ブラーフマナにおける供犠の教理
Sylvain Lévi 著
高等研究院叢書(Bibliothèque de l'École des Hautes Études)
宗教学部門(Sciences Religieuses)第十一巻
Paris, Ernest Leroux, éditeur, 28, rue Bonaparte, 1898
Le Puy-en-Velay, Imprimerie Régis Marchessou
わが弟子、同僚、そして友
Louis Finot 氏に
§序言(AVANT-PROPOS)
本書は、1896年から1897年にかけての年度に私が講じた講義から成ったものであり、長期にわたる旅行の前夜に草され、私の不在中に印刷された。それゆえ本書は、ゆるやかな熟成の恩恵にも、最終的な校訂の恩恵にも浴していない。事情に迫られて、私は決定的な放棄か性急な公刊かのいずれかを選ばねばならなかった。これらの資料を蒐集するために費やした長く辛苦に満ちた努力ののちに、他の人々が既になされた仕事から益を引き出しうるであろうと、私はつい信じるにいたった。おそらくは寛大にすぎる数人の友人の賛意が、私を決断させたのである。しばしば試され、常に惜しみなく供された Finot 氏の献身が、本書の実質的な校正を保証してくれた。インドから帰国して間もない Foucher 氏も、快くこれを助けてくださった。転写のかたちで引用された諸テキストのおびただしい数が、この二人の協力者に対して私の負う感謝のすべてを十分に語っている。また、自らの外に生まれた仕事をかくも寛大にその叢書に受け入れてくださった宗教学部門にも、あわせて謝意を表する。
サイゴンにて、1898年4月6日
§略号(ABRÉVIATIONS)
| 略号 | 典拠 |
|---|---|
| Ait. | Aitareya-Brāhmaṇa, Aufrecht 校訂、Bonn, 1879(adhyāya および khaṇḍa によって引用)。 |
| Çat.(=Śat.) | Śatapatha-Brāhmaṇa, Weber 校訂、Berlin, 1855。 |
| Gop. | Gopatha-Brāhmaṇa, Rājendralāla Mitra 校訂、Calcutta, 1872(Bibliotheca Indica)。 |
| Jaim. | Jaiminīya-Brāhmaṇa。Hans Oertel によって校訂された断片、Journal of the American Oriental Society, XV, 233–251 および XVIII, 15–48。 |
| Kāṭh. | Kāṭhaka。Weber によって校訂された断片、Indische Studien, III, 451–479。 |
| Kauṣ. | Kauṣītaki-Brāhmaṇa, B. Lindner 校訂、Jena, 1887。 |
| Maitr. | Maitrāyaṇī-Saṃhitā, Leopold von Schroeder 校訂、Leipzig, 1881–1886。 |
| Ṣaḍv. | Ṣaḍviṃśa-Brāhmaṇa、Prapāṭhaka I、Klemm 校訂、Gütersloh, 1894。 |
| Sāmavidh. | Sāmavidhāna-Brāhmaṇa, Burnell 校訂、London, 1873。 |
| Taitt. B. | Taittirīya-Brāhmaṇa, Rājendralāla Mitra 校訂、Calcutta, 1855–1890(Bibliotheca Indica)。 |
| Taitt. S. | Taittirīya-Saṃhitā, Weber 校訂、Indische Studien, XI および XII。 |
| Tḍ.(=Tāṇḍ.) | Tāṇḍya-Mahā-Brāhmaṇa, Ānandacandra Vedāntavāgīśa 校訂、Calcutta, 1869–1874(Bibliotheca Indica)。 |
§訳者凡例
- 底本は Sylvain Lévi, La doctrine du sacrifice dans les Brāhmaṇas(Bibliothèque de l'École des Hautes Études, Sciences religieuses, XI), Paris, Ernest Leroux, 1898 の全文 PDF。
- サンスクリット語はすべて IAST によるローマ字表記とし、カタカナ転写は用いていない。原著の ç は ś に、ṛṣ・ṇ 等の下点は原著の表記に従って復元した。
- 原著の脚注番号は各ページごとに 1 から振り直される方式である。本訳ではこれをそのまま保存し、〔 〕内にページ番号を示して区別した。
- 原 PDF は OCR による文字化けが著しく、とりわけ脚注のサンスクリット原文には判読不能箇所が多い。確実に復元しえた箇所は標準的な綴りに正規化し、なお不確実なものには【読み不確実】【OCR 不鮮明】と付記した。学術的引用には、必ず原文を参照されたい。また、第 II 章の脚注のサンスクリット原文は分量が本文に匹敵するため大幅に省略している。
§序論
西洋の学問は、しばしばあまりに安易に、Ṛg-Veda の讃歌に基づく解釈体系、あるいはヴェーダ讃歌全体に基づく解釈体系を「ヴェーダ宗教」の名のもとに指し示している。バラモン教の正統説は、ヴェーダという名称にいっそう広い外延を与える。いわく「マントラとブラーフマナとがヴェーダを構成する」。マントラとは、一般に祭式に伴う定型句であり、讃歌もこの範疇に入り、その最大部分を成す。「マントラの項目のもとに分類されぬすべてのものがブラーフマナである」。ブラーフマナという名称自体が、その本質的性格を示している。すなわちそれらは brāhman、聖なる学知を論ずるのである。註釈家たちは二種のブラーフマナを認める。一方は規定(vidhi)であり、他方は説明(arthavāda)である。彼らの労苦に満ちた忍耐は、主題の目録を作成することに費やされた。ブラーフマナは、諸実践の由来(hetu)、語の語源(nirvacana)、非難されるべき行為への批判(nindā)、諸性質の称讃(praśaṃsā)、疑わしい問題(saṃśaya)、遵守すべき規定(vidhi)、実践上の差異(parakṛti)、往昔の慣行(purākalpa)、および事情に応じた特殊事項(viśeṣa-vyavadhāraṇakalpanā【原文の綴りは OCR 不鮮明。標準的な列挙に従えば vyavadhāraṇakalpanā】)を教える。この一覧は扱われる主題のすべてを汲み尽くすものではないが、しかしそれはブラーフマナの多様性と、同時にその共通の性格とを示している。ブラーフマナとは、聖なる学知に通暁した学匠たちの所見(brahmavādino vadanti)なのである。
ヴェーダ文献の諸テキストは、ブラーフマナの進化を段階を追って辿ることを可能にする。黒ヤジュル・ヴェーダの諸学派は、マントラとブラーフマナとを一つの集成のうちに保存した。祭儀上の操作を担当する祭官たちに宛てられたその編纂物は、祭式を基礎として取る。論理的秩序を自らに課することなく、一様な枠組を採用することなく、その歩みにおいてすすんで蛇行し気ままでありつつ、それらは一定数の本質的あるいは典型的な供犠を選び、知るべき定型句を指示し、次いでその存在理由あるいは実践的適用を記す。ブラーフマナはサンヒターと一体を成しており、各定型句群はその後に不可欠な註釈を引き連れている。これに対して白ヤジュル・ヴェーダは、ブラーフマナをサンヒターから分離した。すなわち一方にすべての定型句を、他方にすべての釈義を集めたのである。しかし、そこで切り離された二要素は、なお規則的に相互対応することをやめてはいない。ブラーフマナはサンヒターの構成に従い、詩節の順序そのものを厳密に尊重する。Ṛg-Veda および Sāma-Veda のブラーフマナは、同じ要請に従う必要がなかった。誦読者(récitant)および詠唱者(chantre)の役割は、いかに複雑であったにせよ、彼らに同じ主導性と細部の同じ知識とを課しはしなかった。それらのサンヒターは、祭儀の実践に無縁であったわけではないにせよ、成立の際にはそれをほとんど考慮していなかったのである。その本性そのものによって祭儀に基礎を置かざるをえなかった Ṛg-Veda および Sāma-Veda のブラーフマナは、それぞれのサンヒターの構成から断固として自らを解放し、独自の道を辿る。かくしてブラーフマナは自律性を獲得し、特別な一群の著作を形成したのである。
マントラと伝統的釈義とを単一の編纂物のうちに融合させていた諸学派は、自らの欠落や脱漏を補うために、新たに創出されたこの類型を利用した。すなわち Taittirīya-Veda の学派は、既に閉じられていたそのサンヒターに、独立したブラーフマナを付加することによってこれを補完したのである。我々が受け取ったままの姿において、ブラーフマナは一般に、なおその段階的形成の明白な痕跡をとどめている。Śatapatha-Brāhmaṇa は全体で十四巻から成る。最初の九巻は(冒頭における自然な例外を除いて)厳密にサンヒターと並行している。最後の五巻はそこから離れるか、あるいは間歇的にしか立ち戻らず、連続的な叙述の代わりに、反復・要約・神秘的思弁を置き換えている。それらは明らかに別個の一群を成しているように見え、事実、第十二巻は Madhyama(中央のもの)という特別な題名をもつ。もっとも、この呼称は、第十四巻で完結する特別な編纂の始まりとして第十巻を見なさない限り、正当化しえない。第一巻から第九巻までの群のうちでは、最初の五巻が他の四巻と明確に区別される。前者では Yājñavalkya が卓越した権威として引かれ、後者では Śāṇḍilya が同じ位置を占める。ブラーフマナ全体を貫く特徴的な定型句のいずれか(例えば神々とアスラたちとの闘争)の変異を研究するならば、その相違の分類は同一の結果を与える。とはいえ、決定版の編纂者は、既に扱われた問題を想起させ、あるいは後の展開を予告する参照指示をあちこちに撒くことによって、作品に統一の外観を与えることに成功した。Weber 氏の鋭利な批判は、Aitareya-Brāhmaṇa についても同じ成功をもって発揮された。同書の最後の十六 adhyāya は、二次的起源の刻印を明瞭に帯びている。黒ヤジュル・ヴェーダの諸集成は、それが被った改変を鮮明に露呈している。すなわち Kāṭhaka は五部に分かたれ、そのうち最初の三部は、音韻的変化のもとにかろうじて隠されたかたちで、「最初の(iṭhimikā【読み不確実】)」「中間の(madhyamikā)」「最後の(orimikā【読み不確実】)」という呼称を帯びている。Maitrāyaṇī-Saṃhitā の四部門のうち、第二は「中央のもの(madhyama)」と呼ばれ、第四は「補遺(khila)」という題をもつ。改変の作業は、Aitareya の資料を用いる Kauṣītaki-Brāhmaṇa において、とりわけ Śatapatha・Aitareya・Maitrāyaṇī、そしておそらくは他の集成をも公然と剽窃する Gopatha-Brāhmaṇa において、いっそう明瞭に現れている。
ブラーフマナの内的年代学がかなりの蓋然性をもって復元されうるとしても、実証的な年代は探究をまったく免れている。天文学的資料の検討に基づく結果は幻想的な確実性しか与えず、結局のところ、告白されざるあるいは無意識の先入見を反映するにすぎない。地名や人名は、いかに興味深いものであれ、歴史を作るには足りない。もっとも確実なのは、相対的年代学にとどまることである。すなわち、ブラーフマナは讃歌に後続し、仏教に先行する。言語、語彙、思想、事実のすべてが同じ結論に向かう。この三段階を隔てる間隔はいかほどか。想像力はそれを自由に伸ばしも縮めもしうる。我々にとって知るべきは――そしてこの点については意見が一致している――インド文学のあらゆる記念碑のうちで、ブラーフマナがヴェーダ讃歌にもっとも近いということだけで十分である。近いにせよ遠いにせよ、ブラーフマナの学匠たちは霊感を受けた詩人たちの唯一の正統な後継者である。彼らの宗教体系がいかに堕落したものと想定されようとも、それは連続した伝統によって讃歌の作者たちに繋がっているのである。しかし西洋における一般的意見は、ヴェーダ文学のこの二つの領域のあいだにあまりにも深い境界線を引いてきたため、私は慎重を期してそれを越えることを自らに禁じた。他の多くの人々が讃歌についてしたように、私はブラーフマナを孤立させて取り上げ、その教理の目録を作成しようと試みた。私は探究を刊行されたテキストあるいは断片に限定した。その数は十分に多く、その性格は十分に多様であるから、未刊行資料に頼る必要を免れる。私が概略示したようなブラーフマナの本性が、従うべき方法を決定した。ブラーフマナは決して教科書的な叙述ではなく、まして体系的な叙述ではない。祭官たちの会話や論争から生まれ、学派や同信団を通じて蒐集されたブラーフマナは、匿名の個人的意見、独立した箴言、祭式の説明に接ぎ木された自由な談論の集成である。散在し、帰属の明らかでない定型句を一つの教理体系にまとめようと企てるのは、一見無謀に思われる。しかし少しでもブラーフマナを比較してみるならば、その根本的統一性に打たれる。箴言・格言・逸話・伝説の共通の宝庫が祭官の氏族のうちに流通しており、伝統によって規範的権威を纏っていた。それを採用した大きな学派の各々は、無意識の改変によってそれを自らの気質に適合させた。黒ヤジュル・ヴェーダの徒においては粗野に、白ヤジュル・ヴェーダの徒においては技巧的かつ精妙に、Sāma-Veda の徒においては驚異を好むかたちで、Ṛg-Veda の徒においては調和的かつ洗練されたかたちで。しかしいたるところで、唯一の原型が加筆の下から力強く現れ出るのである。
ブラーフマナの一致対照表(concordance)は、ヴェーダ文献学の不可欠な道具の一つであり、私が素描した草案はその企ての実現可能性を示している。私が用いた資料に真の価値を与えるために、私は証言を多重化するよう努めねばならなかった。もし一致が同一のヴェーダに属さぬテキストの上に及ぶならば、その数がいかほどであれ、そこに述べられた教理はバラモン教の公式教理と見なされる権利をもつ。もし並行箇所が単一のヴェーダの内部にしか見出されぬならば、学派の数がいかほどであれ、その教理はそのヴェーダについてしか妥当しない。最後に、一致がまったく欠けているならば、そのテキストの射程は不確定にとどまらざるをえない。叙述に煩瑣な過重を持ち込むことを避けるため、私は一致対照されたテキストのうち一つだけを訳すにとどめた。しかし原文を完全なかたちで再録することは必要と考えた。これによって私は読者に迅速な検証を保証する。この助けなしには、それはしばしば実行不可能となったであろう。しかし何よりも私は、こうして将来の研究者の手に、私自身がもっと先まで押し進めたかった研究の材料を委ねるものと信ずる。複数のブラーフマナに共通する挿話や展開を詳細に比較するならば、各集成の特徴的な諸特徴――伝承の方法、文法、語彙、霊感、体系――を浮き彫りにすることは容易であろう。これらすべての古いテキストの強い個性が、無関心がそれらを混同させている濃い霧の中から立ち現れることになろう。
ブラーフマナの構成は、あらかじめ、そこから取られた断片の集成を、その枠組を成す展開を尊重せずにテキストを通じて切り取った引用句の、脈絡なき奇物の蒐集に還元してしまうかに見える。しかしそれらを近づけて見るならば、驚きは格別である。集められ整序された諸資料から、明晰・論理的・調和的な神学の体系が自ずと立ち現れるのである。それはバラモン教の宗教感情に名誉を与えるものではないにせよ、少なくとも思弁に対するその生得の巧妙さを証している。道徳はこの体系のうちに場所を見出さなかった。人間と神々との関係を規律する供犠は、内在的エネルギーによって作用する機械的な操作である。それは自然の懐に隠されており、祭官の呪術的作用のもとにしか現れ出ない。不安と悪意に満ちた神々は、彼らに偉大さを与えたその同じ力によって、降伏し、打ち負かされ、屈従することを余儀なくされる。彼らの意に反して、祭主(sacrifiant)は天界へと昇り、そこに未来のための決定的な場所を確保する。人間が超人となるのである。しかし利得が大きいとすれば、勝負は微妙である。ひとたび解き放たれた供犠の力は盲目に作用する。それを制御しえぬ者はそれによって打ち砕かれ、隙を窺う神々の嫉妬は、進んでその仕事を完成させる。祭式に長けた神々は、自らの脅かされた地位を守るために、誤りを利用しようと急ぐのである。
アーリヤ的聖書の擁護者たち――讃歌の清新さと素朴さを味わうという幸福な特権をもつ人々――は、詩人たちとヴェーダ宗教の学匠たちとのあいだに、宗教感情の長く深い衰退を想像するのも自由である。他の人々は、粗野な野蛮の段階を精妙な優雅さの時期の後に置くような、かくも驚くべき信仰と教理の進化を認めることを拒むであろう。実際、ブラーフマナの神学ほど粗暴かつ物質的なものを想像することは難しい。慣用が徐々に洗練させ、道徳的な外観を纏わせた諸観念は、その野性的な写実主義によって人を驚かせる。供犠は呪術的操作であり、再生をもたらす入門儀礼(initiation)は懐胎・妊娠・出産の忠実な再現である。信仰とは祭式の効力への信頼にほかならず、天界への到達は段階を追った上昇であり、善とは祭儀上の正確さである。かくも粗野な宗教は、半ば野蛮な民族を前提とする。しかしこれらの部族の呪術師・魔術師あるいはシャーマンたちは、自らの体系を分析し、その部品を分解し、その仕組みを研究し、その原理を観察し、その法則を定式化することを知っていた。彼らこそヒンドゥー哲学の真の父である。彼らは形而上学的征服の道具を鍛え、しなやかにしただけでなく、古典的諸哲学の基礎を堅固に据えもした。ウパニシャッドをブラーフマナに直接結びつける伝統は正しい。自然な展開が一方から他方を引き出したのである。ブラーフマナの brahman はウパニシャッドの brahman である。聖なる学知はその対象たる供犠と同一であり、供犠こそが唯一の実在である。それは創造者であると同時に創造でもある。宇宙のあらゆる現象はその単純な反映にすぎず、そこから存在の見せかけを借りている。祭式の諸要素と宇宙の諸部分との同一性を絶えず宣言するようブラーフマナの学匠たちを駆り立てるのは、決して虚しい空想ではない。韻律の音節は季節を表し、炉の細部は人体の器官を表し、供物の数は月を表す。しかも同じ諸項が種々の等式のうちに組み合わされ、同一性から同一性へと、ついには要約された唯一の等式を形成するにいたる。「実在を Brahman の名のもとに崇めよ」という定式(Śat. 10, 6, 3, 1)は、ウパニシャッドの精神と同様にブラーフマナの精神をも表現している。
供犠についての思弁は、ヒンドゥーの天才に唯一なる存在の実在を根本教義として認めさせただけではない。それはおそらく彼らを輪廻の観念へと導き入れもした。ブラーフマナは人間の継起的な生存の多数性を知らない。反復される死という観念は、そこでは天界の住民の無限の生との対照を成すためにしか現れない。しかし供犠の永遠性は無限に多数の周期に分割される。それを捧げる者はそれを殺し、そのたびごとの死がそれを蘇らせる。至高の男性、卓越した意味における人間(Puruṣa)は、絶えず死に、絶えず再生する。その輪廻の循環は、かの有名な定義に対応する。すなわち中心はいたるところにあり、円周はどこにもない、と。この男性の運命は、容易にして人間存在の理想的類型として通用するにいたった。供犠は人間を自らの似姿に造ったのである。
偉大な異端の先駆者であると同時に偉大な正統体系の先駆者でもあるブラーフマナは、それらを準備しかつ予告する。ブラーフマナによって空隙は埋められ、宗教現象の連続性が明らかになる。仏教とジャイナ教とが祭官的教理の乾からびさに対する反動であるとすれば、両者はともにその材料の一部をそこから借りている。神々の助けなしに、しばしば神々の意に反して、自らの知性の力のみによって成功を確保する祭式あるいは定型句を発見する「見者(voyant)」は、直接的直観と自発的照明とによって解脱の道を発見する Buddha および Jina の直接の先駆者である。arhat および buddha という聖別された語彙が既にブラーフマナに現れているのは偶然ではない。これらの語が象徴する教義そのものも、そこに萌芽として、しかも今にも開花せんばかりのかたちで存在している。ブラーフマナのバラモン教は、かくも確かに仏教の父であるがゆえに、遺憾な遺産をも仏教に遺した。すなわち Rudra-Śiva への回帰、マントラの機械的な誦唱、タントラの不条理あるいは忌まわしい形式主義は、争いえぬ血統がそこに表れる慢性的な再発なのである。
§I. 供犠たる神、Prajāpati
〔13〕ブラーフマナのあらゆる神格のうちで、卓越した神は Prajāpati、「生類の主(seigneur des créatures)」である。彼は原初の存在であり、起源においては宇宙のうちに彼のほか何ものも存在しなかった¹。もっとも、外見上は互いに食い違ういくつかの記述が、この神の誕生とその系譜を伝えている。あるときは、彼は ṛṣi たちの二次的な創造である。「起源において、非存在が宇宙であった。『非存在とは何であったのか』と問うならば、それは ṛṣi たちであった。起源において非存在であったのは彼らである。『これらの ṛṣi とは何であったのか』と問うならば、それは諸気息(souffles)であった。というのも、存在するすべてのものに先立って、欲求を抱き、労苦し苦行することによって自らを消耗させたがゆえに、彼らは ṛṣi なのである……。燃え立った彼らは、七柱の男性を別々に放出した。彼らは言った――我々がこのままであるかぎり、生殖することはできぬ。七柱の男性から一柱の男性を作ろう、と。七柱の男性から彼らは一柱の男性を作った。臍より上の領域から彼らは二柱を集め、その下から二柱を集めた。一柱は脇となり、一柱は側面となり、一柱は支点となった。次いでこれら七柱の男性の高貴さと精髄とを、彼らはことごとく上方に集めた。それが頭となった……。この男性が Prajāpati となったのである²」。
註
- Śat. 2, 2, 4, 1 : prajāpatir ha vā idam agra eka evāsa. — Ib. 7, 5, 2, 6 : prajāpatir vā idam agra āsīd eka eva. — Ait. 10, 1, 5 : prajāpatir vā idam eka evāgra āsa. — Tāṇḍ. 16, 1, 1 : prajāpatir vā idam eka āsīt. — Maitr. 1, 8, 4 : prajāpatir vā eka āsīt, id. 4, 2, 3.
- Śat. 6, 1, 1, 1–5 : asad vā idam agra āsīt. tad āhuḥ kiṃ tad asad āsīd ity ṛṣayo vāva te 'gre 'sad āsīt. tad āhuḥ ke ta ṛṣaya iti prāṇā vā ṛṣayas te yat purāsmāt sarvasmād idam icchantaḥ śrameṇa tapasātapyanta tasmād ṛṣayaḥ. …ta iddhāḥ sapta nānā puruṣān asṛjanta. te 'bruvan : na vā itthaṃ santaḥ śakṣyāmaḥ prajanayitum imānt sapta puruṣān ekaṃ puruṣaṃ karavāmeti.
〔14〕またあるときは、非存在から生じた精神(esprit, manas)が、今度は彼を放出する。「太初において、まことにこの宇宙は虚無であった。天も存在せず、地も、大気も存在しなかった。ただひとり存在していた非存在は、そのとき精神となって言った――我は在らんと欲す、と。彼は熱した。彼が熱すると、そこから煙が生じた。彼はさらに熱し、彼が熱すると、そこから火が生じた。彼はさらに熱し、彼が熱すると、そこから光が生じた。彼はさらに熱し、彼が熱すると、そこから輝きが生じた。彼はさらに熱し、彼が熱すると、そこから光線が生じた。彼はさらに熱し、彼が熱すると、そこから流星が生じた。そのとき天は雲のごとくに凝集していた。彼は膀胱を裂いた。それが大洋となった……。次いで daśahotar が続いて放出された。daśahotar とは Prajāpati である……。非存在から精神が放出され、精神が Prajāpati を放出し、Prajāpati が諸存在を放出した¹」。またあるときは、彼は水の胎から出て、黄金の卵のうちに孵化する。「太初において、まことに水のみが存在した。すべては流動であった。水は欲求を抱いた――いかにして我らは生殖しうるであろうか、と。水は労苦し、熱した(苦行を行なった)。そして熱するにつれて、一個の黄金の卵が生じた。それは生まれつつあった年(すなわち時)であった。この黄金の卵は、一年の期間が続くあいだ、あちらこちらへと漂った。次いで一年ののち、そこに一柱の男性が形をなした。それが Prajāpati である²」。
註
- Taitt. B. 2, 2, 9, 1–10 : idaṃ vā agre naiva kiṃcanāsīt. na dyaur āsīt. na pṛthivī. nāntarikṣam. tad asad eva san mano 'kuruta syām iti. tad atapyata. tasmāt tapanād dhūmo 'jāyata. tad bhūyo 'tapyata. tasmāt tapanād agnir ajāyata. tad bhūyo 'tapyata. tasmāt tapanāj jyotir ajāyata. tad bhūyo 'tapyata. tasmāt tapanād arcir ajāyata. tad bhūyo 'tapyata. tasmāt tapanān marīcayo 'jāyanta. tad bhūyo 'tapyata. tasmāt tapanād udārā ajāyanta. tad bhūyo 'tapyata. tad abhram iva samahanyata. tad vastim abhinat. sa samudro 'bhavat….. tad daśahotānv asṛjyata. prajāpatir vai daśahotā….. asato 'dhi mano 'sṛjyata. manaḥ prajāpatim asṛjata. prajāpatiḥ prajā asṛjata.
- Śat. 11, 1, 6, 1 : āpo ha vā idam agre salilam evāsa. tā akāmayanta kathaṃ nu prajāyemahīti tā aśrāmyaṃs tās tapo 'tapyanta tāsu tapas tapyamānāsu hiraṇmayam aṇḍaṃ sambabhūva. ajāto ha tarhi saṃvatsara āsa tad idaṃ hiraṇmayam aṇḍaṃ yāvat saṃvatsarasya velā tāvat paryaplavata. tataḥ saṃvatsare puruṣaḥ samabhavat. sa prajāpatiḥ.
〔15〕もっぱら Atharvan 系の祭官を顕彰することを目ざす Gopatha は、故意に Prajāpati を Atharvan と混同し、彼に Brahmā を父として与える¹。Sāmavidhāna によれば、Brahmā と Brahman とは Prajāpati に先立って現れた。「太初において、まことに Brahman のみが存在した。その活力の精髄が溢れ出るにつれて、彼は Brahmā となった。Brahmā は精神とともに沈黙のうちに瞑想した。その精神が Prajāpati となった²」。これらのテキストの外見上の不一致は、そこに真の統一を認めることを妨げるものではない。同一の観念が種々の相のもとに表現されているのである。すなわち Prajāpati は供犠である。この二つの語は同一であり、ブラーフマナはこれを繰り返して倦むことがない³。供犠は、Prajāpati と同じく、あらゆる存在に先立つ。存在はそれなしには存立しえぬからである。供犠はまた諸気息あるいは精神から生ずる。それはその本質において精神的であり、その系譜は単純な等価関係としても表される。すなわち「Prajāpati は精神である」あるいは「Prajāpati は精神のごとくである⁴」。彼はまた水の子でもある。水は祭儀的清浄の原理だからである。あるいは Brahman(聖なる定型句)の子でもある。祭式は典礼から切り離されえぬからである。Prajāpati は一方であるとともに他方でもある。「Prajāpati は讃歌を四肢とする。Prajāpati は供犠を行なう者である⁵」、「Prajāpati とは聖なる定型句のすべてである⁶」。しばしば Prajāpati は年と混同される。すなわち時と混同されるのである。年は彼の似姿だからである⁷。彼は年であるがゆえに男性であり、というのも、年と同じく、供犠を行なう男性は供犠にその尺度を与えるからである⁸。
Prajāpati は、供犠をその顕現において考えるか、その本質において考えるかに応じて、「限定されると同時に非限定」でもあり、あるいはただ「非限定」でもある⁹。同じ観点のもとで、彼は「限られていると同時に限りない」でもあり、あるいはただ「限りない」でもある¹⁰。同様にまた、彼は「一」であるか¹¹、あるいは諸部分から構成されている。すなわちあるときは彼は ṛṣi たちが創った七柱の男性の結合によって形づくられ¹²、またあるときは――そしてこれがもっとも頻繁な場合であるが――十七の要素から成る¹³。この十七とは、あるときは供物に伴う正規の定型句の十七の音節を、あるときは男性の十七の器官を、またあるときは年を構成する月と季節との総数を意味する¹⁴。
註〔原著 15–16 頁〕
節番号は原著のページごとの通し番号に従う
原著 15 頁
- Gop. 1, 1, 4 : tad atharvābhavat… tam atharvāṇaṃ brahmābravīt prajāpate prajāḥ sṛṣṭvā pālayasveti. tad yad abravīt prajāpate prajāḥ sṛṣṭvā pālayasveti tasmāt prajāpatir abhavat… atharvā vai prajāpatiḥ.
- Sāmavidh. 1, 1–3 : brahma ha vā idam agra āsīt. tasya tejoraso 'tyaricyata. sa brahmā samabhavat. sa tūṣṇīṃ manasādhyāyat. tasya yan mana āsīt sa prajāpatir abhavat. — Cf. Śat. 11, 2, 3, 1.
- Voy. p. ex. Śat. 1, 7, 4, 4 : sa vai yajña eva prajāpatiḥ. — Maitr. 3, 6, 5 : yajño vai prajāpatiḥ. — Ait. 7, 7, 2 : prajāpatir yajñaḥ. — Gop. 2, 2, 18 : prajāpatir vai yajñaḥ. もう一柱の神格もまた供犠を表す。それは Viṣṇu である。Śat. 1, 1, 2, 13 : viṣṇur yajñaḥ. 同様に Maitr. 1, 4, 14 ; Taitt. B. 1, 2, 5, 1 ; Tāṇḍ. 9, 7, 10 ; Ait. 3, 4, 4。のちに Viṣṇu の古典的な化身譚に組み込まれる三歩の侏儒の伝説は、既にブラーフマナにおいてこの神の名に結びついている(Muir, IV, p. 122 参照)。しかし大洋から大地を引き上げるために現れた猪の化身は、Prajāpati に帰されている(Muir, IV, 27 sq. 参照)。両者の根本的な等価性が、一方の伝説を他方へ無理なく移すことを可能にしたのである。
- Sāmavidh. 1, 1, 4 : mano hi prajāpatiḥ. — Taitt. S. 2, 5, 11, 5 : mana iva hi prajāpatiḥ.
- Ait. 7, 8, 2 : prajāpater vā etāny aṅgāni yac chandāṃsy eṣa u eva prajāpatir yo yajate.
原著 16 頁
- Śat. 7, 3, 1, 42 : sarvam u brahma prajāpatiḥ.
- Ait. 7, 7, 2 : saṃvatsaraḥ prajāpatiḥ. — Śat. 1, 2, 5, 13 : saṃvatsaro yajñaḥ prajāpatiḥ. — Ib. 11, 1, 6, 13 : sa aikṣata prajāpatiḥ. imaṃ vā ātmanaḥ pratimām asṛkṣi yat saṃvatsaram iti tasmād āhuḥ prajāpatiḥ saṃvatsara iti. — Kauṣ. 6, 15 : sa eṣa prajāpatir eva saṃvatsaraḥ.
- Śat. 10, 2, 1, 2 : puruṣo vai yajñas tenedaṃ sarvaṃ mitam. — Taitt. S. 5, 2, 5, 1 : yajñena vai puruṣaḥ sammitaḥ(下記「供犠」の章参照)。— なお Prajāpati は散発的に Mṛtyu と同一視される(Śat. 10, 4, 3, 3)。Savitar と(ib. 12, 3, 5, 1, ity eke)、Candramas と(ib. 6, 1, 3, 16)、Mahat deva と(ib.)も同様である。
- Śat. 7, 2, 4, 30 : niruktaś cāniruktaś ca. — Śat. 1, 1, 1, 13 : aniruktaṃ hi prajāpatiḥ. 同様に Maitr. 3, 9, 6 ; Ait. 29, 4, 18 ; Tāṇḍ. 7, 8, 3.
- Śat. 7, 2, 4, 30 : parimitaś cāparimitaś ca. — Gop. 2, 1, 7 : aparimito vai prajāpatiḥ.
- Maitr. 1, 8, 4 : eko hi prajāpatiḥ.
- Śat. 6, 1, 1, 1–5(上掲)。— Śat. 10, 2, 3, 18 : saptavidho vā agre prajāpatir asṛjyata. Cf. ib. 10, 2, 2, 1.
- Śat. 1, 5, 2, 17 : saptadaśo vai prajāpatiḥ. 同様に Ait. 1, 1, 14 ; Gop. 2, 1, 19 ; Taitt. S. 1, 6, 11, 1 ; Maitr. 1, 11, 6.
- 五つの定型句とは、o śrāvaya, astu śrauṣaṭ, yaja, ye yajāmahe, vauṣaṭ である。Śat. 1, 5, 2, 17 ; Taitt. S. 1, 6, 11, 1 ; cf. Kauṣ. 16, 4。器官とは、両腕、両脚、頭、ātman、声、および十の気息である(Maitr. 1, 11, 6)。— Śat. 10, 4, 1, 17 は別の分析を与える。すなわち loman(毛)+ tvac(皮)+ asṛj(血)+ medas(脂)+ māṃsa(肉)+ snāvan(筋)+ asthi(骨)+ majjā(髄)で十六音節を成し、prāṇa(気息)が十七の数を完成する。— 年は十二の月と五つの季節をもつ。Śat. 8, 4, 1, 11 ; Ait. 1, 1, 14。— Prajāpati は二十四から成るもの(cāturviṃśa)としても指示される。Gop. 2, 1, 26。
〔17〕Prajāpati のもっとも頻繁な呼称の一つは、その「非限定」の本性を見事に表現している。すなわち彼は「誰(ka)」という疑問代名詞によって指示されるのである。「Prajāpati、それは誰(ka)である¹」。一つの伝説がこの名の起源を説明する。「Vṛtra を殺して勝ち誇る Indra は、Prajāpati にこう語った――私は汝の在るところのものと成りたい、私は偉大でありたい。Prajāpati は彼に言った――ではその時、私は誰(ka)であることになるのか。――汝は汝の言ったところのものとなろう、と彼は答えた。かくして Prajāpati は「誰(Ka)」という名を受け取った²」。「Prajāpati は黄金でできている。彼は最後に黄金の姿を自ら造った³」。言い換えれば、彼は不死となったのである。というのも「黄金、それは不死である⁴」から。しかし彼も当初は、他の神々と同じく、死すべきものであった。「Prajāpati の半分は死すべきものであり、半分は不死であった。彼は部分的に死すべきものであったので、死を恐れた……。彼は死すべき身体の要素を五つもっていた。毛、皮、肉、骨、髄である。不死なる要素は、精神、言葉、気息、視覚、聴覚であった⁵」。神々は祭式によって彼を死から解放したのである。
註
- Tāṇḍ. 7, 8, 3 : ko hi prajāpatiḥ. — Ait. 12, 10, 1 : ko vai nāma prajāpatiḥ. — Taitt. S. 1, 7, 6, 6 : prajāpatir vai kaḥ. — Id. Śat. 4, 5, 6, 4.
- Ait. 12, 10, 1 : indro vai vṛtraṃ hatvā sarvā vijitīr vijityābravīt prajāpatim aham etad asāni yat tvam aham mahān asānīti. sa prajāpatir abravīd aham atha ko 'ham iti. yad evaitad avocata ity abravīt. tato vai ko nāma prajāpatir abhavat. — Taitt. B. 2, 2, 10, 1–2 の記述は対話の動機を別に説明する。「Prajāpati は Indra を神々の末子として放出し、彼を神々の支配者として送り出した。神々は言った――汝は何者か、我らは汝に勝る、と。Indra は神々の言葉を Prajāpati に報告した。ところで Prajāpati はそのとき太陽のうちにある輝きを保持していた。Indra は言った――それを私に与えよ、そうすれば私はこれらの神々の支配者となろう。――もし私がそれを汝に与えるならば、と Prajāpati は答えた、そのとき私は誰となるのか。――汝は汝の言うところのものとなろう。かくして Prajāpati は Ka と名づけられる。」
- Śat. 10, 1, 4, 9 : rūpam eva tat prajāpatir hiraṇmayam antata ātmano 'kuruta… tasmād āhur hiraṇmayaḥ prajāpatir iti.
- Maitr. 2, 2, 2 : amṛtaṃ vai hiraṇyam. 同様に Śat. 3, 8, 2, 27 : amṛtam āyur hiraṇyam. — Ait. 7, 4, 6 : amṛtaṃ hiraṇyam.
- Śat. 10, 1, 3, 2–7 : ardham eva martyam āsīd ardham amṛtaṃ tad yad asya martyam āsīt tena mṛtyor abibhet….. tad etā vā asya tāḥ pañca martyās tanva āsan loma tvaṅ māṃsam asthi majjaithā amṛtā mano vāk prāṇaś cakṣuḥ śrotram.
〔18〕ただ一つの感情が Prajāpati を創造へと駆り立てる。すなわち「子孫への欲求、増殖への欲求」である¹。創造の行為は、一般に「放出する」を意味する動詞 sṛj によって表され、中動態で用いられる²。ときには「構築する」を意味する動詞 nir-mā によっても表され、これも中動態である³。しかしもっとも多くの場合、Prajāpati は自らの身体から直接に、肢体ごとに、器官ごとに、種々の範疇の被造物を放出する。「Prajāpati は生殖の欲求を抱いた。その顔から彼は trivṛt を形づくった。それに続いて神格 Agni が放出され、韻律 gāyatrī、旋律 rathaṃtara、人間のうちでは婆羅門、動物のうちでは牡山羊が放出された。その胸から、その両腕から彼は pañcadaśa を形づくり……その腰から saptadaśa を、その両足から ekaviṃśa を形づくった⁴」。これらの各々には、階層的秩序において対応する一連の創造が続く。「彼の頭は天となり、胸は大気となり、腰は大洋となり、両足は大地となった。宇宙にあるすべてを放出したのは彼である⁵」。――「彼の左眼が腫れ、そこから滴が落ちた。雨をもたらすのはそれらである。二十一の滴が落ちた。風がそれらをかしこから、被造物の福利のために撒き散らす。彼の瞳が落ち、それが大麦の粒となった⁶」。彼はまた〔19〕「上方の諸気息から神々を、下方の諸気息から死すべき被造物を¹」、「その身体から Āditya を²」、「その諸気息から獣を、その精神から人間を、その眼から馬を、その呼吸から牛を、その聴覚から羊を、その言葉から山羊を³」放出する。ときにはまた、彼自身が卵から出たのと同様に、彼は創造を卵から孵化させる。かくして〔20〕二度の失敗ののち、彼はいかなる手段によって新たな創造を試みるべきかを自問する。「そのとき彼の活力が彼の外に発達して一個の卵となった。彼はそれを分割し、それを養い、そこから被造物が生まれた¹」。あるいはまた、生殖を欲して、「彼は三重の学知(三ヴェーダ)とともに水に入った。一個の卵が発達した。彼はそれを撫でながら言った――在れ、増殖せよ、と。そこから婆羅門が生まれた²」。創造の業を続けるために、Prajāpati は同一の所作を、種々の定型句を伴わせつつ反復する。「増大せよ、増殖せよ――栄光をもたらせ――種子をもたらせ」。
創造の業はまた交合としても表現される。「Agni によって Prajāpati は大地と交わり……Vāyu によって大気と、Āditya によって天と……精神によって言葉と交わった³」。しかし被造物の父である Prajāpati は、近親相姦を犯さずには交わりえない。ブラーフマナは、彼らに慣わしの無関心さをもって、自らの神の罪を語ることを好む。「Prajāpati は」と一書は言う、「自らの娘を所有しようと欲した――それが Dyaus であれ Uṣas であれ(天であれ暁であれ)。――我は彼女と交わりたい、と彼は自らに言い、そして彼女を所有した。神々はこれを罪と見なした。かく自らの娘、我らの姉妹を扱うのは彼だ、と彼らは言った。神々は家畜を支配する神に言った――まことに彼は違犯を犯している、かく自らの娘、我らの姉妹を扱うとは。彼を射抜け、と。Rudra は彼を狙い、射抜いた。その精液の半分が落ちた……。神々の怒りが鎮まったとき、彼らは Prajāpati を癒し、その矢を抜き取った⁴」。〔21〕細部はテキストごとに異なる。例えば Prajāpati の娘は、父の罪深い情欲を逃れるために牝鹿に変身する。彼は直ちに牡鹿に姿を変える。しばしば道徳的傾向によって際立つ Kauṣītaki は、伝統的な近親相姦を削除する勇気はもたぬものの、それを Prajāpati から彼の息子たちへと移す。「Prajāpati は子孫を欲して、灼熱の苦行を行なった。彼が熱すると、そこから五柱が生まれた。Agni、Vāyu、Āditya、Candramas、そして五番目に Uṣas である。彼は彼らに言った――汝らもまた苦行によって熱せよ、と。彼らは供犠への入門儀礼を行なった。そして儀礼を終え、熱せられていたとき、Prajāpati の娘 Uṣas が Apsaras の姿をとって彼らの前に現れた。彼らの精神はたちまち彼女へと飛び去った。彼らは精液を放出した。彼らは父 Prajāpati のもとへ行き、言った――我らは精液を放出した、それが失われぬようにしていただきたい、と。Prajāpati は黄金の杯を作り、そこに精液を注いだ⁵」。
註〔原著 18–21 頁〕
主要なもののみ再録。Sanskrit 原文の一部は OCR による判読が困難であり、その旨を付記する
原著 18 頁
- Śat. 6, 1, 1, 8 : prajāpatir akāmayata bhūyānt syāṃ prajāyeyeti. — Taitt. B. 2, 2, 9, 5 ; Taitt. S. 7, 1, 1, 4 ; Tāṇḍ. 6, 5, 1 ; Ait. 10, 1, 5.
- 以下に引く諸例を参照。
- Śat. 7, 3, 2, 6. — Taitt. S. 7, 1, 1, 4(Tāṇḍ. 6, 1, 6 の並行箇所では sṛj を用いる)。— Taitt. B. 2, 1, 7, 4. — Gop. 1, 2, 16.
- Taitt. S. 7, 1, 1, 4 : prajāpatir akāmayata prajāyeyeti sa mukhatas trivṛtaṃ nirmimīta taṃ agnir devatānv asṛjyata gāyatrī chando rathaṃtaraṃ sāma brāhmaṇo manuṣyāṇām ajaḥ paśūnām… uraso bāhubhyāṃ pañcadaśaṃ nirmimīta… madhyataḥ saptadaśaṃ nirmimīta… patta ekaviṃśam…. — Cf. 並行箇所 Tāṇḍ. 6, 1, 6–12.
- Sāmavidh. 1, 1, 5 : tasya dyauḥ śira āsīd uro 'ntarikṣaṃ madhyaṃ samudraḥ pṛthivī pādau sa vā idaṃ viśvaṃ bhūtam asṛjata.
- Maitr. 4, 6, 3 : tasya vai prajāpateḥ savyaṃ cakṣur aśvayat tato ye stokā avāpadyanta tair idaṃ varṣaty ekaviṃśatir vai te 'vapadyanta tān vāyur amuto visṛjati prajānāṃ kḷptyai tasya yā kanīnikā parāpatat sa yavo 'bhavat. — Cf. Taitt. S. 6, 4, 10, 5.〔以下、原註は本文の下に続き、Prajāpati の腫れた眼(aśvayat「腫れた」← aśva「馬」)という空想的語源によって馬の起源をこの挿話に結びつける。Śat. 13, 3, 1, 1 ; Taitt. S. 5, 3, 12, 1 ; Taitt. B. 1, 1, 5, 1 ; Tāṇḍ. 21, 4, 2 参照。動植物・鉱物および気象現象の起源は、ブラーフマナの想像力にとって頻繁な主題を成す。以下に標本として、きわめて不完全な概観を掲げておくのも無益ではあるまい。〕
— ヤマアラシ、牝牛、蛇 dundubha・svaja・andhāhi、Kṛśānu の矢から生じた蟲 gaṇḍūpada の誕生については Ait. 13, 2, 3。Prajāpati の精液から生じた黒白の動物、水牛、駱駝、驢馬等については ib. 13, 10, 1 sqq.。soma に酔った Indra から生じた牡山羊・羊・牡羊・牡牛・馬・騾馬・驢馬・鷹等については Śat. 12, 7, 1, 2–9。Viśvarūpa の首から生じた猛獣については ib. 5, 5, 4, 2 sqq.。灰から生じた驢馬については ib. 4, 5, 1, 9。消耗した Prajāpati から生じた多くの獣については ib. 3, 2, 3, 9 ; 3, 2, 4, 1–15。Prajāpati の精液から生じた牡羊については ib. 6, 2, 2, 6。馬の供犠から生じた馬については Ait. 11, 11, 3。Prajāpati の腫れた眼から生じたものについては Śat. 13, 3, 1, 1 ; Taitt. B. 1, 1, 5, 4 ; Taitt. S. 5, 3, 12, 1。水から生じたものについては Śat. 5, 1, 4, 5。Aditi の胎児から生じた象については Śat. 3, 1, 3, 4。水滴から生じた蛙については ib. 9, 1, 2, 21。融かした酪の壺から生じた猪については ib. 5, 4, 3, 19。三界の生命液から生じた亀については ib. 7, 5, 1, 1。
— 多くの植物(godhūma, kuvala, upavākā, badara 等)は soma に酔った Indra から(Śat. 12, 7, 1, 2–9)、多くの樹木は腫れた Prajāpati から(ib. 13, 4, 4, 6 sqq.)、udumbara・aśvattha・plakṣa はそれぞれ ūrj・tejas・yaśas から(Ait. 35, 6, 1 sq.)、darbha は泡立つ水から(Śat. 7, 2, 3, 2 ; Taitt. B. 3, 2, 5, 1)、dūrvā は Prajāpati の毛髪から(Śat. 7, 4, 2, 12)、kārṣmarya は Prajāpati の tejas から(ib. 7, 4, 1, 37)、puṇḍarīka は dīkṣā と tapas から(Taitt. B. 1, 8, 2, 1)、nyagrodha は神々の soma の杯から(Ait. 35, 4, 3)、palāśa は Gāyatrī の羽根から(Śat. 1, 7, 1, 1)、udumbara は ūrj から(Ait. 21, 5, 4 ; 35, 6, 1 ; Taitt. B. 1, 1, 3, 10)生じた。
— 銀は涙から(Taitt. S. 1, 5, 12)、黄金は Agni の精液から(Taitt. B. 1, 1, 3, 8)、塩は天地の精髄から(Śat. 2, 1, 1, 6 ; cf. Taitt. B. 1, 1, 3, 2)生じた。夜は Yamī を慰めるために(Maitr. 1, 5, 12)、季節は感覚器官との関係において(Śat. 8, 1, 1, 8 ; 2, 2 ; 5 ; 8)、琵琶(vīṇā)は Vāc を誘惑するために(ib. 3, 2, 4, 6)生じた。
ここに言及した箇所のいくつかは、本書の以下の部分で引用される。
原著 19 頁
- Śat. 10, 1, 3, 1.
- Taitt. B. 2, 1, 7, 4 : ādityam ātmano nirmimīta. — Cf. ib. 1, 7, 1, 4 : devatā ātmano nirmimīta.
- Śat. 7, 5, 2, 6(nirmimīta)。
原著 20 頁
- Taitt. B. 1, 6, 2, 4 : tasya śuṣma aṇḍaṃ bhūtaṃ niravartata. tad vyudaharat. tad apoṣayat. tat prājāyata.
- Śat. 6, 1, 1, 10 : so 'kāmayata. ābhyo 'dbhyo 'dhi prajāyeyeti so 'nayā trayyā vidyayā sahāpaḥ prāviśat tata aṇḍaṃ samavartata tad abhyamṛśad astv ity astu bhūyo 'stv ity eva tad abravīt tato brahmaiva prathamam asṛjyata. — Ib. 6, 1, 2, 1 : …puṣyatu bhūyo 'stv iti. — 3 : …yaśo bibhṛtāt. — 4 : …reto bibhṛtāt.
- Śat. 6, 1, 2, 1 : so 'gninā pṛthivīṃ mithunaṃ samabhavat. — 3 : sa vāyunāntarikṣaṃ mithunaṃ samabhavat. — 4 : sa ādityena divaṃ mithunaṃ samabhavat. — 6 : sa manasā vācaṃ mithunaṃ samabhavat.
- Śat. 1, 7, 4, 1–4 : prajāpatir ha vai svāṃ duhitaram abhidadhyau. divaṃ voṣasaṃ vā mithuny enayā syām iti tāṃ sambabhūva. tad vai devānām āgaḥ… yo 'yaṃ devaḥ paśūnām īṣṭe 'tisaṃdhaṃ vā ayaṃ carati ya itthaṃ svāṃ duhitaram asmākaṃ svasāraṃ karoti vidhyemam iti taṃ rudro 'bhyāyatya vivyādha… teṣāṃ yadā devānāṃ krodho vyaid atha prajāpatim abhiṣajyaṃs tasya taṃ śalyaṃ nirakṛntan. — 並行伝承は Ait. 13, 9 ; Maitr. 4, 2, 12 ; Tāṇḍ. 8, 2, 10。
原著 21 頁
- Kauṣ. 6, 1 : prajāpatiḥ prajātikāmas tapo 'tapyata tasmāt taptāt pañcājāyantāgnir vāyur ādityaś candramā uṣāḥ pañcamī tān abravīd yūyam api tapyadhvam iti te 'dīkṣanta tān dīkṣitāṃs tepānān uṣāḥ prājāpatyāpsarorūpaṃ kṛtvā purastāt pratyudait tasyām eṣāṃ manaḥ samapatat te reto 'siñcanta te prajāpatiṃ pitaram etyābruvan reto vā asicāmahi idaṃ no māmuyā bhūd iti sa prajāpatir hiraṇmayaṃ camasam akarot tasmin retaḥ samasiñcat.
〔22〕Prajāpati は供犠であるから、当然の補助者として Vāc(言葉)をもつ。祭式が定型句と切り離しえぬのと同様である。ときには彼は彼女と交わる。「Prajāpati が宇宙であった。Vāc が彼の第二であった。彼は彼女と交わり、彼女は懐胎し、彼から分かれ、被造物を放出し、次いで Prajāpati のうちへ戻った¹」。ときにはそれは単なる協働である。「Prajāpati は増殖と生殖とを欲した。彼は精神とともに沈黙のうちに観想した。彼の精神のうちにあったものが bṛhat(sāman)となった。彼は考えた――見よ、我は我がうちに胎児を宿している、我はそれを Vāc によって生ましめたい、と。彼は Vāc を放出した²」。「Prajāpati は太初において宇宙であった。彼は生殖と増殖とを欲した。彼は苦行を行ない、Vāc(声)を制した。一年ののち、彼は十二度語った……。彼はこの定型句を発し、そしてすべての存在が続いて放出された³」。「Prajāpati が水を放出したのは、その住処である声からであった。というのも Vāc は彼のものであり、彼女は放出されて宇宙を満たしたからである⁴」。非限定の Vāc の代わりに、明確な定型句が創造の作用因となることもある。「一年ののち Prajāpati は語ろうと欲した。彼は bhūḥ と言い、大地が生じた。彼は bhuvaḥ と言い、空間が生じた。彼は svaḥ と言い、天が生じた⁵」。ブラーフマナの文法的知識は、創造する動詞に関して自らを顕示する幸福な機会を見出す。三界はその起源によって、三種の音――母音、子音、気音――に対応する。「Prajāpati はただひとりで宇宙のすべてであった。Vāc は彼のものであり、Vāc は彼の第二であった。彼は考えた――〔23〕この Vāc を、我は放ちたい。彼女は無限に変容しつつ、あらゆるものとなるであろう、と。彼は Vāc を放った。彼女は変容しつつあらゆるものとなった。もっとも高きにあった彼女は、水滴が拡がるように拡がった。Prajāpati はその三分の一を切り取った。a、それが大地となった。彼はさらに三分の一を切り取った。ka、それが大気となった……。彼は三分の一を上方へ放った。ho、それが天となった。彼は一音節であった Vāc を三分した¹」。
創造に苦しむ Prajāpati は、さらに tapas――苦行によって苦しめられた身体から放射する灼熱の輝き、王者の身体から発する pratāpa にも似たもの²――に訴える。しばしば彼はこの「tapas」に śrama、すなわち一切の規定された遵守を実行するための労苦に満ちた努力を結合する。祭式に通暁した彼は、それぞれの祭式をその固有の目的に用いることを知っている。vaiśvadeva によって彼は被造物を放出し、daśahotar によって増殖し、atirātra によって昼と夜とを生む³。全体として見れば、祭式と定型句とは、彼がそこから被造物を放出した母胎である⁴。Prajāpati が自らのうちへ折り返る、供犠の内的な観想でさえ、創造するに足るほど強力である⁵。
目的を達した供犠は消耗する。Prajāpati は、その業が成るや、ばらばらに崩れ落ちる。天上の祭主たる神々の助けが、彼を再構成するために不可欠となる。「Prajāpati が被造物を放出したとき、彼の肢体は〔24〕解体した¹」。――「彼が被造物を放出し、全行程を走り終えたとき、彼はばらばらに解体した……。彼が崩れ落ちたとき、気息が中央から出て行き、気息が出て行くと神々は彼を見捨てた。彼は Agni に言った――我を再構成せよ、と²」。――「彼が被造物を放出したとき、Prajāpati はばらばらに崩れ落ちた。もはや心臓にすぎぬものとなって、彼は横たわっていた。彼は叫んだ――ああ、わが生命よ、と。水がそれを聞いた。agnihotra とともに水が彼の救援に来た。水は彼に胴体を返した³」。次いで Agni、Vāyu、Āditya、Candramas が四肢を返し、家畜(paśu)が毛・皮・骨・髄を返す。「Prajāpati は諸存在を放出したとき、消耗して横たわっていた。神々は諸存在の精髄と活力とを集め、それを用いて彼を癒した⁴」。もっとも Prajāpati 自身も欺かれてはいない。創造の行為のたびに、彼は自らが「空になった」と感ずる。「すべての存在を放出したとき、Prajāpati は自らが空になったと考えた。彼は死を恐れた⁵」。
供犠は困難な操作であり、成功するためには唯一の要素の欠落も許さない。Prajāpati の企てた創造の業は、必要な補完を欠くために、しばしば失敗に終わる。「Prajāpati が被造物を放出したとき、彼はそれらを生命なきものとして放出した。彼は祭式の叫び hiṅ をもってそれらを嗅ぎ、〔25〕そして被造物は呼吸した¹」。――「放出された被造物は飢えて死につつあった。彼は ūrj(糧)を序唱とする sāman saubhara によって彼らに食物を与えた。そして彼らは輝いた²」。――「Prajāpati は被造物を放出した。それらは区別なく、意識なく、互いに食い合っていた。Prajāpati はこれを嘆いた。彼は(ekonapañcāśad-rātri の)祭式を見た。そしてそのとき彼は世界を秩序づけた。牝牛は牝牛となり、馬は馬となり、人間は人間となり、獣は獣となった³」。
供犠はかくも恐るべき業であるから、不安に駆られた被造物はしばしばそれを避けて遠ざかる。「Prajāpati は被造物を放出した。放出されるや、彼らは彼に背を向けて去った。彼は我らを食らうであろう、と彼らは怯えて言い合った。彼は彼らに言った――我のもとへ戻れ。我は汝らを、ひとたび食われても子孫のうちに増殖するようなかたちで食らうであろう、と⁴」。――「放出された被造物は Prajāpati に背を向けた。彼は彼らのために光を掲げた。光を見て、被造物は彼のもとへ戻った⁵」。〔26〕彼の主権は争われており、彼の力の顕示によってしか承認されない。「Prajāpati は被造物を放出した。彼らは彼の至高性を認めることを拒んだ。彼は空間と被造物との精髄を絞り出し、それで花環を作って身に着けた。そのとき被造物は彼の至高性を認めることに同意した¹」。
自らを維持し、その目的を達するために、供犠たる Prajāpati は多くの闘いを支えねばならない。まず彼は、恐るべき補助者である Agni を統御せねばならない。「彼は自らの口から Agni を生ぜしめた……。するとその Agni は大口を開けて彼の方へ向き直った。Prajāpati はあまりに恐れたので、彼自身の偉大さが彼から出て行った……。彼は自らのうちに供物を探し求めた……。供物は Agni に献じられ……そして Agni は退いた²」。彼はまた、個人的な恨みによってその業に敵対する神々を武装解除せねばならない。「Marut たちは Prajāpati の被造物を殺した。彼らは(その供犠において)我らに祈らぬ、と言って。そこで Prajāpati は Marut たちへのこの供物を見た。彼はそれを捧げ……被造物を彼らの打撃から救った³」。他の神々は本性上、供犠に敵対的である。かくして Varuṇa は Prajāpati の被造物を捕らえ、残酷な病を与える。Prajāpati は彼らを贖うために新たな祭式を考案する⁴。しかし Prajāpati のもっとも執拗な敵対者は Mṛtyu Pāpman(悪たる死)である。悪である死は、供犠に易々と屈しはしない。「Prajāpati はすべての存在をその胎内に宿していた。それらが胎内にあるあいだ、悪である死がそれらを捕らえていた。彼は神々に言った――汝らとともに、我はこれらすべての存在を、悪である死から奪い取りたい、と……。〔27〕そして彼はすべての存在を、悪である死から奪い取った¹」。「Prajāpati は千年生きるべく生まれた。人が河の対岸を眺めるように、彼は自らの生の彼方の岸を眺めていた。彼は礼拝しつつ、労苦しつつ、子孫を求めつつ歩んだ……²」。「彼は死を退けようという欲求から、千年のあいだ灼熱の苦行を行なった……。千年目の年に、彼はまったく清められた³」。「彼は悪である死から解き放たれた⁴」。
註〔原著 22–27 頁〕
主要なもの
原著 22 頁
- Kāṭh. 12, 5 ; 27, 1(Ind. Stud., IX, 477) : prajāpatir vā idam āsīt tasya vāg dvitīyāsīt tāṃ mithunaṃ samabhavat sā garbham adhatta sāsmād apākrāmat seмāḥ prajā asṛjata sā prajāpatim eva punaḥ prāviśat.〔OCR により一部読み不確実〕
- Tāṇḍ. 7, 6, 1–3 : prajāpatir akāmayata bahu syāṃ prajāyeyeti sa tūṣṇīṃ manasādhyāyat tasya yan manasy āsīt tad bṛhat samabhavat. sa ādīdhita garbho vai me 'yam antar hitas tam vācā prajanayā iti. sa vācaṃ vyasṛjata.
- Ait. 10, 1, 5 : prajāpatir vā idam eka evāgra āsa. so 'kāmayata prajāyeya bhūyān syām iti. sa tapo 'tapyata sa vācam ayacchat sa saṃvatsarasya parastād vyāharad dvādaśakṛtvaḥ… etāṃ vāva tāṃ nivīdaṃ vyāharat tāṃ sarvāṇi bhūtāny anv asṛjyanta. — Cf. Śat. 11, 1, 6, 3.
- Śat. 6, 1, 1, 9 : so 'po 'sṛjata vāca eva lokād. vāg evāsya sāsṛjyata sedaṃ sarvam āpnot.
- Śat. 11, 1, 6, 3 : sa saṃvatsare vyājihīrṣat. sa bhūr iti vyāharat seyaṃ pṛthivy abhavad bhuva iti tad idam antarikṣam abhavat svar iti sāsau dyaur abhavat.
原著 23 頁
- Tāṇḍ. 20, 14, 2 : prajāpatir vā idam eka āsīt tasya vāg eva svam āsīd vāg dvitīyā sa aikṣatemām eva vācaṃ visṛjā iyaṃ vā idaṃ sarvaṃ vibhavanty eṣyatīti sa vācaṃ vyasṛjata sedaṃ sarvaṃ vibhavanty ait sordhvodatiṣṭhad dhārā saṃtataivaṃ tasyā eti tṛtīyam achinat tad bhūmir abhavat… keti tṛtīyam achinat tad antarikṣam abhavat… ho iti tṛtīyam ūrdhvam udāsyat tad dyaur abhavat. — 5 : prajāpatir vā idam ekākṣarāṃ vācaṃ satīṃ tredhā vyakarot. — なお ha に与えられた特別な位置は、ha を子音の列と特別な列とに交互に配する Śiva-sūtra の配列と一致する。
- Cf. sup… Taitt. B. 2, 2, 9, 1 ; Śat. 11, 1, 6, 1 ; Kauṣ. 6, 1 ; Ait. 10, 1, 5.
- Taitt. B. 1, 6, 2, 1 : vaiśvadevena vai prajāpatiḥ prajā asṛjata. — Id. Śat. 2, 5, 2, 1. — Maitr. 1, 9, 3 : sa daśahotāraṃ yajñam ātmānaṃ vyadhatta. — Tāṇḍ. 4, 1, 4 : sa etam atirātram apaśyat tam āharat tenāhorātre prājanayat.
- Maitr. 4, 7, 4 : brahmaṇo vai yoneḥ prajāpatiḥ prajā asṛjata.
- Tāṇḍ. 7, 6, 1 : sa tūṣṇīṃ manasādhyāyat tasya yan manasy āsīt tad bṛhat samabhavat. — Maitr. 1, 2, 1 : sa manasātmānam adhyāyat so 'ntarvān abhavat.
原著 24 頁
- Śat. 1, 6, 3, 35 : prajāpater ha vai prajāḥ sasṛjānasya parvāṇi visasraṃsuḥ.
- Śat. 6, 1, 2, 12 : sa prajāḥ sṛṣṭvā sarvam ājim itvā vyasraṃsata… visrastāt prāṇo madhyata udakrāmat tasminn enam utkrānte devā ajahuḥ. so 'gnim abravīt. tvaṃ mā saṃdhehīti. — Cf. ib. 7, 1, 2, 1 ; 7, 1, 4, 2, 11–13 ; 7, 5, 1, 16–20 ; 8, 2, 3, 9 ; 9, 1, 1, 6.
- Taitt. B. 2, 3, 6, 1 : prajāpatiḥ prajāḥ sṛṣṭvā vyasraṃsata. sa hṛdayaṃ bhūto 'śayat. ātman hā3 ity ahvayat. āpaḥ pratyaśṛṇvan. tā agnihotreṇaiva yajñakratunopaparyāvartanta. tāḥ kunsindham upauhan.〔語形一部読み不確実〕— Cf. Prajāpater hṛdayam と称される sāman、Tāṇḍ. 5, 4, 4 ; Taitt. S. 7, 5, 8, 1 ; Śat. 9, 1, 2, 40.
- Taitt. B. 1, 2, 6, 1 : prajāpatiḥ prajāḥ sṛṣṭvā vṛtto 'śayat. taṃ devā bhūtānāṃ rasaṃ tejaḥ sambhṛtya tenainam abhiṣajyan. — Cf. Gop. 2, 4, 12.
- Śat. 10, 4, 2, 2 : sa sarvāṇi bhūtāni sṛṣṭvā riricāna iva mene sa mṛtyor bibhayāṃ cakāra. — 同様に Taitt. S. 1, 7, 3, 2 ; Taitt. B. 1, 1, 10, 1 ; Maitr. 1, 6, 12 ; Tāṇḍ. 9, 6, 7.
原著 25 頁
- Gop. 2, 3, 9 : prajāpatir vai yat prajā asṛjata tā vai tantā asṛjata. tā hiṅkāreṇaivābhyajighrat. tāḥ prajā aśvasan.
- Tāṇḍ. 8, 8, 14 : prajāḥ sṛṣṭā aśanāyaṃs tābhyaḥ saubhareṇorg ity annaṃ prāyacchat tato vai tāḥ samaindhanta. — 同趣旨 Tāṇḍ. 6, 7, 19 ; Kāṭh. 31, 10. — Śat. 2, 5, 1, 3.
- Tāṇḍ. 21, 11, 2 : prajāpatiḥ prajā asṛjata tā avidhṛtā asañjānānā anyonyam ādaṃs tena prajāpatir aśocat sa etā apaśyat tato vā idaṃ vyāvartata gāvo gāvo 'bhavann aśvā aśvāḥ puruṣāḥ puruṣā mṛgā mṛgāḥ.
- Tāṇḍ. 21, 2, 1 : prajāpatiḥ prajā asṛjata tā asmāt parācya āyann atsyati na iti bibhyatyaḥ so 'bravīd upa māvartadhvaṃ tathā vai vo 'tsyāmi yathādyamānā bhūyasyaḥ prajaniṣyatha iti. — Cf. Taitt. S. 2, 4, 4, 1 ; Gop. 2, 5, 9.
- Taitt. B. 1, 1, 5, 4 : prajāpatiḥ prajā asṛjata. tā asmāt parācīr āyan. tābhyo jyotir udagṛhṇāt. taṃ jyotiḥ paśyantīḥ prajā abhisamāvartanta. — Cf. Maitr. 1, 6, 6 ; Ait. 13, 12, 2.
原著 26 頁
- Tāṇḍ. 16, 4, 1–3 : prajāpatiḥ prajā asṛjata tā asmai śraiṣṭhyāya nātiṣṭhanta sa āsāṃ diśāṃ prajānāṃ ca rasaṃ prabṛhya srajaṃ kṛtvā pratyamuñcata tato 'smai prajāḥ śraiṣṭhyāyātiṣṭhanta.
- Śat. 2, 2, 4, 1–6 : so 'gnim eva mukhāj janayāṃ cakre… athainam agnir vyāttenopaparyāvartata. tasya bhītasya svo mahimāpacakrāma… sa hainam abhirādhayāṃ cakāra… tata evāgniḥ parāṅ paryāvavarta. — Cf. Taitt. B. 1, 1, 3, 11 ; ib. 1, 1, 5, 7.
- Taitt. B. 1, 6, 2, 2–3 : tāḥ prajā jātā maruto 'ghnan. asmān api na prāyukṣateti. sa etaṃ prajāpatir mārutaṃ saptakapālam apaśyat. taṃ niravapat… prajānām aghātāya. — Cf. Śat. 2, 5, 1, 12–13.
- Śat. 2, 5, 2, 1–3 ; Kauṣ. 5, 3 ; Taitt. B. 1, 6, 4 ; Taitt. S. 1, 8, 3 ; Maitr. 1, 10, 10 ; Gop. 2, 1, 21。下記 Varuṇa の章に引くテキストを参照。
原著 27 頁
- Śat. 8, 4, 2, 1–2 : sarvāṇi bhūtāni garbhy abhavat tāny asya garbha eva santi pāpmā mṛtyur agṛhṇāt. sa devān abravīt. yuṣmābhiḥ sahemāni sarvāṇi bhūtāni pāpmano mṛtyoḥ spṛṇavāni… sarvāṇi bhūtāni pāpmano mṛtyor aspṛṇot.
- Śat. 11, 1, 6, 6 : sa sahasrāyur jajñe. sa yathā nadyai pāraṃ parāpaśyed evaṃ svasyāyuṣaḥ pāraṃ parācakhyau. so 'rcañ chrāmyaṃś cacāra prajākāmaḥ.
- Śat. 10, 4, 4, 1–3 : sa tapo 'tapyata sahasraṃ saṃvatsarān pāpmānaṃ vijihāsan… sa sahasratame saṃvatsare sarvo 'tyapavata. — Cf. ib. 8, 4, 1, 3 ; 8, 4, 4, 2 ; 8, 5, 1, 6.
- Śat. 8, 5, 2, 1 : prajāpatiḥ pāpmano mṛtyor muktvā… — Cf. Gop. 2, 3, 12.
〔27 続〕供犠たる Prajāpati は、神々とアスラたちの父である。両者はともに Prājāpatya である。「Prajāpati は神々とアスラたちとを放出した⁵」。両者のあいだに供犠と讃歌とを分配したのは彼である⁶。彼はまた、あらゆる存在に生活の手段を割り当てた。「諸存在は敬意をもって Prajāpati を訪れた。諸存在とは被造物のことである。彼らは言った――我らがいかにして生きうるかを定めたまえ、と。神々は供犠の紐を掛け、右膝を屈して近づいた。彼は彼らに言った――供犠が汝らの糧である。汝らには不死を、汝らには生命力を。太陽が汝らの光となろう、と。次いで Pitṛ たちが、供犠の紐を右肩に掛け、左膝を屈して近づいた。彼は彼らに言った――毎月汝らは食を得るであろう。汝らには供養の供物を、〔28〕汝らには思惟のごとく迅速であることを。月が汝らの光となろう、と。次いで人間たちが衣をまとい、身を伏せて近づいた。彼は彼らに言った――朝夕に汝らは食すであろう。汝らには子孫を、汝らには死を。火が汝らの光となろう、と。次いで獣たちが近づいた。彼は彼らに、思うがままに食することを許して言った――出会うにまかせて、時であれ時ならざるときであれ、食せよ、と……。次いでアスラたちが近づいた、と言われる。彼は彼らに闇と欺瞞とを与えた¹」。
神々の父である彼は、また別の観点からは彼らの子でもある。「彼は父であり子である。彼が Agni を放出した限りにおいて、彼は Agni の父である。Agni が彼を再構成した限りにおいて、Agni は彼の父である。彼が神々を放出した限りにおいて、彼は神々の父である。神々が彼を再構成した限りにおいて、神々は彼の父である。彼らは同時に父であり子である。Prajāpati と Agni、Agni と Prajāpati、Prajāpati と神々、神々と Prajāpati²」。
供犠そのものである Prajāpati は、当然、供犠の起源でもある。「彼は供犠を放出した³」。彼はまた祭主でもあり、祭主のうちもっとも良心的な者である。「Prajāpati は灼熱の苦行を行なった……。彼は額を拭った。それが融かした酪となった。彼はそれを火の方へ差し出したが、疑念に捕らえられた――我はこれを捧ぐべきか、捧げざるべきか、と〔29〕彼は自らに言った……。Vāc が彼に言った――それを捧げよ、と。彼は言った――汝は誰か、と。――汝のものである声だ、と彼女は答えた。彼は svāhā(「我がものである彼女がそう言った」)という語をもって供物を捧げた¹」。
彼は供犠であるから、Prajāpati は最初の犠牲(victime)であり、また最初の祭主でもある。神々が救済の祭式を成就しうるためには、彼が自らを犠牲に供さねばならない。「Prajāpati は供犠のかたちで自らを神々に与える²」。――「Prajāpati は自らを神々に与える。供犠はまさしく神々のものであった。供犠は神々の食物だからである。自らを神々に与えたのち、彼は自らの似姿を放出した。それが供犠である。供犠によって彼は自らを神々から贖った³」。
彼はまた供犠の果実を最初に収穫した者でもある。というのも、最初に天へ昇ったのは彼だからである。「被造物を放出したのち、彼は上方へ昇り、かの太陽が輝くかの世界へと去った。というのも、そのときはまだ、彼のほかに供犠に値する者はそこにいなかったからである⁴」。
被造物の主、諸世界の主である Prajāpati は、名(nāman)と形(rūpa)とを自らのうちに集める。「Prajāpati は被造物を放出した。放出された彼らは混沌のうちにあった。彼は形をもって彼らのうちに入った。それゆえ人は言う――Prajāpati は形である、と。彼は〔30〕名をもって彼らのうちに入った。それゆえ人は言う――Prajāpati は名である、と¹」。Śatapatha は同じ定式を教えるが、そこでは Prajāpati に代えて、その正確な等価物である Brahman――祭式であると同時に典礼でもあるもの――を置く。「太初において Brahman が存在した。彼は神々を放出した……。そして彼はかなたへ、かなたへと去った。かなたへ、かなたへと去ってのち、彼は考えた――いかにしてこれらの諸世界のうちへ入りうるであろうか、と。そこで彼はこの二つ、すなわち形と名とによってそこへ入った。名をもつすべてのものは、彼こそがその名なのである。名をもたぬものについても、形によって形として知られるものは、彼こそがその形なのである。彼はまさしく形と名とのすべてである……。この二つのうち、一方が他方に優る。それは形である。というのも、名であるものそれ自体もまた、まさに形だからである……。精神は形である。というのも、精神によって人は「これは一つの形である」と知るからである。……声は名である。というのも、声によって人は名を捉えるからである²」。
同じ主張が、別の挿話において劇的な形式のもとに提示される。「精神(esprit)と声とが第一位を争っていた。精神と声とはそれぞれ自らが優ると主張した。精神は言った――我は汝に勝る。というのも、我が捉えぬ限り汝は何も語らぬからである。汝は我を模倣し、我に従うにすぎぬ。確かに我は汝に勝る、と。すると声は言った――我は汝に勝る。というのも、汝が知るところのものを表現し、伝達するのは我だからである、と。両者はこの争いを Prajāpati のもとへ持ち込んだ。Prajāpati は精神に有利な裁定を下した――精神が汝に勝る。というのも、汝は彼を模倣し、彼に従うにすぎぬからである、と³」。〔31〕ウパニシャッドにおいてかくも馴染み深く¹、西洋においてはローマ人の天才によって「胃と手足」の名高い寓話に還元された、諸器官の争いというこの短い場面のうちに、その萌芽が把握されるように思われる。
註〔原著 27–31 頁〕
主要なもの
原著 27 頁
- Taitt. S. 3, 3, 7, 1 : prajāpatir devāsurān asṛjata. — Taitt. B. 1, 4, 1, 1 : ubhaye vā ete prajāpater adhy asṛjyanta devāś cāsurāś ca. — Tāṇḍ. 18, 1, 1 : devāś ca vā asurāś ca prajāpater dvayāḥ putrā āsan.
- Ait. 12, 2, 1 : prajāpatir vai yajñaṃ chandāṃsi devebhyo bhāgadheyāni vyabhajat. — Śat. 13, 2, 1, 1 ; Taitt. S. 1, 7, 3, 2.
原著 28 頁
- Śat. 2, 4, 2, 1–5(神々・Pitṛ・人間・獣・アスラへの割当)。
- Śat. 6, 1, 2, 26–27 : sa eṣa pitā putraḥ. yad eṣo 'gnim asṛjata tenaiṣo 'gneḥ pitā yad etam agniḥ samadadhāt tenaitasyāgniḥ pitā yad eṣa devān asṛjata tenaiṣa devānāṃ pitā yad etaṃ devāḥ samadadhus tenaitasya devāḥ pitaraḥ. ubhayaṃ haitad bhavati. pitā ca putraś ca prajāpatiś cāgniś cāgniś ca prajāpatiś ca prajāpatiś ca devāś ca devāś ca prajāpatiś ca.
- Ait. 31, 1, 1 : prajāpatir yajñam asṛjata. — Taitt. B. 1, 7, 1, 4 ; Kauṣ. 6, 15 ; Taitt. S. 3, 3, 7, 1 ; Maitr. 1, 6, 9.
原著 29 頁
- Taitt. B. 2, 1, 2, 1–3 : sa tapo 'tapyata… sa lalāṭād udamṛṣṭa. tad ghṛtam abhavat… tad agnau prāgṛhṇāt. tad vyacikitsat. juhavāni3 mā hauṣā3m iti… tad vāg abhyavadaj juhudhīti. so 'bravīt. kas tvam asīti. svaiva te vāg ity abravīt. so 'juhot svāheti. — Maitr. 1, 8, 1 ; Śat. 2, 2, 4, 6。同種の疑念については Gop. 1, 2, 18 ; 1, 2, 24 参照。
- Tāṇḍ. 7, 2, 1 : prajāpatir devebhya ātmānaṃ yajñaṃ kṛtvā prāyacchat.
- Śat. 11, 1, 8, 2–4 : tebhyaḥ prajāpatir ātmānaṃ pradadau yajño haiṣām āsa yajño hi devānām annam. sa devebhya ātmānaṃ pradāya. athaitām ātmanaḥ pratimām asṛjata yad yajñam… sa etena yajñena devebhya ātmānaṃ nirakrīṇīta.
- Śat. 10, 2, 2, 1 : sa prajāḥ sṛṣṭvordhva udakrāmat sa etaṃ lokam agacchad yatraiṣa etat tapati no ha tarhy anya etasmād atra yajñiya āsa. — Ait. 17, 1, 1 は Prajāpati の娘 Sūryā Sāvitrī を挙げ、彼女は Soma と結婚する。Taitt. B. 2, 3, 10, 1 は彼女を Sītā Sāvitrī と呼び、Soma との恋物語を語る。Taitt. S. 2, 3, 5, 1 および Maitr. 2, 2, 7 はこの伝説を展開する。
原著 30 頁
- Taitt. B. 2, 2, 7, 1 : prajāpatiḥ prajā asṛjata. tāḥ sṛṣṭāḥ samaskriyanta. tā rūpeṇa prāviśat. tasmād āhuḥ. rūpaṃ vai prajāpatir iti. tā nāmnā prāviśat. tasmād āhuḥ. nāma vai prajāpatir iti.
- Śat. 11, 2, 3, 1–6 : brahma vā idam agra āsīt. tad devān asṛjata… atha brahmaiva parārdham agacchat. tat parārdhaṃ gatvaikṣata kathaṃ nv imāṃl lokān pratyaveyām iti tad dvābhyām eva pratyavaid rūpeṇa caiva nāmnā ca. sa yasya kasya ca nāmāsti tan nāma yasyo api nāma nāsti yad veda rūpeṇedaṃ rūpam iti tad rūpam etāvad vā idaṃ yāvad rūpaṃ caiva nāma ca… tayor anyataraj jyāyo rūpam eva yad dhy api nāma rūpam eva tat… mano vai rūpaṃ manasā hi vededaṃ rūpam iti… vāg vai nāma vācā hi nāma gṛhṇāti.
- Śat. 1, 4, 5, 8–11 : manasaś caiva vācaś ca… ahaṃ bhadra uditaṃ manaś ca ha vai vāk cāhaṃ bhadra udāte… (以下、精神と声との論争および Prajāpati の裁定)…prajāpatiṃ pratipraśnam eyatuḥ. sa prajāpatir manasaivānūvāca mana eva tvacchreyo manaso vai tvaṃ kṛtānukarānuvartmāsi. — Taitt. S. 2, 5, 11, 4 ; Maitr. 4, 6, 4 に並行伝承。
原著 31 頁
- 例えば Bṛhadāraṇyaka-Up. 6, 2, 7–14。
〔31 続〕Prajāpati が第一位を精神に割り当てるとしても――Prajāpati 自身が精神であることを忘れてはならない――、声すなわち Vāc は依然としてきわめて高い地位を占めている。彼女は Prajāpati の「固有の声」であり²、祭儀上の疑念に捕らえられた Prajāpati を助言によって導き、衰弱した彼を照らす。「Prajāpati は被造物を放出した。彼は気を失った。Vāc が彼のために光を掲げた。彼は言った――我のために光を掲げたのは誰か、と。――それは汝のものである声である、と彼女は答えた³」。彼女の力は神々とアスラたちの欲望をかき立てる。彼女を自らのものとするために、神々はもっとも卑俗な誘惑の手段をも辞さない。「ともに Prajāpati から生まれた神々とアスラたちは、その父 Prajāpati の遺産を受け継いだ……。神々は供犠 Yajña を得、アスラたちは声 Vāc を得た……。神々は Yajña に言った――Vāc は女である。彼女に言い寄れ、そうすれば必ず汝を招くであろう、と。あるいは彼は自ら考えた――Vāc は女である。我は彼女に言い寄ろう、そうすれば彼女は我を招くであろう、と。彼は彼女に言い寄った。しかし彼女は遠くから無関心しか示さなかった。それゆえ今日でも、男に言い寄られた女は、まず無関心しか示さぬのである。彼は言った――遠くから彼女は無関心しか示さなかった、と。彼らは彼に言った――〔32〕彼女に言い寄れ、主よ、そうすれば必ず汝を招くであろう、と。彼は言い寄った。すると彼女は頭の仕草だけで彼に答えた。それゆえ、男に言い寄られた女は、頭の仕草だけで答えるのである。彼は言った――彼女は頭の仕草だけで答えた、と。彼らは言った――彼女に言い寄れ、主よ、そうすれば必ず汝を招くであろう、と。彼は言い寄った。すると彼女は彼を自分のもとへ来るよう招いた。それゆえ、女は結局のところ男を自分のもとへ来るよう招くのである。彼は言った――彼女は我を自分のもとへ来るよう招いた、と。神々は考えた――Vāc は女である。彼女が彼を自分の側へ引き込まぬように! 彼女にこう言え――我はここにとどまる、我のもとへ来い、と。そして彼女が来たならば、我らに知らせよ、と。かくして彼がその場にとどまっていると、彼女は彼のもとへ来た。それゆえ、男が良い場所にとどまっていれば、女は彼のもとへ来るのである。彼は彼女の到来を知らせた――彼女が来た、と。かくして神々は彼女をアスラたちから引き離した¹」。
神々のものとなった Vāc は、彼らに新たな征服をもたらす。Gandharva Viśvāvasu は、神々が渇望していた soma を盗んでいた。「神々は言った――Gandharva たちは女に目がない。彼らに Vāc を遣わそう。彼女は soma とともに我らのもとへ戻るであろう、と。彼らは Vāc を遣わし、彼女は soma とともに戻った。Gandharva たちは彼女を追って来て言った――soma は汝らのもの、Vāc は我らのもの! 神々は言った――よろしい。しかし彼女が我らのもとへ来るならば、力ずくで連れ去ってはならぬ。双方から彼女を招こう、と。彼らは双方から彼女を招いた。〔33〕Gandharva たちは彼女にヴェーダを誦した――見よ、これが我らの知るところ、我らの知るところだ! そして神々は琵琶(vīṇā)を作り出して奏で、歌った――見よ、我らはかく汝のために歌おう! かく汝を楽しませよう! 彼女は神々の方へ向き直り、彼らのもとへ来た。しかし彼女が軽々しく彼らのもとへ来たこと、讃歌の誦読と朗誦よりも舞踏と歌とを好んだこと、そのゆえに、女は今日にいたるまで軽薄でしかない……。それゆえ、舞う者・歌う者に、女は狂おしく心を寄せるのである¹」。
供犠のあらゆる要素と同じく、Vāc は恵み深いと同時に危険でもある。単純な不手際が、恐るべき災厄を解き放つおそれがある。Aṅgiras たちは祭官報酬として Vāc よりも Sūrya を選んだ。「Vāc は彼らに対して怒った――彼を受け取り我を拒むとは、彼のいかなる資格が我に勝るのか、と。彼女は彼らから遠ざかり、戦っている神々とアスラたちのあいだに立った。彼女は牝獅子に姿を変え、勝ち誇って進み出た。〔34〕神々は彼女に懇願し、アスラたちもまた懇願した。Agni は神々の使者であり、アスラ・ラークシャサたる Saharakṣas はアスラたちの使者であった¹」。かくして彼女は神々と協約を結んだ。
また別のときには、彼女は神々を見捨て、彼らから逃れるために新たな変身に訴える。「Vāc は神々を見捨てた。彼女は水のうちに入った。神々は水に彼女の返還を求めた。水は言った――我らには何の益があろうか、と。――汝らの望むものを、と神々は言った。水は言った――人間が我らのうちに持ち込むあらゆる不浄と、我らが接することのないように! と。拒まれた彼女はさらに遠くへ行った。彼女は樹木のうちに入った。神々は樹木に彼女の返還を求めた。樹木は返さなかった。神々は彼らを呪った――汝ら自身の木材が、汝らを倒す雷霆となれ、と。それゆえ人は樹木をその木材そのものを雷霆として伐り倒すのである。樹木は神々に呪われているからである。樹木は Vāc を四つの隠れ処に分配した。太鼓、琵琶、車軸、弓である。それゆえ、もっともよく語る声、もっとも魅惑的な声は樹木の声である。というのも、それこそが神々の声であったからである²」。
言語の正確な分析は、定型句に内在する誤りの危険に対するもっとも確実な予防策である。〔35〕人間に先立って、神々が既にそれに配慮した。「言葉は語り方をもつのみであった。というのも、それは分節されていなかったからである。Indra は言った――我に soma の一部を与えよ。そうすれば我は汝らに分節された言葉を返そう、と。言葉によって彼は言葉を分節したものにした¹」。分節された人間の言葉は、Vāc 全体の四分の一にすぎない。「Vāc の四分の一は分節されている。それが人間の語りである。Vāc の四分の一は分節されていない。それが家畜の語りである。Vāc の四分の一は分節されていない。それが鳥の語りである。Vāc の四分の一は分節されていない。それが昆虫の語りである²」。言葉がもっとも良く響くのは、学識ある祭官の地、Kuru-Pañcāla においてである³。「Vāc がもっともよく認められるのは北方の地であり、人が言語を学びに行くのは北であって、そこから来た者の言うことに人は素直に耳を傾ける⁴」。これに対して蛮族は、悪魔的な語りを語る。「神々は Vāc をアスラたちから引き離した……。そして Vāc を奪われたアスラたちは、he 'lavo he 'lavaḥ と言いつつ完全に滅び去った。それが彼らの語った語りであり、謎めいたものであった。それが mleccha(蛮語)である。それゆえ婆羅門は mleccha を語ってはならぬ。それはアスラたちの語りだからである⁵」。
註〔原著 31–35 頁〕
主要なもの
原著 31 頁
- 上掲を見よ(Taitt. B. 2, 1, 2, 1–3 ; Maitr. 1, 8, 1 ; Śat. 2, 2, 4, 6)。
- Tāṇḍ. 16, 2, 1 : prajāpatiḥ prajā asṛjata so 'tāmyat tasmai vāg jyotir udagṛhṇāt so 'bravīt ko me 'yaṃ jyotir udagrahīd iti svaiva te vāg ity abravīt.
原著 32 頁
- Śat. 3, 2, 1, 18–23 : devāś ca vā asurāś cobhaye prājāpatyāḥ prajāpateḥ pitur dāyam upeyuḥ. yajñam eva tad devā upāyan vācam asurāḥ… te hocuḥ. upaiva bhagavo mantrayasva hvayiṣyate vai tveti…〔以下、原文は長文。細部は OCR により一部読み不確実〕— Cf. Ṣaḍv. 1, 1, 8。対応する挿話において Taitt. S. 6, 1, 3, 6 および Maitr. 3, 6, 8 は Vāc の代わりに Dakṣiṇā を置く。
原著 33 頁
- Śat. 3, 2, 4, 3–6 : te hocuḥ. yoṣitkāmā vai gandharvā vācam evaibhyaḥ prahiṇavāma sā naḥ saha somenāgamiṣyatīti tebhyo vācaṃ prāhiṇvan… tasyai gandharvā vedān eva procira iti vai vayaṃ vidmeti vayaṃ vidmeti. atha devā vīṇām eva sṛṣṭvā vādayanto nigāyanto niṣedur iti vai te vayaṃ gāsyāma iti tvā pramodayiṣyāmaha iti sā devān upāvavarta… tasmād apy etarhi moghasaṃhitā eva yoṣāḥ… tasmād ya eva nṛtyati yo gāyati tasminn evaitā nimiślatamā iva. — Cf. Taitt. S. 6, 1, 6, 5 ; Maitr. 3, 7, 3 ; Ait. 5, 1, 1.
原著 34 頁
- Śat. 3, 5, 1, 21 : tebhyo ha vāk cukrodha. kena mad eṣa śreyān bandhu… 〔一部読み不確実〕…siṃhī bhūtvādadānā cacāra tām upaiva devā amantrayantopāsurā agnir eva devānāṃ dūta āsa saharakṣā ity asuraraksasam asurāṇām. — Vāc はその後 uttara-vedi と同一視される。並行する挿話 Taitt. S. 6, 2, 7, 1 および Maitr. 3, 8, 5 は Vāc の代わりに直接 uttara-vedi を置く。
- Tāṇḍ. 6, 5, 10–13 : vāg vai devebhyo 'pākrāmat sāpaḥ prāviśat tāṃ devāḥ punar ayācaṃs tā abruvan yat punar dadyāma kiṃ nas tataḥ syād iti yat kāmayadhva ity abruvaṃs tā abruvan yad evāsmāsu manuṣyā apūtaṃ praveśayaṃs tenāsaṃsṛṣṭā asāmeti… sā punar vanaspatīn prāviśat tān devāḥ punar ayācaṃs tāṃ na punar adadus tān aśapan svena vaḥ kiṃśunā vajreṇa vṛścān iti tasmād vanaspatīn svena kiṃśunā vajreṇa vṛścanti devaśaptā hi. tāṃ vanaspatayaś caturdhā vācaṃ vinyadadhur dundubhau vīṇāyām akṣe tūṇave tasmād eṣā vadiṣṭhaiṣā valgulamā vāg yā vanaspatīnāṃ devānāṃ hy eṣā vāg āsīt. — Cf. Taitt. S. 6, 1, 4, 1 ; Maitr. 3, 6, 8 ; ib. 2, 5, 9.
原著 35 頁
- Maitr. 4, 5, 8 : sā vai vāg ekadhāvadad yāvad avyāvṛttāsīt sa indro 'bravīn mahyam atrāpi somaṃ gṛhṇīta ahaṃ va etāṃ vācaṃ vyāvartayiṣyāmīti sa vā vācaivaiva vācaṃ vyāvartayat. — Taitt. S. 6, 4, 7, 3 : vāg vai parācy avyākṛtāvadat te devā indram abruvann imāṃ no vācaṃ vyākurv iti… indro madhyato 'vakramya vyākarot tasmād iyaṃ vyākṛtā vāg udyate. — Cf. Śat. 4, 1, 3, 12.
- Śat. 4, 1, 3, 16 : tad etat turīyaṃ vāco niruktaṃ yan manuṣyā vadanty athaitat turīyaṃ vāco 'niruktaṃ yat paśavo vadanty athaitat turīyaṃ vāco 'niruktaṃ yad vayāṃsi vadanty athaitat turīyaṃ vāco 'niruktaṃ yad idaṃ kṣudraṃ sarīsṛpaṃ vadati.
- Śat. 3, 2, 3, 15 : tasmād atrottarāhi vāg vadati kurupañcālatrā.
- Kauṣ. 7, 6 : tasmād udīcyāṃ diśi prajñātatarā vāg udyata udañca u eva yanti vācaṃ śikṣituṃ yo vā tata āgacchati tasya vā śuśrūṣante.
- Śat. 3, 2, 1, 23–24 : tāṃ devā asurebhyo 'ntarāyan… te 'surā āttavacaso he 'lavo he 'lava iti vadantaḥ parābabhūvuḥ. tatraitām api vācam ūduḥ. upajijñāsyāṃ sa mlecchas tasmān na brāhmaṇo mlecched asuryā haiṣā vāk.
§II. 供犠と神々
〔補訂について〕 原著第 II 章の脚注は、その大半が本文中に訳出した各テキストのサンスクリット原文(ローマ字転写)の再録から成り、分量は本文に匹敵する。初訳ではこれを頁単位の典拠一覧に圧縮していたが、以下では注番号ごとに典拠を割り当て直し、あわせて Lévi の論述的脚注を全文訳出した。ただしサンスクリット原文の再録は省略しているため、原文そのものはなお補いえない(厳密な引用には原著を参照されたい)。
典拠の数値に異同がある箇所は訂正した読みを採り、〔 〕内に初訳(=原著 OCR)の読みを併記した。略号は本訳の凡例に従う。
〔36〕Prajāpati によって放出された被造物のうち、二つの上位の階層がある。すなわち Deva たちと Asura たちである¹。長子権はこの二群のあいだで確定していない²。第一子の地位は、あるときは一方に、あるときは他方に割り当てられる。誕生の様式は、たしかに尊厳の差異を刻んでいる。神々は Prajāpati の口そのものから生ぜられ、Asura たちはその下方の器官から生じた³。しかしそれでも彼らは、父の遺産に対して同等の権利をもち、それを折半する⁴。不幸なことに、供犠は分割しえぬ財である。そして両陣営は等しい熱意をもってそれを渇望する⁵。Asura たちは肉体的な力において勝る⁶。しかし供犠は知の問題であり、Asura たちは敗れることになる。
〔37〕神々の数は不定である。Vidagdha Śākalya に問われた Yājñavalkya は、順次 3,303、33、2、1½、1 と数える。しかしこの対話は、二つのブラーフマナに共通のものでありながら、とりわけウパニシャッドの精神に合致しており、もっとも有名なウパニシャッドの一つにおいて逐語的に繰り返されてさえいる¹。神々の数は不変である。「太初にあっただけの神々が、今もある²」。神々は身体をもつ。Indra は三つの身体をもち³、Agni は複数の身体をもつ⁴。神々は Rudra を生ぜしめるために、自らのもっとも恐るべき身体を結合する⁵。また別の箇所では、彼らは自ら立てた誓いの担保として身体を預ける⁶。身体に縛られている彼らは、遍在の能力をもたず、複数の祈願者の呼びかけに同時に応ずることができない。「Jamadagni と ṛṣi たちとが同時に soma を捧げていた。そのとき Jamadagni は sāman vihavya を見た。Indra は彼の方へ向き直った⁷」。――「Kutsa と Luśa とがそれぞれ自分の側から Indra を呼んだ。Indra は Kutsa の方へ向き直った。Kutsa は百本の革紐で彼を睾丸に縛りつけた。Luśa は Indra に呼びかけた――身を解いて Kutsa を離れ、こちらへ来たれ。汝ほどの者が、睾丸を縛られたまま平然としていられようか、と。Indra は縛めを断ち切って逃げ去った。そのとき Kutsa はこの sāman を見、それによって Indra を讃え、Indra は彼の方へ向き直った⁸」。〔38〕彼らの身体を支えるためには、供犠が必要である。供犠は彼らの食物である¹。しかし彼らは感覚を逃れている²。彼らの生の原理は供犠であり³、あるいは供犠が教えられる三重の学知である⁴。それはまた完全な至福でもある⁵。彼らの優れた知性は、感覚を超えるものを好む⁶。〔39〕神々は真理であり、人間は虚偽である¹。神々は真理から作られている²。Prajāpati は神々を真理から、Asura たちを虚偽から作った³。「この協約を、神々は今日にいたるまで踏み越えない。もし踏み越えるならば、彼らはどうなるであろうか。そのとき彼らは不正確な言葉を語ることになろう! ところで神々が守る誓戒はただ一つ、すなわち真理である。それゆえ彼らの勝利は決定的なのである⁴」。
註〔原著 36–38 頁〕
原著 36 頁
- Śat. 1, 2, 4, 8 ; Taitt. S. 3, 3, 7, 1 ; Taitt. B. 1, 4, 1, 1.
- Maitr. 4, 2, 1 ; Taitt. B. 2, 3, 8, 1–3 ; Kauṣ. 6, 15.
- Śat. 11, 1, 6, 7–8 ; Taitt. B. 2, 2, 9, 5.
- Śat. 1, 7, 2, 22 ; Śat. 9, 5, 1, 12.
- Śat. 1, 5, 3, 2.
- Tāṇḍ. 18, 1, 1 ; Taitt. S. 5, 3, 11, 1 ; Ait. 4, 6, 1.
原著 37 頁
- Śat. 11, 6, 3, 1–11 ; Jaim. 2, 76–77(J.A.O.S. XV, 238–240)= Bṛhad-āraṇyakopaniṣad 3, 9, 1–10(= Śat. 14, 6, 9)。——〔Lévi 注〕「唯一の神とは誰か」という問いについて、Śat. 11, 6, 3, 10 は prāṇa(気息)と答え、ウパニシャッドは brahman と答える。Jaim. はウパニシャッドよりも Śat. に近く、「1 と 2 分の 1」を削っている。
- Tāṇḍ. 6, 9, 16.
- Taitt. S. 2, 4, 2, 1.
- Ait. 11, 4, 2.
- Ait. 13, 9, 1.
- Śat. 3, 4, 2, 5 ; Ait. 4, 7, 4 ; Taitt. S. 6, 2, 2, 1 ; Maitr. 3, 7, 10(後述の tānūnaptra を見よ)。
- Tāṇḍ. 9, 4, 14 ; cf. Taitt. S. 3, 1, 7, 3.
- Tāṇḍ. 9, 2, 22.——〔Lévi 注〕同じ物語を伝える Jaim. は、宗教観念の進展を反映する新たな概念を導入している。「二人の祭官から同時に呼ばれた Indra は、両者のあいだで立ち止まって言う――汝らはそれぞれ我の一部を取れ。一方とは我は我が身体(puruṣa)をもって飲み、他方とは我が偉大さ(mahiman)をもって飲もう、と。彼らはそれぞれ分け前を取った。Kutsa は身体を得、Luśa は偉大さを得た。身体と偉大さとは Indra の二つの側面である」。Śātyāyana-Brāhmaṇa から保存された断片は、この文献もまた Indra の分割を認めていたかどうかを我々に告げるにはあまりに不完全である(Jaim. 1, 1, 228。Hans Oertel, "Contributions from the Jaiminīya Brāhmaṇa to the History of the Brāhmaṇa Literature," J.A.O.S. XVIII, 32 を見よ)。
原著 38 頁
- Śat. 8, 1, 2, 10 ; Śat. 1, 2, 5, 24 ; Taitt. S. 3, 2, 9, 7 ; Maitr. 1, 6, 13.
- Śat. 3, 1, 3, 25(parokṣaṃ vai devāḥ)。
- Śat. 8, 6, 1, 10 ; Śat. 14, 3, 2, 1.
- Śat. 10, 4, 2, 21.
- Śat. 10, 3, 5, 13.
- 〔Lévi 注〕ブラーフマナに親しい思想であるが、各書に固有の定型句によって提示される。すなわち parokṣakāmā hi devāḥ(Śat. 6, 1, 1, 2, 7〔原文のまま〕; Śat. 4, 2, 1, 2 ; Śat. 9, 1, 1, 2 ; Śat. 10, 6, 2, 2 ; Śat. 14, 1, 1, 3)。parokṣapriyā hi devāḥ(Ait. 13, 9, 6 ; Ait. 14, 5, 2 ; Ait. 35, 4, 4 ; Taitt. B. 1, 5, 9, 2 ; Taitt. B. 2, 3, 11, 4)。parokṣapriyā iva hi devā bhavanti pratyakṣadviṣaḥ(Gop. 1, 1, 1 ; Gop. 1, 2, 21 ; Gop. 1, 3, 19 ; Gop. 1, 4, 23)。この定型句は一般に、語呂合わせを説明として導入するために用いられる。maghavant は makhavant に等しく、śatarudriya は śāntarudriya に、dīkṣā は dhīkṣā に、aṅgiras は aṅga-rasa に、mānuṣa は mādusa〔初訳は mānduṣa〕に等しい、といったふうに。この種の語源的地口を、単なる幼稚さや祭官の座興として断罪するのは公正ではあるまい。言語の分析にその才知を傾けることによって、バラモン諸学派の文法家たちは、音のごく僅かな差異が表現において全く異なる二つの観念を区別しうることを観察して、疑いなく一種の科学的驚嘆を味わったのである。言葉の力についての宗教体系によって確信を与えられていた彼らは、比類なき作用の道具を発見したと信じた。音を変える主人である以上、彼らは自らを、意のままに事物を変える主人と見なしたのである。
もっとも、語の価値について誤解してはならない。ブラーフマナから見た真理は道徳的観念ではない。神々の歴史は詐欺と不誠実に満ちている。真理は祭儀の狭い意味において、すなわち実践と定型句における正確さとして理解せねばならない。真理が神々に決定的な勝利を保証するとすれば、それは徳の威光によってではなく、供犠である呪術的威力の効能によってなのである。しかもこの真理は、神性に本来備わったものではない。神々はそれを、他のあらゆる利点と同じく、時をかけ、激しい闘争を通じて獲得したのである。「神々と Asura たちとは、ともに Prajāpati から生まれ、その父 Prajāpati の遺産を相続した。この遺産とは Vāc(言葉)であり、真理と虚偽、真理であると同時に虚偽でもあるものであった。ところで、両者はともに真理を語り、ともに虚偽を語っていた。その言語が同じであったから、彼らは同じものであった。神々は虚偽を退け、真理のみを受け入れた。Asura たちは真理を退け、虚偽のみを受け入れた。そこで Asura たちのもとにあった真理は考えた――〔40〕神々は確かに虚偽を退け、真理のみを受け入れている。さあ、彼らのもとへ行かねばならぬ、と。そして彼女は神々のもとへ移った。そして神々のもとにあった虚偽は考えた――Asura たちは確かに真理を退け、虚偽のみを受け入れている。さあ、彼らのもとへ行かねばならぬ、と。そして彼女は Asura たちのもとへ移った。神々は全き真理を語り、Asura たちは全き虚偽を語った。絶対に真理しか語らぬ神々は弱まり、貧しくなった。それゆえ、ひたすら真理のみを語る者は弱まり貧しくなってゆく。しかし最後には、彼は十全に存在する。そして最後に神々は十全に存在した。そして絶対に虚偽しか語らぬ Asura たちは、塩のように増大し、富み栄えた。それゆえ、ひたすら虚偽のみを語る者は塩のように増大し富む。しかし最後には、彼はすべてを失う。そして Asura たちはすべてを失った。真理とは三重の学知である。神々は言った――供犠を行ない、真理を展開しよう、と。彼らは dīkṣaṇīyā を捧げた。Asura たちはそれに気づいた――見よ、神々は供犠を行ない真理を展開している。行け! 我らはそこから我らの分け前を取ろう、と¹」。神々は次いで別の供物を試み、Asura たちは再び襲いかかる。この事件は八度繰り返される。ついに「神々は供犠を完成した。完成したので、彼らは真理の全体を得た。その結果 Asura たちは打ち倒された。神々は存在し、Asura たちはすべてを失った」。
註
- Śat. 1, 1, 2, 17 ; Śat. 3, 9, 4, 1 ; Śat. 3, 3, 2, 2.
- Ait. 1, 6, 6 ; Kauṣ. 2, 8.
- Maitr. 1, 9, 3.
- Śat. 3, 4, 2, 8.
〔41〕神々は栄光であり美である¹。しかし彼らはこの特権をその本性に負うのではない。彼らがそうなったのは供犠によってである²。彼らが輝かしくなったのは、悪を完全に排除したことによってである³。彼らは生まれつき不死でもない。「人間がそうであるように、太初において神々もそうであった。彼らは欲求を抱いた――欠乏と悪と死とを退けて、神々の集会へ行こう、と⁴」。彼らは祭式を行ない、「欠乏と悪と死とを退けた。彼らは神々の集会へ行った」。――「神々は太初において死すべきものであった。彼らが不死となったのは、brahman(聖なる学知)によって満たされたときである⁵」。死の恐怖は神々に取り憑き、その行為の大半を支配する。「神々は死を恐れた。死とは終末であり、年であり、Prajāpati である。昼と夜とともに、それが我らの生を終わらせぬように! 彼らは供犠を行なったが、不死を得なかった。彼らは他の祭式を行ない……不死を得なかった。彼らは礼拝しつつ、労苦しつつ、不死を得ることを願って歩んだ⁶」。Prajāpati はそのとき神々に必要な祭式を教える。「神々はそのようにし、そして不死となった」。Prajāpati の助力、言い換えれば供犠への依拠は、神々の通常の頼みの綱である。「Asura たちを殺したのち、〔42〕神々は死を恐れた。彼らは Prajāpati のもとへ走った。Prajāpati は彼らのために供犠を行ない、神々は不死に達した¹」。讃歌もまたこの役割において自然に Prajāpati に代わる。「Asura たちを殺したのち、神々は死を恐れた。彼らは讃歌を見、そのうちに入り、それを身にまとった²」。他方、Yama が Mṛtyu に代わることもある。「Yama とは死である³」。「神々と Yama とはこの世界で戦っていた。Yama は神々からその男性的な力を奪った……。神々は考えた――Yama は我らのごときものとなった、と。彼らは Prajāpati のもとへ走った⁴」。Prajāpati はこのときもまた彼らを教え、勝利をもたらす。
註〔原著 40–41 頁〕
原著 40 頁
- Śat. 9, 5, 1, 12–27.
原著 41 頁
- Śat. 2, 1, 4, 9 ; Śat. 3, 4, 2, 8.
- Tāṇḍ. 7, 5, 6 ; Taitt. S. 2, 3, 3, 1 ; Śat. 14, 1, 1, 3〔初訳は Śat. 11, 1, 1, 3〕。
- Śat. 2, 1, 4, 9 ; Ait. 19, 3, 3.
- Taitt. S. 7, 4, 2, 1.
- Śat. 11, 2, 3, 6.
- Śat. 10, 4, 3, 3–8.
不死の追求は、神々を Asura たちと衝突させる。「神々と Asura たちとは、ともに Prajāpati から生まれ、互いに競い合っていた。両者はともに自己固有の生をもたず、死すべきものであった。自己固有の生をもたぬ者は死すべきものである。彼ら全員のうち、Agni のみが不死であった。そして両者が生きていたのは、この不死なる者によってであった。ところで、彼らのうち殺された者は、確かに殺されたままであった。その結果、神々は最後にはもっとも弱い者となった。彼らは礼拝しつつ、労苦しつつ歩んだ――ああ、死すべきものである我らの敵 Asura たちに打ち勝てたなら! 彼らはそのとき、この不死なるもの、すなわち火の祭儀的設置を見た……。彼らはそれを自らのうちに、自らの内奥に設置した。そして自らのうちに、自らの内奥にそれを設置したとき、〔43〕彼らは不死となり、不敗となり、敗北すべく死すべき敵に打ち勝った¹」。もっとも Asura たちには有利な条件があった。数の優越に加えて、彼らには先行する所有権があった。「神々と Asura たちとは戦っていた。その当時、不死は Asura たちのもとに、Śuṣṇa Dānava のうちにあった。Śuṣṇa はそれを口に含んでいた。神々のうち致命傷を受けた者は本当に死んだが、Asura たちのうち同様に打たれた者には、Śuṣṇa が息を吹きかけ、彼らは息を吹き返した。Indra はこれを見て取った――不死は Asura たちのもとに、Śuṣṇa Dānava のうちにある、と。彼は蜜の玉に姿を変え、道の上に身を置いた。Śuṣṇa はそれを呑もうとして口を開けた。Indra は鷹に姿を変え、彼の口から不死の甘露(amṛta)を奪い取った²」。
註
- Maitr. 2, 2, 2 ; Taitt. S. 2, 3, 2, 1 ; Tāṇḍ. 24, 19, 2.
- Maitr. 3, 4, 7 ; cf. Maitr. 4, 6, 9.
- Maitr. 2, 5, 6.
- Taitt. S. 2, 1, 4, 3 ; Maitr. 2, 5, 3.
amṛta の獲得は、長い歴史の孤立した一挿話にすぎない。神々が世界の主権にまで昇り詰めたのは、Asura たちに対する幾多の戦いと祭儀上の勝利によってである。そしてその範例は、信者に信頼を吹き込むのに適している。より頑健な敵を相手に、彼らは今や争う余地なき主として君臨するその全領域を、一歩一歩勝ち取らねばならなかった。これらの戦闘の物語がブラーフマナを満たしている。そしてここでもまた、いやここにおいてこそ、各書は意図的に自らの定型句を作り上げているように見える。これらの定型句は二大範疇に分類される。〔44〕一方は「競合(spardh)」という語によって、他方は「衝突(saṃyat)」という語によって特徴づけられる。行為を示す時制の相違が、この二群の各々の内部にさらに下位区分を導入する¹。
註
- Śat. 2, 2, 2, 8–14〔初訳は 8–11〕。
- Kāṭh. 37, 14(Indische Studien III, 466); cf. Tāṇḍ. 12, 5, 23.
一部の神学者たちは、神々と Asura たちとのあいだの戦闘とされるものを、原理的に一切否定した。彼らによれば、供犠はその力のみによって Asura たちを滅ぼしたのである。「Prajāpati は Asura たちを放出した……。彼が彼らを放出するや否や、闇のごときものが生じた。彼は理解した――たしかに我は悪を放出した。これらの者が放出されるや闇のごときものが生じたのだから、と。そこで彼は彼らを悪によって射抜いた。かくして彼らは滅ぼされた。それゆえ人は言う――釈義のうちに、あるいは挿話のうちに語られる神々と Asura たちの事件はすべて、実は存在しない。というのも、彼らを悪によって射抜いたのは Prajāpati であり、彼らが滅ぼされたのはそのようにしてなのだから、と¹」。〔45〕しかしこの教説は優勢とならず、それを述べる Śatapatha 自身、それに従うことを気にかけていない。
註
- 〔Lévi 注〕Śat. は第一〜第五巻において spardh の完了形を、第六〜第十巻において未完了形を、例外なく用いる。それ以降の巻では両形が併存する。すなわち devāś ca vā asurāś ca ubhaye prājāpatyāḥ paspṛdhire(Śat. 1, 2, 4, 8 ; 1, 2, 5, 1 ; 2, 2, 2, 8 ; 2, 4, 3, 2 ; 3, 4, 4, 3 ; 3, 6, 1, 8 ; 4, 2, 4, 11 ; 5, 1, 1, 1 ; および 11, 1, 8, 1)。devāś ca…aspardhanta(Śat. 6, 6, 2, 11 ; 6, 6, 3, 2 ; 7, 4, 2, 33 ; 9, 2, 3, 8 ; および 11, 5, 9, 3 ; 13, 8, 1, 5)。Tāṇḍ. の定型句は devāś ca vā asurāś cāspardhanta(例えば Tāṇḍ. 8, 3, 1 ; 12, 3, 14 ; 12, 5, 23 ; 21, 13, 2)であるが、devāsurā aspardhanta もある(Tāṇḍ. 11, 5, 8)。Maitr. は devāś ca vā asurāś cāspardhanta を好む(例えば Maitr. 1, 4, 14 ; 1, 9, 8 ; 1, 11, 9 ; 2, 1, 11 ; 2, 3, 2 ; 2, 5, 3 ; 2, 5, 9 ; 3, 10, 5 ; 3, 10, 6 ; 4, 2, 3)。例外として devāś ca vā asurāś ca saṃayatanta(Maitr. 4, 3, 4); devāś ca…saṃyattā āsan(Maitr. 1, 6, 10)。Taitt. S. はほぼ専ら devāsurāḥ saṃyattā āsan を用い(Taitt. S. 1, 5, 1, 1 ; 2, 2, 11, 5 ; 2, 3, 7, 1 ; 2, 4, 2, 1 ; 2, 4, 3, 1 ; 5, 3, 11, 1 ; 5, 4, 1, 1 ; 5, 4, 6, 2 ; 6, 2, 2, 1 ; 6, 3, 10, 5)、散発的に devāsurā…aspardhanta(Taitt. S. 2, 1, 3, 1 ; 2, 6, 1, 3)。cf. また devāś ca yamaś ca…aspardhanta(Taitt. S. 2, 1, 4, 4)。Taitt. B. は devāsurāḥ saṃyattā āsan のみを用いる(Taitt. B. 1, 1, 6, 1 ; 1, 7, 1, 2 ; 1, 5, 9, 1 ; 1, 8, 3, 3)。Kāṭh. は上に論じた挿話において devāś ca vā asurāś ca saṃyattā āsan の形を用いる(Ind. Stud. 3, 466 = Kāṭh. 37, 14)。Ait. はほぼ一貫して devāsurā vai…samayatanta(Ait. 3, 3, 5 ; 4, 6, 1 ; 10, 4, 1 ; 22, 6, 1)であるが、devāsurā vai…saṃyetire もある(Ait. 37, 6, 1)。Kauṣ. には一例 devāsurā vai…saṃyattā āsuḥ(Kauṣ. 1, 2)。Ṣaḍv. は devāsurā ha saṃyattā āsan(Ṣaḍv. 1, 1, 24)と devāś ca vā asurāś ca…aspardhanta(Ṣaḍv. 6, 2)とを並置する。この観点から、Gop. の複合的性格が露呈する。すなわち devāś ca ha vā asurāś cāspardhanta(Gop. 1, 2, 19 ; 2, 1, 7); devāś ca ha vā asurāś ca saṃgrāmaṃ samayatanta(Gop. 1, 3, 5); devāś ca ha vā \[ṛṣayaś ca] asuraiḥ saṃyattā āsan(Gop. 2, 2, 7)。
戦争が勃発するとき、形勢は Asura たちに有利であるように見える。彼らはより頑健であり、同じ祭儀的手段を自由にする。「神々と Asura たちとは、供犠においてまったく同じことをしつつ進んだ。神々のなすことを、Asura たちもまたなした。そして勝者も敗者もなかった²」。しかし神々は、疑いなくより恵まれ、より敬虔であったから、程なく先んずるにいたる。この奇妙な祭儀的叙事詩――そこでは英雄は祭官であり、武器は供犠である――のあらゆる挿話のうち、もっとも展開され、もっとも特徴的なのは、疑いもなく upasad の征服である。upasad とは、一定の儀礼の一部を成す、Agni・Soma・Viṣṇu に捧げられる融酪の供物である。しかしその名はまた「城塞の包囲」をも意味する。この語の二重の意味が、神話伝説の二つの流れの合流点として、それを指定したのである。「神々と Asura たちとは、これらの諸世界の所有をめぐって争っていた。ところで Asura たちは、より強く、より頑健であったから、かの諸世界を城塞とした。彼らはこの〔大地〕を鉄の城塞とし、大気を銀の城塞とし、天を黄金の城塞とした。かくして彼らはこれらの諸世界を城塞とした。神々は言った――見よ、Asura たちはこれらの諸世界を城塞とした。我らもまた、これらの諸世界を城塞としよう、と。よし、と彼らは言った。彼らはこの〔大地〕を sadas とし、大気を〔46〕火壇 āgnīdhra とし、天を soma の二台の車 havirdhāna とした。かくして彼らもまた、これらの諸世界を城塞とした。神々は言った――upasad に訴えよう。upasad によって人は大城塞を攻略するのだから、と。よし、と彼らは言った。彼らが用いた第一の upasad によって、彼らは Asura たちをこの世界から追い払った。第二の upasad によって大気から。第三の upasad によって天から。かくして彼らは Asura たちをこれらの諸世界から追い払った。これらの世界から追われた Asura たちは、季節のうちへ退いた¹」。三つの upasad によって、神々は彼らを季節から、次いで月から、次いで半月から、次いで昼夜から追い払う。〔47〕この物語における神々の征服の段階は通常の順序に従っている。逆の順序が現れるときは、それは偶発的な例外である¹。
註〔原著 45–46 頁〕
原著 45 頁
- Śat. 11, 1, 6, 8–9.
- Maitr. 1, 9, 8 ; Maitr. 2, 5, 3 ; Gop. 2, 2, 11 ; Taitt. S. 1, 7, 3, 3 ; Taitt. S. 3, 2, 2, 2 ; Taitt. B. 1, 5, 6, 1 ; Ait. 9, 7, 1 ; cf. Ait. 15, 5, 1 ; Ait. 16, 5, 1.
原著 46 頁
- Ait. 4, 6 ; Kauṣ. 8, 8 ; Gop. 2, 2, 7 ; Maitr. 3, 8, 1 ; Taitt. S. 6, 2, 3, 1 ; Śat. 3, 4, 4, 3–5 ; Tāṇḍ. 12, 3, 14.
神々の最初の努力は、一つの場所を獲得することに向けられる。「神々と Asura たちとは競い合っていた。Asura たちは場所をもち、神々は場所をもたなかった。これらの諸世界は Asura たちの場所であった。遭遇のたびに神々は完全に敗れた。彼らには場所がなかったからである²」。ひとたび場所の主となるや、彼らは遅滞なく大地を奪取する。「大地は Asura たちのものであった。神々は言った――この大地を、我らにも分け与えよ、と。彼らは答えた――汝らの望むところを選べ、と。そこで Vasu たちは東を、Rudra たちは南を、Āditya たちは西を、Marut たちは北を獲得し、かくして神々は Asura たちのものであった大地を得た³」。ときには一柱の神の驚くべき介入が勝敗を決する。「大地は初め Asura たちのものであった。座って見渡しうるだけの範囲が、神々のもつすべてであった。神々は言った――我らにも与えよ、と。――どれだけ与えようか。――この牝ジャッカルが三度その周りを回るだけを、我らに与えよ。――Indra は牝ジャッカルに姿を変え、大地の周りを三度回った。かくして彼らは大地を得た⁴」。〔48〕Purāṇa においては、三歩によって世界を Asura たちから取り戻すために侏儒に変じた Viṣṇu の古典的な化身は、既にブラーフマナに現れている。しかし物語の大筋は双方で同一であるにせよ、その精神は異なる。Purāṇa の Viṣṇu は、正義と憐憫とによって天から地上へ降る救済者である。ブラーフマナの Viṣṇu は、単に盲目かつ粗暴な供犠にすぎない。「神々は侏儒に姿を変えた Viṣṇu を連れて来た――彼が三歩で覆うだけを、我らのものに! と彼らは言った。ところで彼はまず一歩でこれを覆い、次いでこれを、次いであれを覆った。そして神々はこのすべてを得た¹」。しかし征服は、ひとたびなされたのち、「固定される」ことを必要とする。「神々と Asura たちとは、ともに Prajāpati から生まれ、競い合っていた。ところで大地は揺れ動いていた。蓮の葉に対するように、風がそれを揺すぶっていた。それはあるときは神々のもとへ、あるときは Asura たちのもとへ行った。それが神々のもとへ来たとき、彼らは言った――さあ、この大地を固めて足場としよう。ひとたび固定され安定したならば、そこに諸火を設置し、我らの敵がそこから分け前を得るのを妨げよう、と。人が楔で皮を張るように、彼らはそれを固めて足場とした……。そして彼らは敵を分配から排除した²」。
註
- Śat. 1, 9, 3, 11.
- Maitr. 3, 10, 5.
- Maitr. 4, 1, 10 ; Taitt. B. 3, 2, 9, 6–7.
- Taitt. S. 6, 2, 4, 3–4 ; Maitr. 3, 8, 3.
大地が征服されると、戦争は空中へ移される。「神々と Asura たちとは、ともに Prajāpati から生まれ、空の諸領域をめぐって競い合っていた。神々は〔49〕Asura たちから空の諸領域を奪った¹」。――「戦いはまず東で交えられた。Asura たちが勝った。次いで南で、Asura たちが勝った。次いで西で、Asura たちが勝った。次いで北で、Asura たちが勝った。次いで北東で、神々は敗れなかった。それが不敗の領域である²」。当然、それらもまた固定せねばならない。「神々が天界へ行くとき、空の諸領域は緩んだ。彼らは祭式によってそれらを固めた³」。
註
- Maitr. 3, 8, 3 ; Śat. 1, 2, 5, 1–7.
- Śat. 2, 1, 1, 8–10.
上昇を続けるために、神々は方角を定めようとする。彼らの無知は彼らを不安にし⁴、勝利の途上で彼らを立ち止まらせる危険がある。「五つの領域は混乱していた。これら五柱の神格によって、彼らはそれらを識別した。Pathyā Svasti によって北の領域を識別し……Agni によって東の領域を……Soma によって南の領域を……Savitar によって西の領域を……Aditi によって天頂の領域を識別した⁵」。
〔50〕最後の階梯が達成され、上昇は天空において凱旋的に完成する。抵抗は消え失せ、道を塞ぐ敵はもはやいない。しかし Agni が先に飛び出し、「天界の門を閉ざす。というのも Agni は、まことに天界の主権者だからである。Vasu たちが最初に到着した。彼らは彼に言った――汝は我らに先んじている。場所を空けよ、と。――もし汝らが我を讃えぬならば、と彼は答えた、我は汝らを通すまい。我を讃えよ。――よし、と彼らは言った。彼らは彼を讃え、讃えられた彼は彼らを通し、彼らは自らにふさわしい場所へ行った²」。次いで Rudra たちが到着し、次いで Āditya たちが、次いで Viśve-devāḥ が到着し、そのたびに同じ出来事が繰り返され、同じ協約が結ばれる。
註
- Śat. 9, 2, 3, 8.
- Ait. 3, 3, 5 ; cf. Ait. 37, 6, 1.
- Maitr. 3, 2, 3 ; Tāṇḍ. 8, 8, 13.
- Tāṇḍ. 5, 7, 11.
- Śat. 3, 2, 3, 14–19 ; Taitt. S. 6, 1, 5, 1–2 ; Maitr. 3, 7, 1 ; Ait. 2, 1, 3–4 ; Kauṣ. 7, 6(Kauṣ. では南に Soma、西に Savitar、北に Pathyā Svasti、天頂に Aditi を配する)。
三界を激戦の末に征服しただけでは足りない。神々は嫉妬する Asura たちに対して、絶えず新たな戦闘を交えねばならない。あるときは「Asura たちは、神々の視線の届かぬ夜のうちへ潜り込み、神々は悪魔的な闇を克服することに成功しない³」――ふさわしい祭式を発見するまでは。「Indra は彼らに呼びかける――さあ、誰が我とともに来て、〔51〕Asura たちと夜とを追い、散らすか、と。しかし彼は神々のあいだに一人も伴侶を見出さない。彼らは夜を、闇を、死を恐れていたからである¹」。あるときは両陣営が太陽を奪い合う²。あるときは、貪欲な相続人として、彼らは公正な分配を顧みず、月の二つの半分を要求する。「神々と Asura たちとは、ともに Prajāpati から生まれ、その父 Prajāpati の遺産、すなわち二つの半月を相続した。満ちてゆく半月は神々が得、欠けてゆく半月は Asura たちが得た。神々は欲求を抱いた――いかにして Asura たちの分を得ようか、と。彼らは礼拝しつつ、労苦しつつ歩んだ。彼らは新月と満月との祭式を見、それを行ない、Asura たちのものであった分を得た³」。持続を表す年もまた争いを引き起こす。「神々と Asura たちとは争っていた。彼らは年を奪い合っていた。神々は四か月ごとに行なわれる供犠を用いた。Vaiśvadeva によって彼らは Indra を指揮者として四か月を獲得した。彼らは彼ら〔敵〕に、敗者になすように、頭を屈めさせ、背けさせた。Varuṇapraghāsa によって、Varuṇa を指揮者としてさらに四か月を獲得した……。Sākamedha によって、Soma を指揮者としてさらに四か月を獲得した。年のうちにあった糧を、彼らは獲得した。神々は存在し、Asura たちは倒れた⁴」。家畜もまた、〔52〕別のときには争いの賭け物となる¹。
註〔原著 50–51 頁〕
原著 50 頁
- 〔天界へ赴く定型句の諸形〕Maitr. 3, 8, 5 ; Taitt. S. 6, 3, 10, 2 ; Tāṇḍ. 2, 6, 2 ; Ait. 3, 6, 36 ; Ait. 7, 36 ; Tāṇḍ. 8, 9, 15 ; Śat. 1, 7, 3, 1 ; Śat. 3, 9, 3, 10 ; Śat. 8, 6, 1, 10.
〔本訳注〕この注に対応する注記号は初訳本文において脱落している。「最後の階梯が達成され、上昇は天空において凱旋的に完成する」の直後に置かれるべきものである。
- Ait. 14, 4.
- Tāṇḍ. 9, 1, 1 ; Taitt. S. 1, 5, 9, 2–3.
原著 51 頁
- Ait. 16, 5, 1.
- Tāṇḍ. 5, 5, 15.
- Śat. 1, 7, 2, 22–24.
- Taitt. B. 1, 5, 6, 3–4.
被造物はこの巨大な争いに巻き込まれ、その選好に従って神々のもとへ、あるいは Asura たちのもとへ赴く。「神々と Asura たちとは、ともに Prajāpati から生まれ、競い合っていた。すべての樹木は Asura たちの側についた。ただ udumbara のみが神々を見捨てなかった。Asura たちに勝利したのち、神々は彼らから樹木を取り上げた²」。――「彼らが競い合っていたとき、すべての植物が神々を見捨てた。ただ大麦のみが忠実にとどまった。神々は勝利し、大麦とともに他の植物を敵から奪い返した³」。――「季節は神々に不満をもち、Asura たちの側へ移った。Asura たちは神々の憎むべき従兄弟であり敵である。そして季節は彼らを次のように繁栄させた。すなわち、先の者たちが耕し種を蒔いているあいだに、その後ろで人が刈り取り脱穀していた。そればかりか、耕作なしにも植物が実った⁴」。不安に駆られた神々は、そこで Agni を遣わして季節と和を結ばせる。あらゆる韻律のうちもっとも神聖な gāyatrī は、しばらく二つの陣営のあいだで迷う。「神々と Asura たちとは争っていた。Gāyatrī は彼らから活力、力、精力、子孫、家畜を奪い、それらとともに脇に退いた。彼らは考えた――彼女が向く方が、すべてを得るであろう、と。そして双方から彼女を招いた。神々は言った――Viśvakarman よ! と。Asura たちは言った――Dābhi よ! と。しかし彼女は両者のあいだで決しなかった。しかし神々は正しい定型句を言い、〔53〕Asura たちから彼らの力、活力、精力、子孫、家畜を奪い取った¹」。
註
- Tāṇḍ. 13, 6, 7 ; Maitr. 3, 2, 6.
- Śat. 6, 6, 3, 2.
- Śat. 3, 6, 1, 8–9.
- Śat. 1, 6, 1, 1–8.
神々の勝利の物語は、ブラーフマナの観点から見た成功の手段の目録を作ることを可能にする。しばしばそれは Prajāpati の介入であり、自発的であれ請願によるものであれ、神々を窮地から救い出す。Asura たちと神々とは彼の恩顧を奪い合う。「神々と Asura たちとは、ともに Prajāpati から生まれ、彼らの父である Prajāpati、すなわち供犠をめぐって競い合っていた。それは我らのものとなろう、と一方は言った。それは我らのものとなろう、と他方は言った²」。Prajāpati が神々を偏愛する理由は、テキストによって説明されることがない。彼は、自らが表す供犠と同じく、道徳に無関心である。その行為は欲求からしか生じない。「神々と Asura たちとはこの世界にあった。Prajāpati は欲求を抱いた――我は Asura たちを追い払いたい、と³」。彼は二人の敵対者それぞれの固有の功績にきわめて鈍感であるため、彼らを真の姿のもとに区別することができない。「両者はともに Prajāpati から放出された。神々も Asura たちも。彼は彼らを十分に区別しなかった――これがあれ、これがあれと。そこで彼は神々を soma の茎から作った⁴」。〔54〕一般に彼が介入するのは神々の請願によってである。「これらの神々は Prajāpati のもとへ走った¹」。そして彼のおかげで、逃げ去った供犠は戻り、拒まれていた雨は糧を与え、天へ通ずる道が開かれ、死は退けられる。
註
- Taitt. S. 2, 4, 3, 1 ; Maitr. 2, 1, 11 ; Śat. 1, 4, 1, 34.
- Śat. 11, 5, 9, 3 ; Śat. 1, 5, 3, 2 ; cf. Śat. 1, 9, 2, 34 ; Śat. 4, 2, 4, 11.
- Maitr. 1, 10, 5.
- Taitt. B. 1, 4, 1, 1.
神々はまた、成功のために、宗教語において śrama(労苦)の名で呼ばれる、あの辛苦に満ちた修練にも訴える。それは通常、tapas(苦行)あるいは arc(礼拝)と結びつく。「まことに労苦(śrama)によって、神々は征服すべきものを征服した³」。かくして神々は、インドのあらゆる大教団において――正統婆羅門のもとでも仏教徒やジャイナ教徒のもとでも――宗教的高揚が生み出したあの「śramaṇa(沙門)」たちの理想的類型なのである。
供犠は、卓越した意味において、勝利の手段である。「神々があらゆる企てにおいて成功したのは供犠によってである⁴」。――「神々のなすことはすべて、詠唱された誦唱によってなされる。詠唱された誦唱とは供犠であり、供犠によって彼らはそれをなす⁵」。――〔55〕「神々が天界へ行ったのは供犠によってである¹」。――「神々が天界を征服したのは、あらゆる讃歌をもって供犠を行なうことによってである²」。しかしこの貴重な武器を用いる術を知らねばならない。「神々が天界へ行ったのは供犠の完全性によってであり、Asura たちが敗れたのは供犠の欠陥によってである³」。祭儀の事柄における Asura たちの根本的欠陥は、個人的な傲慢である。各人が自らの力について過大な観念を抱く。ところで「傲慢は破滅への門を開く⁴」。より慎ましく、より賢明な神々は、互いに敬意を払い合う。「神々と Asura たちとは……競い合っていた。そこで Asura たちは傲慢のあまり言い合った――我らはいったい誰のうちに供物を捧げるべきか、と。そして彼らは自らの口のうちに供物を捧げつつ進んだ。神々はそれぞれ他者の口のうちに供物を捧げつつ進んだ。そして Prajāpati は自らを彼らに与えた⁵」。Asura たちの手続きは避けるべき模範を与え、神々の手続きは従うべき模範を与える。Asura たちは祭壇を築く際、刻印を下に向けて煉瓦を置く⁶。供犠の予備儀礼において、彼らはまず髪を剃り、次いで髭を、次いで〔56〕腋を剃る¹。供犠においては、白い、角に鉄を巻いた、白い母から生まれた犠牲を捧げる²。そしてこれらの誤りのすべてが彼らの破滅を完成する。もっとも両陣営は、等しい残忍さをもって成功を追求する。「Aditi は神々のもとに、Kuṣṭhā は Asura たちのもとにあった。神々は考えた――もし我らが勝てば、Kuṣṭhā の首を落とそう、と。もし我らが勝てば、と Asura たちは考えた、Aditi の首を落とそう、と。神々が勝ち、彼らは Kuṣṭhā の首を落とした³」。双方において祭官は互角である。しかし神々は良心の呵責なく、敵の祭官を自らの利害に引き入れる。「Bṛhaspati は神々の祭官であり、Śaṇḍa と Marka とは Asura たちの祭官であった。神々には聖なる学知があり、Asura たちにも聖なる学知があった。どちらも他方に勝ることができなかった。神々は Śaṇḍa と Marka とを自らの側に引き入れた⁴」。彼らは協約を結び、「神々は存在し、Asura たちはすべてを失った」。――「Uśanas Kāvya は Asura たちの祭官であったが、神々は彼を自らの側に引き入れた⁵」。
註〔原著 54–55 頁〕
原著 54 頁
- Taitt. S. 3, 3, 7, 1 ; Maitr. 2, 4, 8 ; Sāmavidh. 1, 1, 15 ; Taitt. S. 2, 3, 2, 1.
- cf. Tāṇḍ. 8, 3, 1〔推定〕。
〔本訳注〕この注に対応する注記号は初訳本文において脱落している。原著の頁内注番号から見て、独立の注であった可能性が高い。確定には原著の参照を要する。
- Śat. 1, 6, 2, 3 ; Ait. 7, 3, 6 ; Śat. 1, 7, 2, 24 ; cf. Śat. 1, 2, 5, 18.
- Śat. 2, 4, 3, 3.
- Śat. 8, 4, 3, 2.
原著 55 頁
- Śat. 1, 7, 3, 1 ; Taitt. S. 1, 7, 1, 3〔初訳は 1, 7, 1, 4〕; Ait. 3, 5, 36.
- Ait. 2, 3, 6 ; Śat. 3, 9, 3, 10 ; Maitr. 3, 2, 3 ; cf. Tāṇḍ. 7, 4, 2.
- Taitt. S. 1, 6, 10, 2.
- Śat. 5, 1, 1, 1 ; Śat. 11, 1, 8, 1〔初訳は Śat. 5, 1, 1, 4〕。
- Śat. 5, 1, 1, 1–2 ; Śat. 11, 1, 8, 1–2 ; cf. Gop. 2, 1, 7.
- Maitr. 3, 2, 7.
供犠によって勝つことができぬ Asura たちは、呪術に訴える。「神々が〔57〕予備儀礼を経たとき、Asura たちはその姿をとり、その変装のもとに彼らを打とうとした。神々は互いに罵り合い、集まった――我にこれをしようとしたのは汝か。我を打とうとしたのは汝か、と¹」。しかし Asura たちは、自らの破壊者である Agni に手を出す勇気はなく、Agni は神々を誤りから救い出した。また別のときには、「彼らは、人間と獣とが糧とする植物に、呪術のように毒を塗った――もしこれによって我らが神々に勝てたなら! と彼らは言い合った。人間はもはや食わず、獣はもはや草を食まなかった。飢餓が危うく被造物を滅ぼすところであった²」。またしても供犠が神々を救った。Asura たちが神々に対して解き放った飢餓は、彼ら自身に跳ね返る³。
註
- Taitt. B. 1, 5, 6, 1.
- Maitr. 2, 5, 9〔初訳は Maitr. 2, 6, 9〕。
- Maitr. 4, 2, 3.
- Taitt. S. 6, 4, 10 ; cf. Ait. 12, 6, 2 ; Tāṇḍ. 6, 7, 1 ; Gop. 2, 2, 15.
- Tāṇḍ. 7, 5, 20.
他方、神々は、勝利を保証するならば、虚偽をも辞さない。「神々と Asura たちとは争っていた。神々は言葉の真理を蓄えに置き、虚偽によって Asura たちに打ち勝った⁴」。人間および Pitṛ たちと同盟し、Asura・Rakṣas・Piśāca の連合軍に対して、「神々は Rakṣas たちを自らの側に引き入れた。Rakṣas たちは言った――我らに恩恵を選ばせよ。もし我らが Asura たちに勝てば、山分けだ、と。そこで神々は Asura たちに勝った。Asura たちに勝ったのち、彼らは Rakṣas たちを追い払った。Rakṣas たちは彼らに言った――汝らは虚偽をなした、と。そして彼らは彼らを包囲した⁵」。犯された虚偽に無頓着に、〔58〕正しくなされた祭式は、このときもまた神々に勝利を保証する。
註
- Śat. 3, 4, 3, 6.
- Śat. 2, 4, 3, 2–3.
- Taitt. B. 1, 6, 7, 2.
- Taitt. B. 1, 8, 3, 3.
- Taitt. S. 2, 4, 1, 1.
ブラーフマナの平和的な著者たちは、神々とその敵とを人間的なやり方の戦士として表象することを好まない。孤立した一つの証言によるとはいえ、「神々は戦車の上で戦い、Asura たちはその城壁のうちにとどまる¹」と記されているのは興味深い。棍棒と弓とは、この叙事詩に現れるとしても、たちまちより確実な武器に場所を譲る。「神々と Asura たちとは……競い合っていた。棍棒と弓とをもってしては、勝敗は決しなかった。勝敗が決しなかったので、彼らは言った――さあ! 言葉によって、聖なる学知によって勝敗を決しよう! 一方が一語を言い、他方がそれと対を成す語で答えられぬならば、その者は敗れ、他方がすべてを得る、と。よし、と神々は言った。神々は Indra に言った――語れ! と。Indra は言った――一(eka)は我に! 他方は言った――一(ekā)は我らに! かくして彼らは対を成すことができた。eka と ekā とは対を成すからである。二(dvau)は我に! と Indra は言った。二(dve)は我らに、と他方は言った。かくして彼らは対を成すことができた。dvau と dve とは対を成すからである。三(trayaḥ)は我に! と Indra は言った。三(tisraḥ)は我らに、と他方は言った。かくして彼らは対を成すことができた。trayaḥ と tisraḥ とは対を成すからである。四(catvāraḥ)は我に、と Indra は言った。四(catasraḥ)は我らに、と他方は言った。かくして彼らは対を成すことができた。catvāraḥ と catasraḥ とは対を成すからである。五(pañca)は我に、と Indra は言った。すると他方は対を成すことができなかった。それより先には対がないからである。pañca と pañca とは同じものを二度言うことになる。かくして Asura たちはすべてを失い、神々は Asura たちからすべてを得た²」。
〔59〕度重なる敗北にもかかわらず、Asura たちは容易に敗北を認めない。「神々が勝利を収めるたびに、Asura たちは彼らに対する敵対行為を再開した¹」。戦争にも変転がないわけではない。「神々と Asura たちとは争っていた。Asura たちは神々に勝ち、敗れた神々は Asura たちに隷属した。彼らの活力と力とは彼らを見捨てた²」。かくも頑健でかくも執拗な敵は、勝利の後でさえ、神々に取り憑いて離れぬ恐怖を吹き込む。「神々は Asura たちと Rakṣas たちとに襲われることを恐れた――破壊者たる Rakṣas たちが、下方から我らを襲いはせぬか、と³」。神々が天へ昇るあいだ、Asura たちと Rakṣas たちとは彼らを阻もうと追跡する⁴。不安に駆られた神々は、Agni を先頭に、後尾に、両側面に配する。この不敗の守護者に守られて、彼らは天に達する¹。〔60〕成功をつねに危ぶむ慎重な神々は、戦いの前に幾重にも用心を重ねる。「戦いを交えようとするとき、神々は言った――さあ、この大地から供犠に適した場所、死の及ばぬ場所を取り除き、それを月の上に置こう。もし Asura たちが勝って我らをここから追い払っても、我らは礼拝しつつ労苦しつつ、こうして復讐を果たしうるであろう、と。彼らは大地から、死の及ばぬ供犠に適した場所を取り除き、それを月の上に置いた。月に見える黒い部分がそれである²」。――「神々と Asura たちとは争っていた。神々は戦いに赴くにあたって、その輝かしい身体を Agni と Soma とのうちに預けた。もし彼らが我らに勝っても、少なくともこれは我らに残るであろう、と彼らは言い合った³」。また別のときには、敗北に備えて蓄えを確保するために、彼らは財を預ける⁴。天に入ってからも、彼らはなおそこで攻撃されることを恐れ、防壁を築く。「神々は Asura たちが後を追えぬように、空間の諸領域を果てに配置した⁵」。「彼らは Asura たちが再び現れぬように、かなたに輝く太陽を城壁として置いた⁶」。〔61〕この用心は無駄ではなかった。Asura たちは今度は天を攀じ登ろうと試みた。Ossa の上に Pelion を積み上げた巨人たちのように。この二つの伝説の比較は、インドとギリシアにおける神話的叙事詩の相違を白日のもとに置くに足りる。「Asura たちは Rauhiṇa と呼ばれる祭壇を築いた。この手段によって、と彼らは言い合った、我らはかの世界へ昇るであろう、と。Indra はこれを見て取った――もし彼らが祭壇を築き上げるならば、彼らは我らを凌駕するであろう、と。彼は婆羅門と称して来り、その建造に一つの煉瓦を置いた。彼は彼らに言った――さあ、これを置かせてくれ、と。よし、と彼らは言った。彼はそれを置いた。彼らの祭壇はもう少しで完成するところであった。そのとき彼は言った――我のものであるあれを、我は取り戻したい、と。彼はそれを取りに行き、引き抜いた。それが引き抜かれると祭壇は崩れ、祭壇の崩壊とともに Asura たちも崩れ落ちた。彼はそれらの煉瓦を雷霆の板とし、彼らの首を切った¹」。別の記述によれば、「Asura たちは蜘蛛に変えられたが、二人は上方へ飛び去り、天の犬となった」。
註〔原著 58–60 頁〕
原著 58 頁
- Śat. 6, 8, 1, 1.
- Śat. 1, 5, 4, 6–11 ; Tāṇḍ. 21, 13, 2.
原著 59 頁
- Śat. 1, 2, 4, 8.
- Taitt. S. 2, 3, 7, 1 ; Maitr. 2, 3, 7 ; cf. Maitr. 3, 10, 6.
- Śat. 1, 2, 1, 6 ; cf. Śat. 1, 1, 2, 3 ; Śat. 3, 9, 4, 6 ; Śat. 7, 3, 2, 7 ; Śat. 10, 2, 5, 1 ; Śat. 7, 4, 1, 33.
- Ait. 21, 1, 5.
原著 60 頁
- Śat. 1, 6, 1, 11–12.
- Śat. 1, 2, 5, 18 ; cf. Ait. 19, 5, 7 ; Taitt. B. 1, 1, 3, 3.
- Taitt. B. 1, 3, 1, 1.
- Taitt. S. 1, 5, 1, 1 ; Taitt. B. 1, 1, 6, 1.
- Maitr. 3, 8, 5.
- Maitr. 3, 8, 4.
〔62〕いくつかの神々の氏族(clan)の歴史は、集団として研究された神々の相貌に、いっそうの浮彫りを与える。以下では、神々の条件の最初の顕現がそこに生じたところの、これら氏族のうちもっとも古いものを概観するにとどめる。
註
- Śat. 2, 1, 2, 13–17 ; Maitr. 1, 6, 9 ; Kāṭh. 8, 1(Ind. Stud. 3, 465); Taitt. B. 1, 1, 2, 4–6.
Sādhya たちはすべてのうちもっとも古い。時の隔たりがその個別的特徴をかくも強く曖昧にしたため、彼らはもはや類的な生においてしか存続していない。「Sādhya たちは神々に先立つ神々であった¹」。彼らもまた「天へ昇ることを望み²」、彼らがそれに達したのは供犠によってである。創造の他のすべてに先立って来たため、「彼らは火に火のほか捧げるものをもたなかった。捧げるべき他のものがまだ何もなかったからである³」。神々であるにもかかわらず、彼らは Asura たちと同じく傲慢によって罪を犯した。「彼らは自らを供犠の上に置いた⁴」。彼らの住む世界は、神々の世界の彼方に位置する⁵。彼らは「天の岸辺の神なる守護者⁶」として、謎めいた神々である Āpya たち、Anvādhya たち、および Marut たちとともに挙げられる。後代のブラーフマナは、彼らが窮地を脱するために Indra に訴えるさまを描いている。「Sādhya 神群が供犠の会座を催していた。彼らの眼に砂粒が入った。彼らは敬意をもって Indra を訪れた――汝の知る者たちの眼に砂粒が入るとは、いかなることか、と。〔彼は彼らに祭儀的調製物を与え〕、彼らはそれを見つめ、〔63〕視界が澄んだ¹」。しかしはるかに古い別のブラーフマナにおいては、Sādhya たちに敬意を捧げるのは Indra の母である Aditi そのものであり、彼女がその息子 Āditya たちの誕生を得たのは、彼らの庇護によってなのである²。
註
- Tāṇḍ. 25, 8, 2 ; cf. Kāṭh. 23, 8 ; Kāṭh. 26, 7.
- Taitt. S. 7, 2, 1 ; Tāṇḍ. 8, 3, 5 ; cf. Tāṇḍ. 8, 4, 9 ; Tāṇḍ. 25, 8, 2.
- Taitt. S. 6, 3, 5, 1 ; Maitr. 3, 9, 5 ; Ait. 3, 5, 38.
- Taitt. S. 6, 3, 4, 8 ; Maitr. 3, 9, 4.
- Śat. 3, 7, 1, 25〔初訳は 3, 7, 1, 23〕; cf. Kāṭh. 26, 4.
- Śat. 13, 4, 2, 6〔初訳は 13, 4, 2, 16〕。
Sādhya たちはついに完全に忘れ去られ、そのとき Āditya たちが Aṅgiras たちとともに、神々のうちもっとも古いものとして表象されるようになる。「太初において二つの階層の存在があった。Āditya たちと Aṅgiras たちとである³」。Sādhya たちとは異なり、Āditya たちと Aṅgiras たちとは歴史をもち、その誕生の事情までが知られている。Āditya たちの起源についての伝説は、ヤジュル・ヴェーダのあらゆるブラーフマナに共通である。「Aditi は子孫を望んだ。彼女は粥を煮て、その残りを食べた。Dhātar と Aryaman とが彼女に生まれた。彼女は二度目に煮て、その残りを食べた。Mitra と Varuṇa とが彼女に生まれた。彼女はさらに煮て、その残りを食べた。Aṃśa と Bhaga とが彼女に生まれた。彼女はさらに煮た。彼女は考えた――残りを食べることによって、二人ずつ息子が生まれる。おそらく先に食べるならば、利益はさらに大きいであろう、と。彼女は先に食べ、それから供物を捧げた。彼女の胎内にいた二人の子は言った――我ら二人は Āditya たちのごときものとなろう、と。Āditya たちは、彼らを引き抜き打ち倒す者を求めた。Aṃśa と Bhaga とが彼らを引き抜き、打ち倒した。しかし Indra はたちまち大きく呼吸しながら高みへ昇った。他方は死んだ卵となって落ちた。それが Mārtāṇḍa であり、この人間という被造物は彼に属する。そして Aditi は Āditya たちのもとへ走った――彼を生かしてくれ、彼が私から出たのが無駄にならぬように、と。彼らは言った――ならば彼は我らに語れ、我らに対して〔64〕傲慢であってはならぬ、と。それが Aditi の子 Vivasvant であり、彼から Manu Vaivasvata と Yama とが生まれた¹」。
註
- Ṣaḍv. 1, 7, 2.
- Taitt. S. 6, 5, 6, 1.
- Śat. 3, 5, 1, 13.
Aṅgiras たちの起源はいっそう不明瞭である。正確な伝承を欠くため、常に好都合な語源説が援用される。近親相姦的な情欲に捕らわれた Prajāpati は精液を漏らし、それが池を成す。神々はこの水面を熱する。第一の熱によって太陽が生じ、第二の熱によって Bhṛgu が生ずる。「第三の熱によって Āditya たちが生まれ、燃え殻(aṅgāra)が Aṅgiras たちとなった²」。あるいはまた、その名祖 Aṅgiras は、敬虔な苦行によって熱せられた Varuṇa の肢体からの滲出(aṅga-rasa)によって生ぜられる³。
〔65〕生まれるや相対するや、二つの氏族の各々はただ一つの関心事をもつ。すなわち競争者を出し抜き、供犠によって天の所有を確保することである。感情上の躊躇は場違いであり、成功はもっとも巧妙な者に帰する。「Āditya たちと Aṅgiras たちとは、どちらが天界を得るかをめぐって競い合っていた。先に行くのは我らだ。――いや我らだ。ところで Aṅgiras たちが先に、天界のための翌日の soma 搾汁を見た。彼らは Agni を遣わした(Agni は Aṅgiras の一人である)――行って Āditya たちに、明日我らが天界のために soma を搾ることを告げよ、と。Agni を見た Āditya たちは、天界のためのその日のうちの搾汁を見た。彼は彼らのもとへ行って言った――我らは汝らに、明日我らが天界のために soma を搾ることを告げる、と。彼らは彼に言った――そして我らは汝に、我らが今日まさに天界のために soma を搾ることを告げる。汝は我らの祭官となって天界へ行くのだ、と。――よろしい、と彼は言い、この対話ののち Aṅgiras たちのもとへ戻った。彼らは言った――彼らに告げたか。――告げた、と彼は言った、そして彼らもまた我を招いた。――そして汝は彼らと約束しなかったか。――我は約束した、と彼は言った……」。かくして Aṅgiras たちは Āditya たちのために供犠を行なわねばならなかった¹。良き祭官として Agni は、〔66〕資格ある人物から来るならば奉仕の依頼を常に受諾せよという規則に従ったのである。偶然の幸運な霊感によって、Āditya たちが先に天に到着し、Aṅgiras たちは苦労してしか彼らに続かなかった¹。彼らが先行した競争相手に追いつくには六十年を要した²。かくして「Āditya たちはここから昇って天界へ行った。彼らはこの世界において栄え、かの世界においても栄えた³」。もっとも幸運は彼らを寛大にはしなかった。彼らは、自らが征服した至福の世界の門を閉ざすことに、嫉妬深い注意を払う。「神々のもとへ至る道を守るのは彼らであり、そこを通ろうとする者を遠ざけ、押し返すのは彼らである⁴」。
註〔原著 64–65 頁〕
原著 64 頁
- Maitr. 1, 6, 12 ; Taitt. S. 6, 5, 6, 1–2 ; Taitt. B. 1, 1, 9, 1–3 ; Śat. 3, 1, 3, 3–4 ; Gop. 1, 2, 15.
- Ait. 13, 10, 1.
- Gop. 1, 1, 7.
原著 65 頁
- Ait. 30, 8–9 ; Kauṣ. 30, 6 ; Śat. 3, 5, 1, 13–17 ; Tāṇḍ. 16, 13, 1 ; Gop. 2, 6, 14.
〔67〕Āditya たちは、その供犠のために助言を求めず、また受けもしなかった。より巧妙でない Aṅgiras たちは、しばしば無知によって足を止められる。「Aṅgiras たちが祭式の会座を催していた。彼らは焦がれるように天界を望んでいたが、神々に至る道を知らなかった。そのうちの一人、Kalyāṇa Āṅgirasa が、思索しつつ高みへ向かった。彼は Apsaras たちのあいだで揺れている Gandharva Ūrṇāyu のもとへ来た。ところで、この Gandharva が「この女が欲しい」と思って指し示す女はみな、彼に恋するのであった。Gandharva は彼に言った――やあ、Kalyāṇa! 汝らは焦がれるように天界を望んでいるが、神々に至る道を知らぬ。ここに天へ導く旋律(sāman)がある。もし汝らがこれを歌うならば、天界に至るであろう。しかしそれを見出したのが汝自身だと言ってはならぬ、と。Kalyāṇa は戻って言った――我らは焦がれるように天界を望んでいるが、神々に至る道を知らぬ。ここに天へ導く旋律がある。もし我らがこれを歌うならば、天界に至るであろう。――誰が汝にそれを言ったのか。――我自らそれを見出したのだ。彼らはそれを歌い、天界へ行った。しかし Kalyāṇa は後に残された。彼が虚偽を言ったからである¹」。Manu が自らの財を息子たちのあいだで分けた際、Nābhānediṣṭha に取り分を残さなかったとき、彼は Aṅgiras たちのもとに求むべき補償を彼に指示する。「Aṅgiras たちは天へ行くために祭式の会座を催している。彼らは第六日に至るたびに誤りを犯す。第六日にこの二つの讃歌を誦することを彼らに教えよ。そうすれば彼らは天へ発つ際に、〔68〕その供犠に用いられる千頭〔の牛〕を汝に与えるであろう¹」。Nābhānediṣṭha は父の助言に従う。「彼は第六日に彼らにこの二つの讃歌を誦した。そのとき彼らは供犠を知り、天界を知った」。
註〔原著 66–67 頁〕
原著 66 頁
- Śat. 12, 2, 2, 10–11 ; Gop. 1, 4, 23 ; Maitr. 3, 4, 2.
- Ait. 18, 3, 5〔初訳は Ait. 19, 3, 5〕。
- Maitr. 4, 3, 1 ; Tāṇḍ. 24, 2, 2〔初訳は Tāṇḍ. 21, 2, 2〕; Taitt. S. 1, 5, 4.
- Maitr. 1, 6, 12 ; Taitt. B. 1, 1, 9, 8.
原著 67 頁
- Tāṇḍ. 12, 11, 10–11.
Aṅgiras たちの無知はまた、Āditya たちには決して近づかぬ有害な存在の攻撃に彼らを晒す。「Aṅgiras たちが天へ行くあいだ、Rakṣas たちが彼らを追った²」。また別のときには、Pitṛ たちが、Aṅgiras たちが供犠の牝牛のために生やした草に毒を塗り、Aṅgiras たちは Pitṛ たちと協約を結ばねばならなかった³。
神々の氏族が規律ある階層的社会へと組織されてゆく過程は、必要に押されつつ緩慢に進行した。「太初において、あらゆる神格は平等であった……。Agni には輝きがなく、Indra には力がなく、Sūrya には光輝がなかった⁴」。起源において平等であるがゆえに、彼らは各自の権利を激烈な苛烈さをもって主張する。「供物は、指定された一柱の神格に捧げられる。指定を怠るならば、それはすべての神々への共通の供物となり、集まった神々のあいだに争いを引き起こす⁵」。とりわけ祭式は、それがもたらす利益によって、〔69〕獰猛な食欲の競合を解き放つ。「Mitra と Varuṇa とが旋律 Vāmadevya を見た。彼らは言った――それを見出したのは我ら二人だ。それは我らのものだ。それを我らに求めるな、と。すると Prajāpati が言った――それが生まれたのは我からだ、それは我のものだ、と。すると Agni が言った――それは我の後に生まれた、それは我のものだ、と。Indra が言った――それはもっとも優れた者のものであり、我は汝らのうちもっとも優れている。ゆえにそれは我のものだ、と。Viśve-devāḥ が言った――水から生まれるすべてを司るのは我らだ。それは我らのものだ、と。そこで Prajāpati が言った――我ら全員でそれをもとう。我ら全員がそれによって生きよう、と¹」。不信と悪意とが神々の関係を規律する。粗暴な力には裏切りが対抗する。道徳的観念に無縁な祭儀の業は、あらゆる悪しき情念が衝突する闘技場なのである。「神々が祭式の会座を催していた。Agni、Indra、Soma、Makha、Viṣṇu、Aśvin たちを除くすべての神々である。彼らは Kurukṣetra を供犠の場として選んでいた。彼らは会座を催しつつ言った――幸運を得よう。偉大となろう。豊かに食を得よう! と……。彼らは言った――労苦により、苦行により、信により、供犠により、供物により、供犠の終端に最初に到達した者が、我らの頭となろう。ただし利益は共通のものとしよう。――よし! と彼らは言った。Viṣṇu が最初にそこに到達した。彼は神々の頭となった……。しかし Viṣṇu はその栄光を抑えることができなかった……。彼は弓と三本の矢とを取って脇へ退いた。そして弓の端に頭をもたせかけて立っていた。神々は彼を攻める勇気がなく、その周りに陣を張った。そのとき蟻たち(すなわち upadīkā と呼ばれる蟻)が言った――彼の弓弦を食い切る者に、汝らは何を与えるか。――我らは彼に豊かな食を与えよう。砂漠のただ中でも水を見出すであろう。あらゆる食物を得るであろう。――よし、と彼らは言った。彼らはひそかに近づき、〔70〕弦を食い切った。弦が切れると、弓の両端が跳ね返って Viṣṇu の首を切り落とした。首は ghṛṇ という音を立てて落ちた¹」。一方には不誠実、他方には卑劣。道徳は神々の世界において何の役割ももたない。そして神々の歴史はこの種の特徴に満ちている。神は、そこに利益を見出すや、協約を破ることなしに約束することがない。「神々が Kurukṣetra で祭式の会座を催していた。Agni、Soma、Indra は言い合った――我らのうち誰が栄光に達しようとも、それは我ら共通のものとしよう! と。ところで彼らのうち Soma が最初にそれに達した。彼らは皆彼のもとへ駆けつけた……。Soma はそれを自分のものとして保とうと欲した。彼は山へ去った²」。Agni は、神々の貴重な宝を預かるや否や、それを我がものとし逃げ去ろうとする³。Indra は、〔71〕誓いを回避する手段を見出すや、ためらわず Namuci を打つ¹。かかる仲間のあいだでは、隣人への警戒が知恵の原理である。「諺に言う――各人は自分の家に。それが神々の体系である²」。
註〔原著 68–70 頁〕
原著 68 頁
- Ait. 22, 9, 3–4 ; Taitt. S. 3, 1, 9, 4–6.
- Tāṇḍ. 8, 9, 5.
- Taitt. B. 2, 1, 1, 1.
- Śat. 4, 5, 4, 1–4 ; Taitt. S. 6, 6, 8, 2〔初訳は Śat. 6, 6, 8, 2〕。
- Śat. 1, 1, 4, 24〔初訳は Śat. 1, 1, 4, 21〕。
原著 69 頁
- Tāṇḍ. 7, 8, 2.
原著 70 頁
- Śat. 14, 1, 1, 1–10 ; Maitr. 4, 5, 9 ; Tāṇḍ. 7, 5, 6.
- Maitr. 2, 1, 4 ; Taitt. S. 2, 3, 3, 1.
- Taitt. S. 1, 5, 1, 1 ; cf. Maitr. 1, 6, 10 ; Taitt. B. 1, 1, 6, 1 ; Taitt. B. 1, 3, 1, 1〔初訳は Taitt. B. 1, 3, 2, 1〕。
法は存在しない。誰がその虚しい規定を顧みようか。競走という試練があらゆる困難を解決し、司法の緩慢な手続きを不要にする。そしてもっとも巧妙な者は、外見上かくも粗暴な手続きにもうまく適応する術を知っている。「神々は誰が最初に soma を飲むかについて意見が一致しなかった――我は最初に飲みたい! 我は最初に飲みたい! 皆がそれを欲した。ついに彼らは合意に達した――さあ! 競走をしよう! 勝った者が最初に soma を飲むのだ、と。――よし、と彼らは言った。彼らは競走した。走っているあいだ、Vāyu が先頭に立った。次いで Indra、次いで Mitra と Varuṇa、次いで Aśvin たちが続いた。Indra は Vāyu を見て考えた――彼が勝つであろう、と。彼は彼の後ろから駆け寄った――勝ったら山分けだ。――否、と Vāyu は答えた、我は一人で勝ちたい。――三分の一を我に、そうすれば二人で勝とう。――否、と彼はなお言った、我は一人で勝ちたい。――四分の一を我に、そうすれば二人で勝とう。――よし、と Vāyu は言った。彼は彼に四分の一を譲った……。Indra と Vāyu とはともに勝ち、次いで Mitra と Varuṇa とがともに、次いで二柱の Aśvin が勝った³」。賭け物が変わっても、場面は同じである。「神々は意見が一致しなかった――我のものだ! 我のものだ! と言い合った。彼らは合意に達した――よし! 競走でそれを賭けよう! 勝った者がそれを得る、と。彼らは火を出発点とし、太陽を目標とした。ところで走っているあいだ、Agni が先頭に立った。Aśvin たちが後ろから来た。彼らは彼に言った――退け、勝つのは我ら二人だ。――〔72〕よし、と彼は言った、ただし利益は共同で得よう。――そのとおりだ¹」。Uṣas も、次いで Indra も、同じ条件で競走を放棄する。「Aśvin たちが勝った……。Agni は騾馬の車で走っていた。彼は騾馬を前へ駆り立てながらその腹を焼いた。それゆえ騾馬には子がない。Uṣas は赤い牝牛とともに走っていた。それゆえ暁の到来には赤い光がある。それが Uṣas の形である。Indra は馬に車を牽かせて走っていた。それゆえ馬は高く響く嘶きをもつ。それが kṣatra の形である。馬は Indra に属するからである。Aśvin たちは驢馬に車を牽かせて勝った……。それゆえ驢馬はその速さを使い果たしており、空になっている。今なお彼は駄獣のうちもっとも足が遅い」。供犠は誰のものとなるか²。vājapeya とそれが授ける主権は誰のものとなるか³。〔73〕植物は誰のものとなるか¹。競走という観念は、対立する主張を裁くために、常に熱狂をもって迎えられる。
註〔原著 71–72 頁〕
原著 71 頁
- 〔典拠未詳〕Namuci 打倒への言及。
- Ait. 22, 4, 2 ; Gop. 2, 6, 10.
- Ait. 9, 1, 1–3.
原著 72 頁
- Ait. 17, 1, 4–3, 4 ; Tāṇḍ. 9, 1, 35–36.
- Śat. 5, 1, 1, 2–4 ; Śat. 2, 4, 3, 4–5 ; Tāṇḍ. 7, 2, 1–2.
- Maitr. 1, 11, 5 ; Taitt. B. 1, 3, 2, 1–2.
神的社会は人間社会と同様に変容する。共通の敵と戦う必要が嫉妬を和らげ、共通の規律を受け入れさせる。社会契約が素描される。「神々は恐れた――我らの不和に乗じて、Asura たちが現れるであろう、と。彼らは戦役に赴くために複数の群に分かれ、協議した。Agni は Vasu たちとともに、Indra は Rudra たちとともに、Varuṇa は Āditya たちとともに、Bṛhaspati は Viśve-devāḥ とともに進んだ。かく戦役のために配分された彼らは、会議を開いた――さあ、我らの身体は我らのもっとも貴いものである。それを Varuṇa 王の家に質として置こう。もし我らのうち誰かが約束に背き、我らのうち誰かが秩序を乱そうとするならば、その者は預けたものに対する権利を失うものとしよう! ――そうだ、そのとおりだ! ――彼らは自らの身体を Varuṇa 王の家に質として置いた²」。
神々の社会組織は、それぞれ一人の長に指揮された諸氏族の〔74〕連合から始まる。しかし群相互の対抗はほどなく現れ、神々のあいだに内戦が勃発する。「彼らは争いに陥った。彼らは互いに服従を拒む四つの党派に分かれた。Agni は Vasu たちとともに、Soma は Rudra たちとともに、Varuṇa は Āditya たちとともに、Indra は Marut たちとともに¹」。好機を狙って絶えず窺っている Asura たちは、既に復讐を確信する。神々はそのとき「王なくして戦争は不可能である²」と理解し、権威を唯一の長に委ねる。「彼らが不和であったので、Asura たちと Rakṣas たちとが彼らを追跡し始めた。神々はそれを理解した――見よ、我らは悪化している。Asura たちと Rakṣas たちとが我らを追う。我らは敵の利益に奉仕している。さあ、意見を一致させ、一人の権威に従おう、と。彼らは Indra を長として認めた³」。しかしひとたび危険が去ると、王権はその存在理由を失い、長は列に戻る。王の称号と権威とは、状況に応じて一柱の神から他の神へと移る。「神々は言った――誰が我らの王となり、戦うために我らの先頭に立つか、と。Agni が言った――我が汝らの王となろう。〔75〕我が汝らの先頭に進もう。Agni を王とし、Agni を先頭として、神々は勝者となった¹」。戦争が再開されると、神々は再び長を求める。Varuṇa が名乗り出て彼らを勝利に導く。次いで Indra の番となる。また別のときには「彼らは Soma を王とし、Soma を王として空間の諸領域を征服する²」。経験によって教えられた神々は、最後の進歩を成し遂げる。全員一致の同意によって、彼らは決定的な主権者を選ぶ。神々の王と宣せられた Indra は、その威厳にふさわしい壮麗さの展開をもって、荘厳な儀式のうちに灌頂される。「Prajāpati を伴った神々は言った――彼こそ神々のうちもっとも力強く、もっとも強く、もっとも耐え忍び、もっとも優れ、もっとも精力的である。彼を王として灌頂しよう、と。彼らは祭儀の旋律をもって彼のために玉座を作り、彼は聖なる定型句を唱えつつそこに座した。Viśve-devāḥ は伝令の役を果たし、その主権のあらゆる称号を宣言した。すなわち samrāj、bhoja、svarāj、virāj、rājan、parameṣṭhin である。Prajāpati は彼に灌頂の水を注いだ。Vasu たちは東で、Rudra たちは南で、Āditya たちは西で、Viśve-devāḥ は北で、Sādhya たちと Āptya たちとは中央で、Marut たちと Aṅgiras たちとは天頂で彼を助けた³」。危機から危機へ、進歩から進歩へと、神的世界はついに決定的に構成された。Indra は天の玉座に座した。地上の王たちが〔76〕地の玉座に座するように。しかし彼の上には、その神秘的本質において感知しえぬ供犠がなお漂っている。そして王たちの傍らでは、その傲然たる独立において犯すべからざる婆羅門たちが、人間の階層秩序を支配し続けているのである。
註〔原著 73–75 頁〕
原著 73 頁
- Maitr. 4, 3, 2 ; Taitt. B. 1, 6, 10〔初訳は Taitt. B. 1, 6, 1, 10〕。
- Ait. 4, 7, 4–5〔初訳は Ait. 4, 1, 4–5〕; Śat. 3, 4, 2, 4–5 ; Taitt. S. 6, 2, 2, 1–2 ; Gop. 2, 2, 2 ; Maitr. 3, 7, 10.
原著 74 頁
- Śat. 3, 4, 2, 1(Taitt. S. 6, 2, 2, 1 と相違する); Maitr. 3, 7, 10 ; Taitt. S. 6, 2, 2, 1 ; Taitt. S. 2, 2, 11, 5 ; Gop. 2, 2, 2(Taitt. S. 6, 2, 2, 1 と同じ分配)。——〔Lévi 注〕Taitt. S. 2, 2, 11, 5 は同じ一節を再録するが、pañcadhā vyakrāman の代わりに caturdhā vyakraman が置かれ、それに応じて bṛhaspatir viśvair devaiḥ の言及が削られている。
- Taitt. B. 1, 5, 9, 1 ; Ait. 3, 3, 6.
- Śat. 3, 4, 2, 1–2 ; Taitt. S. 2, 4, 2, 1.
原著 75 頁
- Śat. 2, 6, 4, 2–4.
- Ait. 3, 3, 6.
- Ait. 38, 1–3〔初訳は Ait. 33, 1–3〕; cf. Taitt. B. 2, 2, 10, 3–6.
§III. 供犠の機構
〔訳注:原著 pp. 77–90 の註は主要典拠のみを掲げる。〕
〔77〕供犠とは、祭儀的行為と聖なる言葉との精妙かつ複雑な組合せである。いやむしろ、電流が接触せしめられた諸要素から生ずるように、両者の接近から発する、触れがたく抗しがたい力である。人はそれを、意のままに Prajāpati あるいは Viṣṇu のうちに¹、供犠を捧げる信者のうちに²、あるいは祭主と彼が雇う祭官たちとの双方のうちに³受肉させる。実際には、それはいたるところに遍在する。それは存在するすべてのもののうちに潜在的状態で存する⁴。というのも「存在するすべてのものは供犠に与る⁵」からである。しかし「神々と同じく、それは感覚を逃れる⁶」。
供犠はまた人間とも同一である。というのも、供犠のあらゆる行為は厳密に個別的であり、祭式の細部は、個人すなわち男性と供犠とを結ぶ同一性の絆を、意図的に想起させるからである。「供犠、それは人間である。供犠は人間である。というのも、それを捧げるのは人間だからである。そして供犠が捧げられるたびに、供犠は人間の背丈をもつ。かくして供犠は人間である⁷」。そして〔78〕バラモン的釈義の空想は、人体の諸器官と供犠の諸要素とのあいだに一連の対応関係を打ち立てることによって、その論証を追求する。すなわち、あるときは頭は soma の車であり、口は āhavanīya の火であり、頭頂は柱であり、腹は小屋であり、両足は二つの火である¹。またあるときは、複数の献酌用の匙が四肢・胴体・気息に対応する²。
註
- 上掲 p. 15 参照。
- Śat. 14, 2, 2, 4 : yajño vai yajamānaḥ.
- Śat. 9, 5, 2, 16 : ātmā vai yajñasya yajamāno 'ṅgāny ṛtvijaḥ. — cf. Ait. 9, 8, 5.
- Śat. 14, 3, 2, 1.
- Śat. 3, 6, 2, 26.
- Śat. 3, 1, 3, 25 : parokṣaṃ vai devāḥ parokṣaṃ yajñaḥ.
- Śat. 1, 3, 2, 1 : puruṣo vai yajñaḥ… yāvān eva puruṣas tāvān vidhīyate tasmāt puruṣo yajñaḥ. — id. ib. 3, 5, 3, 1 ; cf. ib. 10, 2, 1, 2 ; Taitt. S. 5, 2, 5, 1 : puruṣamātreṇa vimimīte yajñena vai puruṣaḥ sammitaḥ…
Śatapatha は供犠の古典的な五分類を知っている。「五つの大供犠がある。それらは大いなる祭式の会座である。すなわち諸存在への供犠、人間への供犠、祖霊への供犠、神々への供犠、brahman への供犠である。毎日、人は諸存在に食を捧げる。それが諸存在への供犠である。毎日、人は水瓶に至るまで施しを行なう。それが人間への供犠である。毎日、人は水瓶に至るまで供養の供物を捧げる。それが祖霊への供犠である。毎日、人は薪に至るまで神々に供物を捧げる。それが神々への供犠である。では brahman への供犠とは何か。brahman への供犠、それは聖典の学習である³」。しかしこの列挙を締めくくる brahman への供犠への熱狂的な賛美は、ブラーフマナに無縁な、いやむしろ相反する、思想の新たな方向を証している。教理は、その構成と一致して、Śatapatha を締めくくるウパニシャッドへと向かっている。ウパニシャッドの精神は、供犠のもう一つの分類においていっそう明瞭に表現されている。「人は問う――どちらが優るか。自己(ātman)に供犠する者か、神々に供犠する者か、と。答えねばならぬ。それは自己に供犠する者である。〔79〕自己に供犠する者とは、かく知る者である――これによって我のかかる肢体が浄められる。これによって我のかかる肢体が定位される、と。蛇が死んだ皮を脱ぎ捨てるように、彼は悪であるこの死すべき身体を脱ぎ捨てる。ṛc から成り、yajus から成り、sāman から成り、供物から成る者となって、彼は天界を所有する。他方、神々に供犠する者とは、かく知る者である――我は神々にこれを供犠する。我は神々にこれを捧げる、と。臣下がより優れた者に貢を運ぶように、あるいは vaiśya が王に貢を運ぶように、彼はそのようである。そして彼は他方ほど大きな場所を征服しない¹」。
註
- Śat. 3, 5, 3, 2–6.
- Śat. 1, 3, 2, 2–3.
- Śat. 11, 5, 6, 1–3 : pañcaiva mahāyajñāḥ. tāny eva mahāsattrāṇi bhūtayajño manuṣyayajñaḥ pitṛyajño devayajño brahmayajña iti… svādhyāyo vai brahmayajñaḥ.
ブラーフマナが――それに欺かれることなく――好んで用いる語源説は、正しい語源説に対して一つの利点をもつ。それは、問題の語に結びついた観念を明瞭に伝えるのである。「供犠」を意味する語 yajña の説明は、この観点から見てとりわけ幸運である。「なにゆえ yajña という名であるのか。まことに、(soma の)搾汁を行なうとき、人はそれを殺す。それを行なうとき、人はそれを生む。それは拡げられつつ生まれる。それは運動のうちに(yañ-ja)生まれる。そこからその名がある。yañ-ja は yajña と同じものである²」。実際、供犠の本質的性格はその連続性である。人は供犠を「作る」のではなく、織物の縦糸を張るようにそれを「拡げる(tan)」。微妙であり、監視をやめるや否や蒸発しかねぬ供犠の力は、祭官の絶えざる注意を要求する。わずかな中断も致命的である。それゆえ、〔80〕供犠が「連続的かつ中断なきもの¹」であるために、いかに多くの用心が必要であることか。例えば朝の誦読は、他の声がそれに先んずるのを避けるために、まだ夜の闇のうちに発せられねばならない²。「供犠がほどけるのを防がねばならぬ。日常生活において、綱がほどけるのを防ぐために両端に結び目を作るように、供犠がほどけるのを防ぐために、供犠の両端に結び目を作るのである³」。
註
- Śat. 11, 2, 6, 13–14 : tad āhuḥ ātmayājī śreyān devayājīti… sa yathāhis tvaco nirmucyetaivam amartyāc charīrāt pāpmano nirmucyate sa ṛṅmayo yajurmayaḥ sāmamaya āhutimayaḥ svargaṃ lokam abhisambhavati…
- Śat. 3, 9, 4, 23 : atha yasmād yajño nāma…
個人と状況とに緊密に結びついた供犠は、その結果においてしか存続しない。それ自体として考えるならば、それは全体として死ぬ。かくして、特定の供犠のために点火された聖火は、その供犠の終わりとともにその聖なる性格を失う⁴。それゆえ供犠を執行するとは、それを生み、かつ殺すことである。「まことに、供犠を拡げるとき、人はそれを殺す。soma を搾るとき、人はそれを殺す。犠牲を屠り、切り分けるとき、人はそれを殺す。杵と臼とによって、二枚の磨石によって、人は供物を殺す⁵」。それゆえ供犠が不安に駆られて逃げようとするのも驚くにあたらない。「供犠は野の獣の本性をもつ(そして註釈は的確に説明する――両者はともに逃げやすい、と)。身を隠しつつ歩むならば、〔81〕声を抑えるならば、それは供犠を静めるため、それを驚かせぬためである¹」。
註
- Ait. 2, 5, 8.
- Ait. 7, 5, 11.
- Ait. 2, 5, 13–14.
- Āpastamba, paribhāṣā-sūtra 157.
- Śat. 2, 2, 2, 1(= ib. 4, 3, 4 ; 11, 1, 2, 1); cf. Ait. 4, 1, 1 sqq.(= Gop. 2, 2, 6)。〔Ait. の当該箇所は次のように語る。「供犠は神々から逃げ去った――我は汝らの糧とはならぬ、と彼は言った。――否、と神々は言った、汝は我らの糧となろう。神々は彼を殺した。しかしひとたび切り分けられても、彼は彼らに足りなかった。神々は言った――かく切り分けられたままでは足りぬ。彼を再構成しよう。――よし、と彼らは言った。そして彼らは彼を再構成した。」〕
供犠の生は、かくして死と誕生との無限の連続である。その業もまた終わりなき円環を成す。「彼は bhujyu、食らう者である。というのも彼は存在するすべてのものを糧とするからである²」。しかし彼はまた生命の普遍的原理でもある。「存在するすべてのもの、すべての神々は、ただ一つの生命の原理をもつ。すなわち供犠である³」。――「人は火のうちに献酌する。それは神々になされる供物であり、神々が存立するのはそこからである。次いで天幕のうちで(供物を)食する。それは人間になされる供物であり、人間が存立するのはそこからである。soma の杯を二台の soma の車の上に置く。それは祖霊になされる供物であり、祖霊が存立するのはそこからである⁴」。存在するすべてのものは供犠に関わりをもち、すべての存在は、いわばそのうちに聖餐を共にする。「供犠に与らぬ被造物はすべてを失う。しかしすべてを失ってはいない者たち、彼らは供犠に与る。人間に続いて家畜が、神々に続いて鳥が、植物が、樹木が、存在するすべてのものが与る。かくして宇宙全体が供犠に与る。神々と人間とが一方に、祖霊が他方にあって、かつては共に飲食した。供犠は彼らの共通の饗宴である。かつては、彼らが饗宴に来るとき、人はそれを見た。今日でも彼らはそこに列席しているが、目に見えぬのである⁵」。
〔82〕供犠は宇宙が収斂する場所であるから、それは地と天とを接触させる。神々はそれを等閑にすることができない。というのも「それは彼らの生の原理であり¹」、「それは彼らの糧である²」から。――「人間が天界から来る贈与によって存立するように、神々はここ地上で彼らに捧げられるものによって存立する³」。――「供犠は神々を運ぶ車である⁴」。食欲を常に目覚めさせている神々は、供犠の時刻を待ちきれずに窺い、供物を待たずして駆けつける。彼らは人間の心のうちにその意図を読み取るわけではないが、少なくとも「彼らは人間の意図を知る⁵」――一連の媒介を通じて。「人間は自らの心によって決意する。そこからそれは気息へ移り、気息から風へ移り、そして風が神々に、人間の心がいかなるものであるかを伝える⁶」。ただちに「神々は祭官たちと同時に祭主の家に到着する。というのも婆羅門もまた神々だからである⁷」。もっとも、祭主が資格ある階級に属していることが必要である。「神々は誰彼となく関係を結ぶのではない。ただ婆羅門・王族(rājanya)・庶民(vaiśya)とのみである。供犠に適するのは彼らだからである⁸」。彼らが家に現実に臨在することは、当然、祭主に礼節の義務を課する。それが断食である。「〔83〕Āṣāḍha Sāvayasa は言っていた――神々は人間の心を知っている。それゆえ彼らは、この人あるいはかの人が祭儀の業を企てていることを知る。明日、彼は我らのために供犠をするであろう、と彼らは言い合う。そしてそのとき、すべての神々が彼の家に到着する。彼らは彼の家に滞在する(upa-vas)。そこから断食(upavasatha)の名がある。ところで、家に他の人々がまだ食事をしていないのに、一人の人間が先に食べるならば、それは無作法であろう。まして神々が食事をする前に先に食べるとすれば、いかばかりであろうか¹」。
註〔原著 81–82 頁〕
原著 81 頁
- Tāṇḍ. 6, 7, 10–11.
- Śat. 9, 4, 1, 11 : yajño vai bhujyur yajño hi sarvāṇi bhūtāni bhunakti.
- Śat. 14, 3, 2, 1.
- Śat. 3, 6, 2, 25.
- Śat. 3, 6, 2, 26.
原著 82 頁
- Śat. 8, 6, 1, 10 ; id. 9, 3, 2, 7.
- Śat. 8, 1, 2, 10 : yajña u devānām annam.
- Taitt. S. 3, 2, 9, 7 ; Śat. 1, 2, 5, 24.
- Ait. 10, 5, 1 : devaratho vai yajñaḥ.
- Śat. 1, 1, 1, 7 ; id. ib. 2, 1, 4, 1 ; 2, 4, 1, 11 ; 3, 4, 2, 6.
- Śat. 3, 4, 2, 6–7.
- Maitr. 1, 4, 6(= Gop. 2, 2, 6).
- Śat. 3, 1, 1, 10.
しかしこれらの神々はすべて、互いに競合する要求をもって到来する。供犠の大いなる技術とは、彼らに階層的な規律を課すことにある。「祭官が供物を取ろうとするとき、あらゆる神格が彼を取り巻く――彼が取ろうとするのは我のためだ! ――我のためだ! と。神格を指定することによって、彼は集まった神々のあいだに争いが起こるのを避けるのである²」。利益は、そう還元してしまえば僅かに見えるかもしれぬが、しかし実際の利益は次のとおりである。〔84〕「供物がどの神格のために取られるかを指示するならば、その供物が取られたところのすべての神格は、それを取るにあたって念じられた願望を満たすことを、負債と見なすのである¹」。――「神々が、ただ一度でも、人が彼らに捧げる糧を食するならば、そのとき人は不死となる²」。
註
- Śat. 1, 1, 1, 7(= ib. 2, 1, 4, 1–2)。〔なお Yājñavalkya は、神々への敬意を欠かずに食する方法を教えている。「(供物として)食されぬ食物を食せよ。供物を作るのに用いられぬものはすべて、神々に先んずることなく食しうる。森に生ずるものを食すればよい」(Śat. 1, 1, 1, 9)。逆に、祭主が予備儀礼を経て神となったときには、神々と同じ食物、すなわち調理された食物を食さねばならない(Śat. 3, 2, 2, 10)。断食は単に神々への礼節であるだけでなく、Asura たちのうちもっとも恐るべき Vṛtra への打撃でもある。というのも「腹は Vṛtra である」(udaraṃ vai vṛtraḥ Taitt. S. 2, 4, 12, 6 ; cf. Śat. 1, 6, 3, 17)からである。「満月の供犠のための断食に入るときは、完全に満腹していてはならぬ。というのも断食によって人は、Asura 的なるものである腹を圧するからである……。人はその日のうちから、『まさに今日、我は Vṛtra を打ち倒したい』と言いつつ断食を始める」(Śat. 1, 6, 3, 31–34)。断食の観念はかくして次第に純化され道徳化される。Śatapatha の末尾において、この進化は完成する。「まことに、食を断つことは完全な苦行である。それゆえ断食の日には食してはならぬ」(Śat. 9, 5, 1, 7)。〕
- Śat. 1, 1, 2, 18.
しかし人間から神々を遠ざける嫌悪と利己心とに打ち勝つには、供犠の内的な力と飢えの要求とが必要である。「かつて、神々と人間とは世界のうちに共に生きていた。人間はもたぬものすべてを、そのとき神々に求めた――我らはこれをもたぬ、これを我らに与えよ、と。神々はこれらすべての要求を憎み、そして姿を消した³」。――「Ṛbhu たちは(天に昇ったにもかかわらず)人間の臭いがした。神々はその臭いを嫌悪して彼らから遠ざかった⁴」。
自らを天に昇らせた供犠の力を経験によって教えられた神々は、それを人間から隠そうと懸命になる。「神々が彼らの征服であるこの征服を成し遂げたのは供犠によってである。彼らはそこで言い合った――いかにすればこの上昇を人間に不可能にできるか、と。蜜蜂が蜜を吸うように、彼らは供犠の汁を吸い、こうして供犠の乳をすべて搾り取ったのち、供犠の柱を取り、それによって供犠の跡を消し――彼らはそれを先端を下にして逆さに立て(Ait.)――そして姿を消した⁵」。しかし彼らは ṛṣi たちの巧妙さを計算に入れていなかった。〔85〕ṛṣi たちは策略を見破った。同様の慎重さから、しかし同様に効を奏さずして、「犠牲の供犠によって天に達した神々は、犠牲の首を切り、そこから祭儀的実質を流し出させた。もし人間が我らに続いて来るならば! と言い合いつつ¹」。供犠によって死から解放された神々は、他の被造物を犠牲にして死と協約を結ぶことを急ぐ。「死は神々に言った――ではすべての人間が、同じ手段によって不死となるであろう。そのとき私にはいかなる分け前があるのか、と。神々は言った――我らの後に、何人も身体を伴って不死となることのないように! 汝は身体を汝の分け前として取れ。そのとき、身体を脱ぎ捨てて人は不死となるであろう²」。
註
- Śat. 1, 1, 2, 19.
- Kauṣ. 2, 8 : yasya u ha vāpi devāḥ sakṛd aśnanti sa u ha so 'mṛtaḥ.
- Śat. 2, 3, 4, 4.
- Ait. 13, 6, 4.
- Śat. 1, 6, 2, 1(= ib. 1, 3, 4, 3 ; 3, 2, 2, 2 ; 11, 28); Taitt. S. 6, 3, 4, 7 ; ib. 6, 5, 3, 1 ; Maitr. 3, 9, 4 ; Ait. 6, 1, 1.
供犠は神々の幸運の秘密であるから、供犠の法則は神々を模倣することにある。「供犠は今日もなお、神々がそれを成就したままのかたちで存続している³」。――「かく神々はなした。かく人間はなす⁴」。人は神々がなしたところを正確になすのであり、「神々がそれをなしたのだから、我もそれをなさねばならぬ」と言いつつなすのである⁵。〔86〕この原理から必然的な帰結が導かれる。すなわち供犠は神的な業であり、人間を神に変ずることを目的とするのであるから、正しく人間的であるすべてのものは供犠に反する。神々を模倣するとは、まさしく人間の条件から出ることである。「人間的なるものはすべて供犠の成功に反する。人は言う――我は供犠において成功に反することを何一つなすまい、と¹」。この原理のゆえに、祭官は予備儀礼のあいだ、祭主に断食の糧である乳を、「通常の時刻を過ぎてから」供せねばならない。「夕に搾った乳は真夜中を過ぎてから彼に供し、朝に搾った乳は正午を過ぎてから供する。それは区別を設けるためである。かくして彼は神的なるものと人間的なるものとを区別するのである²」。同様に、āhavanīya の火の場所を耕すときには、「まず右の獣を、次いで左の獣を軛につなぐ。それが神々における仕方である。人間においては逆である³」。「菓子をあまり大きく作ってはならぬ。大きく作るならば人間のやり方をすることになる⁴」。「ちょうどよい量を切り取らねばならぬ。大きな塊を切り取るならば人間のやり方をすることになる⁵」。予備儀礼においては、「まず爪を切る。まず右手のそれを切る。人間の習慣では左手から始める。神々においては、規定のとおりである。まず親指の爪を切る。人間の習慣では小指から始める。神々においては、規定のとおりである。まず右の頬髭に櫛を通す。人間の習慣では〔87〕左の頬髭から始める。神々においては、規定のとおりである¹」。「まず右の眼に軟膏を塗る。人間の習慣では左の眼から始める。神々においては、規定のとおりである²」。人間の世界と神的世界との対立はかくも強く、「神々にとっての『否』は、人間にとっての『然り』なのである³」。
註〔原著 85–86 頁〕
原著 85 頁
- Taitt. S. 6, 3, 10, 2 ; Maitr. 3, 10, 2.
- Śat. 10, 4, 3, 9.
- Śat. 1, 5, 3, 23.
- Taitt. B. 1, 3, 9, 4 : iti devā akurvata. ity u vai manuṣyāḥ kurvate.
- Śat. 8, 5, 1, 7 ; ib. 7, 2, 1, 4 ; 7, 3, 2, 6 ; 7, 5, 2, 3 ; 9, 2, 3, 4 ; 2, 6, 13 ; 2, 6, 2, 2.
原著 86 頁
- Śat. 1, 2, 2, 9(= ib. 1, 7, 2, 9 ; 3, 2, 2, 15 ; 3, 3, 4, 31).
- Śat. 3, 2, 2, 16.
- Śat. 7, 2, 2, 6.
- Śat. 1, 2, 2, 9.
- Śat. 1, 7, 2, 9.
神々のようになすことによって、人は彼らと同じく天に達するはずである。実際「供犠はただ一つの確かな足場、ただ一つの住処しかもたぬ。すなわち天界である⁴」。「供犠は渡海の確かな舟である⁵」。「供犠は、その全体において、天へ導く船である⁶」。この比喩はかくも印象的に思われたので、ブラーフマナはこれを展開することを好む。「まことに、日々の火への献酌(agnihotra)は、天へ導く船である。天へ導くこの船の、āhavanīya の火と gārhapatya の火とは二つの舷である。そして舵取りは、乳の献酌を行なう者である。ところで彼が東へ移るとき、彼はそのとき自らの船を東へ、天の方向へ押し出す。彼はその船とともに天界を得る。北から乗り込むならば、船は彼を天界にまで導く。しかし南からそこへ来て、そこにとどまるならば、それは船が沖へ出てしまってから到着する乗客のようなものである。彼は陸に取り残され、船の外にいることになろう⁷」。〔88〕――「人が海を渡るために船に乗るように、一年あるいは十二日間の祭式の会座を催す者は乗り込む。しかし対岸に着こうとするときには、よく装備された船に乗るように、これらの讃歌に乗るのである¹」。――「まことに、bṛhat と rathaṃtara との二つの旋律は、供犠を渡らせる二つの船である……。それら二つを同時に捨ててはならぬ。もし二つを同時に捨てるならば、それは纜を切って岸から岸へと漂う船のようであろう。もし二つを同時に捨てるならば、人は岸から岸へと漂うことになろう²」。
註
- Śat. 3, 1, 2, 4–5.
- Śat. 3, 1, 3, 14 ; Taitt. S. 6, 1, 1, 5 ; Maitr. 3, 6, 3.
- Ait. 3, 5, 19(緩和された形で ib. 6, 2, 15).
- Śat. 8, 7, 4, 6.
- Ait. 3, 2, 29 : yajño vai sutarmā nauḥ.
- Śat. 4, 2, 5, 10 : sarva eva yajño nauḥ svargyā.
- Śat. 2, 3, 3, 15–16.
供犠の機構は、dūrohaṇa、すなわち「困難な上昇」の祭式によって明瞭に表象されている。それは二つの局面に要約される。一つは上昇、もう一つは下降である。まず祭主を天界へ昇らせることが問題である。しかし大地にはその魅力があり、祭主はあまりに早くそこを去ることを望まない。第一の操作によって来たるべき不死を確保した彼は、第二の操作によって生者のあいだにその場所を取り戻すのである。「祈願ののち、人は dūrohaṇa の上昇を行なう。dūrohaṇa とは天界である。まず詩節の四分の一ごとに間を置いて誦する。かくしてこの世界に達する。次いで半詩節ごとに間を置いて誦する。かくして大気に達する。〔89〕次いで四分の三ごとに間を置いて誦する。かくしてかの世界に達する。次いで詩節を一息に誦する。かくして、かなたに輝く太陽のうちに確固たる足場を得る。次いで、人が枝を手に取るように、上昇の逆をなす。四分の三ごとに間を置いて誦し、かくしてかの世界のうちに確固たる足場を得る。次いで半詩節ごとに間を置いて誦し、大気のうちに足場を得る。次いで四分の一ごとに間を置いて誦し、ここ地上に足場を得る。かくして天界に達した祭主は、この世界に確固たる足場を得る。しかしただ一つの世界、すなわち天界のみを望むならば、祭官は上昇の祭式のみを行なうべきである。そのとき人は天界を征服するが、この世界にとどまる時間はもはや長くはないのである³」。
註
- Ait. 29, 5, 10.
- Ait. 17, 7, 1–4 ; cf. ib. 27, 3, 6 ; Śat. 4, 2, 5, 10.
もう一つの祭式が、同じ観念を等しい明晰さをもって表現している。その名称自体が奇妙に表現的である。それは「Viṣṇu の歩み」と呼ばれる。そしてブラーフマナの一致した教理によれば、Viṣṇu は供犠である。「そのとき人は Viṣṇu の歩みを行なう。供犠する者は、この供犠によって神々を満足させる……。神々を満足させたのち、彼は彼らの仲間に加えられる。彼らの仲間に加えられて、彼は彼らに追いつくために前進する……。彼はかくしてこれらの諸世界にまで昇り、そこに定住し、そこに確固たる足場を得る。次いで彼は戻り、下降せねばならぬ……。かくして彼はまず天を勝利のうちに征服して出口を開いたままにし、次いで大気について同じことをなし、次いで、〔90〕ここから出る出口を残さぬことによって、決定的に敵を退けるのである¹」。
註
- Ait. 18, 7 ; Tāṇḍ. 5, 5, 4–5 ; Tāṇḍ. 18, 10, 10.
典礼における詩節の組合せは、この神秘的であると同時に現実的でもある旅の必要に対応している。「九つの詩節によって、maitrāvaruṇa の祭官は祭主をこの世界から大気の世界へ運ぶ。十の詩節によって、大気の世界からかの世界へ。九つの詩節によって、かの世界から天界へ。まことに、詩節を七つずつ誦する者は、祭主を天界へ運ぶことができない²」。――「人は讃歌を組ごとに配する。ちょうど地上で、そのつど疲れの少ない馬あるいは牛を取り替えて宿駅ごとに旅するように、天へ行くにも、そのつど疲れの少ない新しい韻律を取り替えて宿駅ごとに行くのである³」。
供犠のこの驚異的な力は尽きることがない。それは永遠である。「日々、供犠は拡げられる。日々、それは完成する。日々、それは祭主を天界の生に結びつける。日々、供犠によって祭主は天へ行く⁴」。しかし供犠と祭主とのあいだには、上昇の力を伝達するために、一種の伝導が必要である。それが dakṣiṇā、すなわち祭官に支払われる報酬である。「彼が捧げる供犠は神々の世界へ向かう。その後に、彼が与える dakṣiṇā が続く。次いで〔91〕祭主は dakṣiṇā に取りすがりつつ〔天界へ赴く〕¹」。dakṣiṇā の作用は祭主に対してのみ働くのではない。供犠それ自身がその効力を蒙るのであって、供犠が殺戮されるたびごとに蘇生しうるのは、まさに dakṣiṇā のおかげなのである。「殺された供犠はもはや進行しなかった。神々は dakṣiṇā によってこれを力づけた(dakṣ)。そこからその名が生じたのである²」。dakṣiṇā の問題は、祭官たちにとってそれが有した重要性にふさわしい詳細さをもって、Brāhmaṇa 文献のうちに論じられている。黄金・牝牛・衣服・馬が、公認された四種の支払物である³。その価値は供犠の重要度に比例する。soma 祭は少なくとも百頭の牝牛の dakṣiṇā を要求し⁴、trirātra は千頭を要求する⁵。しかもその配分は綿密な規定に適合しなければならない⁶。これを免れようとする者に災いあれ。「Āptya 神群は、dakṣiṇā なき供犠を献ずる者に、おのれの罪を移す⁷」。しかも Āptya の罪は担うに軽いものではない。Indra が Tvaṣṭar の子なる三頭の Viśvarūpa を殺害したとき、その犯行の責を負ったのは彼らだからである⁸。
註〔原著 90 頁〕
- Śat. 1, 9, 3, 8–11.
- Ait. 28, 1, 10–12.
- Ait. 19, 5, 4.
- Śat. 9, 4, 4, 15.
Brāhmaṇa に説かれる祭主の天界上昇は、祭官的想像力の空虚な幻想ではない。それはこれら古文献に教えられる世界の体系と論理的な関係に立っている。世界は三つある。すなわち大地、大気すなわち空中の諸領域、そして神々の住まう天である。ヒンドゥー精神の根本的性格に忠実に、Brāhmaṇa は不可知なるものにもその分け前を留保する。「これら三世界の彼方に、第四のものが在るか否か。それは不確かである⁹」。これらの世界の各々は
註〔原著 91 頁〕
- Śat. 1, 9, 3, 1 : so 'syaiṣa yajño devalokam evābhipraiti tad anūcī dakṣiṇā yāṃ dadāti tāṃ〔?〕dakṣiṇām anvārabhya yajamānaḥ. — 同文反復 ib. 4, 3, 4, 6.
- Śat. 2, 2, 2, 2 : sa eṣa yajño hato na dadakṣe. taṃ devā dakṣiṇābhir adakṣayaṃs tad yad enaṃ dakṣiṇābhir adakṣayaṃs tasmād dakṣiṇā nāma.
- Śat. 4, 3, 4, 7.
- Śat. 4, 3, 4, 3.
- Śat. 4, 5, 8, 1.
- Śat. 4, 3, 4 : 全節。
- Śat. 1, 2, 3, 4 : āptyā u ha tasmin mṛjate yo 'dakṣiṇena haviṣā yajate.
- Śat. 1, 2, 3, 2-3.
- Śat. 1, 2, 1, 12 : anaddhā vai tad yad imāṃl lokān ati caturtham asti vā na vā. — 同文反復 ib. 1, 2, 4, 21 ; さらに cf. 1, 2, 4, 12.
〔92〕堅固な基礎の上に据えられている。「Hiraṇyadan Baida は言った。天は大気に基づき、大気は大地に、大地は水に、水は真実(satya)に、真実は聖なる学(brahman)に、聖なる学は苦行(tapas)に基づく¹」。しかし諸世界は本性上そのように不動なのではない。「諸世界は堅固さなく、安定を欠いていた。Prajāpati は考えた。いかにすればこれらの世界は堅固かつ安定したものとなるか、と。彼は山々と河川とをもって大地を固め、鳥と光線とをもって大気を、雲と星辰とをもって天を固めた²」。今日のごとく分離する以前には、諸世界はほとんど互いに融合していた。「諸世界は互いにきわめて近接しており、手を挙げれば天に触れることができた。神々は願った。いかにすればこれらの世界がより広くなり、われらがより多くの空間を得られるか、と。彼らは三音節 vī-ta-ye「拡がりのために」を発した。すると諸世界は遠ざかり、神々はより多くの空間を得た³」。さらにそれ以前には、その結合はいっそう緊密であった。「二つの世界は一体であった。それらは分離した。雨は降らなくなり、暑熱もやんだ。生類は相互に理解しあわなくなった。神々は二つの世界を再び近づけた。近づくことによって、両者はこの神的婚姻を結んだ⁴」。今日では「二つの世界はもはやその縁においてしか触れあわない⁵」。
註
- Ait. 11, 6, 4 : tad u ha smāha Hiraṇyadan Baida… dyaur antarikṣe pratiṣṭhitāntarikṣaṃ pṛthivyāṃ pṛthivy apsv āpaḥ satye satyaṃ brahmaṇi brahma tapasi.
- Śat. 11, 8, 1, 1 : ime lokā adhruvā apratiṣṭhitā āsuḥ. sa ha Prajāpatir īkṣāṃ cakre kathaṃ nv ime lokā dhruvāḥ pratiṣṭhitāḥ syur iti sa ebhiś caiva parvatair nadībhiś cemām adṛṃhad vayobhiś ca marīcibhiś cāntarikṣaṃ jīmūtaiś ca nakṣatraiś ca divam.
- Śat. 1, 4, 1, 22-33 : samantikam iva ha vā ime 'gre lokā āsur ity unmṛśyā haiva dyaur āsa. te devā akāmayanta. kathaṃ nu na ime lokā vitarāṃ syuḥ kathaṃ na idaṃ varīya iva syād iti tān etair eva tribhir akṣarair vyanayan vitaya iti ta ime vidūraṃ lokās tato devebhyo varīyo 'bhavat.
- Ait. 19, 5, 5 : imau vai lokau sahāstāṃ tau vyaitāṃ nāvarṣan na samatapat te pañcajanā na samajānata tau devāḥ samanayaṃs tau saṃyantāv etaṃ devavivāhaṃ vyavahetām. — Td. 7, 10, 1 : imau vai lokau sahāstāṃ tau viyantāv abrūtāṃ vivāhaṃ vivahāvahai sahā hāv astv iti. — Td. 8, 1, 9 : ime vai lokāḥ sahāsan.
- Śat. 3, 2, 1, 2 : sambaddhāntāv iva hīmau lokau.
〔93〕世界の一般的な配置は学派ごとに異なる。ある学派は「宇宙は高さにおいても幅においても同一の寸法をもつ¹」と教え、他の学派は「最も高い世界が最も広く、最も低い世界が最も狭い²」と説く。だがそれはさして重要ではない。肝要なのは、鳥のように天に昇ることである³。というのも「この世界が善きものであるなら、かの世界はさらに優れているのだから⁴」。踏破すべき道は長く、「あまりに長いので、そこに到達するのは困難である⁵」。「そこへ行くのに六か月、帰るのに六か月を要する⁶」。他の箇所では、その距離は千頭の牝牛を積み重ねた高さにまで縮小されている⁷。もっともこの二つの評価は、実を言えば、二種の特殊な供犠の効験を証明するための知的遊戯にすぎない。同じ Brāhmaṇa の別の一節は、ここから天までを馬で行くのに四十四日の旅程を数え⁸、他方、別の Brāhmaṇa はその距離を馬で千日の旅程と見積もる⁹。ブラーフマナ諸学派は、道程の長さを厳密に定めることに意を用いなかったのである。
真の天界への旅は、死後にはじめて成就される。人はそのとき天に昇り、供犠が確保してくれた不死を享受する。「いかなる因果の連鎖によって祭主は反復死に打ち勝つのか¹⁰」と問うこともできようが、確たる事実は次のとおりである。「かのように知る者は
註
- Td. 18, 6, 3 : yāvanta ime lokā ūrdhvās tāvantas tiryañcaḥ.
- Ait. 4, 8, 6 : paro varīyāṃso vā ime lokā arvāg aṃhīyāṃsaḥ.
- Td. 5, 1, 10 : pakṣābhyāṃ vai yajamāno vayo bhūtvā svargaṃ lokam eti. — ib. 5, 3, 5 : śakuna iva vai yajamāno vayo bhūtvā svargaṃ lokam eti.
- Ait. 3, 2, 3 : ayaṃ vāva loko bhadras tasmād asāv eva lokaḥ śreyān.
- Td. 9, 4, 16 : duṣprāpa iva vai paraḥ panthāḥ.
- Td. 4, 6, 17 : ṣaḍbhir ito māsair adhvānaṃ yanti ṣaḍbhiḥ punar āyanti.
- Td. 16, 8, 6 : yāvad vai sahasraṃ gāva uttarādharā ity āhus tāvad asmāl lokāt svargaloka iti. — ib. 21, 1, 9 : tad yāvad itaḥ sahasrasya gaur gavi pratiṣṭhitā tāvad asmāl lokād asau lokaḥ.
- Td. 25, 10, 16 : catuścatvāriṃśad āśvināni sarasvatyā vinaśanāt plakṣaḥ prāsravaṇas tāvad itaḥ svargo lokaḥ sarasvatīsaṃmitenādhvanā svargalokaṃ yanti.
- Ait. 7, 7, 8 : sahasrāśvine va itaḥ svargo lokaḥ.
- Śat. 10, 1, 4, 14 : tad āhuḥ. kiṃ tad agnau kriyate yena yajamānaḥ punarmṛtyum apajayati.
〔94〕勝ち誇って反復死を追い払い、完全な寿命に至る¹」。この恩恵は祭主の家畜にも祖霊(Pitṛ)にも及ぶ²。しかし当人だけを考えるとしても、その利益は二重である。それは現世の生と来世の生との双方に及ぶ。「人間にとって不死とは、完全な寿命を生き、かつ幸福であることである³」。完全な寿命とは「老年に達する前に昼夜が尽きさせることのない生存⁴」である。この定義はさらに精確を期しうる。「百年あるいはそれ以上生きる者、その者は不死に達する⁵」——「百年、それが不死であり、無限であり、無際限である⁶」。地上の生の長さと天上の生の長さとのあいだには、一定の関係が成り立つ。「二十歳未満で死ぬ者は、昼と夜とを自らの世界として定められる。二十歳以上四十歳未満で死ぬ者は半月を、四十歳以上六十歳未満で死ぬ者は月を、六十歳以上八十歳未満で死ぬ者は季節を、八十歳以上百歳未満で死ぬ者は年をそれぞれ自らの世界とする。百年またはそれ以上生きる者は不死に達する⁷」。この設定された関係は、おそらく
註
- Śat. 10, 2, 6, 19 : apa punarmṛtyuṃ jayati sarvam āyur eti ya evaṃ veda. — id. ib. 10, 6, 1, 4 ; 11, 4, 3, 20. — cf. 10, 5, 1, 4 : ya enam ata ūrdhvaṃ cinute sa punarmṛtyum apajayati. — 11, 5, 6, 9 : ati ho vai punarmṛtyuṃ mucyate.
- Śat. 12, 9, 3, 11 : apa hā vai paśūnāṃ punarmṛtyuṃ jayati nāsmād yajño vyavacchidyate ya evaṃ veda. — ib. 12 : apa ha vai pitṝṇām……
- Td. 21, 19, 2 : etad vāva manuṣyasyāmṛtatvaṃ yat sarvam āyur eti vasīyān bhavati.
- Śat. 10, 4, 3, 1 : sa yo haitaṃ mṛtyuṃ saṃvatsaraṃ veda na hāsyaiṣa purā jaraso 'horātrābhyām āyuḥ kṣiṇoti sarvam haivāyur eti.
- Śat. 10, 2, 6, 8 : ya eva śataṃ varṣāṇi yo vā bhūyāṃsi jīvati sa haivaitad amṛtam āpnoti.
- Śat. 10, 1, 5, 4 : tad dhaitad yāvac chataṃ saṃvatsarās tāvad amṛtam anantam aparyantam.
- Śat. 10, 2, 6, 8 : tad ye 'rvāgviṃśeṣu varṣeṣu prayanti. ahorātreṣu te lokeṣu sajyante 'tha ye parovīṃśeṣv arvākcatvāriṃśeṣv ardhamāseṣu te 'tha ye paraścatvāriṃśeṣv arvākṣaṣṭeṣu māseṣu te 'tha ye paraḥṣaṣṭeṣv arvāgaśīteṣv ṛtuṣu te 'tha ye paro 'śīteṣv arvākśateṣu saṃvatsare te 'tha ya eva śataṃ varṣāṇi yo vā bhūyāṃsi jīvati sa haivaitad amṛtam āpnoti.
〔95〕なされた供犠の栄養価に基づくのであろう。というのも、他方では、種々の供犠に付与された一種の死後の栄養係数が示されているからである。「日々の火への献供を行った者は、かの世界において朝夕に食する。それがこの供犠に付された栄養価である。新月祭・満月祭を行った者は半月ごとに食し、四か月祭を行った者は四か月ごとに、獣牲を献じた者は六か月ごとに、soma 祭を献じた者は一年ごとに食する。煉瓦の火壇を築いた者は、百年ごとに、あるいはそうでなく思いのままに食する¹」。食物への必要は当然ながら生命力の強さと反比例する。なぜなら「飢えこそは死である²」から。したがって供犠は不死そのものである。それはアンブロシア、すなわち不死の糧だからである。神々と Asura とが大洋の底に求め、叙事詩の伝説において狂おしく争奪する不死の飲料こそ amṛta であり、供犠が祭祀の水から取り出す不死の糧である。「水、それは不死である³」といい、あるいはまた「不死とは soma である。供犠の飲料である⁴」ともいう。
天における永続的生命である不死に対立するのが「反復死(punar-mṛtyu)」である。反復死は Brāhmaṇa の著者たちにおいて、後の哲学諸体系では宿命的に結びついているように見える輪廻の観念を喚起しない。「反復死」とは「第二の死」にほかならず、インドが今なお一種の甘美な戦慄をもって観照することを好むあの目眩めく深淵に、わずかに開かれた地平にすぎない。しかし Brāhmaṇa の視線は、より好奇心に乏しく、より洗練を欠いていて
註
- Śat. 10, 1, 5, 4 : sāyamprātar ha vā amuṣmiṃl loke 'gnihotrahud aśnāti tāvati ha tasmin yajña ūrg ardhamāse 'rdhamāse dārśapūrṇamāsayājī caturṣu caturṣu māseṣu cāturmāsyayājī ṣaṭsu ṣaṭsu paśubandhayājī saṃvatsare saṃvatsare somayājī śate śate saṃvatsareṣv agnicit kāmam aśnāti kāmaṃ na.
- Śat. 10, 6, 5, 1 : aśanāyā hi mṛtyuḥ.
- Maitr. 4, 1, 9 : āpo vā amṛtam. — Gop. 2, 1, 2 : amṛtam āpaḥ.
- Śat. 9, 5, 1, 8 : tad yat tad amṛtaṃ somaḥ sa.
〔96〕それほど遠くまでは及ばない。死者は二種に分たれる。すなわちもはや死ぬことのない不死者と、なお死ぬべき他の者とである。かく限定されたにせよ、この見通しは対比を成立させるに足りる。それをいっそう強めるには、「なお(encore)」の語を重ねれば足り、それによって表現も観念も一挙に不定のうちへ拡がる。手法は容易であるが、実例は稀であり、私が採取しえたのは一例のみである。「かのように知る者、あるいはこの儀式を行う者は、死してのち再生し、再生して不死へと生まれる。かのように知らぬ者、あるいはこの儀式を行わぬ者は、死してのち再生し、なお繰り返し繰り返し死の餌食となる¹」。
供犠によって不死を獲得した死者は、まず神的協約が携行を許さぬその肉体の遺骸を捨て²、しかるのち天界への上昇を企てる。道は困難なきにしもあらず、死者は方角の誤りと危険な障害との双方に対して身を守らねばならない。「道は神々のもとへ、あるいは祖霊のもとへ通じている。ところがその両側には、燃えさかる二条の焔の尖端が立ちのぼっている。それらは、その焼灼が止めるべき者を焼き尽くし、通過の権利ある者は通す³」。Āditya 神群もまた天の入り口を監視する。「神々のもとへ通ずる道を守るのは Āditya たちである。そこへ達しようとする者を彼らは追い返す⁴」。しかし天の真の障壁は、卓越せる Āditya たる太陽である。「かしこに輝く彼、彼こそは死である。彼が死であるがゆえに、彼の下方にある生類は死ぬ。
註
- Śat. 10, 4, 3, 10 : te ya evam etad viduḥ. ye vaitat karma kurvate mṛtvā punaḥ sambhavanti te sambhavanta evāmṛtatvam abhi sambhavanty atha ya evaṃ na vidur ye vaitat karma na kurvate mṛtvā punaḥ sambhavanti ta etasyaivānnaṃ punaḥ punar bhavanti. — Cf. 下掲 p. 97, 註 1.
- 上掲 p. 85 参照。
- Śat. 1, 9, 3, 2 : sa eṣa devayāno vā pitṛyāṇo vā panthāḥ. tad ubhayato 'gniśikhe sāmoṣantyau tiṣṭhataḥ prati tam oṣato yaḥ pratyoṣyo 'ty u taṃ sṛjete yo 'tisṛjyaḥ.
- Maitr. 1, 6, 12 : ete vai devayānān patho gopāyanti yad ādityās ta iyakṣamāṇaṃ pratinudante.
〔97〕上方にある者は神々であり、それゆえに彼らは不死である。またもし気まぐれに、彼が昇る際にある人の生気を奪えば、その人は死ぬ。そして死である太陽を逃れずしてかの世界へ赴く者は、——この世で縛られた人間を人が意に介せず、望むときに殺すのと同様に——かの世界においても、太陽はその者を繰り返し繰り返し死なせるのである¹」。
神々が、これほど貴重な守護者を確保するために労を惜しまなかったことは理解される。太陽を大地から高みへと運び上げたのは彼らである。「初め、太陽はここ地上にあった。神々はこれをここから、かしこにある世界へと運び上げた²」。太陽ははじめ一種の郷愁に捉えられた。「かの世界へ移ってのち、彼はこの世界へ帰ることを望んだ。この世界に着くと、彼は死を恐れた。この世界はいわば死と結びついているからである。彼は Agni を讃える讃歌を歌った。Agni は彼を天界へ再び昇らせた³」。かかる翻意——それは自らの安全を脅かすものであった——の再発を防ぐため、神々は幾重にも予防策を講じた。「神々は太陽が天の彼方へ行き過ぎることを恐れた。彼らはこれを讃歌によって固め、留まらせた。神々は太陽が天のこちら側へ来過ぎることを恐れた。そして彼らはこれを、光線の編み紐によって上方に繋ぎ止めた
註
- Śat. 2, 3, 3, 7-8 : tad vā eṣa eva mṛtyuḥ ya eṣa tapati. tad yad eṣa eva mṛtyus tasmād yā etasmād arvācyaḥ prajās tā mriyante 'tha yāḥ parācyās te devās tasmād u te 'mṛtāḥ. sa asya kāmayate. tasya prāṇam ādāyodeti sa mriyate sa yo haitaṃ mṛtyum anatimucyāthāmuṃ lokam eti yathā haivāmuṣmiṃl loke na saṃyataṃ ādriyeta yadā yadaiva kāmayate 'tha mārayaty evam u haivāmuṣmiṃl loke punaḥ punar eva pramārayati.
- Maitr. 3, 9, 3 : iha vā asā āditya āsīt tam ito 'dhy amuṃ lokam aharan. — ib. 2, 2, 2 : iha vā asā āditya āsīt tam ābhyāṃ parigṛhyopariṣṭād āsāṃ prajānāṃ nyadadhuḥ. — Śat. 4, 2, 5, 9 : atra ha vā asāv agra ādityā āsa taṃ ṛtavaḥ parigṛhyaivātā ūrdhvāḥ svargaṃ lokam upodakrāman. — Td. 4, 5, 3 : devā ādityaṃ svargaṃ lokam apārayan. — ib. 6, 7, 21 : atra vā asāv āditya āsīt taṃ devā bahiṣpavamānena svargaṃ lokam aharan.
- Taitt. S. 1, 5, 9, 3 : ādityo vā asmāl lokād amuṃ lokam ait so 'muṃ lokaṃ gatvā punar imaṃ lokam abhy adhyāyat sa imaṃ lokam āgatya mṛtyor abibhet mṛtyusaṃyuta iva hy ayaṃ lokaḥ so 'gnim astaut sa enaṃ stutaḥ suvargaṃ lokam agamayat. — cf. ib. 7, 3, 10, 1.
〔98〕光線をもって¹」。天への道である太陽の光線は、それに従う死者たちと融合する。「かしこに輝く者の光線、それは敬虔なる人々である。そして彼方に輝く光、それは Prajāpati あるいは天界である²」。義人の跡が光を放つものである以上、それは星辰のうちにもまた認められる。「天に赴く敬虔なる人々、光体は彼らの輝きである³」。
死者が神々の道をとらぬ場合、彼は祖霊の道に従う。祖霊は死者であるが、しかも死すべきままにとどまる死者である。彼らは悪を捨て去ってはいない⁴。その住処は神秘的である。「彼らはここから数えて第三の世界に住む⁵」。彼らは非身体的であり、霊である⁶。神々と人間との中間に置かれた彼らは、Brāhmaṇa の等価物の体系において論理的に、あるときは季節に対応する⁷。季節は、時間と神的生命の象徴たる年と、はかない生存と人間的生命の象徴たる昼とのあいだの中間段階だからである。またあるときは、人間の大地と神々の天との中間に位置する空中の諸方位に対応する⁸。祖霊の本来の性質は明確に規定されていない。あるときは彼らは Prajā-
註
- Taitt. B. 1, 2, 4, 2 : devā vā ādityasya suvargasya lokasya parāco 'tipādād abibhayuḥ. tac chandobhir adṛṃhan dhṛtyai. devā vā ādityasya suvargasya lokasyāvāco 'tipādād abibhayuḥ. taṃ pañcabhī raśmibhir udavayan. — Td. 4, 5, 9-11 : devā vā ādityasya svargāl lokād avapādād abibhayus tam etaiḥ stomaiḥ pañcadaśair adṛṃhan… tasya parācīnātipādād abibhayus taṃ sarvaiḥ stomaiḥ paryāriṣan. — Ait. 18, 4, 6 : tasya vai devā ādityasya svargāl lokād avapātād abibhayus taṃ paramaiḥ svargair lokair avastāt pratyuttabhnuvan… tasya parāco 'tipātād abibhayus taṃ paramaiḥ svargair lokaiḥ parastāt pratyaṣṭabhnuvan. — ib. 18, 5, 3 : tasya vai devā ādityasya svargāl lokād avapātād abibhayus taṃ pañcabhī raśmibhir udavayan.
- Śat. 1, 9, 3, 10 : (ya eṣa tapati) tasya ye raśmayas te sukṛto 'tha yat paraṃ bhāḥ Prajāpatir vā sa svargo vā lokaḥ.
- Śat. 6, 5, 4, 8 : ye hi janāḥ puṇyakṛtaḥ svargaṃ lokaṃ yanti teṣām etāni jyotīṃṣi \[nakṣatrāṇi].
- Śat. 2, 1, 3, 4 : anapahatapāpmānaḥ pitaraḥ… martyāḥ pitaraḥ. — 同文反復 ib. 2, 1, 4, 9.
- Taitt. B. 1, 3, 10, 5 : tṛtīye vā ito loke pitaraḥ. — id. ib. 1, 8, 6, 6.
- Td. 6, 9, 19-20 : indava iva hi pitaraḥ. mana iva(註釈:manasā hi kevalaṃ sṛjyante na cakṣurviṣayā bhavanti ato mana ivety ucyate).
- Śat. 2, 6, 1, 32 : ṛtavo vai pitaraḥ. — Taitt. B. 1, 3, 10, 3 : ṛtavaḥ khalu vai devāḥ pitaraḥ.
- Śat. 2, 6, 1, 11 : avāntaradiśo vai pitaraḥ.
〔99〕pati から、Asura ののち、しかし神々に先立って生まれたものとして表象される。「Asura を放出したのち、Prajāpati は自らが父であることを感じた。そこで彼は祖霊を創造した。彼らの名はここに由来する¹」。またあるときは、祖霊は死んだのち再び生に呼び戻された神々である。「神々は Vṛtra を殺し、かくしてその至高の勝利を得た。そのうち戦いにおいて討たれた者たちを、彼らは供犠によって生に呼び戻した。彼らが祖霊となったのである²」。神々より生まれたにせよ、神々の長兄であるにせよ、祖霊は神々と永続的な敵対関係にあるように見える。「神々と祖霊とはこの世界にいた。神々が固有に所有していたすべてのものを、Yama(祖霊の首長)は彼らから奪い取った³」。Prajāpati の介入が神々を窮地から救う。また別の箇所では、供犠が神々を見捨てて祖霊に従い、神々はやむなく分割に同意する⁴。人間に対しては、祖霊は上位者として振る舞う。祖霊に葬礼の団子を供えるときは、顔を背けねばならない。さもなければ祖霊は威厳ゆえにそれを食べに来ないであろう⁵。今日でもなお、高位の人々は食事中に姿を見られることを許さない。彼らを丁重に扱うのが賢明である。彼らの悪意は容易に掻き立てられ、その怒りは恐るべきものだからである。「祖霊が供犠に来るならば、彼らは牡を取るか、あるいは牡を与えるかする。彼らのために衣の房を切る。祖霊は奪い取るものをその分け前とするからである。かくして彼らにその分を与えるのである。高齢に達したとき(五十歳を過ぎたとき)には、彼らのために体毛を切る。そのときには人はいっそう祖霊に近いからである⁶」。Śatapatha は一つの要約のうちに集めている
註
- Maitr. 4, 1, 2 : so 'surān sṛṣṭvā pitevāmanyata tena pitṝn asṛjata tat pitṝṇāṃ pitṛtvam. — id. Taitt. B. 2, 3, 8, 2, ただし tadanu pitṝn asṛjata とする。
- Śat. 2, 6, 1, 1 : mahāhaviṣā ha vai devā Vṛtraṃ jaghnuḥ. teno eva vyajayanta yeyam eṣāṃ vijitis tām atha yān evaiṣāṃ tasmin saṃgrāme 'ghnaṃs tān pitṛyajñena samairayanta pitaro vai ta āsan.
- Maitr. 2, 5, 3 : devāś ca vai pitaraś cāsmiṃl loka āsaṃs tad yat kiṃ ca devānāṃ svam āsīt tad Yamo 'yuta〔?〕.
- Taitt. B. 1, 3, 10, 1 : pitṝn yajño 'nvagacchat. taṃ devāḥ punar ayācanta. taṃ ebhyo na punar adaduḥ.
- Taitt. B. 1, 3, 10, 6 : parāṅ āvartate. hrīkā hi pitaraḥ(註釈:pitṝṇāṃ lajjāśīlatvāt. loke 'pi hi bhuñjānāḥ prabhavo nānyair vīkṣyante).
- Taitt. B. 1, 3, 10, 7 : vīraṃ vai vā pitaraḥ prayanto haranti. vīraṃ vā〔次頁に続く〕
〔100〕祖霊のための儀礼を正当化するすべての動機を明瞭に。「この儀式を行うのは、彼ら(祖霊)が来て汝らのうちの誰かを殺すのを避けるためである。またそれは、神々がこれを行ったのだから自分も行わねばならぬ、と人が言うからであり、神々が祖霊に規則的に許した分け前を与えるためである。それは、神々が生に呼び戻した者たちへの好意の行為のごときものである。それは自らの祖霊をより良き世界へ高めるためであり、また自らの行状の逸脱によって蒙る損失と損害とを償うためである。これがこの供犠の理由である¹」。
死者が最終的な行き先を受け取る分岐に先立って、彼は法典が承認し規定する秤量の神判を想起させる一つの試練を受ける。おそらく法典のほうがこれに着想を得たのであろう。「かの世界において、人は秤にかけられる。善であれ悪であれ、優る方に従うことになる²」。しかし Brāhmaṇa においては、道徳的な用語に惑わされてはならない。これら祭官的編纂物の著者たちは、事実を祭祀の角度からしか見ず、また測らない。善き行為とは祭祀の規定に適合する行為であり、悪しき行為とはこれらの規定に違背する行為である。二つの Brāhmaṇa に共通する興味深い終末論的伝説が、この二語に付された観念を明瞭に伝え、死後の刑罰と報償との性質を絵画的な実例によって例証している³。——「Varuṇa の子 Bhṛgu は
註
〔前頁註 6 の続き〕dadāti. daśāṃś chinatti. haraṇabhāgā hi pitaraḥ. pitṝn eva niravadayate. uttara āyuṣi loma chindita. pitṝṇāṃ hy etarhi nedīyaḥ.
- Śat. 2, 6, 1, 3 : atha yad eṣa etena yajate, tan nāha nv evaitasya tathā kaṃ cana ghnantīti devā akurvann iti nv evaiṣa etat karoti yaṃ u caivaibhyo devā bhāgam akalpayaṃs tam u caivaibhya eṣa etad bhāgaṃ karoti yān u caiva devāḥ samairayanta tān u caivaitad avati svān u caivaitat pitṝñ chreyāṃsaṃ lokam uponnayati yad u caivāsyātrātmano 'caraṇena hanyate va mīyate vā tad u caivāsyaitena punar āpyāyate tasmād vā eṣa etena yajate.
- Śat. 11, 2, 7, 33 : tulāyāṃ ha vā amuṣmiṃl loka ādadhāti yatarad yaṃsyati tad anveṣyati sādhu vāsādhu vā.
- Jaim. 1, 42-44(Oertel, Extraits, J. A. O. S. xv, 231-33 が英訳を添えて本文を掲げる)。— 同じ挿話が Śat. 11, 6, 1 にもある(Weber, Ind. Streifen, I, 21 に独訳)。この二つの長い物語の本文をここに再録するのは有益と思われないが、主要な相違点を指摘しておくのは無駄ではあるまい。Śat. では Varuṇa は単に Bhṛgu の傲慢を癒すために彼を旅に送り出す。Bhṛgu は順次訪れる……
〔101〕聖なる学(brahman)を学んでいた。彼は自分が父よりも、神々よりも、聖なる学を学ぶ他の brahmán たちよりも優れていると思い込んだ。そこで Varuṇa は考えた。わが子は何も知らぬ。彼を教えねばならぬ、と。彼は Bhṛgu の諸気息を捉えた。Bhṛgu は失神して倒れた。失神したまま、彼は遠方の世界へ赴き、かの世界に至った。〔そこでは〕一人の男が、自分が切り刻んだ別の男を貪り食っていた。彼は言った。おお、こんなことがありうるのか。これは何事か。人は彼に言った。汝の父 Varuṇa に問え、彼が汝に語ろう。第二の場所で、彼は別の男を食っている男に出会った。食われている男は助けを求めて叫んでいた。彼は言った。おお、こんなことがありうるのか。これは何事か。人は言った。汝の父 Varuṇa に問え、彼が汝に語ろう。第三の場所で、彼は別の男を食っている男に出会った。食われている男は沈黙を守り、一言も発しなかった。彼は言った。おお、こんなことがありうるのか。これは何事か。人は言った。汝の父 Varuṇa に問え、彼が汝に語ろう。第四の場所で、彼は大いなる宝を守る二人の女に出会った。彼は言った。おお、こんなことがありうるのか。これは何事か。人は言った。汝の父 Varuṇa に問え、彼が汝に語ろう。第五の場所で、彼は並行して流れる血の河とバターの河とに至った。血の河は、全裸で棍棒を持った黒い男が守っていた。バターの河では、黄金の男たちが黄金の杯をもって、思いのままにそれを汲んでいた。彼は言った。おお、こんなことがありうるのか。これは何事か。人は言った。汝の父 Varuṇa に問え、彼が汝に語ろう。第六の場所で、彼は青蓮と白蓮の咲く五つの河に至った。そこには蜜の流れが流れ、舞踏があり、歌があり、鳴り響く琴があり、Apsaras の群れがあり、芳しい香りがあり、大いなる響きがあった。彼は言った。おお、こんなことがありうるのか。これは何事か。人は言った。汝の父
註
〔前頁註 3 の続き〕……四つの方位と一つの中間方位とを訪れる。彼は Jaim. の六場面に対して五場面しか見ない。血の河とバターの河、および五つの楽園の河は Śat. には欠けている。黒い男は二つの河の挿話から二人の女の挿話へ移されている。しかし Jaim. の第一場面は Śat. では二重化され、Bhṛgu はまず〔人を〕刻む男たち(saṃvraścam)に、次いで切る男たち(saṃkartam)に出会う。したがって両伝本は明らかに独立している。
〔102〕Varuṇa に問え、彼が汝に語ろう。彼はそこから引き返した。彼は父 Varuṇa のもとに至った。父は彼に言った。よく来た、わが子よ。——よく参りました、父よ。——見てきたか、わが子よ。——見てまいりました、父よ」。——そこで Bhṛgu は Varuṇa に自分が目撃した光景を報告し、Varuṇa がその説明を与える。「何を見たか、わが子よ。——一人の男が、自分が切り刻んだ別の男を貪り食っておりました。——よろしい、と彼は言った。この世で、日々の火への献供を行わず、かのように知ることなく、樹木を切り刻んで火に投ずる者たち、彼らはかの世界で、樹木が人間の姿をとって彼らを食うのだ。——いかにすればそれを免れうるのですか。——儀軌に従って薪を火にくべるならば、それを免れ、解放される」。解釈は同じ精神で続けられ、つねに祭祀上の制裁を伴う。Bhṛgu が出会った第二の組は、必要な儀式を行わずに食用のために動物を殺した人間に対する、動物たちの復讐を示している。第三の組は、同じ怠慢をもって消費された植物の復讐である。二人の女は Śraddhā と Aśraddhā とである。血の河はバラモンの流された血であり、黒い男は憤怒である。バターの河は祭祀の水から形成されている。最後に五つの河は Varuṇa の諸世界である。結論は率直な力強さをもつ。「かのように知りつつ日々の献供を火に行う者は、かの世界において、樹木が人間の姿をとって彼を食うことはなく、動物も、米も麦も彼を食わない。その供犠と敬虔な行為とは śraddhā と aśraddhā とに赴かず、彼は血の河を避け、バターの河を得る」。
死との神々の協約が人間の肉体に天界への到達を禁ずるならば、供犠の約束は幻に終わる危険がある。労力は全く無駄に費やされることになる。祭主は上昇する力と重力とに同時に引き裂かれ、伝説の Triśaṅku のように天と地とのあいだに留まる恐れがある。しかしそこに dīkṣā が介入する。dīkṣā とは一連の予備的儀式であって
〔103〕人間なる被造物を神格化するのに役立つものである。「まことに、dīkṣā を行う者は神々のほうへ向かう。彼は神格の一つとなる¹」。——「人間の住処は神的な住処から隔てられている。この儀式は祭主を人間界の外へ運び去る。dīkṣā を行う者はこの世界を去るのである²」。その手続きは、祭主のために新しい身体を製作することにある。ほとんどすべての実践が受胎と誕生との象徴である。儀式の途上で「人は頭を覆う。というのは、dīkṣā を行う者は胎児となるからであり、胎児は羊膜と絨毛膜という二枚の膜に覆われているからである。それゆえに頭を覆うのである³」。のちには「人は頭をあらわにする。というのは、dīkṣā を行う者は胎児となり、胎児は羊膜と絨毛膜という二枚の膜に覆われているが、いまや彼は生まれ出たのであり、それゆえに頭をあらわにするのである⁴」。麻の帯を衣服の下に巻く。「実に羊膜は絨毛膜の下にある。それゆえに帯は衣服の下にあるのである。Prajāpati が胎児となってこの供犠から生まれたごとく、まさにそのように、彼は胎児となってこの供犠から生まれる⁵」。人は
註
- Śat. 3, 1, 1, 8 : devān vā eṣa upāvartate yo dīkṣate sa devatānām eko bhavati. — ib. 3, 1, 4, 1 : udgṛbhṇīte vā eṣo 'smāl lokād devalokam abhi yo dīkṣate. — Maitr. 3, 6, 1 : devatām evopaiti yo dīkṣate. — dīkṣā の擬似語源的解釈は不明瞭である。— Śat. 3, 2, 2, 30 : sa vai dhīkṣate. vāce hi dhīkṣate yajñāya hi dhīkṣate yajño hi vāg dhīkṣito ha vai nāmaitad yad dīkṣita iti. — Gop. 1, 3, 19 : kasyasvid dhetor dīkṣita ity ācakṣate śreṣṭhāṃ dhiyaṃ kṣiyatīti taṃ vā etaṃ dhīkṣitaṃ santaṃ dīkṣitam ity ācakṣate.
- Maitr. 3, 6, 1 : antarhito vai daivāt kṣayān mānuṣaḥ kṣayo mānuṣād evainaṃ kṣayād antardadhāty atho rakṣasām ananvāyāyaiti vā eṣo 'smāl lokād yo dīkṣate. — Taitt. S. 6, 1, 1 : antarhito hi devaloko manuṣyalokān nāsmāl lokāt śvetavyam ity āhuḥ ko hi tad veda yady amuṣmiṃl loke 'sti vā na veti dīkṣv atikāśān karoti.
- Śat. 3, 2, 1, 16 : atha prorṇute. garbho vā eṣa bhavati yo dīkṣate prāvṛtā vai garbhā ulbenaiva jarāyuṇeva tasmād vai prorṇute. — Taitt. S. 6, 1, 3, 2 : garbho vā eṣa yad dīkṣita ulbaṃ vāsaḥ prorṇute tasmāt. garbhāḥ prāvṛtā jāyante. — Et cf. inf. Ait. 1, 3, 1.
- Śat. 3, 3, 3, 12 : athātra prorṇute〔正しくは aporṇute〕. garbho vā eṣa bhavati yo dīkṣate prāvṛtā vai garbhā ulbenaiva jarāyuṇeva tam atrājījanata tasmād aporṇute.
- Śat. 3, 2, 1, 11 : antaraṃ vā ulbaṃ jarāyuṇo bhavati tasmād eṣāntarā vāsaso bhavati sa yathaivātaḥ Prajāpatir ajāyata garbho bhūtvaitasmād yajñād evam evaiṣo 'to jāyate garbho bhūtvaitasmād yajñāt.
〔104〕dīkṣā を行う祭主のために特別な小屋を建て、彼に黒羚羊の皮をかぶせる。「小屋は彼の子宮であり、黒羚羊の皮は絨毛膜であり、衣服は羊膜であり、帯は臍帯である。dīkṣā を行う者は胎児だからである¹」。ある時点で身体を動かすなら、その理由もやはり同じである。「火は供犠の子宮であり、dīkṣā を行う者は胎児である。ところで胎児は子宮の内部を動きまわる。祭主があるときは身を動かし、あるときは向きを変えるのは、そのゆえに胎児があるときは動き、あるときは向きを変えるからである²」。人は拳を握る。「実に、dīkṣā を行う者は胎児となる。それゆえに拳を握るのである。胎児は拳を握っているからである³」。木片や爪で身体を掻いてはならない。「実に、dīkṣā を行う者は胎児となる。もし胎児を木片や爪で掻くならば、致命的な流産を惹き起こすであろう⁴」。ある Brāhmaṇa は、dīkṣā の主要な諸行為とその解釈とを簡潔な叙述のうちに集めている。「祭官たちは、dīkṣā を授ける者を胎児に変える。彼らは彼に水を注ぐ。水は男の精である。かくして彼に男の精を与えることによって dīkṣā を与えるのである。彼らは彼の眼に軟膏を塗る。軟膏は眼にとっての活力である。かくして活力を与えることによって彼に dīkṣā を与えるのである。彼らは彼を特別な小屋に入らせる。特別な小屋は dīkṣā を行う者の子宮である。かくして彼にふさわしい子宮に彼を入らせるのである。彼らは彼を衣服で覆う。
註
- Maitr. 3, 6, 7 : yonir vai dīkṣitasya dīkṣitavimitaṃ jarāyu kṛṣṇājinam ulbaṃ dīkṣitavāso nābhir mekhalā garbho dīkṣitaḥ.
- Śat. 3, 1, 3, 28 : agnir vai yonir yajñasya garbho dīkṣito 'ntareṇa vai yoniṃ garbhaḥ saṃcarati sa yat sa tatraijati tvat pari tvad āvartate tasmād ime garbhā ejanti tvat pari tvad āvartante.
- Śat. 3, 2, 1, 6 : garbho vā eṣa bhavati yo dīkṣate… tasmān nyaṅṅaṅgulir iva bhavati nyaṅṅaṅgulāya iva hi garbhāḥ.
- Śat. 3, 2, 1, 31 : garbho vā eṣa bhavati yo dīkṣate yo vai garbhasya kāṣṭhena vā nakhena vā kaṇḍūyed apāsyan mriyeta.
〔105〕衣服は dīkṣā を行う者にとって羊膜である。かくして彼らは彼を羊膜で覆うのである。その上に黒羚羊の皮をかける。実に絨毛膜は羊膜の上にあるからである。かくして彼らは彼を絨毛膜で覆うのである。彼は拳を握る。実に胎児は母胎にあるあいだ拳を握っているからである。子が生まれるときには拳を握っている……。彼は沐浴に入るために黒羚羊の皮を脱ぐ。それゆえに胎児は絨毛膜を脱いで世に生まれるのである。彼は衣服を着たままそこに入る。それゆえに子は羊膜を身にまとって生まれるのである¹」。これらの実践のおかげで、祭主は二つの身体を所有することになる。一つは物質的で死すべきもの、いま一つは祭祀的で不死なるものである。前者は犠牲となるべく定められている。「dīkṣā を行う者は、自らの身を犠牲としてすべての神々に供する²」。「dīkṣā を行った者は、すべての神々によって祭祀の犠牲として屠られる³」。「dīkṣā を行う者は、神々に供される食物となる⁴」。もちろん祭主はのちに別の儀式によって自らを購い戻す。しかし自らの身体を神々に受け入れられる供物として差し出すためには、彼を汚す不浄を取り除かねばならない。かくして「彼は頭髪と髭とを剃り、爪を切る。頭髪と髭とは死んだ皮膚であり、供物にふさわしくない。それゆえに供物にふさわしくない死んだ皮膚を捨て去り、供犠に値する者となって、彼は自らのうちに祭祀的清浄を所有するのである⁵」。
註
- Ait. 1, 3 : punar vā etam ṛtvijo garbhaṃ kurvanti yaṃ dīkṣayanty adbhir abhiṣiñcanti reto vā āpaḥ saretasam evainaṃ tat kṛtvā dīkṣayanti… añjanty enaṃ tejo vā etad akṣyor yad añjanaṃ satejasam evainaṃ tat kṛtvā dīkṣayanti… dīkṣitavimitaṃ prapādayanti yonir vā eṣā dīkṣitasya yad dīkṣitavimitaṃ yonim evainaṃ tat svāṃ prapādayanti… vāsasā prorṇuvanty ulbaṃ vā etad dīkṣitasya yad vāsa ulbenaivainaṃ tat prorṇuvanti kṛṣṇājinam uttaraṃ bhavaty uttaraṃ vā ulbāj jarāyu jarāyuṇaivainaṃ tat prorṇuvanti muṣṭiṃ kurute muṣṭiṃ vai kṛtvā garbho 'ntaḥ śete muṣṭiṃ kṛtvā kumāro jāyate.
- Ait. 6, 3, 9 : sarvābhyo vā eṣa devatābhya ātmānam ālabhate yo dīkṣate.
- Ait. 6, 9, 6 : sarvābhir vā eṣa devatābhir ālabdho bhavati yo dīkṣito bhavati.
- Śat. 3, 3, 4, 21 : sa havir vā eṣa bhavati yo dīkṣate.
- Taitt. S. 6, 1, 1, 2 : keśaśmaśru vapate nakhāni nikṛntate mṛtā vā eṣā tvag amedhyā yat keśaśmaśru mṛtām eva tvacam amedhyām apahatya yaj-〔次頁に続く〕
〔106〕祭祀の徳によって変容した身体は、超人間的な力を獲得する。供犠が彼のうちにあるからである。「dīkṣā によって、身体全体が焔の光輪をまとう¹」。——「また、もし彼が言葉を慎まねばならぬとすれば、それは言葉が供犠であり、そのとき人は供犠を自らのうちに担っているからである。そして言葉を慎むべきときに彼が語るならば、供犠は逃れ去り、彼から離れ去るであろう²」。かくして獲得された力は、供犠のすべての力と同様、粗暴で宿命的な作用をもつ。それは自らに衝突するすべてのものを撃ち倒す。「dīkṣā を行う者、その者の悪の分け前は三つに分たれる。もし人が彼の食物を食べるなら、その三分の一を受け取る。もし人が彼を悪しざまに言うなら、三分の一を受け取る。もし蟻が彼を咬むなら、蟻がその三分の一を受け取る³」。
要するに dīkṣā は第二の誕生であり、人間を神とする再生である。「人は
註
〔前頁註 5 の続き〕ñiyo bhūtvā medham upaiti. — Td. 4, 9, 22 はこの実践について類似の説明を与える。「頭頂を剃る。かくして自らから悪を取り除くのである。〔人は〕こう唱えながら〔行う〕。かく軽くなって、われらが天界に赴きうるように、と」——śikhām anupravapante pāpmānam eva tad apaghnate laghīyāṃsaḥ svargaṃ lokam ayāmeti. — Śat. 3, 6, 3, 14-17 はこの実践の価値について異説を報告する。「太陽と火とはあらゆる方向に顔をもつ。人間は一方にしか顔をもたない。頭を剃ることによって、彼もまたあらゆる方向に顔をもつことになり、太陽や火のように食物を豊かに得る。かく知りつつ頭を剃るならばである。ゆえに頭を剃らねばならない。しかし Āsuri はこれに反対して言った。顔と何の関係があるのか、たとえ全身の毛を剃ったとしても。年に三度供犠を行うならば、そのときこそはじめてあらゆる方向に顔をもち、つねに食物を豊かに得るのである。ゆえに頭を剃ることに意を用いる必要はない、と彼は言った」——athāyam anyatomukhaḥ puruṣaḥ. sa etat sarvatomukho bhavati yat parivartayate sa evam evānnādo bhavati yathaitāv etad ya evaṃ vidvān parivartayate tasmād vai parivarteta. tad u hovācāsuriḥ. kiṃ nu tatra mukhasya yad api sarvāṇy eva lomāni vapeta yad vai triḥ saṃvatsarasya yajate tenaiva sarvatomukhas tenānnādas tasmān nādriyeta parivartayitum iti.
- Taitt. S. 7, 4, 9, 1 : abhūrdhata eva dīkṣābhir ātmānam(註釈:svaśarīram abhita eva sarvato jvalayanty eva)〔?〕.
- Śat. 3, 2, 1, 33 : atha yad vācaṃ yacchati. vāg vai yajño yajñam evaitad ātman dhatte 'tha yad vācaṃyamo vyāharati, tasmād u haiṣa visṛṣṭo yajñaḥ parāṅ āvartate. — Taitt. S. 6, 1, 4, 3 : yat purā nakṣatrebhyo vācaṃ visṛjed yajñaṃ vicchindyāt. — Maitr. 3, 6, 8 : vācaṃ yacchati yajñaṃ vā etad gacchati yad vācaṃ visṛjed yajñaṃ visṛjet.
- Maitr. 3, 6, 7 : tredhā vā etasya pāpmānaṃ vibhajante yo dīkṣate yo 'syānnam atti sa tṛtīyaṃ yo 'syāślīlaṃ kīrtayati sa tṛtīyaṃ yā enaṃ pipīlikā daśanti tās tṛtīyam. — Td. 5, 6, 10 : yo vai dīkṣitānāṃ pāpaṃ kīrtayati tṛtīyam eṣāṃ aṃśaṃ pāpmano haranty annādās tṛtīyaṃ pipīlikās tṛtīyam. — Gop. 1, 3, 19 : tasya ye 'nnam adanti te 'sya pāpmānam adanti. athāsya ye nāma gṛhṇanti te 'sya nāmnaḥ pāpmānam apaghnate.
〔107〕ただ部分的にのみ生まれる。彼が真に世に生まれ出るのは供犠によってである¹」。決定的な天界上昇を惹き起こす葬礼の儀式もまた、dīkṣā と同じ資格で、誕生の諸段階の一つと見なされうる。「まことに、人は三度生まれる。まず父と母とから生まれる。次に、彼が供犠を行うとき、供犠が彼につくるもの、それが彼の第二の誕生である。最後に、彼が死んで火のうちに置かれるとき、そこから生まれるのが第三の誕生である。それゆえに、人は三度生まれると言われるのである²」。
儀式による生成という観念は、理論においても実践においても認められており、その反作用として性的機能の現実的あるいは象徴的な再現を発展させずにはおかなかった。Brāhmaṇa は Tantra の敬虔な猥褻へ道を開くものである。もし詠誦の途上で、祭官が詩節の最初の二句を分離し、後の二句を密着させるならば、それは女が腿を開き、男が交合においてそれを締めつけるからである。祭官はかくして交合を表現し、供犠が多くの子孫を与えるようにするのである³。hotar による低声の詠誦は精の放出である。adhvaryu は、hotar が彼に儀礼的な呼びかけを行うとき、四つん這いになって顔を背ける。それは四足獣が精を放つのに背を向けるからである⁴。次いで adhvaryu は身を起こして hotar と向かい合う。それは二足者が精を放つのに顔を向かい合わせるからである。
註
- Maitr. 3, 6, 7 : ajāto(ajāto「生まれざる者」とも読みうる)vai puruṣaḥ sa vai yajñenaiva jāyate.
- Śat. 11, 2, 1, 1 : trir ha vai puruṣo jāyate. etan nv eva mātuś cādhi pituś caagre jāyate 'tha yaṃ yajña upanamati sa yad yajate tad dvitīyaṃ jāyate 'tha yatra mriyate yatrainam agnāv abhyādadhati sa yat tataḥ sambhavati tat tṛtīyaṃ jāyate tasmād āhus triḥ puruṣo jāyata ity āhuḥ.
- Ait. 10, 3, 2-4 : prathame pade viharati tasmāt strī ūrū vihārati samasyaty uttare pade tasmāt pumān ūrū samasyati tan mithunaṃ mithunam eva tad ukthamukhe karoti prajātyai.
- Ait. 10, 6, 1-6 : hotṛjapaṃ japati retas tat siñcati… parāñcaṃ catuṣpady aśnam abhyāhvayate tasmāt parāñco bhūtvā catuṣpādo retaḥ siñcanti samyañco dvipād bhavati tasmāt samyañco bhūtvā dvipādo retaḥ siñcanti.
〔108〕実例を増やすことは容易であろうが¹、これ以上こだわるのは無用である。しかしなお、一年間の祭祀の会期(sattra)を締めくくる粗暴な儀式に触れておくのがよい。一年の禁欲によって逃げ去った男性的な力を祭主のうちに回復させるために、一人の男と一人の女とが聖別された祭場の内部で交合するのである²。
dīkṣā には、その性質上、śraddhā が密接に結びついている。「śraddhā は dīkṣā の形相である³」——「神々が dīkṣā を作ったのは śraddhā によってである⁴」。Kauṣītaki-brāhmaṇa の中立的で灰色の相貌のうちに激しく際立つ一つの驚嘆すべき伝説が、この二つの語を接近させ、śraddhā の称揚にまで至っている。「いまや Keśin に対する dīkṣā について語ろう。さて、Keśin Dārbhya は dīkṣā を行って坐していた。一羽の黄金の鳥が飛んで彼のもとへ来て、彼に言った。汝は dīkṣā をもたぬ。われは dīkṣā を知る。汝にそれを教えようか。——供犠が一度きり行われるとき、私はその効果が持続しないのではないかと恐れる。一度きり行われる供犠の持続をいかにして保証するか、汝は知っているか。それならば私に言え。彼は言った。よろしい。そして彼らは語り合いはじめた。さてその鳥は、彼〔Indra〕であったか、あるいは Ula Vārṣṇivṛddha であったか、あるいは Iṭan Kāvya であったか、あるいはまた Śikhaṇḍin Yājñasena であったか、あるいは誰であれ他の者であったか」。そして鳥は自分の流儀で儀式を説く。しかし Kauṣītakin は言う。「これらの献供(鳥の語ったもの)を行ってはならない。それは過剰に献ずる献供となるであろうから……。一度きり行われた供犠を無限に持続させるものは śraddhā である
註
- 例えば Ait. 10, 7 ; 13, 11 ; 28, 1, 4-5 ; 30, 1, 7. — Śat. 1, 1, 1, 20-21 参照。
- Taitt. S. 7, 5, 9, 4 ; Kāṭh. 34, 5. Śāṅkhāyana の Śrauta-sūtra はこの儀式を記述するが、次のように付け加える。「これは古い時代のことであって、今は用いられぬ。行ってはならない」——tad etat purāṇam utsannaṃ na kāryam. — Cf. Ind. St. X, 125.
- Śat. 12, 8, 2, 4 : etad dīkṣāyai rūpaṃ yac chraddhā. — id. ib. 14, 6, 9, 22.
- Śat. 12, 1, 2, 1 : śraddhayā vai devāḥ dīkṣāṃ niramimīta. — Cf. Gop. 1, 4, 7 : śraddhayā vai devā dīkṣaṇīyān niramimīta. — Ib. 1, 5, 24 : manīṣiṇo dīkṣitāḥ śraddadhānā hotāro guptā abhivahanti yajñam… aṣṭādaśī dīkṣitī dīkṣitānāṃ yajñe patnī śraddadhānena yuktā.
〔109〕のである。śraddhā をもって供犠を行うならば、行った供犠が失われることは決してない¹」。
śraddhā とは信頼である。しかし祭主にかくも美しい果実を保証するこの信頼は、誰に向けられるのか。Brāhmaṇa の解釈は、真の信者の信条について躊躇を許さない。śraddhā はしばしば satya すなわち正確さと結びつけられる²。「かの時、何ものも存在しなかった、と Yājñavalkya は Janaka に言った。正確さが信頼のうちに献酒として供された³」。——「私は見た、と言う証人は信を置かれる。眼こそが正確さだからである⁴」——「信頼と正確さ、これこそ最も美しい対である⁵」。正確さと信頼とはかくも近接しているので、容易に混同される。誠実になされる誓いとは「信頼をもって」なされると言われる誓いである⁶。水は信頼である⁷。それが正確さであるのと同様に。信頼が神々に向けられることのいかに少ないかは、神々自身が人間と同様にそれを与えたり拒んだりすることからも知られる。「まず信頼にしっかりと執着することなく供犠を献ずる者、その供犠は信頼を惹き起こさない。まず信頼にしっかりと執着しつつ供犠を献ずるならば、神々も
註
- Kauṣ. 7, 4 : athātaḥ kaiśinī dīkṣā. Keśī ha Dārbhyo dīkṣito niṣasāda. taṃ ha hiraṇmayaḥ śakuna āpatyovācādīkṣito vā asi dīkṣāṃ ahaṃ veda tāṃ te bravāṇi. sakṛd ayaje tasya kṣayād bibhemi sakṛdiṣṭasyāho tvam ākṣitiṃ vettha tāṃ tvaṃ mahyam iti. sa ha tathety uvāca tau ha samprocāte. sa ha sa āso vā Ula Vārṣṇivṛddha Iṭan vā Kāvyaḥ Śikhaṇḍī vā Yājñaseno yo vā sa sa āsa……(tad u smāha Kauṣītakir na hotavyā atiriktā āhutayaḥ syur yad dhūyeran ; Weber, Ind. St. 2, 308 の読み。Lindner 版は異なる)atha khalu śraddhaiva sakṛdiṣṭasyākṣitiḥ sa yaḥ śraddadhāno yajate tasyeṣṭaṃ na kṣīyate.
- Ait. 32, 9, 4 : śraddhā patnī satyaṃ yajamānaḥ śraddhā satyam ity uttamaṃ mithunam. — Śat. 11, 3, 1, 1 : teja eva śraddhā satyam ājyam. — ib. 12, 1, 3, 23 : tad eṣāṃ satyena tapasā śraddhayā yajñenāhutibhir avaruddhaṃ bhavati.
- Śat. 11, 3, 1, 4 : na vā iha tarhi kiṃ canāsīd athaitad ahūyataiva satyaṃ śraddhāyām.
- Ait. 1, 6, 11 : sa yady adarśam ity āhāthāsya śrad dadhati. — Śat. 1, 3, 1, 27 : ya eva brūyād aham adarśam iti tasmā eva śraddadhyāma. — Maitr. 3, 6, 3 : satyaṃ vai cakṣur neva vāce śrad dadhāti.
- Ait. 32, 9, 4 : śraddhā satyam ity uttamaṃ mithunam.
- Ait. 39, 1, 3 : sa brūyāt saha śraddhayā.
- Maitr. 1, 4, 10 : āpo vai śraddhā. — id. ib. 4, 1, 4. — Taitt. S. 1, 6, 8, 1 : śraddhā vā āpaḥ. — 下註および Varuṇa に関する章を参照。
〔110〕人間もともにこの供犠に信頼を置く¹」。したがって信頼が向けられるのは供犠にである。しかしそれは供犠だけにではない。祭官もまたその分け前をもつ。作業への信頼は作業者への信頼を要求するのである。「Vatsaprī Bhālandana は自分への信頼を得られなかった。彼は焼けつくような苦行を行った。彼は Vātsapra の旋律を見た。彼は自分への信頼を得た²」。——「Ṛṣi たちは Vatsaprī Bhālandana を侮辱し、詐欺師と呼んだ。彼は讃歌を見、それによって勝ち誇って彼らの侮辱を斥けた³」。Vatsaprī が一つの祭式歌の発見によって供犠の知識を証明した瞬間から、拒まれていた信頼が自ずと彼のもとへ来るのである。神々の祭官たる神 Bṛhaspati もまた、その職務を行うために信頼を吹き込む必要がある。「Bṛhaspati は願った。神々がわれを信頼せんことを。われが彼らの祭官とならんことを、と。彼は祭官職を確保する儀式を見出した。神々は彼を信頼し、彼は彼らの祭官となった⁴」。すべての生類と同様に供犠に参与する牝牛たちもまた、経験によって信頼の価値を認めた。「牝牛たちは祭祀の会期(sattra)を保った。彼女らは角をもたず、それを得ることを望んだ。十か月会期に留まった牝牛たちがあり、そこで角が生じた。彼女らは言った。われらは成功した。会期を終えよう。会期によって得ようと望んだものを得たのだから、と。しかし〔他方には〕こう言う者たちがあった(それは
註
- Taitt. S. 1, 6, 8, 1 : yo vai śraddhām anārabhya yajñena yajate nāsyeṣṭāya śrad dadhate… śraddhām evārabhya yajñena yajata ubhaye 'sya devamanuṣyā iṣṭāya śrad dadhate. — Maitr. 4, 1, 4 : yo vai śraddhām anālabhya yajate nāsya devamanuṣyā iṣṭāya śrad dadhati… śraddhām evālabhya yajate… śrad dhāsya devāḥ śran manuṣyā iṣṭāya dadhate. — Cf. ib. 1, 4, 10 : śraddhām ālabhya yajate na pāpīyān bhavati.
- Td. 12, 11, 25 : Vatsaprīr Bhālandanaḥ śraddhāṃ nāvindata sa tapo 'tapyata sa etad vātsapram apaśyat sa śraddhām avindata.
- Maitr. 3, 2, 2 : Vatsaprīyaṃ vai Bhālandanam ṛṣayo 'dhyavadaṃs tena iti sa etat sūktam apaśyat tenādhivādam apājayat. — Cf. Taitt. S. 5, 2, 1, 6 ; Śat. 6, 7, 4, 1.
- Taitt. S. 7, 4, 1, 1 : Bṛhaspatir akāmayata śran me devā dadhīran gaccheyaṃ purodhām iti sa etaṃ caturviṃśatirātram apaśyat tam āharat tenāyajata tato vai tasmai śrad devā adadhata āgacchat purodhām.
〔111〕半数であったか、不定の数であったか)。残る二か月のあいだ会期を保って十二か月を満たそう。年の終わりに会期を終えよう、と。十二か月目に、信頼のゆえに、あるいは信頼の欠如のゆえに、彼女らに角が生えた。これが角なき牝牛たちである。前者も後者もともに成功した。一方は角を得、他方は栄養の力を得たのである¹」。この事例は神学者たちの注意を惹くに値した。前者は供犠によって獲得された結果に信頼を置き、成就した結果が現れるや直ちに会期を終える。しかし後者が儀式を続行したとして、これを信頼ありとすべきか不信ありとすべきか。おそらくは成功に励まされて、彼女らはより大きな果実を引き出すことを期して祭祀の会期を延長したのであり、事実それに成功した。栄養を豊かに得たのだから。しかし同時に、彼女らは満足しなかったがゆえに、その恩恵を失った。彼女らの角は未成熟のままに留まったのである。真の信頼を表明するのは、賢明にして名高き王 Janamejaya Pārikṣita の言葉である。「かのように知る者として Janamejaya Pārikṣita はこう言った。かのように知るわれのために、かのように知る祭官たちが供犠を行う。それゆえに
註
- Taitt. S. 7, 5, 2, 1-2 : gāvo vā etat sattram āsata śṛṅgāḥ satīḥ śṛṅgāṇi siṣāsantīs tāsāṃ daśa māsā niṣaṇṇā āsann atha śṛṅgāṇy ajāyanta tā abruvann ārtsmottiṣṭhāmāva taṃ kāmam ārtsmahi yena kāmena nyaṣadāmeti tāsām u tvā abruvann ardhā vā yāvatīr vāsamahā evemau dvādaśau māsau saṃvatsaraṃ sampādyottiṣṭhāmeti. tāsāṃ dvādaśe māsi śṛṅgāṇi prāvartanta śraddhayā vāśraddhayā vā tā imā yās tūparā ubhayyo vāva tā ārdhnuvan yāś ca śṛṅgāṇy asanvan yāś corjam avārundhata. — ib. 7, 5, 1, 1 : gāvo vā etat sattram āsata śṛṅgāḥ satīḥ śṛṅgāṇi no jāyantā iti kāmena tāsāṃ daśa māsā niṣaṇṇā āsann atha śṛṅgāṇy ajāyanta tad udatiṣṭhann ārtsmety atha yāsāṃ nājāyanta tāḥ saṃvatsaram āptvodatiṣṭhann ārtsmeti yāsāṃ cājāyanta yāsāṃ ca na tā ubhayīr udatiṣṭhann ārtsmeti. — Td. 4, 1, 1-2 : gāvo vā etat satram āsata tāsāṃ daśasu māhsu śṛṅgāṇy ajāyanta tā abruvann ārtsmottiṣṭhāmopāśa no jñātety tā udatiṣṭhan. tāsāṃ tv evābruvann āsāmahā evemau dvādaśau māsau saṃvatsaram āpayāmeti tāsāṃ dvādaśasu māhsu śṛṅgāṇi prāvartanta tāḥ sarvam annādyam āpnuvaṃs tā etās tūparāḥ. — Ait. 18, 3, 2-3 : gāvo vai satram āsata śaphāñ chṛṅgāṇi siṣāsatyas tāsāṃ daśame māsi śaphāḥ śṛṅgāṇy ajāyanta tā abruvan yasmai kāmāyādīkṣāmahy āpāma tam uttiṣṭhāmeti tā yā udatiṣṭhaṃs tā etāḥ śṛṅgiṇyo 'tha yāḥ samāpayiṣyāmaḥ saṃvatsaram ity āsata tāsām aśraddhayā śṛṅgāṇi prāvartanta tā etās tūparā ūrjaṃ tv asunvan.
〔112〕われは侵略軍に勝利し、侵略軍とともに勝利する。神的な矢も人間の矢もわれに当たらない。われは満ちた生を生き、全大地の主となるであろう¹」。かのように知ること、すなわち実践と理論とを同時に知ること、これが成功の鍵であり信頼の原理である。「信頼をもつ信心深き者の献供がそうであるように……かのように知る者の献供もまたそうである²」。Brāhmaṇa のうちには、儀式の果実を evaṃvid「かのように知る者」に許し留保しない章句はほとんどない。かのように知らぬがゆえに、人は信頼を不当に揺るがす残酷な失敗にさらされる。「太初、人が供犠を行ったとき、その際に祭壇と献供物とに触れていた。供犠を行う者は悪くなり、供犠を行わぬ者は栄えた。そこで不信が人間のうちに入り込んだ。供犠を行う者は悪くなり、供犠を行わぬ者は栄える、と彼らは言った。そして献供物はもはやここから神々のもとへ行かなくなった。ところが神々はここで与えられるものによって生きるのである。神々は Bṛhaspati Āṅgirasa に言った。不信が人間のうちに入り込んだ。彼らに供犠の仕方を示せ、と。Bṛhaspati Āṅgirasa は彼らのもとへ行って言った。汝らが供犠を行わぬのはなぜか。彼らは言った。いかなる願いがわれらを供犠に駆り立てようか。供犠を行う者は悪くなり、供犠を行わぬ者は栄えるのだ、と。Bṛhaspati Āṅgirasa は彼らに言った。汝らは儀式の途上で祭壇と献供物とに触れた。それゆえに汝らは悪くなったのだ。触れずに供犠を行え。そうすれば汝らは栄えるであろう³」。
註
- Ait. 37, 7, 9 : etad dha sma vai tad vidvān āha Janamejayaḥ Pārikṣita evaṃvidaṃ hi vai mām evaṃvido yājayanti tasmād ahaṃ jayāmy abhītvarīṃ senāṃ jayāmy abhītvaryā senayā na mā divyā na mānuṣyā iṣava ṛcchanty eṣyāmi sarvam āyuḥ sarvabhūmir bhaviṣyāmīti.
- Kauṣ. 2, 8 : tad yathā na vai śraddhādevasya satyavādinas tapasvino hutaṃ bhavaty evaṃ haivāsya hutaṃ bhavati ya evaṃ vidvān. — 下記も参照。
- Śat. 1, 2, 5, 24 : sa ye hāgra ījire. te ha smāvamṛśaṃ yajante te pāpīyāṃsa āsur atha ye nejire te śreyāṃsa āsus tato 'śraddhā manuṣyān viveda ye yajante pāpīyāṃsas te bhavanti ya u na yajante śreyāṃsas te bhavantīti tata ito devān havir na jagāmetaḥ pradānād dhi devā upajīvanti. te〔次頁に続く〕
〔113〕信頼の本質的要因の一つは、祭主が、因果関係の特異な逸脱によって、自分に仕える祭官たちの行う儀式の果実を受け取るのだという確信である。したがって、この確信に反するようないかなる不器用な実践からも身を守らねばならない。かくして新月満月祭においては、規則は視線を献供のバターへ向けて下ろすことを定めている。ある人々はこの規則が祭主自身に向けられたものと解した。「しかしそれについて Yājñavalkya は言った。それならばなぜ祭主たちは、単純に自分自身の祭官とならないのか。なぜ、はるかに重大な帰結をもつ儀式が行われるときに、自ら祭句を唱えないのか。彼らはどうして信頼を、すなわち祭官たちが供犠のうちで唱えるすべての祝福が専ら祭主のためのものであるという信頼を、得るに至るのか¹」。この信頼を揺るがすことは、次の教義を根底に据える教理を根本から破壊することである。すなわち「供犠は神々に、祝福は祭主に²!」と。信頼が必要不可欠であるがゆえに、それなくしては供犠は少なくとも祭主にとって不毛である。失われた供犠の果実を、ある協約に基づいて受け取るのは Bṛhaspati の子 Śamyu である。「Bṛhaspati の子 Śamyu は神々に言った。バラモンによって〔祭式に〕関わらされることなく、また信頼なくして供犠を献ずるならば、その供犠の祝福はわが分け前となるであろう³」。
神々への敬意の表明どころか、
註
〔前頁註 3 の続き〕ha devā ūcuḥ. Bṛhaspatim Āṅgirasam aśraddhā vai manuṣyān avidat tebhyo vidhehi yajñam iti sa hetyovāca Bṛhaspatir Āṅgirasaḥ kathā na yajadhva iti te hocuḥ kiṃkāmyā yajemahi ye yajante pāpīyāṃsas te bhavanti ya u na yajante śreyāṃsas te bhavantīti. sa hovāca Bṛhaspatir Āṅgirasaḥ……avamṛśam acārṣṭa tasmāt pāpīyāṃso 'bhūta tenānavamṛśaṃ yajadhvaṃ tathā śreyāṃso bhaviṣyatheti.
- Śat. 1, 3, 1, 26 : tad u hovāca Yājñavalkyaḥ katham nu na svayam adhvaryavo bhavanti katham svayaṃ nānvāhur yatra bhūyasya ivāśiṣaḥ kriyante kathaṃ nv eṣām atraiva śraddhā bhavatīti yāṃ vai kāṃ ca yajña ṛtvija āśiṣam āśāsate yajamānasyaiva.
- Śat. 2, 3, 4, 5 : yajño vai devānām āśīr yajamānasya.
- Taitt. S. 2, 6, 10, 1 : yad evābrāhmaṇokto 'śraddadhāno yajātai sa me yajñasyāśīr asad iti.
〔114〕信頼は神々を排除してその地位を占める¹。「信頼を神とする者(śraddhādeva)²」なる人物は、「正確な言葉を発する者(satya-vādin)³」と並んで現れる。きわめて偉大な聖者たちが、神々に対してはかなり無礼なこの称号を名誉の称号として帯びている。儀式と祭句との力によって Asura Svarbhānu に打ち勝ち、途方に暮れた神々に光を取り戻してやった Atri は śraddhādeva である。彼の神は信頼である。困難が生じても、彼は神々に不確かな助けを求めに行きはしない。供犠のほうがより直接的で確実な行動手段である。失敗は彼の信頼を揺るがさない。彼はただ自らの無知を責め、より適切な儀式を探し求めるのである。「Atri は信頼を神としていた。彼が供犠を行っても、四つの活力が彼のもとに来なかった。すなわち精力・力・バラモン的光輝・食物の豊かさである」。そこで彼は適切な供物を見、それを献じ、それを用いた
註
- Śraddhā は時に人格化される。それは Śat. 12, 7, 3, 11 によれば Sūrya の娘であり、Gop. 1, 4, 8 では女神 Śraddhā と呼ばれる。地獄への旅において、Bhṛgu は Śraddhā と Aśraddhā とがともに大いなる宝を守っているのを見る。Śatapatha 版では Śraddhā は魅力ある女(kalyāṇī)として、Aśraddhā はさらに魅力ある女(atikalyāṇī)として彼の前に現れる。Śat. はこの差異を Aśraddhā に有利なままに説明せずにおく。Jaiminīya は単に「二人の女」と言うが、śraddadhāna を evaṃvid に明瞭に近づけている。「この世で日々の献供を火に行わず、かのように知ることなく、信頼なくして供犠を行う者、その供犠は Aśraddhā に赴く。信頼をもつ者ならば、その供犠は Śraddhā に赴く」——ye vā asmiṃl loke 'gnihotram ajuhvato naivaṃvido 'śraddadhānā yajante tad aśraddhāṃ gacchati yac chraddadhānās tac chraddhāṃ(Jaim. 1, 42-44)。おそらく kalyāṇī を「繁栄せる」と訳すのが適切であろう。Jaiminīya の本文によれば Aśraddhā のもとへ赴く供犠の数のほうが多いのであるから、Aśraddhā は Śraddhā よりも繁栄し、富んでいることになる。
- Roth は Petersburg 辞典において別の説明を与える。「これは Bharadvāja 等と同様の複合語であって、意味は 神々を信ずる、信心深い(gottvertrauend, gläubig)である」と彼は言う。しかし Bharadvāja 型の複合語との類比とされるものは受け入れがたい。この型の複合語は第一項に第二項を支配する動詞形をもつからである。ところが複合語 śraddhā-deva の第一要素は名詞であって、直接目的語をとらない。Taitt. S. 7, 1, 8, 2 の註釈は、この語の正確な分析と正しい解釈とを与えている。śraddhā devo yasyāsau yathā devatāyām ādaras tathā śraddhāyām. 「Śraddhādeva は所有複合語であって、信頼を神としてもつ、を意味する。すなわち信頼に神格と同じ敬意を払うことである」。
- Kauṣ. 2, 8 : śraddhādevasya satyavādinaḥ…… 上掲参照。
〔115〕そして供犠のうちで、逃げ去っていた四つの活力を順次獲得したのである¹。Brāhmaṇa における śraddhādeva の理想型は、まさしく人類の祖先、祭主の模範たる Manu である²。Manu を信頼に結ぶ絆はきわめて緊密かつ強固であって、その記憶は文学を通じて永続した。Bhāgavata-purāṇa は Śraddhā を Manu の妻としている³。Brāhmaṇa は同じ観念を別の形で表現する。彼らが Manu の伝説に結びつける女性的人物は Iḍā である。Iḍā とは、祭祀の言語においては、乳から得られる四つの製品、すなわちバター・乳漿・酸乳・軟質チーズから成る荘厳な供物である。しかしこの供物はきわめて単純でありながら、その効果はきわめて驚嘆すべきものであるので、信頼の完全な象徴と見なされるに値する。「Iḍā は śraddhā である⁴」。この二語の同一性がひとたび立てられれば、両者を随意に置き換えることが可能となった。Manu の物語は、信頼の教理を行為において表現している。名高い洪水の挿話がそこに導入されるのは、ひとえに Iḍā の徳を讃えるためである。Iḍā は独力で、他のいかなる助けもなしに、すべての生類を呑み込んだ大変動ののちに、Manu に子孫と家畜とを返すのである。
「ある朝、人が Manu に沐浴のための水を運んできた。ちょうど今日、手を洗うための水を運ぶのと同じである。ところで彼がこのように身を洗っていると、一匹の魚が手のうちに入ってきた。そして魚は彼にこう語りかけた。私を守れ、私は汝を救おう。——何から私を救うのか。——洪水がすべての生類を滅ぼすであろう。その洪水から私は汝を救うのだ。——汝を守るために私は何をすべきか。魚は彼に言った。われらがまだごく小さいあいだは、われらは
註
- Taitt. S. 7, 1, 8, 2 : Atriṃ śraddhādevaṃ yajamānaṃ catvāri vīryāṇi nopānaman teja indriyaṃ brahmavarcasam annādyaṃ sa etāṃ ca caturaś catuṣṭomān somān apaśyat tān āharat tair ayajata teja eva prathamenāvarunddhendriyaṃ dvitīyena brahmavarcasaṃ tṛtīyenānnādyaṃ caturthena.
- Śat. 1, 1, 4, 15 ; Taitt. B. 3, 2, 5, 9 ; Kāṭh. 3, 30, 1 ; Maitr. 4, 1, 6. — pp. 120-121 に引用の諸本文を参照。
- Bhāg. P. 9, 1, 11, 4.
- Śat. 11, 2, 7, 20 : śraddheḍā. sa yo ha vai śraddheḍeti vedāva ha śraddhāṃ runddhe 'tho yat kiṃ ca śraddhayā jayyaṃ sarvaṃ haiva taj jayati.
〔116〕多くの危険にさらされている。それに汝も知るとおり、魚は互いに食い合うのだ。まず私を壺に入れて守れ。次に私が大きくなりすぎたら、穴を掘ってそこに私を守れ。次に私があまりに大きくなったら、私を海へ運べ。そのときにはもはや私に危険はない。(ところでこの魚は jhaṣa であって、これが最も大きく成長する種である。)しかじかの年に洪水が来るであろう。舟を用意し、私を見失うな。そして洪水が世界を覆うとき、舟に乗れ、私が汝を救おう。Manu は魚を守り、次いでこれを海へ運んだ。予告された年数が過ぎたとき、Manu は舟を用意して待ち構えた。洪水が来ると、彼は舟に乗った。魚が近づいてきた。彼はその角に舟を曳く綱を結びつけた。かくして彼は北の山に至った。そこで魚は彼に言った。さあ私は汝を救った。舟を樹に繋げ。ただし山の上にいるあいだ、水に切り離されぬよう気をつけよ。水が退くにつれて、汝は下りてゆけ。かくして彼は水が退くにつれて下りていった。北の山は今なお『Manu の下降』と呼ばれる。ところで洪水はすべての生類を運び去り、Manu だけがここに残された。彼は礼拝し、労苦し、子孫を望みつつ暮らした。そこで彼は pāka の種類の供犠を行った。彼は水のうちに、澄ましバター・乳漿・酸乳・チーズを献じた。一年ののち、そこから一人の女が生まれた。彼女は水から出てくるとき全身輝いており、その足跡には澄ましバターが残った。Mitra と Varuṇa とが彼女に出会った。彼らは彼女に言った。汝は誰の者か。——私は Manu の娘です。——われらの者だと言え。——いいえ、と彼女は言った。私は私を生んだ者の者です。彼らはそれに分け前を得ようとした。彼女は諾とも否とも約束せず、そのまま通り過ぎた。彼女は Manu のもとに来た。Manu は彼女に言った。汝は誰の者か。——私はあなたの娘です。——どうして、幸いなる者よ、汝がわが娘であろうか。——あなたが水の中に献じた供物、すなわちバター・乳漿・酸乳・チーズ、それによってあなたは私を生ましめたのです。私は祝福です。私を供犠に用いなさい。あなたが私を供犠に用いるならば、あなたは子孫と家畜とにおいて増殖するでしょう。あなたが呼び求めるいかなる祝福も
〔117〕私によって満ち足りて実現するでしょう。かくして彼は供犠のただ中で彼女を用いた。彼女によって彼は礼拝し、労苦し、子孫を望みつつ生きた。彼女によって彼はこの子孫を生んだ。それが Manu の子孫である。彼が彼女によって呼び求めたすべての祝福は、満ち足りて実現した¹」。
供物固有の徳への信頼は、Manu に神々の保護を求めることを免れさせるだけではない。それは、神々自身が供犠から得なかった利益をも彼に保証する。「Manu の Iḍā は供犠に精通していた。彼女は Asura たちが祭火を設置していると聞いた。彼女はそこへ行った。彼らはまず āhavanīya の火を設置し、次いで gārhapatya の火を、次いで anvāhārya-pacana の火を設置した。彼女は言った。彼らの運は後ろ向きに行った。繁栄の
註
- Śat. 1, 8, 1, 1-10 : Manave ha vai prātar avanegyam udakam ājahrur yathedaṃ pāṇibhyām avanejanāyāharanty evaṃ tasyāvanenijānasya matsyaḥ pāṇī āpede. sa hāsmai vācam uvāda. bibhṛhi mā pārayiṣyāmi tveti kasmān mā pārayiṣyasīty augha imāḥ sarvāḥ prajā nirvoḍhā tatas tvā pārayitāsmīti kathaṃ te bhṛtir iti. sa hovāca. yāvad vai kṣullakā bhavāmo bahvī vai nas tāvan nāṣṭrā bhavaty uta matsya eva matsyaṃ gilati kumbhyām agre bibharāsi sa yadā tām ativardhā atha karṣūṃ khātvā tasyāṃ mā bibharāsi sa yadā tām ativardhā atha mā samudram abhyavaharāsi tarhi vā atināṣṭro bhavitāsmīti. śaśvad dha jhaṣa āsa. sa hi jyeṣṭhaṃ vardhate 'thetithīṃ samāṃ tad augha āgantā tan mā nāvam upakalpyopāsāsai sa augha utthite nāvam āpadyāsai tatas tvā pārayitāsmīti. taṃ evaṃ bhūtvā samudram abhyavajahāra. sa yatithīṃ tat samāṃ paridideśa tatithīṃ samāṃ nāvam upakalpyopāsāṃ cakre sa augha utthite nāvam āpede taṃ sa matsya upanyāpuplve tasya śṛṅge nāvaḥ pāśaṃ pratimumoca tenaitam uttaraṃ girim atidudrāva. sa hovāca. apīparaṃ vai tvā vṛkṣe nāvaṃ pratibadhnīṣva taṃ tu tvā mā girau santam udakam antaśchaitsīd yāvad udakaṃ samavāyāt tāvat tāvad anvavasarpāsīti. sa ha tāvat tāvad evānvavasasarpa tad apy etad uttarasya girer Manor avasarpaṇam ity augho ha tāḥ sarvāḥ prajā nirūvāha tatheha Manur evaikaḥ pariśiśiṣe. so 'rcañ chrāmyaṃś cacāra prajākāmaḥ. tatrāpi pākayajñeneje sa ghṛtaṃ dadhi mastv āmikṣām ity apsu juhavāṃ cakāra tataḥ saṃvatsare yoṣit sambabhūva sā ha pibdamānā evodait tasyai ha sma ghṛtaṃ pade saṃtiṣṭhate tayā Mitrāvaruṇau saṃjagmāte. tāṃ hocatuḥ kāsīti. Manor duhiteti. āvayor brūtety. neti hovāca. ya evā mām ajījanata tasyaivāham asmīti tasyām apitvam īṣāte. tad vā jajñau tad vā na jajñāv ati tv eveyāya sā Manum ājagāma. tāṃ ha Manur uvāca kāsīti. tava duhiteti. kathaṃ bhagavati mama duhiteti. yā amūr apsv āhutīr auhauṣīr ghṛtaṃ dadhi mastv āmikṣāṃ tato mām ajījanathāḥ. sāśīr asmi tāṃ mā yajñe 'vākalpaya yajñe ced vai mā vākalpayiṣyasi bahuḥ prajayā paśubhir bhaviṣyasi yāṃ kāṃ ca āśiṣam āśāsiṣyase sā te sarvā samardhiṣyata iti. tāṃ tata etan madhye yajñasyāvākalpayat… tayārcañ chrāmyaṃś cacāra prajākāmaḥ. tayemāṃ prajātiṃ prajajñe yeyaṃ Manoḥ prajātir yāṃ v enayā kāṃ cāśiṣam āśāsta sāsmai sarvā samārdhyata. — なお、洪水の物語が今日知られる他のいかなる Brāhmaṇa にも見出されないことは注目に値する。
〔118〕のち、彼らはすべてを失うであろう、と。……彼女は言った。Asura たちが祭火を設置している、と聞いた。彼女はそこへ行った。神々はまず anvāhārya-pacana の火を設置し、次いで gārhapatya の火を、次いで āhavanīya の火を設置した。彼女は言った。彼らの運は前向きに行った。彼らは栄え、天界へ行くであろう。だが息子は得られまい……。そして Iḍā は Manu に言った。あなたのために火を設置しましょう。そうすればあなたは子孫と家畜とにおいて、雄も雌もともに繁殖し、この世に確立され、天界を征服するでしょう¹」。そして Iḍā は彼に儀式の詳細を教えるのである。
もっぱら供犠の効果にのみ心を用いる Manu は、神々に対しても Asura に対しても同じ無関心を示す。彼の目から見れば、両者はいずれも、全能なる機構を作動させるための有効な作因にすぎない。等しく揺るぎない冷静さをもって、彼は
註
- Taitt. B. 1, 1, 4, 4-7 : Iḍā vai mānavī yajñānukāśiny āsīt. sāśṛṇot. asurā agnim ādadhata iti. tad agacchat. tā āhavanīyam agra ādadhata, atha gārhapatyam, athānvāhāryapacanam. sābravīt. pratīcī eṣāṃ śrīr agāt. bhadrā bhūtvā parā bhaviṣyantīti… sāśṛṇot. devā agnim ādadhata iti. tad agacchat. te 'nvāhāryapacanam agra ādadhata, atha gārhapatyam, athāhavanīyam. sābravīt. prācī eṣāṃ śrīr agāt. bhadrā bhūtvā suvargaṃ lokam eṣyanti. prajāṃ tu na vetsyanta iti… sābravīd Iḍā Manum. tathā vā ahaṃ tavāgnim ādhāsyāmi, yathā pra prajayā paśubhir mithunair janiṣyase. praty asmiṃl loke sthāsyasi. abhi suvargaṃ lokaṃ jeṣyasīti. — Maitr. 1, 6, 13 : Manur vai prajākāmo 'gnim ādhāsyamāno devatāyai devatāyā ajuhot tato Mitrāvaruṇayor āhutyā paphar vyudatiṣṭhat tasyā ghṛtaṃ pador akṣarat sā Mitrāvaruṇā ait tāv abrūtām āhutyā vai tvam āvayor ajaniṣṭhā Manos tvaṃ tvam asi taṃ parehīti sā Manum ait so 'bravīd asurā vā ime puṇyamanyā agnim ādadhate tān parehīti sā parait tā 'mum agrā ādadhatāthemam athemaṃ sā punar ait tām apṛcchat kim abhyagann iti sābravīd amum evāgrā ādhiṣatāthemam athemam iti so 'bravīt sakṛd vāvāsurāḥ śriyo 'ntam aguḥ parā tu bhaviṣyantīti so 'bravīd devā vā ime puṇyamanyā agnim ādadhate tān parehīti sā parait tā imam agrā ādadhatāthāmum athemaṃ sā punar ait tām apṛcchat kim abhyagann iti sābravīd imam evāgrā ādhiṣatāthāmum athemam iti so 'bravīd devā vai sarveṇa sākaṃ svargaṃ lokaṃ samārukṣann itaḥ pradānād tu yajñam upajīviṣyantīti… so 'bravīd ṛṣayo vā ime puṇyamanyā agnim ādadhate tān parehīti sā parait tā imam agrā ādadhatāthemam athāmuṃ sā punar ait tām apṛcchat kim abhyagann iti sābravīd imam evāgrā ādhiṣatāthemam athāmum iti so 'bravīd aham vāvāgnyādheyaṃ vidāṃ cakāra sarveṣu vā eṣu lokeṣv ṛṣayaḥ pratyatiṣṭhur iti. — Kāṭh. 8, 4(Ind. St. 3, 463): Iḍā vai mānavy āsīt… saivā Manor ādadhāt sābravīt tathā te 'gnim ādhāsyāmi yathā manuṣyā devān upaprajaniṣyanta iti sā gārhapatyam agrā ādadhād athaudanapacanam athāhavanīyam. — Cf. Taitt. S. 1, 7, 1, 3 : pākayajñena Manur acarat saiḍā Manum upāvartata tāṃ devāsurā vyahvayanta pratīcīṃ devāḥ parācīm asurāḥ sā devān upāvartata.
〔119〕神的なあるいは悪魔的な祭官たちに、自らの祭具を、雄牛を、妻さえも、そして客人たちまでも譲り渡す。期待される結果の必然性を信じてのことである。「Manu は諸々の器をもっていた。それらが打ち鳴らされると、その音を聞いた Asura たちはみなその日のうちに存在をやめた。ところでそのとき Asura のうちに二人のバラモン、Tṛṣṭa と Varutri とがあった。彼らは互いに言った。この災いからわれらを癒せ、と。二人は言った。Manu よ、汝は祭主である。汝の神は信頼である。われらにこれらの器を与えよ。彼は彼らにそれを与えた。彼らはそれを火によって滅ぼした。一頭の雄牛が焔を舐め、声がそのうちに入った。それが吼えると、その吼え声を聞いた Asura たちはみなその日のうちに存在をやめた。Tṛṣṭa と Varutri とは言った。Manu よ、汝は祭主である。汝の神は信頼である。われらは汝のためにこの雄牛を犠牲に供しよう。彼らは彼のために雄牛を犠牲に供した……。声は Manu の妻のうちに移った。彼女が語ると、それを聞いた Asura たちはみなその日のうちに存在をやめた。Tṛṣṭa と Varutri とは言った。Manu よ、汝は祭主である。汝の神は信頼である。われらは汝のために汝の妻を犠牲に供しよう。彼らは彼女に水を注ぎ、火のまわりを巡らせ、薪と草とを用意した。Indra はそれを見て言った。この二人の Asura の詐欺師どもが Manu から妻を奪おうとしている、と。Indra はバラモンの姿をとって近づき、言った。Manu よ、汝は祭主である。汝の神は信頼である。私が汝のために犠牲を供しよう。——汝は誰か。——一人のバラモンだ。バラモンの父や母を問うて何になろう。彼のうちに聖なる学が見出されるならば、それが彼の父であり、それが彼の祖父である。——供物は何になさるか。——この二人のバラモンだ。——私はこの二人のバラモンの主人であろうか。——汝は彼らの主人である。歓待を提供する者はその客人の主人である。彼は第二の祭壇を壊しに進んだ。彼らは薪と草とを運んできていた。彼らは彼に言った。そこで何をしているのか。——私は Manu のために犠牲を供しようとしているのだ。——何をもって。——汝らをもって。そこで彼らはそれが Indra であることを知り、薪と草とを投げ捨てて逃げ去った……。Manu は Indra に言った。わが供犠を完成させよ。わが供犠が散逸せぬように。彼は彼に言った。汝が彼女を犠牲に供して望んだものを、汝は得るであろう。だがこの女は放っておけ。
〔120〕そして彼は妻を去らせた¹」。この物語のある伝本は、批判も弁解も一言も交えずに供犠を成就させている。Manu はまことに śraddhā の英雄である。
註
- Maitr. 4, 8, 1 : Manor vai pātrāṇy āsaṃs teṣāṃ samāhanyamānānāṃ yāvanto 'surā upāśṛṇvaṃs tāvantas tad ahar nābhavann atha vā etāṃ tarhy asurāṇāṃ brāhmaṇā āstāṃ Tṛṣṭāvarutrī tā abruvaṃ cikitsataṃ nā iti tā abrūtāṃ Mano yajvā vai śraddhādevo 'sīmāni nau pātrāṇi dehīti tāni vā ābhyām adadāt tāny agninā samakṣāpayatāṃ tāñ jvālān ṛṣabhaḥ samalet taṃ manir anvapadyata tasya ruvato yāvanto 'surā upāśṛṇvaṃs tāvantas tad ahar nābhavaṃs tā abrūtāṃ Mano yajvā vai śraddhādevo 'sy anena tvā ṛṣabheṇa yājayāveti tena vā enam ayājayatāṃ tasya śroṇim anavat tāṃ suparṇa udamathnāt sā manādyā upastham āpadyata sā manir anvapadyata tasyā vadantyā yāvanto 'surā upāśṛṇvaṃs tāvantas tad ahar nābhavaṃs tā abrūtāṃ Mano yajvā vai śraddhādevo 'sy anayā tvā patnyā yājayāveti tāṃ prokṣya paryagni kṛtvedhmābarhir acchaitāṃ sa Indro 'ved ime vai te asuramāyā Manuṃ patnyā vyardhayatā iti Indro brāhmaṇo bruvāṇa upait so 'bravīn Mano yajvā vai śraddhādevo 'si yājayāni tvā katamas tvam asi brāhmaṇaḥ. kiṃ brāhmaṇasya pitaraṃ kim u pṛcchasi mātaraṃ śrutaṃ ced asmin vedyaṃ sa pitā sa pitāmahaḥ. kenety ābhyāṃ brāhmaṇābhyām itīśe 'haṃ brāhmaṇayor itīśiṣa hity abravīd atithipatir vāvātithīnām īṣṭa iti sa dvitīyāṃ vedim uddhantum upāpadyata ta idhmābarhir bibhratā aitāṃ tā abrūtāṃ kim idaṃ karoṣīti Manuṃ yājayiṣyāmīti kenety yuvābhyām iti tā avittām Indro vā ayam iti tau nyasyedhmābarhiḥ palāyetāṃ tau yad adhāvatāṃ parastād evendraḥ pratyait. tāv ṛṣaś caivāsaś ca abhavatāṃ tad vṛṣasya caivāsasya ca janma sa Manur Indram abravīt saṃ me yajñaṃ sthāpayā mā me yajño vikṛṣṭo 'bhūd iti so 'bravīd yat kāmā etām ālabdhāḥ sa te kāmaḥ samardhyatām athotsṛjeti tayā manur udasṛjat. — ib. 4, 1, 6 ; Kāṭh. 30, 1(Ind. St. 3, 461)および Śat. 1, 1, 4, 14-17 にも並行本文がある〔梵文は OCR 損傷が甚だしく、全文の復元は控える〕。
〔121〕彼は、仏教の聖者たちが献身の狂気をもつのと同様に、供犠の狂気をもつのである。この繊細な技術における比類なき熟練は、彼に祭祀上の決疑論の問題についての争う余地なき権威を与えている。どれほど重大で危険な誤りであろうと、彼が適切な贖罪によって修復しえぬものはない。「Manu の言ったことはすべて薬である¹」。社会の変化が儀式に代えて法を置いたとき、Manu に与えられた権威は保たれたが、その性質は変わった。Manu は立法者の典型となり、法あるいは実践道徳の格言が彼の名を騙るようになったのである²。
供犠への信頼は、尊敬される名によってのみ推奨されるのではない。それは奇蹟の力によって自らを押しつける。儀式と祭句との幸いなる効果を経験した人物は、人間であれ神であれ、数知れない。「Akūpāra は Aṅgiras の一族であった。彼の皮膚は蜥蜴の皮膚のようであった。Indra は trihsāman の旋律によってこれを浄め、太陽の色にした³」。——「Devātithi は息子とともに飢えつつ彷徨っていた。彼は森で urvāru の実を見つけた。彼は敬意をもってそれらに近づき
註
〔前頁註1の続き〕kathaṃ nv imaṃ dabhnuyāmeti Kilātākulī iti hāsurabrahmāv āsatuḥ. tau hocatuḥ. śraddhādevo vai Manur āvaṃ nu vedāveti tau hāgatyocatur Mano yajayāva tveti kenety anena ṛṣabheṇeti tatheti tasyālabdhasya vāg apacakrāma. sā Manor eva jāyāṃ Manāvīṃ praviveśa. tasyai ha sma yatra vadantyai śṛṇvanti tato ha smaivāsurarakṣasāni mṛdyamānāni yanti te hāsurāḥ samūdire ito vai naḥ pāpīyaḥ sacate bhūyo hi mānuṣī vāg vadatīti Kilātākulī haivocatuḥ śraddhādevo vai Manur āvaṃ no eva vedāveti tau hāgatyocatur Mano yajayāva tveti kenety anayaiva jāyayeti tatheti tasyā ālabdhāyā vāg apacakrāma. sā yajñam eva yajñapātrāṇi praviveśa. tato haināṃ na śekatur nirhantum. — Taitt. S. 6, 6, 6, 1 : Indraḥ patnīyā Manum ayājayat tāṃ paryagni kṛtām udasṛjat tayā Manur ārdhnot. — Taitt. B. 3, 2, 9, 9 : Manoḥ śraddhādevasya yajamānasyāsuraghnī vāg yajñāyudheṣu praviṣṭāsīt. te 'surā yāvanto yajñāyudhānām udvadatām upāśṛṇvan te parābhavan.
- Taitt. S. 2, 2, 10, 2 : yad vai kiṃ ca Manur avadat tad bheṣajam. — Maitr. 2, 1, 5 : Manur vai yat kiṃ cāvadat tad bheṣajam evāvadat. — Kāṭh. 11, 5 : Manur vai yat kiṃ cāvadat tad bhiṣajam āsīt.
- この移行は既に Brāhmaṇa の若干の挿話、たとえば Nābhānediṣṭha の物語に印されている。Taitt. S. 3, 1, 9, 4-6 ; cf. Maitr. 1, 5, 8.
- Td. 9, 2, 11 : Akūpāro 'ṅgiraso 'sīt tasya yathā godhāyās tvag evaṃ tvag āsīt tām etena trihsāmnendraḥ pūtvā sūryatvacasam akarot. — Cf. Oertel, J. A. O. S. 1895, p. 30(Jaim. 1, 220 による Apālā の類話)。
〔122〕祭祀の旋律を〔歌った〕。するとそれらは直ちに彼のために斑の牝牛に変じた¹」。——「Śyāvāśva Ārvaṇānasa は祭祀の会期を保っていた。人々は彼を砂漠へ運んだ。彼は祭祀の旋律を見た。それによって彼は雨を降らせた²」。——「Sārvaseni Śauceya は願った。家畜を得たい、と。そこで彼は pañcarātra を献じ、この供犠を行い、千頭の家畜を得た³」。しかしこれらの驚嘆すべき結果を得るためには、往昔の聖者たちが有した自発的な視力の賜物か、あるいは伝承された規定の正確な知識かが必要である。ある儀式を、それに厳密に固有でない目的に用いるのは、労力の無駄である。「ある対象を望むならば、祭祀の会期を保つ。別のものを望むならば、供犠を行う。供犠が与えうるすべてのものを、祭祀の会期によって得ることはできない。祭祀の会期が与えうるすべてのものを、供犠によって得ることはできない⁴」。大いなる技術とは、供犠の諸現象を支配する神秘的な因果法則を知ることである。「Kauṣītaki は言った。限られた数の祭句を用いる儀式の果実は限られている。限りない数の祭句を用いる儀式の果実は限りない。精神(manas)は限りなきものである。Prajāpati は精神である……。したがって限られたものは限られたものによって、限りなきものは限りなきものによって得られる⁵」。——若干の特別な予防措置のおかげで、「供犠に何か不十分なところがあれば、それは祭主に子孫を与える。過剰なところがあれば、家畜を与える。断片化したところがあれば
註
- Td. 9, 2, 19 : Devātithiḥ saputro 'śanāyaṃś carann araṇya urvārūṇy avindat tāny etena sāmnopāsīdat tā asmai gāvaḥ pṛśnayo bhūtvodatiṣṭhan.
- Td. 8, 5, 9 : Śyāvāśvam Ārvaṇānasaṃ sattram āsīnaṃ dhanvodavahan sa etat sāmāpaśyat tena vṛṣṭim asṛjata.
- Taitt. S. 7, 1, 10, 2 : Sārvaseniḥ Śauceyo 'kāmayata paśumān syām iti sa etaṃ pañcarātram āharat tenāyajata tato vai sa sahasraṃ paśūn prāpnot.
- Td. 22, 3, 2 : anyasmai vai kāmāya sattram anyasmai yajño na tat sattreṇāpnoti yasmai kaṃ yajño na tad yajñenāpnoti yasmai kaṃ sattram. — Id. ib. 22, 10, 2.
- Kauṣ. 26, 3 : atha ha smāha Kauṣītakiḥ parimitaphalāni vā etāni karmāṇi yeṣu parimito mantragaṇaḥ prayujyate 'thāparimitaphalāni yeṣv aparimito mantragaṇaḥ prayujyate mano vā etad yad aparimitaṃ Prajāpatir vai manaḥ… mitaṃ ha vai mitena jayaty amitam amitena.
〔123〕富を与える。完全であれば、それは彼に天を与える¹」。かくして人は、これほど恐るべき欠落や誤りからさえも利益を引き出しうることになる。というのも、一般論として言えば、「供犠のうちに過剰な行為があれば、祭主の身にも何かしら過剰なものが生ずる。供犠がその終わりの前に中断されるならば、祭主は飢えて死ぬ者となる²」からである。儀式はその効力を一括して発揮するのではない。そこに参与するすべての要素が固有の機能と限定された効果とをもつ。したがって組み合わせは、追求される目的に応じて変化しなければならない。讃歌の結びは、子孫を望むか、家畜を望むか、バラモン的光輝を望むかに応じて変わる³。詠誦すべき詩節も同様に変わる⁴。犠牲獣を繋ぐ柱は、天を望むならば khadira 材で作られ、豊かな食物と栄える健康とを望むならば bilva 材で、バラモン的光輝を望むならば palāśa 材で作られる⁵。詠誦は、長寿を目指すならば百詩節、供犠そのものを目指すならば三百六十詩節、子孫と家畜とを目指すならば七百二十詩節、バラモンの助言なくして供犠を行う場合、あるいは中傷され汚点を負っている場合には八百詩節、天を目指すならば千詩節から成る⁶。至聖なる音節 om の発音もまた、供犠の種々の目的に適合する⁷。歌の導入部は、村の支配を望むか、子を得ることを望むか、雨を得ることを望むか等に応じて変化する⁸。
かかる綿密な規定の迷路のうちでは、誤りは
註
- Śat. 11, 4, 4, 8 : yad vai yajñasya nyūnaṃ prajananam asya tad atha yad atiriktaṃ paśavyam asya tad atha yat saṃkasukaṃ śriyā asya tad atha yat sampannaṃ svargyam asya tat.
- Maitr. 1, 4, 11 : yatra vai yajñasyātiriktaṃ kriyate tad yajamānasyātiriktam ātman jāyate yad anāptaṃ vi yajñaś chidyate kṣodhuko yajamāno bhavati.
- Ait. 17, 5, 1 sqq.
- Ait. 8, 2, 17 sq.
- Ait. 6, 1, 5 sqq.
- Ait. 7, 7, 1-8.
- Kauṣ. 11, 5 : śuddhaḥ praṇavaḥ syāt prajākāmānāṃ makārāt〔?〕aḥ pratiṣṭhākāmānām.
- Td. 6, 9, 1-19.
〔124〕容易であり、その帰結は恐るべきものである。祭主を狙う危険は至るところにある。「火の水盤が空のときにそれを見てはならない。空のあいだはそれを見るまい、と言わねばならない。空のときにそれを見るならば、それは汝を貪り食うであろう¹」。地面の傾斜も祭具に劣らず脅威的である。「供犠の場は南に向かって高くなってゆかねばならない。南は祖霊の側だからである。もし地面が南に向かって傾いているならば、祭主は速やかにかの世界へ去ってしまうであろう²」。語もまた、単独で取り出されたとき、固有の力と効力とをもつ。かくして、賢者 Kuśāmba Svāyava Lātavya は、(yajñāyajñīya の旋律における)定句 girā girā ca dakṣase について、girā の語と「呑み込む」を意味する動詞 gir との忌まわしい語呂の一致に注意した。「これは、汝を呑み込むために供犠の道に据えられた恐ろしい怪物ではないか」と彼は言った。そして彼は、この不安な二音節語の代わりに、単純な母音省略によって、飽満と幸福とを喚起する祝福された語 irā を用いることを慎重に勧告した³。語よりも小さなもの、卑小な一つのアクセントの誤りが、祭主の上に最も恐るべき災厄を招く危険がある。Tvaṣṭar は、自分の子 Viśvarūpa を殺した Indra に激怒し、Indra に慣例の分け前を留保することなく soma を献ずる。Indra は強者の権利によって器を取り、飲む。憤怒の極に達した Tvaṣṭar は残った液を集め、次の単純な呪句を唱える。indraśatrur vardhasva「Indra-śatru よ、増大せよ!」と。しかし苦痛と憎悪とに我を失って、彼は複合語 indra-śatru のアクセントを誤る。彼は indra-śátru「Indra の敵」と言うつもりであったのに、índra-śatru「Indra を敵とする者」と発音してしまう。「彼が indraśatrur vardhasva と言ったがゆえに、そのゆえに Indra は Vṛtra(呪句から生まれた者)に打ち勝ち、これを殺したのである。もし彼が
註
- Śat. 1, 1, 1, 40 : tāṃ na riktām avekṣeta. ned riktām avakṣā iti yad riktām avekṣeta graseta hainam.
- Śat. 3, 1, 1, 2 : dakṣiṇataḥ pratyucchritam iva syād eṣā vai dik pitṝṇāṃ sa yad dakṣiṇāpravaṇaṃ syāt kṣipre ha yajamāno 'muṃ lokam iyāt.
- Td. 8, 6, 8-10.
〔125〕正しく「Indra の敵よ、増大せよ!」と言っていたならば、確かに Vṛtra が Indra に打ち勝ち、これを殺したであろう¹」。最も強力な神の運命と生命とが、ただ一つのアクセントにかかっていたのである! このとき犯された誤りは神々に利したが、別の折には、彼らは自らの損失によって供犠の規則の一つを学んだ。「これらの神々が供犠を執り行ったとき、彼らはまず切り取られた最初の分け前を Savitar に差し出した。それは彼の両手を切り落とした。彼らは彼に黄金の手をつけた。そこから彼は『黄金の手をもつ Savitar』と呼ばれるのである。彼らはそれを Bhaga に差し出した。それは彼の両眼を潰した。そこから彼は『盲目の Bhaga』と呼ばれるのである。彼らはそれを Pūṣan に差し出した。それは彼の歯を折った。そこから彼は『歯なき Pūṣan、粥を食う者』と呼ばれるのである。Indra は神々のうち最も強く、最も力ある者である。だから彼にそれを差し出そう、と彼らは互いに言った。そして彼らはそれを彼に差し出した。彼は祭祀の定句によってそれを鎮めた²」。一人の不器用な祭官が、大いなる国民を破滅させるには十分であった。
註
- Śat. 1, 6, 3, 10 : atha yad abravīd indraśatrur vardhasveti. tasmād u hainam Indra eva jaghānātha yad dha śaśvad avakṣyad Indrasya śatrur vardhasveti śaśvad u ha sa evendram ahaniṣyat. — Taitt. S. 2, 5, 2, 1 : yad abravīt svāhendraśatrur vardhasveti tasmād asya Indraḥ śatrur abhavat.
- Kauṣ. 6, 13-14 : yatra ha tad devā yajñam atanvata tat Savitre prāśitraṃ parijahrus tasya pāṇī pracicheda tasmai hiraṇmayau pratidadhus tasmād dhiraṇyapāṇir iti stutas tad Bhagāya parijahrus tasyākṣiṇī nirjaghāna tasmād āhur andho Bhaga iti tat Pūṣṇe parijahrus tasya dantān parovāpa tasmād āhur adantakaḥ Pūṣā karambhabhāga iti te devā ūcuḥ. Indro vai devānām ojiṣṭho baliṣṭhas tasmā enat pariharateti tat tasmai parijahrus tat sa brahmaṇā śamayāṃ cakāra. — Śat. 1, 7, 4, 6-8 : te hocuḥ. Bhagāyainad dakṣiṇata āsīnāya pariharata tad Bhagaḥ prāśiṣyati tad yathāhutam evaṃ bhaviṣyatīti tad Bhagāya dakṣiṇata āsīnāya paryājahrus tad Bhago 'vekṣāṃ cakre tasyākṣiṇī nirdadāha tathen nūnaṃ tad āsa tasmād āhur andho Bhaga iti. te hocuḥ. no nv evātraśamat Pūṣṇa enat pariharateti tat Pūṣṇe paryājahrus tat Pūṣā prāśya tasya dato nirjaghāna tathen nūnaṃ tad āsa tasmād āhur adantakaḥ Pūṣeti… te hocuḥ. no nv evātraśamad Bṛhaspataya enat pariharateti tad Bṛhaspataye paryājahruḥ sa Bṛhaspatiḥ Savitāram eva prasavāyopādhāvat. — Taitt. S. 2, 6, 8, 3 : tasyāviddhaṃ niḥ akṛntan… tat Pūṣṇe pary aharan. tat Pūṣā prāśya dato 'ruṇat tasmāt Pūṣā prapiṣṭabhāgo dantako hi. taṃ devā abruvan vī vā ayam ārdhy aprāśitriyo vā ayam abhūd iti tad Bṛhaspataye paryaharan so 'bibhed Bṛhaspatir itthaṃ vāva sya ārtim ariṣyatīti. sa etaṃ mantram apaśyat. — Gop. 2, 1, 2 : tad Bhagāya paryaharan… tasya cakṣuḥ parāpatat tasmād āhur andho vai Bhaga iti… tat Savitre paryaharaṃs tat pratyagṛhṇāt tasya pāṇī praciccheda tasmai hiraṇmayau pratyadadhus tasmād dhiraṇyapāṇir iti stutas tat Pūṣṇe paryaharaṃs tat prāśnāt tasya dantāḥ paropyanta tasmād āhur adantakaḥ Pūṣā piṣṭabhājana iti tad Idhmāyāṅgirasāya paryaharaṃs tat prāśnāt tasya śiro vyapatat taṃ yajña evākalpayat sa〔次頁に続く〕
〔126〕「Vāsiṣṭha Sātyahavya は Devabhāga に問うた。汝がかくも多く供犠を行った Sṛñjaya たちのために供犠を行っていたとき、汝は供犠を yajña の語の上に運んでいたか(定句 yajñe yajñaṃ gaccha yajñapatiṃ gaccha において)、それとも yajñapati の上にか。彼は答えた。yajñapati の上に、と。——それならば、と彼は言った、Sṛñjaya たちは祭祀の正確さから逸れたのであり、すべてを失ったのだ。祭主を破滅から守るためには、供犠を yajña の上に運ばねばならなかったのだ¹」。記憶すべき実例が革新者たちに警告を与え、聖別された伝統への尊重を思い起こさせる。「Bhāllaveya は予備的な招請には anuṣṭubh 韻律を、献供の定句には triṣṭubh 韻律を用いた。両者をわが利益のために組み合わせよう、と彼は考えた。ところが彼は車から落ち、落ちるときに腕を折った。彼は反省した。私がこうしたからこそ事故が私に起こったのだ。私が供犠において逆のことをしたからだ、と彼は考えた²」。ある人々は、煉瓦の火壇の構築において、規定された犠牲獣の実際の頭部の代わりに、たまたま手に入った頭部で代用しようと主張した。「Āṣāḍhi Sauśromateya のためにそうしたのである。そして彼はまもなくその後に死んだ³」。彼の死は、当然のことながら、彼が用いた祭官たちの過失を贖ったのである。善きにつけ悪しきにつけ、供犠の果実は祭主に
註
〔前頁註2の続き〕eṣa idhmaḥ samidho ha purātanas tad Barhāya Āṅgirasāya paryaharaṃs tasyāṅgaparvāṇi vyasraṃsanta taṃ yajña evākalpayat tad etad Barhiḥ prastaro hi purātanas tad Bṛhaspataya Āṅgirasāya paryaharan so 'bibhed Bṛhaspatir itthaṃ vā mārtim ariṣyatīti sa etaṃ mantram apaśyat. tad u ha eka āhur〔Kauṣ. への参照、上掲〕Indrāya paryaharaṃs te devā abruvann Indro vai devānām ojiṣṭho baliṣṭhas tasmā etat pariharateti tat tasmai paryaharaṃs tad brahmaṇā śamayāṃ cakāra.
- Taitt. S. 6, 6, 2, 2 : Vasiṣṭho ha Sātyahavyo Devabhāgaṃ papraccha yat Sṛñjayān bahuyājino 'yīyajo yajñe. yajñaṃ pratyatiṣṭhipā3 yajñapatā3v iti sa hovāca yajñapatāv iti satyād vai Sṛñjayāḥ parābabhūvur iti hovāca yajñe vāva yajñaḥ pratiṣṭhāpyaḥ āsīd yajamānasyāparābhāvāya. — Cf. Maitr. 2, 4, 5 : etena vai Sṛñjayā ayajanta te śriyo 'ntam agacchaṃs tasmān nātibahu yaṣṭavyam.
- Śat. 1, 7, 3, 19 : tad u ha Bhāllaveyaḥ. anuṣṭubham anuvākyāṃ cakre triṣṭubhaṃ yājyām etad abhayaṃ parigṛhṇāmīti sa rathāt papāta sa patitvā bāhum api śaśre sa paryamṛśat yat kim akaraṃ tasmād idam āpad iti sa haitad eva mene yad viloma yajñe 'karavam iti.
- Śat. 6, 2, 1, 37 : tad u ha tathāṣāḍheḥ Sauśromateyasyopadadhuḥ sa ha kṣipra eva tato mamāra.
〔127〕帰する。「祭官が祈請の一語を飛ばすならば、それは供犠に穴を穿つことであり、その結果祭主は悪くなる……。祈請の二語を入れ替えるならば、彼は供犠を狂わせ、そのとき祭主も狂う¹」。——「柱がしかじかの仕方で作られるならば、祭主はその時が来る前にかの世界へ去る²」。——「特定の神格への呼びかけなくして火が設置されたならば、祭主は神々から切り離され、彼は悪くなる。特定の神格への呼びかけとともに設置されたならば、祭主は神々から切り離されず、その繁栄は増大する³」。
これほど多くの危険を冒すことを決意させるには、信者に揺るぎない信頼が必要であることは疑いない。儀式と祭句との全能を教義として認めるだけでは足りない。誤りや過失によって破滅や死を招きうる祭官たちに、いわば手足を縛られて身を委ねることが必要なのである。学識と経験のある祭官を選んでも、これらの恐るべき危険がなくなるわけではないが、それを軽減はする。祭官の学識は、不本意な過失に対する一種の保険である。しかしなお一つの危険が、そして最も恐るべき危険が残る。信者の財産と生命とを手中に握る祭官が、それを濫用する誘惑に駆られるのではないか。危険の重大さは一つの予防措置を課した。供犠を始める前に、祭主と彼が用いる祭官たちとは、荘厳な誓いによって相互に縛りあう。双方は互いに害を加えないことを約束する。これが tānūnaptra の儀式であって、かつて神々がその最初の実例を与えたものである⁴。しかし
註
- Ait. 11, 11, 6 : yan nividaḥ padam atīyād yajñasya tac chidraṃ kuryād yajñasya vai chidraṃ sravad yajamāno 'nu pāpīyān bhavati… yan nividaḥ pade vipariharen mohayed yajñaṃ mugdho yajamānaḥ syāt.
- Śat. 11, 7, 3, 2 : sa yo ha tādṛśaṃ yūpaṃ kurute purā hāyuṣo 'muṃ lokam eti.
- Taitt. B. 1, 1, 4, 8 : yasya vā ayathādevatam agnir ādhīyata ā devatābhyo vṛścyate. pāpīyān bhavati. yasya yathādevatam na devatābhya āvṛścyate vasīyān bhavati. — id. Taitt. S. 5, 7, 1, 1(agnicayana について)。
- Ait. 4, 7, 7 : tasmād na satānūnaptriṇe drogdhavyam iti. — Taitt. S. 6, 2, 2, 1 : tasmād yaḥ satānūnaptriṇāṃ prathamo druhyati sa ārtim ārcchati. — Maitr. 3, 7, 10 : idānīṃ te 'nyonyasmai na druhyanti tasmāt satānūnap-〔次頁に続く〕
〔128〕この誓いは祭官たちの良心をいささかも困惑させるようには見えない。Brāhmaṇa は例のごとき無関心をもって、供犠に用いられた祭官たちのための悪意ある手続きを数多く教えているのである。「詠唱者は、自分を雇う祭主について、善を思うことも悪を思うこともできるのか。問題はかく提起される。儀式のこの時点で、彼は祭主を思いのままにすることができる。もし彼の願いが、祭主から生気を奪うことであるならば、vāyavya の詠誦において一詩節あるいは一語を飛ばせばよい。もし彼の願いが、祭主から吸気と呼気とを奪うことであるならば、aindra-vāyava の詠誦において同様にすればよい¹」。手続きは、視覚・聴覚・男性力・四肢・言語・身体全体を奪おうとする場合にも同様である。「もし詠唱者が、祭主から主権を奪おうと願うならば、讃歌を招請の中間に置けばよい。もし彼から人民を奪おうと願うならば、招請を讃歌の中間に置けばよい²」。——「もし祭官が upasad において異なる韻律を用いるならば、彼は祭主に結核性の腫瘍を生じさせる。彼は祭主に病を生じさせる力をもつのである³」。Brāhmaṇa はしばしば、まったく自然な可能性として、祭官が祭主に対して憎悪の感情を抱く場合を想定している。「もし祭主を憎むならば、詠唱者はこの儀式において息を吹きかけることで彼の家畜を絶滅させる。ちょうど口を下に向けた鞴で〔灰などを〕吹き散らすように
註
〔前頁註4の続き〕triṇe na drogdhavai yad druhyet priyāyai tanvai druhyet. — Śat. 3, 4, 2, 9 : yeno ha samabhyaveyān nāsmai druhyed idaṃ hy āhur na satānūnaptriṇe drogdhavyam iti. — 神々の tānūnaptra については上掲 p. 73 参照。
- Ait. 11, 3, 2 sqq. : kiṃ sa yajamānasya pāpabhadram ādriyeteti ha smāha yo 'sya hotā syād ity atraivainaṃ yathā kāmayeta tathā kuryād yaṃ kāmayeta prāṇenainaṃ vyardhayānīti vāyavyam asya lubdhaṃ śaṃsed ṛcaṃ vā padaṃ vātīyāt tenaiva tal lubdhaṃ yaṃ kāmayeta prāṇāpānābhyām enaṃ vyardhayānīty aindravāyavam asya lubdhaṃ śaṃset etc. — 同様に ib. 11, 7, 8.
- Ait. 10, 1, 2 : yaṃ kāmayeta kṣatreṇainaṃ vyardhayānīti madhya etasyai nividaḥ sūktaṃ śaṃset… yaṃ kāmayeta viśainaṃ vyardhayānīti madhya etasya sūktasya nividaṃ śaṃset.
- Ait. 4, 8, 13 : yad vicchandasaḥ kuryād grīvāsu tad gaṇḍaṃ dadhyād īśvaro glāvo janitoḥ.
〔129〕ように¹」。——「もし祭主を憎むならば、詠唱者は vaṣaṭ の呼び声を発する瞬間に彼のことを思えばよい。そのとき彼は、vaṣaṭ の呼び声である雷霆を彼の上に置くのである²」。——「もし祭主を憎むならば、下役の祭官は供犠のこの時点で心のうちに彼のことを思えばよい³」。——「もし祭主が天を望むならば、下役の祭官は脂肪を空中に投じて火に注げばよい。脂肪は祭主だからであり、かくして彼は祭主を天へ行かせるのである。しかしもし彼を憎むならば、それを逆さまに注げばよい。そうすれば祭主は悪くなる⁴」。
したがって供犠は、神格から独立し、その固有の力のみによって有効であり、善をも悪をも生み出しうる呪術的操作のすべての特徴を備えている。それが本来の意味での呪術とほとんど区別されないのは、ただその規則的かつ義務的な性格による。供犠を種々の目的に適合させるのは容易であるが、それは状況から独立して存在し、自らを押しつけるのである。これこそ、二つの領域のあいだに引きうる唯一のいくらか明確な境界線である。実際には、両者はきわめて密接に浸透しあっているので、同一の著作類が双方の主題を扱っている。Sāmavidhāna-brāhmaṇa は真の呪文と妖術との手引書であり、Ṣaḍviṃśa-brāhmaṇa の一節を成す Adbhuta-brāhmaṇa も同じ性格をもつ。供犠の Brāhmaṇa もまた、機会に応じて、本来の儀式とは無縁の真の妖術的処方を指示することを厭わない。「軍の勝利を確保しようと望むならば、陣営から離れ、一本の草を両端で切り、敵軍に向かってそれを投げ、こう言うべきである。Prāsahā よ、誰が汝を見るか、と。そうすれば、嫁が恥じらいのあまり
註
- Td. 2, 13, 2 : yaṃ dviṣyāt tasya kuryād yathā vācīnavilayā bhastrayā pradhūnuyād evaṃ yajamānasya paśūn pradhūnoti. — Cf. ib. 6, 5, 15 ; 6, 6, 2 ; 5.
- Ait. 11, 6, 1 : yaṃ dviṣyāt taṃ dhyāyed vaṣaṭkariṣyaṃs tasminn eva taṃ vajram āsthāpayati. — Cf. ib. 11, 7, 3.
- Maitr. 1, 6, 3 : yaṃ dviṣyāt tarhi manasā dhyāyet. — ib. 2, 5, 8 ; 3, 1, 9.
- Maitr. 1, 4, 12 : ūrdhvam āghāram āghārayet svargakāmasya yajamāno vā āghāro yajamānam eva svargaṃ lokaṃ gamayati yaṃ dviṣyāt tasya nyañcam āghārayet pāpīyān bhavati. — Cf. ib. 2, 2, 5 : iti yaṃ dviṣyāt. — Kāṭh. の並行本文については Ind. St. X, 50 sqq. 参照。
〔130〕舅の前から姿を消すように、そのように、かく知る者が一本の草を両端で切り、敵軍に向かって投げて、Prāsahā よ、誰が汝を見るか、と言うならば、対する軍は散り散りになって消え去る¹」。模範的な供犠は Prajāpati の供犠である。「Prajāpati は自らの身を神々に与えた。まことに供犠は彼らのものであった。供犠は神々の食物だからである。彼が神々に自らの身を与えたとき、彼は自らの身の似姿を自らから放出した。それが供犠である……。供犠によって彼は神々から自らの身を購い戻した。そして人が儀式を企てるとき、Prajāpati が自らの身を神々に与えたのと全く同様に、人は自らの身を神々に与えるのである。そして供犠を張り拡げるとき、Prajāpati が自らの身を購い戻したのと全く同様に、供犠によって神々から自らの身を購い戻すのである²」。この操作の二つの時期は、祭主の二つの運動、すなわち天への上昇と地上への帰還とに対応する。祭主が天へ昇るのは
註
- Ait. 12, 11, 7 : tad yasya kāme senā jayet tasyā ardhāt tiṣṭhaṃs tṛṇam ubhayataḥ paricchidyetarāṃ senām abhy asyet prāsahe kas tvā paśyatīti tad yathaivādaḥ snuṣā śvaśurāl lajjamānā nilīyamānaity evam eva sā senā bhajyamānā nilīyamānaiti yatraivaṃ vidvāṃs tṛṇam ubhayataḥ paricchidyetarāṃ senām abhy asyati prāsahe kas tvā paśyatīti. — 神々と Asura との闘争において、Asura たちは valaga を埋め、かくして勝利を確保しようと考える。Taitt. S. の註釈によれば、valaga とは骨・爪・毛髪・足の塵などを古い擦り切れた布切れに包んで地中に埋め、敵を死なせるためのものである。Śat. 3, 5, 4, 2-3 : tato 'surā eṣu lokeṣu kṛtyāṃ valagān nicakhnur utaivam aid devān abhibhavemeti. tad vai devā aspṛṇvata. ta etaiḥ kṛtyāṃ valagān udakhanan yadā vai kṛtyāṃ utkhananti sālasā moghā bhavati(ところで、これらの valaga を掘り返せば、その呪術的効力は麻痺し不毛となる)。— Taitt. S. 6, 2, 11, 1 : asurā vai niryanto devānāṃ prāṇeṣu valagān nyakhanan tān bāhumātre 'nvavindan. — Maitr. 3, 8, 8 もほぼ同文。— さらに例えば Śat. 3, 9, 4, 17(Soma を打ち殺す際に敵のことを思う。敵がいなければ心のうちに一本の草を狙う); ib. 1, 4, 3, 11-22(呪詛を反転させる方法); Maitr. 4, 5, 7(女を恋に落とす方法); Taitt. S. 6, 4, 4, 3(同上)を参照。
- Śat. 11, 1, 8, 2-5 : tebhyaḥ Prajāpatir ātmānaṃ pradadau yajño haiṣām āsa yajño hi devānām annaṃ sa devebhya ātmānaṃ pradāya, athaitam ātmanaḥ pratimām asṛjata yad yajñam… sa etena yajñena devebhya ātmānaṃ nirakrīṇīta sa yad vratam upaiti yathaiva tat Prajāpatir devebhya ātmānaṃ prāyacchad evam evaiṣa etad devebhya ātmānaṃ prayacchati. atha yad yajñaṃ tanute yajñenaivaitad devebhya ātmānaṃ niṣkrīṇīte yathaiva tat Prajāpatir nirakrīṇītaivam.
〔131〕神的で不死なる身体を確保するためである。その見返りとして、彼は人間的で滅びゆく身体を神々に譲り渡す。次いで、天における自らの席が印され確保されたのち、彼は再び降りて、犠牲に供した身体を購い戻すことを願う。神秘的な負債と購い戻しという観念は Brāhmaṇa に馴染み深い。「人は生まれるやいなや、死への負債として身をもって生まれる。彼が供犠を行うとき、彼は死から自らの身を購い戻すのである¹」。——「すべての存在は、生まれるとき、神々に、聖仙に、祖霊に、人々に対する負債として生まれる。供犠を行うのは、それが神々への生得の負債だからである。神々に供犠を行い、神々に献酒を供するのは、彼らのためである。また聖典を誦するのは、それが聖仙たちへの生得の負債だからである。それは彼らのためであり、聖典を誦する者は『聖仙たちの宝の守護者』と呼ばれる。また子孫を望むのは、それが祖霊への生得の負債だからである。それは彼らのためであり、彼らの子孫が連続して途切れないためである。また歓待を行うのは、それが人々への生得の負債だからである。それは彼らのためであって、彼らに宿を提供し、食を供するときのことである。これらすべてを行う者は、なすべきことをすべてなしたのであり、すべてを獲得し、すべてを克服したのである。そして神々に対する生得の負債があるがゆえに、彼は供犠を行うことによってそれを満たすのである²」。祭主に神的身体を備えさせる予備的儀式は
註
- Śat. 3, 6, 2, 16 : ṛṇaṃ ha vai puruṣo jāyamāna eva mṛtyor ātmanā jāyate sa yad yajate yathaiva tat suparṇī devebhya ātmānaṃ nirakrīṇītaivam evaiṣa etan mṛtyor ātmānaṃ niṣkrīṇīte.
- Śat. 1, 7, 2, 1-6 : ṛṇaṃ ha vai jāyate yo 'sti. sa jāyamāna eva devebhya ṛṣibhyaḥ pitṛbhyo manuṣyebhyaḥ. sa yad eva yajeta, tena devebhya ṛṇaṃ jāyate tad dhy ebhya etat karoti yad enān yajate yad ebhyo juhoti. atha yad evānubruvīta. tena ṛṣibhya ṛṇaṃ jāyate tad dhy ebhya etat karoty ṛṣīṇāṃ nidhigopa iti hy anūcānam āhuḥ. atha yad eva prajām iccheta. tena pitṛbhya ṛṇaṃ jāyate tad dhy evaitat karoti yad eṣāṃ saṃtatāvyavacchinnā prajā bhavati. atha yad eva vāsayeta. tena manuṣyebhya ṛṇaṃ jāyate tad dhy ebhya etat karoti yad enān vāsayate yad ebhyo 'nnaṃ dadāti sa ya etāni sarvāṇi karoti sa kṛtakarmā tasya sarvam āptaṃ sarvaṃ jitam. sa yena devebhya ṛṇaṃ jāyate, tad enāṃs tad avadayate yad yajate. — Taitt. S. 6, 3, 10, 5 : jāyamāno vai brāhmaṇas tribhir ṛṇavā jāyate brahmacaryeṇa ṛṣibhyo〔次頁に続く〕
〔132〕儀式による再生のおかげで、個人の犠牲と購い戻しとして明示的に提示されている。「dīkṣā を通過する者は、自らの身を犠牲としてすべての神格に供する¹」。「まことに、dīkṣā を受けた者は、すべての神格によって犠牲として供せられる。それゆえに次のように言われる。dīkṣā の状態にある者の食物を食べてはならない、と……。しかし(屠られた犠牲獣の)腸間膜の献供によって、祭主はすべての神格から解放される。それゆえに次のように言われる。腸間膜の献供の後には食べてよい、と。そのとき祭主は真に存在しているからである²」。種々の献供の範疇は一種の身代金である。「動物を犠牲として献ずるならば、それはかくして自らの身を購い戻すためであり、雄をもって雄を購うのである。犠牲は雄の動物であり、祭主も雄だからである³」。——「長く病んでいるならば、Soma と Rudra とに粥を献じなければならない。長く病んでいるとき、生命の液は Soma のもとへ行き、身体は Agni のもとへ行く。したがって Soma から生命の液を、Agni から身体を購い戻すのであり、たとえ息絶えようとしていても、直ちに生き返るのである⁴」。
しかしこれらいわゆる身代金はすべて、方便にすぎ
註
〔前頁註2の続き〕yajñena devebhyaḥ prajayā pitṛbhya eṣa vā anṛṇo yaḥ putrī yajvā brahmacārivāsī. — Taitt. B. 1, 6, 5, 5 は devān ṛṇaṃ niravadāya, anṛṇā gṛhān upapraiti と言う。しかし Maitr. 1, 10, 11 の対応箇所はまったく異なった形で伝える。anṛtaṃ niravadāya ṛtaṃ satyam upaiti.
- Ait. 6, 3, 9 : sarvābhyo vā eṣa devatābhya ātmānam ālabhate yo dīkṣate.
- Ait. 6, 9, 6 : sarvābhir vā eṣa devatābhir ālabdho bhavati yo dīkṣito bhavati tasmād āhur na dīkṣitasyāśnīyād iti… vapāyai yajati sarvābhya eva tad devatābhyo yajamānaṃ pramuñcati tasmād āhur aśitavyaṃ vapāyāṃ hutāyām iti. — Kauṣ. 10, 3 : tad u vā āhur havir havir vā ātmaniṣkrayaṇaṃ haviṣo haviṣa eva sa tarhi nāśnīyād iti ātmaniṣkrayaṇam. — Śat. 3, 3, 4, 21 : sa havir vā eṣa bhavati yo dīkṣate… tat paśunātmānaṃ niṣkrīṇīte.
- Śat. 11, 1, 1, 3 : sa yat paśubandhena yajate, ātmānam evaitan niṣkrīṇīte vīreṇa vīraṃ vīro hi paśur vīro yajamānaḥ. — Taitt. S. 6, 1, 11, 6 : yad āgnīṣomīyaṃ paśum ālabhata ātmaniṣkrayaṇa evāsya sa tasmāt tasya nāśyaṃ puruṣaniṣkrayaṇa iva hi.
- Taitt. S. 2, 2, 10, 4 : saumāraudraṃ caruṃ nirvapej jyog āmayāvī Somaṃ vā etasya raso gacchaty Agniṃ śarīraṃ yasya jyog āmayati Somād evāsya rasaṃ niṣkrīṇāty Agneḥ śarīram uta yady utāsur bhavati jīvaty eva. — Maitr. 2, 1, 6 : \[saumāraudraṃ carum] āmayāvinaṃ yājayed āgneyo vai pramītaḥ〔次頁に続く〕
〔133〕ない。唯一の真正な供犠は自殺であろう。Brāhmaṇa は自殺を知らない。おそらくは意図的にである。かくも粗暴な供犠の形態は、Brāhmaṇa が説き明かすことを好むあの綿密な儀礼と激しく矛盾したであろう。とはいえ、インドにおいてあらゆる時代に承認され実践された宗教的自殺——絶食による、溺死による、圧殺による——が、Brāhmaṇa の時代にもその信奉者と熱心な実行者とをもっていたと考えることは禁じられていない。これら古い文献は、なお、自殺的供犠のすぐ隣にある、劣らず野蛮な一つの実践、すなわち人身供犠についての明確で積極的な記憶を保存している。人は人によって自らを購う。人身供犠は祭祀の論書のうちに良心的に教えられ、規定されている。人こそは卓越した犠牲である。「Agni は、自分を犠牲にしようとする Prajāpati から逃れるために、五つの犠牲、すなわち人・馬・牛・羊・山羊のうちに入った。Prajāpati は彼らを見て言った。燃え上がる火が輝くように、彼らの眼は輝く。Agni から煙が出るように、彼らからは熱い息が出る。Agni が投じられたものを焼き尽くすように、同じく彼らは貪り食う。Agni の灰が落ちるように、彼らの糞が落ちる。彼らはみな Agni である¹」。煉瓦の火壇のかくも労苦の多い構築においては、五つの犠牲が屠られる。「まず人を犠牲に供する。人は動物のうちで第一のものだからである。次いで馬を。馬は人の次に来るからである。次いで牛を。牛は馬の次に来るからである。次いで羊を。羊は牛の次に来るからである。次いで山羊を。山羊は羊の次に来るからである。かくして
註
〔前頁註4の続き〕saumyo jīvann ubhayata evainaṃ niḥkrīṇāti payo vai puruṣaḥ paya etasyāmayati payasaivāsya payo niḥkrīṇāti. — Cf. Taitt. S. 2, 2, 10, 4 : saumāraudraṃ caruṃ nirvaped abhicarant saumyo vai devatayā puruṣa eṣa Rudro yad Agniḥ svayā evainaṃ devatayā niṣkrīya Rudrāyāpi dadhāti taj jag ārtim ārcchati.
- Śat. 6, 2, 1, 2 : sa etān pañca paśūn apaśyat. puruṣam aśvaṃ gām avim ajaṃ yad apaśyat tasmād ete paśavaḥ. sa etān pañca paśūn prāviśat… yathā vā agniḥ samiddho dīpyata evam eṣāṃ cakṣur dīpyate yathāgner dhūma udayata evam eṣām ūṣmodayate yathāgnir abhyāhitaṃ dahaty evaṃ bapsati yathāgner bhasma sīdaty evam eṣāṃ puriṣaṃ sīdati ta ime agnayaḥ.
〔134〕尊厳の順序に従って犠牲に供するのである¹」。五つの犠牲が規則正しく屠られた最後の供犠の記憶は、Brāhmaṇa の時代にもなお生きていた。時勢の悪化に強いられて緩和策を認めはするものの、彼らはなお正確な儀式を目指すべき理想として提示することを怠らない。規定された犠牲の頭部の代わりに、黄金あるいは粘土で頭部を作る者たちがいた。「そうしてはならない。できるかぎり五つの犠牲を屠らねばならない。Prajāpati が最初にこれらを屠り、Śyāparṇa Sāyakāyana が最後に屠った。その中間ではつねにすべてが屠られてきた。しかし今では、Prajāpati のためと Vāyu のためとの二頭の山羊しか屠られない²」。Śunaḥśepa の伝説は、この残酷な実践のあまりに重要な記念碑であるので、どれほどよく知られた挿話であろうと、その本質的な部分をここに再録することを私は躊躇しない³。「Vaidhasa なる Hariścandra は Ikṣvāku 家の王の子であった。彼には百人の妻があったが、彼女らは彼に息子を与えなかった。Parvata と Nārada とが彼の家に住むようになった。彼は Nārada に問うた……。Nārada は彼に言った。王 Varuṇa に頼り、彼にこう言え。息子が私に生まれますように。そうすればその子を汝に犠牲として供しましょう、と。よろしい、と彼は言った。彼は王 Varuṇa にその願いを申し出た。息子が私に生まれますように。そうすればその子を汝に犠牲として供しましょう。よろしい、と彼は言った。そして彼に Rohita という名の息子が生まれた。彼〔Varuṇa〕は彼に言った。汝に息子が生まれた。それを私に犠牲として供せ。彼は言った。家畜は十日を過ぎてはじめて供犠にふさわしくなる。十日を過ぎさせてください。そうすればその子をあなたに犠牲として供しましょう。よろしい、と彼は言った。さて十日が過ぎた。彼は彼に言った。十日が過ぎた。それを私に犠牲として供せ。彼は言った。家畜は歯が生えてはじめて供犠にふさわしくなる。歯が生えさせてください。そうすればその子をあなたに犠牲として供しましょう。
註
- Śat. 6, 2, 1, 18 : puruṣaṃ prathamam ālabhate. puruṣo hi prathamaḥ paśūnām athāśvaṃ puruṣaṃ hy anv aśvo 'tha gām aśvaṃ hy anu gaur athāvim athājam aviṃ hy anv ajas tad enān yathāpūrvaṃ yathāśreṣṭham ālabhate.
- Śat. 6, 2, 1, 39 : na tathā kuryāt… sa etān eva pañca paśūn ālabheta yāvad asya vacaḥ syāt tān haitān Prajāpatiḥ prathama ālebhe Śyāparṇaḥ Sāyakāyano 'ntamo 'tha ha smaitān evāntareṇālabhante 'thaitarhīmau dvāv evālabhyete prājāpatyaś ca vāyavyaś ca.
- Ait. 33, 1-4.
〔135〕よろしい、と彼は言った。歯が生えた。彼は彼に言った。歯が生えた。それを私に犠牲として供せ。彼は言った。家畜は歯が抜けてはじめて供犠にふさわしくなる。歯が抜けさせてください。そうすればその子をあなたに犠牲として供しましょう。よろしい、と彼は言った。歯が抜けた。彼は彼に言った。歯が抜けた。それを私に犠牲として供せ。彼は言った。家畜は歯が生え変わってはじめて供犠にふさわしくなる。歯が生え変わらせてください。そうすればその子をあなたに犠牲として供しましょう。よろしい、と彼は言った。歯が生え変わった。彼は彼に言った。歯が生え変わった。それを私に犠牲として供せ。彼は言った。Kṣatriya は武器を執りうる状態になってはじめて供犠にふさわしくなる。武器を執りうる状態にならせてください。そうすればその子をあなたに犠牲として供しましょう。よろしい、と彼は言った。彼は武器を執りうる状態になった。彼は彼に言った。さあ彼は武器を執りうる状態になった。それを私に犠牲として供せ。よろしい、と彼は言い、息子に語りかけた。わが子よ、私を汝を与えてくれたのはあの方だ。私は汝をあの方に犠牲として供さねばならぬ。——いやです、と彼は言い、弓を執って森へ去った。そして一年のあいだ森を彷徨った。そのとき Varuṇa は Ikṣvāku の後裔〔Hariścandra〕を捕らえ、彼の腹は膨れ上がった。Rohita はそれを聞き、森から人里へ戻った。Indra がバラモンの姿で彼の前に現れ、彼に言った。旅の疲労はあらゆる種類の利益を与える。人はそう言うのだ、Rohita よ。人々のあいだに坐したままでいる者は悪人である。Indra は歩む者の友である。歩め。歩め、とバラモンが私に言った、と彼は思い、さらに一年のあいだ森を彷徨った。(五度彼は戻り、五度 Indra が彼に現れて森へ帰るよう促す。)六年目に彼は森を彷徨った。彼は森で、飢えに瀕した聖仙 Ajīgarta Sauyavasi に出会った。この聖仙には三人の息子があった。Śunaḥpuccha、Śunaḥśepa、Śunolāṅgūla である。彼は彼に言った。聖仙よ、私は汝に百〔頭の牛〕を与えよう、彼らのうちの一人によって私自身を購うために。彼は長男を脇へ置いて言った。この子ではない。この子でもない、と母は末子を取りながら言った。彼らは次男の Śunaḥśepa で合意した。彼は百〔頭〕を与え、若者を連れて人里へ去った。彼は父のもとへ行き、彼に言った。父よ、
〔136〕私はこの者によって自らを購います。彼は王 Varuṇa に語りかけた。私はあなたにこの者を犠牲として供したい。よろしい、と彼は言った。バラモンは Kṣatriya に優るからである。かく Varuṇa は語った。彼は彼に、行うべき供犠として rājasūya を指示した。abhiṣecanīya の儀式において、彼は屠るべき犠牲としてこの男を取った……。犠牲の柱に彼を縛る者が見つからなかった。そこで Ajīgarta Sauyavasi は言った。さらに百〔頭〕をくれ。そうすれば私が彼を柱に縛ろう。人々は彼にさらに百〔頭〕を与え、彼は彼を柱に縛った。予備の儀式が終わると、彼を屠る者が見つからなかった。そこで Ajīgarta Sauyavasi は言った。さらに百〔頭〕をくれ。そうすれば私が彼を屠ろう。人々は彼にさらに百〔頭〕を与え、彼はすでに刃を研ぎながら進み出た。そこで Śunaḥśepa は考えた。まるで私が人間でないかのように、私は屠られようとしている。神々に頼らねばならぬ、と。(そこで彼は神々の系列全体に嘆願の祈りを捧げる。)彼が一つの詩節を唱えるごとに、彼の縛めは解け、Ikṣvāku の後裔の腹は縮んだ。最後の詩節が唱えられたとき、彼の縛めは解け、Ikṣvāku の後裔は癒えた」。
祭祀の徳は、時代の推移とともに幸いにも移住した。「神々は、太初、人を犠牲として屠った。屠られると、彼のうちにあった祭祀の徳は彼を去った。それは馬のうちに入った。彼らは馬を屠った。屠られると、彼のうちにあった祭祀の徳は彼を去った。それは牛のうちに入った。彼らは牛を屠った。屠られると、彼女のうちにあった祭祀の徳は彼女を去り、羊のうちに入った。彼らは羊を屠った。屠られると、彼のうちにあった祭祀の徳は彼を去り、山羊のうちに移った¹」。……の儀式にこだわることなく
註
- Śat. 1, 2, 3, 6 : puruṣaṃ ha vai devāḥ, agre paśum ālebhire tasyālabdhasya medho 'pacakrāma so 'śvaṃ praviveśa te 'śvam ālabhanta tasyālabdhasya medho 'pacakrāma sa gāṃ praviveśa te gām ālabhanta te gām ālabh… so 'vim praviveśa te 'vim ālabh… so 'jaṃ praviveśa. — Maitr. 3, 10, 2 : puruṣaṃ vai devā medhāyālabhanta tasya medho 'pākrāmat so 'śvaṃ prāviśat te 'śvam ālabhanta tasya medho 'pākrāmat sa gāṃ prāviśat te gām ālabh… so 'viṃ prāviśat te 'viṃ ālabh… so 'jaṃ prāviśat. — Ait. 6, 8, 1 : puruṣaṃ vai devāḥ paśum ālabhanta tasmād ālabdhān medha udakrāmat so 'śvaṃ prāviśat tasmād aśvo medhyo 'bhavad athainam utkrāntamedham〔次頁に続く〕
〔137〕あれこれの犠牲を要求する諸儀式のうちで、なお想起しておくべきは、馬の供犠(aśvamedha)がバラモン祭儀の最も大いなる儀式の一つであり、歴史時代のインドがなおその実例を提供しているということである。すべての動物犠牲のうちで最も頻繁に用いられるのは山羊である。「祭祀の徳が最も長くとどまったのは山羊のうちであり、それゆえに山羊が最も通常の犠牲なのである¹」。等価物の体系を用いて、山羊が他のすべての犠牲と同一であることを立証するのは、バラモンの学者たちにとって児戯にすぎなかった。「この犠牲を屠るのは、この犠牲のうちに他のすべての犠牲の外的特徴があるからである。山羊は角なく、髭がある。それが人間の外的特徴である。人間は角なく、髭があるからである。それは角なく、鬣がある。それが馬の外的特徴である。馬は角なく、鬣があるからである。それは四つの割れた蹄をもつ。それが牛の外的特徴である。牛は四つの割れた蹄をもつからである。それは羊と同じ蹄をもつ。したがって羊の外的特徴をもつ。それは山羊である。したがって山羊の外的特徴をもつ。ゆえに、これを屠るとき、それによってすべての犠牲が屠られたことになるのである²」。しかしヒンドゥーの天性をかくも深く特徴づける流血への嫌悪は、なお半ば野蛮なこの時代においても現れている。「彼らは山羊を屠った。屠られると、祭祀の徳は
註
〔前頁註1の続き〕atyarjanta sa kiṃpuruṣo 'bhavat te 'śvam ālabhanta so 'śvād ālabdhād udakrāmat sa gāṃ prāviśat tasmād gaur medhyo 'bhavad athainam utkrāntamedham atyarjanta sa gauramṛgo 'bhavat te gām ālabhanta sa gor ālabdhād udakrāmat so 'viṃ prāviśat tasmād avir medhyo 'bhavad athainam utkrāntamedham atyarjanta sa gavaya abhavat te 'viṃ ālabhanta so 'ver ālabdhād udakrāmat so 'jaṃ prāviśat tasmād ajo medhyo 'bhavad athainam utkrāntamedham atyarjanta sa uṣṭro 'bhavat.
- Ait. 6, 8 : so 'je jyoktamām īvāramat tasmād eṣa eteṣāṃ paśūnāṃ prayuktatamo yad ajaḥ.
- Śat. 6, 2, 2, 15 : yad v evaitaṃ paśum ālabhate. etasmin ha paśau sarveṣāṃ paśūnāṃ rūpaṃ yat tūparo lapsudi tat puruṣasya rūpaṃ tūparo hi lapsudi puruṣo yat tūparaḥ kesaravāṃs tad aśvasya rūpaṃ tūparo hi kesaravān aśvo yad aṣṭāśaphas tad go rūpam aṣṭāśapho hi gaur atha yad asyāver iva śaphās tad eva rūpaṃ yad ajas tad ajasya tad yad etam ālabhate tena haivāsyaite sarve paśava ālabdhā bhavanti.
〔138〕彼のうちにあったものが大地のうちに入った。彼らはそれを探して〔地を〕掘り、それを見出した。それが米と麦とであった。それゆえに今日でもなお、地を掘ることによってそれらを手に入れるのである。ところで、屠られたこれらすべての犠牲のうちにあった力の分だけ、かく知る者の献供には力があるのである¹」。
かくして、Brāhmaṇa 自身の告白によっても、時の推移は供犠の儀式を変え、変容させる²。注目すべき特異な事実として、歴史をもたぬインドが、祭儀の歴史は知っているのである。原初の規則に従って火壇を築いた最後の人物 Śyāparṇa Sāyakāyana の名は、時代を通じて永続した³。dākṣāyaṇa 祭の伝承は詳細に知られている。「Prajāpati は子孫を望んで最初にこの供犠を献じた。彼は自ら言った。私は子孫において、家畜において増殖し、偉大さに達し、光輝となり、食物を豊かに得たい、と。ところで彼の名は Dakṣa である。彼が最初にこの供犠を献じたので、これを dākṣāyaṇa 祭と呼ぶのである……。彼ののち、Pratidarśa Śvaikna がこの供犠を献じた。彼と競う者たちにとって、彼は決定的な権威であった……。Suplan Sārñjaya は彼の弟子となるために彼のもとへ来た……。彼はこの供犠を献じた……。彼ののち Devabhāga Śrautarṣa がこの供犠を献じた。彼は Kuru 族と Sṛñjaya 族との双方の家庭祭官であった……。彼ののち Dakṣa Pārvati がこの供犠を献じた。
註
- Śat. 1, 2, 3, 7 : sa imāṃ pṛthivīṃ praviveśa. tāṃ khananta ivānvaviṣus tām avindaṃs tāv imau vrīhiyavau tasmād apy etāv etarhi khananta ivānuvindanti sa yāvadvīryavad dha vā asya sarve paśava ālabdhāḥ syus tāvadvīryavad dhāsya havir eva bhavati ya evaṃ veda. — Maitr. 3, 10, 2 : te 'jam ālabhanta tasya medho 'pākrāmat sa yavaṃ prāviśat te yavam ālabhanta tasya medho 'pākrāmat sa vrīhiṃ prāviśat te vrīhim ālabhanta. — Ait. 6, 8 : te 'jam ālabhanta so 'jād ālabdhād udakrāmat sa imāṃ prāviśat tasmād iyaṃ medhyābhavad athainam utkrāntamedham atyarjanta sa śarabho 'bhavat ta eta utkrāntamedhā amedhyāḥ paśavas tasmād eteṣāṃ nāśnīyāt taṃ asyām anvagacchan so 'nugato vrīhir abhavat.
- 一つの古い儀式の放棄は、Maitr. 1, 6, 8 を説明するに足りる。すなわち祭官の至上性の低下である。「彼はこの供物を新たにせねばならぬ。そうすれば誰も彼を支配しないであろう。かつてバラモンたちがこれを献じていた時代には、誰も彼らに命令しなかった。今日では彼らはもはやこれを献じない。それゆえに誰彼が彼らに命令するのである」——etad bhūyo havyam upāgān no 'nya īśe yarhi vā etat purā brāhmaṇā niravapaṃs tarhy eṣāṃ na kaścanaiśa na hi vā etam idānīṃ nirvapanty athaiṣāṃ sarva īśe.
- Śat. 6, 2, 1, 39 : 上掲 p. 134 参照。
〔139〕今日の Dākṣāyaṇa たちが出たのは彼からであって、彼らはいわば王の尊厳を得たのである¹」。供犠を全体として見た場合の効力への信念は、疑いもなく一つの教義である。しかし細部については自由な議論の余地が残されている。儀式の神秘的解釈が個人によって異なるのは言うまでもない。Janaka と Yājñavalkya とは、日々の火への献供の解釈について長々と議論する²。また別の箇所では、六人のバラモンが Vaiśvānara の本質について——ある者はそれを大地とし、ある者は水とし、ある者は空間とする——意見を異にし、議論を Aśvapati Kaikeya のもとへ持ち込んで彼に裁定を求める³。しかし儀式そのものが問題とされることさえある。ある明文の規定は、二人の Asura、Caṇḍa と Marka とに献酒を供することを命じている。「これについて Yājñavalkya は言った。この献酒を〔むしろ〕神格に供すべきではないか、それは勝利の徴だからである、と。しかし彼はここで理論的な考察を述べたにすぎず、それを実践に移しはしなかった⁴」。同じ慎重な留保が、別の箇所でも同様の議論に伴っている。「五つの献酒を一つに縮減しうる、と人は言う……。しかし
註
- Śat. 2, 4, 4, 1-6 : Prajāpatir ha vā etenāgre yajñeneje. prajākāmo bahuḥ prajayā paśubhiḥ syāṃ śriyaṃ gaccheyaṃ yaśaḥ syām annādaḥ syām iti. sa vai Dakṣo nāma. tad yad enena so 'gre 'yajata tasmād dākṣāyaṇayajño nāma… teno ha tata īje Pratidarśaḥ Śvaiknaḥ sa ye tāṃ praty āsus teṣāṃ vivacanam ivāsa… tam ājagāma. Suplā Sārñjayo brahmacaryam… sa etena yajñeneje… teno ha tata īje. Devabhāgaḥ Śrautarṣaḥ sa ubhayeṣāṃ Kurūṇāṃ ca Sṛñjayānāṃ ca purohita āsa… teno ha tata īje. Dakṣaḥ Pārvatis ta ime 'py etarhi Dākṣāyaṇā rājyam ivaiva prāptāḥ. — さらに例えば Ait. 35, 8, 7 参照。
- Śat. 11, 6, 2, 1 sqq.(Muir I, 426 参照)。
- Śat. 10, 6, 1, 1. — 例えば Uddālaka Āruṇi の物語 Śat. 11, 4, 1, 1 sqq. および Gop. 1, 3, 6-10 も参照。
- Śat. 4, 2, 1, 7 : api hovāca Yājñavalkyaḥ. no svid devatābhya eva gṛhṇīyāma3 vijitirūpam iva hīdaṃ tad vai sa tan mīmāṃsām eva cakre net tu cakāra. — Ait. 6, 7, 5 もまた、Rakṣas への献供というこの微妙な問題を論じている。ある者は Rakṣas は供犠と何の関わりもないと考え、他の者は、彼らからその取り分を奪うのは罪であり、とりわけ危険であると答えた。Ait. の結論は、祈請は行うべきだが、低い声で行うべきだ、というのである。
〔140〕それは単なる理論的考察であって、実際には五つとも供するのである¹」。しかしまた、儀式そのものの形式についてバラモン諸学派が一致しないこともしばしばある。ある儀礼のきわめて良心的な叙述が、明示的な断罪をもって締めくくられることも稀ではない。「かくしてはならない²」、「これに従ってはならない³」。祭官学者たちの論争は、Brāhmaṇa のうちに激しい反響となって響いている。Caraka 学派のある祭官が Yājñavalkya の手続きを批判した。「彼は気息(souffle)を誤った。気息が彼を見放すであろう⁴」。すると Yājñavalkya は自分の腕を見つめて言った。「この二本の腕は白髪となっている。バラモンの言葉はどうなってしまったのか」。Prāgahi、Paiṅgya、Āruṇi、Śvetaketu は、供犠が過剰によって誤った場合の祭祀上の誤りを修復する方法について、それぞれ異なる手続きを教えていた。Daivodāsi Pratardana は Naimiṣīya たちの祭祀の会期においてこの問題を提起したが、答えを得られなかった。彼らのバラモンであった Alikayu Vācaspata は答えた。私は知らない。古老たちの師、長老(sthavira)Jātūkarṇya に問うてみよう、と。しかし Jātūkarṇya の手続きもまた Kauṣītaki によって批判されている⁵。Śatapatha の編者は、火壇の煉瓦の配置に関する Tāṇḍya と Āktākṣya との理論を斥ける⁶。Jīvala Cailaki は、Takṣan が日々の火への献供の一定句について推奨した詠誦と解釈とを不十分として断罪する⁷。Gauḍa は同様に Bulila Āśvatarāśvi の提案した詠誦の形式を批判し、Bulila は誤りを認めて従う⁸。
註
- Śat. 3, 1, 4, 22 : tad āhuḥ. etām evaikāṃ juhuyāt… anv aivaitad ucyate〔Kāṇva 本文では saiṣā mīmāṃsaiva〕sarvās tv eva hūyante.
- Śat. 3, 2, 3, 22 : tad u tathā na kuryāt(諸所同様)。
- Śat. 3, 8, 2, 25 : na tad ādriyeta(諸所同様)。— Ait. 1, 4 : tat tan nādṛtyam(諸所同様)。
- Śat. 3, 8, 2, 24-25 : tad u ha Yājñavalkyaṃ carakādhvaryur anuvyājahārai vaṃ kurvantaṃ prāṇaṃ vā ayam antaragād adhvaryuḥ prāṇa enaṃ hāsyatīti. sa ha sma bāhū anvavekṣyāha. imau palitau bāhū kva svid brāhmaṇasya vaco babhūveti. — 上掲 p. 113 の Śat. 1, 3, 1, 26 も参照。
- Kauṣ. 26, 4-5.
- Śat. 6, 1, 2, 24-25 : etad aha tayor vaco 'nyā hy evātaḥ sthitiḥ.
- Śat. 2, 3, 1, 31-35.
- Ait. 30, 4, 7. — Gop. 2, 6, 9 に再録。
〔141〕慣行の多様性とその相競う主張とは、伝承の不確かさや混乱に由来するのではない。それらは啓示そのものの本性に内在するものである。バラモンたちは、ただ一度に、ただ一柱の神から、あるいはただ一人の預言者から、啓示の全体を受け取ったのではない。供犠を構成する祭句と手続きとの総体は無限定である。経験、あるいは幸運な偶然が、そのうちの一定数を神々に段階的に知らしめたのである。「神々は諸々の供犠を一つずつ見た¹」。神々と Asura とのあいだに交わされた無数の闘争の挿話と、そこにリフレインのように響く不可避の結論とを想起すれば足りる。すなわち「そこで神々はその儀式を見た。そして彼らは〔勝利者と〕なり、Asura たちは滅びた」と。新しい儀式の発見こそ、最も困難な状況を解決する deus ex machina である。Brāhmaṇa は神々の成功を法的に正当化することに意を用いない。彼らの勝利は事実であって、理由はほとんど問題ではない。いずれにせよ神的本性は、供犠に対する特別な親和性をいささかも示していない。数多くの物語が、神々から逃れようとする供犠の逃走を語っている。身を隠すために、供犠はあるときは Viṣṇu の姿をとり²、あるときは
註
- Maitr. 1, 11, 5 : devā vai nānā yajñān apaśyan… devā vai nānā yajñān āharann imam aham imaṃ tvam iti. — Taitt. Br. 1, 3, 2, 1 : devā vai yathādarśaṃ yajñān āharanta. yo 'gniṣṭomam. ya ukthyam. yo 'tirātram.
- Taitt. S. 6, 2, 4, 2 : yajño devebhyo nilāyata Viṣṇū rūpaṃ kṛtvā sa pṛthivīṃ prāviśat taṃ devā hastānt saṃrabhyaichan tam Indra upary upary atyakrāmat so 'bravīt ko māyām upary upary atyakramīd ity aham durge hanteti atha kas tvam ity ahaṃ durgād āharteti so 'bravīd durge vai hantāvocathā varāho 'yaṃ vāmamoṣaḥ. saptānāṃ girīṇāṃ parastād vittaṃ vedyam asurāṇāṃ bibharti taṃ jahi yadi durge hantāsīti sa darbhapuñjilam udvṛhya sapta girīn bhittvā tam ahant so 'bravīd durgād vā āhartāvocathā etam ahareti tam ebhyo yajña eva yajñam āharat. — Cf. Maitr. 3, 8, 3 : abhyardho vai devebhyo yajña āsīt teno evāvidur iha vā sa iha vety asti yajña iti tv avidus tena vai saṃsṛṣṭim aichaṃs taṃ praiṣam aichaṃs taṃ nāvindaṃs taṃ vayāṃsy upary upari nātyayatāṃs tam Indra upary upary atyakrāmat tam acāyat so 'ved aciked vai meti so 'bravīt ko 'sā ity ahaṃ durge hanteti atha kas tvam asīty ahaṃ durgād āharteti so 'bravīd durge vai hantāvocathā ayaṃ varāha āmukha ekaviṃśatyāḥ purāṃ pāre 'śmamayīnāṃ tasminn asurāṇāṃ vasu vāmam antas taṃ jahīti tasyendro darbhapuñjyābhyāyatya prastād bhittvā hṛdayaṃ prāvṛścat… so 'bravīd durgād vā āhartāvocathā etam ahareti taṃ vai Viṣṇur āharad yajño vai Viṣṇur yajño vai tad yajñam asurebhyo 'dhy āharad yajñena vai tad yajñaṃ devā asurāṇām avindanta.
〔142〕Suparṇa の姿を¹、あるときは馬の姿を²、あるときは黒羚羊の姿をとる³。途方に暮れた神々は、儀式と祈願との力によってはじめて供犠に帰還を決意させる⁴。啓示された儀礼の正確な実践を知るに至るまでには、神々もまた修業を経ねばならず、それは時に彼らに高くつく。やり方を知らなかったために、Bhaga は両眼を失い、Pūṣan は歯を、Savitar は両手を失った。自らの力のみに頼るならば、神々は必要な儀式を「見る」ことさえつねにできるとは限らないであろう。彼らには、時に応じて、神でもなく人間でもなく、あらゆる範疇の被造物のあいだに見出され、ṛṣi と呼ばれるあの聖なる人物たちの助力を待ち、あるいは請わねばならないのである。「神々は Sarvacaru において祭祀の会期を保っていた。彼らは悪を自らから遠ざけることができなかった。蛇のうちの ṛṣi であり、祭祀の定句を作った Arbuda Kādraveya が彼らに言った。汝らが行っていない献供が一つある。私が汝らのためにそれを行おう。そうすれば汝らは悪を自らから遠ざけるであろう、と。——よろしい、と彼らは言った。毎日正午に彼は自分の住処から出て、彼らのもとに来て、soma を搾る石を讃えた。ところで soma は彼らを酔わせた。彼らは言った。この爬虫類がわれらの soma を見ている。彼の眼を覆おう、と。——よろしい、と彼らは言った。そして彼らは彼の眼を覆った……。soma はさらに彼らを酔わせた。彼らは言った。彼は自分固有の定句をもって搾石を讃えている。さあ、彼の定句を混ぜ合わせよう
註
- Td. 14, 3, 10 : yajño vai devebhyo 'pākrāmat sa suparṇarūpaṃ kṛtvācarat tam etaiḥ sāmabhir ārabhanta.
- Śat. 3, 4, 1, 17 : yajño ha devebhyo 'pacakrāma so 'śvo bhūtvā parāṅ āvarta tasya devā anvāyāya vālān abhipedus tān ālulupus tān ālupya sārdhaṃ saṃnyāsuḥ. — Td. 8, 7, 18 : yajño vai devebhyo 'śvo bhūtvāpākrāmat taṃ devāḥ prastareṇāramayan.
- Śat. 1, 1, 4, 1 : yajño ha devebhyo 'pacakrāma sa kṛṣṇo bhūtvā cacāra tasya devā anuvidya tvacam evāvacchāyayājahruḥ.
- Ait. 11, 9, 1 : yajño vai devebhya udakrāmat taṃ praiṣaiḥ praiṣam aichan… taṃ purorugbhiḥ prārocayan… taṃ vedyām anvavindan. — ib. 1, 2, 1 : yajño vai devebhya udakrāmat tam iṣṭibhiḥ praiṣam aichan. — ib. 2, 2, 15 : yajño vai devebhya udakrāmat te devā na kiṃ canāśaknuvan kartuṃ na prājānan. — Śat. 1, 5, 2, 6 : yajño ha devebhyo 'pacakrāma. taṃ devā anumantrayanta naḥ śṛṇūpa na āvartasveti so 'stu tathety eva devān upāvartata tenopavṛttena devā ayajanta teneṣṭvaitad abhavan yad idaṃ devāḥ.
〔143〕他の詩節と。——よろしい、と彼らは言った。そして soma はもはや彼らを酔わせず、彼らは罪を自らから遠ざけたのである¹」。
Ṛṣi たちこそは啓示の真の英雄である。「見る」という機能は彼らの本性にきわめて内在的であるので、音韻論よりも意味に心を用いるインドの語源学者たちは、彼らの名を語根 dṛś「見る」と関係づけようとした。Brāhmaṇa は別の説明をもつ。彼らが ṛṣi と呼ばれるのは、物事の初めにおいて最初に労苦し、身を熱した(tapas を行った)からである²。Ṛṣi たちは神々と同じ位階を占め、しかもそれを同じ実践に負っている。「神々がそのすべての成功を勝ち得たのは供犠によってであり、ṛṣi たちもまた同様である³」。しかし彼らが同じ手段に訴えたとしても、彼らはそれを同時に用いたのではない。ṛṣi たちは一般に神々より後に、人間と同時に現れた。この幸運な出会いがなければ、人間は、神々の嫉妬深い利己心が隠していた儀式を決して知りえなかったであろう。ṛṣi たちの明察は、神々が発見したものを再び見出すことができたのである。
「神々は、供犠を行い、労苦し、身を熱し、献供を行うことによって、天界を征服した。彼らが臓腑を献じたとき、天界が彼らのために開かれた
註
- Ait. 26, 1, 1 : devā ha vai Sarvacarau sattraṃ niṣedus te ha pāpmānaṃ nāpajaghnire tān hovācārbudaḥ Kādraveyaḥ sarparṣir mantrakṛd ekā vai vo hotrākṛtā tāṃ vo 'haṃ karavāṇy atha pāpmānam apahaniṣyadhva iti te ha tathety ūcus teṣāṃ ha sma sa madhyaṃdine madhyaṃdina evopodāsarpad grāvṇo 'bhiṣṭauti…… tān ha rājā mādayāṃ cakāra te hocur āśīviṣo vai no rājānam avekṣate hantāsyākṣiṇī apinahyāmeti tatheti tasya hoṣṇīṣeṇākṣyāv apinahyuḥ… tān ha rājā mādayāṃ cakāra te hocuḥ svena vai no mantreṇa grāvṇo 'bhiṣṭautīti hantāsyānyābhir ṛgbhir mantram āpṛcācāmeti tatheti… tato hainān na madayāṃ cakāra… te ha pāpmānam apajaghnire. — Kauṣ. 29, 1 : atha yatra ha tat Sarvacarau devā yajñam atanvata tān hārbudaḥ Kādraveyo madhyaṃdina upodāsṛpyovācaikā vai va iyaṃ hotrā na kriyate grāvastotrīyā tāṃ vo 'haṃ karavāṇy upa mā hvayadhvam iti te ha tathety ūcus taṃ hopajuhvire sa etāṃ grāvastotrīyām abhirūpām apaśyat… sa vā uṣṇīṣyapinaddhākṣo 'bhituṣṭāva.
- Śat. 6, 1, 1, 1 : te yat purāsmāt sarvasmād idam icchantaḥ krameṇa tapasāriṣaṃs tasmād ṛṣayaḥ.
- Śat. 2, 4, 3, 3 : yajñena ha sma vai tad devāḥ kalpayante yad eṣāṃ kalpam āsa ṛṣayaś ca. — Cf. ib. 1, 6, 2, 3 : śrameṇa ha sma vai tad devā jayanti yad eṣāṃ jayyam āsa ṛṣayaś ca. — Ait. 29, 3, 11 : etair vā āvapanair devāḥ svargaṃ lokam ajayann etair ṛṣayaḥ. — ib. 29, 4, 2 : etena vai sūktena devāḥ svargaṃ lokam ajayann etena ṛṣayaḥ.
〔144〕そして臓腑の献供ののち、他の祭祀的行為に意を用いることなく、彼らは天界へ昇った。そして ṛṣi たちと人間たちとは、その後、神々が供犠を行った場所へ来た。行こう、と彼らは言い合った、供犠の何かを探して知ろう、と。彼らはあたりを巡り、臓腑を抜き取られた犠牲を見出した。彼らは、臓腑が犠牲全体に相当することを知った¹」。神々は供犠を行ったのち、天への道を閉ざすために、その痕跡を消し去ろうとした。「しかし ṛṣi たちはそれを知り、探しに行くことを決意した。彼らは礼拝し労苦しつつ巡り歩いた。そこで神々が彼らに着想を与えたか、あるいは彼らが自発的に決意したかして、行こう、と彼らは言った。神々が天を享受するために出発した地点に、われらはきっと到達するであろう、と……。そして供犠が彼らの前に現れ、彼らはそれを放出し、それを張り拡げた²」。——「Prajāpati は供犠を放出した。ひとたび放出されると、神々はそれを用いて供犠を行った。この供犠によって彼らはすべての願いを得た。彼らはその半ば、すなわち praiṣa と nigada とを隠した。ṛṣi たちは次いで第二の供犠を献じた。彼らは知った。まことにわれらは不完全な供犠をもって供犠を行っており、すべての願いを得てはいない、と。彼らは労苦した。彼らは praiṣa と nigada とを見た。彼らは praiṣa と nigada とをもって供犠を献じ、そしてすべての願いを得たのである³」。
註
- Ait. 7, 3, 6 : devā vai yajñena śrameṇa tapasāhutibhiḥ svargaṃ lokam ajayaṃs teṣāṃ vapāyām eva hutāyāṃ svargo lokaḥ prākhyāyata te vapām eva hutvānādṛtyānyāni karmāṇy ūrdhvāḥ svargaṃ lokam āyaṃs tato vai manuṣyāś ca ṛṣayaś ca devānāṃ yajñavāstv abhyāyan yajñasya kiṃ cid eṣiṣyāmaḥ prajñātyā iti te 'bhitaḥ paricaranta ait paśum eva nirantraṃ śayānaṃ te 'vidur iyān vāva kila paśur yāvatī vapeti.
- Śat. 1, 6, 2, 1-4 : tad vā ṛṣīṇām anuśrutam āsa… tam anveṣṭuṃ dadhrire te 'rcantaḥ śrāmyantaś ceruḥ… tebhyo devā vaiva prarocayāṃ cakruḥ svayaṃ vaiva dadhrire preta tad eṣyāmo yato devāḥ svargaṃ lokaṃ samaśnuvateti… tata ebhyo yajñaḥ prārocata tam asṛjanta tam atanvata. — Cf. ib. 1, 9, 1, 25. — Taitt. S. 6, 3, 4, 7 : taṃ ṛṣayo yūpenānuprājānan. — Ait. 6, 1, 1 : tato vai manuṣyāś ca ṛṣayaś ca devānāṃ yajñavāstv abhyāyan yajñasya kiṃ cid eṣiṣyāmaḥ prajñātyā iti te vai yūpam evāvindann avācīnāgraṃ nirmitaṃ te 'vidur anena vai devā yajñam ayūyupann iti tam utkhāyordhvaṃ nyamiṃvaṃs tato vai te pra yajñam ajānan pra svargaṃ lokam.
- Kauṣ. 28, 1 : Prajāpatir ha yajñaṃ sasṛje tena ha sṛṣṭena devā ījire tena hiṣṭvā sarvān kāmān āpus tasya haitarārdhyam upanidadhur ya ete praiṣāś〔次頁に続く〕
〔145〕神々はしかし ṛṣi たちを競争者として扱いはしない。彼らは進んで彼らに奉仕する。「Ṛṣi Viśvamanas は聖典を学んでいた。一匹の Rakṣas が彼を捕らえた。Indra はそれを見て言った。Rakṣas が ṛṣi を捕らえた。彼は ṛṣi に言った。Ṛṣi よ、それは誰か。Rakṣas は ṛṣi に言った。Sthāṇu(切株)だと言え。——Sthāṇu だ、と彼は言った。——それならばよし、これでこれを打て、と彼は言い、彼に雷霆代わりの一本の葦の茎を渡した。Ṛṣi はそれを用いて Rakṣas の頭を割った¹」。神々の好意は敬意さえも交えている。「神々は聖なる学を分配していた。Nodhas Kākṣīvata が来た。彼らは言った。一人の ṛṣi がわれらのもとへ来た。彼にも聖なる学を与えよう、と。そして彼らは彼に一つの祭祀の旋律を与えた²」。神々は ṛṣi たちの卓越した尊厳を認め、宣言している。「Śiśu Āṅgirasa は、祭句を作る者たちのうちの祭句を作る者であった。彼は祖霊たちに『わが子らよ!』と呼びかけた。祖霊たちは言った。汝は義務を怠っている、われら祖霊を『子』の名で呼ぶとは。彼は言った。まことに、父であるのは私だ。私は祭句を作る者だからである。彼らはこの問題を神々の前に持ち出した。神々は言った。まことに、父であるのは彼だ。彼は祭句を作る者なのだから。かくして彼が勝ったのである³」。
Ṛṣi たちと神々とのあいだには、好み、家系の伝統、受けあるいは施した奉仕によって、個人的な友情が結ばれる。「Vaikhānasa たちは Indra に愛された ṛṣi であった。
註
〔前頁註3の続き〕ca nigadāś caitareṇa yajñena ṛṣaya ījire te havir jajñur asarveṇa vai yajñena yajāmahe na vai sarvān kāmān āpnuma iti te ha śremus ta etān praiṣāṃś ca nigadāṃś ca dadṛśus tena ha sapraiṣeṇa sanigadeneṣṭvā sarvān kāmān āpuḥ.
- Td. 15, 5, 20 : Viśvamanasaṃ vā ṛṣim adhyāyam udvrajitaṃ rakṣo 'gṛhṇāt tam Indro 'cāyad ṛṣiṃ vai rakṣo 'grahīd iti tam abhyavadad ṛṣe kas tvaiṣa iti Sthāṇur iti brūhīti rakṣo 'bravīt sa Sthāṇur ity abravīt tasmai vā etena praharety asmā iṣīkāṃ vajraṃ prāyacchann abravīt tenāsya sīmānam abhinat.
- Td. 7, 10, 10 : devā vai brahma vyabhajanta tān Nodhāḥ Kākṣīvata āgacchat te 'bruvann ṛṣir na āgaṃs tasmai brahma dadāmeti tasmā etat sāma prāyacchan.
- Td. 13, 3, 24 : Śiśur vā Āṅgiraso mantrakṛtāṃ mantrakṛd āsīt sa pitṝn putrakā ity āmantrayata taṃ pitaro bruvann adharmaṃ karoṣi yo naḥ pitṝn sataḥ putrakā ity āmantrayasa iti so 'bravīd ahaṃ vāva pitāsmi yo mantrakṛd asmīti te deveṣv apṛcchanta ta devā abruvann eṣa vāva pitā yo mantrakṛd iti tad vai sa udajayat.
〔146〕Rahasyu Devamalimluc は Munimaraṇa において彼らを殺した。神々は彼に言った。Muni たちはどこにいるのか、と。Indra は彼らを探したが見つからなかった。彼はこれらすべての世界を篩にかけた。彼は Munimaraṇa で彼らを見出した。彼は彼らを蘇生させた¹」。ここでは Indra が恩人であるが、別の箇所では彼が恩を受ける者である。「Upagu Sauśravasa は Kutsa Aurava の祭官であった。Kutsa は次の誓いを立てた。もし誰かが Indra のために供犠を行うならば……!と。Indra は Suśravas のもとへ来て言った。私のために供犠を行え、私はひどく飢えている、と。彼は彼のために供犠を行った。Indra は供犠の菓子を手にして Kutsa のもとへ行き、彼に言った。私のために供犠が行われた。汝の誓いは何の役に立ったのか。——誰が汝のために供犠を行ったのか。——Suśravas だ。そこで Kutsa Aurava は、Upagu Sauśravasa が祭祀の歌を歌っているあいだに、udumbara の木で彼の首を切った。Suśravas は Indra に言った。あなたのせいでこのことが私に起こったのです、と。Indra は彼を蘇生させるために一つの旋律を用いた²」。Indra の奇蹟は、施された奉仕への返礼にすぎない。神々と Asura とのあいだに休みなく続く容赦なき闘争において、ṛṣi たちの介入がしばしば勝敗を決した。Atri は Svarbhānu によって奪われた光を神々に返してやった。「神々は agniṣṭoma に陣取り、Asura たちは uktha に陣取っていた。両者は力が等しく、戦いは決着がつかなかった。Ṛṣi たちのうち Bharadvāja は、Asura たちが uktha に陣取っているのを見た。そして彼らのうちの誰もそれを見ていない、と彼は思った。彼は Agni を呼んだ。Agni は身を起こして言った。この白髪の大きな痩せた者は私に何を言おうとするのか。Bharadvāja は背が高く、痩せていて、白髪であった。彼は言った。さあ、
註
- Td. 14, 4, 7 : Vaikhānasā vā ṛṣaya Indrasya priyā āsaṃs tān Rahasyur Devamalimluṅ Munimaraṇe 'mārayat te devā abruvan kva ta ṛṣayo 'bhūvann iti tān praiṣam aichat tān nāvindat sa imāṃl lokān ekadhāreṇāpunāt tān Munimaraṇe 'vindat tān etena sāmnā samairayat.
- Td. 14, 6, 8 : Upagur vai Sauśravasaḥ Kutsasyauravasya purohita āsīt sa Kutsaḥ paryaśapad ya Indraṃ yājayātā iti sa Indraḥ Suśravasam upetyābravīd yajasva māśānāyāmi vā iti tam ayajata sa Indraḥ purodāśahastaḥ Kutsam upetyābravīd ayakṣata mā kva te pariśaptam abhūt kas tvāyaṣṭeti Suśravā iti sa Kutsa Auravaḥ Upagoḥ Sauśravasyodgāyata audumbaryā śiro 'cchinat sa Suśravā Indram abravīt tvattanād vai medam īdṛg upāgād iti tam etena sāmnā samairayat.
〔147〕Asura たちが uktha に陣取っているのに、汝らのうち誰もそれを見ていない、と。Agni は馬に変じて彼らに突進した¹」。神々はかくも貴重な助けを請うことに恥じらいを覚えない。「神々と Asura とは闘争していた。二つの陣営のあいだで Gotama が労苦していた。Indra は彼のもとへ行き、彼に言った。閣下、ここでわれらのために斥候を務めてくれまいか、と。——いや、私はそれを望まない。——それならば、巡り歩くための姿を私に取らせてくれ。——好きなようにせよ²」。必要に応じて、ṛṣi たちに彼らを生かす供犠を求めるのと同様に、神々は同じ敬意をもって、彼らの気に入る韻律あるいは讃歌をも求める。「Vasiṣṭha は virāj 韻律を見出した。Indra はそれを欲した。彼は言った。Ṛṣi よ、汝は virāj を知っている。それを私に言え、と。Vasiṣṭha は言った。それによって私に何が返ってくるのか。——供犠全体の過誤の贖罪を汝に教えよう……。Ṛṣi は Indra に virāj を語った。これが virāj だ!と。そして Indra は ṛṣi に祭祀上の過誤の贖罪を語った³」。
Ṛṣi たちが神々の友であるとしても、彼らは決してその被保護者ではない。二つの力は対等に交渉しうる。両者は同じ手段を自由にしうるからである。「Ṛṣi たちは Indra を面と向かって見ることがなかった。Vasiṣṭha は願った。いかにすれば私は Indra を面と向かって見られるか、と。彼はこの祈請を見た。そしてそのとき彼は Indra を面と向かって見た。Indra は彼に言った。私は汝に祭祀の学を語ろう。そうすれば Bharata 族の代々が汝を祭官とするであろう。しかし他の ṛṣi たちに私を明かすな。そこで彼は彼にこの儀式を語り、Bharata 族の代々は
註
- Ait. 15, 5, 1-7 : agniṣṭomaṃ vai devā aśrayantokthāny asurās te samāvadvīryā evāsan na vyāvartanta tān Bharadvāja ṛṣīṇām apaśyad ime vā asurā ukthaṣu śritās tān eṣāṃ na kaścana paśyatīti so 'gnim udahvayat so 'gniḥ pratiṣṭhann abravīt kiṃ svid eva mahyaṃ kṛśo dīrghaḥ palito vakṣyatīti Bharadvājo ha vai kṛśo dīrghaḥ palita āsa so 'bravīd ime vā asurā ukthaṣu śritās tān vo na kaścana paśyatīti tān Agnir aśvo bhūtvābhyatyadravat.
- Ṣaḍv. 1, 1, 21 : devāsurā ha saṃyattā āsaṃs tān antareṇa Gotamaḥ śaśrāma tam Indra upetyovācenno bhavān spaśaś caratv iti nāham utsaha ity athāhaṃ bhavato rūpeṇa carāṇīti yathā manyasa iti.
- Śat. 12, 6, 1, 38-41 : Vasiṣṭho ha virājaṃ vidāṃ cakāra tāṃ hendro 'bhidadhyau. sa hovāca. ṛṣe virājaṃ ha vai vettha tāṃ me brūhīti sa hovāca kiṃ mama tataḥ syād iti sarvasya te yajñasya prāyaścittiṃ brūyāṃ rūpaṃ ca tvā darśayeyam iti… tato haitām ṛṣir Indrāya virājam uvāca. iyaṃ vai virāḍ iti… atha haitām Indra ṛṣaye, prāyaścittim uvāca.
〔148〕彼を祭官とした¹」。彼を出現させるように強いる優越した力に抗しえぬ Indra には、ṛṣi の沈黙を買い取るほか手立てがないのである。
神々から独立して、ṛṣi たちは直接的な直観によって儀式や祭句を発見する。彼らは神々と同じように、それらを「見る」のである。「すべての息子を失った Vasiṣṭha は願った。子孫を得たい! Saudāsa たちを支配したい!と。彼はそのとき ekasmānnapañcāśa の儀式を見、それを用いて供犠を献じた。彼は子孫を得、Saudāsa たちを支配した²」。——「Aṣṭādaṃṣṭra Vairūpa は息子なく子孫なく老いつつあった……。老年のうちに、彼はこの二つの祭祀の旋律を見た。彼はそれらが用いられぬままに終わることを恐れた。そこで彼は言った。供犠においてわが旋律を歌う者は栄えよかし!³」——「Yuktāśva Āṅgirasa は生まれたばかりの二人の子を取り違えた。祭句は彼を見捨てた。彼は焼けつくような苦行を行い、彼の名を負う旋律を見た。すると祭句は彼のもとに戻った⁴」。——「Sindhukṣit は王家の ṛṣi であった。彼は長らく王位を追われていた。彼は彼の名を負う旋律を見た。彼はそれを捉えた。そのとき彼は堅固に
註
- Td. 15, 5, 24 : ṛṣayo vā Indraṃ pratyakṣaṃ na paśyan sa Vasiṣṭho 'kāmayata kathaṃ Indraṃ pratyakṣaṃ paśyeyam iti sa etaṃ nihavam apaśyat tato vai sa Indraṃ pratyakṣam apaśyat sa enam abravīd brāhmaṇaṃ te vakṣyāmi yathā tvatpurohitā bharatāḥ prajaniṣyante 'thānyebhyo ṛṣibhyo mā pravoca iti tasmā etān stomabhāgān abravīt tato vai vasiṣṭhapurohitā bharatāḥ prājāyanta. — Taitt. S. 3, 5, 2 : ṛṣayo vā Indraṃ pratyakṣaṃ na paśyaṃs taṃ Vasiṣṭhaḥ pratyakṣam apaśyat so 'bravīd brāhmaṇaṃ te vakṣyāmi yathā tvatpurohitāḥ prajāḥ prajaniṣyante 'tha metarebhya ṛṣibhyo mā pravoca iti tasmā etān stomabhāgān abravīt. — Kāṭh. 37, 17(Ind. St. 3, 478)も同旨。ただし「彼は他の ṛṣi たちに私を明かすなと恐れた」と挿入する。— Gop. 2, 2, 1.
- Taitt. S. 7, 4, 7, 1 : Vasiṣṭho hataputro 'kāmayata vindeya prajām abhi Saudāsān bhaveyam iti sa etam ekasminnapañcāśam apaśyat tam āharat tenāyajata tato vai so 'vindata prajām abhi Saudāsān abhavat. — Cf. Td. 4, 7, 3 ; 8, 2, 4 : Vasiṣṭho vā etad dhataputraḥ sāmāpaśyat.
- Td. 8, 9, 21 : Aṣṭādaṃṣṭro Vairūpo 'putro 'prajā ajīryat sa imāṃl lokān vicicchidivān amanyata sa ete jarasi sāmanī apaśyat tayor aprayogād abibhet so 'bravīd ṛdhnavad yo me sāmabhyāṃ stavātā iti.
- Td. 11, 8, 8 : Yuktāśvo vā Āṅgirasaḥ śiśū jātau viparyaharat tasmān mantro 'pākrāmat sa tapo 'tapyata sa etad yauktāśvam apaśyat tam mantra upāvartata.
〔149〕確立された¹」。きわめて稀な場合には、儀式あるいは祭句が自発的に現れ、いわば ṛṣi の眼を求めに来る。「旋律(vāravantīya)が Keśin Dālbhya に現れた。それは彼に言った。私を歌う者たちは歌い手ではない。彼らが私を歌うために私を用いぬように!と。——ではどう歌えばよいのか、尊者よ。——私を口ずさむようにせよ。いわば口ずさむようにして私は歌われるのだ²」。しかし粗野で無思慮な視覚では十分でない。供犠の諸要素の発見においては知性もその役割をもつ。「Kaṇva は前奏(prastāva)なしの旋律を見た。それには安定した基礎が欠けていた。彼は一匹の猫が「aṣ!」と言ってくしゃみをするのを聞いた。彼はそれが前奏であることを見、安定した基礎を得た³」。
視覚の明晰さと迅速さとが、ṛṣi に自分の発見の価値について疑いを残さないとしても、それが普遍的に認められるためには、なお公の試練を受けねばならない。その試練とは奇蹟、あるいは少なくとも成功である。供犠の比類なき力は、最も絶望的な困難にさえ打ち勝たねばならない。「Praiyamedha たちはみな同じように聖なる学を知っていたが、日々の火への献供については一致していなかった。そのうちの一人は三度これを行い、他の一人は二度、他の一人は一度だけ行った。三度献供を行う者に問うた。誰に献供したのか。彼は答えた。三度に分けて、Agni に、Prajāpati に、Soma に、と。次いで二度献供を行う者に問うた。誰に献供したのか。彼は答えた。二度に分けて、夕には Agni と Prajāpati とに、朝には Sūrya と Prajāpati とに、と。次いで一度献供を行う者に問うた。誰に献供するのか。彼は答えた。一度に
註
- Td. 12, 12, 6 : Sindhukṣid vai rājanyarṣir jyog aparuddhaś carant sa etat saindhukṣitam apaśyat so 'vāgacchat pratyatiṣṭhat. — Dīrghaśravas rājanyarṣi についても同じ物語がある。ib. 15, 3, 25.
- Td. 13, 10, 8 : Keśine vā etad Dālbhyāya sāmāvir abhavat tad enam abravīd agātāro mā gāyanti mā mayodgāsiṣur iti kathaṃ tvā agā bhagavann ity abravīd āgeyam evāsmy āgāyann iva gāyet.
- Td. 9, 2, 2 : Kaṇvo vā etat sāma ṛte nidhanam apaśyat sa na pratyatiṣṭhat sa vṛṣadaṃśasyāḥ iti kṣuvata upāśṛṇot sa tad eva nidhanam apaśyat tato vai sa pratyatiṣṭhat.
〔150〕Prajāpati に、と。彼らのうち二度献供を行っていた者が成功した。他の二人はその後彼に倣った¹」。成功はバラモン的学識の顕著な標識であって、争いが生じた場合には、バラモンを他のあらゆる証明から免除するほどである。「Ṛṣi たちは Sarasvatī 河畔で祭祀の会期を保っていた。彼らは Kavaṣa Ailūṣa を soma から排除した。彼は下女の子だ、悪党だ、バラモンではない。どうして彼はわれらのあいだで dīkṣā を受けたのか、と。彼らは彼を外へ、水のない場所へ運び出した。この場所で渇きが彼を殺すように、Sarasvatī の水を彼が飲まぬように、と。水のない場所へ運び出され、渇きに苦しめられて、彼は aponaptrīya を見た……。それによって彼は水を獲得した。水が彼の後を追って湧き上がり、Sarasvatī が四方から彼を取り巻くために駆けつけた。それゆえに今日でもなお、この場所を Pariṣāraka の名で呼ぶのである。Sarasvatī がそこで ṛṣi を四方から取り巻いた(pariṣar)からである。Ṛṣi たちは言った。神々は彼を認めた。彼をわれらのもとへ呼ぼう、と。——よろしい、と彼らは言った。彼らは彼を自分たちのもとへ呼び、呼んだのち、彼らは aponaptrīya を行った²」。——「Vatsa と Medhātithi とは
註
- Maitr. 1, 8, 7 : Praiyamedhā vai sarve saha brahmavidus te 'gnihotre na samarādhayaṃs teṣāṃ trir eko juhod dvir ekaḥ sakṛd ekas teṣāṃ yas trir ajuhot tam apṛcchan kasmai tvam ahauṣīr iti so 'bravīt tredhā vā idam Agnaye Prajāpataye Somāyety atha yo dvir ajuhot tam apṛcchan kasmai… evid dvedhā vā idam Agnaye ca Prajāpataye ca sāyaṃ Sūryāya ca Prajāpataye ca prātar ity atha yaḥ sakṛd ajuhot tam apṛ… evid ekadhā vā idaṃ Prajāpataya eveti teṣāṃ yo dvir ajuhot sa ārdhnot tasyetare sājātyam upāyan. — Kāṭh. 6, 6, 8(Ind. St. 3, 471)ほぼ同旨。— Gop. 1, 3, 15 も同旨。
- Ait. 3, 1, 1-3 : ṛṣayo vai Sarasvatyāṃ satram āsata te Kavaṣam Ailūṣaṃ somād anayan dāsyāḥ putraḥ kitavo 'brāhmaṇaḥ kathaṃ no madhye 'dīkṣiṣṭeti tam bahir dhanvodavahann atrainaṃ pipāsā hantu Sarasvatyā udakaṃ mā pād iti sa bahir dhanvodūḍhaḥ pipāsayā vitta etad aponaptrīyam apaśyat… tenāpāṃ priyaṃ dhāmopāgacchat tam āpo 'nūdāyaṃs taṃ Sarasvatī samantaṃ paryadhāvat tasmād apy etarhi Pariṣārakam ity ācakṣate yad enaṃ Sarasvatī samantaṃ parisasāra te vā ṛṣayo 'bruvan vidur vā imaṃ devā upemaṃ hvayāmahā iti tatheti tam upāhvayanta tam upahūyaitad aponaptrīyam akurvata. — Kauṣ. 12, 3 : mādhyamāḥ Sarasvatyāṃ satram āsata tad dhāpi Kavaṣo madhye niṣasāda taṃ haima upodur dāsyā vai tvaṃ putro 'si na vayaṃ tvayā saha bhakṣayiṣyāmaha iti sa ha kruddhaḥ pradravan Sarasvatīm etena sūktena tuṣṭāva tāṃ haiṣam anveyāya tata u haime nirāgā iva menire. — Cf. Td. 8, 5, 9 : Śyāvāśvam Ārvaṇānasaṃ sattram āsīnaṃ dhanvodavahan sa etat sāmāpaśyat tena vṛṣṭim asṛjata.
〔151〕ともに Kaṇva の一族であった。Medhātithi は Vatsa に叫んだ。汝はバラモンではない、汝は śūdrā の子だ!と。彼は言った。祭祀の正確さをもって二人とも火のうちに入ろう。どちらがより多くのバラモン的知識をもつかを見るために、と。Vatsa は自分の祭句とともにそこに入り、Medhātithi は自分の祭句とともに入った。火は Vatsa の毛一本も焼かなかった¹」。——「Nṛmedha と Paruccheps とは、バラモン的学識について言い争っていた。この湿った木から火を生ぜしめよう、どちらがより多くのバラモン的知識をもつかを見るために、と。Nṛmedha は一つの祭句を唱え、煙を生ぜしめた。Paruccheps は一つの祭句を唱え、火を生ぜしめた。Ṛṣi よ、と彼〔Nṛmedha〕は言った、われらは同じ学識をもつのに、どうして汝は火を生ぜしめ、私は生ぜしめえなかったのか。——それは、と彼は言った、私が点火の祭句の色彩(varṇa)を知っているからだ。そこに述べられる澄ましバターの名、それがその色彩なのだ²」。人間の優越は、結局のところ、処方の優越に帰着するのである。
註
- Td. 14, 6, 6 : Vatsaś ca Medhātithiś ca Kāṇvāv āstāṃ taṃ Vatsam Medhātithir ākrośad abrāhmaṇo 'si śūdrāputra iti so 'bravīd ṛtenāgniṃ vyayāva yataro no brahmīyān iti vātsena Vatso vyāyaṃ maidhātithena Medhātithis tasya loma ca nauṣat.
- Taitt. S. 2, 5, 8, 3 : Nṛmedhaś ca Parucchepaś ca brahmavādyam avadetām asmin dārāv ārdre 'gniṃ janayāva yataro nau brahmīyān iti Nṛmedho 'bhyavadat sa dhūmam ajanayat Paruccchepo 'bhyavadat so 'gnim ajanayad ṛṣa ity abravīt, yat samāvad vidvā kathā tvam agnim ajījano nāham iti sāmidhenīnām evāhaṃ varṇaṃ vedety abravīd yad ghṛtavat padam anūcyate sa āsāṃ varṇaḥ.
§IV. 供犠と道徳 ── 神 Varuṇa
〔152〕Brāhmaṇa の万神殿を満たす数多くの人物の相貌を描き出すことは、私の意図するところではない。私は、供犠との関係において神々の一族を特徴づける共通の特徴を指摘するにとどめたが、この素描だけでも、すでに神々の——というよりはむしろバラモン神学の——見事なまでの道徳的無関心を浮き彫りにしえた。かくも不利な印象を、一般にヴェーダ道徳の最も高貴な観念を体現するとされる一神格の研究によって検証することは公正であろう。すなわち Varuṇa である。Varuṇa はしばしば Mitra と結びつけられる。両者の名を並べたものは、祈願のうちで一種の商号のように響く。バラモンの学者たちは、この対を、同じく馴染み深い他の対によって解釈しようとする誘惑を退けえなかった。Mitra と Varuṇa とは、出会い次第で、知性と意志、決断と行為¹、下弦の月と上弦の月²である。これらの解釈の隔たりが、その恣意性を証明している。Varuṇa は kṣatra、すなわち王族カーストの本質として指示される³。この観点からすれば、彼は天の戦士的英雄たる Indra と混同される⁴。Indra と同様、彼は王の称号を帯びる。「Varuṇa は、まことに、神々の王である
註
- Śat. 1, 1, 4, 1.
- Śat. 2, 4, 4, 18.
- Śat. 2, 5, 2, 34 : kṣatraṃ vai Varuṇaḥ. — Ib. 4, 1, 4, 1.
- Gop. 2, 1, 22 : Indro vai Varuṇaḥ.
〔153〕¹」。Indra と同様に、彼は聖別の灌頂を受けた。「ところで Varuṇa が王として聖別されると、その力、その男性力は彼を去った²」。rājasūya の儀式は、かつて Varuṇa が用いた聖別の儀式そのものにほかならない。「Varuṇa がこれを用いた、それゆえに人はこれを用いるのである³」。当然ながら、彼がその王としての尊厳を負うのは儀式に対してである。「王権を望んだ Varuṇa は聖火を設置した。彼は王権に達した。それゆえに無知な者も学識ある者も、彼について語るとき、王 Varuṇa と言うのである⁴」。他の多くの抽象的で漠然とした、捉えどころのない神々とは異なり、Varuṇa はきわめて明確な相貌をもつ。「白く、禿げていて、全身濡れており、黄色い眼をしている……それが Varuṇa の姿である⁵」。しかし Varuṇa の卓越した属性は縄である。伝統的な語源説は、当否はともかく、神の名をその道具によって説明する。「彼が Varuṇa であるのは、悪しき者どもをその結び目のうちに絡め取る(vṛ)からである⁶」。この対応の正確さがいかなるものであれ、確かな事実は残る。「縄は Varuṇa のものである⁷」。それゆえに、供犠の途上で祭主の妻に縄を巻くとき、「縄と身体とのあいだに植物を挟む。この手段によって、Varuṇa に属する縄は女に害を与えない……。しかし結び目を作らぬよう用心せよ。結び目は Varuṇa のものである。結び目を作れば Varuṇa が女を捕らえるであろう
註
- Maitr. 1, 6, 11 : Varuṇo vai devānāṃ rājā. — Ib. 2, 2, 1.
- Śat. 5, 4, 3, 2 : Varuṇād dha vā abhiṣiṣicānāt, indriyaṃ vīryam apacakrāma.
- Śat. 5, 4, 3, 2 : vāruṇasavo vā eṣa yad rājasūyam iti Varuṇo 'karod iti tv evaiṣa etat karoti.
- Śat. 2, 2, 3, 1 : Varuṇo hainad rājyakāma ādadhe. sa rājyam agacchat tasmād yac ca veda yaś ca na Varuṇo rājety evāhuḥ.
- Śat. 13, 3, 5, 5 : śuklasya khalater viklidhasya piṅgākṣasya mūrdhani juhoty etad vai Varuṇasya rūpam. — id. Taitt. B. 3, 9, 15, 3.
- Sāyaṇa, Ṛgveda I, 89, 3 註 : vṛṇoti pāpakṛtaḥ svakīyaiḥ pāśair āvṛṇoti. — Cf. Bergaigne, Religion védique, III, 111 : 「Varuṇa のこの機能は、おそらく事実、ヴェーダの詩人たちが最も頻繁に強調するものであり、その属性はバラモン神話における Varuṇa の造形的表象に付着したまま残った。彼が復讐する摂理の地位から単なる水の神の地位へと降下してしまった後にもである。Varuṇa は実際、つねに手に縄を持つ姿で表される」。——ただし、そこに実際に年代的な展開があるかどうかは、なお検討を要する。
- Śat. 1, 3, 1, 11 : vāruṇyā rajjuḥ.
〔154〕¹」。その縄と結び目とをもって、Varuṇa は正当な恐怖を吹き込む。「Varuṇa は苦しみをもたらす者²」だからである。正常な状態から逸脱する者は誰であれ Varuṇa に取り憑かれる。「悪に捉えられた者は、まことに、Varuṇa が彼の縄をもって捉えるのである³」。——「消化不良に苦しむならば、それは Varuṇa に捉えられているからである……。富を望むならば、それは Varuṇa に捉えられているからである……。村を望むならば、それは Varuṇa に捉えられているからである⁴」。彼の待ち伏せする悪意が、当然ながら供犠のうちで満たされようとする。「供犠を行うとき、よく献ぜられたものはすべて Mitra が取る。しかし悪しく献ぜられたものはすべて Varuṇa が取る⁵」。かくして「āhavanīya の火に献供を行うならば、祭主を Varuṇa の縄に捉えさせることになる」。もっとも、いずれにせよ Varuṇa は犠牲を逃さない。「dakṣiṇa の火に規則正しく献供を行うならば、祭主の敵を Varuṇa の縄に捉えさせるのである⁶」。祭主も神格も、この巧妙な組み合わせによってともに満足するのである。Varuṇa が祭祀上の過誤の敵であるからには、彼はよく行われた供犠の保護者だと言える。これに対し、供犠の化身である Viṣṇu は、この観点からすれば、悪しく行われた供犠の保護者となる。誤りを修復するために人が頼るのは彼だからである⁷。二つの相貌のもとで
註
- Śat. 1, 3, 1, 14-16 : tad oṣadhīr evaitad antardadhāti tatho hainām eṣā vāruṇī rajjur na hinasti… sa vai na granthiṃ kuryāt. vāruṇyo vai granthir Varuṇo ha patnīṃ gṛhṇīyād yad granthiṃ kuryāt. — この禁止は、おそらく Taitt. B. 3, 3, 3, 4 を対象としている。そこでは、あらゆる祝福の象徴として結び目を作ること(granthiṃ grathnāti)が規定されているからである。
- Śat. 5, 5, 4, 31 : Varuṇo vā ārpayitā.
- Taitt. S. 2, 3, 13, 2 : Varuṇa enaṃ varuṇapāśena gṛhṇāti yaḥ pāpmanā gṛhīto bhavati. — Śat. 12, 7, 2, 17 : Varuṇo vā etaṃ gṛhṇāti yaḥ pāpmanā gṛhīto bhavati.
- Maitr. 2, 3, 1 : varuṇagṛhīto vā eṣa ya āmayāvī… var° yo bhūtikāmaḥ… var° yo grāmakāmaḥ. etc.
- Śat. 4, 5, 1, 6 : yad vā ījānasya sviṣṭaṃ bhavati Mitro 'sya tad gṛhṇāti yad v asya duriṣṭaṃ bhavati Varuṇo 'sya tad gṛhṇāti. — Td. 15, 2, 4 : yad vai yajñasya duriṣṭaṃ tad Varuṇo gṛhṇāti. — Cf. Taitt. B. 1, 6, 5, 5 : varuṇagṛhītaṃ vā etad yajñasya yad yajuṣā gṛhītasyātiricyate tūṣṇīṃ ca niṣkāsaś ca.
- Taitt. B. 1, 6, 5, 4 : yad āhavanīye juhuyād yajamānaṃ varuṇapāśena grāhayet. dakṣiṇāgnau juhoti. bhrātṛvyam eva varuṇapāśena grāhayati.
- Ait. 32, 4, 5-6 : Viṣṇur vai yajñasya duriṣṭaṃ pāti Varuṇaḥ sviṣṭam.
〔155〕見かけ上は矛盾するとしても、神の機能は同一のままである。「soma は、売られると、そのとき varuṇa 的なものとなる¹」。祭祀の魔力を働かせる強力な液体は、それが商品となるや否や、その恵み深いエネルギーを失い、危険な水にすぎなくなる。Varuṇa がかくして soma の作用を変質させるからには、soma にその力を返してやるよう求めるべきは彼にである。神のみが自らの影響を中和しうる。「Asura の女 Dīrghajihvī は、神々が朝に搾った soma を舐めた。soma は彼らを酔わせた。神々は〔手立てを〕探した。彼らは Mitra と Varuṇa とに言った。われらのためにこれを整えてくれ、と²」。この対は、例のごとく、報酬の約束と引き換えでなければ介入を承知しないのである。
悪しき者どもを捉えるつねに用意された縄と結び目とをもって、Varuṇa はあの世における懲罰を司るべく定められていた。息子 Bhṛgu の傲慢を矯正するために、その眼前に地獄の刑罰の光景を繰り広げるのは彼である³。すべての神々のうちで、彼は(その不可分の伴侶 Mitra とともに)特別に自分に捧げられた祭官、すなわち maitrāvaruṇa をもつという排他的特権を有する。彼はまた固有の犠牲をもち、それは山羊である⁴。そして固有の供物をもち、それは大麦の粒である。「Varuṇa は王 Soma の眼を激しく擦った。眼は腫れ上がった。そこから馬が生まれた……。涙がほとばしり出た。そこから大麦の粒が生まれた。それゆえに、大麦の粒は Varuṇa のものである、と言うのである⁵」。かかる庇護のもとにあっては、大麦が不吉なものであらざるをえなかった。「生類はひとたび放出されると
註
- Śat. 3, 3, 4, 25 : vāruṇyo hy eṣa etarhi bhavati yat somaḥ krītaḥ.
- Ait. 8, 4, 10 : asurī vai Dīrghajihvī devānāṃ prātaḥsavanam avalet tad vyamādyat te devāḥ prājijñāsanta te Mitrāvaruṇāv abruvan yuvam idaṃ niṣkurutam iti.
- 上掲 pp. 100 sqq. 参照。
- Śat. 2, 5, 2, 16 : eṣa vai pratyakṣaṃ Varuṇasya paśur yan meṣaḥ.
- Śat. 4, 2, 1, 11 : Varuṇo ha vai Somasya rājño 'bhyakṣi pratipipeṣa tad aśvayat tato 'śvaḥ samabhavat…… tasyāśru prāskandat tato yavaḥ samabhavat tasmād āhur vāruṇyo yava iti. — Cf. ib. 2, 5, 2, 1 : vāruṇyo ha vā agre yavaḥ. — Maitr. 1, 10, 12 : varuṇo vai yavo varuṇadevatyaḥ. — Taitt. S. 6, 4, 10, 5 および Maitr. 4, 6, 3 では、大麦の粒は Prajāpati の腫れた眼から生まれる。類話については上掲 p. 18 参照。
〔156〕Varuṇa の大麦の粒を食べた。太初において大麦は Varuṇa のものであったからである……。Varuṇa は彼らを捉えた。ひとたび Varuṇa に捉えられると、彼らは腫れ上がった。吸うにも呼吸するにも、彼らは横たわるか坐したままであった。Prajāpati は「Varuṇa の食物」と呼ばれる供物を用いて彼らを癒した。かくして彼に生まれていた生類も、まだ生まれていなかった生類も、その双方を彼は Varuṇa の縄から解き放ち、彼のために悪なく罪なき生類を生ぜしめたのである¹」。同じ物語の別の伝本は、Varuṇa を裁き手に変えている。彼が生類を懲らしめるとすれば、それは彼らが父 Prajāpati に対して過ちを犯したからである。実際、「過ちが犯されるとき、Varuṇa が汝を捉える²」のである。ここで問題となるのは、とりわけ正確さに反して犯された過ちである。神々が tānūnaptra の誓いによって相互の援助を誓約するとき、彼らが担保を寄託するのは Varuṇa の家においてである³。「Varuṇa の食物」と呼ばれる儀式は、この神格に、インドにおける最古の告白の実例を結びつけている。「このとき、祭官は祭主の妻のほうへ向き直り、彼女を連れてくる前に、彼女に言う。誰とともに汝は走るか、と。というのも、一人の男に属しながら他の男と走るならば、女は Varuṇa の管轄に属する行為をなすからである。彼女が心に棘を抱いたまま献供を行うことのないよう、彼はこの問いを彼女に発するのである。言い表された罪は小さくなる。それはそのとき正確さとなるからである。それゆえに彼は彼女に問うのである。そしてもし彼女が告白しないならば、それは
註
- Śat. 2, 5, 2, 1-3 : prajāḥ sṛṣṭā Varuṇasya yavān jakṣur vāruṇyo ha vā agre yavaḥ… tā Varuṇo jagrāha. tā varuṇagṛhītāḥ paridīrṇā anatyaś ca prāṇatyaś ca śiśyire… tā etena haviṣā Prajāpatir abhiṣajyat… tāś ca cāsya jātā ajātāś ca tā ubhayīr varuṇapāśāt prāmuñcat tā asyānamīvā akilbiṣāḥ prajāḥ prājāyanta. — Gop. 2, 1, 21 : vaiśvadevena vai Prajāpatiḥ prajā asṛjata tāḥ sṛṣṭā aprasūtā Varuṇasya yavān jakṣus tā Varuṇo varuṇapāśaiḥ pratyabadhnāt… teneṣṭvā (Prajāpatir) Varuṇam aprīṇāt sa prīto Varuṇo varuṇapāśebhyaḥ sarvasmāt pāpmanaḥ prajāḥ prāmuñcat. — Maitr. 1, 10, 10 : tā vaiśvadevena sṛṣṭās tasmiṃs taruṇimāni Varuṇo 'gṛhṇāt tad āhur ati vai tāḥ Prajāpatim ācaraṃs tā aticarantīr Varuṇenāgrāhayat tasmāt pitā nāticaritavyā iti.
- Taitt. S. 1, 7, 2, 6 : anṛte khalu kriyamāṇe Varuṇo gṛhṇāti.
- 上掲 p. 73 参照。
〔157〕彼女の身内にとって不幸である¹」。罪を告白によって購うという観念が、ここでは特異な色彩のもとに現れる。しかし説明は体系全体と整合しなければならない。Va-
註
- Śat. 2, 5, 2, 20 : atha pratiprasthātā pratiparaiti. sa patnīm udāneṣyan pṛcchati kena carasīti vāruṇyaṃ vai etat strī karoti yad anyasya satī anyena caraty atho nen me 'ntaḥśalyā juhavad iti tasmāt pṛcchati niruktaṃ vā enaḥ kanīyo bhavati satyaṃ hi bhavati tasmād v evaṃ pṛcchati na pratijānīta jñātibhyo hāsyai tad ahitaṃ syāt. — Taitt. B. 1, 6, 5, 2 : patnīṃ vācayati medhyām evainaṃ karoti. atho tapa evainam upa ca nayati. yaj jāraṃ na brūyāt priyaṃ jñātiṃ rundhyāt. asau me jāra iti nirdiśet. nirdiśyaivainaṃ varuṇapāśena grāhayati.
祭儀の途上で妻にかくも露骨な問いが発せられることは、女性の風俗の現実の乱れよりも、むしろ祭官の女性に対する憎悪を物語る。もとより儀軌は、vedi の模型として「後方は広く、中央は細く、前方は広い、均整のとれた女の身体」を与えている(Śat. 1, 2, 5, 16 : paścād varīyasī madhye saṃgrhītā punaḥ purastād urvī ; cf. ib. 3, 5, 1, 11)。もとよりそれは「女は男の半分である。それゆえに彼は妻を娶らぬあいだは子孫をもたない。妻を娶ってはじめて彼は完全となるからである」と宣言する(Śat. 5, 2, 1, 10 : ardho ha vā eṣa ātmano yaj jāyā tasmād yāvaj jāyāṃ na vindate naiva tāvat prajāyate sarvo hi tāvad bhavati yadaiva jāyāṃ vindate)。しかし、それが不可欠の半分であるとしても、それだけにいっそう危険である。「女、それは死である」(Maitr. 1, 10, 16 : nirṛtir hi strī)。「死に属するものが三つある。賽と女と眠りとである」(ib. 3, 6, 3 : trayā vai nirṛtā akṣāḥ striyaḥ svapnaḥ)。「正確さ、実在、それは供犠である。不正確さ、それは女である」(ib. 1, 10, 11 : ṛtaṃ vai satyaṃ yajño 'nṛtaṃ strī)。「夜においてその声がより優しく響く」(Kāṭh. 30, 1 : tasmāt strī naktaṃ candrataraṃ vadati)のは、「彼女が夫から知ろうとし、しかも夜のあいだに知ろうとするからである。神々は Indra について知ろうと望んで言った。彼の愛する妻、彼の寵姫は Prāsahā である。彼女によって知ろうではないか、と。——よろしい、と彼らは言った。彼らは彼女によって知ろうとした。彼女は彼らに言った。明朝、あなた方に言いましょう、と」(Ait. 12, 11, 1 : te devā abruvann iyaṃ vā Indrasya priyā jāyā vāvātā Prāsahā nāmāsyām evecchāmahā iti tatheti tasyām aicchanta sā enān abravīt prātar vaḥ prativaktāsmīti tasmāt striyaḥ patyāv icchante tasmād u strī anurātraṃ patyāv icchate)。愛想よい調子で発せられる三度の招きが、最も控えめな女さえも屈服させる(Śat. 3, 2, 1, 18-23 ; 上掲 pp. 31-32 参照)。彼女らの軽薄な趣味は歌う者踊る者に惹かれる(Śat. 3, 2, 4, 3-6 ; Taitt. S. 6, 1, 6, 5 ; Maitr. 3, 7, 3 ; 上掲 p. 33 参照)。男の伴侶として彼女は供犠に分け前をもつ。しかし「彼女はその後半部である」(Śat. 1, 3, 1, 12 : jaghanārdho vā eṣa yajñasya yat patnī)。そして彼女を祭儀に導き入れるには予備的な浄化が必要である。「妻の臍より下の部分は不浄である……。それゆえにそれを紐で隠すのである」(ib. 13 : asti vai patnyā amedhyaṃ yad avācīnaṃ nābheḥ… tad avāsyā etad yoktreṇāntardadhāti)。彼女はいかなる場合にも雄に優ることはできない。「もし女たちが大勢連れ立って歩き、そのうちに雄が、たとえ幼い子供であっても、一人いるならば、先頭を歩くのはその者であり、彼女らはその後に従う」(Śat. 1, 3, 1, 9 : yady api bahvya iva striyaḥ sārdhaṃ yanti ya eva tāsv api kumāraka iva pumān bhavati sa eva tatra prathama ety anūcya itarāḥ)。「神々は雷霆たる澄ましバターをもって妻たちを撃ち、彼女らから男性力を奪った。かく撃たれ男性力を奪われて、彼女らは自らの……〔次頁に続く〕
〔158〕ruṇa が夫を欺く女を捉えようと身構えているとすれば、それは彼女が儀式を偽らせるからである。彼女は儀式によっては一方に属しながら、事実においては他方に属している。告白は事実を回復する。それは過ちを道徳的に償うのではなく、事実それを消滅させるのである。行為と言葉とがそれ以後は一致するからである。「買い取りによって夫に属しながら、その後に他の男たちと走る女は、一つの不正確さをなす。したがって不正確さにその分を残すことによって、彼女は実在と正確さとに帰るのである¹」。
Varuṇa は、古典期の神話においては水の神である。Brāhmaṇa はすでに彼に同じ機能を帰している。「Varuṇa は水のうちにある²」——「植物は Mitra に、水は Varuṇa に属する³」——「まことに、それらは明白に Varuṇa に属する、水は⁴」。水に入るものは彼のうちに吸収される。「太陽が水に入るとき、それは Varuṇa となる⁵」。同様にわれわれは、新月が水と植物とのうちに移り、そこで Soma に変ずるのを見る⁶。Soma に対立するのは、水の神格としての Varuṇa である。soma の液は、それを特徴づける諸性質を奪われるならば、もはや Varuṇa の液にすぎない。「Varuṇa は大洋である⁷」。Varuṇa を水に結ぶ関係は、夫婦の絆によって表現されうる。「水は
註
〔前頁註1の続き〕……主人であること、あるいは相続分の主人であることができなくなった。それゆえに彼は雷霆たるこのバターをもって妻たちを撃つのである。かくして彼は彼女らから男性力を奪う。撃たれ男性力を奪われて、彼女らは自らの主人であることも相続分の主人であることもできない」(Śat. 4, 4, 2, 13 : etena vai devā vajreṇājyena ghnann eva patnīr nirakṣṇuvaṃs tā hatā nirastā nātmanaś caneśate na dāyasya caneśate tatho evaiṣa vajreṇājyena hanty eva patnīr nirakṣṇoti tā hatā nirastā nātmanaś caneśate na dāyasya caneśate)。— Cf. Taitt. S. 6, 5, 8, 2 : tasmāt striyo nirindriyā adāyādīr api pāpāt puṃsa upastitaraṃ vadanti「女は、人の言うところによれば、悪しき男よりも価値が低い」。また、それゆえに「生まれたばかりの女児は捨てられるが、男児は捨てられない」(Maitr. 4, 6, 4 : striyaṃ jātāṃ parāsyanti na pumāṃsam)。
- Maitr. 1, 10, 11 : anṛtaṃ vā eṣā karoti yā patyuḥ krītā saty athānyaiś caraty anṛtam eva niravadāya satyam ṛtam upaiti yan mithuyā pratibrūyāt.
- Taitt. B. 1, 6, 5, 6 : apsu vai Varuṇaḥ.
- Taitt. S. 2, 1, 9, 2 : maitrīr vā oṣadhayo vāruṇīr āpaḥ.
- Maitr. 2, 5, 6 : etā vai pratyakṣaṃ vāruṇīr yad āpaḥ.
- Kauṣ. 18, 9 : sa vā eṣo 'paḥ praviśya Varuṇo bhavati.
- Śat. 1, 6, 4, 5. 下掲 pp. 169-170 参照。
- Maitr. 4, 7, 8 : samudro vai Varuṇaḥ.
〔159〕Varuṇa の妻であった。Agni は彼女らを所有することを望み、彼女らと結ばれた¹」。そしてこのようにして祭祀の錬金術は黄金の起源を説明する。儀式の細目は、水と Varuṇa 固有のエネルギーとの関係を明瞭に示している。「流れる水のうちに、淀んで留まっている水があるならば、それは Varuṇa がそれらを捉えたのである。沐浴は varuṇa 的なものであり、Varuṇa から解放するのに役立つ……。彼を水中に下ろすとき、彼は祭主に唱えさせる。Varuṇa に礼拝! Varuṇa の縛めは打ち倒された!と。かくして彼は彼をすべての Varuṇa の縛めから、varuṇa 的なものすべてから解き放つのである²」。
水の神にして正確さの神である Varuṇa は、自然主義的神格と道徳的神格との特徴を兼ね備えているように見える。実のところ、彼はそのいずれでもない。神の見かけ上の二つの相貌は、唯一の相貌の幻影的な二重化にすぎない。水と正確さとは、Brāhmaṇa の教理においては一致する観念だからである。水は創造の他のすべてに対して古さにおいて優る。「初め、宇宙は水のみであり、液体のみであった³」。水はすべてに先立つがゆえに、すべての支えとなる。「諸世界が支えられているのは水の上である⁴」。この役割において、水は実在に密接に近づく。「Hiraṇyadan Baida は言った。天は大気に支えられ、大気は大地に、大地は水に、水は実在に、実在は聖なる学に支えられている⁵」。彼女らが支える創造の根源的な基礎として
註
- Taitt. S. 5, 5, 4, 1 : āpo Varuṇasya patnaya āsan tā Agnir abhyadhyāyat tāḥ samabhavat. — Taitt. B. 1, 1, 3, 8 はこの一節を再録し、次のように結ぶ。tasya reto parāpatat tad dhiraṇyam abhavat.
- Śat. 4, 4, 5, 10-11 : etā vā apāṃ varuṇagṛhītā yāḥ syandamānānāṃ na syandante vāruṇyo 'vabhṛtho nirvaruṇatāyai… tam apo 'vakramayan vācayati. namo Varuṇāyābhiṣṭhito Varuṇasya pāśa iti tad enaṃ sarvasmād varuṇapāśāt sarvasmād vāruṇyāt pramuñcati. — Cf. ib. 2, 5, 2, 46 : avabhṛtham yanti vāruṇyam etan nirvaruṇatāyai.
- Śat. 11, 1, 6, 1 : āpo ha vā idam agre salilam evāsa. — Taitt. S. 5, 6, 4, 2 : āpo vā idaṃ salilam āsīt.
- Śat. 6, 7, 1, 17 : apsu hime lokāḥ pratiṣṭhitāḥ.
- Ait. 11, 6, 4 : dyaur antarikṣe pratiṣṭhitāntarikṣaṃ pṛthivyāṃ pṛthivy apsv āpaḥ satye satyaṃ brahmaṇi brahma tapasi.
〔160〕水はその名そのものによって(dhar)法(dharma)、すなわち普遍的な基礎を実現する。「水、それは法である。それゆえに、水がこの世界に来るとき、すべては法に従って進む。しかし雨が欠けるとき、そのときは強者が弱者を奪う。水こそは法だからである¹」。水は実在ときわめて密接に境を接しているので、区別が消え去る。「実在とは、まさしく水と同一のものである。水こそは実在だからである。そしてそれゆえに、水の行くところ、そこに実在が現れると言われるのである²」。供犠が唯一にして至高の実在であるからには、水はその実体をも、その諸要素をも表しうる。「水、それは不死である³」——「水、それはすべての神格である⁴」——「水、それは供犠への信頼である⁵」——「水、それは供犠である⁶」。供犠の清浄は水のうちに宿る。「儀礼(vrata)の開始にあたって、人は水で口を漱ぐ。その理由は次のとおりである。人は不正確な言葉を語る点において祭祀的清浄をもたない。それゆえに彼は腐敗する。水はそのうちに祭祀的清浄をもつ。彼は自ら言う。儀礼を開始するために祭祀的清浄をもちたい、と。水は浄化の手段である。彼は自ら言う。儀礼を開始するために浄化の手段によって浄められたい、と。それゆえに水で口を漱ぐのである⁷」。沐浴の規定も同じ理由によって、同じ言葉で正当化される。水のエネルギーは
註
- Śat. 11, 1, 6, 24 : dharmo vā āpas tasmād yad emaṃ lokam āpa āgacchanti sarvam evedaṃ yathādharmaṃ bhavaty atha yadāvṛṣṭir bhavati balīyān eva tarhy abalīyasa ādatte dharmo hy āpaḥ.
- Śat. 7, 4, 1, 6 : tad yat tat satyam āpa eva tad āpo hi vai satyaṃ tasmād yenāpo yanti tat satyasya rūpam ity āhuḥ. — Maitr. 4, 1, 4 : āpaḥ satyam.
- Maitr. 4, 1, 9 : āpo vā amṛtam. — Gop. 2, 1, 3 : amṛtam āpaḥ.
- Taitt. S. 2, 6, 8, 3 : āpo vai sarvā devatāḥ.
- Maitr. 1, 4, 10 : āpo vai śraddhā. — id. ib. 4, 1, 4 ; Taitt. S. 1, 6, 8, 1.
- Maitr. 3, 6, 2 : āpo hi yajñaḥ. — id. ib. 3, 6, 9 ; 4, 1, 4.
- Śat. 1, 1, 1, 1 : tad yad apa upaspṛśati. amedhyo vai puruṣo yad anṛtaṃ vadati tenāpūtir antarato medhyā vā āpo medhyo bhūtvā vratam upāyānīti pavitraṃ vā āpaḥ pavitrapūto vratam upāyānīti tasmād vā apa upaspṛśati. — Taitt. S. 6, 1, 1, 3 : apo 'śnāty antarata eva medhyo bhavati. — ib. 7 : yā eva medhyā yajñiyā sadevā āpas tābhir evainaṃ pāvayati. — Śat. 3, 1, 2, 10 も同旨。ただし apa upaspṛśati の代わりに snāti、vratam upāyāni の代わりに medhyo bhūtvā dīkṣā iti とする。
〔161〕きわめて大きく、沐浴だけで dīkṣā を授け、祭主の超自然的な変容を行うのに十分なほどである¹。実際、「神々は天に昇る前に、dīkṣā を水のうちに移した²」からである。それゆえに水の清浄はいかなる汚穢をも免れる。かつて水は神々と協約を結んだ。「水は言った。人間がわれらのうちに不浄なるものを入らせうるすべてのものによって、われらは汚染されることがないであろう³」。水は供犠の樹液そのものである。「ところで、供犠の頭が切り取られたとき、そこから出た樹液は水のうちへ流れ込んだ。水が流れるのも、なおこの同じ樹液によってである⁴」。卓越した清浄な草である darbha は、この特権を水の潜在的な現前に負っている。「Indra は水の上で Vṛtra を殺した。水のうちにあった祭祀的なもの、儀礼的に清浄なものが出てきた。そこからこれらの草そのものが生まれた。darbha は水の力そのものであり、乾いた水にほかならない⁵」。水の胎内に宿る供犠の徳は、水に雷霆のごとき力を与える。「水、それは雷霆である。それゆえに水の通るところ、それは窪みを作り、水の留まるところ、それは焼き尽くすのである⁶」。——「水、それは雷霆である……。それゆえに水の通るところ、それは悪を滅ぼす……。そしてそれゆえに
註
- Taitt. S. 6, 1, 1, 2 : apsu snāti sākṣād eva dīkṣātapasī avarunddhe. — Maitr. 3, 6, 2 : yad apsu snāti tām eva dīkṣām ālabhate.
- Maitr. 3, 6, 2 : apsu dīkṣāṃ praveśayitvā devāḥ svargaṃ lokam āyan. — Taitt. S. 6, 1, 1, 2 : aṅgirasaḥ suvargaṃ lokaṃ yanto 'psu dīkṣātapasī prāveśayan. — Taitt. B. 1, 8, 2, 1 : id. さらに tat puṇḍarīkam abhavat と加える。
- Td. 6, 5, 10 : yad evāsmāsu manuṣyā apātaṃ praveśayāṃs tenāsaṃsṛṣṭā asāmeti.
- Śat. 3, 9, 2, 1 : yatra vai yajñasya śiro 'cchidyata tasya raso drutvāpaḥ praviveśa tenaivaitadrasenāpaḥ syandante. — Td. 7, 8, 1 : apo vā ṛtvyam ārchat〔ṛtvya = ṛtvijaḥ kratusambandhi prajananasāmarthyam、註釈〕。
- Maitr. 3, 6, 3 : Indro Vṛtram apsv adhy ahaṃs tāsāṃ yad yajñiyaṃ medhyam āsīt tad imā oṣadhayo bhavaṃs tāsāṃ vā etat tejo yad darbha etā vai śuṣkā āpaḥ. — Taitt. S. 6, 1, 1, 7 : Indro Vṛtram ahan so 'po 'bhy amriyata tāsāṃ yan medhyaṃ yajñiyaṃ sadevam āsīt tad apodakrāmat te darbhā abhavan. — id. Taitt. B. 3, 2, 5, 1. — Śat. 7, 2, 3, 2 : yā vai Vṛtrād bibhatsamānā āpo dhanva dṛbhyanty udāyaṃs te darbhā abhavan. — ib. 1, 1, 3, 5 : tam Indro jaghāna. sa hataḥ pūtiḥ sarvata evāpaḥ prasusrāva sarvata iva hy ayaṃ samudras tasmād u haikā āpo bibhatsāṃ cakrire upary upary atipapruvire ta ime darbhās te haitā anāpāyitā āpaḥ.
- Śat. 1, 1, 1, 17 : vajro vā āpo vajro hi vā āpas tasmād yenaitā yanti nimnaṃ kurvanti yatropatiṣṭhante nirdahanti. — id. ib. 3, 1, 2, 6.
〔162〕雨が降るときには、覆いをかぶらずに外へ出るべきである。この雷霆がわが悪を滅ぼさんことを、と自ら言うのである¹」。かかる武器は危険なしに扱えるものではない。「(儀式のうちで)水を運ぶ者は雷霆を掲げるのである。しかし安定した座をもたずして雷霆を掲げる者は、それを掲げきることができず、それは彼を完全に滅ぼす²」。——「それゆえに、次の定句を唱えてこの雷霆を鎮めるのである。ここなる水がわれに恵み深くあれかし、女神たちよ!と。そうすれば、水である雷霆は、鎮められて、祭主に害を与えない³」。水の祭祀的な徳は、水をとりわけ悪鬼どもにとって恐るべきものとする。「水は Rakṣas を殺すものである。Rakṣas は水を渡らない。水は Rakṣas を滅ぼすのに役立つ⁴」——「水は Rakṣas を滅ぼすための雷霆である⁵」。水が敵に対する攻撃の武器であるように、それはまた身を守るための防御の武器でもある。「身を守るために流れる水を取る。存在するすべてのもの、例外なく、風でさえも休息をとる。しかし水は、水は休息をとらないからである⁶」。したがって水の有害性は、論理的に有益性と結びつく。「水は恵み深い⁷」。というのも、扱い方を知るならば、水は危険を遠ざけるからである。水の本質的な機能の一つは、儀式に反する行為によって惹き起こされた危険あるいは悪を遠ざけることである。「水、それは鎮静である⁸」。——「もし hotar が、あるいは adhvaryu が、あるいは
註
- Td. 7, 5, 2, 41 : vajro vā āpaḥ… tasmād yenāpo yanty apaiva tatra pāpmānaṃ ghnanti tasmād varṣaty aprāvṛto vrajed ayaṃ me vajraḥ pāpmānam apahanad iti.
- Śat. 1, 1, 1, 18 : vajraṃ vā eṣa udyacchati yo 'paḥ praṇayati yo vā apratiṣṭhito vajram udyacchati nainaṃ śaknoty udyantuṃ saṃ hainaṃ śṛṇāti.
- Śat. 3, 1, 2, 6 : tad etam evaitad vajraṃ śamayati tatho hainam eṣa vajraḥ śānto na hinasti tasmād āhemā āpaḥ śaṃ u me santu devīr iti.
- Maitr. 4, 1, 3 : āpo vai rakṣoghnīr āpo rakṣāṃsi na taranti rakṣasām apahatyai.
- Maitr. 4, 1, 4 : rakṣasām apahatyā āpo vajraḥ.
- Śat. 3, 9, 2, 5 : gopīthāya vā etā \[āpaḥ syandamānāḥ] gṛhyante. sarvaṃ vā idam anyad ilayati yad idaṃ kiṃ cāpi yo 'yaṃ pavate 'thaitā eva netilayanti. — ib. 16 : guptyai vā etāḥ parihriyante athaitāḥ samantaṃ paryaṅgyante nāṣṭrā rakṣāṃsy apaghnatyaḥ.
- Śat. 3, 9, 4, 16 : śivā hy āpaḥ.
- Maitr. 4, 5, 4 : āpaḥ śāntiḥ. — ib. 2, 1, 5 : āpo vai śāntiḥ. — Śat. 1, 9, 3, 2 : śāntir āpaḥ. — Ait. 32, 4, 2 : śāntir vā āpaḥ.
〔163〕brahman が、あるいは āgnīdhra が、あるいは祭主自身が、供犠のいずれかの部分を成功させえなかったとしても、その成功は水によって獲得される¹」。——「供犠のうちに、なお未解決のまま、あるいは鎮められぬまま残るものがあるならば、いずれにせよ水がその鎮静である。人はそれを、鎮静としての水をもって鎮めるのである²」。——「大地を掘るとき、人は粗暴な行為をなす。鎮めるために水を注ぐ³」。——「王を聖別するとき、彼に「水の鎮静」と呼ばれる定句を唱えさせる。恵み深き眼をもってわれを見よ、汝ら水よ。恵み深き身体をもってわが身に触れよ。水に宿るすべての Agni をわれは呼ぶ。汝らの光輝を、汝らの力を、汝らのエネルギーをわがうちに置け! 鎮められぬ水が、聖別された者の男性力を奪わぬために⁴」。
Varuṇa の二つの領域、すなわち祭祀の水と真実との間の見かけ上の隔たりは、他方で satya の観念を分析するならば消え去る。satya とは存在をもつもの、実在するものである。真実(vérité)はその一種にすぎない。「大地は
註
- Śat. 1, 1, 1, 15 : yad v evāsyātra hotā vādhvaryur vā brahmā vāgnīdhro vā svayaṃ vā yajamāno nābhyāpayati tad evāsyaitena sarvam āptaṃ \[yad apaḥ praṇayati].
- Śat. 12, 4, 1, 5 : yad vai yajñasya riṣṭaṃ yad aśāntam āpo vai tasya sarvasya śāntir adbhir evainat tac chāntyā śamayati.
- Taitt. S. 2, 6, 5, 2 : krūram iva vā etat karoti yat khanaty apo ni nayati śāntyai. — Id. ib. 6, 2, 10, 3.
- Ait. 37, 2, 9 : athainam abhiṣekṣyann apāṃ śāntiṃ vācayati śivena mā cakṣuṣā paśyatāpaḥ śivayā tanvopaspṛśata tvacaṃ me sarvān agnīn apsuṣado huve vo mayi varco balam ojo nidhatteti naitasyābhiṣicyamānasyāśāntā āpo vīryaṃ nirhananti. — 「水には三種ある。すなわち天の水、地の水、大洋の水である」(Maitr. 3, 6, 3 : trayīr vā āpo divyāḥ pārthivāḥ sāmudriyāḥ)。「昼となるとき、夜が水のうちに入る。それゆえに水は昼には赤銅色に見える。夜となるとき、昼が水のうちに入る。それゆえに水は夜には澄んで見える」(Taitt. S. 6, 4, 2, 4 : yad vai divā bhavaty apo rātriḥ praviśati tasmāt tāmrā āpo divā dadṛśre yan naktaṃ bhavaty apo 'haḥ praviśati tasmāc candrā āpo naktam. — Maitr. 4, 5, 1)。— 水の神秘的な名は ādhāvāḥ である(Taitt. S. 3, 3, 4, 1 : etad vā apāṃ nāmadheyaṃ guhyaṃ yad ādhāvāḥ)。
〔164〕実在の上に基づく。それゆえに大地は実在である。大地は諸世界のうち最も確かなものだからである¹」。「黄金は実在である²」。それは唯一の真の金属であり、その資格において不死でもある³。唯一の実在する生命だからである。これに対して「鉛は不正確さである⁴」。それは真の金属ではなく、鉄でも金でもなく、その外見をもつにすぎないからである⁵。もっぱら供犠にのみ心を用いる Brāhmaṇa の学者たちは、実在を他所に求めることに意を用いなかった。もし「卓越した対とは、実在と結ばれた供犠への信頼である⁶」ならば、ここで実在とは供犠の正確な実践であることは明らかである。そして事実、信頼は祭主の妻によって表され、祭主自身は実在を表すのである。それどころか、さらに明確に言われている。「正確さ、実在、それは供犠である⁷」——「実在とは三重の学にほかならない⁸」、すなわち供犠の三つの Veda にほかならない。——「言葉の実在、それは聖なる学である。至聖の音節(bhūḥ, bhuvaḥ, svaḥ)、それは実在である⁹」——「至聖の音節、それは聖なる学であり、実在であり、正確さである¹⁰」——「実在の名、それは聖なる学である¹¹」。Hiraṇyadan Baida が「水に実在を、実在に聖なる学を¹²」基礎として与えたとき、彼がそう解していたことは疑いない。地獄の刑罰は
註
- Śat. 7, 4, 1, 8 : iyaṃ satye pratiṣṭhitā tasmād v iyaṃ satyam iyaṃ hy evaiṣāṃ lokānām addhātamām.
- Maitr. 4, 3, 1 : satyaṃ vai hiraṇyam. — Id. Śat. 6, 7, 1, 1.
- Maitr. 2, 2, 2 : amṛtaṃ vai hiraṇyam. — Id. ib. 4, 6, 6 ; Śat. 3, 8, 2, 27 ; 3, 36 ; 5, 2, 1, 20 ; Ait. 7, 4, 5.
- Maitr. 2, 4, 2 : anṛtaṃ vai sīsam.
- Śat. 5, 1, 2, 14 ; 1, 1, 10.
- Ait. 32, 9, 4 : satyaṃ yajamānaḥ śraddhā patnī tad ity uttamaṃ mithunam.
- Maitr. 1, 10, 11 : ṛtaṃ vai satyaṃ yajñaḥ.
- Śat. 9, 5, 1, 18 : tad yat tat satyam, trayī sā vidyā.
- Śat. 2, 1, 4, 10 : vācaḥ satyam eva brahma tā vā etāḥ satyam eva vyāhṛtayo bhavanti.
- Maitr. 1, 8, 5 : \[bhūr bhuvaḥ svar etad vadet] brahmaitat satyam etad ṛtam etat.
- Śat. 10, 6, 3, 1 : satyaṃ brahmety upāsīta.
- Ait. 11, 6, 4 : āpaḥ satye satyaṃ brahmaṇi(上掲 p. 159 参照)。
〔165〕Varuṇa が Bhṛgu に見せるようなものであるが、それはこの実在に対して罪を犯した者たちに向けられている。それらはすべて、悪しく行われた献供を贖うことを目的としている。しかし実在は、より超越性の乏しい観点から考えるならば、単純に実証的な事実でありうる。「実在、それは視覚である。実在と視覚とは一つだからである。それゆえに、今日、二人の者が現れて、一方は私はそれを見た、他方は私はそれを聞いた、と言うならば、私は見たと言う者に信を置くのである¹」。実在は妥協を許さない。「二つのものがある。三つはない。一方には実在、他方には不正確さである²」。一方は神々の分け前であり、他方は人間の分け前である。「実在、それは神々である。不正確さ、それは人間である³」——「神々の道、それは正確さの道である⁴」。——「もし神々が違反を犯したならば、彼らは何であろうか。そのとき彼らは不正確なことを言うことになる。ところが神々はただ一つの実践しか行わない。すなわち実在である。それゆえに彼らの征服は破壊しえないのである⁵」。——「然りと言いながら否と考えるならば、それは神々の愛さぬ悪魔的な言葉である⁶」。しかし神々も折に触れて偽誓をなし、しかも良心の呵責なくそうする。祭祀の実在が言葉の違反を容易に贖うことをあらかじめ確信しているからである
註
- Śat. 1, 3, 1, 27 : satyaṃ vai cakṣuḥ satyaṃ hi vai cakṣus tasmād yad idānīṃ dvau vivadamānāv eyātām aham adarśam aham aśrauṣam iti ya eva brūyād aham adarśam iti tasmā eva śraddadhyāma. — Taitt. B. 1, 1, 4, 1-2 : anṛtaṃ vai vācā vadaty anṛtaṃ manasā dhyāyati, cakṣur vai satyam. adrāg ity āha. adarśam iti. tat satyam.
- Śat. 1, 1, 1, 4 : dvayaṃ vā idaṃ na tṛtīyam asti, satyaṃ caivānṛtaṃ ca. — Id. ib. 1, 1, 2, 17 ; 3, 3, 2, 2 ; 3, 9, 4, 1.
- Śat. 1, 1, 1, 4 : satyam eva devā anṛtaṃ manuṣyāḥ. — Ait. 1, 6, 6 : satyasaṃhitā vai devā anṛtasaṃhitā manuṣyāḥ.
- Śat. 4, 3, 4, 16 : yo vai devānāṃ panthā eti sa ṛtasya pathaiti.
- Śat. 3, 4, 2, 8 : ke hi syur yad atikrāmeyur anṛtaṃ hi vadeyur ekaṃ ha vai devā vratam caranti satyam eva tasmād eṣāṃ jitam anapajayyaṃ tasmād yaśaḥ. — Ib. 1, 1, 1, 5 : sa vai satyam eva vadet. etad vai devā vrataṃ caranti yat satyaṃ tasmāt te yaśaḥ.
- Ait. 6, 5, 9 : yāṃ hy anyamanā vācaṃ vadaty asuryā vai sā vāg adevajuṣṭā. — Id. ib. 9, 4, 5.
〔166〕¹。とはいえ、言葉の誠実さが実在の諸形態の一つである以上、真実の尊重は祭主に推奨される実践の一つである。それは彼を人間界から引き離し、同類の上に、神々の位階へと高める。発せられた言葉の実在性は、一種の牽引によって、儀式に約束された報償の実在性を保証するのである。しかし同時に、教理の道徳的無関心を新たな一線によって際立たせるかのように、真実を語ることを命ずる規定は、儀式の継続時間に厳密に限定されている。儀軌は、祭儀の終わりに祭主をその義務から解く定句を提供する。「一つの実践(vrata)を始めるにあたって、人は言う。いまわれは不正確さから実在へ移る、と。この定句によって、人は人間界から神々のもとへ移る……。次いで、実践を終えたとき、人は次のように言って自らを解く。いまわれはわれがあるところのものである、と。というのも実際、一つの実践を企てるとき、人はいわば人間性に対して異邦人となるからである。ところで、いまわれは実在から不正確さへ移る、と言うのは適当ではないであろう。しかしそれでも、人は再び人間となるのであるから、いまわれはわれがあるところのものである、と言って遵守から自らを解くのである²」。とはいえ、日々の反復によって実在の恒常的な実践をも含意する一つの日課の儀式がある。「聖火を保つ者は、不正確なことを言ってはならない……。彼の火は実在の上に据えられているからである³」。——「聖火設置の真の実践、それは実在である。実在を語る者は、燃え上がる火にバターを注ぐかのように、火を輝かせる。その光輝はいよいよ増大する。日に日に
註
- Taitt. S. 2, 4, 1, 2.
- Śat. 1, 1, 1, 4-6 : vratam upaiṣyann idam ahaṃ anṛtāt satyam upaimīti tan manuṣyebhyo devān upaiti… atha saṃsthite visṛjate. idam ahaṃ ya evāsmi so 'smīti. amānuṣa iva vā etad bhavati yad vratam upaiti na hi tad avakalpate yad brūyād aham satyād anṛtam upaimīti tad u khalu punar mānuṣo bhavati tasmād idam ahaṃ ya evāsmi so 'smīty evaṃ vrataṃ visṛjeta. —「atha saṃsthite visṛjate」以下は ib. 1, 9, 3, 23 に反復。
- Taitt. B. 1, 1, 4, 1-2 : āhitāgnir nānṛtaṃ vadet… satye hy asyāgnir āhitaḥ.
〔167〕その富は増大する。そして不正確なことを言う者は、燃え上がる火に水を注ぐかのように、火を弱める。その状態はいよいよ減退し、日に日に彼は悪くなる。したがって実在のみを語らねばならない¹」。しかしこの規定は守るに容易ではない。「つねに実在を語りうる人間が、誰かあろうか²」。最も賢明な者たちは、この義務の重大さの前に後ずさりした。「Aruṇa Aupaveśi の親族が彼に言った。汝はもはや老齢に達した。聖火を設置せよ、と。彼は言った。それならば私に沈黙を守れと言え。というのも、ひとたび火を設置したならば、不正確なことを一言も言ってはならない。ところが、語るならば、不正確なことを一言も言わずにいることは不可能だからである³」。
したがって Varuṇa の性格は幻を与えてはならない。彼が時に道徳の守護者として現れるとしても、それは単にその祭祀的本性のゆえである。彼は供犠の水の霊であり、恵み深い水と復讐する水、鎮める水と打つ水、儀式の呪術的な力が実現する水の霊である。気難しく、扱いにくく、御しがたく、これを扱う者に対してたちまち牙を剝く神格、衝突するに危険であり、呼び求めるにも危険な神格である。かくも危うい名は、その単独のエネルギーによってかくも多くの災厄を惹き起こしうるがゆえに、緩和剤を要求した。涙を呼び起こす者たる荒々しい Rudra⁴ が、その野蛮で暴力的な名の効果を打ち消すために宥和と平安との名を受け取り、Rudra-
註
- Śat. 2, 2, 2, 19 : tasya vā etasyāgnyādheyasya satyam evopacāraḥ sa yaḥ satyaṃ vadati yathāgniṃ samiddhaṃ ghṛtenābhiṣiñced evaṃ hainaṃ sa uddīpayati tasya bhūyo bhūya eva tejo bhavati śvaḥ śvaḥ śreyān bhavaty atha yo 'nṛtaṃ vadati yathāgniṃ samiddham udakenābhiṣiñced evaṃ hainaṃ sa jāsayati tasya kanīyaḥ kanīya eva tejo bhavati śvaḥ śvaḥ pāpīyān bhavati tasmād u satyam eva vadet.
- Ait. 1, 6, 6 : ṛtaṃ vāva dīkṣā satyaṃ dīkṣā tasmād dīkṣitena satyam eva vaditavyam atho khalv āhuḥ ko 'rhati manuṣyaḥ sarvaṃ satyaṃ vaditum.
- Śat. 2, 2, 2, 20 : tad u hāpy Aruṇam Aupaveśiṃ jñātaya ūcuḥ. sthaviro vā asy agnī ādhatsveti sa hovāca te maitad brūtha vācaṃyama evaidhi na vā āhitāgninānṛtaṃ vaditavyaṃ na vadati jātu nānṛtaṃ vadet tāvat satyam evopācara iti.
- Taitt. S. 1, 5, 1, 1 : yad arodīt tad Rudrasya rudratvam. — Śat. 9, 1, 1, 6 : tad yad ruditāt samabhavat tasmād Rudraḥ. — ib. 6, 1, 3, 8 : yad arodīt tasmād Rudraḥ.
〔168〕Śiva へと二重化した¹ のと同様に、Varuṇa は Mitra と結びつけられた。Mitra はきわめて漠然とした神格であるが、それ以上正確に規定される必要はなかった。その名で十分だったからである。Mitra、それは「友」である。神々が最も恐るべき敵 Vṛtra(その名は起源において Varuṇa と親縁であるように思われる)との闘争に入るとき、彼らは Mitra にも順番に悪魔を打つよう促す。「しかし彼は拒んだ。否、と彼は言った、われは万人の友である、と」。神々の脅しは、結局は彼を屈服させる。しかし一撃が加えられるや否や、非難の叫びが上がる。「友であった者が、悪をなした²!」。世界が混沌から出たとき、「昼を創ったのは Mitra であり、夜を創ったのは Varuṇa である³」。「昼は Mitra のもの、夜は Varuṇa のものである⁴」。かくして Mitra の友好的な役割は、彼をイランの Mithra に、太陽神 Mithra に直接結びつける。他方、闇と夜の恐怖とは Varuṇa の業の悪意を証している⁵。
註
- Maitr. 4, 2, 12 : te vā asya nāmanī śive śānte… tad vā asyaite nāmanī krūre aśānte. — Śat. 1, 7, 3, 8 : tāny asyāśāntāny evetarāṇi nāmāny agnir ity eva śāntatamaḥ. — Ait. 13, 10, 6 : rudriya prajābhir iti brūyān na rudra ity etasyaiva nāmnaḥ parihṛtyai.
- Śat. 4, 1, 4, 8 : Vṛtro vai soma āsīt taṃ yatra devā aghnaṃs taṃ Mitram abruvaṃs tvam api haṃsīti sa na cakame sarvasya vā aham mitram asmi na mitraṃ sann amitro bhaviṣyāmīti taṃ vai tvā yajñād antar eṣyāma ity aham api hanmīti hovāca tasmāt paśavo 'pākrāman mitraṃ sann amitro 'bhūd iti. — Maitr. 4, 5, 8 : devā vai Vṛtram ajighāṃsan sa Mitro 'bravīn mitro 'ham asmi nāhaṃ haniṣyāmīti te 'bruvan jahy eva tasmāt paśavo 'pākrāman mitraḥ sann adruha iti. — Taitt. S. 6, 4, 8, 1 : Mitraṃ devā abruvan somaṃ rājānaṃ hanāmeti so 'bravīn nāhaṃ sarvasya vā aham mitram asmīti taṃ abruvan hanāmaiveti tasmāt paśavo 'pākrāman mitraḥ san krūram akar iti.
- Taitt. S. 6, 4, 8, 3 : na vā idaṃ divā na naktam āsīd avyāvṛttaṃ te devā Mitrāvaruṇāv abruvann idaṃ no vivāsayatam iti… Mitro 'har ajanayad Varuṇo rātrim.
- Taitt. B. 1, 7, 10, 1 : maitraṃ vā ahar vāruṇī rātriḥ.
- Soma は植物界において、Varuṇa にちょうど対応するように見える。Varuṇa と同様、彼は王である。彼を指すのに rājan の名だけがしばしば用いられる。Varuṇa と同様、Soma は二重の相貌のもとに現れるように見える。すなわちあるときは神格化された植物、あるときは月である。ここでもまた二つの相貌は一つに帰する。「Soma は月であり、神々の食物である」(Śat. 1, 6, 4, 5 : eṣa vai somo rājā devānām annaṃ yac candramāḥ ; id. ib. 11, 1, 3, 3 ; 4, 4 ; 5, 3. — Taitt. B. 1, 4, 10, 7 : somo vai candramāḥ ; id. Maitr. 2, 1, 5. — Ait. 32, 10, 5 : etad vai devasomaṃ yac candramāḥ)。かくして彼は、卓越して神々の食物である供犠と一つになる。soma と呼ばれる植物そのものは、本質において他の植物と異ならない。「他の植物と同様……〔次頁に続く〕
〔169〕〔本文なし。前頁註 5 の続き〕
註(承前)
に soma もあった。彼は焼けつくような苦行を行った。彼は soma の旋律を見た。それによって彼は王権に、覇権に達した」(Td. 11, 3, 9 : yathā vā anyā oṣadhaya evaṃ soma āsīt sa tapo 'tapyata sa somasāmāpaśyat tena rājyam ādhipatyam agacchat)。そして植物は悪魔的な本性をもつ。太初において、それらは供犠である Prajāpati に対して立ち上がった。「Prajāpati は太初において宇宙であった。植物どもは彼をよじ登った。植物どもはまことに悪魔的だからである。彼らは彼より高く登ろうとし、彼は彼らの上に登ることができなかった。彼は苦しみ、身を焼いた。そこで火が放出された。放出されるや、火は植物の力を〔奪って〕行った」(Maitr. 1, 6, 3 : Prajāpatir vā idam agra āsīt taṃ vīrudho 'bhyārohann asuryā vā etā yad oṣadhayas tā atitiṣṭhiṣann atitiṣṭhiṣaṃ nāśaknot so 'śocat so 'tapyata tato 'gnir asṛjyata tam agniṃ sṛṣṭaṃ vīrudhāṃ tejo 'gacchat)。Soma が植物である以上、彼が最も恐るべき悪魔と混同されるのも驚くにあたらない。「まことに、Soma は Vṛtra であった」(Śat. 3, 4, 3, 13 : Vṛtro vai soma āsīt ; id. ib. 3, 9, 4, 2 ; 4, 1, 4, 8 ; 4, 2, 5, 15)。月もまた同様である。Soma と同一だからである。「月、それは Vṛtra である」(Śat. 1, 6, 4, 13 : eṣa Vṛtro yac candramāḥ)。「Indra は Vṛtra のうち soma を含んでいた部分をもって月を作った」(Śat. 1, 6, 4, 13 : tasya \[Vṛtrasya] yat saumyam nyaktam āsa taṃ candramasaṃ cakāra)。
同一性はきわめて完全であって、ある物語では、神々と悪魔との闘争の途上で Soma-rājan の名が Vṛtra の名と交替する。Śatapatha 4, 1, 3, 1-14 は、Indra が Vṛtra に雷霆を投げた後、当たり損ねたのではないかと恐れて身を隠し、神々の誰も一撃が命中したかどうか見に行こうとしなかった、と語る。Taittirīya-saṃhitā 6, 4, 7, 3 および Maitrāyaṇī-saṃhitā は、同じ挿話において Vṛtra の代わりに Soma-rājan を置く。他方、「Vṛtra は腹である」(Taitt. S. 2, 4, 12 : udaraṃ vai Vṛtraḥ ; cf. Śat. 1, 6, 3, 22)、すなわち供犠によって昇華された食物に対立する粗野で不浄な食物である。祭句の力によってあの比類なき魔術的な液となる前は、soma の汁は人間的な、無力あるいは有害な飲料にすぎない。それを用いる前に、神々はそれに予備的な浄化を施し、献供にふさわしいものとしたのである(Śat. 4, 1, 2, 4)。したがって soma は月と同一の本性をもつのではない。定められた時期に、転注によってそうなるのである。
Śatapatha は、断食を始めるべき正確な時点を論じて、こう言う。「月がなお見えているうちに断食の食物(乳)を取り始める者たちがいる。明日には月は昇るまい、と彼らは言う。ところで月は神々の尽きせぬ食物である。だからわれらは彼らにそれを与えよう、と。真の富とは、最初の蓄えを使い果たす前に次の蓄えが用意されていることである。食物が豊かにあるということである。しかしこのやり方では soma を献ずることにならず、乳を献ずるにすぎない。というのも王 Soma はかしこに(月のうちに)いるからである。そして牝牛が単なる草を食い、単なる水を飲むならば、そこからは単なる乳しか得られない」(Śat. 1, 6, 4, 14-16)。逆に月の完全な消滅を待つならば、望まれた現象が生ずる。「王……〔次頁に続く〕
〔170〕〔本文なし。註の続き〕
註(承前)
Soma、神々の食物である月は、東にも西にも姿を見せぬ夜に、この世界へ来て植物と水とのうちに入る。ところでそれは神々の財であり、その食物である」(Śat. 1, 6, 4, 5 : eṣa vai somo rājā devānām annaṃ yac candramāḥ sa yatraiṣāṃ etāṃ rātriṃ na purastān na paścād dadṛśe tad imaṃ lokam āgacchati sa ihaivāpaś cauṣadhīś ca praviśati sa vai devānāṃ vasv annaṃ hy eṣām ; cf. ib. 11, 1, 5, 3 : candramā vai somo devānām annam… so 'parapakṣe 'pa oṣadhīḥ praviśati)。祭祀の操作に適したものとなった soma も、なおその悪魔的本性を再び現す用意ができている。それに加えられる処置は、それが吹き込む恐怖を十分に示している。「soma を搾るとき、実にそれを殺すのである」(ghnanti vā etad yat somam abhiṣuṇvanti, Taitt. S. 6, 6, 1, 1 ; Maitr. 4, 7, 2 ; Śat. 3, 9, 4, 2 ; 4, 3, 4, 1 ; Ait. 13, 8, 2)。既に見たとおり、供犠を献ずるとき人は供犠を殺すのである。
しかし、人が殺そうとする神の怒りは逸らさねばならない。見せかけの取引が危険を防ぐ。soma を用いる前に、祭官は聖なる茎を身分の低い者に渡し、その者はそれを黄金と引き換えに彼に売る。「soma を売る者は悪しき者である」(Ait. 3, 1, 2 : somavikrayī… pāpaḥ)。彼こそが裏切り者であり、神の怒りと殺害の懲罰とが降りかかるべきはその者の上にである。それでもなお、計画された殺害を神の眼に色づけることには十分な注意が払われる。「soma を買うとき、それは韻律の上に君臨するために、韻律の上に主権を得るために買うのである。実際、soma を搾るとき人はそれを殺すのである。そのとき彼にこう言う。われは汝を、韻律の上に君臨するために、韻律の上に主権を得るために買うのであって、殺すためではない、と」(Śat. 3, 3, 2, 6)。バラモンの呪術は、敵の犠牲において神を宥める巧妙な方便を見出した。「〔搾石をもって soma を打とうとするとき〕心のうちに敵を狙い、こう言うべきである。打撃を与えるのは彼に対してであって、汝に対してではない、と。というのも、人間であるバラモンを殺すならば非難を蒙る。ましてや神である Soma を打つならばどうか。しかもそれを搾るとき人はそれを殺すのである。かくしてこの方便のおかげで、人はそれを殺し、そこから〔汁が〕出て、そしてそれは蘇生し、しかも罪はないのである。そしてもし敵がいないならば、心のうちに一本の草を狙えばよい。そうすれば罪はない」(Śat. 3, 9, 4, 17)。
soma を聖なる祭場に導き入れるためには、王としての礼を尽くす。subrahmaṇyā の祭官が御し、二頭の牛が牽く車の上に据える。「もしその二頭が黒毛であるか、あるいは一方だけでも黒毛であるならば、雨が得られるであろう」(Śat. 3, 3, 4, 11)。彼の名誉のために、貴顕の客を迎える供犠が捧げられる。「なぜそれを客人の供犠(ātithya)と呼ぶのか。それは、買われた soma が客人として到着するからである。ところで王あるいはバラモンが到着すれば、その者のために大きな牡牛あるいは大きな牡山羊を煮る。そして彼〔soma〕は神々への人間の献供である。かくして彼のために客人の供犠を行うのである」(Śat. 3, 4, 1, 2 ; cf. Taitt. S. 6, 2, 1 ; Ait. 3, 4)。「彼を四人が支える輿の上に載せる。人間である王のためには二人が輿を支える。全宇宙を統べる彼のためには……〔次頁に続く〕
〔171〕〔本文なし。註の続き〕
註(承前)
したがって四人が必要である」(Śat. 3, 3, 4, 26 : atha catvāro rājāsandīm ādadate. dvau vā asmai mānuṣāya rājña ādadāte athaitāṃ catvāro yo 'sya sakṛt sarvasyeṣṭe)。かくして王 Soma は、栄誉を通り抜けて、彼を待つ死へと歩んでゆくのである。
§索引
〔原著 pp. 173–181。固有名詞は原綴のまま IAST に改め、主題項目のみ訳語を添えた。数字は原著頁。〕
§一 サンスクリット語項目
Aṃśa 93. — Akūpārā Āṅgirasī 121. — Agni : Prajāpati との関係 18, 21, 24, 26, 28 ; 人間の光 28 ; 神々によって Vāc のもとへ遣わされる 34 ; 複数の身体をもつ 37 ; 太初において唯一の不死者 42 ; 天の征服者 49-50 ; Asura の呪術を挫く 57 ; Aṅgiras から Āditya たちのもとへ遣わされる 65 ; 太初には光輝なし 68 ; 神々の競争者 69-72 ; Vasu たちの長 73-74 ; 神々の王 74-75 ; 馬の姿で Asura を攻撃 147 ; 水(Āpas)の夫 159 ; = Rudra 132, 168 ; 五犠牲に受肉 133. — agniṣṭoma 146. — Aṅgiras 33, 63-68, 75, 161. — Ajīgarta Sauyavasi 135. — Atri 146(参照脱漏 : Td. 6, 6, 8)。— Atharvan 15. — Aditi 49, 56, 63. — anṛta 39, 40, 57, 67, 156-158. — Antaka 41. — annādya(四 vīrya の一)115. — Anvādhyās 62. — anvāhāryapacana(火)117, 118. — Apālā 121. — aponaptrīya 150. — Apsaras 67, 101. — abhiṣecanīya 136. — amṛta 43, 95. — Aruṇa Aupaveśi 167. — Arbuda Kādraveya 142. — Aryaman 63. — Alikayu Vācaspata 140. — aśraddhā 102, 114. — Aśvapati Kaikeya 139. — aśvamedha 137. — Aśvin 69, 71, 72. — Aṣṭādaṃṣṭra Vairūpa 148. — asat 14. — Asura : Prajāpati の子 27, 53 ; 闇の性格 28, 44, 50 ; 神々と Vāc を争う 31-35 ; 神々との差異 36 ; 誤り(erreur)を属性とする 39-40 ; 死すべき者 42-43 ; 神々との戦争 42-61, 74, 146-147 ; 祭祀上の誤り 55, 56, 117 ; 呪術 56-57 ; Manu と Asura 119 ; Asura への献供 139. — asurī 155. — asurya 169. — Ākuli 121. — Āktākṣya 140. — ātman(Indra の)38. — ātmayājin 79. — Āditya : Prajāpati の子 19, 21, 24(→ 太陽の項参照)。— Āditya 群 : 天への到着 50 ; 誕生 63 ; Aṅgiras との対抗 65-66 ; 神々の戦争に参加 73-74 ; Indra の聖別に参加 75 ; 天の守護者 66, 96. — ādhāvāḥ(水の神秘名)163. — ānanda 38. — Āpas(水): 根源的要素 14, 159 ; Prajāpati の創造者にして被造物 15, 22 ; 水と Vāc 22, 34 ; = amṛta 95, 160 ; = śraddhā 109, 160 ; 黄金の母 159 ; 世界の基礎 159 ; = dharma, satya, sarvā devatāḥ, yajña 160 ; 清浄 34, 160, 161 ; = darbha, vajra, śānti 161-163. — Āptya 75, 91. — Āpya 62. — āyatana 46. — Āruṇi 140. — āśīs 113. — Āṣāḍha Sāvayasa 82. — Āṣāḍhi Sauśromateya 126. — āhavanīya(火)86, 87, 117, 118. — Ikṣvāku 134. — Iṭan Kāvya 108. — Iḍā 115-118. — Idhma Āṅgirasa 125. — Indra : Indra と Prajāpati 17 ; 動植物の種の創造者 19 ; 三つの身体 37 ; Indra, Kutsa, Luśa 37-38 ; 変身 : amṛta 征服のための鷹 43 ; 大地征服のための豺 47 ; Asura の祭壇破壊のためのバラモン 61 ; 神々の長 50, 51 ; Sādhya の眼を癒す 62 ; 誕生 63 ; 太初には ojas なし 68 ; 神々の競争者 69-72 ; Rudra 群の長 73 ; Marut 群の長 74 ; 神々の王 74-76 ; Viśvarūpa の殺害者 91, 124 ; Indra と Manu 119 ; Akūpārā を浄める 121 ; Indra と Tvaṣṭar 124 ; prāśitra を鎮める 125 ; Indra と Rohita(Śunaḥśepa 伝説)135 ; ṛṣi たちとの関係 : Viśvamanas, Vaikhānasa 群, Suśravas, Gotama, Vasiṣṭha 145-148 ; Indra と Prāsahā 157 ; Vṛtra の殺害 17, 161, 169. — indriya 115, 153, 158(striyo nirindriyāḥ)。— ukthas 146. — udumbara 52. — Upagu Sauśravasa 146. — upavasatha 83. — upasad 45. — Ula Vārṣṇivṛddha 108. — Uśanas Kāvya 56. — Uṣas 20, 21, 72. — Ūrṇāyu 67. — ṛṇa 131. — ṛta 157. — ṛtvya 161. — Ṛbhu 84. — ṛṣi 13, 84, 131(ṛṣīṇāṃ nidhigopa), 142-151. — evaṃvid 112. — ojas 163. — aindravāyava 128. — Ka 17. — Kaṇva 149, 151. — Kalyāṇa Āṅgirasa 67. — Kavaṣa Ailūṣa 150. — Kilāta 121. — Kutsa 37-38. — Kurukṣetra 69-70. — Kurupañcāla 35. — Kuru 138. — Kuṣṭā 56. — kṛtyā 57. — Kṛśānu 19. — kṛṣṇa(黒羚羊、供犠の姿)142. — Keśin Dārbhya 108, 149. — Kauṣītaki 108, 122, 140. — kṣatra 72, 152. — kṣatriya 135. — Gandharva 32-33, 67. — garbha 22, 103-105. — gāyatrī 52. — gārhapatya(火)87, 117, 118. — Gotama 147. — Gauḍa 140. — Candramas 16, 21, 24. — Caraka 140. — Cailaki 140. — chandāṃsi 15. — Janaka 139. — Janamejaya Pārikṣita 111. — Jamadagni 37. — Jātūkarṇya 140. — jhaṣa 116. — Takṣan 140. — tapas 23. — Tāṇḍya 140. — tānūnaptra 37, 73, 127. — Tṛṣṭa 119. — tejas 115. — trihsāman 121. — Tvaṣṭar 91, 124. — Dakṣa = Prajāpati 138 ; = Pārvati 同上。— dakṣiṇā 32, 90, 91. — darbha 161. — daśahotar 14. — dākṣāyaṇa(供犠)138 ; Dākṣāyaṇa 群 139. — Dabhi 52. — dāya 158. — dīkṣā 102-108, 161. — Dīrghaśravas 149. — dūrohaṇa 88-89. — Devabhāga Śrautarṣa 138. — devayajña 78. — deva(神々): Prajāpati によって放出される 19 ; その子にして父 27, 28 ; Brahman によって放出される 30 ; Vāc の征服 31-35 ; 起源 36 ; 数 37 ; 身体をもつ 37 ; 超感覚的 38 ; 真実 39, 165 ; 不死 41-43 ; Asura との闘争 43 以下 ; 勝利の手段 : Prajāpati の保護 53、苦行 54、供犠 54-57、虚偽 57-58、戦闘・賭 58 ; 敗北 59-61 ; 最初の神々 : Sādhya, Āditya, Aṅgiras 61-68 ; 神々の対抗 68-74 ; 詐術 69-71 ; 王制の確立 74-76 ; 供犠への参与 81-84 ; 人の心を知る方法 82 ; 人間への敵意 84-85 ; 死との協約 85 ; 人間的なものと神的なものとの対立 86-87 ; 神々と太陽 97 ; 死して祖霊となった神々 99 ; 供犠における過誤 118, 125 ; 神々への負債 131 ; 供犠において神々が出会う困難 141-142 ; 神々と ṛṣi 142-148. — Devātithi 121. — Daivodāsi Pratardana 140. — Dyaus 20. — dharma 160. — Dhātar 63. — Namuci 71. — Nābhānediṣṭha 67, 121. — nāman 30. — Nārada 134. — nigada 144. — nidhana 149. — nirṛta, nirṛti 157. — Nṛmedha 151. — Nodhas Kākṣīvata 145. — Naimiṣīya 140. — pañcarātra 122. — Pathyā Svasti 49. — Pariṣāraka 150. — Paruccheps 151. — Parvata 134. — pavitra 160. — pākayajña 117. — pāpman 41. — pāśa(Varuṇa の武器)153. — Pitṛ(祖霊): 生存の手段 27 ; 神々の同盟者 57 ; Aṅgiras の草を毒する 68 ; 供犠への参与 81, 94 ; 起源・性質・神々および人間との関係 98-100 ; 正午、その方位 124 ; Śiśu Āṅgirasa とその祖霊 145. — Piśāca 57. — punarmṛtyu 93-95. — puruṣa 13, 16, 77. — Pūṣan 125. — Paiṅgya 140. — Prajāpati : 起源・性質 13-16 ; = yajña, brahman, chandas, saṃvatsara, puruṣa, mṛtyu, savitar, candramas, mahat deva 15, 16, 41 ; = Ka 17 ; 創造 18 以下 ; 近親相姦 20 ; Prajāpati と Vāc 21-23 ; 消耗 23-24 ; 敵対者 26-27 ; 神々と Asura との父 27-28, 36 ; 供犠の作者 28 ; 犠牲 29 ; 最初に天に昇る 29 ; = 名と形 29-30 ; 神々に不死の儀式を教える 41-42 ; Asura の敵 44, 53, 54 ; 神々に自らを与え 55、供犠によって自らを購う 130 ; Indra を聖別する 75 ; = manas 122 ; 最初の祭主 134, 138 ; 彼のために山羊が屠られる 134 ; 生類を Varuṇa の縄から解き放つ 156. — praṇava 123. — Pratidarśa Śvaikna 138. — Prāgahi 140. — prāṇa 13, 17. — Prāsahā 129, 157. — Priyamedhā Bharadvājāḥ 150. — Praiyamedha 149. — praiṣa 144. — Barhi Āṅgirasa 126. — bala 163. — Bulila Āśvatarāśvi 140. — bṛhat(sāman)88. — Bṛhaspati 56, 73, 110, 112, 125. — Brahman : Prajāpati との関係 15, 16, 23, 120 ; = nāmarūpa 30 ; 神々を創造する 30 ; 彼らに不死を与える 41、勝利を与える 58 ; 供犠の危険な力を中和する 125 ; 神々によって分配される 145 ; 世界の基礎 159 ; = satya 164. — brahmayajña 78. — brahmavarcas 115. — brahmavādya 151. — Brahmā 15. — brāhmaṇa 3-12, 148. — bhūḥ bhuvaḥ svaḥ 22. — Bhaga 63, 125. — Bharadvāja 146. — Bharata 147. — Bhāllaveya 126. — Bhujyu 84. — bhūtayajña 78. — Bhṛgu 64, 100-102, 165. — Makha 69. — Mādhyama 群 151. — manas 14, 15, 17, 30(Manas と Vāc)。— Manu 64, 67, 115-121. — mantra 3. — mantrakṛt 145. — Marut 26, 74, 75. — Marka 56, 139. — Mahān devaḥ 16. — mahiman 38. — māyā 28. — Mitra 154, 168 ; Mitra-Varuṇa 63, 69, 71, 116, 155. — mithuna 59. — mīmāṃsā 139. — Munimaraṇa 146. — Mṛtyu : = Prajāpati 16, 41 ; = Antaka, saṃvatsara 41 ; = Yama 42 ; 神々との協約 85 ; Mṛtyu Pāpman 26-27. — medha 85, 136. — Medhātithi 150-151. — medhya 160-161. — maitrāvaruṇa 155. — mleccha 35. — yajña : Vāc を誘惑する 31-32 ; 語源 79 ; devānām ātmā 82 ; sattra と区別される 122(→ 供犠の項)。— yajñāyajñīya(sāman)124. — yajñiya 82, 161. — yathādevatam 127. — Yama 42, 64, 99. — yavāsa 120. — yaśas 41. — Yājñavalkya 5, 37, 109, 113, 139, 140. — Yuktāśva Āṅgirasa 148. — Rakṣas : 神々の同盟者 57 ; Aṅgiras の敵 68 ; 神々の敵 74 ; Rakṣas への献供 139 ; 水によって滅ぼされる 162. — rathantara(sāman)88. — Rahasyu Devamalimluc 146. — rājanya 82. — rājasūya 153. — Rudra 20, 37, 167 ; Rudra 群 50, 73-75. — rūpa 30. — Rohita 134. — rauhiṇī 61. — loka(→ 世界の項)。— Luśa 37-38. — vajra 61, 129, 158, 161, 162. — Vatsa 150-151. — Vatsaprī Bhālandana 110. — Varuṇa : 生類に敵対的 26 ; 神々の長 51, 75 ; 誕生 63 ; Aṅgiras の父 64 ; vāmadevya の sāman を発見する 69 ; 神々の競争者 71 ; 神々の身体の受託者 73 ; Āditya 群の長 75 ; Varuṇa と Bhṛgu 100-102 ; Hariścandra 134 ; = kṣatra, Indra 152 ; 王 152-153 ; 外貌 153 ; 縄を属性とする 153 ; あらゆる悪の作者 154 ; 祭祀的正確さの神 154-155 ; 地獄の懲罰の神 155 ; Varuṇa 固有の供物 155-156 ; 水の神 158-168. — varuṇapraghāsa 51, 156. — Varutri 119. — varcas 163. — valaga 130. — Vasiṣṭha 37, 147, 148. — Vasu 50, 73-75. — Vāc : Vāc と Prajāpati 17, 22-23, 29 ; = nāman 30 ; Vāc と Manas 30-31 ; Vāc と神々 31-34, 39 ; その諸要素 35 ; = yajña 106. — vājapeya 72. — vāmadevya(sāman)69. — vāyavya 128. — Vāyu 21, 24, 71, 134. — vāravantīya(sāman)149. — Vāsiṣṭha Sātyahavya 126. — Vidagdha Śākalya 37. — virāj 147. — Vivasvant 64. — Viśvakarman 52. — Viśvamanas 145. — Viśvarūpa 19, 91, 124. — Viśvāmitra 37. — Viśvāvasu 32. — Viśvedeva 50, 69, 73, 75. — Viṣṇu : = yajña 15, 89, 141 ; 矮人 48 ; 断首される 69 ; 悪しく行われた供犠の保護者 154 ; viṣṇukrama 89. — vihavya(sāman)37. — vīrya 153, 193〔ママ〕; catvāri vīryāṇi 115. — vīṇā 19, 34. — Vṛtra : Indra に殺される 17 ; 神々に殺される 99 ; Tvaṣṭar に創られる 124 ; darbha の起源 161 ; = udara 83, 169. — vṛṣa, vṛśa 120. — Vaikhānasa 145. — vaiśya 82. — vaiśvadeva(供犠)51, 156. — Vaiśvānara 139. — vyāhṛti 164. — Śaṇḍa 56, 139. — Śamyu Bārhaspatya 113. — Śāṇḍilya 5. — śānti 163. — Śikhaṇḍin Yājñasena 108. — Śiśu Āṅgirasa 145. — Śunaḥpuccha 135. — Śunaḥśepa 134-136. — Śunolāṅgūla 135. — Śuṣṇa Dānava 43. — Śyāparṇa Sāyakāyana 134, 138. — Śyāvāśva Ārvaṇānasa 122, 151. — śraddhā 102, 108-109, 114-115 ; śraddhādeva 114, 120. — śrama 23, 54. — śrī 41. — Śvetaketu 140. — saṃvatsara(→ 年の項)。— sattra 122. — satya 39, 57(vācaḥ satyam)109, 157, 159, 163 ; satyavādin 114. — Sarasvatī 150. — Sarvacaru 142. — Savitar 16, 49, 125. — Saharakṣas 34. — Sākamedha 51. — Sādhya 62, 63, 75. — sāman 145, 146. — Sārvaseni Śauceya 122. — Sindhukṣit 148. — Suparṇa 142. — Suplan Sārñjaya 138. — Sītā Sāvitrī 29. — Sūrya 68. — Sūryā Sāvitrī 29. — Sṛñjaya 126, 138. — Soma : Sūryā あるいは Sītā Sāvitrī の夫 29 ; Gandharva によって Vāc から奪われる 32 ; 神々の長 51 ; 神々とともに sattra を保つ 69 ; 最初に栄光に達する 70 ; Rudra 群の長 74 ; 神々の王 75 ; 神々を酔わせる 142 ; その膨れた眼から馬が生ずる 155 ; 供犠 168-171. — somasāman 169. — Saudāsa 148. — stoma 54. — stomabhāga 149. — sthavira 140, 167. — Sthāṇu 145. — Svarbhānu 146(→ Atri)。— Svāyava Lātavya 124. — Hariścandra Vaidhasa 134. — Hiraṇyadan Baida 92, 159, 164.
§二 主題項目(仏語見出し)
交合(ACCOUPLEMENT): 創造の形態 20, 22 ; 儀式における 107-108. — 字母(ALPHABET)23. — アンブロシア(AMBROISIE)→ amṛta. — 驢馬(ÂNE)19, 72. — 動物(ANIMAUX): 起源 19 ; 儀礼によらぬ屠殺への懲罰 102. — 年(ANNÉE)14, 16, 51, 94, 98. — 蜘蛛(ARAIGNÉES)61. — 樹木(ARBRES): 起源 19 ; Vāc に庇護を与える 34 ; Asura の味方 52 ; 儀礼によらず伐られた樹木の復讐 102. — 銀(ARGENT)19. — 武器(ARMES)58. — 大気(ATMOSPHÈRE)18. — 祭壇(AUTEL)55, 86, 113, 140. — 化身(AVATAR)47-48. — 沐浴(BAIN)160-161. — 秤(BALANCE)100. — 牡羊(BÉLIER)19. — 家畜(BÉTAIL): 神々と Asura とが争う 52. — 山羊(BOUC)19, 134, 137, 155. — バラモン(BRAHMANE): 創造 18 ; 神々(āhutādo devāḥ)82 ; バラモンたらしめるもの 119, 150, 151 ; その地位低下の原因 138 ; バラモンへの尊敬 170. — 羊(BREBIS)19, 133, 136-137. — 水牛(BUFFLE)19. — カースト(CASTES)82. — 豺(CHACAL): Indra の変身 47. — 駱駝(CHAMEAU)19. — 猫(CHAT)149. — 馬(CHEVAL)19, 72, 142, 155 ; 馬の供犠 137. — 山羊(CHÈVRE)19. — 天の犬(CHIENS CÉLESTES)61. — 天(CIEL): Prajāpati の頭 18 ; 神々による天の征服 45, 46, 49-50, 55, 59 ; Āditya と Aṅgiras による 65-67 ; 神々は道を隠す 84-85 ; 祭主の天界上昇 87-93 ; 死者の天への旅 93 以下, 130. — 告白(CONFESSION)156. — 信頼(CONFIANCE)→ śraddhā. — 身体(CORPS): 死すべき要素と不死なる要素 17 ; 神々の身体 37, 60, 73 ; 身体の部分と供犠との対応 77-78 ; ātmayājin の身体 79 ; dīkṣā によって形成される新しい身体 103-106. — 神々の競走(COURSES)71-73. — 創造(CRÉATION)18 以下. — 洪水(DÉLUGE)115-117. — 賽(DÉS)157. — 神々(DIEUX)→ deva. — 水(EAUX)→ Āpas. — 象(ÉLÉPHANT)19. — 胎児(EMBRYON)→ garbha. — 誤り(ERREUR)→ anṛta. — 終末論(ESCHATOLOGIE)100. — 語源(ÉTYMOLOGIES)38. — 正確さ(EXACTITUDE)→ satya. — 飢え(FAIM)57, 95. — 鷹(FAUCON)19. — 女(FEMME)157. — 女児の遺棄(FILLES)158. — 火の試練(FEU)151. — 蟻(FOURMIS)69, 106. — 儀礼による生成(GÉNÉRATION RITUELLE)103-108. — 蛙(GRENOUILLES)19. — 人間(HOMME): Prajāpati の精神から生まれる 19 ; 人間への供犠 78 ; 人間と神々との関係 84 ; 神々のそれと逆の慣行 86 ; 五犠牲の一 133 以下. — 客人(HÔTES)119, 170. — 不死(IMMORTALITÉ): Prajāpati の不死 17, 27 ; 神々の不死 41-43 ; Agni の不死 42 ; いかにして不死となるか 84 ; 身体は不死から排除される 85 ; 不死と地上の生との関係 94 ; 供犠は不死を与える 95. — 近親相姦(INCESTE)20-21, 64. — 断食(JEÛNE)82-83, 169. — 言語(LANGAGE)35. — 蓮(LOTUS)161. — 月(LUNE)28, 51, 60, 158, 169. — 呪術(MAGIE)56-57, 129-130, 170. — 悪(MAL)= 死 26. — 病(MALADIE): いかに癒すか 132. — 雄(MÂLE)→ puruṣa. — 虚偽(MENSONGE)→ anṛta. — 月(MOIS)94. — 諸世界(MONDES): 神々による諸世界の征服 45-50 ; 世界の体系 91-93, 159 ; 祖霊の世界 98. — 死(MORT): 反復死 95 ; 死後の刑罰と報償 100-102(→ Mṛtyu)。— 騾馬(MULE)19, 72. — 三度の誕生(NAISSANCES)107. — 夜(NUIT): 起源 19. — 大洋(OCÉAN)14, 18. — 卵(ŒUF)14, 19-20. — 黄金(OR)17, 19, 159, 164. — 神判(ORDALIES): 秤量 100 ; 火 151. — 大麦(ORGE)18, 52, 138, 155-156. — 祖霊(PÈRES)→ Pitṛ. — 植物(PLANTES)19, 73, 102, 158, 169. — 雨(PLUIE)18, 162. — 鉛(PLOMB)164. — 魚(POISSON)115-116. — 山荒(PORC-ÉPIC)19. — 購い戻し(RACHAT)130-132. — 食事(REPAS)99. — 米(RIZ)138. — 王(ROIS)74-76. — 供犠(SACRIFICE): Prajāpati によって放出される 28 ; 神々の食物 29, 38, 82 ; Vāc を誘惑する 31-32 ; 神々と Asura とが争う 37 ; = Prajāpati, Viṣṇu, yajamāna, ṛtvij, puruṣa 75 ; 五つの供犠 78 ; 殺される 81 ; dakṣiṇā によって蘇生する 91 ; 普遍的な生の原理 81 ; 誰が供犠を行いうるか 82 ; 神々によって隠される 84 ; 神々に倣うこと 85-86 ; 天へ導く 87 以下 ; 栄養価 95 ; 儀式と果実との関係 122 以下, 149 ; 呪術的操作 129 ; 身代金 130 以下 ; 人身供犠 133 ; 犠牲 133-138 ; 儀式をめぐる異説 138-140, 149 ; 供犠の逃走 141 ; ṛṣi たちの供犠 144. — 季節(SAISONS)19, 46, 52, 94, 98. — 猪(SANGLIER)15, 19. — 塩(SEL)19. — 蛇(SERPENTS)19, 79. — 太陽(SOLEIL): 神々の明るさ 27 ; 神々の防壁 60 ; 神々と Asura とが争う 51 ; 誕生 64 ; 神々の競走の目標 71 ; = 死 96-98 ; 地と天とのあいだで躊躇する 97 ; Varuṇa となる 158. — 眠り(SOMMEIL)157. — 気息(SOUFFLES)13, 15, 19. — 自殺(SUICIDE)133. — 雄牛(TAUREAU)19. — 闇(TÉNÈBRES)28, 44, 50. — 大地(TERRE): Prajāpati の足 18(→ 諸世界)。— 亀(TORTUE)19. — 牝牛(VACHE): 起源 19 ; 五犠牲の一 133 以下 ; Uṣas の赤い牝牛 72 ; 角ある牝牛と角なき牝牛 110-111. — 真実(VÉRITÉ)→ satya.
§正誤表〔原著 p. 182〕
〔原著は仏語綴りおよび転写の訂正一覧である。本訳では該当箇所を訂正のうえ訳出済み。主なもののみ掲げる。〕
- p. 5, 20 行 Vajnavalkya → Yājñavalkya
- p. 6, 27 行 「あるいはそれを制限する」→「あるいはそれを制限する」〔仏語表現の訂正〕
- p. 7, 21 行 「認められた場所なくして」→「認められた絆なくして」
- p. 20, 7 行 le brahmane → le brahman
- p. 25, 7 行 pañcāśad-rātrīs → °rātris
- p. 29, 7-8 行 「Prajāpati は自らを与える」→「彼は自らを与えた」
- p. 37, 1 行 Vajnavalkya → Yājñavalkya
- p. 46, 1 行 havirdhāma → havirdhāna
- p. 50, 11 行 Aditya → Āditya
- p. 62, 11 行 「すべて神々、彼らがあるところの」→ 読点を削除
- p. 63, 16 行 Aṃśa → Aṃśa
- p. 79, 9 行 「父のように」→「より悪しく」
- p. 80, 註 4 paribhāṣa → paribhāṣā
- p. 106, 10 行 dīkṣa → dīkṣā
- 同, 註 1 abhūrdhata → abhindhata
- p. 111, 4 行 「彼女らに角が生えた」→「彼女らの角が落ちた」
- 同, 17 行 「彼女らの角は未成熟のままに留まった」→「彼女らの角は落ちた」
- p. 112, 9 行 permette → promette
- p. 132, 4 行 dīkṣa → dīkṣā
- p. 148, 18 行 Sindhukṣid → Sindhukṣit
〔訳注:p. 111 の訂正は本文の意味を大きく変えるものである。原著本文は「十二か月目に……彼女らに角が生えた」「彼女らの角は未成熟のままに留まった」とするが、正誤表に従えば「十二か月目に……彼女らの角は落ちた」「彼女らの角は落ちた」と読むべきである。これは tūparāḥ(角なき牝牛)という梵文の語とも整合する。本訳では原著本文のままとし、ここに正誤表の指示を記す。〕
§目次〔原著 p. 183〕
| 頁 | |
|---|---|
| 序 | 1 |
| 略号表 | 1 |
| 序論 | 3 |
| I. 供犠の神 Prajāpati | 13 |
| II. 供犠と神々 | 36 |
| III. 供犠の機構 | 77 |
| IV. 供犠と道徳 ── 神 Varuṇa | 152 |
| 索引 | 173 |
| 正誤表 | 182 |
〔奥付〕Le Puy ── R. Marchessou 印刷所、Carnot 大通り 23 番地。
〔巻末広告〕Ernest Leroux 書肆(パリ、Rue Bonaparte 28)刊『高等研究院叢書・宗教学部門』および『年次報告』の既刊目録。訳出を省略する。