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古代インドの新月満月祭 A. Hillebrandt 著/日本語全訳
原書頁

古代インドの新月満月祭 ― その最も単純な形態において

写本資料を用いて叙述せる
哲学博士 Alfred Hillebrandt(Breslau 私講師)著
Jena / Gustav Fischer 書店(旧 Fr. Mauke 書店)/ 1879 年

Alfred Hillebrandt, Das altindische Neu- und Vollmondsopfer
in seiner einfachsten Form
.
Jena: Gustav Fischer (vormals Fr. Mauke), 1879.

Stenzler 教授博士に

1879 年 9 月 12 日、その黄金博士記念祝典に際し

敬慕の徴として

§凡例(訳者付記)

  • 本ファイルは、Alfred Hillebrandt, Das altindische Neu- und Vollmondsopfer in seiner einfachsten Form, Jena 1879 の全訳である。
  • OCR に由来する誤読が随所にあり、とくにサンスクリット引用文は毀損が著しい。原綴を推定しえた箇所は IAST により整えたが、確定しがたい箇所は原文の綴りのまま残し、必要に応じ〔読み不確定〕【?】【読み不確実】等と注記した。
  • サンスクリット語・パーリ語等はすべて IAST により示し、カタカナ転写は用いない。学者名も原綴のまま示す。底本の旧式転写(â, î, û, ṛi, ç, sh, x 等)は IAST に正規化した(â→ā, î→ī, û→ū, ṛi→ṛ, ç→ś, sh→ṣ, x→kṣ)。
  • 原著の頁付は【p. …】の形で本文中に明示する。ローマ数字は原書の序数頁である。
  • 原註は各原頁の下部に、原著の番号のまま 1) 2) … として置く。本文中の参照記号は上付きの N) に統一した。前頁から続く註は〔前頁よりの続きの註〕として示す。
  • 訳者による補足は〔 〕で示す。
  • Hillebrandt 自身の略号は原則としてそのまま用いる。主なものは以下のとおり。
    • Kāt. = Kātyāyana Śrauta-Sūtra / Āp. = Āpastamba / Baudh. = Baudhāyana / Bhār. = Bhāradvāja / Hir. = Hiraṇyakeśin / Śāṅkh. = Śāṅkhāyana / Āśv. = Āśvalāyana / Vait. = Vaitāna
    • Comm. = 註釈 / Paddh. = Paddhati(祭式手引書)/ Pray. = Prayoga(祭式実修書)/ Mscr., Msc. = 写本 / Mahīdh. = Mahīdhara / Mahād. = Mahādeva
    • Śat. Brāhm. = Śatapatha-Brāhmaṇa / T. S. = Taittirīya-Saṃhitā / T. Br. = Taittirīya-Brāhmaṇa / V. S. = Vājasaneyi-Saṃhitā / RV. = Ṛgveda / AV. = Atharvaveda
    • DP = darśapūrṇamāsa(新月満月祭)

§序言

以下の紙葉に含まれる試みは、ヴェーダの śrauta 儀軌に属する一祭式を叙述せんとするものであって、私の知るかぎり、この詳細さをもって企てられた最初のものである。この事情が、援用した資料——その一部は写本の形でしか存在しない——のもたらす大きな困難と相俟って、私の仕事の多様な弱点に対する寛恕を乞う私の願いを、空しからしめぬことを希望する。

インド文献という広い領域のうちで、儀軌研究よりも興味深い主題を見出すことは難しくない。しかしこの観点は、祭祀が古代インド人の思考と生活のうちに占める卓越した地位に対しては、後景に退かざるをえない。私を祭祀儀礼の研究へと促した主要な問題は、ヴェーダ歌謡の根底に横たわる儀軌はいかなるものか、という問いであった。というのも、この問題は、最も重要な諸祭式が明瞭に我々の眼前に置かれぬかぎり、いかなる方向においても決着をみることができないからである。もっとも darśapūrṇamāsa-iṣṭi は、その解答に寄与するところ比較的最も少ないであろう。しかしそれにもかかわらず、私がとりわけこれを選んだ理由については、弁明を要しないであろう。すなわちそれは、agnyādhāna や agnihotra よりも変化に富んだ像を呈しながら、しかも soma 祭ほどには複雑でない。加えてそれは、他の一連の iṣṭi 群の基本形をなすのであって、それゆえその研究は、以後のあらゆる叙述にとって必然的な出発点とみなされねばならぬのである。

私が追求したのは純粋に儀軌上の関心であったから、他種の観点は傍らに置いた。したがって、私の論考に先立つ緒言は、

新月満月祭に何らか結びつく問い——思弁的、天文学的、その他の性質のもの——の論究を含むものではなく、ただその名の示すとおり、研究の過程で私に生じた個々の所見の一連を含むにすぎない。

祖霊祭(manenopfer)は除外した。これについてはすでに Donner による周到な論考があるからである。また darśaśrāddha すなわち母神への供物のごとき小規模な献供のいくつかも除外した。これらは私が用いた śrauta-sūtra の諸部分には言及がなかった。祭場の記述と図(187 頁以下)を加えることによって、多くの希望に応ええたことを望む。

最後に、私の仕事に好意をもって関わってくださった諸氏——枢密顧問官 v. Böhtlingk 氏、Bühler 教授、Garbe 博士、Rost 博士、枢密顧問官 Stenzler 氏、Thibaut 教授、Weber 教授、ならびに王立プロイセン文部省および München の王立バイエルン宮廷国立図書館——に、深甚の謝意を表する。

1879 年 9 月、Breslau 近郊 Gross-Nädlitz にて

Alfred Hillebrandt

§緒言的所見

「新月満月祭」という名称は二つの独立した祭式を指す。前者は新月に、後者は満月に行われる(cf. Kātyāyana Śrauta Sūtra 1, 7, 4 註共に; Āpastamba Śr. S. は Müller, ZdDMG. IX, LVI. No. 62. 63 に拠る; Hiraṇyakeśin Śr. S. 1, 3)。

満月祭における主供物、および sāṃnāyya(すなわち酸乳と甘乳の献供)を伴わずに行われる新月祭における主供物は、米粉または大麦粉から作られる二個の菓子と、一つのバター献供、すなわちいわゆる upāṃśuyāja とから成る。最初に献ぜられる菓子は両祭においてともに Agni に属し、それに続く upāṃśuyāja は、ある者によれば Viṣṇu に、他の者によれば Prajāpati に、また他の者によれば Agni-Soma に属する——これについては 84 頁註 4、99 頁註 4、111 頁を参照せよ。最後に供せられる第二の菓子は、新月祭においては Indra-Agni に、満月祭においては Agni-Soma に属する1)。darśa-iṣṭi においては、第二の菓子の代わりに酸乳と甘乳とによる乳献供が置かれうる。いずれの形式を選ぶかは、まったく祭主の随意に委ねられているわけではない。Kāt. 4, 2, 45. 46 は、soma 祭を行う者は sāṃnāyya を献ずべきであり、他の者は随意に振る舞ってよい、と述べる。Āpastamba はその Paribhāṣā の第 75、76、78 において、sāṃnāyya 祭は soma 祭者にのみ、他の者には菓子祭のみを規定する。これは教義上の相違であって、高い古さを認めねばならぬものである。すでに Taittirīya-Saṃhitā 2, 5, 5, 1 は、soma 祭を行わずして sāṃnāyya を献ずる者を激しく非難し、かかる者を窃盗の罪ありとする。

これと正反対の立場を代表するのが Śatapatha-Brāhmaṇa(1, 6, 4, 11)であって、そこでは soma 祭を行わぬ者に sāṃnāyya を献ずるのを禁ずる者たちが論駁されている。sūtra 群においては、これらの相違は——後世の改訂の結果であるか否かは私には分からぬが——すでに緩和を蒙っている。Āp. Śr. S. 1, 14 は nāsomayājī saṃnayet の後に緩和的な語 saṃnayed vā を付加する。Bhāradvāja は両説の同権を次の語をもって認める: nāsomayājī saṃnayed iti vijñāyate | saṃnayed ity ekeṣām(1, 15)。Hir. は 1, 12 に言う: nāsomayājī saṃnayet | atho khalv āhuḥ kāpeyāḥ saṃnayam evāsomayājī neti——写本がここで正しいとすればであるが。

この dadhi と payas から成る献供を受ける神は Indra あるいは Mahendra である。Kāt.(cf. 4, 2, 25 および註、ならびに 1, 8, 35 の註)によれば、最初の一回に限りいずれかを選びうるが、一たび選んだ神には生涯にわたり献供せねばならぬ。Vājasaneyin らがさらに細かい区別を設けるか否かは、私には分からない。Taittirīya 派がそうすることは確かである。Āp. 1, 14 には言う: nāgataśrīr māhendraṃ yajeta trayo vai gataśriya ity uktam, aurvo gautamo bhāradvājas te 'ntaraṃ somejyāyā māhendraṃ yajeran | yo vā kaścit。Hir. 1, 12: aindraṃ sāmnāyyaṃ someneṣṭvā māhendraṃ yajetāpi vā saṃvatsaraṃ dvau vendram iṣṭvā 'gnaye vratapataye 'ṣṭākapālaṃ nirupya kāmaṃ māhendraṃ yajeta | aurvo gautamo bhāradvājaḥ śuśruvān grāmaṇī rājanya iti sarvatra kāmaṃ māhendraṃ yajet。Bhār. については私の写本は不十分であるが、彼は 1, 15 を次の語で結ぶ: tasmād yaḥ kaścana someneṣṭvā māhendraṃ yajeteti vijñāyate。さらに Mānava(Paddh. S. 308, 12)、Taitt. Saṃh. II, 5, 4, 4. 5 および II, 5, 5, 1、Āśv. Gṛh. S. 1, 10, 4 に対する Stenzler、Weber, Ind. Stud. 10, 20. 150 を参照。

これらの献供はいわゆる āvāpa(挿入供)である。それは祭ごとに変化しうる可変性をもち、これに対して darśapūrṇamāsa 祭の諸 vikṛti においても反復される固定的な副次部分(Nebenglieder)がある。āvāpa は二つの Ājyabhāga と Agni-Sviṣṭakṛt 供との間に挿入される。Śāṅkh. 1, 16, 1 に言う: antareṇājyabhāgau sviṣṭakṛtaṃ ca yad ijyate tam āvāpa ity ācakṣate | tat pradhānaṃ tadaṅgāni itarāṇi。この挿入供に先立つのは二つのバター注ぎ(āghārau)、および五つの prayāja であって、これらは順次 Samidh(1)、Narāśaṃsa ないし Tanūnapāt(94 頁参照)(2)、Iḍ(3)、Barhis(4)、Soma と共なる Agni・Agni・Viṣṇu ないし Prajāpati

ないし Agni-Soma(99 頁註 1 参照)、Agni-Soma ないし Indra-Agni ないし Indra あるいは Mahendra(5)(99 頁参照)に献ぜられる。また前述のとおり、Agni と Soma とに属する二つのバター分(ājyabhāgau)がある。āvāpa に続いて Agni Sviṣṭakṛt への献供が、これに三つの anuyāja が続き、それらは順次 Barhis、Narāśaṃsa、Agni Sviṣṭakṛt に属する。さらに Soma、Tvaṣṭṛ、Devānāṃ patnīḥ1)、Agni Gṛhapati に対する四つの patnīsaṃyāja があり(ある者にあってはなお個々別の献供が、祭主が特定の願いを抱く場合に加わる)、その他に saṃiṣṭayajus2)がある。

これら主供物・副供物について、私が閲した全ての sūtra および prayoga は最も精確に一致する3)。ただ一つの例外は Baudhāyana であって、もし私の推測が正しければ、彼は sāṃnāyya 祭において乳のほかになお菓子の献供をも規定する4)。両者の一致はさらに大きく、以下の叙述が十分に示すとおり、僅かの例外5)を除いて多くの個別行為にまで及ぶ。ただこれら個々の行為の遂行と順序においては、しばしば相違が認められる。私はその際もちろん、改訂上の相違は度外視している6)。ここから、すべての学派が一つの、しかもすでに完全に発達した形態の新月満月祭に遡る、という確実な結論が得られる。

さらに、すでに brāhmaṇa 文献もまた、問題の祭式について概して同様に完成した形態を知っていたことが示されうる。Śat. Brāhm. 11, 2, 6, 10 は満月祭のために、諸献供を総括して次のように数え上げる: tā ekaviṃśatir āhutayaḥ | dvāv āghārau pañca prayājā dvāv ājyabhāgāv āgneyaḥ puroḍāśas tad daśa 'gnīṣomīya upāṃśuyājo 'gnīṣomīyaḥ puroḍāśo 'gniḥ sviṣṭakṛd idā trayo 'nuyājāḥ sūktavākaś ca śaṃyorvākaś cātha yad evādaḥ patnīsaṃyājeṣu saṃpragṛhṇāti saṃiṣṭayajuś ca。Śat. Brāhm. 11, 4, 1, 4 には: sa vai gautamasya putra vṛto janaṃ dhāvayet | yo darśapūrṇamāsayor aṣṭau purastād ājyabhāgān vidyāt pañca madhyato havirbhāgān ṣaṭ prājāpatyān aṣṭā uparistād ājyabhāgān。八つの purastād-ājyabhāga は 11, 4, 1, 10 に dvāv āghārau pañca prayājā āgneya ājyabhāgo 'ṣṭamaḥ と説明され、五つの中間の havirbhāga は saumya ājyabhāgaḥ — āgneyaḥ puroḍāśo 'gnīṣomīya upāṃśuyājo 'gnīṣomīyaḥ puroḍāśo 'gniḥ sviṣṭakṛt と、六つの prājāpatya は 11, 4, 1, 11 に prāśitraṃ cedā ca | yac cāgnīdha ādadhāti brahmabhāgo yajamānabhāgo 'nvāhāryaḥ と、後続の八つの ājyabhāga は trayo 'nuyājāś catvāraḥ patnīsaṃyājāḥ saṃiṣṭayajur aṣṭamam と説明される。

Kātyāyana と Śat. Brāhm. における儀軌のさらなる一致は、細部についても容易に論証しうる。後者の諸章を行為に即して配列し、これを以下に Kāt. に従って与える祭式の叙述と対置すればよい。いくつかの例がこれを示すであろう。

Śat. Brāhm. 1, 1, 1: 誓戒(observanz)への入り。祭主は Gārhapatya と Āhavanīya の間に東を向いて立つ。水に触れること。真実のみを語ること(1–6; これについては下記 5 頁参照)。樹木の果実を食すこと、Agāra に臥すこと(7–12; cf. 14 頁)。praṇītāpraṇayana(水を注ぎ、それを Gārhapatya 火の後方に置き、Āhav. の後方へ運ぶこと)。Āhav. と praṇītā の間には道がないこと(11–21; cf. 19 頁)。1, 1, 2, 1 以下。Śūrpa と agnihotrahavaṇī を取ること、それらを温めること(1–3; cf. 22 頁)。車あるいは鉢へ進み寄ること(4–8; cf. 22 頁)。

Dhur、Īṣā に触れること、havis を見ること、不浄物を投げ棄てること、yacchantāṃ pañca をもって havis を把ること、当の神格のために havis を把ること、残余に触れること、東を望むこと、降りること(10–22; cf. 23 頁以下)。havis を Āhavanīya ないし Gārh. の後方に置くこと(cf. 25 頁)、等々。

Śat. Brāhm. 1, 9, 1: sūktavāka への要請: iṣitā daivyā 等。hotṛ は「これは成就せり」の語をもってこれを行い、「Agni は供物を受け容れ、喜べり」の語をもって結び、さらに神格に応じて続ける(1–10; cf. 142 頁)。次いで祝福の言葉が続く。śaṃyuvāka(24 以下、cf. 147 頁)。1, 9, 2, 1 以下。patnīsaṃyāja。それを献ずるための adhvaryu の特別の道。四神格(Soma, Tvaṣṭṛ, Devānāṃ patnīḥ, Agni Gṛhapati)。バターがその供物であること。それらは低声で献ぜられること(1–13)。バターによる iḍā をもって結ぶこと(14; cf. 159 頁)。Juhū 中の、Sruva 中の、Sthālī 中の veda 茎に膏を塗ること(16; cf. 159 頁)。茎を投げ棄てること、触れること(17; cf. 160 頁)。adhvaryu と āgnīdhra との対話、śaṃyor brūhi をもって結ぶこと(18; cf. 160 頁)。agnir adabdhāyur aśītamaḥ のための献供(20; cf. 160 頁)。veda を解くこと(21–23; cf. 162 頁; 二つの juhoti と piṣṭalepa-āhuti は言及されていない)。それを撒くこと(24; cf. 165 頁)。saṃiṣṭayajus(25; cf. 168 頁)。Barhis の献供(29; cf. 169 頁)。praṇītā を注ぐこと(32 以下; cf. 170 頁)。phalīkaraṇa の rakṣas への献供(34. 35; cf. 171 頁)。1, 9, 3, 1 以下: 満たされた器を注ぎ、水を一 añjali で受けること(1–6; cf. 171 頁)。地・空・天における三つの Viṣṇu 歩(8–12; cf. 171 頁)。東と太陽を望むこと(13–16; cf. 172 頁)。太陽の道への転回(17; cf. 173 頁)。Gārhapatya を敬すること(18. 19; cf. 173 頁)。太陽の道への転回(20; cf. 173 頁)。子の名を称すること(21; cf. 173 頁)。Āhavanīya 火を敬すること(22; cf. 174 頁)。誓戒を解くこと(23; cf. 174 頁)、等々。

Taittirīya Brāhmaṇa については、Bibl. Ind. 版の付録にある "contents of the third book of the Taittirīya Brāhmaṇa"(S. 4–22; S. 25–27; S. 33 以下)を参照されたい。

Ṛgveda の歌謡そのものの中に、私はこの祭式の痕跡を追跡しなかった。新月満月祭の名がそこに見出されぬということは、havis 祭の形式がそこでまだ知られていなかったことの証明にはならない。なぜなら darśapūrṇamāsa-iṣṭi は、新月あるいは満月に献ぜられる

祭ではないからである。もっとも黒 Yajurveda の śākhā においては、主供物に続いて二つの単純なバター供、いわゆる pārvaṇau homau が両月相に対して行われる。しかしこれらは決して祭の中心とはみなされえず、むしろ例えば piṣṭalepa-āhuti と同様の従属的地位を、また anuyāja や patnīsaṃyāja 等よりも低い地位を有する。このことは、Kātyāyana がこれに全く言及しないことからもすでに明らかである。これらは後になって儀軌に取り入れられたもの、おそらくは gṛhya-sūtra から借りられたものと推測しうる。というのも、月の特定の日に常に反復される献供にあっては、それらの日の守護霊への献供をこれに結びつけたいという要求が生じえたからである。この種の要求は、少なくとも Śat. Brāhm. 11, 2, 4, 8 の次の語から読み取ることができる: tad āhuḥ | yan na pūrṇamāsāyeti havir gṛhyate na darśāyeti havir gṛhyate na pūrṇamāsāyānubrūhi na darśāyānubrūhi na pūrṇamāsaṃ yaja na darśaṃ yajety atha kenāsya darśapūrṇamāsāv iṣṭau bhavata iti sa yan manasāghārayati mano vai pūrṇamās tena pūrṇamāsaṃ yajaty atha yad vācāghārayati vāg vai darśas tena darśaṃ yajaty eteno hāsya darśapūrṇamāsāv iṣṭau bhavataḥ

かかる事情のもとでは、私の見るところ、まずヴェーダの歌謡を、祭ごとに反復される契機に留意して吟味し、個々の祭の個性、特定の神名や時期等々には後に注意を向けるのがよいであろう。多くのもの、例えば yājyā 詩節を導く定型句 ye yajāmahe がイラン側にも見出されることは周知である。菓子供がすでにアーリヤ時代に属したことは、少なくともイラン人の darun 儀礼(cf. Haug, Arda Viraf I, 147 註, Essays² 285. 407)とインド人の puroḍāśa 儀礼とから推論しうる。しかし私の見るところ、Ludwig——彼はその「Mantralitteratur」において一定数の表現と名称を大いに功績ある仕方で蒐集した——や他の人々が想定するように、Ṛgveda において祭の個々の場面や経過に対する適切な表現が常に見出されると期待すべきではない。インドの詩人たちが事物をできるだけ多様な名で呼び、直接に名指すよりも婉曲に述べようとする傾向をもつことからすれば、多くのものが暗示や詩的な覆いのうちに隠されており、それを

儀軌に通じたインド人が見出すのは、我々にとってほど骨の折れることではなかったであろう1)

もちろん私は、一つの havis 祭の研究だけではこの目標に到達しえぬこと、agniṣṭoma の叙述こそはるかに大きな意義をもつであろうことをよく承知している。しかし darśapūrṇamāsa の叙述はこの種のあらゆるさらなる試みにとって必然的な出発点であり、基礎が広ければ広いほど、我々はいっそう確実に目標へ到達しうると信ずる。

新月にも満月と同じく二つの日が属する。すなわち一方の月半の第十五日ないし最終日と、他方の第十六日ないし第一日である。前者がより重要とされ、後者、いわゆる pratipad は両日のうち重要度の低い日とされる(Kāt. 2, 1, 1 の註)2)

満月祭の祝祭は両日にわたることも、あるいは一日、すなわち第二日に限ることもできる。前者の場合には、導入儀礼の一部、すなわち火の取り出しと重ね置きとが第十五日に行われ、その日に祭主は同時に、後に詳述する一定の制限を自らに課さねばならぬ。彼はすでにこの日を斎日とみなさねばならない。すなわち一定の食物しか摂ってはならず(cf. 4 頁註 2、14 頁)、真実のみを語らねばならず、性交を慎まねばならず、pratipad へと渡る夜を Agāra において地上に過ごさねばならぬ、等々。第十六日の朝早く彼は agnihotra を献じ、brahman の選定をもってさらなる祭儀が始まる。

pūrṇamāsa-iṣṭi を一日のみで行う場合には、火の取り出しと重ね置きもまた、iṣṭi の他の部分と同じ日に行われる。斎食を摂ること、樹木の果実を食すること、Agāra に宿ることは、その機縁を欠くゆえに省かれる。Kāt. 2, 1, 16. 17 は祭を一日で行う許可を

二つの sūtra をもって与えるが、それらは種々に解される。I.「(満月祭においては)同じ日の早朝に(通常は二日にわたって行うべきものを行う)」。この解釈に立てば、明らかに随意に一日形式か二日形式かを選びうる。間接的にこれは、ある者たちにあっては選択肢が精確に規定されている(vyavasthitavikalpo 'yam iti kecit)という記述から帰結する。彼はまたその仕方についても、Kātyāyana の言を引いて述べる: saṃdhiś cet saṃgavād ūrdhvaṃ prāk paryāvartanād raveḥ sā paurṇamāsī vijñeyā sadyaskālavidhau tithir iti。すなわちこれによれば、両月相の合が saṃgava(すなわち Mahādeva によれば昼の第二の五分の一)の後、かつ正午前に生ずるならば、同一日が祭のために定められる。この種の満月について Āpastamba(Paribh. No. 66)もまた Vājasaneyin の特色として言及する(cf. Max Müller, l. c. LVII および Müller の説明)。これに関する Mahādeva の記述(Kāt. S. 173, 2)は、私には部分的にしか理解できない。

両 sūtra を一つと見るならば、第二の解釈が得られる。註釈によれば次のように訳さねばならぬ。II.「あるいは同じ日に(すべてを行うべし。もし)早朝に(第二日における斎の場合が生ずるならば)」。もし私がこれを註釈に従って正しく理解しているならば、その場合すべての儀礼は第十六日にのみ行われ、第二日を斎日として選ぶことになる1)。Āpastamba がこれに一致し、Bhāradvāja 1, 1 および Hiraṇyakeśin 1, 3 末もこれと一致する。Müller l. c. S. LVII Paribh. 64. 65 参照。

新月祭についても一日に限定する可能性を示す記述を、私は知らない。sāṃnāyya を伴って行われる形式については、二度の搾乳ゆえに確かに想定しえない。もう一方の形式についても、祖霊祭が第一日の午後に行われ、それに agnipraṇayana および agnyanvādhāna が先行せねばならぬ以上、きわめて起こりがたいことである。

叙述そのものに関して言えば、新月満月祭は私によって次の仕方で扱われた。すなわち Kātyāyana の sūtra を前景に置き、他の sūtra 作者の見解を註記の形でこれに結びつけた。この方法が私にとくに推奨されると思われたのは、この仕方によれば行為の順序がより容易に見渡され、それによって儀礼のより大きな一覧性が得られるからであって、もしすべての śākhā を本文中に相互に対置していたならば、そうはいかなかったであろう。

私が Kātyāyana をいかに用いたか、また用いざるをえなかったかについては、若干の説明を要する。しばしば単なる暗示に留まり、詳細な記述をまったく避ける sūtra 体の大きな簡潔さは、彼にあっては他の作者よりもいっそう簡潔かつ精確であり、それは第一巻に含まれる多数の Paribhāṣā によって可能となっている。したがって彼を一儀礼の叙述に用いようとすれば、これらを広汎に援用せねばならぬ。一例をもってこの手続きを Śrautasūtra について説明しよう。

Kāt. 3, 3, 23 において、二つの主供物、すなわち Agni への菓子と Agni-Soma への菓子とは、ただ havirbhyāṃ ca (carati) の語のみをもって規定される。Paribhāṣā からこれに次のものを補わねばならぬ。1)1, 9, 13. 15 から、anuvākyā のための定型句 amuṣmā anubrūhi と、yājyā のための amuṃ yaja(hotṛsūtra には anuvākyā・yājyā の詩節が挙げられているからである)。2)1, 9, 8 から、彼はバターを下に敷き、その上に注ぐこと。1, 9, 11 から、菓子を切り取った箇所に再び注ぐこと。3)3, 1, 17 から、adhvaryu が祭場へ赴くべき道。4)1, 2, 6 から、彼が立ったままであること、また 1, 9, 18. 19 から、vaṣaṭkāra と同時にあるいはその後に献供を火中に注ぐべきこと。

かくも精確な表現をもつ sūtra が実践的必要に応ずるものでも、そもそもそれを目的としたものでもありえず、むしろそれらは、個々の行為に際して適用される規定を統一的に融合した、純粋に構成された学問的体系であることは明らかである。それゆえ実践的叙述にあたっては、学問的叙述を再び実践へと移す註釈と手引書とに立ち入って顧慮せねばならず、私は Weber により刊行された註釈、ならびに信頼しうると認められた Paddhati を、全面的に

利用した。それらは多くの場合 Paribhāṣā に遡り、その規則をその都度当該箇所において特殊化している。私がこれを認めた場合には、ほぼ一貫して当該の Kātyāyana sūtra を註に付加した。他の場合には、それらは他の sūtra の教えに依拠しているが、それらは必ずしも Kātyāyana と対立して扱われるのではなく、むしろ Kātyāyana——彼自身も他の sūtra を顧慮した——と同等に、時としてある種の補完とみなされているようである。このことは多くは Āp. その他からの引用によって認められる。私がその典拠を見出しえなかった箇所では、これほど困難な素材にあっては何かを見落とす可能性を考慮せねばならなかったゆえ、他所で実証されたそれらの導きに従った。かかる場合に、何が Kātyāyana ないしその註釈者に属するかについての統制を容易にするため、私は各行為に当該の sūtra を訳して註に付した。Kātyāyana に対して Āpastamba 等を扱ったのと同様に、私は Āśvalāyana に対して Śāṅkhāyana を扱った。したがって私が構成した新月満月祭は、僅かの例外を除いて、Kātyāyana(adhvaryu、āgnīdhra、brahman のため)と Āśvalāyana(hotṛ のため)の規定から成る。vedi の測量については、私は Baudhāyana に遡らざるをえなかった。他の śulva-sūtra が入手できなかったからである。

私が援用したその他の sūtra 書——それらは以下に掲げる、私の用いた写本目録に列挙されている——については、当然ながらその細部と相違のすべてを挙げることは不可能であった。行為が万人において同一である場合には、私はしばしば引用を付すのみで満足し、それによって当該の経過が彼らにあっても大体において同一であることを示唆した。ある sūtra が先に引用したものと長短の表現によってのみ異なる場合にも、私はしばしばこの方法を用いた。

写本からは以下の著作の当該箇所を筆写した。

Garbe 博士は好意により、私の Āpastamba 引用を、彼が着手した同書の Rudradatta 註付き刊本に照らして校訂してくださった。この機会を利用して、あらためて謝意を表する。

Āp. として引用。

Baudh. として引用。

Bhār. として引用。

Hir. として引用。

Śāṅkh. として引用。 —— Prayoga 類:

H. として引用。

Aᵃ および Aᵇ として引用。

B₁ として引用。

B₂ として引用。

以上が、私が部分的にきわめて立ち入って利用した写本である。他に折に触れ参照したいくつかは、ここには挙げなかった。

私に利用可能であった文献がこれによって到底汲み尽くされておらず、sūtra はもとよりとくに註釈がはるかに多く参照されえたであろうことは、よく承知している。私は Mānava Śrauta Sūtra(Haug No. 53)をも、もっとも表面的にではあるが通覧し、より詳しくは Bühler 氏の好意により Mānava Śrauta Sūtra への一註釈を、また個々の箇所で Hiraṇyakeśin への Vaijayantī Śrauta-Vyākhyā(Haug No. 39)を、同じく Āśvalāyana Śrauta Sūtra Siddhāntabhāṣya Vol. I(Haug No. 160)を参照した。最後に Rost 博士の厚意により Baudhāyana への Bhavasvāmin の註釈(IO. No. 1678 および Burnell 蒐集 196、No. LXXXVIII "a catalogue" 等)を入手したが、これらの著作を詳細に利用した場合に得られる利益が、費やされる時間と労力に見合うという確信を得ることはできなかった。すでに現在でも私の仕事は些末事に過剰であり、Kātyāyana への註釈と Paddhati とで大体において足りるからである。

他方、私は印刷された典拠のみに限定してよいとは考えなかった。しばしば長い労働がもたらす僅かな成果が、一再ならずこの思いを起こさせはしたけれども。しかし儀軌に関する最初の仕事にあたって、次の問いが生じた。すなわち「種々の sūtra 書は、規定に関して

大きな溝によって隔てられているのか、それとも少なくとも当面のところ、その最も重要な一つないし二つに限定することが可能か」と。そしてこれには、sūtra 相互の対置によってのみ答えることができた。この手続きは私を、一つの sūtra が一行為の叙述に十分であるという見解へ導き、その目的に最も適するのは Baudhāyana であると思われる。

しかし、より容易かつ迅速に我々を儀軌の理解へ導く第二の道がある。すなわち Prayoga、祭式手引書の刊行である。それらは常に一つの祭のみを、それ自体完結した統一体として叙述し、そのあらゆる細部を追う。この文献類型が置かれている低い評価に鑑み、私は今回この道を進む勇気をもたなかったが、私の資料の及ぶかぎり、私は絶えずその価値ないし無価値についての問いを念頭に置き、そして、祭式技法を知ろうと欲する者すべてにとっての出発点をそれらのみが形成せねばならぬ、という確信に至った。Prayoga は一般にきわめて新しいものとされ、私も、少なくとも現在の形においてはそれらが古い時代に属さぬことを争おうとは思わない。しかしそれらすべてを sūtra から成立したものとみなそうとするのは、私には行き過ぎと思われる。というのも sūtra はそれ自体、長い発展期の終わりを示すものであり、その編纂には個々の儀礼の完成と、確かにまたそれらの文献的定着とが先行していたはずだからである。しかしかかる文献は、Prayoga と本質的に異なるものではありえなかったであろう。Prayoga が部分的に最も精確に sūtra と一致し、ただそれらより実践的に配列されているのを見、他方 sūtra が古い祭式論書に遡ると想定せねばならぬとすれば、Prayoga がかかる古い祭式論書の直系の後裔であるという結論はきわめて近い。それらは学問的関係においては、そこから抽象された体系的な、それゆえいっそう学問的な sūtra 叙述の後方に退いたが、実践のためには全く不可欠であり続けた。というのも Kāt. によれば、インド人といえども一人で祭を行うことはほとんど不可能だったからである。

私は Prayoga を二群に分けたい。一つは個々の祭官あるいは祭官群の職能のみを叙述するもの、他は

すべての祭官を顧慮するものである。後者こそ、祭全体の経過について我々を啓発する点で、我々にとって専ら価値あるものである。私はその三例を知る。一つは agniṣṭoma に関するもので、Haug 目録 No. 117 に記載されているもの。他は上に No. 11 として挙げ、私がきわめて立ち入って利用したものである。その刊行を妨げるのは、遺憾ながら写本の誤謬の多さである。第三のものは Haug 目録 No. 91 に記載され、darśapūrṇamāsa 祭に属する。

結びに、祭を導入する祭官選定をここに置く。これを本文中に取り入れなかったのは、それが Paribhāṣā にも、また新月満月祭に関わる sūtra の諸部分にも記されていないからである。この目的のためには Prayoga B₁ を挙げるのが最も適切と思われる。

athāhitāgnikaraṇīyayor darśapūrṇamāsayoḥ prayogakramo 'bhidhīyate | yathoktānvādhānadine prātar agnihotraṃ hutvā yajamānaḥ śmaśrūpapakṣakeśalomāni vāpayitvā kṛtanakhanikṛntanānavanītābhyañjanāñjanaḥ pavanamantrācamanamantraproxaṇādyanantaraṃ vapanābhyañjanetarakarmabhir adhvaryuṇā saṃskṛtayā patnyā saha darbhāsane darbhān dhārayamāṇaḥ paścāttyabhāge gārhapatyasya prāṅmukha upaviśya prāṇān āyamya japati | yāḥ purastāt — ārabhe | devā gātuvida ityādy — enad dhṛdaye niviṣṭam ityantaṃ japitvā | amāvāsyāyāṃ svargakāma amāvāsyena haviṣā yakṣya iti trir upāṃśu trir uccair vadet | evaṃ paurṇamāsyena haviṣā yakṣya iti1) tan ma ṛdhyatāṃ | tan me saṃṛdhyatāṃ tan me saṃpadyatāṃ kāma iti yajamānenokte 'dhvaryvādayas tat ta ṛdhyatām — kāma iti pratibrūyuḥ || oṃ tatheti yajamānaprativacanam || tato yajamāno devatāsaṃkalpaṃ karoti | amāvāsyaṃ haviḥ | vrīhimayaḥ puroḍāśo dravyam | aindraṃ māhendraṃ vā dadhipayaś ca | agnīṣomāv ājyabhāgau | agniḥ prajāpatir …2) pradhānadevatāḥ | indrasthāne mahendro vā | asomayājina indrasthāna indrāgni | pañca prayājās trayo 'nuyājāś catvāraḥ patnīsaṃyājāḥ | evam ātmakena sāṅgopāṅgena karmaṇā śvo yakṣye | asmin karmaṇy adhvaryuṃ tvām ahaṃ vṛṇe || bhaviṣyāmīti prativacanam || tato viharaṇapakṣa āyatanopalepanāgniviharaṇānantaraṃ yajamāno 'dhvaryur vānvādhānaṃ kuryāt.

B₂ ははるかに詳細である。清めや灑水等に関わる真言をことごとく詳しく挙げるからである。すなわち: āhitāgnir anvādhānadine prātar agnihotraṃ hutvā śmaśrūpapakṣakeśalomanakhāni vāpayitvā kṛtasnānānavanītābhyañjano 'rhavāsāḥ snātaiḥ patnyadhvaryvādibhiḥ1) saha pratyekaṃ saptabhiḥ saptabhir darbhapiñjūlair mukhaṃ nābhiṃ gulphau ca saṃmṛjya darbhān samuccitya proxyodaṅ nirasyati | tat pavanam | āpo hi ṣṭheti tisṛbhis trir apaḥ pibed vyāhṛtibhir mukham unmṛjed etad vā viparītaṃ tan mantrācamanam | tataḥ śeṣaṃ samāpya mantraproxaṇaṃ karoti; ついでこの目的のための一連の詩節が続き、その後にさらに次のように言う: iti mantraproxaṇaṃ kṛtvā pavanādibhir adhvaryuṇā saṃskṛtayā patnyā saha vedyutkarāv antareṇa praviśya gārhapatyasya paścād darbhān āstīrya teṣu dakṣiṇataḥ patny uttarataḥ svayaṃ taduttarataḥ snātā varaṇārhāḥ prakṣālitānārdramalinā2)śvetavāsasaḥ3) pavanādisaṃskṛtā ṛtvija ity | evaṃ prāṅmukha4) upaviśya patnyā saha darbhān dhārayamāṇaḥ prāṇān āyamya japati | yāḥ purastāt — ārabhe | devā gātuvido — prayujyatām。次いで再び一連の詩節が続き、それは enad dhṛdaye niviṣṭam をもって結ばれ、これに僅かに異なる仕方で、いかなる祭を行おうとするかの説明、devatāsaṃkalpa、および adhvaryu の選定とが接続する。その末尾には言う: bhaviṣyāmīty uktvā tīrthena praviśya jaghanena gārhapatyam upaviśya japati | iḍā devahūr — prayujyatām; これに続いて火の取り出しが行われる。

かなり詳細ではあるが、前述のものとはやや異なるのが Pray. Aᵇ である。Aᵃ はこれに対しきわめて簡潔である。その招請定型句は次のとおり: asyām iṣṭyām adhvaryuṃ tvāṃ vṛṇīmahe | vṛto 'smi kariṣyāmīty adhvaryuḥ。彼にあってもここで火の取り出しが続く。

§第一部 導入儀礼

第一日の朝、agnihotra 祭ののち、Āhavanīyakhara(炉床)において、火を受け入れるべく地面を準備するいわゆる五つの bhūsaṃskāra を行わねばならぬ。adhvaryu は darbha 草をもって三度 khara を掃き、その際、東または北で終えるようにする。次いで同じ場所に三度牛糞を塗り、sphya をもってその上に、khara の広がりに応じて三本の線を引く。それは東向きにするならば第一の線を南に、最後の線を北に、北向きにするならば第一の線を東に、最後の線を西に引く。次いでそこから薬指と親指とで塵を取り、三度水を灑ぐ。同じ仕方で dakṣiṇa 火の khara においてもこの五つの saṃskāra を行う1)

これに続いて、Gārhapatya 火から他の二火が取り出される。adhvaryu は「新月の(あるいは満月の)iṣṭi のために、私は Gārhapatya から Āhavanīya を取る」と念じつつ(manasi saṃkalpya)、破片(karpaṭādinā)等をもって Gārhapatya から火を取り、これを東方の Āhavanīyakhara に置く。同じ仕方で彼は火を Dakṣiṇakhara へ運ぶ2)

さて次に続く火の重ね置き(nachlegen)は、Kāt. によれば adhvaryu または祭主1)によって種々の仕方で行われる。これを行う者は六本の薪を右手に取り、左手に sphya を持ち2)

I. 次のように唱える——「Agni よ、汝が呼ばれるとき、輝きは我にあれ。汝の身体を燃え立たせる我らは栄えんことを。四方は我に傾かんことを。汝と共に、勝者として我らはあらゆる戦いに勝たんことを」(RV. 10, 128, 1)。そして呪文の終わりに3)一本の薪を Āhavanīya 火に置き、黙して第二の薪を置く。同様に二本の薪を Gārhapatya 火に、次いで二本を Dakṣiṇa 火に置く4)。あるいは

II. 彼は bhūr をもってまず一本の薪を Gārhapatya 火に置き、黙して第二の薪を。bhuvaḥ をもって一本を Dakṣiṇa 火に、黙して第二の薪を。svar をもって一本を Āhavanīya 火に、同じく黙して第二の薪を置く。あるいは

III. 黙して二本ずつ同時に Gārhapatya 火に、次いで同様に Āhavanīya 火に、次いで Dakṣiṇa 火に置く1)

この日、肉と性交とを慎まねばならぬ祭主2)は、頭髪と鬚とを

剃らせるか否かは随意であり、満月祭においては午後に斎食を摂る。これに対し新月祭においては、午後1)に始まる祖霊祭がこの食事に先立つ(Paddh. S. 307, 2 v. u.)2)

満月祭においては食事の後に誓戒(observanz)に入りうるのに対し、新月祭においてはそれに先立って3)なお枝の切り取りが行われねばならぬ。すなわち甘乳と酸乳の献供(sāṃnāyya)が行われる場合である。かかる献供が行われぬときは、枝の切り取りは

省かれる。乳を得るために仔牛を追いやる必要がないからである。それゆえ sāṃnāyya を伴う新月祭においては、adhvaryu は「食物のために汝を」あるいは「食物のために汝を我は切る」あるいは「滋養のために汝を」あるいは「滋養のために汝を我は切る」の語をもって、śamī または palāśa の木から、北東または東または北に伸び、葉が多く、先端が枯れていない枝を切り取る1)。ある者の見解によれば、iṣe tvā をもって切り、ūrje tvā をもって滑らかにする。—— 祭主は Kāt. によれば、いまや誓戒に入りうる。彼は sphya を取り、Gārhapatya と Dakṣiṇa の間を通って Āhavanīya 火の後方へ行き、その際顔を東に向ける。火を見つめ、右手で水に触れつつ彼は誓戒に入る。それは次の呪文をもって行われる——「Agni よ、誓戒の主よ、我は誓戒に入らん。それを我はよくなしうるように。それが我において成就するように」あるいは「ここに我は不真実より真実へと歩む」2)。ここより以後

彼は真実のみを語ってよく、このことは祭式行為の一部分とみなされる(剃髪等の、個人に関わる行為とは区別される。Kāt. 2, 1, 12)。続いて1)

新月祭においては——sāṃnāyya が献ぜられる場合——夕の搾乳のために仔牛を追いやることが行われる。母牛を仔牛と共に置いた後、彼は言う——「汝らは風なり」あるいは「汝らは風なり、来たれる(?)ものなり」と。そして先に切り取った枝で仔牛に触れ、それをもって追いやる。牝牛を仔牛から引き離した後、彼は言う——「神 Savitṛ が汝らを最上の業へと駆り立てんことを。汝らは犯しがたきものとして、Indra(あるいは Mahendra)1)のためにその分け前を膨らましめよ。子孫に富み、大小の災厄を免れた汝らの上に、盗人が支配を得ることなかれ、悪人もまたしかり。汝らはその主のもとに堅く、かつ数多くあれ」と。そして枝で牝牛の一頭に触れる2)。次いで adhvaryu は「祭主の家畜を護れ」と言い、Āhav. または Gārh. の東側ないし前面に枝を隠す3)

adhvaryu が黙して枝の下部を一 aratni の長さにわたって切り取り(註釈)、上部を

T. S. において行われる yajus の順序と一致して、Baudh. 1, 2 はいまや barhis の刈り取りを置く。同じく Āp.、Bhār.、Hir. も。彼らは前者と、はるかに大きな詳細さと若干の慣行とによって区別されるが、それらのうち若干を示唆するに留めざるをえない。Baudh. は全文をここに掲げる。1) atha jaghanena gārhapatyaṃ tiṣṭhann asidaṃ vāsvaparśuṃ vādatte, devasya tvā savituḥ prasave 'śvinor bāhubhyāṃ pūṣṇo hastābhyām adade iti。2) ādāyā 'bhimantrayate yajñasya ghoṣad asīti。—— Āp. にあっては第三の道具として役牛の肋骨(anaḍutparśu)が挙げられ、これは先の二つと共に予め北方 Gārhapatya のところに置かれるが、黙して取らねばならぬ。3) gārhapatye pratitapati T. S. 1, 1, 2b(Āp.: na parśum)iti triḥ。4) athāhavanīyam abhipraiti ib. c 以下 juṣṭam iti。5) iha barhir āsāda iti vedim pratyavekṣate。6) atha tāṃ diśam eti yatra barhir vetsyan manyate。7) darbhastambaṃ parigṛhṇāti yāvantam alaṃ prastarāya manyate devānāṃ pariṣūtam asīti。8) athainam ūrdhvam(asidena Pray.)unmārṣṭi varṣavṛddham asīti。9) asidenopayacchati 1, 1, 2g iti。10) acchinatty acchettā ib. h iti。11) acchidānāny abhimṛśati devabarhiḥ śatavalśaṃ viroheti。12) sahasravalśā vi vayaṃ ruhemety ātmānaṃ pratyabhimṛśati。13) sarvaśa evainaṃ stambaṃ lunoti。14) kṛtvā prastaraṃ nidadhāti pṛthivyāḥ sampṛcaḥ pāhīti。15) tūṣṇīm ata ūrdhvam ayujo muṣṭīn lunoti trīn vā pañca vā sapta vā nava vaikādaśa vā yāvato vālaṃ manyate。16) atha trir anvāhitaṃ kṛtvāpasalair āveṣṭayati。17) adityai rāsnāsīti tad udīcīnāgraṃ nidhāya tasmin prastaram abhisaṃbharati T. S. 1, 1, 2i iti。18) saṃnahyaindrāṇyai saṃnahanam iti。19) granthiṃ karoti pūṣā te granthiṃ grathnātv iti。20) sa te mā sthād iti paścātprāñcam upagūhati。22) athainad udyacchata indrasya tvā bāhubhyām udyaccha iti。23) śīrṣann adhinidhatte bṛhaspater mūrdhnā harāmīti。23) ety urvantarikṣam anvihīty。24) etyottareṇa gārhapatyam anaḍvaḥ sādayati devagaṅgamam asīti。25) tad uparīva nidadhāti yatra guptaṃ manyate。—— 28) tathaiva trir anvāhitaṃ śulbaṃ kṛtvaikaviṃśatidāru idhmaṃ saṃnahyati yat kṛṣṇorūpam 等 T. Br. 3, 7, 4, 8 から susaṃbhṛteti まで。次いで彼は veda の製作、次に vedi の製作を論ずる。vedi はある者によれば新月にはここで作られ、次いで午後に祖霊祭が行われる。上記 4 頁註 3 参照。Āp. はそれ以前になお upaveśa と śākhāpavitra とを作らせる(Āp. 1, 2–6; 7–10 祖霊祭; 11 以下 夕の搾乳の準備)。したがって私には、ここでも種々の時点が想定されていたと思われる。Kāt. においては枝の切り取りが śrāddha の後にはじめて行われる(cf. Paddh. S. 307, 2 v. u.)、すなわち午後であるのに対し、Baudh.、Āp. 等にあってはこれ、および prastara、idhma、veda、Āp. にあってはさらに upaveśa の製作が午前、祖霊祭の前に行われるように見える。私は次のことを注意する。行為の経過をきわめて周到に追う Prayoga B₁ もまた、まったく Baudh. と同じく祖霊祭を veda と upaveśa 等の製作の間に置く。Aᵃ は再び Āp. と同じ。——

一 prādeśa あるいはそれ以上残した後(Paddh.)、彼はその下部——それを彼は周囲から削り取る——から、一 aratni あるいは一 prādeśa の大きさで手の形をした upaveśa を、「汝は veśa なり」の語をもって作る1)。一 prādeśa の大きさで残された枝に、彼は二本ないし三本の、先端を備えた kuśa 草から成る pavitra を、「Vasu のために汝は pavitra なり」の呪文をもって結びつける2)

*) 新月において vedi 製作のために妥当する時期に関する見解については、下記参照。

NB. この箇所、すなわちこれら諸道具の作製の後に、Āp.、Bhār. においては祖霊祭の説明が続く。したがってこれまでのすべては、この儀軌によれば午前に行われたと思われる。

いまや献ぜられるべき夕の agnihotra は、sāṃnāyya を献ずる者にとっては、この夜も翌朝も、Yavāgū1)と称される煎汁をもって、しかも自ら2)、かつ同一の vihāra3)において行わねばならぬ。それが献ぜられると、牝牛の搾乳が続く。Baudh. 1, 3, 4 によれば、まず Gārhapatya の北に草が敷かれ、その上に四つの器——dohana、pavitra、および sāṃnāyyatapanyau sthālyau——が置かれ、これらに水が灑がれる。そして Baudh.(下記参照)がまず Sthālī を火にかけさせる等であるのに対し、Kāt. によればそれに先立って adhvaryu が(搾乳者に向かって)言う——upasṛṣṭāṃ me prabrūtāt「(仔牛と)共に置かれたる(牝牛)を我に告げよ」。搾乳者は言う——upasṛṣṭā4)!

adhvaryu は「汝は天なり、汝は地なり」(V. S. 1, 2)をもって Sthālī を取り、「汝は Mātariśvan の Gharma なり。汝は一切を含む。至高の住処によりて堅くあれ。汝は曲がるな、汝の祭主も曲がるな」(V. S. 1, 2)をもって、これを Gārhapatya 火1)にかける(その上で彼は、他の śākhā によれば、upaveśa をもって炭を北へ掻き寄せた後に)。次いで彼は「汝は Vasu の pavitra なり、百重を含むもの。汝は Vasu の pavitra なり、千重を含むもの」(V. S. 1, 3)の呪文を唱えつつ、pavitra をその先端を東または北に向けて2)Sthālī の上に置き、搾乳者に言う——「牝牛を搾れ」。そしてその時より黙する3)。śūdra であってはならぬ搾乳者は、まず追いやられた牝牛を木桶4)に搾り、次いで搾乳桶をもって乳を5)pavitra の上を通して、祭主が支える Sthālī の中へ注ぐ。その間 adhvaryu は低声に唱える——「神 Savitṛ が汝を、Vasu の百重を

含む、よく浄める pavitra をもって浄めよ」1)(V. S. 1, 3)。

大声で搾乳者に——「汝はいずれの牝牛を搾るや」2)

搾乳者——「NN(牝牛の名を対格で)」3)

adhvaryu——「これは一切の生命を含む」4)(V. S. 1, 4)。「upasṛṣṭāṃ me prabrūtāt

搾乳者——「upasṛṣṭā5)adhvaryu——「牝牛を搾れ」

搾乳者——第二の牝牛を搾り、上と同様のことが行われる。

adhvaryu(低声に)——「神 Savitṛ が……pavitra……」。大声で——「汝はいずれの牝牛を搾るや」

搾乳者——「NN」

adhvaryu——「これは一切を作す」

これが第三度も繰り返され、搾乳者は第三の牝牛の名を挙げ、adhvaryu は答える——「これは一切を保つ」。

続いて次の牝牛らが搾られる。その数は

祭主が所有する数、あるいは三頭である1)。仕方は先と同じであるが、ただ adhvaryu は声を放って唱え、祭主はもはや Sthālī に触れない。最後の、すなわち第六の牝牛が搾られると、adhvaryu は搾乳桶に若干の水を注ぎ、それを洗って言う——「rita に富める汝らよ、波と混じり合え、最も甘き汝らよ、甘美をもって混じりつつ、愛らしき汝らよ、富の獲得のために」。そして洗い水を Sthālī 中の乳の中央に注ぐ2)

次いで adhvaryu は火にかけられた乳鍋を北へ移し、真言を唱える——「Indra の(あるいは Mahendra の)分け前として、我は汝を soma によりて凝らしめん」。そしてその朝あるいは前夕の agnihotra から残った酸乳をそこに注ぐことによって、中の乳を凝固させる3)

土製でない器1)——上向きで水を含むもの——をもって、adhvaryu は Sthālī の乳を覆い、「Viṣṇu よ、供物を護れ」をもってこれを厳重に守られた場所に置き、枝をもって上述の仕方で、朝の搾乳のために仔牛を引き離す2)。いまや火の周囲に草を撒くことができ(下記参照)、次いで祭主は斎する。祭主が夕になお何か食べたいと望むならば、樹木の果実と野生の植物とを少しく口にする3)。pratipad へと渡る夜を、彼は妻と共に Gārhapatya 火または Āhavanīya 火のかたわらの地上で過ごす。

その際、註釈の言うとおり、敷物(āstaraṇa)は禁じられていない1)

NB. 満月祭が pratipad の日一日のみで行われる場合には、これまで叙述したすべての副次儀礼——火の重ね置き、agnyanvādhāna 等——は、他の儀礼と同じ日に行われる。斎食と野生の食物の食事、Agāra における宿泊は当然省かれる。その他のことは、剃髪等と同じく残る(註釈)。(ある者によれば、すべてを同日に行うか否かは随意に委ねられていることは、緒言で述べた〔註2〕。)

pratipad の日には、朝まず agnihotra が同じ vihāra において祭主自身により、しかも Yavāgū をもって献ぜられる。日の出前に彼は新月祭を、日の出後に満月祭を展開せしめる3)。Paddh. の記すところによれば、まず六つの座が設けられる。この記述は Kāt. によっては確かに裏付けられぬが、おそらく彼の一般規定 1, 10, 3 によって代替されているのであろう。個々の座は後に用いられるからである。

二つの座は brahman の選定のため——一つは祭主のため、一つは brahman のため——、vihāra の北に設けられ、

darbha 草が敷かれる。一つは Āhavanīya の南に brahman のため、その後方に第二の座が祭主のため、同様に Gārhapatya の北に一つが adhvaryu のため、さらに Āhavanīya の北に第二のものが設けられる。この後二者は praṇītā 水を運ぶのに用いられる1)

祭主は vihāra の北に顔を北に向けて坐し、左手に sphya を持ち、右手で東に向いて坐する brahman の右膝を握って言う——「NN の gotra に属し、NN という brāhmaṇa 名をもつ brahman よ、我らは新月の(あるいは満月の)iṣṭi を行わんと欲す。汝、地の主、世界の主、偉大なる創造の主よ、我らは汝を brahman として選ぶ」2)

brahman は、沐浴し、口を漱ぎ、祭紐をかけて3)、低声に唱える——「我は地の主、世界の主、偉大なる創造の主なり。Bhūr Bhuvaḥ Svar! おお神 Savitṛ よ、ここに彼は汝を、Bṛhaspati を brahman として選ぶ。これを我は霊に告ぐ。霊は Gāyatrī に、Gāyatrī は Triṣṭubh に、Triṣṭubh は Jagatī に、Jagatī は Anuṣṭubh に、Anuṣṭubh は Prajāpati に、Prajāpati は Viśve Devāḥ に(告ぐ)。Bṛhaspati は神々の brahman、我は人々のそれなり」。次いで彼は言う——「おお Vācaspati よ、祭を護れ」4)。かく語った後、彼はこの場所から Āhavanīya の前あるいは後を通って南へ5)、そこに設けられた座へ赴く。

これの北に、顔を東に向けて立ち、彼はその座を次の真言をもって見る——「おお Ahi Daidhiṣavya よ、汝より愚かなる者の座に、汝は昇るな。汝はその座に坐せ」1)。次いで彼は brahman の座から一本の草を Nirṛti(南西)の方角へ投げ棄てて言う——「我らの憎む者と共に、災いは投げ棄てられたり」。そして真言「ここに我は Bṛhaspati の座に、神 Savitṛ の命により坐す。これを我は Agni に告ぐ、これを Vāyu に、これを地に」をもって、顔を Āhavanīya 火に向けつつ brahman の座に坐る2)

ここより以後、brahman は anuyāja(3, 5, 1)への命令があるまで、あるいは分け前を回すこと(3, 4, 28)まで沈黙せねばならぬ。もし彼が過って世俗の言葉を語ったならば、贖罪として Viṣṇu への真言を唱えねばならぬ。同じことが adhvaryu にも妥当する3)。ここで祭主は誓戒に入りうる(2, 2, 5)。

adhvaryu は varaṇa 材から成る Camasa 杯を左手に取り、右手に持った水器から自ら水をそこに注ぎ、右手をもって杯を Gārhapatya の北に置き、その直後に杯あるいは水を yajus「汝は bhūta なり、我は bhūta を作らん」1)をもって握る。次いで彼は言う——「おお brahman よ、我は水を運ばん。祭主は黙せよ」2)

brahman は praṇītā についての命令を与える。(低声に)「運べ。祭と神々とを栄えしめよ。天の穹窿の背に祭主あれ。七人のよく行う ṛṣi の世界へ、そこへ祭と祭主とを運べ」。(大声で)oṃ ३ praṇaya3)

adhvaryu は G. の近くから杯を取り、Āhavanīya の北で、Vedi の外に(註釈および Paddh.)1)、praṇītā の杯を Āhavanīya と同一線上に、その近くの darbha の上に、次の真言をもって置く——「誰が汝を置くや(sthāpayati、Mahīdh.)。彼が汝を置く。誰のために彼は汝を置くや。彼のために彼は汝を置く」。次いでそれを darbha で覆う。Āhav. と praṇītā との間を通ることは許されない2)

これに続いて、祭主あるいは adhvaryu が darbha 草をもって火の周囲に草を撒く。その際、東から始め3)、Dakṣiṇa 火で終えるようにし、草の先端は東および北に向ける。Paddh. の記す仕方は次のとおりである。彼はまず Āhav. 火を東において、草の先端を北に向けて撒き、次いで南において先端を東に向け、次いで西において先端を北に向け、最後に北において先端を東に向けて撒く。同様にして Gārhapatya と Dakṣiṇa の草撒きが行われる4)

次いで adhvaryu あるいは祭主1)は、Gārhapatya あるいは Āhavanīya の北または西——彼がそのいずれで煮るかによる(上記参照)——に、あらかじめ darbha を敷いた上に2)、祭具を用いられる順に、二つずつ据える。その際次の方式が守られる。すなわち彼は北で終えるように、それが不可能なら東で終えるようにする。北に据える場合は先端を東に向け、西に据える場合は東ないし北に、先端を北に向けて据える3)。sāṃnāyya を献じない新月祭、および満月祭においては、次の祭具が据えられる。a) Śūrpa と Agnihotrahavaṇī。b) Sphya と、8 片および 11(12)片から成る二つの菓子のための 19(20)の Kapāla。c) Śamyā と Kṛṣṇājina。d) Ulūkhala と Musala。e) Dṛṣad と Upalā。その他の器具——sūtra はこれを arthavac ca をもって示唆するに留める——は、註釈と Paddh. により次のように挙げられる。f) 車と鉢、米と大麦のいずれを取るかに応じて: α) 車と米、β) 車と大麦、γ) 鉢と米、δ) 鉢と大麦。g) Pavitracchedana と二つの Pavitra。h) varaṇa 材から成る Upaveśa ないし Dhṛṣṭi と、混合用の水。i) Ājyasthālī と Ājya。k) veda に用いる kuśa

草束と、Dakṣiṇā として用いられる Anvāhārya-taṇḍula。l) darbha 草と Abhri。m) Idhma と Barhis。n) Sruva と Juhū。o) Upabhṛt と Dhruvā。p) 拭い布と二つの Prāśitraharaṇa。q) Śṛtāvadāna と、二つの菓子のための菓子皿(ある者によれば二つ、Karka 等はこれを非とする1))。r) Yoktra と Yūnakuśa。s) 三つの Paridhi と、kuśa を敷いた Hotṛ 座。t) Iḍāpātrī と Ṣaḍavatta。v) Antardhānakaṭa と Pūrṇapātra。最後になお、祭の終わりに用いられる Samidh が置かれる。s に挙げた Paridhi は、Idhma 束が 18 本の薪から成る場合にのみ別に置かれる。しかしある者によれば 21 本がそこに束ねられ、その場合そこから Paridhi が取られる(cf. Kāt. Śr. S. 1, 3, 19, 20)。

上に述べたのは器具を据える一方の形式、すなわち、各器具が行われるべき儀礼のために最初に手に取られる順序である。註釈はこれと、Karka らの推奨する Viniyogakrama とを区別するが、

やや異なるのは Baudh. 1, 4 の記述である: b a c d e、次いで Juhū と Upabhṛt、Sruva と Dhruvā、Prāśitraharaṇa と Iḍāpātra、Mekṣaṇa と Piṣṭodvapanī、Praṇītāpraṇayana(これは Kāt. にあっては当然省かれる。彼にあっては器具を据える前に水を運ぶことが行われ、したがってこれはすでに用いられている)、Ājyasthālī、Veda と Dārupātrī、Yoktra と Vedaparivāsana、Dhṛṣṭi と Idhmapravraścana、Anvāhāryasthālī と Madantī——yāni cānyāni pātrāṇi tāny evam eva dvaṃdvaṃ sādya 等。Āp. 1, 15: uttareṇa gārhapatyāhavanīyau darbhān saṃstīrya dvaṃdvaṃ nyañci prayunakti daśāparāṇi daśa pūrvāṇi sphyaṃ ca kapālāni ceti yathāsamāmnātam aparāṇi prayujya sruvaṃ juhūm upabhṛtaṃ dhruvām ājyasthālīṃ prāśitraharaṇam iḍāpātraṃ praṇītāpraṇayanam iti pūrvāṇi tāny uttareṇāvaśiṣṭāny anvāhāryasthālīm aśmānam upaveśaṃ prātardohapātrāṇīti | praṇītāpraṇayanam pātrasaṃsādanāt pūrvam eke samāmananti。Bhār. 1, 16: — daśāparāṇi daśa pūrvāṇi b a c d e upalāṃ cety uttareṇa gārhapatyam n o prāśitraharaṇam cājyasthālīṃ ca vedaṃ pātrīṃ praṇītāpraṇayanam cedāpātraṃ cety uttareṇāhavanīyaṃ yathopayātam avaśiṣṭāny antataḥ prātardohapātrāṇi。Hir. 1, 12。—— 個々の器具については、その用いられる箇所を参照。

後者においては註釈によれば目的が見えない。例えば havis を取る際に皿と材料とが、バターを取り出す際に Sthālī と Ājya とが、空間的に互いに離されているからである。しかし私には、Paddhati がほぼ同様の器具配置の前に āsādayati viniyogakrameṇa と言う理由が理解できない。

満月祭、および二つの菓子を伴う新月祭におけるこの配置と、sāṃnāyya を伴う新月祭とが異なるのは、次の点である。すなわち 20 の Kapāla の代わりに 8 のみが(すなわち Agni の菓子のためにのみ)据えられ、Upaveśa は varaṇa 材からではなく上述のとおり枝から作られ、veda の前に四つの搾乳器具——桶と Niyojana、Śākhāpavitra と Sthālī——が共に据えられ、一つの菓子のために一つの皿が据えられる。

次いで A は1)、havis を積んだ車を——それは軛紐(yugayoktra)で結ばれ、革帯(varatrāpariveṣṭita)で巻かれている——Gārhapatya の後方に轅を東に向けて据え、「行為のために(我は)汝らを、成就のために汝らを」と言い、Śūrpa と Agnihotrahavaṇī とを取る2)。そこから彼は havis を取り出すこと(āvapana)まで、あるいは Haviṣkṛt の呼び声まで沈黙する。彼は言う——「一切の rakṣas は焼かれたり、一切の arāti は焼かれたり」あるいは「rakṣas は焼き尽くされたり、arāti は焼き尽くされたり」。そしてこれをもって両者を Gārhapatya において熱する3)。真言を唱えた直後に彼は水に触れ4)、次いで「広き空を我は歩む」の呪文をもって車へ赴き5)、車の前部の近くに坐り、

南側の、次いで北側の Dhur(軛の牽引部)に、あるいはそのいずれか一方のみに触れる。真言は——「汝は Dhur なり、害する者を害せ、我らを害する者を、また我らが害する者を害せ」1)。次いで彼は、車の転倒を防ぐ轅先の支柱の後方において、後方の轅に触れつつ低声に唱える——「汝は最も善く〔神のために(場合により)〕〔神々のために〕運び、獲得し、与え、最も快く(彼らを、彼女らを)呼ぶ者なり2)。汝は曲がることなく、havis を保ち、堅くあれ、曲がるな、汝の祭主も曲がるな」。次いで車の後方を回って南へ行き、真言「Viṣṇu よ、汝に登れ」をもって南の車輪を越えて登り3)、「風に対して広くあれ」をもって Haviṣ の穀粒(大麦ないし米)を見つめ4)、草や土塊など havis の中に落ちたものを、「rakṣas は追い払われたり」をもって同時に投げ出す。

もしかかるものがなければ、彼は同じ真言をもって havis を握る1)。次いで水に触れ、「五本(の指)が握らんことを」をもって havis を握る2)。次いで Śūrpa を左手に置き、その上に開口部を上に向けて Agnihotrahavaṇī を置き、「神 Savitṛ の命により、Aśvin の腕をもって、Pūṣan の手をもって、我は汝を握る、Agni に望まれたるものよ」をもって、三度一掬いの穀粒をそこに投げ入れ3)、第四度を黙して行う4)。次いで A は取った havis を Śūrpa に投げ入れねばならぬが、その際、まだ取り出されるべきものとの混合を避けるため、右側に投げる。

さて sāṃnāyya を献じない場合には、同じ仕方で Indra-Agni(新月)ないし Agni-Soma(満月)に献ぜられる菓子のために5)、〔四掬いが〕取り出される。ただし「Agni に望まれたるもの」の代わりに「Indra-Agni に」ないし「Agni-Soma に望まれたるもの」と言い、その分量は Śūrpa の北側に別に置かれる。

車の上に残った havis を、彼は「(我は汝を残す)真実の存在に、Unhold にあらず」の真言をもって触れる1)。車の上に坐したまま、彼は「我は輝きを見んと欲す」をもって東を見2)、「地上の住処は堅くあれ」の真言をもって車から降りる3)。次いで「広き空を我は歩む」の呪文をもって北方、Gārhapatya の近くへ赴き4)、Śūrpa 中の havis を Gārhapatya(あるいは Āhavanīya)火5)の後方に「地の臍において我は汝を置く、Aditi の膝に。おお Agni よ、供物を護れ」をもって据える。

この儀礼は、車の代わりに鉢(pātrī)1)においても行われうる。その場合、鉢は通常車が置かれる場所に、先端を東または北に向けて据えられ、その下に sphya が先端を東または北に向けて置かれる。A は同じ仕方で Śūrpa と Agnihotrahavaṇī を取り、「広き空を我は歩む」をもってその近くへ赴く。Dhur、Īṣā に触れる際、また車に登る際に唱えられる三つの真言は、彼は鉢の口において中断なく低声に唱える。その際、まず鉢の前面に触れる。鉢の後方に(あるいは祭に応じて北または南に)坐し、顔を東に向けて彼は、上に述べたのと同じ仕方で、havis を見ること、不浄物を投げ出すこと、あるいは触れること、水に触れること、havis を握ること、それを取ること、残余に触れること、東を見ることを行う。そして車の場合には「住処は堅くあれ」等をもって降りるのであるが3)、ここでは同じ真言をもって立ち上がり、北へ行って調理火の後方に Śūrpa を据える。

次いで adhvaryu は、小刀の代わりをつとめる kuśa 草をもって、二本ないし三本の kuśa 草——長さの等しい(1 prādeśa)もの、先端が折れておらず、中間に若芽をもたぬもの——を、「汝ら二つは pavitra なり、Viṣṇu に属する」の真言をもって切る4)

次いで彼は、芒(のぎ)を備えた、未だ浄められていない Agnihotrahavaṇī の水を、真言「Savitṛ の命により、我は汝らを損なわれざる pavitra をもって、Sūrya の光線をもって浄む」をもって注ぎ、次いで二つの pavitra をもって水を浄める1)。浄める草は次いで、Agnihotrahavaṇī 中の灌水の中に立てられる。adhvaryu は浄められた水で満たされた Agnihotrahavaṇī を左手に取り、次の呪文を唱えつつ——「おお神なる水よ、この祭を今日、万物に先立って導け、よく施す祭主に先立って、神々に向かう祭主に先立って。汝ら先立ちゆく者、まず飲む者よ」——右手をもって左手の中のものを上方へ動かす2)。「汝らは灑がれたり」と言い、その一部をもって手で灑ぐ3)。次いで彼は brahman に問う——「おお brahman よ、我は havis に灑がん」。

brahman は低声に唱える——「灑げ。祭を作せ、神々を栄えしめよ。——(上と同じ)——祭主を。(大声で)oṃ ३ prokṣa」。

adhvaryu は Agnihotrahavaṇī から手で水を取り、Śūrpa 中の二つの havis に灑ぐ。第一のものには「Agni に望まれたるものよ、我は汝に灑ぐ」をもって、第二のものには「Indra-Agni(ないし Agni-Soma)に望まれたるものよ」をもって4)。次いで yajus「祭式行為のため、神々への礼拝のために清くあれ。不浄なる者が汝らより取り去りしもの(すなわち彼らの接触等によって使用不能ならしめたもの)、それを我は汝らにおいて清くす」をもって祭具に灑ぐ5)。個々にか、あるいは他の者の

意見によれば一山にまとめて一度に1)、他の śākhā によれば上向きに立てた後に、一度は真言をもって、二度は黙して灑ぐ。これが終わると、adhvaryu は灌水を、道のない場所2)、すなわち praṇītā と Āhavanīya の間3)、あるいは Gārhapatya と Āhavanīya の間4)に置く。

adhvaryu はいま、呪文「汝は皮なり」を唱えつつ手で黒羚羊の皮を取る5)。器具から離れた場所へ行き——それらを再び祭に使用不能ならしめぬためである——彼は皮を一度、yajus「rakṣas は振り落とされたり、arāti は振り落とされたり」をもって振り6)、水に触れ7)、両手で皮を Gārhapatya の北あるいは Utkara の方角に、首を西に、毛を上にして8)、呪文「汝は Aditi の皮なり。Aditi よ、汝のものと認めよ」をもって広げる9)。左手が

皮を離さぬまま、右手が Mörser(Ulūkhala、臼)を取り、これを皮の上に置く。その際「汝は岩なり、木より生じたるものよ。Aditi の皮を汝のものと認めよ」あるいは「汝は(soma)石なり、広き基を有するものよ。Aditi の皮を汝のものと認めよ」と言われる1)。次いで adhvaryu は、左手が Mörser を支えている間に、Śūrpa 中の二つの havis を Śūrpa の助けをもって共に Mörser の中に投げ入れる。その際の呪文は——「汝は Agni の身体なり、言葉の解放なり。神々を喜ばしめんとて我は汝を握る、おお havis よ」2)。adhvaryu と祭主とは、ここで、あるいは後に Haviṣkṛt の呼び声をもって、その声を解き放つ3)

いま彼は呪文「汝は強大なる(soma)石なり、木より生じたるものよ」をもって Stössel(Musala、杵)を取り4)、「ここに神々のためにこの havis を調えよ、よき調えをもって調えよ」をもって Mörser の中に立て5)、これをもって穀粒を搗く6)。籾殻を打ち落とす間、彼は三度、妻あるいは Āgnīdhra を「おお havis を調える者よ、来たれ」と呼ぶ7)

[Prayoga B₂ はここで Āgnīdhra の選定を行わせる: yajamānaḥ snānādicatuṣṭhayasaṃskṛtam āgnīdhraṃ vṛṇīte: asmin karmaṇi tvām aham āgnīdhraṃ vṛṇe || āgnīdhro bhaviṣyāmi || tīrthena praviśya jaghanena gārhapatyam upaviśya japati: iḍā devahūr manur yajñanīr 等 *madantu || adhvaryus tam āha: uccaiḥ samāhantavai || āgnīdhraḥ śamyayā dṛṣadupale samāhanti ||.]

呼びかけと同時に打つのが、

Āgnīdhra である。彼は vihāra の北に坐し、Śamyā(楔?)をもって二度下石を、一度上石を打って鋭くする。その際、その都度(?)繰り返される真言は——「汝は雄鶏なり(asura に対して)、甘き舌をもつ者なり(神々に対して)。食物と滋養とを語りかけよ。汝によりて我らはあらゆる遭遇において勝たんことを」1)

ここより以後、脱穀は妻あるいは Āgnīdhra が行う2)。穀粒が脱穀されると、adhvaryu は、あるいは Mahād. によれば妻あるいは Āgnīdhra が、「雨によりて汝は生い立てり」と言いつつ Śūrpa を手に取り3)、「雨の中に生い立てるものが汝を包まんことを」の呪文をもって、脱穀された havis を Mörser から取り出し、黙して Śūrpa の中に入れる4)。次いで真言「rakṣas は除かれたり、arāti は除かれたり」をもって、これを Śūrpa で浄め、分離された籾殻を地に落とす(註釈)。次いで彼は水に触れる。脱穀された穀粒を彼は、なお脱穀されていないものから、呪文「Vāyu よ、汝らを選り分けよ」をもって分離する。脱穀されたものを彼は次いで置き(nidhāya)、他のものは

再び Mörser の中に投げ入れ、再び脱穀を行い、havis を取り出して Śūrpa に入れ、あらためて籾殻を分離する。すべての籾殻を彼は次いで真言「打ち払われたる rakṣas、打ち払われたる arāti」をもって Utkara の場所へ投げ棄て1)、水に触れる。次いで彼は Śūrpa 中の穀粒を皿の中に投げ入れ、その上に真言「黄金の手をもつ神 Savitṛ が、損なわれざる手をもって汝らを握らんことを」2)を唱える。その際、彼は穀粒に触れ、あるいはそれを見る(Paddh.)。

これに続いて、三度行われるべき phalīkaraṇa が行われる。これは他の śākhā によれば妻あるいは第三者によって行われる。Mahādeva はこれを、havis を Mörser に入れること、脱穀すること、取り出すこと、浄めること、分離すること、kaṇa を除くこととして説明する(Paddhati も類似)。したがってそれは

adhvaryu が先に行った手続きを、妻等が三度繰り返すことになり、その都度 kaṇa をよく取り除くのである1)。しかしこれは私には完全には明らかでない。

‖ Baudhāyana はここで朝の搾乳を行わせる ‖。

いまや同時に、Kapāla を据えることと穀粒を挽くこととが行われる。前者は Āgnīdhra が、後者は adhvaryu が行う2)

Āgnīdhra は——sūtra に従い彼から始めるならば——Kapāla を洗い、これを(Baudh. によれば)Gārhapatya の後方に置き(8 は南に、11(12)は北に)、Gārhapatya の後方に坐して Dhṛṣṭi(ないし Upaveśa)を「汝は Dhṛṣṭi なり」をもって取り、「去れ、おお Agni よ、生肉を食らう者を打て、生肉を食らう者を追い払え」と言い、Upaveśa をもって、Gārhapatya——ないし Āhavanīya——の炉床の後部にある炭を、そこから前方、東へ掻き寄せ3)、これによって Kapāla を据えることを自由にし、熱せられた地の上に置くことを可能にする。地面そのもの(すなわちおそらく当該の炉床面)を彼は 6 aṅgula の円——中位の馬蹄の大きさ——とする。東向きに引いた切れ目によって彼はこれを三等分し、中央部分を横の切れ目によって三分する。しかし東側と北側の部分——これは月鎌の形をもつ——は、菓子の Kapāla の数に応じて横の切れ目によって分割される。すなわち 8 片から成る菓子の場合、南部分は三つに、北部分は二つに、11 片の場合は南部分は五つに、北部分は三つに、12 片の場合は南部分は同じく五つに、北部分は四つに分けられる1)

東へ掻き寄せた炭のうち一つを、彼は「神々を敬う者を導き来たれ」の呪文をもって Upaveśa の助けにより取り、Gārhapatyakhara の後部、南の(すなわち Agni の)菓子のための場所の中央に置く(註釈 puroḍāśaśrapaṇasthāne)。次いでその上に、中央の Kapāla を上向きにして置く。その際の呪文は——「汝は堅固なり、地を堅固ならしめよ。brahman を獲得しつつ、kṣatra を獲得しつつ、我は汝を、敵の破滅のために置く」2)。呪詛を行う場合には「敵の」の代わりにその者の名が入り、次いで水に触れる3)。この Kapāla を左手の人差し指が離さぬまま、Āgnīdhra は呪文「Agni よ、brahman を取れ」をもって Upaveśa により一つの炭をこの中央の Kapāla の上に置く4)(Karka によれば

これは Kapāla ごとに行われる。Mahād. によれば最初のものについてのみ)。中央のものの後方に Āgnīdhra は第二のものを、呪文「汝は支柱なり、Antarikṣa を堅固ならしめよ。brahman を獲得しつつ……我は汝を置く」をもって据える。その東に第三のものを「汝は担い手なり、天を堅固ならしめよ。brahman を獲得しつつ……我は汝を置く」をもって、中央のものの南に第四のものを「あらゆる方角のために我は汝を置く」をもって置く1)。Agni の菓子の残りの四つの Kapāla を彼は均等に配分し、二つを南に、二つを北に置く。Paddh. によれば第四のものの東に第五を、第四のものの西に第六を置き、北に置くべき二つのうち、第八を第七の東に置く2)。それぞれは呪文「汝らは積み重なるものなり、積み上げるものなり」をもって据えられ、あるいは Paddhati によれば黙して据えられる。同様に、北側に置かれるべき Agni-Soma ないし

Indra-Agni に属する菓子のための 11(12)の Kapāla についても行われる1)。最初の四つはまったく同じ仕方で配置される。他は Agni-Soma の菓子の場合には均等に分けられ、余って均等に分けられぬものは南に据えられる2)。これに対し Indra-Agni の菓子——それは 4, 2, 36 によれば 12 片に献ぜられる——の場合には、2, 4, 39 によれば均等な配分が行われ、四つが南に、四つが北に据えられる。詳細については Paddhati が前者について次の配置を挙げる。第四のものの東に、Kapāla 一つ分の間隔を残して第五を、その間隔に第六を、第四のものの西に第七を、その西に第八を、これらすべての北に第九から第十一を、東で終わるように置く。かくして次の配置が得られる。これは Müller l. c. LXXVIII に正しく挙げられている。三つの菓子すべてにおいて、中央に 3, 1, 2(東から数えて)が位置する。8 片の Agni の菓子ではその北に 8 と 7 が、南に 5, 4, 6 が位置する。11 片の Agni-Soma の菓子では北に 11, 10, 9 が、南に 5, 6, 4, 7, 8 が、12 片の Indra-Agni の菓子では北に 12, 11, 10, 9 が、南に 5, 6, 4, 7, 8 が位置する。

Kapāla は間隙なく、連続して平らに据えられねばならぬ。それらの間から地面が見えてはならぬ。中央列の Kapāla は 2 aṅgula の大きさをもち、正方形である。したがって中央列そのものは 6 aṅgula の長さとなる。南列と北列はこれに対しやや短い。というのも、菓子は亀の形をとることによって(下記参照)円形に作られ、さらにすべての Kapāla の上に転がされねばならぬから、註釈の言うとおり、これに用いられる Kapāla の配置についても円形が想定されるのである。

Kapāla そのものは、擦り合わせ等の手段(gharṣaṇādyupāyena、Mahād. S. 197, 5: kapālakalpanena)によって、

Kapāla の層(s. o.)のための地面(kṣetra)が円として満たされるように整えられねばならぬ。

呪文「Aṅgiras の、Bhṛgu の灼熱によりて熱くあれ」をもって、彼は次いで Gārhapatya 火から燃える炭で Kapāla を覆う。これは、その上で後に行われる菓子の焼成のために、それらを十分に熱するためである1)。次いで Āgnīdhra は Gārhapatya(ないし Āhavanīya)火において、いわゆる Upasarjanī 水を据える。これは熱せられ、次いで粉と混ぜるのに用いられる2)。—— 私はここで、adhvaryu が行うべき挽きの儀礼を補って述べる。それは上述のとおり Āgnīdhra の儀礼と時間的に重なるものである。

adhvaryu は「汝は皮なり」をもって黒羚羊の皮を取り、これを上述の仕方で「rakṣas は振り落とされたり……」をもって振り、次いで水に触れ、これを首を西にして真言「汝は Aditi の皮なり、Aditi よ、汝のものと認めよ」3)をもって広げる。そして左手がこれを離さぬまま、右手をもってその上に下石を、その先端を東に向けて(prāgagram)、呪文「汝は Dhiṣaṇā(儀礼の促進者か?)なり、石より作られたるものよ。Aditi の皮を汝のものと認めよ」4)をもって置く。次いで彼は下石の下、その後部に Śamyā(楔?)を、その先端が北を向き、石そのものが東に傾いて動かぬように差し入れる5)。その真言は——「汝は天の支柱なり」。下石の上に彼は上石6)を、真言「汝は Dhiṣaṇā なり、

石より作られたるものよ。石を汝のものと認めよ」をもって、その先端を北に向けて置く1)。次いで彼は穀粒を「汝は穀物なり、神々を喜ばしめよ」の呪文をもって下石の上に投げ、真言ごとに次の定型句をもって挽く——「呼気のために(我は挽く)汝を」「呼気のために(我は挽く)汝を」「生気のために(我は挽く)汝を」2)。これについてより詳しいのは他の śākhā であるが、そのうち Āp. を本文に置く。1, 21, 8: prāṇāya tveti prācīm upalāṃ prohaty apānāya tveti pratīcīṃ 7) vyānāya tveti madhyadeśe vyavadhārayati 8) prāṇāya tvā 'pānāya tvā vyānāya tveti saṃtataṃ pinaṣṭi dīrghām anu prasitim āyuṣe dhām iti prācīm antato 'nuprohya ——

穀粒を粉としたのち3)、adhvaryu は言う——「長き持続のうちに我は汝を、生命のために置けり。黄金の手をもつ Savitṛ が、損なわれざる手をもって汝らを握らんことを」。そして下石の上にある粉を、上石をもって東方の皮の上へ押し落とす。次いで彼は呪文「(我は)汝を見んがために(見る)」をもって、皮の上に落ちた粉を

見る1)。他の sūtra によれば、いまや妻あるいは婢女が挽きを続ける2)

穀粒が挽かれ、菓子の Kapāla が Āgnīdhra によって炭で熱せられている間に、Kāt. によれば第三の者として Yajamāna が行為に加わる。すなわち彼はバターを取り出し、veda を作る3)。後者は他の sūtra によれば、上に示したとおり、より早く作られる4)

Yajamāna は「汝は力ある(牝牛の)乳なり」と言い、壺から Ājya5)を取り、これを Ājyasthālī6)の中に入れる。

「汝は veda なり、おお veda よ。おお神なる veda よ、汝によりて veda が神々のための veda となりしところのそれによりて、我にとって veda となれ」の呪文をもって、彼は次いで一 span の長さの veda を作る。これは一握りの kuśa 草から成り、祭主の願いに応じて種々の形をもつ。彼が家畜を望むならば、彼はこれを仔牛の膝に似せ、左に捻って作る。brahman の輝きを望むならば、三本の綱から編み、粘土を塗って作る。食物を望むならば、編んだ籠(mūta)の形を与える。これを註釈は 1, 3, 23 に dhānyāvapapātraṃ tṛṇavartyādinirmitam すなわち

草束から作られた穀物を入れるための器、と定義する1)。祭主が何の願いももたぬ場合にも、上述の三つの veda の形が妥当する。

新月祭においては、sāṃnāyya が献ぜられる場合、veda を結んだ後、かつ粉を黒羚羊の皮の上に押し落とし終えた後、しかし havis を見る前に、「見んがために汝を」をもって、上に用いたのとは別の器において朝の搾乳が行われる。これは夕の搾乳と同じく、牝牛を仔牛と共に置くことに始まり、搾乳桶を洗うことに終わる2)

adhvaryu は、穀粒が挽かれ、粉が皮の上に投じられ、場合により搾乳が行われ、彼が粉を見終えた後、二つの浄め草を鉢3)の中に入れ、粉を皮から取ってこれを鉢の中へ、呪文「神 Savitṛ の命により、Aśvin の腕をもって、Pūṣan の手をもって、我は汝を中に入れる」をもって投じる。次いで彼はそれを粉と共に取り、立ち上がって(Kāṇva によれば)調理火の後方に、あるいは(Mādhyandina によれば)後に vedi が掘られるべき場所の内側に坐り、鉢をそこに置く4)

Āgnīdhra は sphya1)を左手に取り、注ぎ水(Upasarjanī 水)を火から取り、これを南方の adhvaryu のもとへ運ぶ。

adhvaryu は次の呪文を唱える——「水は植物と混じり合え、植物は液汁と。輝ける水は速やかに生い立つものと混じり合え、甘きものは甘きものと」。そしてこの真言の終わりに

Āgnīdhra は、adhvaryu が右手に持つ二つの浄め草の上から、熱い水を粉の上に注ぐ2)

adhvaryu は言う——「生殖のために我は汝を混ぜる」。そして水を粉と混ぜ3)、混合物を二分して

そこから二つの団子を作り、これを鉢の中に置く。第一のものは南に、第二のものは北に置き1)、順に触れて、前者には「これは Agni のものなり」、後者には「これは Agni-Soma のもの(ないし Indra-Agni のもの)なり」と言う2)

Āgnīdhra はこれに続いて左手に veda を取り3)、「(我は据える)4)汝を食物のために」と言い、Gārhapatya において(祭主に妻がなく、Āhavanīya において煮る場合には、この火において5))、南側に Ājyasthālī の中のバターを据える6)。同時に

adhvaryu は「汝は灼熱の器なり、一切の生命を含むもの」と言う。そしてバターが据えられる間に、彼は sphya を下に当てて、第一の団子を 8 つの Kapāla の上に置く。その際、あらかじめ(先にその上に置かれた)炭を取り除く7)。第二の団子を同じ仕方で 11(12)の Kapāla の上に置く。次いで彼は呪文を唱える——「大いなる広がりへと、広く汝を広げよ。汝の

祭主は広く広がれ」。そして団子をすべての Kapāla の上に、その広がりに応じて広げる。ただしそれを越えてはならず、しかも Kapāla の層——これは直径 6 指の円をなす——とちょうど合致するようにする1)。同じ仕方で彼は第二の菓子を広げる。次いで彼は一度ずつ2)呪文「Agni よ、汝の皮を傷つけるな」を唱え、順に両菓子をあらゆる側から一度あるいは三度水で触れ、それによってそれを柔らかくし、そして広げる際に裂けた箇所があれば、これを再び合わせる3)

これに続いて、付着して残った粉の生地——これは後に献ぜられる——を取り除くことが、鉢と指との洗浄によって行われる。火が近く、時間が経過するために生地が乾いてしまい、後に洗うのが困難になるからである4)

次いで adhvaryu は Gārhapatya5)から一つの炭あるいは燃え木を取り、「rakṣas は滅ぼされたり、arāti は滅ぼされたり」と言って、いわゆる paryagni 儀礼を行う。すなわちその炭を Ājyasthālī と二つの菓子の周りを左から右へ回して運び、次いでその炭を火の中に投じ、

手を逆方向に戻し、(rakṣas が挙げられているゆえ)水に触れる1)。新月に sāṃnāyya を献ずる場合には、甘乳のために paryagni は行われない。

adhvaryu は次に言う——「神 Savitṛ が汝を、最も広き天において焼かんことを」。そして上にかざした燃える darbha 草をもって第一の菓子を焼き、同様に第二の菓子を焼く2)。次いで「裂けるな、砕けるな」と言い、菓子が焼けたか否かを調べるために順に触れる3)。まだであれば、彼はさらに焼かせる。焼けていれば、彼はこれを veda あるいは Upaveśa をもって、熱い炭を混ぜた灰で覆い、その際言う——「祭は萎えるな、祭主のために子孫は萎えるな」4)

これに続いて彼は、Gārhapatya で点じた燃える darbha 草あるいは燃え木をもって、鉢の中にある——まさに鉢と指とを洗うのに用いた——洗い水を温め、次いで vihāra の北に sphya をもって三本の線を引く。第一は西に、最後は東に(1, 7, 25)。そしてその上に、まず東に、最後に西に、温めた水を、互いに合流せぬように注ぐ。その際、注ぐごとに次の真言が先立つ——「oṃ ३ 第三の Āptya にこれを」「oṃ ३ 第二の Āptya にこれを」「oṃ ३ 第一の Āptya にこれを」5)。これが終わると、adhvaryu は

祭の終わりに四祭官への布施として用いられる、穀粒から作られた粥、いわゆる Anvāhārya を Dakṣiṇa 火にかける。これは彼らを満たすに足るほど豊富でなければならぬ1)。ここでもまた誓戒に入りうる2)

いまや(ある者によれば満月祭においてのみ。新月祭においては前日に)、Vedi——すなわち種々の祭において種々の寸法をもって形づくられる、vihāra の内側の場所——の測量と掘削とが続く3)

Āhavanīya 火の後方に4)彼は東西に伸びるいわゆる prāci 線を引く。Baudh. によればその長さは 96 aṅgula である。そして Vedi に長方形の形を与える。その東辺は 48、西辺は 64 aṅgula である。これは次の仕方で行われる。彼は prāci の東端と西端とに二本の杭を打つ。これらの杭のそれぞれの東側と西側に、

彼は等距離に二本ずつの杭を打つ。次いで彼は、長方形の一辺に与えたい長さ(すなわち 48 ないし 64 aṅgula)の縄を取り、両端に環を作り、その中央(24 ないし 32 aṅgula の点)に印をつける。次いで両端の環を、東の三本の杭のうち外側にある二本に結び、縄をその印のところで持って南へ引き、その印が地に触れるところに印をつける。次いで両方の環を中央の点に結び、縄を地上の印の上を通して南へ引き、縄の印が地に触れるところに一本の杭を打つ。かくして南の aṃsa が得られ、同じ仕方で縄を二度北へ引けば、北の aṃsa が得られる。Vedi の東辺は短いほうであるから、ここでは 48 aṅgula の縄を選ぶべきであった。長さ 64 aṅgula の他方の縄をもって同じ仕方で、北と南の śroṇi が得られる1)

四角形を構成する別の方法は Śulva S. 42 以下に挙げられている。意図する四角形の一辺(ないし prāci)より半分だけ長い縄を取り、その両端に環を作ったならば、その西の三分の一——この三分の一のさらに六分の一を引いたところ——に印をつける。(一辺ないし prāci が 96 である四角形においては、これに 48 を加えて 144 とする。縄が 13 : 5 の比〔13/6 + 5/6 = 18/6〕に分けられるから、ここでは印は 104 のところにつけられる〔104 aṅgula = 13 . 8 aṅgula〕。)これがいわゆる nyañcana の印である。角を固定するのに用いる第二の印は、望みの点に

つける(すなわち四角形の一辺に与えたい長さを示す点である)。我々の場合、四角形は等辺ではないから、当然二つの印を作らねばならぬ。一つは 24 に、一つは 32 aṅgula にである。次いで両端を prāci の両端に結び、nyañcana をもって南(ないし北)へ引けば、四隅は第二の印によって定まる。すなわち縄を 104+40 aṅgula に分けることは、これを長さ 96 aṅg. の prāci に結ぶとき、直角三角形をもたらす(40² + 96² = 104²)。したがってこの縄を nyañcana によって南と北へ張れば、24 aṅgula の印のところで固定することによって南と北の aṃsa が得られる(24+24 = 求める東辺の長さ)。次いで縄を裏返し、環を交換すれば(すなわち prāci の東端にあった環を西端に、西端のものを東端に結べば)、縄を南と北へ引くことによって、32 aṅgula のところにつけた印において固定すれば、南と北の śroṇi が得られる1)

最後に述べた方法に近いのが、Kāt. 2, 6, 8 の註に挙げられた一方の方法である。6 aratni、すなわち Kāt. の 3 aratni(= 72 aṅgula)の prāci の二倍の長さの縄を測った後、彼は第 2 aratni の終わり(= 48 aṅgula)に śroṇi を示す印をつけ、次いで(第三の)aratni の四分の一のところに、これによって引くための印(nyañcana; 54 aṅgula のところ)をつけ、第三の aratni の終わりに prāci の終わりを示す印をつけ、次いで 3¾ aratni(= 90 aṅgula)のところに aṃsa を示す印をつけ、

1½ aratni(= 5¼ = 126 aṅg.)のところに環を作る。これ以上の説明はここには与えられていない。ただ彼はこの縄の分割に際して環を裏返さない。私はきわめて長い考察の末に、ようやく一つの解釈に到達しえた1)。すなわち彼が縄に 2¼ aratni のところで引くための印をつけた後(したがって 144 aṅgula から成る縄は 9 : 15 の比、すなわち 54 と 90 aṅgula に分けられる)、その両端を 72 aṅgula の prāci に結び、これを南と北へ引けば、二つの直角三角形が得られる。そこでは 54² + 72² = 90² である。北と南の śroṇi を彼はいま、第 48 aṅgula にある印を地上の北と南に記すことによって得る。(54 aṅg. のところにつけた印で引かねばならぬ。それによって線が prāci の上に直角に立つからである。)両 aṃsa を彼は次のように定める。aṅgula 90 のところにつけた印が、再び縄を 15 : 9 の比に分ける。したがって彼は再び東において二つの直角三角形を得、その二辺は 72 と 54 である。次いで彼は aratni 5½(= 126 aṅgula)のところにつけた環を、prāci の東側の同じ杭に結び、90 のところにつけた印で縄を南と北へ引くことにより、54 をなす辺の上に 36 aṅgula(126 − 90 = 36)を測り取り、かくして両 aṃsa を得る。

〔図〕

  • ab = prāci
  • c, c = śroṇi のための nyañcana
  • d = 北 śroṇi
  • d = 南 śroṇi
  • c₁, c₁ = aṃsa のための nyañcana
  • c₂ = 北 aṃsa / c₂ = 南 aṃsa —— これらの印は、縄を c₁c₁ から c₂c₂ へ 18 だけ短縮することによって得られるからである。

Baudh. に倣った第二の方法にさらに近いのが、Kāt. における第二の記述であって、これは縄の環を交換して行うものである。

prāci の二倍の長さ(= 2 . 3 aratni)の縄の両端に環をつけた後、彼はまず 1½ aratni(= 36 aṅgula)の終わりに aṃsa を示す印をつけ、次いで ½ aratni(第 2 aratni の終わり = 48 aṅg.)のところに śroṇi を示す印をつけ、2¼(= 54 aṅgula)のところに引くための印を、3 aratni(= 72 aṅgula)のところに prāci を示す印をつける。ここから 45 頁と同じ手続きが帰結する。東辺は 3 aratni(2 . 3/2)、西辺は 4 aratni(4 aratni は註釈により Kāt. 2, 6, 3 では 1 vyāma に等しく、これが Kāt. 2, 6, 3 に規定された西辺の長さである)1)。したがってこの方法においても同じ結果が得られる。

このようにして四隅を確定した後、彼は Vedi の長辺——北辺ないし南辺——の二倍の長さの縄を取り、両端に環を、中央に印を作り、両端を南の二本の杭(これらは南 śroṇi と南 aṃsa を示す)に結び、その印のところを持って南へ引く。そして印が地に触れるところに一本の杭を打つ。次いでこれに両方の環を結び、その印をもって Vedi の南側に沿って縄を引く。かくして縄は南東隅から南西隅に至る弧を描く。この弧が Vedi の南辺をなし、この弧と、南 aṃsa と南 śroṇi とを結ぶ直線との間の部分が除かれる。同様にして北辺、また東辺と西辺が得られる。これらも同じ仕方で、当該の辺の二倍の長さの縄によって描かれる(Baudh. Śulva S. 73–75)。

Kātyāyana にあっては事情が異なるようである。Vedi が測量されたならば、その長辺の中央に二つの saṅgraha すなわち狭窄を作る。Vedi の形は Kāt. 2, 6, 7 によれば「中央において狭い」と規定されているからである。註釈と Paddh. は、それが次の仕方で行われると述べる——「東辺から西辺へ縄を引き〔?〕、これを二倍にし、その端に二本の小杭を作り、この寸法をもって、8 分の 1 の縄をもって円を描く。あるいは幅の 4 分の 1 をもって〔?〕」。どこかに次のようにある——「この 8 分の 1 の縄をもって、śroṇi と aṃsa の中央において」。私は長い計算にもかかわらず、そこから円が Vedi に内接せしめられる中心点を見出しえなかった。半径は 18 であるように見える1)。Baudh. 75 の註釈は言う: purastād aṃhīyasī, paścāt prathīyasī, madhye saṃnatatarā bhavati。さらに両 aṃsa は Āhavanīya 火を囲まねばならず、それらは Vedi の肢体とみなされ、したがって同じく掘られ、草を敷かれる等の処置を受ける。Baudh. Ś. S. 75 の註釈は言う: prāñcau vedyaṃsāv unnayati, āhavanīyasya parigrahaṇāya | pratīcī śroṇī, gārhapatyasya parigrahaṇāya2)。これに続いて

Āgnīdhra は、草・塵などがおよそヴェーディ(vedi)の中央に落ちているものを darbha 草〔の束〕で〔掃き〕、掃き払って取り除いた塵芥を用いて、ヴェーディの北方に一つの塚を作る。これがいわゆる utkara である。その場所を彼は Paddhati および註釈に従って次のように定める。すなわち、gārhapatya 火と āhavanīya 火との間の空間を六ないし七の部分に分け、第七の部分(あるいは第八の部分)を加え、これを三分し、東の三分の一のところに付けた印において縄を北方へ引く。そこが utkara である。あるいは、その空間の三分の一だけ短くした縄をもって西側に一つの正方形を作り、その北の aṃsa〔隅〕に utkara がある。Karka は、utkara はヴェーディの東西方向の広がりの東三分の一の北にある、と言う1)。同じ規定が Kāt. 3, 6, 12 にもある(「彼がヴェーディの周囲を掃き清めた後、Āgnīdhra は三分の一のところに北方に utkara を〔作る〕」)。Karka によれば、それはさらに cātvāla すなわち穴の近くにある。それと praṇītā 水との間が、iṣṭi においては行き来のための道である(Kāt. 1, 3, 43 による)2)。utkara ができあがると、

Adhvaryu が草とともに sphya を取り、次のマントラを唱える。「神 Savitṛ の命により、両 Aśvin の両腕をもって、Pūṣan の両手をもって、私は神々のために、祭を執行するものを取る」。彼はそれを左手に置き、右手でそれを握り(それによってこれを鋭くする)、そして saṃhitā 調で囁く。「汝は Indra の右腕なり、千の角、百の刃をもつものなり。

汝は Vāyu にして鋭き刃をもち、敵に対する武器なり」1)。彼はこれを投げる前に、これをもって大地にも自分自身にも触れてはならない2)。もし彼がある敵を呪詛しようとするならば、「敵」の代わりにその者の名を置き、そののち水に触れる。

「大地のために汝は覆いなり」という句をもって、彼は取った草を先端を北に向けてヴェーディの上に置く3)。彼はこれに続いて言う。「神々を崇める女よ、汝の草の(しかし Comm. は tṛṇarūpā〔草の姿をした〕pṛthivī と解する)根を私は傷つけまい」。そして sphya を、ある者たちによれば草の上に、他の者たちによれば草の下、大地の上に投げる4)。そののち彼は、当該のヴェーディの箇所から、sphya を投げつけたことによってそこに掘り出された土屑を手で取る。その際「囲いへ行け、厩へ〔行け〕」という句を唱え5)、「汝に天が雨を降らせよ」と言って、土屑を取った箇所を見つめ6)、そして〔その土屑を utkara の上に〕投げる。

土屑を utkara の上に投げるとき、次の句を唱える1)。「神 Savitṛ よ、大地の最も遠き領域において、百の縄をもって、我らを憎む者と、我らが憎む者とを縛れ。彼(あるいは某甲)をそこから解き放つな」2)(その後、場合により彼は水に触れる)。

そののち彼は「神々の崇拝から離れて、大地のために私は悪しき者を縛りたい」という句をもって、二度目に sphya を、最初の箇所より北方の、草の下に投げ、水に触れる。そして上述と同様に、土屑を取ること、当たったヴェーディの箇所を見つめること等が繰り返される3)

Āgnīdhra はこれに続いて sphya を取り、両手で utkara を固く押さえつけ、その際「飛べ、Araru よ、天へは〔行くな〕」と言い、水に触れる4)

Adhvaryu は言う。「汝の一滴も天に落ちるな」。そして三度目に5)、先の箇所より北方に〔sphya を〕投げ、土屑について上述の仕方で行う。同じことが四度目にも繰り返されるが、この時はマントラを伴わない。その際、土屑とともに草も取り去られ、utkara の上に

投げられる1)。これに続いて彼は Brahman に問う。「Brahman よ、最初の輪郭(parigraha)を私は引きたい」2)

Brahman は(低声で)言う。「Bṛhaspati よ、ヴェーディの輪郭を作れ。神々よ、汝らに座が快くあれ。その上に祭草がみごとに拡がれ。内部において大地は、神なる大地は、傷つけられざれ。神々を栄えしめよ。天の穹窿の背に祭主あれ。よく行う七聖仙の世界のあるところ、そこへ供物と祭主とを運べ」。(高声で)「Oṃ 3 parigṛhāṇa」3)

Adhvaryu は sphya を取り、(ヴェーディの大きさを標示するために)次の句をもって〔線を〕引く。「Gāyatrī 韻律をもって私は汝を引く」。すなわち南の śroṇi から āhavanīya 炉のところで終わる一線を引く(Comm. によれば東方のヴェーディの中央まで)。第二の線は南 śroṇi から北 śroṇi まで、「Triṣṭubh 韻律をもって私は汝を引く」という句をもって。第三の線は北 śroṇi から北側を通って āhavanīya 炉まで(Comm. によれば東方のヴェーディの中央まで)、「Jagatī 韻律をもって私は汝を引く」という句をもって4)。aṃsa〔隅〕あるいは

āhavanīya 炉のところで彼は終えねばならない。これに続いて彼は sphya をもって低声で、ヴェーディの上に東へ走る三本の線を引く。第一は南に、第三は北に1)。あるいは北へ走る三本の線を引き、第一は西に、第三は東にする。そして Āgnīdhra に言う。「三度取れ」2)

Āgnīdhra はこれらの線から三度土屑を取り、それを utkara の上に投げ、線を消し去る(saṃmṛṣet)3)。これに続いてヴェーディは、彼によって鋤(abhri)をもって四方から、左から右へ、上述のように測られた形に掘られる4)。それは三 aṅgula の深さに掘られるか、あるいは植物の根が大地の中へ達している限り、それを切り取るまで掘られる。後者の場合には、Adhvaryu が彼に「植物の根を切り取れ」と指示を与えねばならない5)

Āp. 2, 2, 6: samuddhatasyāgnīdhra utkare trir nirvapati. Bhār.: athāsyā uttamāṃ tvacaṃ samuddhṛtyotkaraṃ gamayati. Hir. 1, 22, 2: apahato 'raruḥ pṛthivyā ā devayajaṃ vaheti sphyenottamāṃ tvacam uddhatyotkare nivapati. — これについて yajamāna の章より Āp. 4, 5: yad uddhanto jihiṃsima pṛthivīm oṣadhīr apaḥ — astv ity uddhanyamānāṃ (yajamāno 'numantrayate).

Adhvaryu〔は言う〕。「Brahman よ、第二の輪郭を私は引きたい」。

Brahman は上述のように許可を与える。

Adhvaryu はヴェーディの周りに、南・西・北に上述のように線を引く。ただしその際、三つの別の句が用いられる。1)「汝は良き大地よりなり、また好ましくある」、2)「汝は柔らかく、良き座である」、3)「汝は滋養と乳とを具える」1)。これに続いて彼は sphya をもってヴェーディの土屑を南側に運び2)(Paddh.)、ヴェーディを北または東に傾ける。そして彼は次の句を唱える。「聖仙たちは供犠し、また大地の上に〔それを〕注いだ。彼らはそれを、力ある者よ、彷徨う悪鬼から奪い取り、svadhā 供物とともに月に置いた」。そして東から西へ、掘る者によって不均等にされた部分を平らにする。すなわち土塊を除去するか、あるいは木片などでそれを砕くことによって3)。祭主が家畜を望む場合には、平らにする前にヴェーディの土屑を取り除き、utkara の上に投げ、その代わりに他の〔土〕を運んで来て、それでヴェーディを満たさねばならない4)。これに続いて

Baudh. は先行部分において異なる。28. tatas trir āgnīdhro harati. 29. yad āgnīdhras trir harati atha sampraiṣam āha brahmann uttaram etc. 30. prasūta uttaraṃ parigṛhṇāty, ṛtam asīti dakṣiṇata ṛtasadanam asīti paścād, ṛtaśrīr asīty uttarataḥ. Āp. 2, 3, 5. Bhār. 2, 3, 10. 11. Hir. 1, 22, 12 ff.

Āgnīdhra は、先に praṇītā 水と āhavanīya 火との間に置いておいた praṇītā〔灌注用〕水を取り、それをヴェーディの上に近く保つ1)。その間に

Adhvaryu は、ヴェーディから手で sphya を高く持ち上げた後、望むならば次の命令を与える。「灌注水を置け。薪と barhis とを置け。匙を拭え。妻を〔草縄で〕縛れ。バターとともに先に進め」2)。もし彼がこの命令を与えなければ、(Hariśvāmin によれば)Āgnīdhra はその命令なしに個々の行為を行うか、あるいは他の者(Kāṇvaśākhā に依拠する者)によれば Adhvaryu 自身が行う。

平らにした後(Mahād.)、また barhis を撒く前には、ヴェーディにもはや触れてはならない。同様に havis 供物も、それが煮上がった後は、献供に至るまでもはや触れてはならない3)

彼はこれに続いてマントラを唱える。「汝は敵に対する武器なり」。そして、命令を与えるために先に高く持ち上げた sphya をそれをもって北方へ投げつける。すなわち

Baudh. 1, 11, 32: athāntarvedi tiryañcaṃ sphyaṃ stabdhvā sampraiṣam āha: prokṣaṇīr āsādayedhmābarhir upasādaya srucaṃ srucaś ca saṃmṛḍḍhi eheti. 33. āharanty etāḥ prokṣaṇīr abhipūrya dakṣiṇenādhvaryum. 34. tāḥ sphya upanīya sphyasya vartman sādayati. Āp. 2, 3, 9: paścārdhe veder vitṛtīyadeśe sphyaṃ tiryañcaṃ stabdhvā sampreṣyati: prokṣaṇīr āsādaya — 10. api vā na sampraiṣam brūyāt. 11. prokṣaṇīr abhipūryodañcaṃ sphyam apohya, dakṣiṇena sphyam asaṃspṛṣṭā upanīya sphyasya vartman sādayaty ṛtasadhastheti. Bhār. 2, 3, 13. 14: — āgnīdhra etāni karmāṇi kuryād ity ekam adhvaryur ity aparam. 15. Hir. 1, 22, 16: paścārdhe vedivitṛtīyadeśe sphyaṃ tiryañcaṃ stabdhvā prokṣaṇīr āsādaya etc. sampreṣyati. 17. agnihotrahavanyām pavitrāntarhitāyām ānīyodañcaṃ sphyam apakṛṣyāntarvedi dhārayan sphyasya vartmann upanīya ṛtasadhastheti sphy … sādayati. —

utkara の上に1)。もし彼が呪詛を行うために、その際に生ずる変形「某甲(名)に対して私は汝を雷霆として投げつける」を用いたならば、再び水に触れる。これに続いて彼は sphya を取り、utkara のところでヴェーディの製作によって汚れた両手を洗い、sphya を先端を東または北に向けて praṇītā 水の後ろに置く2)。そののち

Āgnīdhra3)が agnihotrahavaṇī の中にある灌注水を、その先端を北に向けて、ヴェーディの上に置く4)。praṇītā 水の後ろ(西)に、sphya の北に彼はそれを置く。praṇītā 水の南、これと āhavanīya との間に、薪を運んで来るか来ないかして、先端を東に向けて置き、その後ろ、北または西に祭草(barhis)を、同じく先端を東に向けて置く5)。これに続いて彼は sruva 匙を取る。それは khādira 材で作られ、一 aratni の大きさで、口の直径は親指の一節ほどである(Kāt. 1, 3, 32. 38)。彼はそれを gārhapatya 火のところで熱し、その際「rakṣas に対して焼かれたり」等(上述の通り)、あるいは「rakṣas は焼き尽くされたり」等と唱える。そして水に触れ、火から東方へ(vihāra の外へ)出て、言う。「汝は鋭くされておらず、競争者を滅ぼす者である。(それゆえ)私は汝を、食物に富む者らから拭い取る。それによって私が食物を得んがために」。そしてこの句をもって sruva を内側から、柄から始めて口で終わるように、西から東へ veda の先端で拭う。彼はこの句を繰り返し、sruva を外側から、窪みの下側から始めて柄の端で

終えるように、東から西へ veda の端で拭う1)。これに続いて Ā.〔=Āgnīdhra〕は火のところへ戻り、sruva を再び上述のように熱し、水に触れ、それを Adhvaryu に渡す。まったく同様に juhū についても行われる。これは palāśa 材で作られた匙で、腕の長さがあり、手の大きさの口をもち、鵞鳥の嘴のような注ぎ口と柄とをもつ。同様に upabhṛt と dhruvā についても行われる2)。これに続いて彼は個別に、低声で、二つの prāśitraharaṇa、śrītāvadāna、菓子皿3)(Karka によれば二つの菓子皿と iḍā 皿)を取り、その都度東方へ出て、内外を清め、火のところへ行き、低声でそれらを温め、Adhvaryu に渡す。(ここでは当然、水に触れることは行われない。

というのも rakṣas のマントラが唱えられないからである。)これについては、他のいくつかの śākhā に従って次のことを述べておかねばならない。すなわち、匙は拭う際に上向きに保たれねばならないこと1)、また拭われたものを未だ拭われていないものと接触させてはならないこと2)。さらに他の śākhā に従えば、彼は匙を温めた後、utkara の前または後ろで darbha 草の上に置く。しかもその口を上に向けて、それが〔本来〕あるべき位置のように3)(Paddh.)。

拭き布として用いられた veda の先端と根とを、彼はこれらすべての容器を拭い終えた後、utkara の上に投げる。ある者たちによれば āhavanīya 火の中に〔投げる〕4)

Āgnīdhra は muñja 草でできた三重の紐(yoktra)を取り、それをもって、gārhapatya 火の南西方に、顔を北東に向け、膝を立てて坐っている祭主の妻を、衣の外側から、臍の下、腰のあたりで、左から右へ巻く。その際「Aditi のために汝は装飾なり」という句を唱える5)。次いで彼は縄の南の輪を北の〔輪〕に(あるいは Mahādeva によれば北の端に)結びつける。それが杭の役目を果たす。そして二度巻いた後、南の輪を、巻きつけた紐の中央で上へ通す。その際のマントラは「Viṣṇu のために汝は帯なり

(汝は紐なり)」1)。結び目は彼は作らない2)。これに続いて彼は ājyasthālī〔バター壺〕を、二つの菓子の東方から北へ運ぶ。その際彼は左手で veda を下に支え、「汝を〔私は運ぶ〕滋養のために」という句を唱え、それを妻の前の地面に置き、彼女に言う。「妻よ、バターを見よ」。

妻は veda を左手に取り、次の句をもって「傷なき眼をもって私は汝を見下ろす。汝は Agni の舌なり。私のあらゆる場所のために、あらゆる句のために、神々をよく呼べ」と言い、バターを見る3)

他の śākhā はここで配列を異にする。Baudh. 1, 12, 11(妻を縛った後):athaināṃ tiraḥ pavitram apa ācāmayati … payasvatīr oṣadhayaḥ — sṛjā T. S. 1, 5, 10ᵍ. 12. athaināṃ gārhapatye samidhā ādhāpayaty agne vratapate vrataṃ cariṣyāmi tacchakeyaṃ tan me rādhyatāṃ svāhā vāyo vratapata āditya vratapate vratānāṃ vratapate vrataṃ cariṣyāmi t. ś. t. m. r. svāheti. 13. atha jaghanena gārhapatyam upasīdati suprajasas tvā — adābhyam T. S. 1, 1, 10ᶠ, indrāṇī vā — suprajāstvāya T. Br. 3, 7, 5, 10. 11, mama putrā (RV. 10, 159, 3). 14. athaināṃ gārhapatyam (avekṣayati) agne gṛhapata upa mā hvayasva etc. 15. athaināṃ ājyam avekṣayati mahīnāṃ payo — suprajāstvāyeti T. S. 1, 1, 10ᵏ. 16. athainad (ājyam) gārhapatye 'dhiśrayati tejo 'sīti ib. ᵗ. 17. samidham upayatya prāṇ harati tejo 'nuprehīti. 18. athainad āhavanīye 'dhiśrayaty agnis te tejo mā vi naiḍ iti. 19. atraitāṃ samidhaṃ madhyata āhavanīyasyābhyādadhāti. Āp. 2, 5, 7: upotthāyāgne gṛhapata upa mā hvayasveti gārhapatyam upatiṣṭhate. 8. devānāṃ patnīr upa mā hvayadhvaṃ patni patny eṣa te loko namas te astu mā mā hiṃsīr iti devapatnīr upatiṣṭhate. 9. tasmād deśād apakramya suprajasas tvā vayam iti dakṣiṇata udīcy upaviśati. 10. indrāṇī vā — suprajāstvāyeti japati. 2, 6, 1: pūṣā te bilaṃ viṣyatv iti sarpirdhānasya bilam apāvṛtya, dakṣiṇāgnāv ājyaṃ vilāpya, aditir asy achidrapūtrety ājyasthālīm ādāya, mahīnāṃ payo 'sy oṣadhīnāṃ rasas tasya te jāyamānasya nirvapāmi devayajyāyā iti tasyāṃ pavitrāntarhitāyām ājyaṃ nirupya, idaṃ viṣṇur vicakrama iti dakṣiṇāgnāv adhiśritya,

Āgnīdhra は妻の前に置かれたバターを取り、それをヴェーディの上、そこに置かれた灌注水の後ろに置く。彼自身はその後に坐る1)。これに続いて Adhv.〔=Adhvaryu〕は veda を取り、灌注水の中から二つの pavitra〔清浄具〕を取り、「神 Savitṛ の命により、私は汝を傷なき pavitra をもって、太陽の光線をもって清める」という句をもってバターを清める。次いで彼は sphya を取り、バターを塗った二つの pavitra をもって灌注水を清める。その際の句は「神 Savitṛ の命により云々」2)

Adhvaryu あるいは祭主は次いで言う。「汝は輝きなり、汝は光り輝くものなり、汝は不死なるものなり」。そして veda を下に支えながらバターを見る3)。彼は左手で

これに続いて juhū と veda とを取り、右手で sruva を取る。彼は sruva をもってバター壺から低声でバターを掬い1)、次の句をもって juhū の中へ注ぐ。「汝は神々にとって親しき場所なり、揺るぎなき神事なり」2)。彼はさらに三度、マントラなしに、あるいは三度マントラを伴い一度低声で、同じことを行う。再び彼は sruva をもってバター壺からバターを取り、それを upabhṛt に入れる3)。そこへは八度、一度は当のマントラを伴い七度は低声で、あるいは三度はマントラを伴い五度は低声で〔入れる〕4)。ここでさらに注意すべきは、バターをしばしば注ぎ入れるにもかかわらず、upabhṛt に含まれる量は juhū にあるそれより少なくなければならない、ということである。

juhū に注ぐのと同様に、彼は sruva をもって四度 dhruvā にバターを注ぐ5)。句は一度または三度唱えられる。

三つの匙にバターを掬うことについて Baudh. 1, 12, 24 は言う。prokṣaṇīṣu pavitre avadhāyādatte dakṣiṇena sruvaṃ, savyena juhūṃ, vede pratiṣṭhāpya tasyāṃ gṛhṇīte śukraṃ tvā (iti) saṃmṛśyotprayacchati. 25. athopabhṛti gṛhṇīte | jyotis tvā jyotiṣi dhāmne dhāmne devebhyo yajuṣe yajuṣe gṛhṇāmīty etena yajuṣāṣṭagṛhītaṃ gṛhītvā bhūyaso grahān gṛhṇānaḥ kanīya ājyaṃ gṛhṇīte. 26. tathaiva saṃmṛśyotprayacchati. 28. atha dhruvāyāṃ gṛhṇīte 'rcis tvārciṣi dhāmne d. y. y. g. ity etena yajuṣā caturgṛhītaṃ gṛhītvābhipūrya tathaiva saṃmṛśyotprayacchati. Āp. 2, 7, 6: samaṃ bilaṃ dhārayamāno juhvāṃ, madhyadeśa upabhṛti, bhūmau pratiṣṭhitāyāṃ dhruvāyām. 7. catur juhvām, aṣṭāv upabhṛti, catur dhruvāyām. 8. paśukāmasya vā pañcagṛhītaṃ dhruvāyāṃ, yathāprakṛtītarayoḥ. 9. daśagṛhītam upabhṛti, pañcagṛhītam itarayor ity eke. 10. bhūyo juhvām, alpīya upabhṛti, bhūyiṣṭhaṃ dhruvāyām. 11. śukraṃ tvā śukrāyām iti tribhiḥ, pañcānāṃ tvā vātānām iti ca dvābhyāṃ j. catuḥ pañcakṛtvo vā pratimantram. 12. pañcānāṃ tvā diśāṃ pañcānāṃ tvā pañcajanānāṃ pañcānāṃ tvā salilānāṃ dhartrāya gṛhṇāmi etc. pañcabhir upabhṛty aṣṭakṛtvo daśakṛtvo vā pratimantram. 13. śeṣeṇa dhruvāyāṃ catuḥ pañcakṛtvo vā pratimantram. Bhār. 2, 7, 2 以下。Hir. 1, 25, 2 — catuḥ pañca vā juhvāṃ gṛhṇāty aṣṭau daśa vopabhṛti. 3. yathā juhvām evaṃ dhruvāyām. 5. upabilaṃ sthālyā juhūṃ dhārayamāno, madhyadeśa upabhṛti,

Adhvaryu はこれに続いてヴェーディの中央からバター壺を取り、それをどこかよく隠れた場所に置く。次いで彼は薪を束ね、言う。「Brahman よ、薪に灌注したい」1)

Brahman:「灌注せよ。祭を、神々を栄えしめよ —(上述の通り)— 祭主を。oṃ 3 prokṣa」。

Adhvaryu は灌注水を取り、言う。「汝は黒羚羊なり、巣にあるもの(?)なり。汝を、Agni にとって歓迎さるべきものを、私は灌注する」。そして薪に灌注する。次いで「汝はヴェーディなり、barhis に親しき汝を私は灌注する」という句をもってヴェーディに灌注する。これに続いて彼は Āgnīdh から渡された祭草を取り、それが praṇītā 水と āhavanīya との間の道をまだ運ばれて来ていない場合には、いま同じ道を通って運び、それをヴェーディの上に、結び目を東に向けて置く。そして次の言葉をもって Brahman に灌注の許可を問う。「Brahman よ、barhis に灌注したい」。

Brahman:「灌注せよ。祭を、神々を栄えしめよ — 祭主を。oṃ 3 prokṣa」2)

Adhvaryu は barhis に灌注する。その句は「祭草よ、

汝は匙にとって望ましきものなり、私は灌注する」であり、次いで灌注水の残りすべてを、その根の上に注ぐ。その際の言葉は「汝は Aditi のための潤いなり」1)。次いで彼は二つの pavitra を praṇītā 水の中に置き、barhis を解き、barhis 束の東側から「汝は Viṣṇu の頭髪なり」という言葉をもって、いわゆる prastara を取る2)。これを彼は低声で Brahman に渡す。彼は barhis の紐自体を低声で解き(それがもはや縄をなさぬように)、それを南 śroṇi の上に、先端を東または北に向けて置き、それをここで問題となっている barhis 以外の別の barhis 草で覆う。そして草・葉・木片などでヴェーディの上に落ちたものは、彼が手で utkara の上に投げる。次いで彼はヴェーディを三重に、あるいは適当な仕方で、奇数回(五回、七回など)撒き敷く3)

前者は次のような仕方で行われる。sphya を置いた後、彼は草束から三分の一を取り、言う。「羊毛のごとく柔らかく私は汝を撒く。汝が神々に良き座を提供せんことを」。そしてそれを南 aṃsa から北 aṃsa へ撒く。次いで彼は第二の部分を取り、それを最初のものの西に撒く。その際、先に撒いたものの根が、その先端で覆われるようにする1)。次いで第三の部分を取り、同じ仕方でヴェーディの西側に撒く2)。五重あるいは七重の撒敷の場合もまったく同様に行われる。それは常に、間に大地が見えないように行われねばならない。また最後の撒敷の際には sphya を下に当てておく。

この撒敷は、東から始めて西で終わる仕方で行われた。もう一つの様式は、西から始めて東で終わるものである。この場合には、最初に撒かれたものの先端が、その都度棒(yaṣṭi)で持ち上げられ、次の第二・第三の列が、その根を前の列の先端の下に置かれねばならない3)。āhavanīya で煮る者は、いまこれが整えられるので、havis 供物を運び去らねばならない。さもなくば焼けてしまうからである4)

Adhvaryu はこれに続いて薪から一片を取り、Brahman の手から prastara を取る。そして prastara を āhavanīya 火の上にかざしつつ、その火を整える。すなわち一片を投げ入れるか、あるいはこの薪片でかき立てて、薪などを燃やすのに適するようにする5)。二本の燃え木を、それが

anuyāja のために必要な場合には、彼はそののち āhavanīya から離れた場所へ1)東方へ持って行き、khara の縁に置く。

次に三本の paridhi〔囲い木〕を周りに置くことが行われる。それらは乾いていてはならず、同一の木から取られねばならない。すなわち palāśa 樹から、あるいはこれが得られないならば vikaṅkata から、あるいはこれも無い場合は kārṣmarya から。最後のものも得られない場合には、bilva, khadira, udumbara の間で自由に選べる。それらは祭主の腕の長さ、すなわち指を伸ばした手から肩までの長さである。薪として二十一片を取る場合には、それらはその中から取られる。Karmapradīpa 2, 5, 19 によれば、それらは腕の長さで、まっすぐで、樹皮を具え、裂け目がなく、三本は先端が折れておらず、ある者たちによれば四本(?)である(ekeṣāṃ tu caturdiśam)2)

これらの paridhi は次のような仕方で置かれる。彼は次の句を唱える。「Gandharva Viśvāvasu よ、汝を周りに置け。すべてが損なわれざるように。汝は祭主のための囲いなり。汝は Agni なり、乞い求めらるべき者、乞い求められた者なり」。そして āhavanīya の西方に、中央の太い paridhi を、先端を北に

向けて置く。次いで「汝は Indra の右腕なり。すべてが損なわれざるように…」をもって、南に第二のより細い paridhi を、その先端を東に向けて置く。第三に、北にさらに細い paridhi を、その先端も同じく東に向けて、次の句をもって置く。「Mitra-Varuṇa 両神が汝を北方に、堅き法をもって取り巻け。すべてが損なわれざるように…」。

これに続いて彼は、先に薪から取った一片で、低声で第一の paridhi に触れ、立ち上がり、次の句をもって「Kavi よ、饗宴に招く汝を、我らは輝かしく燃え立たせたい。Agni よ、祭において偉大なる汝を」と言って、その薪片を āhavanīya 火に入れる。彼はこれに続いて薪からもう一片を取り、それを paridhi に触れずに「汝は薪片なり」1)と言って入れる。彼は坐り、āhavanīya 火を見つめながら saṃhitā 調で囁く。「太陽が東方において、いかなる呪詛からも汝を守れ」2)

Adhvaryu が āhavanīya からヴェーディへ、左から右へ回りながら戻った後、彼はその上に撒かれた barhis から(あるいはまた未使用の二本の)先端をもつ一 aratni の長さの茎を取り、「汝らは Savitṛ の両腕なり」という句をもって、ヴェーディの中央に、その上に撒かれた barhis を横切るように、先端を北に向けて置く3)。その根の上に彼は prastara を

先端を東に向けて、次の句をもって置く。「羊毛のごとく柔らかき、良き座として、私は汝を神々のために撒く」1)。その上に彼は「汝の上に Vasu 神群、Rudra 神群、Āditya 神群が坐せんことを」という句をもって両手を置き、それによってそれを押さえつける2)(Paddh.)。

左手が prastara を離すことなく、Adhvaryu は右手で、Āgnīdhra から渡された juhū を取り、それを次の句をもって prastara の上に、先端を東に向けて置く。「汝はバターを滴らす juhū なり。ここに、この愛しき座に、愛しき住処とともに坐せ」3)。左手で彼はこれに続いて veda を取り、右手で Āgnīdh から渡された upabhṛt を取り、それを次の句「汝はバターを滴らす upabhṛt なり —(上述のように)住処」をもって、juhū の北に、それから離して、触れさせずに、barhis の上に置く。さらにその北に、彼は次のマントラ「汝はバターを滴らす dhruvā なり —」をもって、upabhṛt からやや離して、触れさせずに、dhruvā を二本の vidhṛti の先端の上に置く4)

新月祭においては、sāṃnāyya が捧げられる場合には、いま(dhruvām āsādya と Paddh. S. 310 は言う)夕方の搾乳を運んで来させる1)

匙をヴェーディの上に置いた後、Adhvaryu は右手でバター壺と sruva を、左手で菓子皿と veda を取り、身を転じ、左から右へ回りながら近づき、西へ行き、gārhapatya 火の後ろに坐り、その北にバター壺を置き、そのさらに北に菓子皿を置く。これに続いて彼は veda で、(新月祭において sāṃnāyya が捧げられる場合には)菓子から灰を払い、低声でバター壺から sruva をもって、菓子の上にバターを注ぐ。同様に甘い乳の上にも(ただし酸乳の上にではない)、新月において sāṃnāyya が供えられる場合には2)。次いで彼は、一つの(二つの菓子にも用いられる)皿の中の、南と北の二つの窪んだ箇所に、sruva をもって一匙のバターを、菓子の下敷きとして注ぐ。

彼はいま第一の(Agni に属する)菓子を、それを裏返すことなく木片などで取り、北のものの東方を通り、バター壺の後ろを通って菓子皿へ運び、その中に置く。次いで第二の(Indra-Agni もしくは Agni-Soma に捧げられた)菓子を、第一のものとバター壺の後ろに〔運ぶ〕。

新月において sāṃnāyya が供えられる場合には、Agni の菓子を運び去った後、そこから北に酸乳を、そのさらに北に甘い乳を置くべきである。

これに続いて Adhvaryu が kapāla〔土器片〕の数を数え(gaṇayitvā と Paddh.)、各菓子について唱えるべき

Baudh. 1, 14, 1: athādatte dakṣiṇenājyasthālīṃ savyena pātrīṃ vedam ity etat samādāya pradakṣiṇam āvṛtya pratyaṅṅ ādrutya jaghanena gārhapatyam upaviśya pātryāṃ dvedhopastṛṇīte syonaṃ te sadanam — T. Br. 3, 7, 5, 2. 2. atha dhṛṣṭim ādāya dakṣiṇasya purodāśasyāṅgārān apohatīdam ahaṃ — T. Br. 3, 7, 5, 1. 3. athainaṃ vidarśayati sūrya jyotir — 4. vedena virajasaṃ kṛtvābhighārayaty āpyāyatāṃ — T. Br. 3, 7, 5, 2. 5. yaddevatyo vā bhavati. 6. athainam udvāsayati śrita utsnāti — (ib.) 7. ājyena saṃtarpayaty ārdraḥ — | upariṣṭād abhyajyādhastād upānakti yas ta ātmā paśuṣu taṃ nakṣveti【?】. 8. evam evottaraṃ purodāśam udvāsayati. 9. atha śṛtam. 10. atha dadhi. 11. atha sāṃnāyye 'laṃkaroti yas ta ātmā — yajamānāya mahyam. Āp. 2, 10, 8: kapālavat purodāśād aṅgārān apohya, sūrya jyotir — ity abhimantrya, āpyāyatām — agnaye juṣṭam abhighārayāmīty āgneyaṃ purodāśam abhighārayati. 9. tūṣṇīm uttaram. 10. yas ta ātmā — yajamānāya mahyam iti prātardoham. 11. syonaṃ te sadanam — kalpayāmi ta iti pātryām upastīrya. 12. ārdraḥ — matīnām ity aparyāvartayan purodāśam udvāsya. 2, 11, 1: vedena bhasma pramṛjya, tasmin sīda — sumanasyamāna iti pātryāṃ pratiṣṭhāpayati. 2. tūṣṇīṃ yavamayam. 3. — devas tvā savitā madhvānaktv iti sruveṇa purodāśam anakti. 4. svaktam akūrmapṛṣṭham aparivargam anikāṣam upariṣṭād abhyajyādhastād upānakti. Bhār. 2, 10, 3: sasruvām ājyasthālīṃ vedaṃ pātrīṃ cādāyāpareṇa gārhapatyam upaviśet. 4. idam ahaṃ senāyā abhitvaryai mukham apohāmīti vedena purodāśāt sāṅgāraṃ bhasmāpohyā, 'bhimantrayate sūrya — iti. 5. pātryām upastṛṇāti syonaṃ te — 6. ājyenābhighārayati yas ta ātmā — 7. pātryām udvāsayaty ārdraḥ — 8. na paryāvartayan (?) anakti. 11, 2: athaināv aparivargam anikāṣam anakti. 3. devasya tvā savitā madhvānaktv ity upariṣṭād abhyajyādhastād upānakti. 4. svaktam akūrmapṛṣṭhaṃ kṛtvā sāṃnāyye cālaṃkṛtya. Hir. 1, 27, 3 以下。この際の祭主の関与については cf. Āp. 4, 8, 1: tṛptir asi — paśubhir ity purodāśān ajyamānān (y. a.) Bhār. 4, 11, 1.

句をもって塗る。「汝から息として動物たちの中に入り、種々の神々に拡がった魂とともに、Soma よ、汝がバターを具えた後、Agni へ(あるいは第二の菓子においては Indra-Agni もしくは Agni-Soma へ)行け1)。祭主のために輝きを見出せ」。彼は菓子に個別に、sruva をもってバター壺から取ったバターを塗る。新月において sāṃnāyya が捧げられる場合には、このいわゆる prāṇadāna は Agni の菓子だけでなく、甘い乳と酸乳についても行われる。「Agni へ」の代わりに上述の句(p. 69 註2)では「Indra へ」(あるいは「Mahendra へ」)が入る。

彼はこれに続いて sruva をもって、置かれた順に個々の kapāla に、低声で、あるいは次の句をもって塗る。「聖仙たちが火のところで積み重ねた土器片、また Pūṣan の領域にあるそれらを、Indra-Vāyu が解き放て」2)

kapāla が置かれたのと同じ順序で、それらはいま運び去られる。彼は sphya を取り、第一の kapāla を北へ運ぶ。その際「第一の菓子を私は運び去る」と言う。第二のものについては「第二の菓子を私は運び去る」と言う。このようにして第一の菓子については八つすべて、第二のものについては十一ないし十二すべてを〔運び去る〕3)

彼はこれに続いて供物を、(その都度唱えるべき?)次の句をもってヴェーディの上に置く。「愛しき住処とともに、愛しき座に坐せ」。すなわち dhruvā の北に ājyasthālī を置き、その際 veda を下に支える。そのさらに北に第一の菓子を、そのさらに北に第二の菓子を置き、その際 sphya を下に支える。新月において sāṃnāyya が捧げられる場合には、さらに甘い乳と酸乳が置かれる。Adhvaryu はこれに続いて veda を取り、(その都度?)「これらは ṛta の懐に堅く坐した。Viṣṇu よ、これらを守れ、祭を守れ、祭主を守れ」と言い、それをもって供物に、それらが用いられる順に触れる。まず壺の中のバター、次いで juhū、upabhṛt、dhruvā の中のそれ。そして veda を

dhruvā の東に置き、sphya を下に支えつつ、二つの菓子に個別に触れる。彼は「祭を導く私を守れ」という句をもって自分自身の心臓に触れ2)、次いで水に触れる3)

ここでもまた、祭主による観察〔遵守〕が行われうる4)

Baudh. 1, 14, 15: enaṃ sruvam ājyasya pūrayitvāntareṇa purodāśāv avadadhāti. 16. athainānī samparigṛhyāntarvedy āsādayati. 17. bhūr bhuvaḥ suvar ity etābhir vyāhṛtibhir madhyataḥ purodāśāv āsādayati. 18. dakṣiṇataḥ śṛtam. 19. uttarato dadhi. 20. athainaṃ sruvam agreṇa srucaḥ paryāhṛtya dakṣiṇena juhūṃ prastare sādayati syono me sīda — T. Br. 3, 7, 6, 10. 21. athainaṃ yathābhṛtaṃ pratiparyāhṛtyāvadadhāti ṛṣabho 'si — sīda T. Br. 3, 7, 6, 10. Āp. 2, 11, 6: apareṇa srucaḥ purodāśāv āsādayati. 7. uttarau dohau. 8. api vā madhye vedyāḥ sāṃnāyyakumbhyau saṃdadhāti, pūrvaṃ śṛtam, aparaṃ dadhi. 9. athaine vyudūhati, dakṣiṇasyāṃ śroṇyāṃ śṛtam āsādayaty, uttarasyāṃ dadhi. 10. ayaṃ vedaḥ — T. Br. 3, 7, 6, 13 agreṇottareṇa vā dhruvāṃ vedaṃ nidhāya, vedyantān paristīrya, hotṛṣadanaṃ kalpayitvā sāmidhenībhyaḥ pratipadyate. Bhār. 2, 11. Hir. 1, 27 末尾。

Āp., Bhār. によれば祭主もまた関与する。Āp. 4, 8, 2: yajño 'si sarvataḥ śritaḥ — paśumatīr ity āgneyaṃ purodāśam āsannam abhimṛśati, sarvāṇi vā havīṃṣi. 3. idam indriyaṃ — śrayatām iti T. Br. 3, 7, 6, 12 prātardoham. 4. yat pṛthivīṃ — dhinotv iti T. Br. 3, 7, 6, 12 dadhi. 5. ayaṃ yajñaḥ — aśyām iti T. Br. 3, 7, 6, 13 sarvāṇi havīṃṣi. 6. yo naḥ kanīya — videyety aindrāgnam. 7. mamāgne varco vihaveṣv astv ity anuvākena sarvāṇi havīṃṣy āsannāny abhimṛśed, aṣṭābhir vā. 8. caturhotrā paurṇamāsyāṃ havīṃṣy abhimṛśet prajākāmaḥ, pañcahotrāmāvāsyāyāṃ svargakāmaḥ. 9. nityavad eke samāmananti. Bhār. 4, 11: antarvedi havīṃṣy āsannāny abhimṛśati | yajño 'si — paśumatīr ity āgneyaṃ purodāśam —, prajāpatir asi — paśumatīr ity agnīṣomīyam | yo naḥ kanīya — videyety aindrāgnam u. s. w.

〔以下二頁分は底本の印刷・撮影が不良で、判読不能。原著の第二部扉および冒頭の反復と推定される。〕

§第二部 供祭の主要部

§供物(Die Spenden)

〔Pray. B₁ によれば、祭主はいま、もし彼が火を設置した時に既にこれを行っていなければ、hotṛ を次の言葉をもって選ぶ。「この祭の行事において私は汝を hotṛ として選ぶ」。〕

Adhvaryu は、ヴェーディの後方、gārhapatya 火と āhavanīya 火との間に、あるいはヴェーディの śroṇi の北方に、hotṛ のための座を varaṇa 材あるいはこれに類する木で作り、それを乾いた kuśa 草で覆う。次いで彼は言う。「hotṛ よ、来たれ」1)

hotṛ は、āhavanīya の北東に顔を東に向けて立ち、祭紐(yajñopavīta)を他の祭官たちと同様に左肩にかけ、沐浴し口をすすいだ後、祭場へ行く。左から右へ回りながら、utkara の前を通り、praṇītā 水の後ろを通って近づく2)。彼が

常に右足を先に出して近づいた後、右足の踵を北 śroṇi と一直線上に置き、爪先で祭草を踏み、指を広げた両手を合わせ、それを心臓もしくは膝の高さに保ち、天と地の結合点を見つめる1)

§Sāmidhenī 詩節

Adhvaryu は薪から一片を手に取り、hotṛ に言う。「agnaye samidhyamānāyānubrū3hi(hotar)」2)3)

hotṛ は囁く。「師に礼、証人に礼、告知者に礼。ここで誰が誦すべきか。この者が誦すであろう。六つの広きもの(ūrvīr、方位)が私を苦難から守れ。天と地、昼と

夜、水と植物。声、祭、良き韻律が終結に達した。私は私自身、某甲(hotṛ もしくはその代理者の名)のもとへ近づく。生成したものと、生成するであろうものと、生まれたものと、生まれるであろうものとにおいて、私は apāvya(?)に与らせよ。声から非贖罪を取り去れ」。これによって彼は指先を引き寄せる。「生類を知る者よ、私のもとで獣たちが喜ぶようになせ」。これによって彼は再びそれらを合わせる。「私の守りは天と地であれ、守りは Agni、守りは太陽、守りは側方にあるものども。私は今日まず第一に歌において心を用いたい。我ら神なる者が、それによって Asura らを撃ち破らんことを。祭を享受する者らよ、聖なる者らよ、汝ら皆、汝ら五族よ、私の飲物を享受せよ」1)

yajamāna、あるいは彼が不在の場合は Adhvaryu が sphya を取り、言う。「途切れぬ順序で、いわば私のために誦せ」2)

hotṛ:「Brahman よ、sāmidhenī 詩節を私は誦したい」3)

Brahman は(低声で)言う。「Prajāpati よ、誦せ。祭を、神々を栄えしめよ。天の背に祭主あれ。よく行う七聖仙の世界のあるところ、そこへ祭と祭主とを運べ」。(高声で)「oṃ 3 anubrū3hi」4)

〔Sviṣṭakṛt の前では、すべてのマントラはやや高められた声、すなわちまったくの低声ではない声で、upāṃśu との区別において唱えられる1)

Āp. によれば、Pray. B₁ によれば hotṛ が今2)、Daśahotṛ「cittiḥ sruk cittam」等(T. Ār. 3, 1)を〔唱える〕。〕

hotṛ は言う。「hiṃ 3 bhūr bhuvaḥ svar oṃ」3)。あるいは彼が Kautsa である場合には「bhūr bhuvaḥ svar oṃ hiṃ 3」。彼が Kautsa である場合には、さらに先行する japa「礼 — 飲物」を省く4)。これに続いて彼は sāmidhenī 詩節を単調に(madhyasvareṇa と Śāṅkh.〔下記〕および Kāt. の Paddh. は言う)、互いに連結して(saṃtatam)唱える。しかもその際、三 mora を含む om 音の後に来る当該の半詩節の終わりに至って初めて休止するようにする。その際に守るべき個々の規定については、Āśv. のものを以下の記述に取り入れた5)

hotṛ:I. pra vo vājā abhidyavo haviṣmanto ghṛtācyā devāñ jigāti sumnayom 31)— ここで hotṛ は休止することなく唱え、

yajamāna が tyāga として「agnaya idaṃ na mama」2)を唱え、

Adhvaryu が第一の薪片を āhavanīya 火に投げ入れる3)。〔そして anumantraṇa として言うのは

yajamāna:ucchuṣmo agne yajamānāyaidhi niśuṣmo abhidāsate; agne dyeddham anviddham adrajihvā【?】〕。その間

hotṛ は続ける。II. pra vo vājā abhidyavo haviṣmanto ghṛtācyā(息継ぎをせずに。あるいは etāvad anavānam と Pray. B₁ は言う。Āśv. 1, 2, 10. 11、p. 76 註5 参照)devāñ jigāti sumnayom 3(この時

Adhvaryu が第二の薪片を火に投げ入れ)、hotṛ は続ける。

III. pra vo vājā abhidyavo haviṣmanto ghṛtācyā(休止)

devāñ jigāti sumnayom 32)(Adhvaryu が第三の薪片を火に投げ入れる)。

IV. agna āyāhi vītaye gṛṇāno havyadātaye(休止)

ni hotā satsi barhiṣon 3(Adhvaryu が第四の薪片を火に投げ入れる)

V. taṃ tvā samidbhir aṅgiro ghṛtena vardhayāmasi(休止)

bṛhac chocā yaviṣṭhyom 3(Adhvaryu が第五の薪片を火に投げ入れる)

VI. sa naḥ pṛthu śravāyyam achā deva vivāsasi(休止)

bṛhad agne suvīryom 3(Adhvaryu が第六の薪片を火に投げ入れる)

VII. īḍenyo namasyas tiras tamāṃsi darśataḥ(休止)

sam agnir idhyate vṛṣom 3(Adhvaryu が第七の薪片を火に投げ入れる)

VIII. vṛṣo agniḥ sam idhyate 'śvo na devavāhanaḥ(休止)

taṃ haviṣmanta īḍatom 3(Adhvaryu が第八の薪片を火に投げ入れる)

IX. vṛṣaṇaṃ tvā vayaṃ vṛṣan vṛṣaṇaḥ sam idhīmahi(休止)

agne didyataṃ bṛhom 3(Adhvaryu が第九の薪片を火に投げ入れる)

X. agniṃ dūtaṃ vṛṇīmahe hotāraṃ viśvavedasam(休止)

asya yajñasya sukratom 3(Adhvaryu が第十の薪片を火に投げ入れる)

XI. samidhyamāno adhvare 'gniḥ pāvaka īḍyaḥ(休止)

śociṣkeśas tam īmahom 3(Adhvaryu が五片を同時に火に投げ入れる。十六片目は anuyāja のために残しておく)3)

XII. samiddho agna āhuta devān yakṣi svadhvara(休止)〔Āp. によれば

yajamāna が、燃え立った火について anumantraṇa を唱える。samiddho agnir āhutaḥ — nama〕1)

hotṛ は休止の後に続ける。tvaṃ hi havyavāḍ asom 3

XIII. ā juhotā duvasyatā 'gniṃ prayaty adhvare(休止)

vṛṇīdhvaṃ havyavāhanom 3. XIV. ā juhotā duvasyatā 'gniṃ prayaty adhvare(休止)

vṛṇīdhvaṃ havyavāhanom 3. XV. ā juhotā duvasyatā 'gniṃ prayaty adhvare(休止)

vṛṇīdhvaṃ havyavāhanom 32);agne mahāṁ asi brāhmaṇa bhārata3)(休止)—

これらの詩節が唱えられる間、

祭主は両足の親指で(大地を)押さえつけ、言う。「ここに私は某甲を押さえつける」。その際彼は敵の名を挙げる。あるいはもし敵がいない場合には「憎む者、競争者を」と言う。あるいは彼は言う。「ここに私は十五重の雷霆をもって某甲(あるいは憎む者、競争者)を押さえつける」4)。水に触れることは行われない。

§第一の Āghāra

sāmidhenī の結びの言葉 vṛṇīdhvaṃ havyavāhanom a. m. a. b. bh. において、

Adhvaryu1)が北方に坐り、右膝を屈して、veda をもって三度 āhavanīya 火を扇ぎ、sruva をもって ājyasthālī2)からバターを掬い、veda を下に支えつつ、「これは Prajāpati のためである」と念じ、坐したまま、右膝を地につけて3)、sruva をもって4)āhavanīya の北側に、低声で、まっすぐな、長い、途切れない、東に向けられた第一のバター注ぎを行う。〔Āp. 4, 9 によれば、祭主はこれについて anumantraṇa「mano 'si prājāpatyam」を唱える。Pray. B₁: āghārānantaraṃ prajāpataya idaṃ na mama, mano 'si prājāpatyaṃ manasā mā bhūtenāviśeti.〕注ぎが始まる時に(Pray. B₂: hotā tv āghāropakramakāle 等)、すなわち mahāṁ asi b. bh. の言葉の直後に、

hotṛ によって

§Pravara1)

が行われる。すなわち彼は「Brahman よ、Bharata に仕えし者よ」に続けて次のように言う。「某甲(その子)某甲、(そのまた子)某甲に仕えし者よ」(Comm. ad 1, 3, 6 によればここで休止)。「神々によって燃え立たしめられた者、Manu によって燃え立たしめられた者、聖仙たちに讃えられた者、賢者たちに歓呼された者、詩人たちに称えられた者、Brahman に命ぜられた者、ghṛta の供物をもって敬われた者、祭の導き手、行事の統率者、誤ることなき、比類なき hotṛ、祭の遂行者よ」。これによって彼は休止を作る2)。〔

yajamāna は、既述のように Āp. によれば Āghāra について anumantraṇa「mano 'si prājāpatyam」を唱えるが、次いで pravara が選ばれる際には次のように誦する。devāḥ pitaraḥ — sa saṃyaja iti3)。〕hotṛ が語っている間に(Pray. B₁: anuvacanakāle)

Adhvaryu が Āgnīdhra に、sphya と

薪を束ねるための紐1)とを取って、次の命令を与える。「Āgnīdhra よ、火を掃き清めよ」2)

Āgnīdhra は左手で sphya を握り、右手で火を取り、南の paridhi の近くに進み、その紐で火を清めるために、一度は次の句をもって「Agni よ、食物を勝ち取る者よ、食物へと急がんとする汝を、食物を勝ち取る汝を、私は掃き清める」と言い、二度は低声で、paridhi に沿って、これらに最も近い箇所を順に、āhavanīya 火を掃き清める。その際彼は火の周りを左から右へ回る。さらに彼は三度低声でその上を拭う3)

Adhvaryu は āhavanīya の後ろ、juhū と upabhṛt の前で、両手を窪ませて大地に置き、神々への namaskāra を行う。その句として彼は「namo devebhyaḥ」と唱える。その南に第二の〔namaskāra を〕、その際両手を小指を合わせて上向きに向けて、次の句をもって行う。「svadhā pitṛbhyaḥ」4)。祭紐は彼はここでも左から右へかけ、顔は東に向け、

普段のように南ではない。これに続いて彼は水に触れ、次いで両手で juhū を取り、upabhṛt の先端の上を越えて運び、それを upabhṛt の上に置く。その際、両者が重なり合わないようにする1)。次いで彼は言う。「両者が私に従わんことを。私は今日、神々にバターをこぼすことなく捧げたい」。そしてこのマントラをもって juhū と upabhṛt とを同時に取る2)。Adhvaryu が二つの匙を取っている間に(Pray. B₁: juhūpabhṛtor ādānakāle)

hotṛ はその nigada を続けて言う。「神々の口として、juhū として、神々が飲むための桶として、Agni よ、汝は神々を取り巻く。あたかも車輪の輪縁が食物を〔取り巻く〕ごとく。祭主のために神々を導き来たれ」。彼がこのように始めた3)後、

彼は言う。

§神々の招請(devatānām āvāhanam)

agnim agna1)ā3vaha2)

somam ā3vaha3)

agnim ā3vaha、次いで

Aitareyin たち:(低声で)viṣṇum(高声で)ā3vaha。他の者たちは、彼らがそもそも Upāṃśuyāja を捧げる場合には、満月祭においてこれに代えて

(低声で)agnīṣomāv(高声で)ā3vaha を置く4)

〔ある者たちは(低声で)prajāpatim(高声で)ā3vaha〕、次いで

新月祭においては:indrāgnī ā3vaha(第二の菓子供物がある場合)

indram あるいは mahendram ā3vaha(sāṃnāyya が捧げられる場合)

満月祭においては:agnīṣomāv ā3vaha5);両者において彼は次の言葉で結ぶ。

devāñ ājyapāñ ā3vaha

agniṃ hotrāyā3vaha svaṃ mahimānam ā3vahā(3?)vaha jātavedaḥ suyajā yaja6)

hotṛ がこのようにして神々を招請している間に(Pray. B₁: hotur devatāvāhanakāle)、

Adhvaryu は立ち上がった後、paridhi の後ろを通り7)、匙の前を通って、次の句をもって「Viṣṇu よ、私が

汝に足で当たることのないように」と唱え、prastara を踏まぬようにして南へ行く。その際、彼が祭に赴くときは常にそうであるように、左足を先に出す1)。彼は言う。「Agni よ、私は汝の富に満ちた家に入りたい。汝は(家よ)Viṣṇu の場所なり」。そして āhavanīya のところの、yājati〔svāhā を伴う献供〕が行われる場所に立ち2)3)、顔を北東に向ける。

§第二の Āghāra

yajamāna が tyāga を行う。oṃ 3 indrāya na mama4)

Adhvaryu は juhū を upabhṛt の先端の上を越えて

前方へ下げ、juhū の中にある1)バターをもって、燃えている〔火の〕南側に第二の、今度は Indra に属する Āghāra を、上に(S. 80)記した通りに献供する。その句として彼は先に唱える。「ここから Indra はその力を創り出した。祭は高く立ち上がった。Agni よ、hotṛ の職を喜んで引き受けよ。汝の使者の職を喜んで引き受けよ。天と地とが汝を助けよ。汝、天と地よ、助けよ。Indra が、この我らのバター供物によって、神々のために良き供犠を行う者(sviṣṭakṛt)となれ、svāhā」2)。〔Āghāra が注がれる間に、Āp., Bhār. および Pray. B₁, B₂ によれば、

yajamāna がそれについて anumantraṇa を唱える。「Indra の声は汝なり。声とともに私に入れ、Indra の力とともに」3)。〕

Āghāra の後、

Adhvaryu は、二つの匙を互いに接触させることなく、yājati が行われる場所から、常に右足を先に出して4)再びヴェーディの後ろへ戻り、坐り、juhū の中にあるバターで dhruvā の中のそれに塗る。すなわち juhū から dhruvā へバターを流れさせる(Paddh.: binduṃ pātayati)。句としては彼は次のように唱える。「(結合せよ)輝きと輝きとが」5)。一度はマントラを伴い、二度は低声で行われる6)

これに続いて彼は左手で upabhṛt を取り、右手で juhū を prastara の上に置き、左手で veda を取り、upabhṛt を juhū の北方の元の位置に戻す1)

hotṛ は、sāmidhenī の時に近づいたのと同じように、膝を上に向けて坐り、北方の草を押し分け、大地の上に一 prādeśa〔一拃〕を作る。それについてのマントラとして彼は言う。「Aditi、彼の母よ、汝は私を空界から引き離すことなかれ。ここに私は Agni によって、神を、神格を、三重の stoma によって、Rathantara-sāman によって、Gāyatrī 韻律によって、Agniṣṭoma 祭によって、Vaṣaṭkāra の雷霆によって殺す。我らを憎む者を、また我らが憎む者を」2)

Adhvaryu は hotṛ の周りを左から右へ回り、彼の北方に行き、顔を東に向けて utkara の後ろに立ち、idhmasaṃnahana を手に取る3)。彼について今、

hotṛ が anumantraṇa を唱える。「神々の間で祭を告げよ(āśrāvaya)。人間たちの間で私を、名声のために、栄誉のために、Brahman の輝きのために告げよ」4)

Adhvaryu(Āgnīdhra に向かって):oṃ3 śrā3vaya1)

Āgnīdhra は、北方に(uttarataḥ。あるいは後ろに?)Adhvaryu と顔を南に向けて相対して立ち、sphya と idhmasaṃnahana を手に取り、応答する。oṃ3 astu śrau3ṣaṭ2)

Adhvaryu は、saṃnahana を握ったまま、荘重な hotṛ 選定を行う。すなわち彼は高声もしくは低声で pravara を唱える。「神なる Agni、神なる hotṛ が神々を敬え。知識に富み、賢く、Manu の、Bharata の、某甲の、そして某甲の子の

Om と後続の母音における Pluti は Pān. 8, 2, 92 に基づく。

祭におけるごとく、Brahman の祭におけるごとく〔敬え〕、そして導き来たれ。Brahman たちがこの祭の促進者なり。某甲(職を務める hotṛ の名)がその人なり」2)

Adhvaryu が pravara を行う間、hotṛ はそれについて次のように唱える。「神 Savitṛ よ、ここに彼は汝を、Agni を、hotṛ の職のために、父 Vaiśvānara とともに選ぶ。天と地とが私を守れ。Agni が hotṛ なり、私は人間なり」1)。hotṛ が Adhvaryu から「人間(mānuṣa)」という語を聞くと、彼は次の言葉をもって立ち上がる。「私は生命とともに、快適さとともに、植物の液とともに、Parjanya の住処とともに、不死なる者たちのもとへと立ち上がった」2)。立ち上がった後、彼は言う。「Adhvaryu の六十と九十の縛めが、Agni と hotṛ との間に開かれた。それらは未熟なる者を縛る。きわめて賢き者として彼は近づく」3)

これに続いて彼は言う。「ṛta の道を私は hotṛ として歩む」。そして Adhvaryu と Āgnīdhra のところへ行き、右手を横向きにして4)Adhvaryu の肩に触れ5)、Āgnīdhra を脇腹(?)(Comm. = 腿)、あるいは横向きにした左手で触れる6)。それについて彼は一度マントラを唱える。「Indra よ、我らを縛れ

hotṛ 選定において purohita を。それによって神々が最高の輝きへ、天へ、Aṅgiras たちの〔もとへ〕至ったところの〔縛めをもって〕」1)

Adhvaryu と Āgnīdhra は、hotṛ に触れられた後、坐る2)

hotṛ は、薪を束ねるのに用いられた saṃnahana、すなわち結び目も輪もなさない本物の草をもって、掌を自分の方へ向け、顔を上から下へと拭う。最初のときはマントラ「汝は拭うものなり、私を子孫と家畜とともに拭え」を唱え、二度目と三度目はそれなしに行う3)

これに続いて彼は水に触れ、(Adhvaryu が sāmidhenī 詩節の開始前に整えた)座の後ろで、顔を東に向けて立ち、hotṛ の座について abhimantraṇa を唱える。「Ahi Daidhiṣavya よ、私はここから立ち上がりたい。我らより愚かなる者の座に汝は坐せ」4)。次いで彼は親指と薬指で、「命なき者は投げ捨てられた」というマントラを唱えた後、草を南西に投げ捨てる。これに続いて彼は言う。「ここに私は生命の座に坐る」。そして右足でつくった(?)北に向いた膝の上に坐る5)。彼が坐ると、(Pray.

H.)彼は言う。「神なる barhis よ、私は良き座としての汝の上に坐りたい」1)。次いで彼は言う。「熟慮せよ、hotṛ よ、barhis の上に坐して」。そして膝の先で祭草に触れ、そこから彼は囁く2)。「大地の主に礼、世界の主に礼、生類の主に礼、繁栄に礼。prāṇa を私は迎える、apāna を私は迎える、vyāna を私は迎える、声を私は迎える、視覚を私は迎える、聴覚を私は迎える、意を私は迎える、魂を私は迎える、Gāyatrī を私は迎える、Triṣṭubh を私は迎える、Jagatī を私は迎える、Anuṣṭubh を私は迎える、諸韻律を私は迎える。天から太陽が我らを守れ、空から風が、大地から Agni が〔我らを守れ〕。大いなる者たちに礼、小さき者たちに礼、若き者たちに礼、老いたる者たちに礼。我らは神々を、我らの能う限りよく敬いたい。名声ある者の賞讃の後に、私は取り残されたくない。神々よ、汝ら皆、私に指示せよ。hotṛ として選ばれ、(hotṛ の座に)坐した私が、何に心を用いるべきかを。私に分け前を告げよ、またいかなる道によって、いかに私が汝らへ食物を運ぶべきかを。より崇められるべき hotṛ が、坐すると同時に(我らのために)得られた。彼が今や、よく置かれた供物を見つめんことを。いざ、我らは敬うべき神々を敬いたい、バターをもって乞い求めらるべき者たちに乞いたい」。「私は今日まず第一に自分の言葉において心を用いたい。我ら神なる者が、それによって Asura らを打ち勝たんことを」。この japa を終えた後、彼は、薪が明るく燃えているとき、Adhvaryu に二つの供犠匙を、次の nigada によって

取らせる1)。「Agni よ、hotṛ よ、Agni の(異読 agnir)供物を享受せよ。世話(pravitram。Śat. Br. 1, 5, 2, 1 = yajñam による)を享受せよ。祭主よ、汝にとって神格は好意あるものであれ2)、汝は Agni なり」(休止、そしてそこから低声で:)「汝が hotṛ として選んだところの」3)。hotṛ がこのいわゆる srugādāpana を言うと、

Adhvaryu は上述(S. 83)の仕方で juhū を両手で upabhṛt の上に運ぶ4)。そして

hotṛ がその nigada を次の言葉をもって — 再び高声で続け、結ぶ間に5)、「ghṛta を具え、あらゆる富を含む(と Śat. Br.)sruc を火の中へ注げ、Adhvaryu よ。我らは乞い求めらるべき神々に乞いたい、拝すべき者たちに拝したい、敬うべき者たちを敬いたい」、

上に挙げた Ṛgveda 詩節の第一 pāda のみでなく後者全体が意味されていることは、Āśv. 1, 1, 17 から明らかである。それに応じて Pray. もそれらを完全な形で挙げる。Śāṅkh. 1, 6 (— upasthaṃ kṛtvā 上述)prāñcau pāṇī pragṛhya japati namo dyāvāpṛthivībhyām — saṃtaptam ity āhavanīyaṃ prekṣya codak saṃsarpann ahaiṣa vām ākāśa iti viśve devāḥ śāstana tad adya vāco namo mahadbhya iti japitvā — 続きは註3を見よ。

Adhvaryu は、hotṛ が「ghṛta を具えたる」と言うのを聞くや否や1)、juhū と upabhṛt をもってヴェーディの後方から、常に左足を先に出し、havis の北方、paridhi の後ろ2)を通り過ぎて、ヴェーディの南部、yājati が行われる場所へ行き3)、そこに顔を北東に向けて立つ。そして

§A. 五つの Prayāja

§(主祭に先行する供物)

が献供される。

§第一の Prayāja

§(Samidh のための)

Adhvaryu は Āgnīdhra に向かって言う。oṃ3 śrā3vaya4)。Āgnīdhra は前述の通りに立ち、応答する。astu śrau3ṣaṭ5)

Adhvaryu は(hotṛ に向かって):「Samidh のために Yājyā マントラを唱えよ(yaja)」6)

hotṛ は Yājyā を唱える。ye3 yajāmahe barhiḥ | barhir agna ājyasya vetū3 vau3ṣaṭ1)2)3)。Vaṣaṭkāra について彼は anumantraṇa を唱える。vāg ojaḥ saha ojo mayi prāṇāpānau6)。これもなお Yājyā に数えられる7)

yajamāna は tyāga を行う8)。その言葉は「oṃ3 idaṃ samidbhyo na mama」。

Adhvaryu は、これまで二つの匙を臍のあたりに保っていたが9)、Vaṣaṭ の呼びかけの後、あるいはそれと同時に、

〔本頁の Yājyā について:Āśv. 1, 5, 15 の例では「ye 3 yajāmahe samidhaḥ | samidho agna ājyasya vyantu3」と与えられる。〕

juhū を、upabhṛt の先端の上を越えて前方へ(ただし横にではなく)下げ1)2)、こうして第一の Prayāja を献供する。すなわち juhū からバターを āhavanīya 火の中へ注ぐ3)。彼は五つすべてについて、最も明るく燃えている箇所を選ぶ。すなわち彼は、自分が立った場所から動かずに、そこで献供を完了する。しかし彼は Prayāja を、その都度火の方へやや歩み寄り、各 Prayāja を前のものの東方の別の箇所で献供する、という仕方で行うこともできる4)。黒 YV の学派はさらに第三の可能性を挙げる。それは前註に記した。

献供された5)第一の Prayāja について

yajamāna は二つの anumantraṇa を唱える。「一つは私のため、一つは我らを憎み我らが憎む者のため」および「輝きある者(tviṣimān)と(私はなりたい)」6)

§第二の Prayāja

§(Tanūnapāt もしくは Narāśaṃsa のための)

Adhvaryu は同じ仕方で、すなわち juhū を upabhṛt の先端の上を越えて運び1)、Āgnīdhra に向かって oṃ3 śrāvaya と言う。

Āgnīdhra は前と同じ姿勢で立ち、応答する。astu śrau3ṣaṭ。

Adhvaryu は(hotṛ に向かって):Yājyā を唱えよ(yaja)2)

hotṛ:ye3 yajāmahe {narāśaṃsam / tanūnapātam}、{narāśaṃso 'gna / tanūnapād agna} ājyasya vetū3 vau3ṣaṭ3)。Vaṣaṭkāra についての anumantraṇa は前と同じく「vāg — ᵒpānau」。

yajamāna は tyāga を行う。oṃ 3 idaṃ {narāśaṃsāya / tanūnapāte} na mama。

Adhvaryu は、匙を再び臍のあたりに保った後、第一のものと同様に第二の Prayāja を献供する。すなわち juhū を upabhṛt の先端の上を越えて前方へ下げ、バターを火に注ぐ。その場所は上述のように、再び火の最も明るく燃えている箇所であるか、あるいは彼が火にやや近づくならば、第一の Prayāja が献供された箇所の東方の箇所であるか、あるいは第三に(Āp., Bhār.,

Hir. によれば)南である。Adhvaryu の姿勢は上と同じである。

献供された Prayāja について

yajamāna は二つの anumantraṇa を唱える。「二人の男性(dvau)は私のため、二人の女性(dve)は我らを憎み我らが憎む者のため」、そして第二に「敬われた者と(私はなりたい)」1)

§第三の Prayāja

§(Iḍ のための)

Adhvaryu は juhū を再び upabhṛt の上を越えて運び、oṃ3 śrāvaya と言う。

Āgnīdhra は上と同じく astu śrau3ṣaṭ。

Adhvaryu:(hotṛ に向かって)Yājyā を唱えよ。

hotṛ:ye3 yajāmaha iḍaḥ | iḍo agna ājyasya vyantū3 vau3ṣaṭ2)。それについての anumantraṇa は vāg — ᵒpānau。

yajamāna は tyāga を行う。oṃ 3 idam iḍbhyo na mama。

Adhvaryu は、前の Prayāja について記した仕方で juhū を前方へ下げ、問題となる三つの場所のいずれか(1. 最も明るく燃えている箇所で、あるいは 2. やや歩み寄って、最初の二つの Prayāja の東方で、あるいは 3. Āp. 等によれば西方で)にバター全部を献供する。

yajamāna は二つの anumantraṇa を唱える。「三人の男性(trayaḥ)は私のため、三人の女性(tisraḥ)は我らを憎み我らが憎む者のため」、そして「名声を具えた者と(私はなりたい)」3)

§第四の Prayāja

§(Barhis のための)

Adhvaryu は juhū を再び上と同様に upabhṛt の上を越えて運び、それを左手で握り、次いで右手で upabhṛt を juhū の上(その先端の上)を越えて運び、第四の Prayāja のために、二つの匙を互いに触れさせることなく、バターの半分を U. から juhū に注ぐ4)。これに続いて彼は upabhṛt を再び下に置き、oṃ3 śrāvaya と言う。

Āgnīdhra

Adhvaryu — いずれも前と同様に。

hotṛ:ye3 yajāmahe barhiḥ | barhir agna ājyasya vetū3 vau3ṣaṭ1)。それについての anumantraṇa は再び上と同じく vāg — ᵒpānau。

yajamāna は tyāga を行う。oṃ 3 idaṃ barhiṣe na mama。

Adhvaryu は上述のように juhū でバターを火に注ぐ。三つの規定された場所のいずれかで(方角ごとに献供する場合には、barhis のためのそれは北方で)。

yajamāna は二つの anumantraṇa を唱える。「四人の男性(catvāraḥ)は私のため、四人の女性(catasraḥ)は我らを憎み我らが憎む者のため」、そして「Brahman の輝きを具えた者と(なりたい)」2)

§第五の Prayāja

§(Agni, Soma, Agni, Viṣṇu もしくは Agni-Soma, Indra-Agni もしくは Agni-Soma もしくは Indra、あるいは Mahendra、Devā Ājyapāḥ のための)

Adhvaryu, Āgnīdhra, Adhvaryu は Prayāja I–III におけると同様に順次〔行う〕。

hotṛ:ye 3 yajāmahe3)

svāhāgniṃ

svāhā somaṃ

svāhāgniṃ

(高声で)svāhā(低声で)viṣṇum ——— これについては Aitareyin たちによれば Upāṃśuyāja が捧げられる。満月祭にはこれに代えてある者たちは agnīṣomau を置く。他の者たちは新月祭にも満月祭にも agnīṣomau を選ぶ。また他の者たちは Prajāpati を〔選ぶ〕。ある者たちはまったく Upāṃśu を捧げず、その場合この第四の svāhā は完全に省かれる4)

満月祭においても agnīṣomābhyām を挙げる。満月祭には菓子供物の神格とともに「agnīṣomābhyām」を、新月祭には Sāṃnāyya の受け手とともに「indrāya」を組み合わせる。Āśv. によれば、満月祭に Upāṃśuyāja を規定する「ある者たち」がここに言う。したがって Paddh. と Comm. は Āśv. に遡らないことが明らかである。これに対して Śāṅkh. は両者に前提される記述をもつ(次註参照)。Prajāpati が Upāṃśuyāja の神格であることは Pray. B₁ が挙げる。私にはここに、もう一つの未知の Śrautasūtra が示唆されているように思われる。cf. さらに S. 84 註4 および S. 84 は Āśv. 1, 3, 14 によれば高声で。

そして

svāhā {a) 満月祭には agnīṣomau、b) α. indrāgnī(Sāṃnāyya が捧げられない場合)、β. indram もしくは mahendram(Sāṃnāyya が捧げられる場合)}

svāhā devā ājyapā

juṣāṇā agna ājyasya vyantū3 vau3ṣaṭ1)。Vaṣaṭ について彼は再び vāg — ᵒpānau を anumantraṇa として唱える。

yajamāna は tyāga を行う。oṃ3 idaṃ {viṣṇave / agnīṣomābhyām / prajāpataye} agnaye, somāya, agnaye

{a) agnīṣomābhyām / b) α. indrāgnibhyām / β. indrāya もしくは mahendrāya} devebhya ājyapebhyaḥ, na mama。

Adhvaryu は上述のように juhū でバターを

三つの規定された場所のいずれかに献供する(方角ごとに献供する場合には、この第五のものは中央に火の中へ)。

yajamāna は二つの anumantraṇa を唱える。「五人が私のため、その者1)のためには何もない、我らを憎み我らが憎む者のためには」、そして「食物を食する者と(私はなりたい)」。

これらの Prayāja の後、

Adhvaryu は、yājati が行われる場所から、常に右足を先に出して(Kāt. 3, 1, 17)再びヴェーディの後ろ、havis の近くに戻り、坐り、juhū の中にある Prayāja の残りをもって、dhruvā の中のバター、個々の havis 供物(ājyasthālī の中のバター、および二つの菓子。新月祭において Sāṃnāyya が捧げられる場合には、おそらく Kāt. においても甘い乳と酸乳も。ただし私は彼に特定の記述を見出さないが)、および upabhṛt の中のバターに塗る2)。そして Āp., Bhār. によれば次いで二つの匙を置く。

§B. Agni と Soma のための二つの Ājyabhāga1)

§満月祭には Vārtraghnau、新月祭には Vṛdhanvantau と呼ばれる2)

Adhvaryu は、坐したまま、hotṛ に Anuvākyā を唱えるよう促す。すなわち彼は言う。agnaye 'nubrū3hi3)

そこから彼も hotṛ も、Āśrāvaṇa(すなわち oṃ3 śrāvaya の発声を含む)まで、何ら不適切な(世俗的な)ことを語ってはならない4)。これに続いて彼は、以後二つの

匙を下に置くことなく1)、低声で sruva をもって2)dhruvā から3)juhū の中へバターを切り取り、次いで低声で ājyasthālī から sruva でバターを掬い、次の句を唱える。「dhruvā が havis のバターによって満ちよ、供物ごとに、神々のもとへ向かう者たちのために。Aditi の懐における Sūryā の乳房。それが我らの祭において広く流れんことを」。そして掬ったバターを dhruvā に注ぎ、それを再び満たす。〔Pray. B₁ と B₂ によれば、ここで初めて彼は agnaye 'nubrū3hi と言う。〕この手順はさらに三度繰り返される。もし彼が Jamadagni である場合には四度4)。すなわち彼は sruva をもって dhruvā からバターを juhū に切り取り、その都度これを ājyasthālī から再び満たす。

hotṛ は(この箇所において Pray. B₁ によれば)いま Anuvākyā を中位の音高で唱える5)。それは満月祭においては次の通りである。「敵を Agni が打ち殺せ(jaṅghanat)、戦利品の獲得において、驚くべき力をもって、燃え立たしめられ、供物を捧げられ、明るき光をもつ者よ、om3(āhutom3)」

(Gr.〔= Grassmann 訳〕による)。新月祭においては「賢き Agni は喜びを得たり(vāvṛdhe)、古き、霊感に満ちた歌によりて、おのが身を飾りつつ、om3(vāvṛdhom3)」(Gr.)1)。Ājyabhāga の初めから終わりまで、彼は何ら世俗的なことを語らない。

Adhvaryu は立ち上がり、以前と同様に paridhi の後ろ等を通って、yājati が行われる場所へ行く。その際、常に左足を先に出し2)、そこで南に立ち、顔を東に向ける3)。彼は Āgnīdhra に向かって言う。oṃ3 śrāvaya。

Āgnīdhra は、ここから以後何ら世俗的なことを語ってはならないが4)、言う。astu śrau3ṣaṭ5)

Adhvaryu は、この応答の後、hotṛ に Yājyā を唱えるよう促すまで、何ら世俗的なことを語ってはならないが6)、この Praiṣa を言う。agniṃ yaja7)

hotṛ は、「yaja」の後 Vaṣaṭkāra まで何ら世俗的なことを語ってはならないが8)、新月祭においても満月祭においても同一である(Āśv. 1, 5, 34)Yājyā を唱える。ye3 yajāmaha agniṃ | juṣāṇo

agnir ājyasya vetū3 vau3ṣaṭ1)。Anumantraṇa として彼はそれについて vāg — pānau2)と唱える。

yajamāna は tyāga を行う。idam agnaye, na mama3)

Adhvaryu は Vaṣaṭkāra の間、あるいはその後に4)、Agni に属するバター供物を、〔火の〕北東側に、あるいは最も明るく燃えている箇所に、āhavanīya 火の中へ注ぐ5)

〔Āp., Bhār. によれば、献供された分について

yajamāna が anumantraṇa を唱える。「Agni によって祭は眼をもてり。私は Agni への神事によって眼をもつ者となりたい」。彼が上に既に Agni の分について特別のものを唱えている場合、あるいは両者について一つの anumantraṇa を唱えることを選ぶ場合には、その時は「私は Agni-Soma への神事によって眼をもつ者となりたい」〕6)

Adhvaryu は、Agni へのバター分の献供の直後に、常に右足を先に出して(Kāt. 3, 1, 18)havis のところへ戻り、坐り、hotṛ に次の言葉をもって

somāyānubrū3hi

Soma へのバター分のための Anuvākyā を唱えるよう命ずる7)。彼も hotṛ もここから以後(S. 102 註4)

何ら世俗的なことを語ってはならない。彼は上述のように sruva をもって dhruvā から四度、もしくは五度バターを切り取り、その都度既述の仕方でそれを再び満たす。

hotṛ は、満月祭には Soma への Anuvākyā として唱える。tvaṃ somāsi satpatis tvaṃ rājota vṛtrahā | tvaṃ bhadro asi kratom3.

新月祭には:soma gīrbhiṣ ṭvā vayaṃ vardhayāmo vacovidaḥ | sumṛḷīko na ā viśom3.

Adhvaryu と Āgnīdhra — 第一のときと同様。

Adhvaryu は、Pratyāśrāvaṇa の後、hotṛ への促しまで何ら世俗的なことを語ってはならないが(前述)、hotṛ に Yājyā を唱えるよう促す。somaṃ yaja。

hotṛ は、この促しの後 Vaṣaṭkāra まで何ら世俗的なことを語ってはならないが、Yājyā を唱える。ye3 yajāmahe somaṃ | juṣāṇaḥ soma ājyasya havisho vetū3 vau3ṣaṭ2)。そしてそれについて前と同じ anumantraṇa〔を唱える〕。

yajamāna は tyāga を行う。idaṃ somāya, na mama。

Adhvaryu は、第一のバター分の際と同様に南に立ち、顔を北東に向けて、Vaṣaṭkāra の間あるいはその後に、この供物を先の仕方で āhavanīya 火の中に注ぐ。しかも āhavanīya の南東側か、あるいは最も明るく燃えている箇所に3)。そして再び常に右足を先に出して(Āp., Bhār. によれば S. 104 註3 に引いたマントラを唱えつつ)paridhi の後ろの道を戻る。〔

〔yajamāna は Āp., Bhār. によれば anumantraṇa を唱える。「Soma によって祭は眼をもてり。私は Soma への神事によって眼をもつ者となりたい」。彼が上に既に Agni 分について特別のものを唱えている場合、あるいは両者について一つの anumantraṇa を唱えることを選ぶ場合には、その時は「私は Agni-Soma への神事によって眼をもつ者となりたい」〕1)

§C. 主要供物(Pradhānahomāḥ)2)

§I. Agni のための菓子

Adhvaryu は Anuvācana すなわち Anuvākyāpraiṣa を、第一の菓子供物のために言う。

agnaye 'nubrū3hi3)

hotṛ は Anuvākyā を唱える。agnir mūrdhā divaḥ kakut patiḥ pṛthivyā ayam, apāṃ retāṃsi jinvatom34)。そこから以後彼は沈黙する5)

Adhvaryu は dhruvā から sruva をもって一度バターを取り、それをもって、二つの匙を下に置くことなく、juhū の中にバターの下敷きを作り1)、そして Ājyasthālī から sruva で掬ったバターをもって dhruvā を再び満たす。句としては彼は上と同様に唱える。「満ちよ — 供物」。次いで彼は第一の Purodāśa の中央から、親指の一節の大きさの横断片を、Śrītāvadāna もしくは指を用いて2)切り取り、それについて

dhruvā から注ぎかけを行い、dhruvā を再び満たす。これに続いて彼は菓子の前面から第二の、第一のものと接触しない切片を切り取り1)、dhruvā から sruva でバターをその上に注ぎ2)、そして再び前と同様の仕方で dhruvā を満たす。祭主が Jamadagni である場合には、なお第三の切片が切り取られる。しかも後面から。それについても同様の仕方で行われる。二つないし三つの切り取り箇所には、sruva で掬った Ājyasthālī のバターが注ぎかけられる3)。これに続いて Adhvaryu は常に

Baudh. 1, 16, 11: athopastīrya dakṣiṇasya purodāśasya pūrvārdhād avadyann agnaye 'nubrūhīti. 12. athainam upatiṣṭhate mā bher — apakramīd (T. Br. 3, 7, 5, 5) iti. 13. athainam abhimṛśati bharantam uddhare — mā mā hiṃsīr (T. Br. 3, 7, 5, 5) iti. 14. pūrvārdhād avadāyāparārdhād avadyati. 15. abhighārayati. 16. pratyanakti yad avadānāni — punar (T. Br. 3, 7, 5, 5) iti. Āp. 2, 18: ājyabhāgāv antareṇetarā āhutir juhoti; pratyākramya, juhvām upastīrya, bher — hiṃsīr ity āgneyasya purodāśasya madhyād aṅguṣṭhaparvamātram avadānaṃ tiraścīnam avadyati. dvitīyam anūcīnaṃ caturavattinaḥ; paścārdhāt tṛtīyaṃ pañcāvattinaḥ; asaṃbhindan māṃsasaṃhitābhyām aṅgulībhyām aṅguṣṭhena ca purodāśasyāvadyati ||19.|| sruveṇājyasāṃnāyyayor; anujāvarasya pūrvārdhāt prathamam avadānam avadāya pūrvārdhe sruco nidadhyān, madhyād aparam avadāya paścārdhe srucaḥ; pūrvaprathamāny avadyej jyeṣṭhasya jyaiṣṭhineyasya yo vā jātaśrīḥ syāt; aparaprathamāni kaniṣṭhasya kāniṣṭhineyasya yo vānujāvaro yo vā bubhūṣet; atha yadi purohitaḥ purodhākāmo vā yajeta pūrvārdhāt prathamam avadānam avadāya pūrvārdhe sruco nidhāya pūrvārdhe 'gnaye juhuyāt; avadānāny abhighārya yad avadānāni — punar iti haviḥ pratyabhighāryā 'gnaye 'nubrūhy agniṃ yajeti sampraiṣāv, ājyaṃ praścotyāpidadhad ivāprakṣṇau hutvājyenānvavaścotayati | āghārasaṃbhedena āhutīḥ pratipādayati | srucyam āghāram abhijuhoti. Bhār. 2, 17 — sampreṣyaty agnaye 'nubrūhīti juhvām upastīryāgneyasya purodāśasyāṅguṣṭhena māṃsasaṃhitābhyām aṅgulībhyāṃ madhyād avadāya pūrvārdhād avadyati paścārdhāt tṛtīyaṃ yadi

左足を先に出して(Kāt. 3, 1, 18)paridhi の後ろ、匙の前を通り過ぎ、Yājati が行われる場所へ行き、南に立って顔を北東に向け(Kāt. 3, 1, 17; 1, 9, 18)、言う。oṃ3 śrāvaya。

Āgnīdhra は前と同様に:astu śrau3ṣaṭ。

Adhvaryu は前と同様に:agniṃ yaja1)

hotṛ は Yājyā を唱える。ye3 yajāmaha agniṃ | bhuvo yajñasya rajasaś ca netā yatrā niyudbhiḥ sacase śivābhiḥ, divi mūrdhānaṃ dadhiṣe svarṣāṃ jihvām agne cakriṣe havyavāhā3m vau3ṣaṭ。あるいは:ayam agniḥ sahasriṇo vājasya śatinas patiḥ, mūrdhā kavī rayīṇā3m vau3ṣaṭ。それについて anumantraṇa として vāg — ᵒpānau(Āśv. 1, 5, 17)。

yajamāna:oṃ3 idam agnaye na mama。

Adhvaryu は Vaṣaṭkāra と同時に、あるいはその後に、供物を最も明るく燃えている箇所に火の中に注ぎ2)、次いで再び常に右足を先に出して上述のように戻る。

〔yajamāna は Āp. 4, 9;Bhār. 4, 14 によれば anumantraṇa を唱える。agner ahaṃ devayajyayānnādo bhūyāsam。〕

§II. Upāṃśuyāja1)

Adhvaryu(低声で):{a) agnīṣomābhyām / b) viṣṇave / c) prajāpataye}(やや高声で2))anubrū3hi。

hotṛ(低声で):

a) agnīṣomā yo adya vām idaṃ vacaḥ saparyati, tasmai dhattaṃ suvīryaṃ gavāṃ poṣaṃ svaśvy —(高声で)om33)

b) idaṃ viṣṇur vicakrame tredhā ni dadhe padaṃ, samūḷham asya pāṃsure —(高声で)om3。

c) prajāpate na tvad etāny anyo viśvā jātāni pari tā babhūva, yatkāmās te juhumas tan no astu vayaṃ syāma patayo rayīṇām — (高声で)om3。(T. S. 2, 2, 12ᵈ)4)

Adhvaryu は、Ājyabhāga の際と同様に、dhruvā から — 既述のようにすべての Yājati において規定されている通り — 四度もしくは五度バターを切り取り、上述の仕方でヴェーディのそばを通って南へ行き、そこに顔を北東に向けて立ち、oṃ3 śrāvaya と言う。

Āgnīdhra は上と同様に。

Adhvaryu(低声で):{a) agnīṣomau / b) viṣṇuṃ / c) prajāpatiṃ}(やや高声で)yaja。

hotṛ は Yājyā を唱える。

高声で:ye3 yajāmahe

(低声で)

a) agnīṣomau | ā nyaṃ divo mātariśvā jabhārāmathnād anyaṃ pari śyeno adreḥ, agnīṣomā brahmaṇā vāvṛdhānoruṃ yajñāya cakrathur u lokā3m

b) viṣṇum | trir devaḥ pṛthivīm eṣa etāṃ vi cakrame śatarcasaṃ mahitvā, pra viṣṇur astu tavasas tavīyān tveṣaṃ hy asya sthavirasya nāmā3

c) prajāpatim | sa veda putraḥ pitaraṃ sa mātaraṃ sa sūnur bhuvat sa bhuvat punarmaghaḥ, sa dyām aurṇod antarikṣaṃ sa suvaḥ sa viśvā bhuvo abhavat sa ā 'bhavā3t (T. S. 2, 2, 12ᵈ)

(高声で)vau3ṣaṭ。

これに続いて彼は anumantraṇa として上と同様に vāg — ᵒpānau を唱える。

yajamāna:oṃ3 idaṃ(低声で){agnīṣomābhyām / viṣṇave / prajāpataye}na mama。

Adhvaryu は上述のように供物を火の中に注ぎ、そこから戻る。〔Āp., Bhār. によれば

yajamāna が anumantraṇa を唱える。adabdhir asy adabdho bhūyāsam amuṃ dabheyam1)〕。

§III. Agni-Soma もしくは Indra-Agni のための菓子

§あるいは Indra(Mahendra)のための乳供物

Adhvaryu:

a) 満月祭には:agnīṣomābhyām

b) 新月祭には:α. indrāgnibhyām(菓子供物の場合)

β. indrāya、あるいは祭主が Mahendra 崇拝者である場合には mahendrāya(乳供物の場合)

—— anubrū3hi2)

hotṛ は Anuvākyā を唱える。

a) 満月祭には:agnīṣomā savedasā sahūtī vanataṃ giraḥ saṃ devatrā babhūvathom3。

b) 新月祭には:α. indrāgnī avasā gataṃ asmabhyaṃ carṣaṇīsahā, mā no duḥśaṃsa īśatom3。

β. endra sānasiṃ rayiṃ sajitvānaṃ sadāsahaṃ varṣiṣṭham ūtaye bharom3。あるいは:

mahāṁ indro ya ojasā parjanyo vṛṣṭimāṁ iva stomair vatsasya vāvṛdhom3。

Adhvaryu は dhruvā から sruva をもって juhū の中にバターの下敷きを作り、「満ちよ — 供物」(前述)をもって Ājyasthālī から dhruvā を再び満たす。そして第二の菓子を(満月祭においても、また乳供物なしの新月祭においても)献供する場合には、Agni の菓子の際と同様の仕方で、手もしくは Śrītāvadāna をもって二つの、Jamadagni の場合には三つの、親指の一節の大きさの切片を切り取る。これに対して甘い乳と酸乳を献供する場合には、sruva をもって — これもまた親指の一節の分量をもつ — まず甘い乳(payas)から二度ないし三度、次いで酸乳から二度ないし三度(中央から、前から、場合により後ろから、他の場合と同様に)掬い取り、sruva で dhruvā から掬ったバターをもってその都度その上に注ぎかけ、dhruvā を常に例の句「満ちよ — 供物」をもって Ājyasthālī から再び満たし、菓子の二つないし三つの切り取り箇所、もしくは甘い乳と酸乳のそれに、sruva をもって Ājyasthālī から再度の注ぎかけを行う1)。これに続いて彼は常に

この供物の献供について Āp. 2, 20 は言う。āgneyavad uttarair havirbhir yathādevataṃ pracarati; samavadāya dohābhyāṃ dadhno 'vadāya śritasyāvadyati; etad vā viparītaṃ; sarvāṇi dravāṇi śrumukhena juhoti. Bhār. 2, 18: yathāgneyenaivam uttareṇa purodāśena pracarati; agnīṣomābhyām iti paurṇamāsyām; indrāgnibhyām ity amāvāsyāyām ity asaṃnayato; 'tha yadi saṃnayed indrāyānubrūhīti sampreṣyati; mahendrāyeti vā yadi mahendrayājī bhavati. Hir. 2, 6: yathādevatam uttareṇa purodāśena pracarati; samavadāya sāṃnāyyābhyāṃ pracarati; dviḥ śritasyāvadyati, dvir dadhnaḥ triḥ pañcāvattinaḥ. Baudhāyana を正しく理解するならば、彼は Sāṃnāyya 供物の場合にも菓子を献供させる。Upāṃśuyāja の後に彼は言う 1, 16, 20 以下:athopastīryottarasya purodāśasyāparārdhād avadyann āhāgnīṣomābhyām iti paurṇamāsyām indrāya vaimṛdhāyeti cendrāgnibhyām ity amāvāsyāyām asaṃnayata,

左足を先に出して、paridhi の後ろ、匙の前を通り過ぎ、供犠の場所へ行き、そこで南に立って顔を北東に向け、言う。oṃ3 śrāvaya。

Āgnīdhra は前と同様に。

Adhvaryu:a) agnīṣomau / b) α. indrāgnī / β. indraṃ もしくは mahendraṃ —— yaja。

hotṛ は Yājyā を唱える。

ye3 yajāmahe

a) agnīṣomau | yuvam etāni divi rocanāny agniś ca soma sakratū adhattaṃ, yuvaṃ sindhūṁr abhiśaster avadyād agnīṣomāv amuñcataṃ gṛbhītā3t

b) α. indrāgnī | gīrbhir vipraḥ pramatim icchamāna īṭṭe rayiṃ yaśasaṃ pūrvabhājam, indrāgnī vṛtrahaṇā suvajrā pra no navyebhis tirataṃ deṣṇai3r1)

β. indram | pra sasāhiṣe puruhūta śatrūñ jyeṣṭhas te śuṣma iha rātir astu indrā bhara dakṣiṇenā vasūni patiḥ sindhūnām asi revatīnā3m1)

あるいは:mahendram | bhuvas tvam indra brahmaṇā mahān bhuvo viśveṣu savaneṣu yajñiyaḥ, bhuvo nṝñś cyautno viśvasmin bhare jyeṣṭhaśca viśvacarṣaṇā3i2)

(高声で)vau3ṣaṭ。

yajamāna:oṃ3 idaṃ {a) agnīṣomābhyām / b) α. indrāgnibhyām / β. indrāya もしくは mahendrāya} na mama。

Adhvaryu は上述のように供物を火の中に注ぎ、そこから戻る。〔Āp., Bhār. によれば

yajamāna が anumantraṇa を唱える。

a) 私は Agni-Soma への神事によって Vṛtra 殺しとなりたい。

b) α. 私は Indra-Agni への神事によって力あり食物豊かな者となりたい。

β. 私は Indra への神事によって力ある者となりたい。

あるいは、私は Mahendra への神事によって優越と力を得たい3)〕。

〔Āp., Bhār. によれば(配列においてやや異なるのは Baudh.、註参照)いま

§Pārvaṇau homau4)

新月と満月への供物が続く。これは Kāt. には欠けている。

Adhvaryu は(坐して)満月祭に言う。「強く力ある満月を我らは敬う。彼が我らに英雄の力を、

千倍の富を与えよ。恵み深き吸気(prāṇāya)に、満月に svāhā」。

新月祭には:「恵み深く、親しき新月よ、牝牛のごとくいよいよ満ち膨らみつつ、彼が我らに英雄の力を、千倍の富を与えよ。恵み深き呼気(apānāya)に、新月に svāhā」。

yajamāna は tyāga を行う。oṃ3 pūrṇamāsāya もしくは amāvāsyāyai idaṃ na mama。

Adhvaryu は sruva をもって、svāhā と同時に、供物を火の中に注ぐ1)〕。

§D. Agni-Sviṣṭakṛt 供物

Adhvaryu は第一の音高で言う1)

agnaye sviṣṭakṛte 'nubrū3hi。

hotṛ は中位もしくは最高の音調で2)Agni-Sviṣṭakṛt のための Anuvākyā を唱える。piprīhi devāṁ uśato yaviṣṭha vidvāṁ ṛtūṁr ṛtupate yajeha, ye daivyā ṛtvijas tebhir agne tvaṃ hotṝṇām asy āyajiṣṭhom33)

Adhvaryu は sruva をもって dhruvā から juhū の中にバターの下敷きを作り、Śrītāvadāna もしくは手で、あるいは sruva をもって、南と北の菓子の北の部分から、また彼が後者の代わりに乳供物をもって献供する場合には、まず甘い乳から、次いで酸乳からそれぞれ一つの4)5)、Jamadagni の場合には二つの切片を Sviṣṭakṛt のために切り取り6)、その上に二度注ぎかけを行い7)、しかし先の供物について定められた切り取り箇所への注ぎかけは再び行わない8)。これに続いて彼は立ち上がり、

いつもの道を、匙の前、paridhi の後ろを通り、Yājati の場所を経て行き、顔を北東に向けて立ち、言う。oṃ3 śrāvaya。

Āgnīdhra:astu śrau3ṣaṭ。

Adhvaryu:agniṃ sviṣṭakṛtaṃ yaja。

hotṛ は(息継ぎをせずに、あるいは半詩節において普通の仕方で)Yājyā を唱える。ye3 yajāmahe 'gniṃ sviṣṭakṛtam, ayād agnir agneḥ priyā1)dhāmāny, ayāṭ2)somasya priyā dhāmāny, ayād agneḥ priyā dhāmāny, ayād

(低声で){a) agnīṣomayoḥ / b) α. indrāgnyoḥ / β. indrasya もしくは mahendrasya / viṣṇoḥ / prajāpateḥ}(高声で3))priyā dhāmāny, ayād

devānām ājyapānāṃ priyā dhāmāni, yakṣad agner hotuḥ priyā dhāmāni, yakṣat svaṃ mahimānam, āyajatām ejyā iṣaḥ kṛṇotu, so adhvarā jātavedā juṣatāṃ havir agne yad adya viśo adhvarasya hotaḥ pāvakaśoce veṣ ṭvaṃ hi yajvā, ṛtā yajāsi mahinā vi yad bhūr havyā vaha yaviṣṭha yā te adyā3 vau3ṣaṭ4)

yajamāna:oṃ3 idam agnaye sviṣṭakṛte, na mama。

Adhvaryu は上述のように、Vaṣaṭ の呼びかけと同時にあるいはその後に、この供物を1)火の北側に2)注ぐ。それによってそれは他の供物(Ājyabhāga および Pradhāna-Āhuti)から分離される3)。そののち彼は水に触れ、右足を常に先にして戻る。〔Anumantraṇa として Āp., Bhār. によれば

yajamāna が言う。私は Agni-Sviṣṭakṛt への神事によって長寿となり、祭によって支えを得たい4)〕。

Adhvaryu は二つの匙を下に置く5)。〔Āp., Baudh. 等はいま、なお Vaiśvānara のための一つの供物を規定する。それについては註3を参照〕。

Adhvaryu はこれに続いて sphya を取り、paridhi の後ろの道 — それが供物の際の彼の往復路として役立つ — に水を撒き、Prāśitra 容器6)を左手に取り、Ājyasthālī から7)バターをその中に敷き、また

Brahman のための Prāśitra と呼ばれる分1)を、大麦一粒もしくは pippala 果の大きさで、Agni の菓子の中央から2)二度その中に切り取る。その上に彼は注ぎかけを行う。しかし、下敷きもしくはバターの注ぎかけのいずれか一方に限ることでも足りる3)

これに続いて彼は Prāśitra を第二の皿で覆い4)、それを供犠の道を通って paridhi の後ろで、あるいはある者たちによれば āhavanīya 火の前で Brahman に渡し、水に触れる5)

Baudh. 1, 17: — srucau sādayitvā prāśitram avadyati dakṣiṇasya purodāśasyottarārdhād yavamātram ajyāyo — havir iti (Taitt. Brāhm. 3, 7, 5, 6); athainat sruvadaṇḍenābhighārya jaghanena praṇītāḥ sādayitvā, 'dbhiḥ sruvadaṇḍaṃ saṃspṛśyāvadadhāti. Iḍā の呼びかけと分け前の食事の後には言う。athāha brahmaṇe prāśitraṃ pariharati. pari prāśitraṃ haranty anva Āp. 3, 1, 1: ājyam eke pūrvaṃ samāmananti, prāśitram eke | āgneyaṃ purodāśaṃ prāñcaṃ tiryañcaṃ vā tiryañcaṃ vā kṛtvāṅguṣṭhenopamadhyamayāṅgulyā vyūhya madhyāt prāśitram avadyati yavamātraṃ pippalamātraṃ vā 'jyāyo — havir ity evam uttarasyāvadyaty upastīrya nābhighārayaty etad vi viparītam, api vopastṛṇīty abhighārayati; atraivāsya pariharaṇaprāśanam eke samāmananti; 3, 2 には言う。upahūtāyām (iḍāyām) agreṇāhavanīyaṃ brahmaṇe prāśitraṃ pariharati, tasmin prāśitre hotā 等。Bhār. 3, 2 はこれに対して Prāśitra の切り取りを、Iḍā が呼ばれ、祭官たちがその分け前を食べて身を清めた後に行うよう規定する。Hir. 2, 7 と 8 は Āp. と同様。— avirujyottarasmād (avadyati) — āgneyāt prāśitram avadyatīty ekeṣām 等。Vait. 3, 7. Āp. 4, 10 によれば祭主は Prāśitra について、それが切り取られる間に言う。agnir mā duriṣṭāt pātv iti prāśitram avadīyamānam (anumantrayate).

Prāśitra が切り取られたとき、あるいはそれが Brahman に渡されるとき、Brahman はそれを見る。その際「Mitra の眼をもって私は汝を見る」と唱えた後1)。彼は両手を窪ませて合わせ(añjalinā)、次の言葉に従ってそれをそれに属する容器とともに受け取る。「神 Savitṛ の命により、両 Aśvin の両腕をもって、Pūṣan の両手をもって私は汝を受け取る」2)。彼はこれに続いて南 aṃsa の上に撒かれた barhis を取り除け、言う。「私は汝を大地の臍に、Aditi の懐に置く」。そしてそこに Prāśitra を、容器の柄を東に向けて、裸の大地の上に置く。もし彼がそれを後になってから食べようとする場合には3)

Adhvaryu は今や Iḍā を切り分ける。これは五つの部分から成り、Sviṣṭakṛt および Pradhāna のために取られた諸片よりも大きくなければならない1)。彼は Iḍāpātrī2) を Gārhapatya 火3) で温め、その中へ Ājyasthālī4) からバターを一度敷き広げ、Agni 餅ならびに Agni-Soma 餅(または Indra-Agni 餅)の南側と中央から、場合によっては甘乳と酸乳から、それぞれ一片ずつを切り取る。その上に彼は Sviṣṭakṛt のときと同じく二度バターを注ぐ5)

続いて彼は Āgnīdhra のためのいわゆる Ṣaḍavatta を切り取る。それは次のようにして成る。すなわち彼は Ṣaḍavatta 器1) の二つの箇所(くぼみ)に Ājyasthālī からバターの下敷きを作り、Agni 餅の特定されない箇所から二つのくぼみそれぞれのために一片ずつ取り、その上に Sthālī からバターを一度注ぐ2)。同じく Agni 餅の特定されない箇所から Brahman のための分を切り取り、それを Dhruvā に入れる3)。次に Agni 餅の前面から、祭主のための細長い分を折り取り、それを餅から離して Dhruvā の手前、Barhis の上に置く4)

そののち彼は、顔を西に向けて Hotṛ に Iḍā を渡す。それを手放さぬまま彼(Hotṛ)を左から右へ巡り、彼の前に西を向いて坐る5)。次いで彼は Hotṛ から再び渡された〔→124頁〕

〔前頁より〕Iḍā から Sruva でバターを取り、それで Hotṛ の右手人差し指の最上節および中節(関節)に塗る1)

Hotṛ は、諸節への塗油をさせたのち、それを両唇に、手のひらを自分の方に向けて下方へ拭い取る。上のものを上唇で「汝より、Vācaspati によって供せられたものより、我は食物として、吸気のために食す」と、下のものを下唇で「汝より、Manasaspati によって供せられたものより、我は活力として、呼気のために食す」と唱えつつ2)。そののち彼は水に触れ、両手を窪めて合わせ(añjalinā = この Sūtra への注釈によれば dvihastasaṃyogena)Iḍā を掴み、左手に移し、その後ろに右手を指を北に向けて置き、Adhvaryu に Avāntareḍā(注釈によれば「手の中で切り取られるもの」)を自分の右手に切り取らせる3)

Adhvaryu は、五つの部分から成る Avāntareḍā を Iḍā から切り取る1)。Kāt. が「前と同じ仕方で」と付け加えているので、Adhvaryu は(Mahād. も述べるように)まず下敷きを作り、次いで Iḍā から二度の切り取りを行い、その上に二度の注ぎを行う。これは他の Sūtra、および Paddhati が引用する一説の指示でもある。下敷きと注ぎは、これらによれば、付着して残った生地(lepa)から取られねばならない。しかし Karka によれば、五つの部分2)はここでは本来の餅片からのみ取られるべきであり、私の理解が正しければ Paddhati および注釈もこれを採る。第二の、あるいは他説によれば第五の部分を、Hotṛ 自身が取る3)。彼または Adhvaryu が触れたものを、彼は親指で包み、再び自分の方へ引き寄せる4)(?)。手を握りしめずに、左手にある Iḍā を右手で Avāntareḍā の南側から包み、それを口または鼻の高さに掲げ、最高音で次のように Iḍā を呼ぶ。

§Iḍāhvānam5)

低い声で:「Iḍā は天とともに、Bṛhat-sāman とともに、Āditya とともに呼び寄せられた。Iḍā が我らを〔→126頁〕

〔Iḍā が我らを〕天とともに、Bṛhat-sāman とともに、Āditya とともに呼び寄せんことを。Iḍā は空界とともに、Vāmadevya-sāman とともに、Vāyu とともに呼び寄せられた。Iḍā が我らを空界とともに、Vāmadevya-sāman とともに、Vāyu とともに呼び寄せんことを。Iḍā は地とともに、Rathantara-sāman とともに、Agni とともに呼び寄せられた。Iḍā が我らを地とともに、Rathantara-sāman とともに、Agni とともに呼び寄せんことを。牝牛ら(gāvaḥ)がその Soma 乳とともに呼び寄せられた。牝牛らがその Soma 乳とともに我を呼び寄せんことを。牝牛(dhenuḥ)が牡牛とともに呼び寄せられた。牝牛が牡牛とともに我を呼び寄せんことを。その足跡がバターである牝牛(gauḥ)が呼び寄せられた。その足跡がバターである牝牛が我を呼び寄せんことを。七柱の天の Hotṛ たちが呼び寄せられた。七柱の天の Hotṛ たちが我を呼び寄せんことを。友、伴侶が呼び寄せられた。友、伴侶が我を呼び寄せんことを。Iḍā が、雨が呼び寄せられた。Iḍā が、雨が我を呼び寄せんことを。」ここから先は大声で、最高音で(Āśv. 1,5,28):「Iḍā は呼び寄せられた。呼び寄せられたのは Iḍā である。Iḍā が我らを呼び寄せんことを。Iḍā は呼び寄せられた」(休止)、「Manu の娘、その足跡がバターであり、Mitra-Varuṇa に属する者が〔呼び寄せられた〕。brahmadevakṛtam(意味は?)が呼び寄せられた。神々の Adhvaryu たちが呼び寄せられた、人間の Adhvaryu たちが呼び寄せられた」(休止)、「この供犠を促進し、祭主を繁栄せしめるべき者たちが〔呼び寄せられた〕。天と地とが呼び寄せられた、古に生まれ、ṛta に富み、神的にして神々を子とする者たちが」(休止)1)。「この祭主は、後の神々の祭祀のために呼び寄せられた、より豊かな Havis の調製のために呼び寄せられた」、そして「『この我が Havis を神々が喜んで受け入れんことを』(下記参照)と呼び寄せられた」。

なお他の祭官たちの所作をここで補っておかねばならない。Iḍā が呼びかけられるとき、

すべての祭官と祭主とは、器の中にある Iḍā(ただし器そのものではない)、あるいは Karka によれば Hotṛ2) に触れる。

Hotṛ の言葉1)「Iḍā は呼び寄せられた」において(すなわち彼が大声で語り始めるや否や)、

Adhvaryu は Agni に属する餅、あるいは両方の餅(ただし Sāṃnāyya は除く)を四つに分ける。それらは Iḍā から取られた分よりもさらに大きくなければならない(122頁註1参照)。そのマントラは次の通りである:「赤みを帯びた者よ、膨れよ。我が生命を搾り出せ、我が子孫を搾り出せ、我が家畜を搾り出せ、我が Brahman を搾り出せ、我が支配を搾り出せ、我が民を搾り出せ。我らを憎む者、我らが憎む者は、その子孫と家畜によって滅びよ」。その終わりに彼はそれらの分を Barhis の上に置く。

Yajamāna2) はこの四つの分を四つの中間方位に置き、Agni に属するものから始め、左から右へと、Agni に属する場所から始めて、それらの分を〔→128頁〕

〔→〕祭官たちに指示する:「これは Brahman に」「これは Hotṛ に」「これは Adhvaryu に」「これは Agnīdh に」。そののち彼はそれらの分に触れ、供犠の紐を右から左へ移し1)、顔を南に向け2)、こう言う3)(Paddh.: svareṇa、Comm.: saṃhitāsvareṇa):「ここに、父祖たちよ、喜べ。牡牛のごとく、おのおの己が分を取れ」。そののち彼は諸分を放し、(彼が旅行中であれば代わりに Adhvaryu が)紐をなお右から左へかけたまま(Paddh.: svareṇa、Comm.: mantrasvareṇa)言う:「父祖たちは喜んだ。牡牛のごとく、おのおの己が分を取った」4)。今や祖霊に関わるマントラが終わったので、彼は紐を再び左肩に戻し、水に触れる5)。そののち彼は祭官たちに、割り当てられた通りに諸分を個別に与える6)

Hotṛ が「天と地とが呼び寄せられた」と言うとき、

祭主は Āgnīdhra に Ṣaḍavatta を与える。

Āgnīdhra は、先に自分の四半分を食べたのち、第一の Ṣaḍavatta を次の言葉とともに食する:「母なる大地が呼び寄せられた。母なる大地が我を招き寄せんことを(Mahīdh.: haviḥśeṣabhakṣaṇāya yajñaṃ dadātu)。Āgnīdhra の職ゆえに Agni たる者として(我は食す)、svāhā」。次に第二を次の言葉とともに:「父 Dyaus が呼び寄せられた。父 Dyaus が我を招き寄せんことを。Ā.[gnīdhra の職]ゆえに Agni たる者として(我は食す)、svāhā」7)。「Y.[= Dyāvāpṛthivī]が呼び寄せられた」のところで

Yajamāna が囁く8):「Indra はこの英雄力を我に与えよ。〔→129頁〕

「我らに富と財が続かんことを。我らに祝福あれ。真実の祝福が我らのものたらんことを」。呼びかけが完了すると、

Hotṛ が自分の四半分を、次いで Avāntareḍā を次の唱えごとで食する:「Iḍā よ、我らの分を喜んで受けよ。我らの牛を繁栄せしめ、我らの馬を促進せよ。汝は食物を支配する。それを我らに分かち与えよ、それを我らに与えよ。かく為す汝において、我らが全存在と身体をもって、すべての男たち、すべての人々とともに分に与らんことを」1)。そののち彼は Iḍā を食する。同じく他の祭官たちも、先に自分の四半分を食べ、そののち口を漱いだうえで〔Iḍā を食し〕、また祭主も Iḍā における自分の分を、しかも正確に第五の部分を食する2)。彼らはこれを、Praṇītā と Utkara の間を通って外へ出たのちに行う3)。食後、彼らは口を漱ぎ、〔→130頁〕

〔前頁より〕出て行ったのと同じ道を戻り、Vedi の後ろに坐って身を浄める。まず Brahman が、二つの Pavitra の上にある水をもって、次の言葉とともに:「水と草木とが我らに友好的であれ、我らを憎む者、我らが憎む者には非友好的であれ」1)。二つの Pavitra を、そののち

Adhvaryu が Prastara の中央に、低い声で、あるいは次の言葉とともに置く:「祭主の吸気と呼気を守れ」2)

Brahman が先に食べておらず、その Prāśitra を Aṃsa の場所に置いた、あるいは置いたままにしていた場合(121頁参照)、彼は今それを薬指と親指の間で Prāśitra 器から取り、次の言葉とともに取り出す:「神 Savitṛ の命により我は汝を取った、Aśvin の両腕をもって、Pūṣan の両手をもって」。そして「Agni の口をもって我は汝を食す」と言い、歯で触れることなくそれを食する3)。口を漱ぎ〔→131頁〕

〔前頁より〕また Prāśitra に用いた二つの器を Utkara のところで浄めたのち、彼は言う:「水中にある神々よ、これを善きものとせよ。Indra の身体へ、svāhā とともに献ぜられたものとして入れ。我が食物と混じるな。我が臍の上に降り立て。Indra の身体へ我は汝を置く」。そして臍に触れる1)。そののち彼のために

Adhvaryu は、かの餅の四半分とは別の(ただしこれは Kāt. によれば、であるが)Brahman 分を、Āhavanīya の東で左から右へ運び回り、彼にそれを与える2)

Brahman はそれを取り、Prāśitraharaṇa に置く3)

祭主が旅行中でなければ、

Adhvaryu は彼の分を Gārhapatya の後ろで運び回り、彼にそれを渡す4)

Yajamāna はそれを供犠の敷き草の上に置くが、それを食するのは誓戒(Observanz)が終わってからである1)。しかし彼が旅行中であれば、その分は Prastarahoma まで Vedi の上に留まり、その時に献供される2)。運び回りの直後に

Adhvaryu は、南火で煮上がった Dakṣiṇā 用の粥に、Sruva で Ājyasthālī からバターを注ぎ、それを北へ運び去る。すなわち Gārhapatya 火と南火の間を西へ、次に南火の南を通り、Brahman と祭主の間を、前者の南、後者の北を通り抜け、Āhavanīya の東を通り、Utkara と Praṇītā の間の道を通って Vedi へ持って行く。そこで彼はそれを〔→133頁〕

〔前頁より〕下に置き、次の言葉とともにそれに触れる:「汝は Prajāpati の分である。汝は活力と乳とに富む。我が Prāṇa と Apāna を守れ、我が Samāna と Vyāna を守れ、我が Udāna と Vyāna を守れ。汝は活力である。我に活力を与えよ。汝は不滅である。我から消え去るな、かの世においても、この世においても」1)

Yajamāna はそののち Anvāhārya を、新月ないし満月の Iṣṭi の善き終結のために、Dakṣiṇā として四人の祭官に等分に与える。ある者たちによれば彼はその際こう言う:「我は与えた。Brahman よ、汝の分であるものが受け取られよ」「Hotṛ よ、汝の分であるもの等」「Adhvaryu よ、汝の分であるもの等」「Āgnīdhra よ、汝の分であるもの等」。あるいは他説によれば:「Brāhmaṇa たちよ、これは汝らの粥である。これを受け取れ」2)

祭官たちは自分の分を、低い声で、あるいは〔→134頁〕

「om」と言って、あるいは「天が汝に与えんことを」と言って受け取る1)。引き渡しののち

Adhvaryu は粥を Vedi から北へ運び出す。同じく器などに残った Havis も(たとえば Agni-Soma(Indra-Agni)餅が四分されていない場合、および甘乳と酸乳)2)

それに続くのが次である。

§E. 三つの Anuyāja

§(主供物に続く、Barhis、Narāśaṃsa、Agni Sviṣṭakṛt のための献供)

およびそれに関わる準備。

Adhvaryu は Āhavanīya 火の中で Anuyāja のために二本の燃え木を寄せ集め、次いで右手で、先に Sāmidhenī 詩節の際(cf. 78頁)に取り置いた薪を取り、Brahman に言う:「brahman prasthāsyāmi」(「Brahman よ、我は前へ進もう」)。そして Āgnīdhra には命じる:「薪を置き、火を浄めよ、Āgnīdhra よ」3)

Brahman は次の言葉で Adhvaryu に許可を与える:「汝のこの供犠を、神 Savitṛ よ、彼らは Bṛ- 〔→135頁〕

haspati に、Brahman に告げた。それゆえ供犠を促進せよ、祭主を促進せよ、我を促進せよ。心の迅速さ(?)がバターにおいて喜ばんことを。Bṛhaspati が供犠を延ばさんことを。それが損なわれぬように1)、彼がこの供犠を再び結び合わさんことを。神々がここで喜ばんことを」。「om3 pratiṣṭha」を彼はさらに付け加えることもできるし、しないこともできる2)

北に立つ Āgnīdhra は、命を受けたのち、薪を Āhavanīya 火に加える3)。それに対して

Hotṛ、あるいは彼がそれを知らない場合には Yajamāna が、その上に次の Anumantraṇa を唱える:「これは汝の Samidh である、Agni よ。それによって成長し、栄えよ。我らも成長し、栄えんことを」4)。— そして

北に立つ Āgnīdhra は、薪を置いたのち、前と同じ仕方で(cf. 82頁註3)Idh- 〔→136頁〕

masaṃnahana(薪を束ねるのに用いた草)をもって、しかし火を巡り歩かずに、すなわち一箇所、北側に立ったまま、常に一度だけ、Paridhi に最も近い箇所を、南・西・北で拭う。その際マントラとして毎回こう言うべきである:「Agni よ、食物を得る者よ、食物を求めて急ぐ汝を、食物を得る者を、我は拭う」。最後に彼は一度、低い声で火の上を拭う1)

Adhvaryu は、Brahman から許可を得たのち、Upabhṛt のバターを、残り(saśeṣam)が残るように Juhū に注ぎ、今や個々の Anuyāja に進む2) 3)

§I. Anuyāja

§(barhis のために)

Adhvaryu は、Juhū と Upabhṛt を 83頁3行に述べた仕方で合わせ注いだのち、Vedi のところを南に通り過ぎて Yājati が献ぜられる場所(cf. 85頁5行)へ行き、Āgnīdhra に言う:om3 śrā3vaya。

Āgnīdhra は astu śrau3ṣaṭ と言う1)

Adhvaryu は「devān yaja」をもって Hotṛ に Yājyā を唱えるよう命じる2)

Hotṛ は Yājyā として言う:devaṃ barhir vasuvane vasudheyasya vetū3 vau3ṣaṭ3)。そして Vaṣaṭkāra の上に、前と同じく Anumantraṇa として:vāg ojo — prāṇāpānau。

Yajamāna は Tyāga を行う4):om3 idaṃ devāya barhiṣe。

Adhvaryu は、三つの Anuyāja すべてにおいて同じ場所に留まり5)、したがって Homa ごとに西へ進むことをせず、Vauṣaṭ の叫び6) と同時に、あるいはその後に、Juhū を Upabhṛt の先端の上を越えて前方へ(前と同じく)下げ7)、燃え上がった Samidh の前面に8)、バターの最初の三分の一を第一の Anuyāja として献供する。もし〔→138頁〕

彼が呪詛を行う場合には、この第一の Anuyāja に対する Anumantraṇa として言う:「Aśanī よ、NN を撃て」1)

§II. Anuyāja

§(Narāśaṃsa のために)

Adhvaryu は Juhū を再びその上に持って行き、言う:om3 śrā3vaya。

Āgnīdhra:astu śrau3ṣaṭ。

Adhvaryu:devān yaja、あるいは単に yaja2)

Hotṛ は Yājyā として言う:devo narāśaṃso vasuvane vasudheyasya vetū3 vau3ṣaṭ3)。そして Vaṣaṭkāra の上に Anumantraṇa として:vāg ojo — prāṇāpānau。

Yajamāna は Tyāga を行う:om3 idaṃ devāya narāśaṃsāya。Vauṣaṭ の叫びと同時に、あるいはその後に、

Adhvaryu は、先に取った場所に立ったまま、通常の仕方で Juhū を Upabhṛt の上を越えて下げ、Samidh の中央部に、先に東で献じたものの西側に4) Homa を献ずる。呪詛の場合には Anumantraṇa として言う:「hrādunī よ、NN を撃て」5)

§III. Anuyāja

§(Agni-Sviṣṭakṛt のために)

Adhvaryu は Juhū を再び Upabhṛt の上に持って行き、すべてが Yājyā に至るまで繰り返される。

Hotṛ は Yājyā を言う:devo agniḥ sviṣṭakṛt sudraviṇā man- 〔→139頁〕

draḥ kavir satyamanmāyajī hotā hoturhotur ayajīyān agne yān devān ayāḍ yān apipraya ye te hotre amatsata(ここで彼は休止を置きうる)tāṃ saśanuṣīṃ hotrāṃ devaṅgamāṃ divi deveṣu yajñam erayaṃ sviṣṭakṛccāgne hotā bhūr vasuvane vasudheyasya namovāke vīhi3 vau3ṣaṭ1)。そののち Anumantraṇa:vāg ojaḥ — prāṇāpānau。

Yajamāna は Tyāga を行う:om3 idaṃ devāyāgnaye sviṣṭakṛte。Vauṣaṭ の叫びの間、あるいはその後に、

Adhvaryu は再び Juhū を下げ、先に献じたものの西、Samidh の端2) で第三の Anuyāja を行う。呪詛を行う場合には、この Anuyāja のための Anumantraṇa として言う:「ulkuṣī よ、NN を撃て」3)。そののち彼は水に触れる4)。第三の Anuyāja の献供ののち、彼は Yājati の場所から再び進み出て、北に坐り(これが Juhoti の場所である)、Upabhṛt にあるバターをすべて Juhū に注ぎ入れ(cf. 3,2,24)、祭主が Tyāga「om3 idaṃ devebhyaḥ」を行ったのち、「svāhā devebhyaḥ」とともに、西から東へ延びる Āhuti を献ずる。これは第4の Homa と呼ばれ、それゆえ Anuyāja の一支分と見なされる、あるいはそれゆえ(Anuyāja の?)神々を神格とする。その目的は明らかに、三つの Anuyāja 献供を結合することにある5)。次いで Adhvaryu は Yājati の 〔→140頁〕

場所1) へ再び進み寄り、二本の匙をその場所に置く。そののち彼、あるいは自分の場所から Vedi の後ろへ進み出た祭主が、それらを次の仕方で引き離す2)。彼は左手で Veda を、上に向けた右手で Juhū を取り、Prastara から東へ、次のマントラとともに持って行く:「Agni の(低く:)Agni-Soma の、resp. Viṣṇu の、resp. Prajāpati の、(高く:)Agni-Soma の、resp. Indra-Agni の、あるいは Indra の(Mahendra の)勝利にしたがって、〔我が勝利者とならんことを / この祭主が勝利せんことを;我は前へ進む / 我は前へ進む〕食物の駆動によって(?)」。

そののち彼は右手で Veda を、掌を下に向けた左手で Upabhṛt を取り、それを Vedi の外、西方へ、先端を西に向けて持って行く。これに対しマントラとして言う:「Agni よ、(低く)Agni-Soma よ、resp. Viṣṇu よ、Prajāpati よ、(高く)Agni-Soma よ、resp. Indra-Agni よ、あるいは Indra(Mahendra)よ、我らを憎み我らが憎む者を(あるいは「この祭主が憎む者、彼を憎む者を」)突き放せ;食物の駆動によって我は彼を突き放す」3)。引き離しの直後に彼は撒水する。

〔前註の続き〕(注釈と Paddh. によれば)献ぜられるべきものである。他の Sūtra ではこの第三の献供(cf. 註2)が個々のものを結合する目的を持つ。それゆえ彼らのもとでは特別の第四の献供は規定されていない。

Adhvaryu は二本の匙をその場所に戻す1)。そののち彼は Juhū を取り、それで Paridhi に塗油する。その際 Veda を下に当て、順に一本ずつ、置かれた通りに。中央のものには「Vasu たちのために(我は汝に塗る)」、南のものには「Rudra たちのために我は汝に塗る」、北のものには「Āditya たちのために我は汝に塗る」2)。そののち彼は Juhū を Prastara の北に、しかしその上にではなく置く3)。次に続くのが

§Sūktavāka

Adhvaryu は第一の Paridhi に触れ、om3 śrā3vaya と言う。

Āgnīdhra:astu śrau3ṣaṭ。

Adhvaryu は Hotṛ に Sūktavāka の朗誦を次の言葉で命ずる:「神的な Hotṛ たちが bhadravācya(吉祥な告知)へと命じられた;人間の〔Hotṛ〕が Sūktavāka(讃歌の朗誦?)へと命じられた。Sūkta を唱えよ(brū3hi)」1)。この Praiṣa ののち彼は続ける:「天と地よ、(彼に対して)一心なれ(samyag avagacchatam、Mahīdh.);Mitra-Varuṇa が汝を雨によって促進せんことを」。そして右手で Prastara を Pavitra とともに取る2)。二本の Vidhṛti 茎(cf. 67頁)を、それらが取り去られた barhis の場所に再び置き、そののち Prastara に、上・中・下と塗油する。上部を Juhū で、中部を Upabhṛt で、末端を Dhruvā で。その際毎回マントラとして言う:「鳥たちが飛び去らんことを(享受せんことを?)、バターで塗られたものを舐めつつ」3)。次に 〔→143頁〕

彼は Sphya を取り、言う:「Marut の斑の獣たちのもとへ行け(空界へ);斑の牝牛となって天へ行け、そこから我らに雨をもたらせ」。そして Prastara を、匙(それらの中のバターのゆえに Kāt. 1,8,31 によれば火に近づけねばならないもの、器の性質を持つ Prastara よりも)の南と西へ引き寄せ、その献供のために Āhavanīya のところで地面に、あたかもそれに付着しているかのように置く。そののち彼はそれから一本の茎を取り分ける1)

Hotṛ は Sūktavāka を命じられ、言う:「これは幸いに成就した、天と地よ。我らは Sūktavāka と Namovāka を善く成就した;我らが Sūktavācya2) を善く成就せんことを;Agni よ、汝は Sūkta の声である(休止)、天と地の聞き入れ(?)3) において。祭主よ、両者は汝に友好的であれ、天と地はこの供犠において(休止);家に善を為す者たち、〔→144頁〕

〔家に善を為す者たち、〕速やかに与え、恐れなく、寡黙で、広き牧場を持ち、恐れなさを与え(休止)、雨の天に住み、水を流れさせ、友好的で、恵みを与え、乳と活力に富み、歩む者たちに善き道を、自らに善き道を与える者たち1)。彼らの同意とともに(休止):Agni はこの供犠を受け入れ、喜び2)、より高き力を作った3)。(休止)

Soma はこの供犠を受け入れ、喜び、より高き力を作った3)。(休止)

Agni はこの供犠を受け入れ、喜び、より高き力を作った3)。(休止)

(低く)Agni-Soma / Viṣṇu / Prajāpati、(高く)4) ― 〔これらが〕この供犠を受け入れ、喜び、より高き力を作った3)。(休止)

Agni-Soma、Indra-Agni resp. Indra(Mahendra)(満月のとき / 新月のとき)5) ― 〔これらが〕この供犠を受け入れ、喜び、より高き力を作った3)。(休止)

Deva ājyapāḥ たちはバターを受け入れ、喜び、より高き力を作った3)。(休止)

Agni は Hotṛ の職を通じてこの供犠を受け入れ、喜び、より高き力を作った。

彼が、神々へ向かうこの祭祀において栄えんことを。これを祭主 NN(通常の名)、NN(Nakṣatra 名1) 2))が祈願する。(休止)(Guru が祭主である場合、両方の名を低く言うべきである。)「長寿を彼は祈願する、子孫における幸福を彼は祈願する、富を彼は祈願する、周囲における名声を彼は祈願する、後の神々の祭祀3) を彼は祈願する、より豊かな Havis の調製4) を彼は祈願する、天界の住居を彼は祈願する;彼にとって好ましいものすべてを〔彼は祈願する〕;この供犠によって彼が祈願するものを、彼が得、それにおいて幸福を得んことを;それを神々が彼に与えんことを;それを神 Agni が神々から祈願し、我ら人間が Agni から〔祈願する〕」(休止)。「Yājyā とともに献ぜられたもの、そして agne vihi とともに献ぜられたもの(あるいは献ぜられ享受されたもの)、(これら)そして天と地とが我らを苦難から守らんことを。ここに(望ましき)善への道あれ、この崇敬が神々にあれ5) 6)」。この Sūktavāka の終わりに

Yajamāna(あるいは Adhvaryu?)が Tyāga を行う:om3 idam agnaye somāyāgnaye(低く:)agnīṣomābhyām resp. viṣṇave resp. prajāpataye、(高く:)agnīṣomābhyām resp. indrāgnibhyām resp. indrāya(mahendrāya)、devebhya ājyapebhyo agnaye hotrāya。そして

Adhvaryu はこれらの神格のために、Juhū とともに Prastara を(その先端を東または北に向けて)Āhavanīya 火に投ずる。それと同時に、新月祭においては、そこで乳の献供が行われた場合、〔→146頁〕

牝牛たちを追い払うのに用いた枝も投げ込まれる。そののち Adhvaryu は Prastara をなお指で完全に火の中へ押し込む1)

一部の説によれば、今や祭主の分を献供する時である。ただし彼が旅行中の場合2)。他の者たちはこの献供を、祭主が在席の場合にこの分を食する場所で行うことを望む3)。もし 〔→147頁〕

祭主が Brāhmaṇa ではなく Kṣatriya または Vaiśya である場合には、彼が旅行中であるか否かにかかわらず彼の分は献供される。しかもマントラから明らかなように Agni Jātavedas に対して1)。この分の献供に際してはマントラとして言われる:「我は汝より、汝は我よりある;ここに我が胎は汝である;汝の胎は我である;我のものとして汝は天に、神々のもとに、Manes(?)のもとに息子として場所を作る、Jātavedas よ。svāhā!」2)。Tyāga は次の通り:om3 idam agnaye jātavedase。

Āgnīdhra は(Adhvaryu に):「投げ入れよ!」

Adhvaryu は先に(143頁)取り分けた茎を取り、それを Āhavanīya 火に投じ、言う:「汝は眼の守護者である、Agni よ、我が眼を守れ」。そして自分の心臓の辺りに触れる。他の説(Vaidyanātha)によれば自分の両眼に。そののち彼は水に触れる(Kāt. 1,10,14)3)

§Saṃyuvāka

Āgnīdhra が Adhvaryu に:saṃvadasva(「我と語り合え」)

Adhvaryu が Āgnīdhra に問う:agā3n agnīd?(「彼は入ったか、Āgnīdhra よ?」)

Āgnīdhra が答える:agan(「彼は入った」)

Adhvaryu:om3 śrāvaya。 Āgnīdhra:astu śrau3ṣaṭ。

Adhvaryu:svagā が神的な(!)Hotṛ たちにあれ(あるいは神的な svagā が?)、svasti が人間たちにあれ;śaṃyor brū3hi4)

Hotṛ:「この救いを我らは乞う:供犠のための道を、祭主のための道を;神的な svasti が我らにあれ、人間の〔svasti が〕。上方へ癒しの薬が行かんことを。二足のものに救いあれ、四足のものに救いあれ」1)。Saṃyuvāka の時に(Pray. B₁)

Adhvaryu は Paridhi を手で Āhavanīya 火に投じ入れる。まず中央のものを次の言葉とともに:「汝が身に纏いし Paridhi よ、Paṇi たちが汝を、Agni 神よ、隠したときの;汝に親しきその者を我は投ずる;彼は汝から離れて思うことなかれ」。南と北の Paridhi を彼は同時に、次の言葉とともに投ずる:「Agni の親しき場所に入れ」2)。〔→149頁〕

Baudh. および他の Sūtra は、Kāt. に見られる順序からやや逸脱する。1,19,22: athāgnīdhram īkṣate 'gnīd iti, tam āhāgnīdhraḥ saṃvadasvety, agā3n agnīd ity āhādhvaryur, agann ity āhāgnīdhraḥ, śrāvayety āhādhvaryuḥ, śrauṣaḍ ity āhāgnīdhra, idaṃ brūhīty āhādhvaryur, anupraharety āhāgnīdhro, 'nupraharati svagā — śaṃyor brūhīty athopotthāyāhavanīyam upatiṣṭhata āyuṣpā agne 'yur me pāhi cakṣuṣpā agne 'si cakṣur me pāhīti | athemām abhimṛśati dhruvāsīti. Āp. 3,7,3: athainam āhāgnīdhro 'nuprahareti. 4. yat prastarāt tṛṇam apāttaṃ tad anupraharati svagā tanubhya ity. 5. etadetad iti trir aṅgulyā nirdiśyāgnim abhimantrayata āyuṣpā agne 'sy āyur me pāhīti. 6. dhruvāsīty antarvedi pṛthivīm abhimṛśati. 7. athainam āgnīdhraḥ — ここに śaṃyor brūhi で終わる対話が続く。Saṃyuvāka の命令を、彼は中央の Paridhi に触れながら与える。Bhār. 3,6 — そのテキストを私は正しく再現できないが — は「anuprahara」の命令を「saṃvadasva」と結びつけ、それに茎の投げ入れ、prāṇāyatanāni と地への接触を続けさせ、次いで対話の残りを置く。Hir. 2,10,6: anupraharati sampreṣyati. 7. svagā tanubhyaḥ svāheti prastarasya tṛṇam apāttam āgnīdhro 'nupraharati. 8. etadetad iti trir aṅgulyānvavadiśati. 9. āyuṣpā agne 'sy āyur me pāhīti yathārūpaṃ prāṇāyatanāni saṃmṛśati. 10. dhruvāsītīmām abhimṛśati. 11. saṃvadasvety āgnīdhraḥ 等。Āp. 4,12,10 と Bhār. 4,16 によれば、祭主は茎の投げ入れに参与する。Āp.: divaḥ khilo — aham śucam iti prastaratṛṇe prahriyamāṇe. Bhār. も同様: purastād apāttaṃ tṛṇam anuprahriyamāṇam anumantrayate divaḥ khilo — śucam iti.

Paridhi を一緒に〔投じ〕、新月祭では Upaveśa を火に投ずる。彼が言ったのちに:「我は汝を献ずる、豊かなる者よ、我が富を得んがために、幾度も繰り返し呼ばれる者よ、我は名声を求めつつ」1)

それに続くのが

§Saṃsrava-Āhuti

§(Viśve Devāḥ に対して)

Adhvaryu は両手で Juhū と Upabhṛt を取り、言う:「これは汝らの分である、Viśve Devāḥ よ。汝らはこの食物によって大となり、Prastara の上にあり、Paridhi のごとく周りに置かれるべき者たち(paridheyāḥ = paridhibhavāḥ、注釈)であり、注ぎ残し(Saṃsrava)である。汝らがこの言葉をすべて賞讃するがゆえに(注釈は言う:「この祭主はすべてを崇拝する」と、すべての神々のうちで)、供犠の敷き草に坐り、喜べ。svāhā! Vaṭ!」

彼がこれを言い、また

Yajamāna が Tyāga を om3 idaṃ viśvebhyo devebhyaḥ で行ったのち、

Adhvaryu は Saṃsrava(注ぎ残し)を Āhavanīya 火に献供する2)。〔→150頁〕

そののち彼は二本の匙を置く。Havis の穀粒を車から取った場合には、その轅の上に1)。その際次の言葉を唱える:「汝らは脂に富む2);轅のもとを歩む者たちを守れ;汝らは友好的である、我を喜びへともたらせ」。これに対し彼が穀粒を器から取った場合には、まず Sphya を北の Aṃsa の上に先端を北に向けて置き、その上に二本の匙を、同じ唱えごととともに(cf. Paddhati および他の Sūtra)3)、その先端が東を向くように置く。そののち

祭主(Mah. と Paddh.)あるいは Adhvaryu(Karka)が、Sphya を下から支えつつ Vedi に触れ、次の言葉とともに〔唱える〕:「供犠よ、汝に崇敬と増大あれ4)。幸いなる遂行において終結を得よ5);正しく遂行された献供において(sviṣṭe)我のために終結を得よ」6)。そののち 〔→151頁〕

§F. 四つの Patnīsaṃyāja

§(Soma、Tvaṣṭṛ、Devānāṃ patnyaḥ、Agni Gṛhapati のために)献ぜられる

Hotṛ は Veda を取る。Āśv. Baudh. によれば Adhvaryu が彼にそれを与える。その際「汝は Veda である、我が Veda を知る者たらんことを」と言い、次のように言ってから立ち上がる:「生命によって、自らの生命によって、草木の樹液によって、Parjanya の住処によって、我は立ち上がった、不死なるものたちのもとへ」1)

Adhvaryu はバターの塗られた Juhū と Sruva をあらかじめ洗い、そののちそれらを取る。

Āgnīdhra は Ājyasthālī を取る。そののち全員が、まず Āgnīdhra が、西へ Gārhapatya 火のもとへ行き、そこで Patnīsaṃyāja を行う。Adhvaryu にはそのために複数の道が開かれている。すなわち、Gārhapatya と Dakṣiṇa の間を通って行くか、あるいは東で Āhavanīya を回り Vitāna の南、したがって Dakṣiṇa の南を通って行くか、あるいは第三に、Gārhapatya の後ろ(Comm.: apareṇa、Paddh.: uttareṇa)を回って、Gārhapatya の南西に坐る祭主の妻の内側または外側を通って行く(すなわち彼女と火の間を通るか否か)。三人の祭官はみな Gārhapatya の後ろに、膝を立てて坐る。Adhvaryu は妻の前、南に、顔を北東に向け、右膝を曲げて。Āgnīdhra は北に、顔を南に向けて。Hotṛ は中央に(Āp. による)2)

§I. Soma のための Patnīsaṃyāja

Adhvaryu は Veda を取り、(低く:)somāya、(高く:)anubrū3hi と言う1)

Hotṛ(低く:)ā pyāyasva sam etu te viśvataḥ soma vṛṣṇyaṃ bhavā vājasya saṃgathe —(高く:)om31)

Adhvaryu は「somāyānubrūhi」の言葉ののち、Ājyasthālī3) から四度バターを Juhū に取り2)、om3 śrā3vaya と言う。

Āgnīdhra:astu śrau3ṣaṭ。

Adhvaryu:(低く:)Somaṃ(高く:)yaja。

Hotṛ:ye3 yajāmahe(低く:)somaṃ | saṃ te payāṃsi sam u yantu vājāḥ saṃ vṛṣṇyāny abhimātiṣāhaḥ | āpyāyamāno amṛtāya soma divi śravāṃsy uttamāni dhiṣvā3,(高く:)vau3ṣaṭ。そののち以前と同じく Anumantraṇa:vāg ojo — prāṇāpānau(Āśv. 1,5,17)。

Yajamāna は低く(?)Tyāga を行う:om3 idaṃ somāya1)。そして Vauṣaṭ の叫びの際、あるいはその後に、

Adhvaryu が通常の仕方で献供を Gārhapatya 火に注ぐ2)。〔Āp. Bhār. によれば祭主はこれについて Anumantraṇa を言う〕3)

§II. Tvaṣṭṛ のための Patnīsaṃyāja

Adhvaryu(低く:)tvaṣṭre(高く:)anubrū3hi。

Hotṛ(低く:)iha tvaṣṭāram agriyaṃ viśvarūpam upahvaye | asmākam astu keval(高く:)om3。

Adhvaryu、Āgnīdhra は前と同じ。Adhvaryu(低く:)Tvaṣṭāraṃ(高く:)yaja。

Hotṛ は Yājyā を言う(高く:)ye3 yajāmahe(低く:)tvaṣṭāram | tan nas turīpam adha poṣayitnu deva tvaṣṭar vi rarāṇaḥ syasva | yato vīraḥ karmaṇyaḥ sudakṣo yuktagrāvā jāyate devakāmā34) vau3ṣaṭ。そののち Anumantraṇa:vāg — °pānau。

Yajamāna は Tyāga を行う:om3 idaṃ tvaṣṭre。

Adhvaryu は上と同じく行う〔そして祭主は Āp. Bhār. によれば自分の Anumantraṇa を言う〕。註3参照。

§III. Devānāṃ patnyaḥ のための Patnīsaṃyāja

Adhvaryu は Gārhapatya の東に、蓆5) あるいはそれに類するもので覆いを作り、妻は Adh- 〔→155頁〕

varyu を掴む1)(あるいは彼女がいなければ誰か他の者が)。そののち彼は言う:(低く:)devānāṃ patnībhyo(高く:)anubrū3hi。

Hotṛ(低く:)devānāṃ patnīr uśatīr avantu naḥ prāvantu nas tujaye vājasātaye | yāḥ pārthivāso yā apām api vrate tā no devīḥ suhavāḥ śarma yachat —(高く:)om3。

Adhvaryu、Āgnīdhra は前と同じ。そののち Adhvaryu(低く:)devānāṃ patnīr(高く:)yaja。

Hotṛ:(高く:)ye3 yajāmahe(低く:)devānāṃ patnīr | uta gnā vyantu devapatnīr indrāṇy agnāyy aśvinī rāṭ | ā rodasī varuṇānī śṛṇotu vyantu devīr ya ṛtur janīnā3m,(高く:)vau3ṣaṭ。そののち:vāg —。

Yajamāna は Tyāga を行う:om3 idaṃ devānāṃ patnībhyaḥ。そして

Adhvaryu は上と同じく行う(Anumantraṇa については 154頁註3参照)。そののち彼は手で覆いを取り去り、妻は彼を放す。

§場合により挿入されるべき Patnīsaṃyāja

第四の Patnīsaṃyāja の前に、祭主が子孫を望む場合には、さらにいくつかの献供が他の神格に対して行われうる。ただしここでは学派が本質的でない仕方で相違する。Kāt. はこれについて全く言及しない。Āśv. は Rākā、Sinīvālī、Kuhū を、子孫を望む者が供犠すべき女神として挙げる。Śāṅkh. は第三のものを省く。Āp. Bhār. Hir. は、第一のものにのみ子孫への、しかも男子の子孫への願望を結びつけ、第二のものには家畜への、第三のものには繁栄(puṣṭi)への願望を結びつける。これらの献供の場所についても異なる見解がある2)。私は簡潔のため、本来別々に行われるべきものをまとめて示す。〔→156頁〕

Adhvaryu:(低く:)a) rākāyai、b) sinīvālyai、c) kuhvai、〔d) anumatyai〕(高く:)anubrū3hi。

Hotṛ は Anuvākyā を言う。a) Rākā のために(低く:)rākām ahaṃ suhavā suṣṭutī huve śṛṇotu naḥ subhagā bodhatu tmanā | sīvyatv apaḥ sūcyācchidyamānayā dadātu vīraṃ śatadāyam ukthya —(高く:)om31)

b) Sinīvālī のために:(低く:)sinīvāli pṛthuṣṭuke yā devānām asi svasā | juṣasva havyam āhutaṃ prajāṃ devi dididdhi(高く:)nom3(nas — om から)。

c) Kuhū のために:(低く:)kuhūṃ suvṛtam ahaṃ vidmanāpasam asmin yajñe suhavāṃ johavīmi | sā no dadātu śravaṇaṃ pitṝṇāṃ tasyai te devi haviṣā vidhema —(高く:)om3。

〔d) Anumati のために:(低く:)anu no 'dyā 'numatir yajñaṃ 〔→157頁〕

deveṣu manyatām | agniś ca havyavāhano bhavatāṃ dāśuṣe may(高く:)om3〕。

Adhvaryu は Ājyasthālī から四度バターを Juhū に取ったのち、毎回 om3 śrā3vaya と言う。Āgnīdhra はそれに対し astu śrau3ṣaṭ〔と言う〕。

Adhvaryu(低く:)a) rākāṃ、b) sinīvālīṃ、c) kuhūm、〔d) anumatim〕(高く:)yaja。

Hotṛ は Yājyā を言う。a) Rākā のために(高く:)ye3 yajāmahe(低く:)rākām | yās te rāke sumatayaḥ supeśaso yābhir dadāsi dāśuṣe vasūni | tābhir no adya sumanā upāgahi sahasrapoṣaṃ subhage rarāṇā3,(高く:)vau3ṣaṭ1)。そののち vāg — °pānau。

b) Sinīvālī のために:(高く:)ye3 yaj.°(低く:)sinīvālīṃ | yā subāhuḥ svaṅguriḥ suṣūmā bahusūvarī | tasyai viśpatnyai haviḥ sinīvālyai juhotanā3,(高く:)vau3ṣaṭ。そののち vāg — °pānau。

c) Kuhū のために:(高く:)ye3 yaj.°(低く:)kuhūṃ | kuhūr devānām amṛtasya patnī havyā no asya haviṣaḥ śṛṇotu | saṃ dāśuṣe kiratu bhūri vāmaṃ rāyaspoṣaṃ yajamāne dadhātū3,(高く:)vau3ṣaṭ。そののち vāg — °pānau。

〔d) Anumati のために:(高く:)ye3 yaj.°(低く:)anumatim | anv id anumate tvaṃ manyāsai śaṃ ca naḥ kṛdhi kratve dakṣāya no hinu pra ṇa āyūṃṣi tāriṣā3,(高く:)vau3ṣaṭ。そののち vāg —〕。

Yajamāna は Tyāga を行う:om3 idam a) rākāyai、b) sinīvālyai、c) kuhvai、〔d) anumatyai〕。

Adhvaryu は通常の仕方で献供する〔そして Āp. Bhār. によれば祭主も、また彼の妻も、その都度の献供について Anumantraṇa を言う〕1)

§IV. Agni Gṛhapati のための Patnīsaṃyāja

Adhvaryu:(低く:)agnaye gṛhapataye(高く:)anubrū3hi。

Hotṛ:(低く:)agnir hotā gṛhapatiḥ sa rājā viśvā veda janimā jātavedāḥ | devānām uta yo martyānāṃ yajiṣṭhaḥ sa pra yajatām ṛtāv —(高く:)om3。

Adhvaryu、Āgnīdhra は前と同じ。Adhvaryu(低く:)agniṃ gṛhapatiṃ(高く:)yaja。

Hotṛ:(高く:)ye3 yajāmahe(低く:)'gniṃ gṛhapatiṃ | havyavāḷ agnir ajaraḥ pitā no vibhur vibhāvā sudṛśīko asme | sugārhapatyāḥ sam iṣo didīhy asmadryak saṃ mimīhi śravāṃsi3,(高く:)vau3ṣaṭ。そののち vāg — °pānau。

Adhvaryu は献供する〔そして Āp. Bhār. によれば Yajamāna は自分の Anumantraṇa を言う〕1)。Patnīsaṃyāja は Iḍā で終わり、それにさらに Saṃyuvāka が続きうる2)

Adhvaryu は二本の匙を地に置き、〔→159頁〕

Iḍāpātrī に五度 Ājya を入れ1)、それを Hotṛ に渡し、顔を西に向け、それを手放さずに Hotṛ と妻を左から右へ巡り、Hotṛ の前に西を向いて坐り、Hotṛ から渡された Iḍā を再び受け取り、そこから Sruva でバターを取り、それで Hotṛ に前と同じ仕方で人差し指の最上二節に塗り、次いで Hotṛ の手に Avāntareḍā2) として四度バターを切り取る。その間 Hotṛ 自身は第五(resp. 第二)の部分を取る。前と同じく、次いで後者(Hotṛ)が Iḍā を呼びかけ、その際すべての祭官が祭主とともに彼あるいは Iḍā に触れる。Hotṛ が「祭主が呼び寄せられた」と言ったとき(cf. 128頁)、祭主は囁く:「我に Indra が与えよ —」(同所)。すべての参加者はそののち Praṇītā と Utkara の間(Sañcara)を通って外へ出、Iḍā を食し、同じ道を戻り、Vedi の後ろに坐り、Darbha 草で(通常用いる Pavitra はもはや存在しないので)水を取り、身を浄める。まず Brahman が、130頁と同じ唱えごとで3)。なお Saṃyuvāka を続ける場合には、

Adhvaryu が Gārhapatya の北に坐り、Veda から一本の茎を取り、その先端を Juhū で、中央を Sruva で、末端を Sthālī で塗油する。一部の説によれば、142頁の Prastara 塗油の際に用いた唱えごとなしに。そののち

Āgnīdhra が Adhvaryu に言う:「anuprahara(投げ入れよ)」4)。すると 〔→160頁〕

Adhvaryu はこの茎を Gārhapatya 火に投じ、次の言葉とともに触れる:「汝は眼の守護者…」(147頁)。心臓の辺りに、他説によれば両眼に、そののち水に触れる。次いで、すでに一度述べた Āgnīdhra と Adhvaryu の対話が続く。

Āgnīdhra:「我と語り合え」。

Adhvaryu:「彼は入ったか(天界へ)?」

Āgnīdhra:「彼は入った」。

Adhvaryu:「(それゆえ)om3 śrāvaya」。

Āgnīdhra:「astu śrau3ṣaṭ」。

Adhvaryu:「svagā が神的な Hotṛ たちに1) 等」(cf. 147頁)。

Hotṛ は前と同じ:tac chaṃyor āvṛṇīmahe —。

Saṃyuvāka の終わりに

§Pragrahahoma2)

§(Agnir adabdhāyur aśītamaḥ のために)

が行われる。

Adhvaryu は Juhū と Sruva を取り、言う:「Agni よ、その生命力が損なわれず、最も遠くまで達する者よ、我を稲妻から守れ、我を罠から守れ、我を悪しき献供から守れ、我らの飲物を毒なきものとせよ、善き座ある胎において。svāhā! Vaṭ!」。そして祭主が Tyāga「om3 idam agnaye 'dabdhāyave 'śītamāya」を行ったのち、残りを Gārhapatya 火に献ずる。これはしたがって Saṃsrava 献供である。そののち Adhvaryu は、これまで Gārhapatya の北に坐っていたが、Gārhapatya 火と Dakṣiṇa 火の間の道を(Patnīsaṃyāja のためにその道を通って来た場合には)戻り3)、Gārhapatya 火を右から左へ巡り4)、Dakṣiṇa 火の後ろ(Comm.: paścād、Paddh.: uttarataḥ5))に坐り、そこで

§二つの Juhoti 献供

§(一つは Agni saṃveśapati のため、一つは Sarasvatī のため1))

〔を行う。〕彼は薪を置き、一度バターを取り2) 3)、agnaye saṃveśapataye svāhā と言い、祭主(あるいは Adhvaryu?)が Tyāga「om3 idam a.s.」を行い、Adhvaryu が献供を Juhū4) で火に注ぐ。彼は再びバターを取り、sarasvatyai yaśobhaginyai svāhā と言い、om3 idaṃ s.y. と唱える Tyāga ののち、献供を火に注ぐ。

それに続くのが

§Piṣṭalepa-Āhuti5)

§(Viśve Devāḥ のために)

その実体については見解が分かれる。彼は Prāyaścitta として四度取ったバターのみを献ずる(1)か、あるいは餅の粉に由来する生地を取る。後者の場合には、器と指の洗浄(cf. Sūtra 2,5,26、上記42頁)は、それらに付着した生地を取り、今献ずべき Homa のために脇に置いてから、初めて行われるべきであった。この第二の様式においては、Adhvaryu は次のいずれかを行う。すなわち四度バターを 〔→162頁〕

取り、その上に Piṣṭalepa を注ぐ(2)か、あるいはバターの下敷きを作り、Piṣṭalepa から二度(resp. 三度)切り取り、その上に注ぎをする(3)。そののち彼は言う:「Ulūkhala に、Musala に、Śūrpa に付着したもの、臼石に、Kapāla にあったもの、飛び散り、跳ね飛んだもの — これらすべてを我は一緒に献ずる(saṃjuhomi)。祭主の願いが満たされんことを。svāhā!」

Yajamāna(あるいは Adhvaryu?)は Tyāga を行う:om3 idaṃ viśvebhyo devebhyaḥ(Karka によれば単に「agnaye」)。そして Adhvaryu は献供を Dakṣiṇa 火に注ぐ1)

そののち Hotṛ あるいは Adhvaryu が妻に Veda を与え、彼女に次のマントラを言わせる:「汝は Veda である。汝によって、神 Veda よ、神々のために Veda となったもの、それによって我にも Veda となれ」。それによって彼女は Veda を解く。彼女が子孫を望むなら、Āśv. によれば Veda の頭部で自分の臍に触れる2)。そののち彼女は言う(Āśv. によれば 〔→163頁〕

Hotṛ が〔言わせる〕:「我は我(彼女)を Varuṇa の縄から解く。それによって恵み深き神 Savitṛ が我(彼女)を縛ったところのその縄から。ṛta の胎へ、善く整えられたものの世界へ、我(彼女)を傷なく夫とともにもたらせ」。そして紐を解く1)。Āśv. によれば Hotṛ は今それを折り畳んで二重にし、Gārhapatya の西に置く。その輪、したがってその先端を東に向けて。そののち彼は Veda 茎をその先端を北に向けて置き2)、その前に、それらと密接に結びつけて 〔→164頁〕

一杯に満たした器を置く1)。これに彼は触れ、妻にも触れさせ、それについて次のマントラを言わせる:「汝は満ちている、我にも満ちてあれ;汝は規則正しく満たされている、我にも〔そうであれ〕;汝は善い、我にも善くあれ;汝は損なわれていない、我にも〔そうであれ〕;汝は不滅である、我にも不滅であれ」2)。そののち Hotṛ は方位ごとに撒水を行い、妻にも同じく撒水させ、次のマントラを言わせる:「東において神々と祭官たちとが浄まれ;南において月と祖霊たちとが浄まれ;西において家々と家畜たちとが浄まれ;北において水と草木と樹木とが浄まれ;上方の天の方位において供犠と年と Prajāpati とが浄まれ(あるいは浄まらんことを)」3)

紐の下に、妻は上に向けた añjali を、Hotṛ は掌を上に向けた左手を置き、水が両手の上に流れるように満杯の器を注ぎ出し、その間、妻にマントラとして言わせる:「我が子孫を流し失うことなからんことを。我らとともに急ぐ汝ら(水よ)を、我は海へ注ごう。汝らはその場所へ行け」4)。そののち Hotṛ は Veda 茎を取り、言う:〔→165頁〕

「織物を織りつつ、空界の輝きに従い行け」。そして彼は茎を左手で中断せずに撒きつつ、しかもそれを振り落とすことなく、Gārhapatya 火から Āhavanīya 火へと歩む1)。今や次のものを行う時である。

§Sarvaprāyaścitta と Yajñasamṛddhi2)

私はここで例外的に、Kātyāyana をまず挙げるという私の通常のやり方を離れる。というのも彼はこれらの献供について第25 Adhyāya で初めて語るのに対し、黒 Yajurveda の Sūtra はそれをここに置くからである。私は後者に従うことを選ぶ。そうすればここに挿入すべき範囲について疑いが残らないからである。そして私は Baudhāyana を選び、彼を 〔→166頁〕

*) 私はここに、この註において Baudh. のこの箇所に続く、妻に関わる引用と、その後に続く妻のための規定を加えておく。彼女はそれらを Prāyaścitta の前に行わねばならず、私にはこれに触れる機会が他にないからである。1,21,1: athainaṃ tathaiva tiraḥ pavitram ācāmayati payasvatīr oṣ° saṃsṛjati. 2. athaināṃ gārhapatye samidham ādhāpayaty agne vratapate vratam acāriṣaṃ tad aśakaṃ tan me rādhi svāhā, vāyo … vratapate — 'rādhi, āditya vratapate — 'rādhi, vratānāṃ vratapate — 'rādhīti. 3. atha yathāprapannaṃ niṣkrāmayati(Pray. B₁ は言う: vedyutkarāv antareṇa、B₂: tīrthena)。

私の入手しうる写本の助けを得て可能な限りで本文に移す。

Adhvaryu:atha prāṅ etya(Pray. B₁: gārhapatyānvāhāryapacanayor madhyena prāṅ etya)dhruvām āpyāyayaty āpyāyatāṃ dhruvā — yajñe asminn iti(T.S. 1,6,5)。6) athājyasthālyāḥ sruveṇopaghātaṃ prāyaścittāni juhoti1)。7) āśrāvitam atyāśrāvitam — kṛtāhutir etu devān, svāhā!(T.Br. 3,7,11,1)。〔Pray. B₁ と B₂ によれば祭主はここで Tyāga を行う:yajñāyedaṃ na mama。それに続いて、ここでも以下の献供においても Adhvaryu が献供を火に注ぐ〕2)。8) atha yajñasamṛddhir juhoti。9) iṣṭe- 〔→167頁〕

bhyaḥ svāhā!〔Yajamāna: iṣṭebhya idaṃ na mama〕。10) vaṣaḍaniṣṭebhyaḥ svāhā〔Yajamāna: vaṣaḍaniṣṭebhya idaṃ na mama〕。11) bheṣajaṃ duriṣṭyai svāhā〔yaj°: duriṣṭyā idam〕。12) niṣkṛtyai svāhā〔yaj° niṣkṛtyā idam〕。13) daurārdhyai svāhā!〔yaj° daurārdhyā idam〕。14) daivībhyas tanūbhyaḥ svāhā〔yaj° daivībhyas tanūbhya idam〕。15) ṛddhyai svāhā〔yaj° ṛddhyā idam。Pray. B₁ と B₂、同じく T.Br. 3,7,11,4 はここで同じ仕方で 16) samṛddhyai svāhā を続ける〕。16) sarvasamṛddhyai svāhā〔yaj° sarvasamṛddhyā idam〕。17) bhūḥ svāhā〔yaj° agnaya idam〕bhuvaḥ svāhā〔yaj° vāyava idam〕suvaḥ svāhā〔yaj° sūryāya idam;Pray. B₁ と B₂ はそののち: bhūr bhuvaḥ suvaḥ svāhā, prajāpataya idam〕。18) imaṃ me varuṇa(T.S. 2,1,11v)〔svāhā, yaj° varuṇāya idam〕tat tvā yāmi(T.S. 同所 v)〔svāhā, yaj° varuṇāya idam〕。19) tvaṃ no agne(T.S. 2,5,12v)〔svāhā, yaj°: agnivaruṇābhyām idam〕。20) tvam agne ayāsi — bheṣajaṃ(T.Br. 2,4,1,9)svāhā〔yaj° agnaya idam〕。21) ayāś cāgner anabhiśastīś ca satyam it tvam ayā asi | ayasā manasā dhṛto 'yā havyam ūhiṣe 'yā no dhehi bheṣajaṃ svāhā(この詩節の読みは Kāt. 25,1,10 および Āśv. 1,11,13 に与えられたものとやや異なる)〔yaj° agnaya idam〕。22) yad asmin karmaṇy antaragāma mantrataḥ karmato vā | anayāhutyā tacchamayāmi sarvaṃ tṛpyantu devā āv…(āvṛṣantām? Āp. はそう読む)ghṛtena svāhā〔yaj° devebhya idam〕。23) yad asya karmaṇo 'tyaricaṃ yad vā nyūnam ihākaram | agniṣ ṭat sviṣṭakṛd vidvān sarvaṃ sviṣṭaṃ suhutaṃ karotu me | agnaye sviṣṭakṛte suhuta āhutīnāṃ kāmānāṃ samardhayitre svāhā(cf. Āśv. Gṛ. S. 1,20,23)〔Yaj° agnaye sviṣṭakṛta idam〕prajāpate na tvad etāni — rayīṇāṃ(T.S. 1,8,14m)〔yaj° prajāpataya idam〕。以上が Baudhāyana である。これらの唱えごと(そのそれぞれに一つの献供が結びついている)の終わりに、Pray. B₂ は「etāni nityāni」と言い、B₁ と同じくなお多数の個別の献供を付加するが、私はそれらを列挙しない。

Adhvaryu と同様に Hotṛ も「sarvaprāyaścittāni」を献ずる。しかも私の推測では同時に1)。彼は Veda 茎の残りを置いたのち、Āhavanīya の北西に進み出て、Sruva で Sthālī からバターを取り、Āhavanīya において Allbusse をマントラとともに献ずる。その 〔→168頁〕

〔マントラの〕終わりに彼は svāhā を付け加える。ただしそれがすでに含まれていない場合に限る1)。彼の最初の Prāyaścittahoma は「ayāś cāgne — bheṣajaṃ svāhā」2) の唱えごととともに Agni に献ぜられ、それに対する Tyāga は om3 agnaya idam である3)。そののち彼は言う:「そこから神々が我らを守らんことを、Viṣṇu が地の七つの場所を歩んだところから」。そして祭主が Tyāga「om3 idaṃ devebhyaḥ」を行ったのち、神々に一つの献供を〔献ずる〕。次いで Viṣṇu に一つを、次の唱えごととともに:「Viṣṇu は全世界を歩み渡った、三度足で降り立った、その足の塵において〔全世界が〕集まる」。そして Tyāga:om3 idaṃ viṣṇave。次いで彼は bhūḥ svāhā と言い、Tyāga:om3 idam agnaye;bhuvaḥ svāhā、Tyāga:om3 idaṃ vāyave;suvaḥ svāhā、Tyāga:om3 idaṃ sūryāya;bhūr bhuvaḥ suvaḥ svāhā、Tyāga:om3 idaṃ prajāpataye。そして各 svāhā とともに Agni resp. Vāyu、Sūrya、Prajāpati への献供を行う4)

それに続くのが

§Samiṣṭayajus(名称については Śat. Br. 1,9,2,26 参照)

§(Vāta のために)

Adhvaryu は Dhruvā でバターを溶かし、左手に Barhis から Kuśa 草を一握り取る。Veda がない場合にはそれで下から支える5)。そして直立して言う:「道を知る神々よ、道を認めよ、道を歩め;心の主よ、神的なる者よ、この我らの供犠を、svāhā! 風へ運べ」。Tyāga を祭主が行う6):om3 idaṃ vātāya na mama。

そして Adhvaryu が献供を火に注ぐ1)。一握りの Kuśa 草を彼は後から投ずる。

そののち彼は次のものを行う。

§Barhis の献供

§(divyaṃ nabhas あるいは Barhis のために)

彼は Barhis を Juhū に入れ、言う:「Barhis が Havis によって、Ghṛta によって、Āditya たちとともに、Vasu たちとともに、Marut たちとともに、Indra とともに、Viśve Devāḥ とともに塗られんことを2)。svāhā とともに献ぜられたものが天へ行かんことを」。Tyāga は om3 idaṃ divyāya nabhase na mama、あるいは一部の説によれば om3 idaṃ barhiṣe na mama をもって祭主により行われ、そののち Barhis が火に投げ込まれる3)

そののち Adhvaryu は Praṇītā を取り、それを Vedi の上に置き、Āhavanīya 火を左から右へ巡り、Vedi の南部に顔を北に向けて坐り、そこで Praṇītā を注ぎ出す。その際、彼はこう言ったのちに:「誰が汝を繋ぐか?彼が汝を解き放つ。誰のために彼は汝を解き放つか?彼のために彼は汝を解き放つ。富のために(我は汝を注ぐ)」1)。そののち彼は右から左へ巡って戻る2)

§Kaṇa の献供

§(Rakṣas に対して)

Adhvaryu は今、Phalīkaraṇa ののちに置いておいた Kaṇa(cf. 31頁と32頁)を最初の Kapāla の上に持って行き、左手で黒い毛皮を Utkara の上に密着させて持ち、「Rakṣas の分は汝である」というマントラを唱え、祭主が「om3 idaṃ rakṣobhyaḥ na mama」で Tyāga を行ったのち、第一の Kapāla とともに Kaṇa を毛皮の下、Utkara の上に置く。そののち彼は水に触れる1)

そののち彼は満杯の器を取り、東で Āhavanīya を巡り、南で2)、顔を北に向けて、それを一息に(saṃtatam)注ぎ出す3)

祭主はそれに先立って唱える:「輝きとともに、乳とともに、身体とともに、友好的にされた心とともに、我らは合一する。Tvaṣṭṛ よ、善く与える者よ、富を分かち与えよ。身体において裂かれたものを癒せ」4)。そして水が注がれる間、彼はそれを añjali で受ける。そののち彼はこの水で低く自分の顔を浄める5)。そして今や次のものが続く。

§Viṣṇukrama6)

祭主は自分の場所から立ち上がり、Vedi の南 śroṇi から始めて、三つの Viṣṇu の歩みを、Viṣṇu の歩みが天から地へ、あるいは地から天へと表されるように歩む。彼は 〔→172頁〕

〔彼は〕次の唱えごとを言う:「天において Viṣṇu は歩んだ、Jagatī 韻律によって。そこから追い出された、我らを憎み、我らが憎む者は」。そして右足で Vedi の南端から第一歩を東方へ踏み出し、左足を次いで手前に置き(すなわちおそらく右足に引き寄せるのであろうか?)、次いで言う:「空界において Viṣṇu は歩んだ、Triṣṭubh 韻律によって。そこから追い出された、我らを憎む者は — 」。そして第二歩を東へ踏み出し、言う:「地において Viṣṇu は歩んだ、Gāyatrī 韻律によって。そこから追い出された、我らを憎む者は — 」。そして第三歩を東へ踏み出す。あるいは彼は唱えごとを逆順に言い、その場合には Viṣṇu の地から天への上昇が表される。いずれの場合にも彼は Āhavanīya のところを通り過ぎることはない。

自分の場所に再び坐って、祭主は自分の分を見つめ、「この分から(引き離されている)我らを憎む者は」と言う。その際彼は顔を下に向ける1)。次いで Vedi を次の言葉で〔見つめる〕:「この支えから(引き離されている、我らを憎む者は)」2)。次いで東を向いて「我らは輝きへ来た」と言い3)、「光とともに我らは合一した」で Āhavanīya 火を〔見つめ〕、「汝自身によって汝は(Sūrya よ)最良の光線となった」で太陽を〔見つめる〕。そして自分の願いに応じて彼は続ける:「輝きを与える者よ、我に輝きを与えよ」、あるいは「富を与える者よ、我に富を与えよ」、あるいは「牛を与える者よ、我に牛を与えよ」、あるいは「息子たちを与える者よ、我に息子たちを与えよ」等4)

そののち彼は言う1):「太陽の道を我は歩む」。そして左から右へ向き、次いで再び右から左へ戻る。

祭主は今 Gārhapatya 火のもとへ行き、マントラを唱える:「Agni Gṛhapati よ、汝によって我が善き家長とならんことを、我によって汝が善き家長とならんことを。我らの家の営みが百の冬を通じて一方に偏することなからんことを」(最後の二語は省いてもよい)。そしてそれで Gārhapatya を崇敬する2)。「Sūrya の道を我は歩む」で彼は左から右への動きを行い3)、次いでその逆の動きを行う4)。そののち彼は言う:「広くあれ、Viṣṇu よ、広く歩め;我らに住まうべき広さを作れ。バターを飲め、その胎がバターであるものよ;祭主を促進せよ、svāhā!」。そして Gārhapatya から東へ行く5)

Vedi の上に坐って、彼は言う:「汝は織られている、汝は織物である(供犠よ)、我に沿って織れ(すなわちおそらく、我を、すでに献ぜられた供犠とこれから献ぜらるべき供犠とに結びつけよ、の意)、この供犠において、この善行において、この食物において、この世界において。我のこの業、我のこの力を、我が息子 NN が継続せよ」。息子がいなければ彼はその代わりに自分自身の名を挙げ、あるいは言う:「我のこの力を、汝を織物へ、汝を輝きへと我は継続する(anusaṃtanomi)」6)。彼が立ち上がった 〔→174頁〕

〔立ち上がった〕のち、彼は Āhavanīya 火を低く崇敬する1)。そして「Viṣṇukrama」と呼ばれる儀式は終わる。

それに続くのが

§誓戒(Vrata)の解除2)

彼がそれを開始した際のマントラに応じて、彼は今それを再び解除する。彼が開始に際して「Agni よ、誓戒の主よ、我はこの誓戒を開始しよう」等(cf. 5頁)と言ったのであれば、彼は今言う:「Agni よ、誓戒の主よ、我は我が誓戒を開始した、我はそれをなしえた、それは我において成就した」。あるいは彼がそこで「ここに我は不実から歩む」等と言ったのであれば、彼は今言う:「ここに我は再び、我が本来そうであるところの(不実の中を歩む)人間である」。彼はその際 Āhavanīya の前に立つ。

そののち彼は、Āhavanīya の東、Dakṣiṇa-Agni の北を通り、また後方の二つの火の間を通って祭場の外へ出る。彼は今言う:「祝福とともに(祭主が結びつかんことを)」。そして自分の分を食する3)。他の学派によれば今 Brahman も食する(cf. 131頁)4)

Adhvaryu は坐したまま祭主に言う:「Brahman を満足させよ!」1)

Yajamāna は Brahman(その必要な資質は Kāt. 2,1,18 の「brahmiṣṭhaḥ」によって示唆され、ここでは Paddhati によって挙げられる)に、彼が満足するまで食べさせる。そしてこの食事は供犠の一部と見なされる(cf. 3,8,31 への注釈)。

Brahman は食事ののち、彼が自分の選択に従って自分の席へ進んで来たのと同じ道を(16頁)戻り、言う:「成し遂げられた業に崇敬あれ、成し遂げられなかったものに崇敬あれ。存在を知る者が供犠を敬った、彼に最も近く立つ者として、ここに最初に坐った者が。善く解く者よ(?)、我らのために獲得を解け;我らに富を与えよ、存在を知る者よ、svāhā!」。そして彼は Prādeśa の大きさの薪を Āhavanīya 火に投ずるか、あるいはその中で Juhū2) をもってバター3) を献ずる。そのバターは彼が Sthālī から Sruva で一度4) 取ったものである。おそらく彼によって、もはや祭主によってではなく、行われるべき Tyāga は次の通り:「om3 idaṃ jātavedase」。あるいは第三に、彼はこのマントラで Āhavanīya 火を崇敬するのみである5)(upatiṣṭhate)。

Hotṛ は献供ののち(それが直後なのか今なのか私は知らない)、最後の japa をもって崇敬する:「Om が我にあれ、Svara が我にあれ;増大が汝に、減少が汝に、供犠よ。汝において少なすぎるものには、汝から増大あれ;汝において多すぎるものには減少(namaḥ)あれ」。火は自らの道を行き、今より彼にはもはや制限は存しない1)。同様に他のすべての者も、最後の japa で同じことを崇敬し2)、祭場を去る。

saṃtiṣṭhata āmāvāsyaṃ paurṇamāsaṃ vā haviḥ.

新月満月祭の一変形が

§Dākṣāyaṇa 祭

である。

これは両者を一つにまとめたものであり、それゆえ、あの三十年間にわたってではなく、十五年間のみ1) 行われる。また一年間、毎日2) 献ずる場合には、この一年間のみ献ぜられる。

満月の Dākṣāyaṇa 祭では、火の取り出しをもって始まり、あらゆる新月満月祭と同じく終わる独立の儀式として、Agni-Soma のための餅と Indra3) のための Sāṃnāyya が献ぜられる。Mahendra4) のためではない。これは、簡潔に示すならば、次のような仕方で行われる。

第一の満月の日に火が取り出され、薪が置かれ、1頁以下に述べた供犠が展開する。ただし相違点は、第一に Agni 餅と Upāṃśuyāja とが脱落すること、第二に Anvāhārya のための Dakṣiṇā として祭官たちに金5)(cf. 181頁註4)を与えうることである。「汝は活力である…」(133頁)のマントラでは、「活力」に代えて「Hiraṇya」が入る。

この供犠が終わると、同じ日にすでに第二の供犠のための準備が行われる。それは Sāṃnāyya 供犠のために行われるべき準備とほぼ正確に一致する。すなわち、火の取り出し(1頁)、薪の追加

(2頁)、祭主が肉食と性交を断つ決意(3頁)、場合により剃髪(3頁)、午後に祭主と妻とが断食食を食べること(4頁)、枝を切ること(5頁)、「ūrje tvā」で滑らかにすること(5頁)、場合により誓戒の開始(5頁)、仔牛を追い払うこと(7頁)—— ただしその際の唱えごとでは「indrāya」と言わねばならない ——、枝を隠すこと(7頁)、枝を切り出すこと(8頁)、根から Upaveśa を作ること(9頁)、Pavitra を固定すること(9頁)、祭主自身による Yavāgū を用いた Agnihotra の献供(10頁)、牝牛を連れて来ること、搾乳など(10頁)、得られた乳を置くこと(14頁)、朝の搾乳のために仔牛を追い払うこと(14頁)、場合により木の実または野生の果実を食べること(14頁)、Agāra で横になること(14頁)、Pratipad の日の朝に、前夜と同じ仕方で Agnihotra 供犠を献ずること(15頁)、日の出後に Brahman を選ぶこと(「Dākṣāyaṇa 祭をもって我は供犠しよう」)(16頁)。それに続いて、次の例外を除き Sāṃnāyya 新月祭と同一の儀式が行われる。Devatāvāhana(84頁)では agnim, somam, agnim, indram, devān ājyapān のみ。最後の Prayāja(99頁)では idam agnaye, somāyāgnaya, indrāya, devebhya ājyapebhyaḥ。Upāṃśuyāja(111頁)は脱落する。甘乳と酸乳の献供は Indra にのみ属し、Mahendra には属しえない。Dakṣiṇā(133頁)としては金も与えうる。匙の引き離し(140頁)では彼は言う:「Agni の、Indra の勝利にしたがって…」および「Agni よ、Indra よ…突き放せ…」。Prastara の献供(144頁)では Devatāvāhana と同じ神々が挙げられる。枝とともに、通常通り(145頁)Prastara が火に投じられ、Paridhi とともに Upaveśa が(148頁)投じられる。

新月の Dākṣāyaṇa 祭は、前述の満月祭と次の点で異なる。第一日に Agni-Soma 餅ではなく、12 の Kapāla の上に Indra-Agni 餅が献ぜられる1)(Agni 餅と Upāṃśuyāja

も同じく脱落する)、また Pratipad には満月祭のような三つの献供(Agni 餅、Dadhi、Indra のための Payas)ではなく、二つのみ、すなわち Agni 餅といわゆる Payasyā が献ぜられる1)

第一日の午前にかの第一の供犠が完了すると、再び火が特別に取り出され、薪が置かれ、祭主は肉を食べず性交を断つ決意をし、場合により剃髪させる。次いで祖霊祭が献ぜられ、〔それに続いて Darśaśrāddha、cf. Paddh.〕。断食食の食事、枝を切ること、Saṃnamana、場合により誓戒の開始、枝の切り出し、Upaveśa の作成、Pavitra の作成が続く。夕方に祭主は自ら Agnihotra を献ずるが、それには通常行われる牝牛の搾乳は続かない2)

そののち、翌朝行われる搾乳のために仔牛が追い払われる。その際の唱えごと(7頁)では Indra に代えて「Mitra-Varuṇa」が入る。枝はそののち隠され、祭主は妻とともに木の実などを食べうる。夜は Agāra で横になる。Pratipad の日の朝に彼は再び自ら Agnihotra を行い、日の出前になお Brahman を新月の Iṣṭi のために選ぶ。この儀式はこの日、その最初の部分においては、以下に述べる必然的な相違を除けば、通常の新月祭と同様に進行する。

器を並べる際(20頁)、Śritāvadāna の後ろに乳清(vājina)のための器(bhāṇḍa)、場合により Dakṣiṇā となる金(cf. 181頁註4)、および payasyā に用いる酸乳が置かれる。

甘乳が煮られ、酸乳と混合されると —— 甘乳がただちに酸乳の中へ搾り入れられたのであれ、後者が煮られたあるいは煮られていない甘乳と後になって初めて合わされたのであれ —— 固形分と水分とが生ずる(cf. 179頁註2末)。この後者、すなわち乳清は、Payasyā を運び去るべき時(69頁)に特別の器に注がれる1)。しかもそれは Payasyā がバターで塗られる前か、あるいは後かである。前者の場合には乳清も、バターで塗られることなく、当該の器に注がれ、Payasyā と乳清へのバターの注ぎは、そののちそれぞれについて別々に行われる。他の見解によれば、乳清は、Payasyā がバターで塗られる前に注ぎ分けるならば、全くバターを注がれる必要はない。その場合には Prāṇadāna(下から4行目)、Upastara と Abhighāraṇa(182頁4行)も乳清については脱落する。

個々の供犠食の運び去り(69頁)の際、乳清も脇に置かれる。

Prāṇadāna(70頁)では順に言う:「agniṃ gaccha」(餅へ)、「mitrāvaruṇau gaccha」(Payasyā へ)、「vājino gaccha」(乳清へ。ただしそれが塗られる場合のみ。上記8行参照)。

餅と Payasyā が Vedi の上に置かれると(71頁)、彼はかの乳清の入った器を Utkara の上に置く1)

すべての献供が触れられる(71頁)。乳清は最後に。

Devatāvāhana(84頁)では agnim — somam — agnim — mitrāvaruṇau(vājinaḥ は挙げない)2)

最後の Prayāja(99頁)ではこうなる:「idam agnaye, somāyāgnaye mitrāvaruṇābhyāṃ devebhya ājyapebhyo vājibhyaś ca」。Agni 餅の献供ののち(107頁)彼は言う:「Mitra-Varuṇa のための Anuvākyā を唱えよ」。Hotṛ は Anuvākyā として「ā no mitrāvaruṇā」(RV 3,62,16)3) を言い、Adhvaryu は Juhū にバターの下敷きを作り、Payasyā の中央と前方から Śritāvadāna をもって、あるいは Sruva で二度切り取り、その上にバターを注ぎ、切り口にバターを注ぎ(109頁と同じく)、立ち上がり、通り過ぎ、Āgnīdhra に om3 śrāvaya と言い(110頁)、Hotṛ に「mitrāvaruṇau yaja」で Yājyā の朗誦を求める。Hotṛ は言う:「yad baṃhiṣṭhaṃ nātividhe sudānū —」(RV 5,62,9)。Adhvaryu は、祭主が Tyāga「om3 idaṃ mitrāvaruṇābhyām」を行ったのち、通常通り Vauṣaṭ の叫びと同時に、あるいはその後に献供を行う。(Upāṃśuyāja(111頁)は脱落する。)次いで Sviṣṭakṛt 献供(117頁)が続き、そこでは再び名が変えられる:ayāḍ agneḥ priyā dhāmāny, ayāḍ mitrāvaruṇayor dhāmāny, ayāḍ devānām ājyapānām 等。Prāśitra(120頁)と Iḍā(122頁)の切り取りに際してのみ、切片は Payasyā から取られるべきである。Dakṣiṇā 献供(133頁)としては粥または金4) が用いられる。匙の引き離し(140頁)では彼は言う:「Agni の、Mitra-Varuṇa の勝利にしたがって…」および「Agni よ、Mitra-Varuṇa よ、突き放せ…」。Prastarahoma(145頁)ではこうなる:「idam agnaye somāyāgnaye mitrāvaruṇābhyāṃ devebhya ājyapebhyo 'gnaye hotrāya vājibhyaḥ」。彼が茎を火に投じ(147頁)、身を触れ、水に触れたのち、あるいは匙を片づけたのち(150頁)5)、乳清の献供が続く。

Adhvaryu は乳清を、Sruva1) ではなく鍋の口から直接 Juhū に注ぎ、その際 Śruti の言葉を満たすために供犠の敷き草を濡らす2)。Upastara と Abhighāraṇa が行われるかどうかは、一部の説によれば、先に(180頁11行)Abhighāraṇa を行ったかどうかによる。そののち彼は Hotṛ に言う:(低く:)「Vājin たちのために」(高く:)「Anuvākyā を唱えよ」3) 4)

Hotṛ は Anuvākyā として言う:(低く:)śaṃ no bhavantu vājino haveṣu —(RV 7,38,7)5)。それに対し

Adhvaryu は立ち上がり、通り過ぎ、Āgnīdhra に om3 śrāvaya で astu śrau3ṣaṭ を求め、彼の応答ののち Hotṛ に言う:(低く:)vājino(高く:)yaja。

Hotṛ は息を継がずに(膝を Yājyā の終わりまで立てて、第二の Vaṣaṭkāra までではなく)言う:(高く:)ye3 yajāmahe(低く:)vājinaḥ | vāje vāje 'vata vājino no —(RV 7,38,8)— devayānā3 vau3ṣaṭ5)。次いで Anuvaṣaṭkāra として:agne vīhi あるいは vājinasyāgne vīhi6)。二つの Vaṣaṭkāra について彼は「vāg ojo 等」(95頁)を二度 Anumantraṇa として言う。

Yajamāna は Tyāga を行う:「om3 idaṃ vājibhyaḥ」。

Adhvaryu は第一の Vaṣaṭkāra と同時に、あるいはその後に、Āhavanīya 火の前面で第一の献供を、第二の Vaṣaṭkāra(いわゆる Anuvaṣaṭkāra)と同時に、あるいはその後に、同じ場所で第二の 〔→183頁〕

献供を行う1)。そののち彼は水に触れ、Yajati の場所から Juhoti の場所へ行き、火の北に坐り、Juhū に残った乳清で Āhavanīya のすべての方位に撒水する。これは次のように行われる。彼は言う:「diśaḥ svāhā」。Yajamāna は Tyāga を行う:「om3 idaṃ digbhyaḥ」。そして Adhvaryu は火の東側に撒く。彼は言う:「pradiśaḥ svāhā」。Yajamāna は Tyāga を行う:「om3 idaṃ pradigbhyaḥ」。そして Adhvaryu は南で撒水する。以下同様に、彼は順に ādiśaḥ svāhā、vidiśaḥ svāhā、uddiśaḥ svāhā、digbhyaḥ svāhā と言い、Yajamāna はその都度対応する Tyāga、すなわち om3 idam ādigbhyaḥ、vidigbhyaḥ、uddigbhyaḥ、digbhyaḥ を行い、Adhvaryu は順に西、北、中央、火の東側に撒く2)

そののち Hotṛ、Adhvaryu、Brahman、Āgnīdhra、祭主が Juhū にある乳清の残りを食する。これは次のような仕方で行われる。Hotṛ は乳清を手に取り、言う:「adhvaryo upahvayasva, brahmann upahvayasva, agnīd u., yajamāna u.」。それによって彼は、同じく食事に与る他の者たちに許可を求める3)。さて私は、ここで Iḍā の呼びかけに対応する応答が問われた者たちから発せられるのか —— 私にはこれが最もありそうに思われる —— それとも彼らのそれぞれが「upahūtaḥ」と言って許可を与えるにとどまるのか、を知らない。この語が言われたとき、Āśv. によれば Hotṛ は言う:「我に注がれる、あるいは我に至る、あるいは我に新たに再び生ずる種子とともに、それによって汝は我の中へ、我の満足のために入れ、〔→184頁〕

それによって我を Vājin たらしめよ。汝より、Vājin によって飲まれたもの、呼びかけられたものより、我は呼びかけられて享受する」。Kāt. によればこれに対し:「力ある Ṛtu たちより我は汝を、力ある者を享受する」、あるいは「力強く、我は呼びかけられた力あるものより、自ら呼びかけられて享受する」、あるいは「力において我が力あらんことを」1) 2)。そして自分の分を享受する。ただし Āśv. によればその香りを吸い込むことによってのみ。同じく Adhvaryu、Brahman、Āgnīdhra3) も行う。彼らにおいては許可の問いは当然変化する(たとえば Āgnīdhra は言う:hotar upahvayasva, a.u., b.u., y.u.)。最後に、あるいは最初と最後に —— その場合には「upahvayasva」の問いにおいて最初と最後に呼びかけられる —— 祭主が食する4)(ただし彼も Āśv. によれば単なる Prāṇa 分ではなく実際の分を〔食する〕)。

その後の儀式は逸脱なく進行する。

Dākṣāyaṇayajña を供犠するもう一つの仕方がある。すなわち、中断することなく 360 日の太陽年を通じて〔行うもの〕である。その場合、通常十五年間に行われるのと同数の Dākṣāyaṇa 祭が成立する5)

その経過は次の通りである。第一の満月の日に、〔Śrāddha ののち〕、周知の仕方で入口の Iṣṭi ののち、Agni-Soma 供犠が献ぜられる。そののち再び火が取り出され、それに Sāṃnāyya 儀式が続く。この中で第二日、すなわち Pratipad の日に、Agni のための餅と、Indra のための酸乳と甘乳の献供とが献ぜられる。そののち再び火が取り出され、なおこの Pratipad の日に Indra-Agni への供犠が行われる。再び火が取り出され、Mitra-Varuṇa のための Payasyā の準備が行われ、それは翌第三日の朝に、Agni のための餅に続いて献ぜられる。再び火が取り出され、この日にさらに Agni-Soma への供犠が献ぜられ、そののち再び火が取り 〔→185頁〕

出され、甘乳と酸乳の Sāṃnāyya の準備が行われ、それは翌第四日に Agni 餅とともに献ぜられる。こうして一年間、日ごとに続く1)

DP 祭(darśapūrṇamāsa)を初めて献ずる場合には、いわゆる

§Anvārambhaṇīyā-Iṣṭi

によって導入されねばならない。これは、新月満月祭とほぼ同じ儀軌をもつ独立の供犠であり、満月の日が「十二夜」等における火の維持と重ならない限り、特別の火の取り出しを要する。それは第一の満月の日の朝、Agnyādhāna、Mātṛśrāddha、Agnihotra ののち、満月の Iṣṭi の準備の前に献ぜられる。Pradhāna は次の通りである。Viṣṇu のための 11 の Kapāla の上の餅、Sarasvatī のための粥、Sarasvat のための 12 の Kapāla の上の餅。

いくつかの細部において、この献供は当然、新月祭・満月祭とは異なる。粥の調製がいくつかの異なる儀礼を要するからである。どのような変更が問題となるかは、Paddhati 340頁以下に詳細に述べられているので、私はここでそれに立ち入る 〔→186頁〕

必要がなく、それらの記述の助けを借りて、私が与えた Darśapūrṇamāsa-Iṣṭi の記述、および Āśvalāyana の規定(2,8,1 以下)と結びつければ、容易にこの Iṣṭi を構成しうる。Dakṣiṇā はここでは、成熟した雌牛あるいは生殖力ある一対の牛から成る(Kāt. 4,5,22. 23. cf. Āp.、Müller のもと Sūtra 104–109 および 154–156)。

最後になお、11 の Kapāla の上に Indra Vaimṛdha に献ぜられるべき餅と、第二に Aditi に属する粥の献供とを挙げねばならない。前者は満月の Iṣṭi に、後者は新月の Iṣṭi に続きうる。両者はともに、新月満月祭と同じく開始し終結する独立の儀式であり、祭主は一度献じたことがある場合にのみ、それらを献ずる義務を負う1)

§附録

§Baudhāyana に従う祭場構成の試み

Pray. B₂ は言う:iṣṭadeśe pratyagdakṣiṇonnate prāgudagpravaṇe dīrghacaturasraṃ samacaturasraṃ vā 'gāraṃ prācyāṃ dakṣiṇasyāṃ(ca?)dvāradvayayuktaṃ kṛtvā tatra vihāraṃ kuryāt。したがって私は輪郭に二つの門を設けたが、それらが正確に辺の中央にあるかどうかは知らない。

Āhavanīya 火は Baudh. の Śulva 66頁(Pandit X, 22頁)によれば、Brāhmaṇa には 8、Rājanya には 11、Vaiśya には 12 Prakrama、Gārhapatya 火の東にある。私はここでは最初の寸法を取った。

Dakṣiṇa 火の中心は種々の仕方で見出しうる。ここでは、Gārhapatya と Āhavanīya の間の距離を五つに分け、第六の部分を加え、全体を再び三つに分け、その第二の部分のところで(東端の杙から数えて)、すなわち 32/5 Prakrama(6 Pr. 12 Aṅg.)のところに印を付ける方法が選ばれている。紐の両端を Āhav. と Gārh. の中心に結び、次いで紐をその印のところで掴んで南へ引き、印が地に触れるところに杙を打てば、それが Dakṣiṇa 火の場所であり、その中心はしたがって我々の場合、Gārhapatya のそれから 3 Pr. 6 Aṅg.、Āhavanīya のそれから 6 Pr. 12 Aṅg. 離れている(cf. Baudh. Śulva 68頁。他の方法は同 67–69頁参照)。

同じ仕方で北に Utkara が得られる。したがってそれは Āhav. から 3 Pr. 6 Aṅg.、Gārh. から 6 Pr. 12 Aṅg. 離れている(cf. 同 No. 70 および Kāt. Śr. S. 2,6,12 への注釈)。

三つの炉の直径は、ある引用によれば 〔→188頁〕

Baudh. Ś. 67頁への注釈では二 Prādeśa(= 24 Aṅg.)である。しかしその形は異なる。Gārhapatya 火のそれは同じ典拠によれば円形、Dakṣiṇa 火のそれは弓形、Āhav. のそれは方形である。

したがって Gārhapatya の形を得るには、点 G を中心として 12 Aṅg. を半径として円を描く。

炉の直径が二 Prādeśa であるべきという規定は、明らかに、それらの面積が等しくあるべきことを意味する。これは Comm. の記述と一致し、それは Āhav. のために 21 Aṅg. 9 Tila の方形を〔作るべきだと〕する。この寸法はおよそ方程式 a = √(12²·π) から得られる。ここで a は求める方形の一辺、12 は Gārh. の半径である。製作方法について Pray. B₂ は次のように言う:āhavanīyamadhyaśaṅkoḥ paścāt purastād yo dvādaśāṅgulaprādeśaḥ śaṅkuṃ nihatya | caturviṃśatyaṅgulo 'ratniḥ | dvayāyāmāṃ rajjum ubhayataḥpāśāṃ kṛtvā pāśād ārabhya dvādaśāṅgule ṣoḍaśāṅgule ca lakṣaṇaṃ kṛtvā pūrvāparayoḥ śaṅkvoḥ pāśau nidhāya dvitīyaṃ lakṣaṇaṃ dakṣiṇata uttarataś cety apakṛṣya prathame lakṣaṇe śaṅkū nihatya, pāśau vyatyasya pūrvavac chaṅkuṃ nihanyāt【読み不確実】。ここではしたがってより大きな寸法が選ばれている。上に Ś. 67頁への注釈に従って挙げたものも、しかし Pray. B₂ は Deva の見解として挙げている。

最も複雑なのは Dakṣiṇa 火の場所の作成である。Sūtra「円を方形に変えようとする場合」(No. 59、Pandit X, 20b頁)によれば、Gārhapatya 火の円を方形に変える。その一辺は 21 Aṅg. 9 Tila である。その対角線(dvikaraṇī)は 30 Aṅg. 4 Tila であり、それをもって正方形を作り、これを再び円に変える。その直径は 34 Aṅg. 10 Tila となる。これが Dakṣiṇa 火の中心を巡る円の直径である。次に、Dakṣiṇavihāra の中心から北へ直径の四分の一のところに杙を打ち、それに直径の半分を結んで円を描き、円の中央で東西に紐を張り(おそらく二つの円が交わるところで。Pray. B₂ は少なくとも prācī pratīcī sandhi niyamya と言う)、それに沿って線を引くと、第一の円のこの線より南にある部分が dakṣiṇāgnyāyatana であり、北の部分は除かれる。

*) 1) 小文字はここでは推測を示す。

この方法は Pray. B₂ でも挙げられ、しかも Deva の規定として挙げられている。それ以外にも Pray. B₂ はさらに他の方法を挙げる。

Vedi に関しては、その Prācī はここでは 96 Aṅgula の長さである(Baudh. Śulva 71頁)。その西辺は 64、東辺は 48 Aṅgula である。その構成は上(44頁)で詳しく述べた。すなわち、Āhavanīya の後ろ 96 Aṅgula + 10 Aṅg. 21½ Tila、Āhavanīya 火の中心である点 A の後ろに杙(b)を打つ。それが Prācī(ab)の端を示す。そして 144 Aṅg. の長さの紐で Vedi を測る。その紐には 40(あるいは 104)Aṅg. のところに引き寄せのための印が、24 のところに Aṃsa のための印が、32 のところに Śroṇi のための印が付けられている。すなわち、紐の両端の輪を a と b に結び、Aṅg. 40 のところで紐を南と北へ引き、24 のところに付けた印が地に触れるところに杙を打つ。両輪を入れ替えれば、同じ仕方で Śroṇi が得られる。ただ 24 の代わりに 32 のところで杙を打てばよい。24+24 resp. 32+32 が、それによって Vedi の東 resp. 西辺となる。

49頁に述べたように、Vedi は四辺すべてで刳り取られる。すなわち、切り取られるべき辺の二倍の長さの紐を取り、その両端を当該の辺の端にある二本の杙に結び、中心に付けた印で外へ引く。中心が地に触れるところに杙を打ち、紐の両端をこれに結び、紐の半分で円を描くと、それが Vedi を刳り取る。それによって Vedi は、私が図に描いた形を得る。Pray. B₂ はこれを次の言葉で規定する:dviguṇāṃ pārśvamānāṃ(rajjuṃ)madhyacihnavatīṃ kṛtvā dakṣiṇaśroṇyaṃsayoḥ pāśau nihatya lakṣaṇaṃ dakṣiṇata ākṛṣya śaṅkuṃ nihatya tatra pāśau pratimucya lakṣaṇena śroṇiprabhṛty aṃsāt parilikhet | evam uttarapūrvāparapārśvān api parilikhet【読み不確実】。

なお注意すべきは、すでに 49頁に引用した規定である:prāñcau vedyaṃsāv unnayati | āhavanīyasya parigrahaṇāya | pratīcī śroṇī | gārhapatyasya parigrahaṇāya(Baudh. Ś. 75頁への注釈。同様に Taitt. Brāhm. 3,2,9,9)。Taitt. Saṃh. I, 155頁への注釈はこの語に対して言う:aṃsākāreṇa śroṇyākāreṇa ca koṇeṣu caturṣv aunnatyaṃ vidhatte。Kāt. Śr. S. 2,6,8 にはこうある: 〔→190頁〕

agnim abhito 'ṃsau。これを Comm. はこう説く:aṃsāv āgneyaiśānakoṇāv āhavanīyam ubhayato bhavataḥ, aṃsayor madhye āhavanīyo bhavatīty arthaḥ。Śat. Brāhm. 1,2,5,15 への註解者(104頁)は言う:vedyaṃsayor āhavanīyasya sparśaṃ vidhatte。この Vedi の特性は私には明瞭でなく、それゆえ私は 49頁でいくつかの引用を挙げるにとどめた。四隅の隆起はほとんど意味されえない。unnayati は「彼は外へ導く」を意味するように思われる。問題は、それによって Aṃsa と Śroṇi の寸法を超えた延長が意味されうるかどうかである。実際的理由から、これは私にはきわめてありそうにない。私は、「aunnatyam」は東と西における Vedi の刳り取りによってすでに達成される、あるいはそれ自体を意味すると考える。というのも Vedi はその際、腕と腿を差し伸べ、火は妻が夫を〔抱く〕ように〔それを抱く〕からである:yoṣā vai vedir vṛṣāgniḥ, parigṛhya vai yoṣā vṛṣāṇaṃ śete, mithunam evaitat, prajananaṃ kriyate, tasmād abhito 'gnim aṃsā unnayati(Śat. Brāhm. 1,2,5,15)。

座席は Pray. B₁ と B₂ に従って示した。B₁ fol. 12a 末、12b a. A:dakṣiṇenāhavanīyaṃ brahmāyatanaṃ tadapareṇa yajamānasya | uttareṇāhavanīyaṃ praṇītāsthānam | uttarāṃ śroṇim uttareṇa hotuḥ | utkara āgnīdhrasya。後者を私は南に置いたが、それが正しいかどうかは正確には知らない。おそらく彼は Utkara の北に坐る。Adhvaryu については、その職務に応じて種々の場所に坐らねばならないので、私は特定の席を定めえなかった。Yajamāna と Brahman の場所はおそらくもう少し南あるいは西であろう。私は確たる記述を知らない。Kāt. 1,8,27. 28 によれば、Brahman と祭主のための二つの席は Vedi の南にある。祭主は Brahman の西に坐り、Vedi に触れる。Hotṛ のための席は 3,1,1 への注釈によれば Vedi の後ろ、Āhav. と Gārh. の間にもありうる。私に疑わしいのは、Vihāra が作られる場所そのものの大きさである。したがって、枠がおそらく私が示したほど狭くはなく、その広さは祭主の任意に委ねられている可能性もある。さらに私に不明瞭なのは Baudh. Ś. 75頁への注釈である:dakṣiṇottarāyataṃ gārhapatyāgāram āhavanīyāgāraṃ pūrvāparāyataṃ tatra vedikaraṇāt。

§祭場図

〔図の凡例〕

  • Ā = Āgnīdhra の席
  • Āh = Āhavanīya 火
  • B = Brahman の席
  • D = Dakṣiṇa 火
  • G = Gārhapatya 火
  • H = Hotṛ の席
  • P = 妻(Patnī)の席
  • Pr. = Praṇītā の場所
  • U = Utkara
  • V = Vedi
  • W = 車(Wagen)
  • Y = Yajamāna の席

ab = Prācī。c と c₁ = 北 resp. 南の Aṃsa。d と d₁ = 北 resp. 南の Śroṇi。de および d₁e = dd₁。ed は半径であり、それをもって中心 e から弧 dd₁ が描かれている。g = 器を置く場所。

図の上方が東(O.)、下方が西(W.)、左が北(N.)、右が南(S.)である。

〔訳者註〕Dakṣiṇa 火の場所については、その面積が Āhavanīya および Gārhapatya のそれに対応するよう、寸法をおよそ 1/3 小さく取らねばならなかった旨、著者は 196頁の補遺で述べている。

§補遺および訂正【192–196】

2頁3行 薪を置くことは一つの献供と見なされる。Prayoga はそれゆえ、各薪について、唱えごとの終わりに Adhvaryu が言うべき svāhā と、祭主が行うべき Tyāga とを付け加える。Adhvaryu が薪を置く場所について、B₂(fol. 3b)は言う: gārhapatyasya paścāt padmāsanenopaviśya, anvāhāryapacanasya … upaviśya — āhavanīyasyottarapaścimadeśe prahvas tiṣṭhan —。

4頁4行 Paddh. 297頁1行によれば、祖霊祭に Vaiśvadeva 献供が先行する。cf. Manu 3,83. 108. 121;Donner, Piṇḍapitṛyajña 30頁註1・14。この献供に Darśaśrāddha が続く。cf. Donner 同 14頁および Paddhati。

同、註2 食事の時について Āp. 4,2 は言う: payasvatīr oṣadhaya iti purā barhiṣa āhartor jāyāpatī aśnītaḥ | purā vatsānām apākartor amāvāsyāyām。

5頁7行 「切り取る」の後に「そしてそれを滑らかにする」を加えよ。

同、9行 「iṣe tvā」の前に「chinadmi」を加えよ。同じく「ūrje tvā」の前に「saṃnamayāmi」を。

同、註7行 urje ではなく ūrje と読め。

同、下から3行 枝を切ることについて、Taitt. Brāhm. 3,7,4(cf. Comm. 458頁)は Idhma の作成のために二つのマントラを挙げ、次いで Darbha 草を切るためのマントラを挙げる。

6頁註、下から16行 祝祭的な装飾は Baudh. 1,1 でも規定されている: upavasathasya rūpaṃ kurvanti。注釈はこれを Pray. B₁・B₂ と同様に説明する。Āp. 1,6 末では(枝の Pavitra の作成ののち、祖霊祭の前に): samūhanty agnyagāram upalimpanty alaṃkurvāte yajamānaḥ patnī ca nave sāṃnāyyakumbhyau yāvaccharkaraṃ gomayenālipte bhavataḥ。

7頁註3、第2段落 Baudh.、Āp. 等の Sūtra が供犠中に規定する事柄を、Kāt. は私の見る限り、「自らの意図を考慮して、彼は必要な用具を調達する」(1,10,3)という一般的な言葉によってのみ整えている。注釈によればそれは、器などを供犠開始前に所定の場所に持って来て、後に時間の損失が生じないようにすることを意味する。Idhma と Barhis の束の作成については Kāt. 1,3,12 以下参照。

8頁註12行 anaḍutparśu と読め。

8頁、下から12行 Vedi の作成についての記述は、ここでは次の言葉に限られる: vediṃ karoti prāg uttarāt parigrāham。

9頁註10行 「agreṇa gārhapatyam」の後に「nivapati」を加えよ。

同、註21行 「parivāsya」の後に「śākhām」を加えよ。

10頁註4、12行 牝牛は今や森から戻る。それには gā āyatīḥ pratīkṣate(cf. Taitt. Brāhm. Comm. III, 465)が関わる。したがって牝牛は、森から戻り仔牛と一緒にされたのちに搾られる。

10頁註2 Āśv. 2,4,2 を加えよ。

13頁註3、2行 「Indra の」の後に(V.S. 1,14)を加えよ。

13頁同所 凝乳を作る手段については Paddh. 309頁下から8行、Āp. 1,14,1、Bhār. 1,14、Hir. 1,11 が言及する。

同、下から2行 「tanajmi」ではなく「tanacmi」と読め。

14頁1行 覆いとして土器を選ぶ場合には、その間に一本の草または木片を挟まねばならない。

同、註1、1行 Comm. zu T.S. I, 78頁は camasena vā と読む。

同、註1、4行 deveṣu の後に、引用省略の記号「—」が欠けている。

同、註1、5行 pariśerata iti と読め。

15頁14行 Yavāgū を供するのは Sāṃnāyya を献ずる者のみである。

同、17・18行 二つの席については Kāt. 1,8,27 に規定がある。南に Brahman と祭主のための二つの席。28. その後ろに祭主が、Vedi に触れつつ。

同、註1 Āpastamba の祭主の章(4,3)からここに引用すべきは次の通り: amāvāsyāṃ rātriṃ jāgarti | api vā supyāt | upari tv eva na śayīta | api vopari śayīta vratacārī tv eva śete | āhavanīyāgāre gārhapatyāgāre vā śete. Bhār. 4,4 末、5 冒頭。

16頁8行 右手に祭主は大麦を持つ(yavasahitena, sākṣatena)。Paddh. 177頁および Comm. zu 2,1,18。

17頁13行 私は Mahādeva の解釈に従った。彼は言う: bhāgam asmai pariharatīty ārabhya —。

同、註2、5行 「坐す」の前に「Brahman の席に」を加えよ。Chāndogasūtra によれば、彼はまた Paridhi の結合部、あるいは匙の先端、あるいは Utkara に顔を向けることもできる。

18頁1行 「Advaryu」ではなく「Adhvaryu」と読め。同11行、および om3 とある箇所すべてで o3m と読め。

19頁註2、9行 「viśaḥ」の後に「pātrāṇi」を加えよ。

同、11行 「saṃmṛjya」ではなく「saṃmṛśya」と読め。

20頁19行 「h)その」の後に「枝から作られたもの、あるいは(Varaṇa 材などから作られたもの)」を加えよ。

20頁註11行 「a b e c」の後に「Brahman の歩み寄り(atra brahmā prapadyate)」を加えよ。

22頁22行 「いかなる Arāti(男性)も」ではなく「いかなる Arāti(女性)も」と読め。

23頁4行 「彼は触れる」の後に「同じ場所に立ったまま」を加えよ。

同、5行 「die」を削除せよ。

同、註4、7行 写本は「pariṇāham」と読む。

24頁5行 「投じる」の後に「顔を東に向けて坐して」を加えよ。マントラは三度繰り返されるべきである。

同、註1、4行 puroḍāśīyebhyas tān と読め。

同、註3、7行 「nirvapāmīti」の後に「trir yajuṣā tūṣṇīṃ caturtham」を加えよ。—「註7」は「註4(23頁)」と読め。

24頁註5 113頁註1末の引用から明らかなように、Baudhāyana の儀軌は、彼によれば Sāṃnāyya と同時になお一つの餅が献ぜられる、という想定の余地を与える。

27頁11行 「飲む」の後に、おそらくなお「Vṛtra との戦いに際して Indra は汝らを選んだ;汝らは Vṛtra との戦いのために Indra を選んだ」(V.S. 1,13)を加えるべきである。

同、17行 Brahman に関して典拠が欠けている:「Kāt. 2,2,11:『撒け! 供犠を…』と Havis に際して言われる」。

同、註5 Hiraṇyakeśin の Paribhāṣā 1,3 から、この撒水によって行われる Saṃskāra についてなお加える: ādhānaprabhṛti yāvajjīvaṃ pātrāṇi dhāryante | teṣāṃ pratitantraṃ saṃskāro 'bhyāvartate。

28頁註1行 「pātrāṇi」の後に「kṛtvā」を加えよ。

同、2行 「pātrāṇi」の前に「uttānāni」を加えよ。

同、註6 Bhār. は bahirviśasanam と読み、Hir. は vahirviśasanam、Āp. は bahiṣṭādviśasanam と読む。

29頁註7 Āpastamba は Vaiśya には「ādrava」の命令を、Rājanya には「āgahi」を結びつける。

30頁14行および31頁10行 Phalīkaraṇa については、Kāt. 2,4,14 と 2,4,22 とを結びつければ、より明快になると私は考える。その場合、妻あるいは Āgnīdhra が Phalīkaraṇa を行うことになる。それは穀粒の完全な浄化から成るものであり、Adhvaryu によっては表面的にしか行われなかった。Adhvaryu の行った浄化によって外れた殻は Utkara に投げられ、Āgnīdhra あるいは妻によって外されたものは「Kaṇa」と呼ばれ、後に(171頁)献ぜられる。

この解釈が正しければ、30頁14行の「ここから — 脱穀」の語は削除され、それに属する註2は31頁10行に移る。それに応じて31頁註1、6行の「これによれば…と思われる」も修正される。すなわち、Adhvaryu が最初に浄化を行い、殻を Utkara に投げたのち(Kāt. 2,4,20)、彼は(Kāt. 2,4,21)殻を外された穀粒を他のものから選り分け、それらを一つの器に投ずる。殻の付いたまま残った穀粒に対して、今や Āgnīdhra あるいは妻が三度同じ仕方で浄化を行う。Mahādeva の言葉からは、いずれにせよそれに、悪い、扁平な穀粒(aniṣṭha)の選別も結びついていることが明らかである。

30頁註2 「Haviṣkṛt の呼びかけ」と正しく読め。

32頁註1、下から5行 「ninayati」の前に「trir」を加えよ。

同、註3、下から3行 「agne」の前に「apa」を加えよ。

33頁19行 「atra」ではなく「Kṣatra」と読め。「Kṣatra を得る」の後に「子孫を得る」を加えよ。

38頁註3 Bhār. は、この箇所あるいは後にバターを取り出しうると言う: atrājyaṃ nirvapaty upāntaraṃ vā。第二の機会は 60頁註3の、妻を縛ったのち、バターを見つめる前である。2,6,1: tasyām(ājyasthālyām)pavitrāntarhitāyāṃ prabhūtam ājyaṃ nirvapati mahimānaṃ nirvapāmi vā。

39頁註2 朝の搾乳について Āp. 1,14 は言う: upadhāya kapālāni sāyaṃdohavat prātardohaṃ dohayati | atañcanāpidhāne nidhānaṃ ca nivartate。

43頁13行 Sāṃnāyya が献ぜられる場合には、第二の餅を焼くことが脱落する。その代わりに同じ唱えごとで朝の乳が煮られるが、餅のように上にかざした Darbha 草によってではなく、下にかざした Darbha 草によって〔煮られる〕(Paddh. 310: adhaḥśrapaṇaṃ bhavaty eva nopariśrapaṇapraveśaḥ)。

43頁註2、1行 「神の」ではなく「神」と読め。

44頁註3行 (V.S. 1,23)の後に「マントラごとに」を加えよ。

同、註3、7行 「saha vottareṇa parigrahāt」ではなく「saha vottareṇa parigrāheṇa」と読め。最初の箇所では parigrahāt に代えて parigrāhāt を置くべきである。Baudh. も 1行目で parigrāhāt と読む。

45頁22行 「ihn」に代えて「ihr」を置け。

55頁註2 Vedi の北東への傾斜は、選ばれた祭場が北東あるいは東に傾斜していること(cf. 187頁)からおのずと生ずるのであろう。

62頁9行 「低く」の後に「あるいは七度高く、一度低く」を加えよ。

64頁7行 「解く」の後に「Āhavanīya の東で」を加えよ。

64頁11行 草・葉などを投げ捨てることは Kāt. 2,6,41 によって規定されている。

66頁 Garbe 博士は私に、Āp. 1,5,9 に Paridhi について ārdrāḥ śuṣkā vā とあり、Rudradatta がこれに ārdrāḥ paridhayo bhavanti śuṣkā apiṣyanta と註していることを指摘してくれた。

79頁註2 Āp. Paribh. No. 110 によっても、新月満月祭においては Sāmidhenī 詩節は 15 である。同じ数が Śāṅkh. からも得られる(cf. 77頁註1末)。

80頁 Āp. Paribh. No. 45 によれば、Āghāra においては所作の開始と讃歌の開始とが結びついている。

84頁註7、2行 「註6」ではなく「註1」と読め。

88頁註1、14行 「brāhmaṇam」ではなく「brahmāṇam」と読め。

90頁本文下から3行および註6 Garbe 博士は私に、次のように訳すことを提案する:「あるいは Āgnīdhra を左手で、その手が彼の脇にあるようにして」。すなわち彼は aṅkadeśena を Bahuvrīhi と解する。

93頁8行 「備えた」の後に「神々へと向かう」を加えよ。

94頁註3行 「bei dem」ではなく「bei den」と読め。

96頁註6、4行 「尊敬される(者となりたい)」の後に resp.「敬われる」、あるいはおそらくよりよくは「洞察ある(者となりたい)」を加えよ。

99頁註4 「84₂」ではなく「84₄」と読め。

103頁註4 「yājyāpuronuvākyāvatiṣṭhu」の後に、ダッシュに代えて「caturavattaṃ pañcāvattaṃ vā pañcāvattaṃ jamadagnīnām」を加えよ。

110頁7行 / 111頁24行 「yajāmaha」ではなく「yajāmahe」と読め。

114頁註15行 「ekādaśakapālaḥ」の後に「puroḍāśaḥ」を加えよ。

同、17行 「darśa agner」ではなく「darśe 'gner」と読め。

118頁註4、4行 「食物」の後に「崇拝する者の」を加えよ。

119頁註3、9行 「yajeti sampraiṣam |」と読め。

125頁註1 Baudh. 1,18(1,17 ではない)からなお加える: jighreṇa bhakṣayitvā catur avāntareḍām avadyati | upastṛṇāti, dvir ādadhāti, abhighārayati |。Hiraṇyakeśin から「purastātpratyaṅṅ」の前に: tat(añjanam)so 'vaghrāyāpa upaspṛśati | yathetaṃ pratyetya 等(同所と同じ)。

126頁26行 「juṣantām」に代えて、おそらく「ajuṣantām」(喜んで受け入れた)と読む方がよい。

127頁註1末 Āpastamba の祭主の章からの引用に加えよ: sā me — ūrjam iti ca(128頁註8に引用したこの唱えごとはこのように結びつけるべきである)| iḍāyā ahaṃ — bhūyāsam ity upahūtām | iḍā dhenuḥ — āgād iti bhakṣāyāhriyamāṇām ukta iḍābhakṣo mārjanaṃ ca。

127頁註2、4行 「pratidiśam」と正しく読め。

128頁 Āgnīdhra の食事は、他の祭官たちの食事と同時(129頁)に置く方が正しいであろう。食事のたびに彼は口を漱ぐ。

132頁5行 「煮られた」と読め。6行「役立つ」。11行および133頁1行では「ihn」に代えて「es」と読め。

144頁註3、9行 「madhyam」の後に「āpyāyantām āpa oṣadhaya iti | evaṃ trir | api vā divy aṅkṣveti juhvām agram antarikṣe 'ṅkṣvety upabhṛti madhyam」を加えよ。

145頁14行 「vittam」に代えて、Taitt. Saṃh. II, 787頁最終行とともに「vitam」と読む。

146頁4行 「火の中へ」の後に「手で」を加えよ。

149頁1行 Upaveśa の投げ入れは Āgnīdhra によって行われる。ただしこの投げ入れは、枝から作られた Upaveśa についてのみ妥当する。

150頁13行 「遂行」の後に「供犠の」を加えよ。

158頁6行 Yajamāna は Tyāga を行う:om3 idam agnaye gṛhapataye。

159頁19行 「130頁」の後に「そして自分の席に着く」を加えよ。

159頁註3、8行 Garbe 博士は私に、複数の写本に欠けている語「vopariṣṭād」は削除すべきであると教えてくれた。

160頁20行 「悪しき献供から」の後に「悪しき食物から我を守れ」を加えよ。

162頁註2 vittiḥ は「獲得」と訳す方がよい。それに応じて「videya」も「我は獲得したい」と訳す方がよい。

163頁註1、6行 「dieselbe」に代えて「derselben」を置け。

166頁註1、4行 「ayāś ca」と読め。

同、下から6行 「muñcantu」および「udbudhyasvāgne ud uttamam」と読め。

169頁註1、9行 「ūrdhas」ではなく「ūrdhvas」と読め。

170頁註1、6行 「vedim」と正しく読め。

171頁4行 「rakṣobhyas」ではなく「rakṣobhyo」と読め。

173頁7行 「両者」ではなく「三つ」と読め。

175頁 Brahman が献供を行う時点は、Āśv. によれば、私が Kātyāyana に従って置いたよりも早く置くべきである。

185頁 Anvārambhaṇīyā-Iṣṭi が第一日に献ぜられるか Pratipad に献ぜられるかは、満月祭が二日にわたって献ぜられるか一日で献ぜられるかによる。

191頁の図について 付言しておくと、Dakṣiṇa 火の場所の寸法は、その面積が Āhavanīya と Gārhapatya の面積に対応するよう、およそ 1/3 小さく取らねばならなかった。

段落番号について Āp.、Baudh. 等からの引用に際してしばしば私が与えた段落区分は、私自身に由来するものにすぎず、無条件の妥当性を主張するものではない。

§目次【197–199】

序文I
序論的覚書III

§第 I 部 準備儀礼(1–72)

Bhūsaṃskāra、火の取り出し1
薪を置くこと2
断食食の食事4
Sāṃnāyya 新月祭における枝の切り取り4
場合によっては誓戒の開始5
Sāṃnāyya 新月祭における仔牛の追い払い7
Sāṃnāyya における Upaveśa と枝の Pavitra の作成9
夕方の Agnihotra10
Sāṃnāyya における仔牛を連れて来ることと夕方の搾乳11
Sāṃnāyya における乳鍋の運び去りと凝乳化13
Sāṃnāyya における朝の搾乳のための仔牛の追い払い14
場合によっては祭主とその妻の食事14
Brahman の選任(早朝)16
Praṇītā を置くこと18
火の周りに草を撒くこと19
器を並べること20
餅のための Havis の取り出し22
Pavitra の作成26
Havis と器への撒水27
Phalīkaraṇa28, 194
Kapāla を並べること32
穀粒を挽くこと36
バターの取り出し38
Veda の作成38
Sāṃnāyya 新月祭における朝の搾乳39
餅を作るための塊の作成39
バターを火にかけること41
餅を Kapāla の上に広げること41
Paryagni の儀42
餅を焼き、乳を煮ること43, 194末
洗い水を注ぎ出すこと43
Vedi の構成44, 189
Utkara の場所を定めること50
Vedi を掘ること51
撒水用の水を置くこと57
匙を浄めること57
妻を紐で巻くこと59
バターを浄めること61
匙にバターを満たすこと62
薪と供犠の敷き草を束ね、撒水すること63
Vedi に草を撒くこと64
Āhavanīya を掻き立てること65
三本の Paridhi を周りに置くこと66
いわゆる Vidhṛti 茎を Vedi の上に置くこと67
Prastara(cf. 64頁)を Vidhṛti 茎の上に置くこと67
Juhū を Prastara の上に置くこと68
Upabhṛt と Dhruvā を置くこと68
場合によっては夕方の搾乳を持ち寄ること69
餅と乳を Gārhapatya の北に置くこと69
Prāṇadāna70
Kapāla に塗油し運び去ること71
供物を Vedi の上に置き、これに触れること71

§第 II 部 供犠の主要部:諸献供(73–176)

Sāmidhenī 詩節74
第一の Āghāra80
Hotṛ の Pravara81
神々を招くこと84
第二の Āghāra85
Adhvaryu の Pravara88
A. 五つの Prayāja94
B. 二つの Ājyabhāga102
C. 主献供107
D. Agni-Sviṣṭakṛt 献供117
Iḍā の切り取りと呼びかけ122
祭官たちによる諸分の食事128
Anvāhārya の分配と運び去り132
E. 三つの Anuyāja134
匙の引き離し140
Sūktavāka142
Saṃyuvāka147
Saṃsrava-Āhuti149
F. 四つ、あるいはそれ以上の Patnīsaṃyāja151
Pragrahahoma160
二つの Juhoti 献供161
Piṣṭalepa-Āhuti161
Veda と紐を解くこと162
方位への撒水と満杯の器を注ぎ出すこと164
Sarvaprāyaścitta と Yajñasamṛddhi165
Samiṣṭayajus168
Barhis の献供169
Praṇītā を注ぎ出すこと170
Kaṇa の献供171
Viṣṇu の歩み171
祭主による誓戒の解除174
Brahman への食事の供与175
終結儀礼175

§その他

Dākṣāyaṇa 祭177
Anvārambhaṇīyā-Iṣṭi185
Indra Vaimṛdha と Aditi への供犠186

§附録

祭場187
補遺および訂正192

〔奥付〕Jena、A. Neuenhahn 印刷。

§訳者補記(主要な訳語対応)

原語(IAST)本訳での扱い
vediヴェーディ(祭壇の掘り窪め)
utkarautkara(掃き屑の塚)
sphyasphya(木刀)
praṇītāpraṇītā 水(灌注水)
prokṣaṇī灌注水
barhis / prastara / vidhṛti祭草 / prastara / vidhṛti
juhū, upabhṛt, dhruvā, sruvaいずれも原語のまま(匙)
ājyasthālīバター壺
purodāśa菓子(供犠菓子)
sāṃnāyyasāṃnāyya(乳供物)
āghāraĀghāra(バター注ぎ)
ājyabhāgaバター分
prayāja / anuyājaPrayāja / Anuyāja
yājyā / puronuvākyā (anuvākyā)Yājyā / Anuvākyā
praiṣa / sampraiṣa命令・促し(Praiṣa)
vaṣaṭkāraVaṣaṭ の呼びかけ
tyāga引き渡し(Tyāga)
anumantraṇaAnumantraṇa(随唱)
sviṣṭakṛtSviṣṭakṛt
prāśitraPrāśitra(Brahman の分)
Alfred Hillebrandt, Das altindische Neu- und Vollmondsopfer in seiner einfachsten Form(Jena 1879)日本語全訳
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