dhanaka Yadu の子孫 Durdama の子である王子。
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dhanaka Yadu の子孫 Durdama の子である王子。
dhanañjaya Kadrū の子孫の一つである、猛々しく毒をもつ多頭の蛇。
dhanañjaya 「富の征服者」。Pāṇḍava の王子の第三子 Arjuna の名。その武勇において傑出し、Kṛṣṇa の特別の友であった。
dhanañjaya-vijaya 一幕の戯曲。その主題は Mahābhārata の Virāṭa Parvan から採られ、Karṇa と Kuru の王子たちに連れ去られた Rāja Virāṭa の牛を Arjuna が取り戻すことを描く。種々の首長が登場して互いに威嚇し、Homer の英雄たちのような調子で大いに自画自賛する。戦闘は語りに移され、雲の上からそれを眺める Indra とその従者たちの会話として描かれる。この戯曲は vyāyoga と称される部類に属する。
dhana-nando Pāṭaliputra の王 Kālāśoka の末子。九人の息子は年長の順に父の後を継いだ。末子は財宝を溜め込むことにふけったので、Dhana-nando(財の Nanda)と呼ばれた。彼は八十 koṭi に及ぶ金を集めた。それを安全に保つために、彼は Ganges に堰を築いて流れを変え、河床の岩に深い穴を掘らせ、そこに財宝を埋めた。この穴の上に石の層を敷き、水の侵入を防ぐために溶かした鉛を流し込んだ。この工程を繰り返して堅い岩のようにすると、彼は河を元の流れに戻した。この王子は後に brāhmaṇa Caṇakko に殺され、Caṇakko は彼の代わりに Candragupta を王位に即けた。インドの年代学のすべては Candragupta の年代にかかっているので、Wilson、Max Müller その他の者たちは、それを正確に定めるために多大の労を払ってきた。
dhanamitra Kālidāsa の戯曲 Śakuntalā に登場する富裕な商人の名。海で交易していたこの商人は難船で亡くなり、子がなかったので、その全財産は法によって王に没収されることになった。王は、商人の寡婦が出産を控えていることを確かめ、胎内の子が父の財産に対する権利をもつと宣言した。この布告は歓呼の声をもって迎えられた。
dhaniṣṭhā 南の Avasthāna の Mṛgavīthī における星宿すなわち月宿。
dhanur-veda Bhṛgu によって教えられた弓術すなわち武芸の学。
dhaneyu 王子。Puru の子孫 Raudrāśva の十人の息子の一人。
dhanvantara 乳海攪拌から生じた聖仙。白衣をまとい、手に amṛta の杯を持っていたが、それは後に daitya に奪われた。神々の医師と呼ばれる。第二の誕生においては Dīrghatamas の子であり、Āyurveda すなわち医学を教えた。人間の弱さを免れ、普遍的な知識の主であった。Āyurveda の題のもとに現存する唯一の著作は、Dhanvantari によって弟子 Suśruta に啓示されたと言われる。Dhanvantari 自身は、彼の宣言するところでは、それを Brahmā から受けたのである。
dhamajaya 第十六の dvāpara において Veda を編纂した Vyāsa。
dharaṇī pitṛ の娘で、Meru の妻。Viṣṇu Purāṇa においては、神学的真理によく通じ、宗教的瞑想にいそしみ、完全な智慧を修め、あらゆる尊ぶべき資質で飾られていたと言われる。
dharbaga Magadha の王 Ajātaśatru の子。十人の Śaiśunāga の一人であり、彼らの治世の合計は三百六十二年に及んだ。
dharma 正義の神。Hindu の Pluto。yama の項を参照。
dharma Prajāpati の一人。Brahmā の心から生まれた息子の一人で、その形態と能力は Brahmā の身体的本性から得たものである。Dakṣa の十三人の娘を娶った。これらの娘の名(信仰、帰依等)から、彼女たちが寓意的人物であり、知性と徳と宗教儀礼の人格化であることは明らかである。それゆえ彼女たちは、Hindu の宗教と道徳の法典の作者と推定される者、あるいはその法典の同様に寓意的な表現である Dharma、すなわち道徳的・宗教的真理にふさわしく嫁いでいるのである。— VP.
dharma(法) 徳、宗教、義務、法、法と Veda に従う道徳的・宗教的真理。何らかの特有の、あるいは定められた実践あるいは義務。たとえば施しをすること等は家長の dharma であり、裁きを行うことは王の dharma であり、敬虔は brāhmaṇa の dharma であり、勇気は kṣatriya の dharma である、等。
dharmaketu Alarka の子孫で、(Bhāgavata の表によれば)Suketana の子である王子。Viṣṇu Purāṇa では Sukumāra の子とされ、Agni では Alarka 自身の子として現れる。
dharmadhris Śini の子孫で、Svaphalka の一人[ママ]。
dharmadhvaja
1. Mithilā の王で、Janaka とも呼ばれる。2. Betāla Pañcaviṃśati に言及される Burdwan の王の名。Jaina の宗教のために退けられていた Brāhmaṇa 教を復興した。
dharmanetra Kṛṣṇa の生まれた部族である Yadu の子孫 Haihaya の子。
dharmapāl Mahārāja Daśaratha の司法大臣の一人。
dharmaratha Divaratha の子である王子。Indra とともに soma の汁を飲んだと言われる。
dharma rāja 五人の Pāṇḍava の長兄 Yudhiṣṭhira(その項を参照)の名。Kuntī Devī と Yama との子である。名目上の父 Pāṇḍu は不能であった。
dharma-śāstra(法典) 法の書。そのようなすべての書の三つの主要な主題は、ācāra(行為の規則)、vyavahāra(裁判)、prāyaścitta(贖罪)である。Yājñavalkya の法典は Dharmaśāstra と称され、Manu の法典も同様である。
dharma-sāvarṇi 第十一 manvantara の Manu。Dakṣa の娘の一人が、Dakṣa 自身と、彼が Meru 山上で彼女を差し出した三神 Brahmā、Dharma、Rudra とによってもうけた、心から生まれた息子の一人。
dharmāraṇya Magadha の山岳部にある Purāṇa に見える都。Amūrtarajas の住居。
dharmāraṇya また、正義の神が月神 Soma を恐れて逃げ込んだと言われる森の名でもある。
dharṣṭaka-s kṣatriya の一種族。そのうちの何人かは地上において brāhmaṇa の位を得た。— VP.
dhava (「火」)。Vasu と称される部類の神格。Vasu はつねに光すなわち輝く光輝のうちにあるゆえにそう呼ばれる。
dhātaki Puṣkara の王 Savaṇa の子である王子。Puṣkara は山も河もない島で、そこでは人々は病も悲しみもなく千年生きる。— VP.
dhātā Rudra の一人で、Bhṛgu と Khyāti の子。
dhātu(語根) 言語学上の語根。「ヨーロッパの言語において、文法が語をその最後の限界にまで還元しようとするとき、文法はその限界をその『語根』と呼ぶ。こうして文法における語根は化学における元素に相当し、分析者が到達しうる分析の最も遠い結果を表す。しかしサンスクリット文法においては、dhātu は一般に語根と訳されるものの、ヨーロッパの用語が表すものを含意しない。前者は、活用語尾によって動詞語基が、kṛt 接尾辞によって名詞語基が派生しうる理論上の形を指す。しかしそのような派生は、Dhātupāṭha と呼ばれる表に集められ、一次 dhātu と呼びうる形からのみならず、派生形、すなわち受動、強意、使役、意欲、名詞起源動詞からもなされうるので、これらの派生形でさえ、Hindu の文法家にとっては dhātu なのである。それゆえ彼の心にとって、dhātu は絶対的に最後の言語要素ではない。一次 dhātu、すなわち受動その他の二次 dhātu がそこから派生しうる形でさえ、彼にとっては、通俗の理解にとって派生の最後の限界と見えた形にすぎないのである。」*
* Mrs. Manning, A&MI.
dhātu-pārāyaṇa Hemacandra の著した、dhātu に関する名高い注釈。
dhātṛ Viṣṇu と Lakṣmī の子[ママ]。Meru の娘 Āyati を娶った。
dhānya-s Krauñca-dvīpa における vaiśya の呼称。
dhāra Godāvarī 河の南にある都。名高い Rāja Vikrama がそこに住んだ。
dhāraṇa 堅固な思考。観想によって心の中に形成された像あるいは観念を保持すること。'Yoga' を成就すべき八段階の一つ。yoga の項を参照。
dhiṣaṇā Agni の種族の王女で、Havirdhāna の妻。
dhiṣṇya-s Marjāla の火から Agnīdhra の火まで一直線に延びる七つの小さな円。—Ait Brā.
dhī Rudra Manyu の妻。