antarikṣa 第十三の dvāpara において Veda を編纂した Vyāsa で、Kinnara の子。VP によれば、大 ṛṣi たちは Veda を二十八回編纂したと言われ、現在の manvantara の二十八人の Vyāsa の表が挙げられている。2. Ikṣvāku の家系の王で、Kinnara の子、Suvarṇa の父。
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antarikṣa 第十三の dvāpara において Veda を編纂した Vyāsa で、Kinnara の子。VP によれば、大 ṛṣi たちは Veda を二十八回編纂したと言われ、現在の manvantara の二十八人の Vyāsa の表が挙げられている。2. Ikṣvāku の家系の王で、Kinnara の子、Suvarṇa の父。
andhaka 次の者の固有名。1. Kaśyapa と Diti の子である悪鬼。千の腕と頭、二千の眼と足をもつ。よく見えるにもかかわらず盲人のように歩いたので Andhaka(盲者)と呼ばれた。svarga の pārijāta 樹を奪おうとして、Śiva に殺された。2. Kroṣṭṛ の孫で Yudhājit の子。兄弟の Vṛṣṇi とともに、名高い Andhaka-Vṛṣṇi 家の祖先である。3. Vṛṣṇi(Andhaka の兄弟)の孫で、Svaphalka と Gāndinī の子。4. 同じ家系に属する Sātvata と Kauśalyā の子。5. (同じ家系の)Bhīma の子で、Revata の父。[上記2-5の系譜は Harivaṃśa から採った。Liṅga Purāṇa では、Andhaka は Nahuṣa の子とされ、他の Purāṇa によれば Kroṣṭṛ の祖先とされる。Kūrma Purāṇa では Andhaka は Aṃśa の子で Sātvata の父とされ、Viṣṇu Purāṇa ではその名の王子が Sātvata の子として言及される。この Sātvata は Harivaṃśa の Sātvata と同一人物であるらしい。]6. (Padma Purāṇa における)muni の名。
annapūrṇā 「食物の供給者」。Benāres において大いに名声のある女神。Biśeśvar の明示の命令のもとに、その全住民を養い、誰も飢えに苦しまないよう計らうと考えられているからである。*
* SHERRING, SCH, p. 57.
anyadeśya 外国語に由来する語に与えられる名。
apamūrtti Atri の罪なき息子たちの一人。
apara Sāṃkhya 哲学の術語。感官の対象は享受の結果として滅び、それが滅びるときには苦痛あるいは煩いの感情があるという反省から生ずる、一種の心的な諦観あるいは無関心を表す。
aparagodana (仏教の宇宙論において)四つの dvīpa すなわち大陸の一つ。形は丸い鏡のようで、幅は七千 yojana であり、大地の中心にある Mahāmeru の西にある。
aparājita 1. 十一 Rudra の一人。2. Śiva および Viṣṇu の名。3. Durgā の名。
aparṇā Himavat と Menā の娘 Umā の名。宗教的苦行を行う間、木の葉一枚さえ食べなかったことからこう呼ばれる。
apava Prajāpati Vasiṣṭha の名。Wilson 教授は言う。「彼は Brahmā の職務を果たすのであるから、その神格とみなされるべきであるが、厳密にはそうではない。Apava は二重となり、その男性的半身の資格において、女性的半身によって子孫をもうける。」— VP, p. 52.
apaspati Uttānapāda の子で、Dhruva の兄弟。Dhruva の項を参照。
apāna brāhmaṇa が身体の内に宿ると信ずる十の風の一つ。この風は臍の部位に宿り、固体および液体の排泄物を押し出す。
aptoryāma Brahmā の北の口から生じた祭式。VP. 「Aptoryāmaは Jyotiṣṭoma の第七すなわち最後の部分であるが、その執行には本質的に必要なものではなく、特定の願望の達成のために設けられた任意の供犠である。この語の字義は、Prauḍhamanoramā に従えば『望む対象の達成をもたらす供犠』であろう。」— GOLDSTÜCKER
appamanabha 仏教の第十二天の名。
appamana śubha 仏教の第十五天。
apratiṣṭha naraka すなわち地獄の一つ。地獄は二十八が数えられる。それらは Yama の王国の恐ろしい領域と呼ばれ、責苦の道具をもって恐るべきものである。
apsaras-as kalpa の初めに Brahmā によって造られた天のニンフに与えられた名。また、深淵の渦から生じたとも言われ、驚くべき愛らしさをもつ。いくつかの Purāṇa においては Kaśyapa と Muni の娘たちと呼ばれる。apsaras には二種ある。laukika すなわち「世俗の」もので、三十四が挙げられる。そして daivika すなわち神的なもので、十である。後者からは、聖仙の苦行を妨げることに最も頻繁に従事する者たちが出る。また Ahutas 等の特有の呼称をもつ十四の gaṇa すなわち apsaras の群れもある。「本来これらの神格は、太陽に引き寄せられて霧あるいは雲となる水蒸気の人格化であったらしい。apsaras に言及する Ṛgveda の少数の讃歌においては、その性格はこのように解釈されうる。後代、これら、とりわけ太陽の火を人格化する Ṛgveda の gandharva が、稲妻の火、月光その他の天の元素的生命の諸属性へと、またそれに関わる敬虔な行為へと拡大したとき、apsaras は、その生命と密接に結びついた、物理的および倫理的な現象あるいは対象を表す神格となる。こうして Yajurveda においては、太陽光線が、太陽である gandharva と結びついた apsaras と呼ばれる。惑星は gandharva 火と結びついた apsaras と称され、星座は gandharva 風の apsaras である、等々。最後の神話的時代において、gandharva がその元素的性質のうち Indra の楽園の楽師である程度のものしか保持しなくなると、apsaras は、Indra の天の陽気な生活にあずかる他の下位の神格の間に、gandharva の妻として、しかしとりわけ放縦な類の妻として現れる。それゆえ彼女たちはまた、戦いに斃れた英雄が Indra の楽園に迎えられる際の報いとしても約束される。そして Ṛgveda においては Soma がその流れを注ぎ下すのを助けるのに対し、叙事詩文献においては、彼女たちは単に悔悟する聖仙の徳を揺るがし、絶え間ない苦行によって本来得たであろう力を彼らから奪うために地上に降りるのである。」— GOLDSTÜCKER, Sans. Dict.
abja Nārāyaṇa として化身した Viśāla の父。
abhaya (「無畏」)Dharma の息子の一人。Viṣṇu Purāṇa, p. 55 を参照。
abhasara 仏教における第十三天の名。
abhijit Yādava 族の首長。VP, p. 436.
abhidhamma 仏教徒の聖典の第三部類。聖典は、それが書かれた言語である Pāli において Pittakattyan と呼ばれる。これは Pittakan(籠・箱)と tāyo(三)に由来し、本文が三大部類に分けられていることによる。Abhidhamma は、仏教徒が天界の住人に向けて説かれたと考える教えを含む。それゆえ聖典中最高の部類とみなされ、その講釈者は最高の敬意をもって遇されるべきものとされる。その語自体が示すとおり、卓越した真理を含むからである。これを構成する諸書は説法の形式をとらず、術語と教義を定義と説明を付して列挙する。全体は七部から成る。— GARDINER.
abhidhāna cintāmaṇi Hemacandra の著した Jaina 教義の語彙集。Wilson 教授はこれを、きわめて有用で信頼に足るものと評している。
abhinavagupta Alaṃkāra の著名な師。Kṣemendra は彼のもとで学んだと述べている。Abhinavagupta は西暦10世紀初頭の人と推定され、諸家によって Alaṃkāra の権威として引用される。
abhimanyu
1. Arjuna と Subhadrā の子。その膂力と武勇をもって名高い。Rājā Virāṭa の娘 Uttarā を娶った。大戦の初日に際立った武勇を示し、Bhīṣma の戦車の旗印を切り落とした。第二日には Duryodhana の子の一人を討ち、Duryodhana の反撃を受けたが Arjuna に救われた。大戦第十三日、Yudhiṣṭhira の命により、蜘蛛の巣の陣形に布陣した Kaurava 軍に突撃した。戦車を駆って敵陣深く入り、驚嘆すべき武勇を示したが、ついに六人の戦士に圧倒されて討たれた。その子 Parikṣit の系統を通じた子孫は、Hastināpura(旧 Delhi)における月種族の王統となった。2. Cākṣuṣa の子。— VP, 98.
abhimāna インド哲学において「我執的な確信」を意味する。Colebrooke, Essays, Vol. I, p. 242 を参照。
abhimānī Brahmā の長子。一つの Agni であり、妻 Svāhā との間に、卓越した輝きをもつ三子 Pāvaka, Pavamāna, Śuci をもうけた。彼らには四十五人の子があり、これらと彼ら自身および Abhimānī とを合わせて四十九の火を成す。— VP
abhīra-s
1. インド北西部に住んだ古代の種族。Mahābhārata、Rāmāyaṇa および VP に言及されるが、その歴史については何も知られていない。2. VP に言及される王朝の名。紀元前200年頃 Magadha を支配したと推定される。
abhūtarajas-as 第五 manvantara の神々の一群。
abhyudaya 祝事または繁栄の到来に際して行われる宗教儀礼の一部を成す、個人の祖先および人類の祖先に対する供物。vṛddhi śrāddha の項を参照。
amarakośa 名高いサンスクリット語彙集。インドのすべての言語において、多かれ少なかれ完全な形で見出される。他の大部分のサンスクリット辞書と同様に、記憶を助けるため韻文で編まれている。同義語が一つまたは複数の詩節にまとめられ、十五の章に配される。各章はそれぞれ異なる主題を扱う。第十六章には若干の同音異義語が、インド式に語末子音によるアルファベット順に配列されている。第十七章は不変化詞のかなり完全な目録である。これらはヨーロッパの文献学者なら副詞、前置詞、接続詞、間投詞と呼ぶであろうが、サンスクリット文法家は不変化名詞とみなす。Amarakośa の最終章は名詞の性に関する論である。Colebrooke の Essay on the Sanskrit and Prākrit Languages を参照。
amara siṃha Amarakośa の著者。彼はまた優れた詩人であり、Vikramāditya の宮廷の誉れであった九宝(詩人たちはそう呼ばれた)の一人であった。不幸にも彼は異端の宗派の教義を奉じていたため、Jaina と仏教徒の両者の人と著作に対して不寛容な哲学者たちが煽動した迫害の中で、その詩は滅びた。
amarāvatī Indra の都。神々の工匠 Viśvakarmā によって建てられた。周囲800マイル、高さ40マイルと記述される。その柱は金剛石から成り、玉座は純金である。庭園と噴水に囲まれ、音楽と舞踊が天上の住人を楽しませる。Kistna 河の岸辺には Amarāvatī と呼ばれる廃墟の町があり、彫刻の形をとった数多くの古物を含んでいる。それらはすべて仏教起源のものである。Sir Walter Elliot と Fergusson 氏がそこでかなりの調査を行った。遺物が取り出された廃墟の Dāgoba(仏塔)は直径150フィートの塚の上にあったが、今は貯水池に変えられている。それは Dipaldinna、すなわち「光の塚」と呼ばれる。
amāvasu Purūravas と Urvaśī の六人の息子の第三子。月種族の王統の祖先の一人。
amāvasyā 新月の直前の「合」の日。すべての brāhmaṇa にとって断食日である。
amitābha muni たちの主。仏教の神々の中の一神格。
amṛta 神酒(Ambrosia)。不死の飲料。乳海攪拌の際に生じた。この伝説はすべての Hindu の熟知するところであり、次のように起こったとされる。神々が dānava に打ち負かされたとき、彼らは Viṣṇu のもとに逃れ、その保護と助言を求めた。宇宙の創造者 Hari は、平伏する神々にこのように祈られると、微笑み、新たな気力をもってこう語った。「おお神々よ、汝らの力を回復させよう。私の命ずるとおりに行うか。すべての神々は asura と協力して、あらゆる種類の薬草を乳海に投げ入れよ。それから Mandāra 山を攪拌棒とし、蛇 Vāsuki を綱として、私の助けを頼みに、共に大洋を攪拌して神酒を得よ。daitya の助力を確保するためには、汝らは彼らと和を結び、共同の労苦の果実を等しく分け与えることを約さねばならない。攪拌された大洋から生ずる amṛta を飲めば、強大かつ不死となるであろうと約束するのだ。神々の敵がこの貴い飲料にあずからず、ただ労苦のみを分かつよう、私が計らおう。
「神々の神にこのように教えられて、神々は悪鬼と同盟を結び、共同して不死の飲料の獲得に着手した。彼らは種々の薬草を集めて乳海に投じた。その水は秋の輝く雲のように光り輝いていた。それから彼らは Mandāra 山を棒とし、蛇 Vāsuki[ananta の項を参照]を綱として、amṛta を求めて大洋の攪拌を始めた。集まった神々は Viṣṇu によって蛇の尾の側に配され、daitya と dānava はその頭と首の側に配された。膨らんだ鎌首から発する炎に焦がされて、悪鬼たちはその栄光を失った。一方、蛇の口の息によって尾の方へ吹き寄せられた雲は、蘇生の雨によって神々を潤した。乳海の只中で、Hari 自身が亀の姿をとり、回転する山の軸となった。棍棒と円盤を持つ者(Viṣṇu)は、他の姿をとって神々と悪鬼の間にも現れ、蛇族の王を引くのを助けた。さらに別の巨大な身体をもって、彼は山の頂に座した。神々にも悪鬼にも見えない彼のエネルギーの一部をもって蛇王を支え、また別の一部をもって神々に活力を注いだ。
神々と dānava によってこのように攪拌された大洋から、まず乳と凝乳の源である牝牛 Surabha が現れた。神々はこれを崇め、神々とその仲間たちは心を揺さぶられ、喜びに眼を輝かせてこれを見つめた。次いで、天の聖なる siddha たちがこれは何であろうかと怪しむうちに、酩酊に眼を回した女神 Vāruṇī[酒の女神]が現れた。次いで深淵の渦から、天のニンフたちの喜びである天上の pārijāta 樹が躍り出て、その花で世界を薫らせた。次いで天のニンフである apsaras の群れが生じた。驚くべき愛らしさをもち、美と趣味とを具えていた。次いで涼しい光の月が昇り、Mahādeva に取られた。それから海から毒が生じ、蛇神たち(Nāga)がこれを取った。次いで白衣をまとい、手に amṛta の杯を持った Dhanvantari が出て来た。それを見て、Diti と Danu の息子たちも muni たちも満足と喜びに満たされた。次いで、満開の蓮の上に座し、手に睡蓮を持ち、美に輝く女神 Śrī が波間から現れた。大聖仙たちは恍惚として、彼女を讃える歌をもって彼女を讃えた。Viśvāvasu をはじめとする天の楽人たちが歌い、Ghṛtācī をはじめとする天のニンフたちが彼女の前で舞った。Gaṅgā をはじめとする聖なる河々が彼女の沐浴に侍り、天の象たちはその清らかな水を金の瓶に汲んで、全世界の女王たる女神の上に注いだ。乳海は自ら姿を現して、彼女に永遠に萎まぬ花の冠を捧げた。神々の工匠(Viśvakarmā)は天上の装身具で彼女の身を飾った。こうして沐浴し、装い、飾られた女神は、天上の者たちの見る前で Hari の胸に身を投げかけ、そこに凭れて神々に眼を向けた。神々はその眼差しによって恍惚とさせられた。しかし Vipracitti を首とする daitya たちはそうではなかった。Viṣṇu が彼らから顔を背け、彼らが繁栄の女神(Lakṣmī)に見捨てられたので、彼らは憤激に満たされた。
強大で憤激した daitya たちは、そこで Dhanvantari の手にあった amṛta の杯を力ずくで奪った。しかし Viṣṇu は女の姿をとって彼らを魅惑し欺き、彼らから amṛta を取り戻して神々に渡した。Śakra(Indra)をはじめとする神々は神酒を飲み干した。激怒した悪鬼たちは武器を取って彼らに襲いかかった。しかし神酒によって新たな活力を注がれた神々は、その軍勢を打ち破って敗走させた。悪鬼たちは空間の諸領域を逃げ、地下の領域 pātāla に飛び込んだ。神々はこれを大いに喜び、円盤と棍棒を持つ者に礼拝し、天における支配を回復した。太陽は新たな輝きをもって照り、再びその定められた務めを果たした。天上の発光体は再びそれぞれの軌道を巡った。火は再び高く燃え上がり、その輝きは美しかった。すべての存在の心は信仰によって活気づけられた。三界は再び繁栄によって幸福となり、神々の首長 Indra は権力を回復した。」(VP, p. 77)Rāmāyaṇa に伝えられる伝説は Carey の翻訳 Vol. I, p. 410 に、Mahābhārata のものは Sir C. Wilkins の Bhagavadgītā(Bangalore 版)p. 105 に見られる。
amoghavarṣa 西暦9世紀末の Kāñcī すなわち Toṇḍamaṇḍalam の Jaina 王。主要な Jaina Purāṇa は、その治世に王の霊的師 Jina Sena Ācārya によって書かれたと推定される。
amogha siddha kali の時代の災厄を除く者。仏教の神々の中の一神格で、これに祈りが捧げられ、供物が献じられる。— WILSON.
ambarīṣa
1. 大君主 Māndhātṛ の子。五十人の姉妹があり、そのすべてが聖仙 Saubhari に嫁いだ。2. Purāṇa の史伝に言及される他のいくつかの王子の名。