Garrettインド古典辞典

m第一部 サンスクリット語・パーリ語の見出しmaitreya-s … mleccha-s

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maitreya-s Mitrāyu から出た brāhmaṇa の一部族。

maināka Himavat と Menā の子。Gaṅgā と Pārvatī の兄弟。

maināka 海の底に住んでいた黄金の心をもつ山。Hanumān が Laṅkā へ飛んで渡っているとき、彼が休めるよう水面に浮かび上がって彼を助けた。これは大洋の霊の勧めによってなされた。大洋の霊は Maināka にささやいた。「Maināka よ、風の子 Hanumān が危険にある。汝は彼の父に命を負っている。わが王国の深みから浮かび上がれ、おお山々の中の真珠よ。Rāma の勇ましい使者が汝の頂で休めるように。」そこで黄金の心をもつ山は、ささやく水を通って浮かび上がった。全体が揺れる緑に覆われ、それは大洋のしぶきにきらめいていた。Hanumān は言った。「水を押し分けて私に休み場所を与えてくれたのは寛大なことであった。しかし教えてくれ、なぜ汝の黄金の心の山はこのように海の深みに沈んでいたのか。」そこで霊は答えた。「初めの頃、われらは翼をもち、Indra の世界を巡ることができた。しかしすべての被造物は、これら空飛ぶ怪物に押し潰されはしないかと絶えず恐れていた。そこでその眼に生命が尊い大いなる父は、山々からこれらの翼を取り去るよう Indra に命じた。しかし飛ぶことは栄えある喜びである。生の中にそれに比べうる喜びはない。翼を捨てるよりむしろ死を選ばない者がいようか。そこで私は神の命令から逃れた。しかし Indra は私を追い、怒って vajra すなわち雷電によって私の翼を焼いた。そして彼は私をまったく殺していたであろう。しかし私の林や草原の間をしばしば飛び回っていた汝の父、優しい風が、私を腕に抱き上げ、心広き海のもとへ運んだのだ。『汝は悲しみを知っている』と彼は彼女に言った。『それならば憐れみをもって、この哀れな Maināka をかくまってくれ。』そこで寛大な海は私を胸に抱き、嵐の神から私を隠した。そして私は多年水の下に住んできた。しかし汝が疲れていると聞いたとき、Hanumān よ、Mahendra への恐れにもかかわらず、私は汝に休息をもたらすために出て来たのだ。それゆえわが山の頂にとどまり、それから元気を取り戻して旅を続けよ。」Hanumān は、休むことなく偉業を成し遂げると約束していたと言い、礼を述べて旅を続けた。すると Indra は微笑んで見下ろし言った。「恐れずに休め、高貴な Maināka よ。汝が Rāma のかの使者に示した親切のゆえに、翼の件について汝を赦そう。」こうして黄金の心をもつ山は、木々と緑に揺れながら海の只中にとどまった。再び陽光に照らされ、鳥とそよ風に歌いかけられながら。— IE, 207.

mokṣa(解脱) 神格への吸収。至高の至福についての Hindu の観念。瞑想、guru の教え、経験、苦行等から得られる、神格、霊魂、知性等の本性の完全な知識に達した者、あるいは苦行によって情念を絶滅し、霊魂を地上の欲望から解放したと言われる高められた苦行者のみが、この究極の解放すなわち mokṣa に熟したとみなされる。

moha(痴) 1.「鈍さ」あるいは「昏迷」。知覚しうる対象の属性。一種の無知。あるいは所有あるいは占有の観念と、その結果としての子供その他の対象への自分のものとしての愛着とから生ずる迷妄。Moha はまた Bhāgavata と Matsya Purāṇa において、Brahmā の子孫すなわち徳と悪徳の系列の中に現れる。そこでは moha は Wilson によって「迷妄の熱中」を意味すると訳されている。

mohinī 女の姿の Viṣṇu。Śiva と Mohinī との結合の産物が、grāma-devatā の中の唯一の男神 Ayenār であった。

maudga Sāmaveda の教師で、Devadarśa の弟子。

maudgalya-s Mudgala から出た brāhmaṇa の一部類。彼らは Kaṇva と同様に、みな Aṅgiras の追随者すなわち党派であった。

mauna-s 十一人の主権者から成る王朝。Viṣṇu Purāṇa に言及される、千三百九十年の間大地を統治するであろう七十九人の王子の一部を成す。

mauneya-s 地下の領域に住む Gandharva の名。その数六千万で、Nāga すなわち蛇神の部族を打ち負かし、その最も貴い宝石を奪い、その支配権を簒奪した。

maurya-s(Maurya 朝) Candragupta に始まる Magadha の王の種族。その王朝は百三十七年続いた。

mleccha-s(蛮族) 追放者。Viṣṇu Purāṇa によれば、種々の kṣatriya 種族は、確立された慣習と Veda の学習とを奪われることによって Sagara に格下げされた。こうして宗教儀礼から切り離され、brāhmaṇa に見捨てられて、これらの種々の部族は mleccha となった。

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