Garrettインド古典辞典

t第一部 サンスクリット語・パーリ語の見出しtrivṛt … tviṣā

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trivṛt Ṛgveda とともに Brahmā の東の口から造られた讃歌集。

trivṛṣan 第十一の dvāpara の時代の Vyāsa。

triveṇī 三つの編んだ髪。三つの聖なる河、Gaṅgā、Yamunā、Sarasvatī の神秘的な合一を示す。それらはそれぞれ三つの大いなる力の配偶者すなわち活力である。Triveṇī は、男性の力の Trimūrti のような女性の三一体の象徴とみなされる。Ganges と Jumna は Allahabad 近くで合流し、Sarasvatī もまた地下で他の二つと合流すると考えられている。三つの流れの想像上の合流点の近くで死ぬ者は、ただちに至福に達すると考えられている。

triśaṅku 太陽の家系の王子で、Satyavrata の子[ママ]。悪い行状のために父に追放され、cāṇḍāla すなわち追放者の状態に落とされた。しかし十二年の飢饉の間、彼は Viśvāmitra の妻と子供たちの養いのために鹿の肉を用意し、追放者から贈り物を受けるという屈辱を彼らに負わせないように、それを Ganges のほとりの木に吊るした。このことのゆえに、Viśvāmitra は彼にいたく喜び、生きた身体のまま彼を天へ高めた。

triśaṅku 太陽の家系の王。正義と真理を愛し、その領土を賢明に統治した。ただ一つの欠点がその性格の完全さを損なっていた。それは自らの身体への過度の愛であった。死がそれを彼から奪い、それが火葬の薪の上で灰に帰せられるであろうという思いは、彼にとってきわめて悲しいものであった。彼は聖仙 Vasiṣṭha を探し出し、自らの大切な身体を保つ許しを天から得るために厳粛な aśvamedha を捧げてくれるよう望んだ。しかし brāhmaṇa は彼の求めを拒み、次に彼が頼った Vasiṣṭha の百人の息子たちもまたそうした。「それならば、さらばだ」と彼は傲然と言った。「私はもはや汝らにも Vasiṣṭha にも助言を求めまい。汝らが私の願いを叶えることができないことは明らかだ。」「われらの力の証拠を汝に与えよう」と彼らは言った。「汝がかくも美しいと思うこの貴い身体が、cāṇḍāla の卑しい姿をとるように。」呪いはただちに効果を現し、不幸な君主は宮殿に帰る勇気がなかった。しかし Viśvāmitra の驚くべき苦行の話を聞いて、彼はその人中の象*を探し出した。王の苦行者は Triśaṅku の状態を見ると憐れみに満たされ、誰が彼をこのような状態に落とすことをあえてしたのかと尋ねた。Vasiṣṭha の息子たちです、と Triśaṅku は答え、それから事情を語った。Viśvāmitra はひどく憤り、Triśaṅku の望んだ願いを叶えると誓った。彼は大いなる aśvamedha を布告し、祈りに生涯を捧げるすべての者をそれに召集するために遠近に使者を送った。召集を無視した者は種々の仕方で罰せられた。しかし aśvamedha が挙行されると、神々自身はその供犠に何の注意も払わなかった。そこで王の中のこの虎は激怒して叫んだ。「聞け、高貴な Triśaṅku よ。わが厳しい苦行の力によって、私自らがこの業をなそう。汝の愛する身体とともに天へ昇れ。私 Viśvāmitra が、神々と人間の聞くところで、それを命じる。」すると水の中を昇る空気の泡のように、Triśaṅku は空間の波を征服しながら昇り始めた。しかしその頭が天の青に当たると、Indra が見下ろして言った。「落ちよ、Triśaṅku。」そして不運な君主は落ち始めたが、天と地の中間で、苦行者の中の不屈の獅子 Viśvāmitra の力強い声によって止められた。そこに君主の身体は今なおとどまっており、無知な者によって単なる星座であると考えられている。— Iliad of the East, p. 70.

*「このような表現は Rāmāyaṇa に頻繁である。『王の中の獅子』、『人の中の虎』、『悔悟者の中の雄牛』に出会うが、われわれならば最も優れた隠者、最も傑出した人、最も高貴な王等と言うところである。」— FAUCHE.

triśalā Pavana の王 Siddhārtha の妻で、名高い tīrthaṃkara Mahāvīra の母。

triśiras

1. Tvaṣṭṛ の子で、時に Viśvarūpa と呼ばれる。この名のもとに Ṛgveda に二度言及されている。彼は三つの頭と六つの眼と三つの口をもっていたと言われる。その口の一つは soma を飲む口、第二は酒を飲む口、第三は他のものを食べるために定められていた。Indra はこの Viśvarūpa を憎み、その三つの頭を切り落とした。— MUIR, OST, Vol. V, pp. 228-32. 2. 巨人 Rāvaṇa の息子の一人で、Laṅkā の攻囲において殺された。

triśūla Śiva の三叉戟。それはその被造物を守り保持するために宇宙の面の上をたえず動いているとみなされている。その進路に逆らうことは即座の死を招くことになろう。その動きは規則的であるが、週の曜日に応じて異なる。こうして、日曜日と金曜日に西へ、火曜日と水曜日に北へ、土曜日と月曜日に東へ、木曜日に南へ向かうことは凶であると想像されている。

triṣṭubh Yajurveda 等とともに Brahmā の南の口から造られた韻律の名。

triṣya-s Krauñca-dvīpa における śūdra の呼称。

truṭi 時の単位。三 trasareṇu から成る。

tretā 第二の yuga すなわち時代。三千の神の年から成る。

tretāgni 聖火の三組。laukika すなわち単に世俗的な火に対置される。Hindu の聖火は、もとは一つであったが、Purūravas によって三重とされた。三つの火とは、第一に gārhapatya、すなわち恒常的な家庭の火、第二に dakṣiṇā、すなわち供犠のための火、第三に āhavanīya、すなわち供物のための火である。fire-sacrificial の項を参照。

tryambaka 三つの眼をもつ者。Śiva の名で、tri「三」と ambaka「眼」に由来する。

tryambaka 十一 Rudra の一人。

tvaṣṭṛ この神は、後代の神話においては Āditya の一人とみなされるが、Ṛgveda においてはその性格を帯びず、インドの神々の体系の Hephaistos すなわち Vulcan であり、理想の芸術家、神的な工匠、職人の中で最も巧みな者であって、あらゆる驚くべき見事な工夫に通じている。彼は Brahmaṇaspati の鉄の斧を研ぎ、Indra の雷電を鍛える。雷電は金あるいは鉄でできており、千の尖端と百の刃をもつと描かれている。彼は美しい手をもつ、すなわち巧みな手をもつ者、巧みな工作者、あらゆる形をもつ者すなわちあらゆる形の原型、そして生気を与える Savitṛ と称される。彼は生殖の力を授け、子孫を与える。彼は胎内で精の胚を発達させ、人間と動物のあらゆる形の形成者である。彼は多種多様な被造物を生み出し養ってきた。すべての世界(あるいは存在)は彼のものであり、彼に知られている。彼は天と地とすべてのものにその形を与えた。彼は長寿を授ける。彼は馬の脚に速さを入れる。彼はすべての Sāma の本文に通じていると言われ、すべての被造物の上に Brahmaṇaspati を創造したと言われる。そして天と地、水、Bhṛgu とともに Agni を生んだと言われる。彼は宇宙の主であり、最初に生まれた保護者かつ指導者である。彼は Aṅgiras の仲間であり、神々の領域を知っている。彼は崇拝者を養い、その供犠を守るよう懇願される。彼は祝福を授ける者であり、豊富な富をもつ。そして他の神々と同様に、崇拝者の讃歌を喜び、彼らに富を授けるよう求められる。

Tvaṣṭṛ はいくつかの章句において Ṛbhu と結びつけられている。彼らは彼と同様に巧みな職人として讃えられ、彼の弟子と呼ばれる。彼らの技量の披露が言及されている。彼らは Tvaṣṭṛ が作った単一の新しい供犠の杯を四つにしたと言われ、彼はこの自らの作品の改変を見ると、恥じ入って女神たちの間に身を隠したものとして表されている。ある箇所では彼は自らの細工のこの変更に憤ったと言われ、別の箇所では彼らの企てを賞讃しその技量の優れた産物を感嘆したとされている。

Tvaṣṭṛ には双子の子供、(娘)Saraṇyū と(息子)Triśiras があった。彼は神々の妻たちを最も頻繁な従者としてもつものとして表されている。Roth 教授はこれを、子孫を授ける者としての彼の創造的働きの主要な領域を指すものと考えている。

Indra は時に Tvaṣṭṛ とその息子と敵対関係にあるように見える。そしてついに争いが起こり、そこで Indra は彼を殺す。Mārkaṇḍeya Purāṇa においては、Tvaṣṭṛ は Viśvakarman および Prajāpati と同一視されている。Muir の Orig. Sans. Texts, Vol. V, pp. 224-33 を参照。そこには上記のすべての言明の典拠が引用されている。

tviṣā Paurṇamāsa の娘。

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