r第一部 サンスクリット語・パーリ語の見出しraktavīja / raktabīja … rājarṣi-s
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raktavīja / raktabīja 魔法の命をもつ強大な悪鬼。その血の一滴一滴が流されると、彼のような悪鬼を何百も生み出した。彼は Umā に殺され、その破滅は女神の大いなる武勲の一つとみなされている。[Supplement より→]一種の魔法の命をもっていたが、最後には Devī に殺された悪鬼。この争いは女神が Caṇḍa と Muṇḍa を殺した後に起こった。「その身体から流された血の一滴一滴が、彼のような悪鬼を何百も生み出すという特異な効力をもっていた。それゆえ女神の武器の打撃は、その成功にまさに比例して、悪意ある敵よりも彼女自身をより悩ませ始めた。asura の血から生み出された悪鬼が全宇宙にはびこった。神々はひどく恐れた。彼らが怯えているのを見て、女神は槍で Raktavīja を打ち、その血を口に受けた。そして先に流された血から生み出された他の悪鬼を食べ尽くした。こうして大 asura Raktavīja は、種々の武器によって傷つけられ、その血を Cāmuṇḍā に飲み尽くされて地に倒れた。*
* Mārkaṇḍeya Purāṇa, Rev. K. M. BANNERJEA 著.
rakṣas Khasā の子で、rākṣasa の父。
raghu 太陽種族の傑出した神話的 Mahārājā で、Dilīpa の子、Ayodhyā の主権者。その学識、富、勇敢さ、変わらぬ成功で名高い。Raghuvaṃśa はその驚くべき偉業と種々の征服を語り、次の伝説で終わる。大 ṛṣi Varatanta の弟子である Koutsya という名の brāhmaṇa は、学業の課程を終えると、感謝を示すためにどのような謝礼をすべきかを guru に尋ねた。師は弟子が尽くした奉仕に満足していると明言した。しかし後者が贈り物をすることを主張したので、guru は十四 crore の rupee を求めた。この莫大な額を求めて Koutsya は Mahārājā Raghu に頼った。Raghu は viśvajit-yajña と称される供犠を行ってちょうど国庫を空にしたところであったので、Kubera(富の神)を征服することを決意した。Kubera はその見通しにひどく驚き、ただちに無数の crore を Mahārājā に送った。その金はそれから brāhmaṇa に与えられ、brāhmaṇa は返礼として良き息子の約束をもって王を祝福した。そしてしかるべき時に高名な Aja が生まれた。
raghu
1. 月の種族の王子で、Dīrghabāhu の子。2. Yādava 種族の創始者 Yadu の息子の一人。
raghuvaṃśa Kālidāsa による叙事詩。この詩は太陽から出た王子の家系の偉業を描いており、Rāma はその誇りかつ装飾であった。それは Stenzler によって Latin に、M. Hippolyte Fauche によって French に訳されている。T. H. Griffiths 氏の Idylls from the Sanskrit は主として Raghuvaṃśa から採られている。dilīpa の項を参照。
raghuvaṃśa tilaka Raghu の家の栄光。Raghu の孫である Daśaratha の子 Rāma の名。
rajavat Bhṛgu の種族の Dyutimat の子。
rajas Viṣṇu Purāṇa の列挙による七聖仙の一人。彼らはみな Vasiṣṭha の息子であった。
raṇañjaya Ikṣvāku の家系に属する Kṛtañjaya の子である王子。
raṇastambha 密林の Mehal の西、Nagpur の方にある国。Purāṇa において Cedi として知られる。
rati Hindu の Cupid である Kāma の妻。Kāma は Śiva に矢を放つことをあえてしたために彼に殺された。「Rati の嘆き」は、Kālidāsa の Kumāra Sambhava すなわち軍神の誕生の第四歌から Griffiths 氏によって訳された Idylls from the Sanskrit の一つである。[Supplement より→]愛の神 Kāma の花嫁。Rati は、豪華に装い飾られ、踊り vīṇā を奏でる若く美しい女性として人格化される。
ratula Ikṣvāku の家系に属する Śuddhodana の子である王子。
ratnagarbha Viṣṇu Purāṇa の注釈者。その書は Vaiṣṇavākūṭa Candrikā、すなわち「Viṣṇu への帰依の月光」と題されているが、その年代は確かめられていない。
ratnagiri Mahābhārata において Varāha(その項を参照)と呼ばれる山の近代の名。
ratnāvalī Siṃhala すなわち Ceylon の王女で、王 Vikramabāhu の娘。
ratnāvalī or the necklace Wilson 教授によって訳されたサンスクリットの戯曲の題名。彼によれば、純粋に文学的な観点から考察すると、それは劇作の原理においても社会組織の原理においても変化を画している。情熱の欠如と陰謀への置き換えのほかに、そこには詩的な精神も、霊感のひらめきもない。この劇の唯一の詩は実際機械的なものである。原語の構造は、とりわけ Prākṛt においてきわめて優雅である。この方言は他のいかなる劇においても同等の長所をもって現れないようである。サンスクリットの文体もまたきわめて滑らかで美しく、苦しいほどの凝りようはない。この劇は実にこの点でとりわけ興味深い。すなわち思想においても表現においてもほとんど炎や天才はないが、概して正確で繊細な趣味が作品を律し、判断よりも気負いの勝った作家たち、すなわちより最近の時代の作家たちがつねに犯す不合理を避けている。この劇は西暦1113年から1125年の間に書かれたにちがいない。
rathakṛt yakṣa の一人。すなわち Śukra 月の太陽の守護者。
rathacitra Purāṇa に言及される河。ただしいまだ同定されていない。
rathantara
1. Ṛgveda の教師で、Satyaśrī の弟子。2. Brahmā の東の口から出た Sāmaveda の部分。
rathīnāra Āṅgirasa すなわち戦士祭官の一人。両親とも kṣatriya であるが、職業によって brāhmaṇa となった。
rantideva Saṃskṛti の子。Bhāgavata において大いなる寛大さの王子として描かれる。Meghadūta に保存された伝説によれば、その牝牛の供犠はきわめて多かったので、その血が Carmaṇvatī 河、すなわち近代の Cambal を形成した。
rantināra Puru の子孫 Ṛteya の子である王子。
ramaṇaka Bhāgavata に列挙される八つの島の一つで、Hindu の神々を崇拝する mleccha が住む。
rambhā
1. Āyus の五人の息子の一人。2. apsaras の一人で、laukika の部類に属し、その部類には三十四人が特定されている。
ramya 王 Agnīdhra の九人の息子の一人で、Meru 山と Nīla 山の間に位置する国々の王となった。
ramyaka Meru の北にある地区で、Nīla すなわち青い山から Śveta すなわち白い山まで延びる。
raya Bhāgavata の表による Purūravas の六人の息子の一人の名。
rasalomā 十一 Rudra の一人 Mahīnāsa の妻。
rasātala Bhāgavata、Padma Purāṇa、Vāyu に列挙される pātāla の区分の一つ。
rasāyana 医学の八部門の一つで、錬金術的治療を扱うもの。
rasollāsa 外からの栄養とは独立に、身体の体液が自然にあるいは速やかに展開すること。これは八つの完成すなわち siddhi の一つと称される。
rahat 悪しき欲望からまったく自由であり、その結果超自然的な力をもつ者。
rākā
1. Aṅgiras の四人の娘の一人として表される月の相の一つ。2. 月がまったく丸い日。
rākṣasa-s 巨人。Viṣṇu Purāṇa において、彼らは Rakṣas を通じて Pulastya の子孫であると言われる。同じ著作において、彼らはまた Brahmā から出た者としても表されている。醜悪な様相で、長い鬚をもつ存在である。彼らは神格のもとへ急いだ。そのうち「おお、われらを守りたまえ」と叫んだ者はそこから rākṣasa(rakṣa 守る、から)と呼ばれた。「食べよう」と叫んだ他の者は yakṣa(yakṣa 食べる、から)と名づけられた。
J. C. Thomson 氏は言う。「その最初期の観念においては、彼らは、あらゆる時代と種族の迷信が、この生に伴う禍と人類を害しようとする悪意ある欲望とを帰してきた、闇の未知の生き物であったようである。叙事詩期においては、彼らはインドの原住民の人格化であるようであり、彼らを征服した Ārya の英雄たちの勝利を高めるために、空中を飛び、血を吸う等の吸血鬼の恐ろしい様相のもとに提示されている。この性格において彼らは Vālmīki の美しい叙事詩 Rāmāyaṇa においてきわめて目立った役割を演ずる。ここでは彼らは、Ceylon 島とその首都と考えられる Laṅkā の王 Rāvaṇa に率いられ、詩の主人公 Daśaratha Rāma によって征服される。Purāṇa 期においては、彼らは地獄の巨人、Ṛṣi Pulastya の子供たち、神々の敵である。彼らはそのとき三つの部類に分けられる。
(1)富の神 Kubera の奴隷、その財宝の守護者。
(2)敬虔な者をその帰依において妨げることを主な喜びとする悪意ある小鬼。
(3)Naraka すなわち地獄に住み、神々に敵対する巨大な体躯の巨人。第二 manvantara においては、彼らは Kaśyapa と Khasā の息子たちである。」
最も名高い rākṣasa は Rāvaṇa とその兄弟 Kumbhakarṇa と Vibhīṣaṇa であり、彼らについての記述はそれぞれの名の下に見られる。[Supplement より→]「Rāmāyaṇa の作者は疑いなく、神話的寓意において、サンスクリットを話すインド人に敵対し、文明と宗教において彼らと異なる野蛮な民に、rākṣasa という憎むべき名を適用した。これらの rākṣasa は、私は言うが、インドの南の海岸と Ceylon 島を占めた盗賊あるいは海賊であった。」—(GORRESIO)。「彼らは Ārya の崇拝に敵対する猛々しい黒い種族であり、彼らによって rākṣasa と呼ばれた。この呼称は Veda においては敵対的で、野蛮で、憎むべき存在に割り当てられている。Rāma の遠征が向けられたのはこの種族に対してである。Ārya の伝承は疑いなくこれらの部族の属性を改変し、彼らを巨人の種族、不具で、恐ろしく、獰猛で、意のままに姿を変えることのできる種族に変えた。しかしこれらの誇張にもかかわらず、Rāmāyaṇa は(Gorresio の考えでは)ここかしこに、問題の種族のある特徴と特色を保存しており、それがその真の性格を明かしている。」— MUIR, II, 420.
rāga 愛。Pātañjala 哲学における「五つの煩悩」の一つ。他の四つは avidyā、asmitā、dveṣa、abhiniveśa である。
rāja Bharata の子孫 Viraja の子である王子。Rāja は「輝く」あるいは「壮麗である」を意味する Rāj に由来する。
rājagaha Benares の近くの都[ママ]。Gautama Buddha の住まいとして、また彼が死んだ場所[ママ]として名高い。
rājagṛha Magadha すなわち Bihar の古都。多くの注目すべき廃墟を含む。
rājarṣi-s 王の ṛṣi、すなわち Viśvāmitra、Ikṣvāku その他のように帰依の生活を選んだ王子たち。彼らは Indra の天に住む。