Garrettインド古典辞典

v第一部 サンスクリット語・パーリ語の見出しvaktrayodhi … valāka

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vaktrayodhi Vipracitti の息子の一人である傑出した dānava。

vaṅgṛda 百の都をその支配下にもった王子。Ṛgveda において、「Ṛjiśvan によって封鎖されていた百の都を打ち破った」Indra に屈服させられたものとして言及されている。

vacubhṛdyana Vasiṣṭha の息子の一人で、Rājā Kalmāṣapāda に喰われた。

vajra Aniruddha の子。Kṛṣṇa の命によって Indraprastha において Yādava の主権者に就けられ、こうして Dvārakā でその親族を呑み込んだ破滅を免れた。Wilson によれば、これは、Ganges 流域と Dakhin の双方で、Hindustan の種々の地方においてその起源を Yādava から引くと称する部族にとって、幸運な留保であった。

vajranābha Kuśa の家系の Uktha の子である王子。

vajramitra 十人の Śuṅga の王子の一人で、Ghoṣavasu の子。

vatsa 子。父がしばしばその名で彼を呼んだことから来る Pratardana の名。

vatsa Hindu の虚構における名高い人物。Sahasrānīka(その項を参照)の子で、Kauśāmbī の王。Vatsa は聖仙 Jamadagni によって Udaya 山で教育されたことから Udayana と名づけられた。成年に達すると、彼は Ujein の王によっておびき寄せられて捕らえられた。逃亡に際して、彼は捕らえた者の娘 Vāsavadattā を連れ去った。Vatsa は Ratnāvalī の主人公である。— WILSON, XII, 264 を参照。

vatsaprī 太陽の種族の名高い王子で、Bhālandana の子。

vatsabālaka Śūra の子で、Vasudeva の兄弟。

vatsabhūmi Alarka から八代目の子孫である王子。

vatsara

1. Dhruva の息子の一人。2. 第五の周期年。

vatsavyūha 太陽の種族の古の Rājā で、Vatsa の子。

vatsya

1. Ṛgveda の教師。2. 白 Yajus の十五人の教師の一人。

vadhrimatī その祈願に Aśvin が耳を傾け、Hiraṇyahasta と呼ばれる息子を与えた賢い女。— OST, V, 247.

vanakapīvat 族祖 Pulaha の子。

vana-devatā-s and sthala-devatā-s 土地と森の精霊。しばしば祈願され懇願される。山と森を司るヨーロッパ文学の Faun と Dryad のようなものである。

vanecarī 森を行く女。森あるいはその一部がその保護下にある Dryad。

vaneyu Puru の子孫 Raudrāśva の十人の息子の一人。

vapu 身体。Dharma に嫁いだ Dakṣa の娘。

vapuṣmat Priyavrata と Kāmyā の息子の一人。父によって Śālmali(その項を参照)の dvīpa の主権に就けられた。彼には七人の息子があり、その名が七つの varṣa すなわち区分に呼称を与えた。

vapra 第十四の dvāpara の時代の Vyāsa。

vayuna 聖仙で、Kṛśāśva の息子の一人。Rāmāyaṇa は Kṛśāśva の息子たちを śastra devatā、すなわち神的な武器の神々と称している。

varaṇa Bhāratavarṣa の第九の区分。

vararuci Somadatta の子である名高い brāhmaṇa。驚くべき記憶力で際立ち、ひとたび聞いたいかなる論述も完全に誦することができた。彼は Vyāḍi を教え、両者とも言語学的話題に関する著名な著作家であった。彼らは Pāṭaliputra に君臨した Nanda の同時代人であった ── Wilson 教授はこの事実を Hindu の文学史においてかなりの興味をもつものとみなしている。Vararuci はまた Kātyāyana(その項を参照)とも呼ばれ、Pāṇini(その項を参照)の最も初期の注釈者の一人である。Nanda は Candragupta の先行者、あるいは先行者の一人である。それゆえサンスクリット文法の主要な規範はこうして西暦紀元前4世紀に年代づけられる。— WILSON, III, 166.

varāha 野猪。Varāha avatāra は野猪の姿における Viṣṇu の第三の化身である。それは、創造の時期に大地が水に沈んでいたとき、Viṣṇu がそれを引き上げるために巨大な野猪の姿をとったときに起こったと考えられている。野猪は Veda の祭式の型であると言われる。「それゆえこの姿で大洋の下から大地を引き上げることは、おそらく最初は、宗教の儀礼による不正の洪水からの世界の救出の寓意的表現であった。地質学者はおそらく、元の神秘化されていない伝承のうちに、地質学的事実、すなわち地球の初期の時代における湖沼性の哺乳動物の存在へのほのめかしを疑うかもしれない。」— WILSON.

野猪は人格化された供犠として描かれる。その足は Veda、その牙は犠牲獣が繋がれる供犠の柱、その歯は供犠の供物、その口は祭壇、その舌は火、その毛は供犠の草、その眼は昼と夜、その頭は Brahmā の座、その名は Veda の讃歌、その鼻孔はすべての供物、その鼻面は供物の杓、その声は Sāmaveda の詠唱、その身体は供犠の広間、その関節は種々の儀式、そしてその耳は任意の儀礼と義務の儀礼の属性をもつものとされる。

Bhāgavata Purāṇa の伝説によれば、Viṣṇu の二人の門番 Jaya と Vijaya は、かつて Viṣṇu の楽園への入場を求めたある muni たちの機嫌を損ね、その結果天におけるその地位を失い、地上に再び生まれるよう定められた。彼らはこうして Kaśyapa と Diti の息子となり、Hiraṇyakaśipu と Hiraṇyākṣa の名を得た。前者は三界を征服し、後者は神々をも征服するためにまっすぐ天へ行った。神々は Viṣṇu の援助を懇願し、その時期に神秘的な野猪であった彼は Hiraṇyākṣa を殺した。Viṣṇu と Diti の子孫である多数の悪鬼との同様の争いもまた描かれており、それはつねに後者の敗北に終わる。これは、野猪の avatāra が次第にその本来の性格を失い、残りの avatāra に共通する性格をとったことを示している。

varāha Hindu の神々を崇拝する mleccha が住む六つの小さな dvīpa の一つ。

varāha Magadha の Rajgir の五つの山の一つで、今は Vipula 山と呼ばれ、Sarasvatī の東側にある。それは高い山であり、その一支脈は六マイル離れた Giryak まで延びている。丘の西側からわずか四分の一マイル足らずのところで、北から走る第三の山 Ratnagir ── Mahābhārata の Vṛṣabha ── と直角に接している。この丘は長さはさほどでなく、西へ分岐する狭い峡谷に終わる。この峡谷の反対側には Udayagir 山(古い Ṛṣigiri)がそびえる。より重要性の低い丘で、真南に走り、Magadha の古都の南門である Bāṇagaṅgā の古い城壁と砦に終わる。— IA, p. 70.

varāhamihira 名高い天文学者かつ占星術師。西暦530年に Ujein に生まれ、587年に死んだ。Kern 博士は、「彼は科学の要求と、誤りえないとみなされた ṛṣi の宣告とを調和させねばならない人の厄介な立場にあった」と述べ、その興味深い例として Bṛhat-Saṃhitā の第5章と第9章を挙げている。* 占星術への強い嗜好をもち、Āryabhaṭa が暴いた誤りに陥りながらも、Varāhamihira は月と食について注目すべき観察をいくつか行った。こうして ──

「その軌道が太陽と地球の間にある月の半分は、つねに太陽の光線によって明るい。他の半分はそれ自身の影によって暗い。日光の中に立つ壺の両側のように。」

食を、太陽あるいは月の一部を喰らうことによって引き起こす悪鬼としての Rāhu の通俗の観念に言及した後、彼は言う。

「この現象の真の説明は次のとおりである。月食においては月は地球の影に入る。日食においては同じことが太陽に起こる[ママ]。それゆえ月食の始まりは西側からは起こらず、日食の始まりは東側からは起こらない。」— Bṛhat Saṃhitā, A&MI, Vol. I, p. 371 に引用.

* Kern 博士が1865年に Calcutta で校訂出版した著作で、今は英訳中であると了解されている。

variṣmatī Bhāgavata による Priyavrata の妻。同書によれば、彼女は Viśvakarman の娘であった。

varishad-s pitṛ の一部類で、ある者によって月と同一視されている。彼らは形のない、すなわち身体なき pitṛ であり、Atri の息子たちであり、悪鬼の pitṛ である。

varīyas Bhāgavata による族祖 Pulaha の息子の一人。

varuṇa Hindu 神話の Neptune。大洋の神、雨と雲の神。彼は Viṣṇu Purāṇa においてはっきりと大洋の神と称されており、Wilson は、聖仙 Ṛcīka に千頭の速い馬を供給したのが Varuṇa であったという事情に言及して、馬を得ることにおける大洋の神の働きは、Varuṇa と Neptune の間のいささか奇妙な付加的な一致であると述べている。Veda の Ārya は明らかに海を知っていた。讃歌には商人、航海、百の櫂をもつ船へのほのめかしが含まれているからである。Max Müller 教授はその History of Sanskrit Literature において、Varuṇa への美しい讃歌を訳している。そこではこの神格が、嵐を統御し罪を罰するという二重の性格において呼びかけられている。

「最も壮大な宇宙的機能が Varuṇa に帰せられている。限りない資源(あるいは知識)をもつこの神的存在は、天と地を測り(あるいは形づくり)、支えている。彼は主権の支配者としてすべての世界に住み、実に三界は彼のうちに包含されている。彼は黄金の回転する太陽を天空に輝かせた。大気を通じて響き渡る風は彼の息である。彼は太陽のために果てしない道を開き、河のために水路を穿った。河は彼の命によって流れる。この驚くべき工夫によって、河はその水を一つの大洋に注ぐが、決してそれを満たすことはない。彼の定めは確固として攻撃しえない。それらは山の上にあるように、揺るぎなく彼の上に憩う。その働きによって月は輝きのうちに歩み、夜の空に現れる星は昼の光のうちに神秘的に消える。空を飛ぶ鳥も、眠ることなく流れる河も、彼の力あるいは怒りの知識に達することはできない。彼の使者は両方の世界を見る。彼は空の鳥の飛翔、大洋の船の道、遠くへ旅する風の行路を知り、なされた、あるいはなされるであろうすべての秘密を見る。いかなる被造物も彼なしには瞬きさえできない。彼は人々の真実と虚偽を目撃する。彼は ṛṣi Vasiṣṭha に神秘を教える。しかし彼の秘密と Mitra のそれは愚かな者に明かされてはならない。」

Atharvaveda の第四巻の第十六讃歌において、その力と全知は次のように讃えられている。

「(1)これらの世界を統べる大いなる者は、あたかも間近にいるかのように見る。ある人がひそかに何かをしていると思うとき、神々はそのすべてを知っている。(2)(そして彼らは)立つ者、歩く者、ひそかに滑り行く者、あるいは家に、あるいはいかなる隠れ場所にでも退く者を(知覚する)。二人の人がともに座って何を企もうとも、王 Varuṇa は(そこに)第三の者として(臨在して)それを知っている。(3)この大地もまた王 Varuṇa に属し、その果てのかくも遠いあの広大な空もそうである。二つの海[大気の海と地上の海]は Varuṇa の腹である。彼はこの小さな水溜まりに住む。(4)空の彼方へ遠く逃れようとする者も、そこで王 Varuṇa から逃れることはないであろう。彼の使者は天から降りてこの世界を巡り、千の眼をもって全地を見渡す。(5)王 Varuṇa は天と地のうちに存在するすべてのもの、そしてその彼方にあるすべてのものを知覚する。人々の眼の瞬きはすべて彼によって数えられている。彼は賭博師が骰子を投げるように(すべての)これら(の事物)を扱う。(6)おお Varuṇa よ、七重に、また三重に投げられる汝の破滅の輪縄が、偽りを語る人を捕らえ、真実を語る者を通り過ぎんことを。」

高きにある強大なる主は、われらの行いを、あたかも間近にあるかのごとく見る。
人々が自らの行いを隠さんと欲するとも、神々は人のなすすべてを知る。
立つ者も、動く者も、所から所へと忍び行く者も、
あるいは秘密の部屋に身を隠す者も ── 神々はその動きを辿る。
二人が共に企み、自分たちだけと思うところには、
王 Varuṇa が第三の者としてそこにあり、その企てはすべて知らる。
この大地は彼のもの、かの広大にして果てしなき空も彼に属す。
両つの海は彼のうちに憩い、しかも彼はかの小さき水溜まりに横たわる。
空のはるか彼方へその道を翔けんと思う者あらば、
彼はそこにて王 Varuṇa の把握を逃れ得ざらん。
空より降り来る彼の密偵は、この世界をくまなく滑り巡り、
その千の眼はすべてを見渡しつつ、大地の最果てにまで及ぶ。
天と地に存在するもの、空の彼方にあるもの、
すべては王 Varuṇa の眼の前に繰り広げらる。
すべての人間の眼の絶えざる瞬きを、彼はことごとく数う。
彼はこの宇宙の骨組みを、賭博師が骰子を投ぐるごとくに操る。
おお神よ、悪人を捕らえんとて汝の投ぐる結ばれし輪縄、
そはすべての嘘つきに追いつき、すべての真実なる者を免れしめよ。

Varuṇa は人類の運命に対して無制限の統御をもつものとして表されている。彼は百の、千の薬をもつと言われ、その広く深い慈悲を示し、悪と罪とを追い払うよう、綱のように結び合わせて罪を取り除くよう懇願される。彼は命を盗み去らずに延ばすよう、そして日々その律法を犯す懇願者を赦すよう懇願される。多くの箇所で、彼が違反者を捕らえて罰する縄目すなわち輪縄への言及がなされている。ある一節では、Mitra と Varuṇa がともに、敵意ある人間が越えることのできない多くの輪縄を備えた、虚偽に対する障壁として語られている。そして別の箇所では、Indra と Varuṇa が縄でできていない縄目で縛るものとして描かれている。他方、Varuṇa は罪を犯した者にさえ恵み深いと言われる。彼は不死の賢い守護者であり、正しい者は次の世界において、至福のうちに君臨する彼と Yama とを見るであろうという希望が差し出されている。

「Varuṇa に帰せられる属性と機能は、彼の性格に、他のいかなる Veda の神格に帰せられるものをもはるかに凌ぐ道徳的高さと神聖さを与えている。このことは、私がすでに言及した章句からのみならず、Müller 教授がその Anc. Sansk. Lit., pp. 540 f. および Chips, I, 39 ff. において訳した二つの讃歌からも明らかである。そこにおいて、Vasiṣṭha と言われる ṛṣi は、自らの罪を弁解しつつ神の赦しを懇願し、自らの命が助けられるよう嘆願している。私は第一のものの一部と第二のものの全体を引用しよう。

「その罪を知ろうと求めて、おお Varuṇa よ、私は尋ねる。私は賢者のもとへ尋ねに赴く。賢者たちは皆同じことを私に告げる。汝に怒っているのは Varuṇa である、と。

4. Varuṇa よ、汝が汝の崇拝者かつ友を殺そうとするのは、いかなる大いなる罪のゆえか。我に告げよ、おお攻め難く自ら立つ神よ。そうすれば罪から解き放たれて、私は速やかに礼拝をもって汝のもとへ来よう。5. われらを父祖の罪から、またわれら自身の身において犯した罪から解き放て。おお王よ、牛を食った盗人のように Vasiṣṭha を解き放て。繋ぎ紐から子牛を放すように彼を解き放て。6. Varuṇa よ、われらを迷わせたのはわれらの意志ではなく、何らかの誘惑であった ── 酒、怒り、骰子、あるいは無思慮。強い者が弱い者を堕落させる。眠りさえも罪を引き起こす。」

「おお王 Varuṇa よ、私を土の家へ行かせるな。恵み深くあれ、おお強大な神よ、恵み深くあれ。2. 私は、おお雷鳴する者よ、膨らんだ皮袋のように震えながら行く。恵み深くあれ、等。3. おお輝かしく強大な神よ、私は力の欠如のゆえに違反した。恵み深くあれ、等。

4. 渇きが、水の只中に立っている汝の崇拝者をさえ打ち負かした。恵み深くあれ、等。5. おお Varuṇa よ、われら人間が天の民(神々)に対して犯すいかなる罪であれ、いかなる仕方でわれらが無思慮によって汝の律法を破ったにせよ、恵み深くあれ、おお強大な神よ、恵み深くあれ。」

別の箇所で同じ ṛṣi は、Varuṇa とのかつての友情と、神がかつて彼に授けた恩恵とに言及し、なぜそれが今やんでしまったのかを尋ねている。

「Varuṇa は Vasiṣṭha を自らの舟に乗せた。その力によって、賢く強大な神格は、彼の日々と暁が延ばされるよう、彼をその生涯の吉祥な時期に讃美を捧げる ṛṣi とした。5. われら二人のあの友情はどこにあるのか。昔(われらが享受した)調和を求めよう。おお自ら支える Varuṇa よ、私は千の門をもつ汝の広大で広々とした家へ行った。6. 汝の親しい、汝自身の、愛された友であった者が、汝に対して罪を犯した。罪あるわれらにその罪の果実を刈り取らせるな。賢い神である汝よ、汝を讃える者に守りを授けよ。」

Varuṇa に帰せられるのと同じ、あるいはほぼ同じ機能と属性が、彼と Mitra とに合わせても帰せられている。彼らは大地と天、輝く領域と地上の領域を支え統べ、太陽を天に置く。

「Ārya 諸種族の最高の神々」についての論文において、Roth 教授は Mitra と Varuṇa について次のような巧妙で興味深い所見を述べている。「Āditya の圏内においては、Mitra と Varuṇa の間に最も密接な結びつきが存在する。彼らは Varuṇa が単独で祈願されるよりも頻繁にともに祈願される。Mitra が単独で祈願される讃歌は一つしか見出されない。

互いに区別された二柱の神の本質的な性格は、讃歌のどこにもはっきりとは表現されておらず、実際もともと知的な精密さをもって定義しえないものであった。しかし Ṛgveda においてわれわれの前にある宗教文化の段階は、この相違をすでに存在するものとして区別することを可能にする。すなわち、Mitra は昼におけるその顕現における天の光であり、一方 Varuṇa は、光とあらゆる時の主ではあるが、とりわけ夜の天を統べるのである。Vasiṣṭha の讃歌。『汝らの一人(Varuṇa)は主であり、攻め難い導き手である。そして Mitra(すなわち友)と呼ばれる者は人々を活動へと呼ぶ。』ここでは少なくともこれだけのこと(そして同じことが他の箇所でほぼ同じ言葉で表現されている)が宣言されている。すなわち、生命を目覚めさせ、世界に喜びと活動をもたらす昼の光は Mitra の力のより狭い領域であるということである。しかしそれによって Varuṇa が夜だけに追いやられるのではない。彼は主であり第一の者であり続けるからである。

「それゆえ、インドの釈義において表現されるような表象(たとえば Sāyaṇa が ṚV, VII. 87, 1 について Varuṇa は沈む太陽であると言うとき)は、あまりに狭く一面的であるとはいえ、なおいくらかの真実を含んでいる。そしてわれわれは、いかなる過程によってそれらが展開されたかを推測しうる。もし Varuṇa が、その名が示すように、明るい Āditya のうちでその座と権威の領域が輝く天である者であり、その胸のうちに生けるすべてのもの、それゆえまた人間の思考がその彼方に何も求めない最も遠い境界をも抱く者であるならば、彼はまた眼によっても想像力によってもほとんど到達しえない者である。昼には視力はこの最も遠い限界を見出すことができず、輝く天はそれに何の休み場所も提供しない。しかし夜には、Varuṇa が玉座に座すこの世界の帳はより近づいて知覚しうるものとなるように見える。眼が限界を見出すからである。Varuṇa は人間により近い。そのうえ、雲、大気、光線のうちに大地とかの測り知れない最外の天球との間の空間を満たしていた他の神的な形は消え去っている。今や Varuṇa と彼を見つめる人間との間に立つ他の神はいない。」— OST, Vol. V, p. 70.

varudā caturthī Māgha 月の白分の第四の太陰日(1月30日-2月1日)に起こる祭り。その名は恩恵を授ける女神を含意し、それはいくつかの Purāṇa において Gaurī、すなわち Śiva の花嫁 Umā と同一視されている。彼女はこの日、花、香、あるいは灯の供物、砂糖と生姜、あるいは乳あるいは塩の皿、緋色あるいはサフラン色に染めた紐と金の腕輪をもって崇拝されるべきである。彼女は男女双方によって、とりわけ女によって崇拝されるべきであり、女たち自身も特別の敬意をもって遇されるべきである。この祭りのしかるべき遵守は栄える子孫を確保すると言われる。この季節の Gaurī の崇拝は南インドで人気がある。

vareṇya 最も優れた者。Viṣṇu の名。至高の至福と同じであると言われる。

varcas 光。Vasu Soma の子で、Varcasvī(光輝)の父。

varṇam 色 ── caste。

varman この呼称は Viṣṇu Purāṇa において kṣatriya にふさわしい名であると言われる。

varṣa-s 国々。Jambudvīpa の区分に用いられる語。

valāka Ṛgveda の教師で、Śākapūrṇi の弟子。

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