇa, Vol. II, c. 6 においては、それらはそれぞれで罰せられる罪とともに詳しく描かれている。天の神々は、頭を逆さにして動くものとして地獄の住人に見られる。一方神々は、眼を下に向けると、地獄にいる者の苦しみを見る。注釈者は、天の至福の光景は堕ちた者にその苦しみを募らせるために与えられ、一方地獄の責苦は神々に示されて、天の享楽さえも一時的なものにすぎないのでそれを軽んずることを教える、と述べている。天とは心を喜ばせるものであり、地獄とは心に苦痛を与えるものである。それゆえ悪徳は地獄と呼ばれ、徳は天と呼ばれる。— VP.
naraka
1. Anṛta(虚偽)と Nikṛti(不道徳)の子。2. dānava で、Vipracitti の息子の一人。3. Prāgjyotiṣa の都を統治した大地の子。Indra は Dvārakā へ行き、Naraka の暴政を Kṛṣṇa に報告した。その報告を聞いて、神なる Hari は Garuḍa にまたがって Prāgjyotiṣa へ飛んだ。そこで Naraka の軍勢との激しい争いが起こり、その中で Govinda は幾千の悪鬼を滅ぼした。そして Naraka が戦場に出て来て、神にあらゆる種類の武器を浴びせると、円盤を振るう者は天の飛び道具で彼を二つに切った。Naraka が殺されると、大地は Aditi の二つの耳飾りを携えて世界の主に近づき、言った。「私が野猪の姿の汝に支えられたとき、そのとき汝の接触がこのわが子を生んだ。汝が私に与えた者を、今や汝が殺した。それゆえこれら二つの耳飾りを受け取り、彼の子孫を慈しみたまえ。Naraka の犯した罪を赦したまえ。」Kṛṣṇa はそれから Naraka の住まいから種々の宝石を取り戻しに進んだ。女たちの部屋で彼は一万六千百人の乙女を見つけ、彼女たちは Kṛṣṇa の妻となった。宮殿には四本の牙をもつ大きな象が六千頭、Kamboja その他の優れた品種の馬が二十一 lakh いた。Govinda はこれらを Naraka の召使いたちに預けて Dvārakā へ送った。Varuṇa の傘と、彼が同じく取り戻した宝石の山とを、彼は Garuḍa の上に置き、自らもまたがり、Satyabhāmā を伴って、Aditi の耳飾りを返すために神々の天へ出発した。— VP.
narakāsura 人類の禍となり三界の恐怖となっていた恐るべき巨人すなわち daitya。この怪物はついに、丸一日続いたと言われる激しい戦いの後に Viṣṇu に殺された。そして Viṣṇu は日没前に日中の沐浴を行うことができなかったので、夜にそれを行わねばならなかった。brāhmaṇa はこの大いなる出来事を祝うために、沐浴を夜まで延ばす ── 一年のうちで彼らが日没後に沐浴する唯一の機会である。これは Dīpāvalī habba(その項を参照)の祭りと称される。
narasiṃha avatāra(人獅子の化身) 人獅子(nara 人、siṃha 獅子)の姿における Viṣṇu の第四の化身。Viṣṇu の楽園の二人の門番の一人(varāha の項を参照)が、Hiraṇyakaśipu という名の君主として地上に降った。彼は残酷で、暴虐で、不正であり、とりわけ Prahlāda という名の息子に対してそうであった。しかし彼は厳しい苦行によって、いかなる被造物によっても殺されないという恩恵を Brahmā から得ていた。その結果彼はひどく傲慢になり、すべての人に om hiraṇya(Hiraṇya に礼拝あれ)と言って自分を崇めることを要求し、そう言わない者は罰するよう命じた。Viṣṇu の熱心な崇拝者であった息子 Prahlāda は父の命令に従わず、om namaḥ(Om によって Viṣṇu を意味する)と言い続けた。Hiraṇya はこのことで彼を諫めたが無駄であった。それから彼は息子を罰し殺そうとしたが無駄であった。Prahlāda は激しく打たれたが打撃を感じなかった。火に投げ込まれたが焼けなかった。象に踏みつけられたが、Viṣṇu を思い続けたので傷つかなかった。縛られて海に投げ込まれたが、一匹の魚が彼を無事に岸へ運んだ。ついに、Prahlāda が Viṣṇu を讃えることをやめず、彼は至るところに、あらゆるものの中にいると主張したとき、Hiraṇya は言い返した。「そうであれば、なぜ彼を私に見せないのか。」これを受けて Prahlāda は立ち上がり、彼らの集まっていた広間の柱を打った。すると見よ、そこから半ば人、半ば獅子の姿で Viṣṇu が現れ、Hiraṇya を八つ裂きにした。— VP.
narāntaka 巨人 Rāvaṇa の息子の一人で、Laṅkā の攻囲において殺された。
nariṣyanta
1. Manu Vaivasvata の息子の一人。2. Marutta の子で、Diṣṭa の子孫の第十四代。
narttaka 踊り手。並外れた力と敏捷さの芸をも演ずる。